ラバウル小唄

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ラバウル小唄(ラバウルこうた)は、日本の戦時歌謡である。

作詞:若杉雄三郎、作曲:島口駒夫1945年発売。

概要[編集]

この歌は、元々1940年ビクターより発売された「南洋航路」(作詞作曲は同じ人物、歌:新田八郎)が元歌である[1]

歌詞に太平洋戦争日本海軍の拠点であったラバウルの地名が入っていたこともあり、南方から撤退する兵士たちによって好んで歌われた。 このため、戦争末期に日本で流行したため、レコードとして広まったというより、兵士たちが広めたといえる。

また、1948年に同じメロディの「さらば港よ」[1]ポリドールより青山一郎の歌で発売されている。こちらは編曲者が森山哲となっている。

歌詞[編集]

歌詞については、二つのパターンが存在する。

  • 一つは、「さらばラバウルよ」の歌い出しで、後に元歌である南洋航路の歌詞が続くものである。
  • 二つ目は、歌い出しは一緒であるが、二番が「船は出ていく」とオリジナルのものとなり、後が元歌という形である。

なお、一つ目では南洋航路の歌詞がすべて入っているが、二つ目は元歌三番目の歌詞「流石男と」の部分が欠けている。

その他[編集]

よく「ラバウル海軍航空隊」と間違われることがあるが、全くの別物で、「ラバウル海軍航空隊」がラバウル航空隊を歌ったものであり、「ラバウル小唄」は海の男や、ラバウルへの船旅のことを歌ったものだと言える。 なお、台湾の日本軍歌DVDでは、どちらとも三鷹淳によってカバーされたものが存在するが、映像はほとんどが陸軍機か特攻隊のものであり、ラバウル航空隊とは全く異なるものになってしまっている。

脚注[編集]

  1. ^ a b LPレコード『懐かしのメロデー 日本歌謡史 第10集 昭和16年〜18年』(国際情報社)付属ライナーノーツ、18-19頁。(同ページの著者は森一也

関連項目[編集]