風間トオル

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かざま とおる
風間 トオル
本名 須藤 光春 (すどう みつはる)
生年月日 1962年8月19日(54歳)
出生地 日本の旗 日本神奈川県川崎市中原区
国籍 日本の旗 日本
身長 175cm
血液型 O型
職業 俳優タレントモデル
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台、バラエティ
活動期間 1981年 -
活動内容 1989年:俳優として活動を開始
配偶者 独身(離婚歴あり)
事務所 有限会社ゴールフェイス
公式サイト 風間トオルオフィシャルサイト
主な作品

映画
沈まぬ太陽
MW-ムウ-
まぼろしの邪馬台国
千年の恋 ひかる源氏物語
大誘拐

ドラマ
女帝薫子
柳生武芸帳
パパトールドミー 大切な君へ
第一級殺人弁護
毛利元就
ママのベッドへいらっしゃい
はみだし刑事情熱系

風間 トオル(かざま トオル、1962年8月19日 - )は、日本俳優

経歴・キャリア[編集]

人物[編集]

私生活では過去に結婚したが、離婚している。

ライフスタイル[編集]

  • 2001年から愛犬を飼っており、仕事現場に連れてくることも多い。ゴールデンレトリバーで名前はロコ助六銀之助(通称ロコ)。当時の自身の役名と、愛犬に付けたい名前を全て集約したとのこと(ロコとはローカル・サーファーの略)。
  • 長く渋谷区に住んでいたが、愛犬の事も考え、湘南に移り住んだ。自宅に露天風呂を作ったが、隣のマンションから丸見えになってしまった。
  • 料理が得意で、特にカレーを作る際は「少量だけ作っても美味しくない」という理由から、大量に作り、近くに住む友人などを招き、カレーパーティをしている。

極貧生活[編集]

  • 徹子の部屋で壮絶な半生を淡々と初告白する。その頃の経験を今の自分に生かせていると強靭な精神力と人格を窺わせた。5歳ほどで両親が離婚し、そのうちに父親もいなくなり、祖父母のもとで過ごした。食べるものがないため家の前の公園の草を物色したと笑って語った。小学校の頃から祖父が認知症になり、深夜の徘徊を監視するなど介護にも追われる日々であった。高校より独り暮らしを始めるが、冷蔵庫がないので冷蔵庫に入れるような物は土に埋めたのも役に立ったと語った[2]
  • お笑いワイドショーマルコポロリ!』では、子供の頃はお風呂がなく代わりに洗濯機に入ってスイッチを入れて体を洗っていた。その後生まれて初めて一般的な銭湯に行った時に「プールみたい」と思ったとのこと。前述の通り高校の頃に独り暮らしをしたが、生活費や授業料などを払うためにバイトに明け暮れ睡眠時間はだいたい2時間ぐらいだった。ちなみに、番組出演者から「貧しい生活に嫌気がさしてグレ(不良になら)なかったんですか?」と問われて、本人は「そんな暇なかった。単車(オートバイ)を買うお金もなかった」と答えている[3]

環境への関心[編集]

  • 環境問題に関心があり、海岸を散歩する時は、積極的にゴミを拾うようにしている。他にも収録現場には、マイボトルを持参し紙コップは使わないようにしたり、上記の料理の際には、野菜の皮や芯も使い、極力ゴミを減らすようにする等の工夫をしている。

エピソード[編集]

  • 非常に危険な状況下でも、不思議と怪我ひとつしなかった経験を持つ。オーラの泉に出演した際は、前世は陰陽師で、その影響で現世でも無意識に念力を使う事が出来、それにより、自身を守っており、また自然霊を守護に持ち世俗的な感情を持たずスナフキンの様な内面であると言われた。
  • 先述のように貧しい生活をしていたこともあり、本人曰く「若い時は交通費がなくて10駅ぐらいはよく歩いて移動していました。川崎から渋谷まで歩いて行ったこともあります」とのこと。ただし、ある時映画を見るために歩いて行ったが時間がかかりすぎて映画も見ないまま、そのまま夜遅くに帰ったことがあることも語った[3]
  • 貧乏時代に数日間同じ服を着ていたことがあり、その時に「裏返しに服を着る」ということをやるようになった。そしてモデルになった後も服を裏返しに着るというスタイルが、意外にももてはやされるようになったとのこと。また、ある日たまたま左右別々の靴下を履いて仕事場に行ったところ、スタッフから「それいいね~」などと褒められたことがあり、本人は、さすがにビックリしたと語っている[3]
  • 先述の通り貧しい頃に草やタンポポを食べたりしていたことで、人一倍胃腸が丈夫である。ある時海外で動物を撮影する仕事があり、同行した番組スタッフたちがお腹を壊した。同じものを飲食していた風間だけはお腹を壊さなかったため、スタッフからハンディカメラを渡されて、「すみませんが、1人で動物の生態を撮影しに行ってもらえないでしょうか?」と頼まれた。風間は頼まれたとおりに1人で撮影して、後日その番組でその映像が流れたと語っている[3]
  • マイアミで視力を測ったところ「3.0」という検査結果だった。アフリカ旅行時、誰よりも早くキリン等を見つけてしまい、コーディネーターに怒られたことがある。中居正広のミになる図書館での談話。

危険なエピソード[編集]

  • 海外ロケでチベットの山奥に行った際に、夜にテントの周りをが徘徊していたのに気付いたがいつの間にか寝てしまった等、危険な状況下でも、何故かすぐに寝る事が出来る。
  • ドキュメンタリー番組でインディオの生活を撮影しに行く仕事があり、事前に番組スタッフが撮影許可を取ってジャングルの奥地に行ったが、当日になって撮影に反対する人が現れた。そこで風間と番組スタッフは現地の人から「これから賛成派と反対派で話し合うから、みんな丸の中から出ないように」と言われ、円で描かれたわずかな場所に数人で留まることになった。現地の人達が怖そうな顔をしていたので、食事はもちろん、トイレもその円内から外に向かって用を足すということで誰も出ないようにして2日間を過ごした。そして、やっと決着がついて「撮影に賛成した家だけ映す」という条件で許可が降りた。しかし、同行したコーディネーターから案内された家が、手違いで反対する人の家だった。そして住民から火縄銃のようなものを先頭にいた風間に向かって突きつけられ、動くと刺激して撃たれそうなので、(大丈夫、何もしませんよと)目で諭して何とかその場を収まったとのこと[3]
  • ある時海外でセスナに乗って着陸しようとした時に失敗して、坂のようになってその上に草が生えている所にセスナが当たった(跳ねる感じ)。最後尾に座っていた風間は「これは、死ぬかもしれない」と思ったが同時に「最後だからこんな状況であがいても仕方ない。この状況をしっかり見ておこう」と思ったとのこと。そして、右の翼がもぎ取られ、続けて左の翼も取れてしまい、最後は漫画のようにセスナの前方部分が(本人曰く「ボヨヨヨーン」という感じで)地面に突き刺さって停止した。カメラマンは血だらけになったが、最後尾だったこともあり振動はあったものの風間はほとんどケガはなかった。ちなみにそんなことがあったにも関わらず、そのまま1ヶ月滞在する間に着陸失敗したことも忘れてしまい、帰国する時に「そう言えば来る時あんなことあったな」と思い出すというなんとものんきな感じで本人が語っており、他の出演者から「肝っ玉据わってますね」と驚かれていた[3]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ[編集]

映画[編集]

配信ドラマ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

舞台[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 川崎フロンターレ公式サイト 2014年2月17日付リリース 「3/2 神戸「開幕戦イベント」開催のお知らせ 「風間がタイトルをトール!!!」」
  2. ^ 徹子の部屋 2010年11月16日
  3. ^ a b c d e f 「お笑いワイドショーマルコポロリ!」2011年6月5日放送より
  4. ^ 日刊スポーツ2014年3月2日付 「川崎F「カザマ」つながりで風間トオルが
  5. ^ “風間トオルが女子大生に憑依!新木優子主演「インターン!」今秋公開”. 映画ナタリー. (2016年6月10日). http://natalie.mu/eiga/news/190350 2016年6月10日閲覧。 
  6. ^ 新キャストを迎えヒット作を13年ぶりに再演 風間トオル&音無美紀子&とよた真帆出演『嫁も姑も皆幽霊』が開幕”. シアターガイド (2015年8月21日). 2015年8月24日閲覧。

外部リンク[編集]