かとうれいこ

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かとう れいこ
本名 横尾 房江(旧姓:加藤)
別名義 星野裕子、星野麗子
生年月日 (1969-02-19) 1969年2月19日(49歳)
出生地 埼玉県越谷市[1]
国籍 日本の旗 日本
血液型 AB型
職業 タレント歌手女優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1988年 - 2001年
2012年 -
活動内容 グラビアバラエティー
配偶者 横尾要プロゴルファー

かとう れいこ1969年2月19日 - )は、日本タレント女優歌手・元グラビアアイドル埼玉県越谷市出身。江戸川女子短期大学(当時)卒業。出生名は加藤 房江(かとう ふさえ)、現在の本名は横尾 房江(よこお ふさえ)。

来歴[編集]

芸能界入り前[編集]

1969年昭和44年)
2月19日、埼玉県越谷市に生まれる。三人兄妹の妹で、二人の兄がいた[2]
1984年(昭和59年)
4月、春日部共栄高等学校に進学する。この頃から崎谷健次郎のファンになった(1992年の項目を参照)。
1987年(昭和62年)
4月、江戸川女子短期大学に進学する。学業の傍ら、ドライブカラオケテニスなどを楽しんでいた[2]

星野裕子・星野麗子時代[編集]

1988年(昭和63年)~1989年(昭和64年/平成1年)夏まで
短大2年の頃、東宝芸能から星野 裕子(ほしの ゆうこ)の芸名でグラビアでデビューした[注釈 1]。同じ事務所の羽田美智子と共に白夜書房の『写真時代ジュニア』のグラビアに掲載された会田我路撮影の写真が芸能プロダクション・イエローキャブの社長であった野田義治の目にとまり、羽田と共に移籍した(羽田はその半年後に他の事務所に移籍した)[3]9月13日に先輩のタレント・女優・歌手としてイエローキャブを支えてきた堀江しのぶが23歳の若さで病死し、憔悴する野田を自分が支えようと思ったという[4]。その後イメージビデオにも出演し、ほどなく星野 麗子(ほしの れいこ)に改名。この時は野田義治が大原麗子に因んで命名した。1989年3月に江戸川女子短期大学を卒業。星野裕子時代のサイズは非公表と見られるが[5]、星野麗子時代の公表サイズは複数存在し、2本のイメージビデオのうち1本では身長160cm、B97・W62・H90[6]、他の1本では身長161cm、B88・W58・H84[7][注釈 2]

かとうれいこ時代[編集]

1989年(平成1年)秋~1990年(平成2年)
1989年9月6日、4820人の応募者の中から(第16代)'90クラリオンガールに選出されたと発表された際、かとう れいこと再び改名した[注釈 3][2]。クラリオンでは、かとうの人気を見込み、ポスターを通常の5倍の5万枚作成した[3]。1993年頃まで数多くの写真集・イメージビデオが発売され、日本を代表するグラビアアイドルとなった。同時期に活躍した細川ふみえらと共にイエローキャブの出世頭として、写真集・ビデオ映画・テレビドラマ・CM・歌など多方面において活躍した[1]。1990年には及川眠子が日本語詞をつけたストック・エイトキン・ウォーターマンの曲『LISTEN TO YOUR HEART』で歌手デビューし、初のアルバム『Virgin Heart』をリリースしたほか、ビデオ映画『女教師仕置人 復讐の女神』[1]で女優デビューし、『女教師仕置人 地獄の女神』でも主演した。クラリオンガール発表時公表の身長は161cm、体重は45.5kg、スリーサイズはB86・W58・H84[2]、後に公表されたカップサイズはF[8]
1991年(平成3年)
アサヒビールイメージガールに選ばれ[1]、歌手としても日本青年館大ホールで初のコンサートを行なった。南佳孝郷ひろみのカバーシングル『モンロー・ウォーク』は惜しくもチャート入りを逃し、テイチクからパイオニアLDCへ移籍した。続く両A面シングル『Moonlight Surfer / ステキなことだと思うから(作詞:戸沢暢美 作曲:清岡千穂)』は初のオリコンチャート入りを果たした(2週ランクインし最高71位、売上1万枚)[9]。前者はパンタ石川セリに提供した名曲の中村哲編曲によるカバーであった。またビデオ映画 『大人になりたい-too many rules』『お熱いのがお好き』で主演した。
1992年(平成4年)
フジテレビで放送していた深夜音楽番組 『ROCK SHOW』で司会を務めた。ゲスト出演者との逸話を数多く残している。森川美穂には、誤って「森川由加里さんで〜す」と紹介してしまい、森川本人に「おいおいおいおい」と突っ込まれている。それ以来、井上昌己峠恵子と同様、大親友となった。また、崎谷健次郎には、高校時代以来のファンであることを明らかにし、崎谷からの楽曲提供を依頼した。実際、アルバム『ケリード』(パイオニアLDC)で初めて実現し、自ら作詞した崎谷との共作も収録した。両A面シングル『洗いたての時間(作詞:只野菜摘 作曲:羽場仁志)/ ハーフムーンは傷ついてる(作詞:戸沢暢美 作曲:杉山清貴)』はオリコンチャートに1週のみランクインし(85位)、3千枚の売上を記録した[9]。後者は自ら主演したテレビ東京の連続ドラマ『幸せになりたい!平成嵐山一家』の主題歌であった。7月、写真週刊誌が「建設会社社長の息子で、歯科医の卵である男性」との熱愛を報じ、かとうの人気に一定のダメージを与えた[3]蔵間龍也と共に同局の視聴者参加番組『激突!アメリカン筋肉バトル』の司会も務めた。
1993年(平成5年)
この年にリリースされたシングル『この愛のすべて』(作詞:吉元由美 作曲:松本俊明)はオリコンチャートに4週ランクインして1万6千枚を売り上げ(最高69位)、かとうの最大のヒット曲となった[9]。B面の『Make Me Smile』は自作詞で川上明彦の作曲であった。
1994年(平成6年)
レコード会社を崎谷健次郎と同じポニーキャニオンに移籍する。崎谷プロデュースによるシングル『Weekend Lovers』『月とラプソディー』(いずれも作詞:森雪之丞 作曲:崎谷健次郎)をリリースし、後者は関西テレビ三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』のエンディングテーマソングとなる。
1995年(平成7年)
音楽活動では崎谷から影響を受け、自ら作曲も行うようになり、アルバム『Reiko』では自作曲も収録した。山梨県北巨摩郡小淵沢町(現在の山梨県北杜市小淵沢町地区)で開催された崎谷のアコースティック・ライヴ(サポートミュージシャンには後に椎名林檎のバンド『東京事変』に参加する亀田誠治をはじめ、渡辺格小林弌金原千恵子が参加。)にゲスト出演した。この模様はNHK-BS2で『崎谷健次郎withかとうれいこ アコースティックライブin小淵沢』として翌年2月20日午後2時から3時15分まで放映された[10]。以降はアーティストとして意欲的にメロウな音楽作品を発表している。テレビの特別番組で岡村隆史と共演。執拗にセクハラギャグをされて、本気で岡村のことを嫌う。大ファンだった岡村は大層ショックを受け、めちゃモテ内で本気の謝罪を行った[注釈 4]。この年からNHK大河ドラマ八代将軍吉宗』の「千草」役などでの女優活動が盛んになった[1]。またBayFMの『LOVE TALKIN'』で高橋克典と共にDJを始めた。
1996年(平成8年)
レコード会社をポニーキャニオンからトーラスに移籍した。
1998年(平成10年)
男性ギタリスト・前田克樹との音楽ユニット『Baby it's You』を結成し、CDを発表する。またTBS花王愛の劇場勇気をだして』で主演した。

芸能界引退と復帰[編集]

2001年(平成13年)12月15日プロゴルファー横尾要と結婚を機に、事実上芸能界引退となった。2002年(平成14年)11月9日、都内のホテルで結婚披露宴が行われた[注釈 5][3]2003年(平成15年)2月には長女(横尾紗千)を出産。その後も、かとうは芸能界への復帰は一切表明せずに主婦業に専念。

2012年(平成24年)6月27日1番ソングSHOWに出演し11年ぶりのメディア出演を果たした。また、イエローキャブを離れた野田義治が経営に携わるサンズエンタテインメントにも復帰した[注釈 6][3]

エピソード[編集]

ある有名人から「初めて胸の大きさ、美しさで、アメリカ女性に勝った」と絶賛された[3]

かとうは自分の豊かな胸にコンプレックスを抱いており、自分の望みとファンの要望とのズレに苦しんだ。かとうのグラビアや写真集が莫大な利益を生み出したのに対して、歌手としてリリースしたシングルとアルバムは、すべて赤字であった[3]

初めてバラエティ番組に出演した時、司会者から質問を受けても、考え込んでしまい、結局は答えずじまいで終わった。野田義治が「質問された時、なんですぐに返さないんだ」と訊くと「バカだと思われるのが嫌なんです。真剣に考えて真剣に答えようと思ったら、もうカメラがいなかったんです」と答えた。野田は注意したが「れいこはバラエティには向かないな」と思った[3]

堀江しのぶはどんなポーズの撮影でも嫌な顔を見せなかったが、かとうは仕事中もはっきりとイエス、ノーを言った。駆け出しの頃の細川ふみえはかとうと一緒に仕事をすることが多く、かとうが断った仕事はすべて細川が代わりに受けていた。野田義治は「れいこが長女で、ふみえは次女だ」と言い、堀江しのぶあってのかとうであり、細川の人気も堀江とかとうあってのものと考えていた[3]

野田義治は一度だけ、かとうに「お前はクビだ!」と怒鳴ったことがある。香港で写真集の撮影をしていた時で、カメラマンの山岸伸は泣きじゃくるかとうと立ち去る野田を見比べながら顔色を失ったが、野田は空港から山岸に電話をかけ「山岸さん、あとを頼むね。れいこに飯を食わせてやってよ」と言った。山岸はほっと胸を撫で下ろしたが(クビだと言った時の野田さんは、本気だった)と思った[3]

野田が2004年(平成16年)11月26日にイエローキャブの社長を辞任したことがわかると、かとうは真っ先に野田のもとに電話をくれた。野田は「まあ、大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」と答えながら(やっぱり、いいコだな)と思った[3]

主な活動[編集]

ビデオ映画[編集]

  • 女教師仕置人<復讐の女神> (1990年 日本ビデオ映画株式会社。2008年、イー・マーケティングによりDVD化)
  • 女教師仕置人<地獄の女神> (1990年 日本ビデオ映画株式会社)
  • 大人になりたい―too many rules (1991年 東北新社
  • お熱いのがお好き (1991年)

テレビドラマ[編集]

バラエティー[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

ミュージカル[編集]

  • アニー (Annie) グレース(大富豪ウォーバックス氏の秘書)役(2000年

音楽[編集]

シングル
  1. LISTEN TO YOUR HEART (1990.05.21) テイチク
    ソニア (イギリスの歌手)の1989年の楽曲を及川眠子の日本語詞でカバー。
    (c/w) 週末のアダム&イヴ
  2. モンロー・ウォーク (1991.04.21)[1] テイチク
    南佳孝の自作曲(1979年発表、作詞は来生えつこ)を1980年の郷ひろみに次いでカバー[注釈 7]
    (c/w) 100%~貴方を愛したい~
  3. Moonlight Surfer / ステキなことだと思うから(1991.10.23)[1] パイオニアLDC - オリコンチャート最高71位[9]
    ※『Moonlight Surfer』はパンタ石川セリに提供した曲(1977年発表、1979年シングル)のカバーで[注釈 8]アデランス「ライヴ・ニュー」CMソング。『ステキなことだと思うから』は日産ディーゼル工業コンドル20」CMソング。
  4. 洗いたての時間 / ハーフムーンは傷ついてる(1992.06.25) パイオニアLDC - オリコンチャート最高85位[9]
    ※『洗いたての時間』は日本コカ・コーラアクエリアス」CMソング。『ハーフムーンは傷ついてる』はテレビドラマ『幸せになりたい!平成嵐山一家』主題歌。
  5. キスまでExpress (1992.11.25) パイオニアLDC
    (c/w) やさしい偶然
  6. この愛のすべて (1993.03.25) パイオニアLDC - オリコンチャート最高69位[9]
    (c/w) Make Me Smile
  7. La・Ya・La・Ya (1993.07.24) パイオニアLDC
    (c/w) 話しかけたくて
  8. ウイークエンド・ラヴァーズ (1994.05.20) ポニーキャニオン
    (c/w) ビリーヴ
  9. 月とラプソディー / TWINKLE WINTER (1994.11.18) ポニーキャニオン
    ※『月とラプソディー』は『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』(関西テレビ制作、フジテレビ系)エンディングテーマ。
  10. Brand-new Days (1995.07.21) ポニーキャニオン
    L・リーグ プリマハムFCくノ一イメージソング。自らの作詞・作曲。
    (c/w) 乙女の事情 Summer Holiday
  11. 冬場のI LOVE YOU (1995.11.01) ポニーキャニオン
    ※「一平ちゃんとれいこちゃん」として松村邦洋とデュエット。明星食品CM曲。
    (c/w) 無し
  12. Sweet Rain (1996.03.21) ポニーキャニオン
    (c/w) Air Mail
  13. プリズムの気持ち (1996.10.25) トーラス
    ※テレビ朝日系『カイカン雛スポ』エンディングテーマ。
    (c/w) La espalda
  14. 風の草原 (1997.04.25) トーラス
    (c/w) Midnight Mermaid
  15. FEEL ME (1997.07.25) トーラス
    (c/w) Lefty
  16. 風のうた (1998.05.21) バップ
    (c/w) けっしてあなたを泣かせない
    前田克樹とのユニット「Baby it's You」として、坂井紀雄とKatsuki(前田克樹)の共同作品。
アルバム
  • Virgin Heart(1990.11.21 テイチク)
    • Virgin Heart/Get My Love/プールサイドのSniper/シネマティック・ランデヴー/1000 Caratの瞳/Long Lonely Christmas
  • お熱いのがお好き(1991.7.21 テイチク)[注釈 9]
    • オープニング~アイ・ワナ・ビー・ラヴド・バイ・ユー/ゲット・バック・へヴン/レッツ・メイク・ラヴ~恋をしましょう/渚のメリー・ボーイズ/帰らざるビーチ/J.F.ケネディのように/モンロー・ウォーク(リミックス)/お熱いのがお好き/ノックは無用~ドント・ディスターブ/したたかな女神/イヴの総て/エンディング~アイ・ワナ・ビー・ラヴド・バイ・ユー
  • SPECIAL!(1991.11.21 テイチク)
    • モンロー・ウォーク/Virgin Heart/LOVE MOTION(How Deep Is Your Love)<Remix>/週末のアダム&イヴ/Get My Love<Remix>/ALL THIS TIME<New mix>/100%~貴方を愛したい~/ノックは無用~Don't disturb~/Listen to Your Heart<Remix>/Get Back HEAVEN/帰らざるビーチ/モンロー・ウォーク<Acoustic Version>
  • Querido(ケリード)(1992.7.22 パイオニアLDC)
    • ハーフムーンは傷ついてる/ひき潮ホテル/洗いたての時間/沈黙のリフレイン/A Shooting Star/BLUE TABOO/PAR AVION/Favorite/AGAIN/なつかしいあなた
      • ※『A Shooting Star』『Again』はかとうれいこ作詞。作曲はそれぞれ崎谷健次郎、杉山清貴。
  • 覚悟を決めた日(1993.7.24 パイオニアLDC)
    • 覚悟を決めた日/Give Me Your Loneliness/キレイになった友達は/もっと愛してしまおう/こんな夜だから/windy/この愛のすべて/横顔にI Love You/Forever/TODAY~大好きな君へ
      • ※『覚悟を決めた日』『こんな夜だから』『windy』『横顔にI Love You』『Forever』はかとうれいこ作詞。作曲は順に松本俊明(2曲)、いいむろひろし、佐藤健杉山清貴
  • Reiko(1995.1.6 ポニーキャニオン)
    • イッツ・ア・ビューティフル・デイ/月とラプソディー/スパイ大作戦/見えない扉を開いて/トレジャー(私の宝物)/ロング・ヴァケーション/トゥインクル・ウィンター/ウィークエンド・ラヴァーズ/この街の中で/四月の雨
      • ※『トレジャー(私の宝物)』『トゥインクル・ウィンター』はReiko(かとうれいこ)作詞。作曲はそれぞれ崎谷健次郎、岡本朗。『四月の雨』はReiko作詞・作曲。
  • itch(1995.11.17 ポニーキャニオン)
    • ウォーキン・ダウン・ザ・ラヴ/夜はやさし/ピンナップのため息/ブルー・アンド・ブルー/友達/少年の瞳/風の翼/親友の彼氏/ティアーズ・フォー・ヴォヤージ/ブランニュー・デイズ(シャーベット・トーン・ミックス)
      • ※『ブルー・アンド・ブルー』『友達』『ブランニュー・デイズ』はReiko作詞・作曲。『ティアーズ・フォー・ヴォヤージ』はReiko作曲。作詞はサエキけんぞう
  • FILE(1996.11.7 ポニーキャニオン)
    • スウィート・レイン/乙女の事情~サマー・ホリデイ/ブルー・アンド・ブルー/トゥインクル・ウィンター/ウォーキン・ダウン・ザ・ラヴ/ビリーヴ/ブランニュー・デイズ/月とラプソディー/エア・メイル/イッツ・ア・ビューティフル・デイ/少年の瞳/ウィークエンド・ラヴァーズ/ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
      • ※『乙女の事情~サマー・ホリデイ』『ブルー・アンド・ブルー』『トゥインクル・ウィンター』はReiko作詞。作曲は順に小室和幸、鈴木智文岡本朗。『ブランニュー・デイズ』『エア・メイル』はReiko作詞・作曲。
  • 月の裏側(1996.12.21 トーラス)
    • ひとりの週末/Just a little wonder/Get Real/プリズムの気持ち/人生はクラムチャウダー/サインズ・オブ・ラヴ/Diva Diva/丘に上ろう/プレミア/月の裏側
  • INGUZ(1997.6.11 トーラス)
    • イングス/風の草原/Lefty/MAPLE/青い鳥/マイ・スウィート・ペイン/ミッドナイト・マーメイド/ナミダ/ウィッシュ
      • ※全曲有賀啓雄作品。『ウィッシュ』のみReiko作詞。『ナミダ』はシングル『FEEL ME』と同じ曲。
  • ゴールデン☆ベスト(2012.8.22 テイチク)
    • Listen to Your Heart/週末のアダム&イヴ/Virgin Heart/Get My Love/プールサイドのSniper/シネマティック・ランデヴー/1000Caratの瞳/Long Lonely Christmas/モンロー・ウォーク/100%~貴方を愛したい~/Get Back HEAVEN/Let's make love -恋をしましょう-/渚のMerry Boys/イヴの総て/ノックは無用~Don't Disturb~/したたかな女神/LOVE MOTION(How Deep Is Your Love)[Remix]/ALL THIS TIME(New Mix)

写真集[編集]

イメージビデオ[編集]

  • セクシーバイブレーション (1988) パワースポーツ - 星野裕子名義
  • 渚のビーナス (1989) パワースポーツ - 星野麗子名義
  • マリンブルーに揺れる夏 (1989) 大陸書房 - 星野麗子名義。翌年、かとうれいこ名義で再発売
  • ハツラツ元気娘 (1989) JVD
  • れいこ IN SPAIN きらめく風・・・ (1989) クラリオンソフト
  • 夢見ごこちでファンタスティック (1990) パワースポーツ
  • Virgin Heart (1990) 大陸書房
  • 夏の香りゆらゆら (1990) 大陸書房
  • スーパーハイレグ'90 上下巻 パワースポーツ
  • SEXYボディくらべ かとうれいこ VS 600SEL (1991) 笠倉出版
  • Passion Fruit (1996) KKコスミック (Virgin Heart、夏の香りゆらゆらのオムニバス作品)
  • アイドル黄金伝説_BodyFaith (2001) ブロードウェイ

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ かとうが芸能活動を始めた正確な時期は不明である。大下英治『巨乳をビジネスにした男 野田義治の流儀』でも、野田と出会う前のかとうについては詳しい記述がなく、かとうの両親や少女時代のことも書かれていない。堀江しのぶ細川ふみえなど、野田が育てた他のタレントたちの家庭環境や少女時代が詳しく記されているのとは大きな相違がある。
  2. ^ 2本のイメージビデオのどちらも、カップサイズの記載はない。
  3. ^ 翌日の新聞では各紙とも、選出されたのは「加藤房江さん」(読売は「家事手伝い」と表現)で、これから「かとう・れいこ」としてデビューすると報じており、「星野裕子」及び「星野麗子」としての芸能活動には一切触れていない。
  4. ^ 読売新聞によると、この放送は1995年12月30日午後11時から、「99岡村 涙と感動ドキュメント 激怒のかとうれいこに冬空の夜衝撃マル秘告白・45分間ドキドキしたい人は絶対見て下さい」と題し、通常の30分間より15分延長して放送された。
  5. ^ かとうと横尾が出会ったのは、コンビニをチェーン展開していた「エーエム・ピーエム・ジャパン」(2010年(平成22年)にファミリーマートに吸収された)が開いたパーティーの席上で、野田義治が一緒に連れてきたかとうを横尾に紹介したのが交際のきっかけとなった。
  6. ^ サンズエンタテインメントの全身サンズは1990年、歌手志向の強いかとうのために野田がつくった新たなプロダクションであった。そのため、かとうはケイダッシュに移籍した9ヵ月間を除いて、2001年に一時引退するまでイエローキャブでなくサンズに所属していた。
  7. ^ 「モンロー・ウォーク」とはアメリカの大女優マリリン・モンローが映画『ナイアガラ』で見せるセクシーな歩き方を意味し、このカバーはかとうを「日本のマリリン・モンロー」に見立てたものであるが、歌詞の書き換えは行わず、原曲と同じく男性目線の歌詞で歌っている。
  8. ^ "Surfer in the moonlight"のリフレインが冒頭に加えられるなど、原曲と多少の相違がある。
  9. ^ このアルバムはシングル『モンロー・ウォーク』と関連する。CDジャケットには映画『七年目の浮気』でマリリン・モンローのスカートが浮き上がるシーンを思わせるかとうの写真が使われている。『アイ・ワナ・ビー・ラヴド・バイ・ユー』はモンローの代表曲であり、モンローがこの曲を歌った映画『お熱いのがお好き』をはじめ『恋をしましょう(当アルバムでは原題「Let's Make Love」を曲名とし、邦題を副題としている)』『ノックは無用(当アルバムでは原題「Don't Bother to Knock」とは逆の意味の副題「Don't disturb」(邪魔しないで、の意)がついている)』がモンロー主演の映画からそのまま取られた曲名である。同じくモンロー主演の映画『帰らざる河』は当アルバムでは『帰らざるビーチ』と改題されている。『イヴの総て』は無名時代のモンローが端役で出演した映画である。JFKことジョン・フィッツジェラルド・ケネディはモンローと不倫関係にあったと言われる第35代アメリカ合衆国大統領であるが、モンローは1962年8月5日に36歳で、ケネディは1963年11月22日に46歳で謎の多い死を遂げ、その真相をめぐって今も論争が絶えない。『渚のメリー・ボーイズ』は渚のオールスターズの1987年のアルバム『NAGISA NO CASSETTE VOL.1』収録曲のカバーである。
  10. ^ 同名のイメージビデオは星野麗子名義であるが、この写真集はクラリオンガール選出後に発行されたため、かとうれいこ名義である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.108.
  2. ^ a b c d 「クラリオンガール」16代目にかとうさん 読売新聞 1989年9月7日経済面、ほか多数
  3. ^ a b c d e f g h i j k 『巨乳をビジネスにした男 野田義治の流儀』大下英治 2008年 講談社 ISBN 9784062146586、95~99頁、100頁、113頁、116~117頁、107・115頁、100頁、107~109頁、105~106頁、108・109・112頁、109~110頁、118頁
  4. ^ “"かとうれいこを今も惹きつける野田義治会長の「グラビア愛」"”. 日刊ゲンダイ. (2016年2月22日). https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/175574/3 20180612閲覧。 
  5. ^ 唯一のイメージビデオ『セクシーバイブレーション』のパッケージ裏には「健康的な笑顔とボディが印象的」と記載されているが、具体的なサイズの記載はない。
  6. ^ イメージビデオ『渚のビーナス』パッケージ裏の記載による。表には「あと(胸囲97cm)3cmの快感震動」と記載されている。
  7. ^ イメージビデオ『マリンブルーに揺れる夏』パッケージ裏の記載による。翌年、かとうれいこ名義で再発売したものにも同一のサイズが記載されている。
  8. ^ イメージビデオ『Virgin Heart』のパッケージ表裏両方に記載されている。
  9. ^ a b c d e f 1968-1997 オリコンチャートブック (株)オリコン 1997年 ISBN 9784871310413、81頁
  10. ^ 毎日新聞1996年2月20日TV面、ほか多数

外部リンク[編集]