この記事は良質な記事に選ばれています

スポ根

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

スポ根(スポこん)とは、「スポーツ」と「根性」を合成した「スポーツ根性もの」の略語[1][2]で、日本漫画アニメドラマにおけるジャンルの一つである。このジャンルの作品を「スポ根漫画」「スポ根アニメ」「スポ根ドラマ」と呼ぶ。

定義[編集]

狭義のスポ根とは、1960年代から1970年代の日本の高度経済成長期に一般大衆の人気を獲得したジャンルであり[1]メキシコ五輪が開催された1968年前後に人気のピークを迎えた[1]。定義について漫画評論家の米澤嘉博は『戦後史大事典』の中で次のように記している。

スポーツの世界で根性と努力によってライバルに打ち勝っていく主人公のドラマ

『戦後史大事典』[2]

これに対し漫画編集者の南信長は「等身大の主人公が根性と努力で勝利を目指す」ものを正統的なスポ根としているが[3]、漫画評論家で編集者の村上知彦らは「特訓の成果として編み出す必殺技」の要素[1][4]や「努力型主人公と天才型ライバルの対比」の要素[1][4]京都精華大学教授で京都国際マンガミュージアム研究員の吉村和真は「過激な特訓」の要素を加え次のように記している[5]

努力型の主人公が血のにじむ特訓を重ね超人的な必殺技を編み出し天才型のライバルに勝利するといった図式化されたストーリー

『大衆文化事典』[1]

いずれの主人公も、身辺の苦難に耐え、過激な特訓を自らに課し、いくども挫折を味わいながら、不屈の闘志と根性で乗り越えていく

『スポーツの百科事典』[5]

主人公が努力と根性でひたむきに競技に取り組み、特訓を重ね、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて成長を遂げてライバルとの勝負に打ち勝っていくのだが[6][7]、主人公が背負った苦労を強調させるために、スポーツ選手としての天性の素質を持ち容易く主人公を打ち破ることが出来るライバルの存在は必須であり[7]貧困層出身の主人公に対し富裕層出身のライバル、といった対比構図も盛り込まれた[7][8]。こうした弱者が強者に努力と根性で立ち向かうストーリー構成は高度成長期に一般大衆が抱いていた「欧米諸国に追いつき追い越せ」という価値観と一致するものであり[1][6]、当時の読者に支持された[1]。なお、教育評論家の斎藤次郎は「スポーツの世界に生きるヒーローの世界をそれぞれの固有の面白さで味つけした程度なら単に『スポーツもの』で、『スポ根』となると悲劇的なまでに苦行が描かれなければならない」としている[9]。また、1980年代以降に少年層や女性層の人気を獲得した『週刊少年ジャンプ』の中心テーマ「友情・努力・勝利」とスポ根を同一視する例もあるが[10]桃山学院大学准教授の高井昌吏は「『週刊少年ジャンプ』における『男の物語』は、1970年代前後のような『禁欲的な男たちの物語』ではない。その点には注意が必要である」としている[11]

広義のスポ根とは、実際の選手が「あるスポーツに打ち込んでやり遂げようとする[12]」「一つのスポーツにひたすら打ち込み、努力を重ねる[13]」などの精神、「主人公がスポーツの勝負を通じて技術的・精神的に成長する姿を描いたビルドゥングスロマン[14]」とされる。なかには、思考能力を競うマインドスポーツを扱った作品や[15][16]、スポーツの範疇を超えて競技志向の強い文化系部活動を扱った作品を「スポ根」[17]や「文化系スポ根」として紹介する例や[16]、「スポ根風青春コメディ」「スポ根コメディ」などの言葉で紹介されている例もあるが[18][19]、本記事では狭義のスポ根作品について紹介する。

背景[編集]

根性」とは元々は仏教用語で「その人が生まれながらに持ち合わせる性質」を意味する言葉だが[20]、日本のスポーツ界において「困難な状況にあっても屈することなく物事をやり通す意思や精神力」を意味する言葉として用いられてきた[21]。肯定的な用法には「根性で勝ち取った」、否定的な用法には「根性が足りない」「根性を鍛えなおす」などがある[22]

日本には明治時代から欧米発祥の様々なスポーツが輸入されてきたが社会的交流の手段としての側面に関心は払われず、技術向上と勝利の追求のみに関心が払われた[23]。それらを実現するための指導法と強化体制の確立が重視されてきたが[23]、その中で登場したのが「根性」という言葉だった。精神に訴えかける言葉自体は第二次世界大戦後に非科学的として敬遠されていたが[24]1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を率いた大松博文やレスリング日本代表を率いた八田一朗が精神論を前面に出した厳格な練習方法を導入して成果を挙げた[24][25]。大松や八田の影響により厳しさに耐え抜き努力する姿勢を尊ぶ風潮が生まれ、スポーツ界のみならず一般社会においても「根性」という言葉が普及するに至った[24]

一方、「根性」という言葉は時には競技に関わる上での動機づけ、厳しい練習に耐えうる忍耐力、試合に挑む上での集中力の意味で用いられるなど抽象的かつ多義的なものであった[22][26]。スポーツ分野において精神的要素は不可欠なもので競技のレベルが高くなるほど勝敗や記録に影響を及ぼす傾向があるものの十分な科学的検証がなされてこなかったが[26]1990年代頃から選手が競技の場において最高の状態で能力を発揮するための自己管理を目的としたメンタルトレーニングの研究開発が行われている[26]

歴史[編集]

前史[編集]

太平洋戦争後、連合軍総司令部 (GHQ) の指示により武道教育や時代劇映画は禁止されていたが[27]1951年サンフランシスコ講和条約の締結以降に相次いで解禁されると、漫画の世界でも武道を描いた作品が登場し[27]1952年から1954年にかけて柔道漫画『イガグリくん[28]福井英一)が『冒険王』で連載された[29]。この作品は講談や時代劇などで描かれてきた伝統的な日本人的心情に則ったもので[27]、柔道だけでなく異種格闘技戦の要素も含んだ作風は熱血スポーツ漫画のルーツとも呼ばれ、後の作品群に影響を与えることになった[29][30]

『イガグリくん』のキャラクター設定や必殺技を擁した対決シーンは、1958年から『おもしろブック』で連載された貝塚ひろしの野球漫画『くりくり投手』へと引き継がれ、これ以降のスポーツ漫画における定石となった[30]。『くりくり投手』では『イガグリくん』の手法をさらに極端化し、必殺技を身に付けるための過激な特訓の描写も登場した[31]1961年から1962年にかけて『週刊少年マガジン』では福本和也原作・ちばてつや作画による野球漫画『ちかいの魔球』が連載された。この作品は実在のプロ野球の世界と必殺技の要素を併せた内容となり[32]、後に同誌でやはり福本作・一峰大二作画で連載された『黒い秘密兵器』や、梶原一騎の『巨人の星』へと踏襲された[32]

一方で、熱血スポーツ漫画からスポ根漫画への流れとは別に、井上一雄の野球漫画『バット君[33]寺田ヒロオの野球漫画『スポーツマン金太郎』などの爽やかな作風のスポーツ漫画が存在した[34]。こうした作品に代わって熱血ものが発展した経緯について漫画評論家竹内オサム1950年代に始まったテレビ放送の影響を挙げている[34]。竹内によれば、テレビで扱われたプロ野球や大相撲プロレスの実況放送を通じて大衆の間で「するスポーツ」ではなく「観るスポーツ」が支持を得たことの影響により漫画の世界もエンターテインメント性を強めたという[34]。また、この時代には漫画では新しい表現形式の劇画が生み出されており[35]、劇画の写実的かつ動的な手法が後のスポ根作品において取り扱われたことで作品に現実味を与えることに貢献した[36][37]

誕生と発展[編集]

「スポ根」の誕生には吉川英治の小説『宮本武蔵』が影響を与えている。図は同作の映画版『続宮本武蔵 一乗寺の決斗』。
巨人の星』の原作者である梶原一騎は構想にあたり、小説『モンテ・クリスト伯』の悲劇性を意図したという。

一般的に「スポ根」の発祥となった作品や元祖と呼ばれる作品は『週刊少年マガジン』で1965年から1971年にかけて連載された『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)である[1][38][39]。この作品は1930年代に人気を獲得した吉川英治の小説『宮本武蔵』のような、一つの道を究めライバルとの対決に打ち勝っていく人物を主人公とする構想をもつ編集部と[40]アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『モンテ・クリスト伯』のような悲劇的な運命を背負った人物を主人公とする構想を持つ梶原とが結びついたことにより誕生した[40]。これらの要素に1960年代に社会問題となっていた苛烈な受験競争を後押しする教育ママの存在を反映し[41]、人間教育には父親の存在は欠かせないものとし、「教育ママに対するアンチテーゼ」として父権的なキャラクターを登場させ、主人公・星飛雄馬と父・星一徹の戦いと葛藤が物語の軸となった[41]

この作品は「一般社会に普遍化できる生き方の見本として、栄光を目指して試練を根性で耐え抜く姿を野球の世界を借りて描いたもの」とも言われ[9]、作画を担当した川崎の発案による過剰な表現手法や、原作を担当した梶原による大仰な台詞まわしは当時から批判の声もあったが[42]、作品自体は徐々に人気を高め『週刊少年マガジン』の部数を100万部に押し上げた[42]

梶原は、その後も柔道を題材とした『柔道一直線』(作画:永島慎二斎藤ゆずる)、プロレスを題材とした『タイガーマスク』(作画:辻なおき)、ボクシングを題材とした『あしたのジョー』(作画:ちばてつや)の原作を務めたが人生論的な要素が強い『巨人の星』とは異なる趣向を取り入れた[43]。梶原の自伝によれば『柔道一直線』では技と技の応酬といったエンターテインメント性に焦点を当てる一方で立ち技優先の傾向があった当時の日本柔道界へのアンチテーゼを[43]、『タイガーマスク』では往年の『黄金バット』のプロレス版を標榜し善と悪の二面性のあるヒーローを[43]、『あしたのジョー』では『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のような模範的な人物へのアンチテーゼとして野性的な不良少年・矢吹丈を主人公としアウトローぶりを意図したという[43]

また「スポ根」の手法は少女漫画にも伝播したが、このことは従来、品行方正で内向的な傾向の強かった少女漫画の作品世界に競争の原理を導入したと評される[44][45]バレーボールを題材とした『アタックNo.1』(浦野千賀子)や『サインはV』(原作:神保史郎、作画:望月あきら)では少年誌さながらの必殺技の応酬や根性的な特訓が描かれると共に、恋や友情や家庭の問題、思春期の悩みといった少女漫画の主要テーマが盛り込まれた[45][46]。一方、漫画評論家の米澤嘉博は「スポーツものとは、ある意味で肉体のドラマ」とした上で「スタイル画ではない、動きや肉体を感じさせる『絵』を持たなければ、表現できないジャンル。肉体性を脱け落とした形では表現できなかっただろう」と評している[45]

これらの作品は「スポ根」の代表的作品と評価されており[1]、人気作品は1969年前後に次々とアニメ化やテレビドラマ化された[47]

沈静化[編集]

1973年オイルショックを契機に高度成長から安定成長期へと移行し、人々の関心は経済的安定や社会的上昇から個々の内面的な充足や多様な価値観を求める志向へと変化すると[8][48]、漫画の世界もそれと並行して日常生活の機微を反映したものへと移行した[8]

1972年から1981年にかけて連載された野球漫画『ドカベン』(水島新司)では、ライバル同士の対決を描きつつも社会階層の対立軸や根性的要素は薄れ[8]、「秘打」と呼ばれる必殺技の要素を残しつつも「魔球」の描写は排除し[49]、現実的な試合展開と個性的な登場人物による人間ドラマが描かれた[50][51]。また、同時期に連載されたちばあきおの野球漫画『キャプテン』や『プレイボール』では根性や努力といった要素を残しつつも魔球などの空想的な要素を排除し[52]、等身大の登場人物たちが部活動に打ち込む姿に焦点を当てた[52][53]

少女誌においても、1973年から1980年にかけて連載された山本鈴美香のテニス漫画『エースをねらえ!』や、1971年から1975年にかけて連載された山岸凉子のバレエ漫画『アラベスク』では、作品序盤は旧来的な主人公とライバルとの対比構図や精神主義といった要素を残していたが、作品が進行するに従ってそれらの枠組みから脱却し登場人物たちが自立し成長する物語へと転化した[1][54]

スポ根における特徴の一つだった魔球や必殺技の要素は1972年から1976年にかけて連載された野球漫画『アストロ球団』(原作:遠崎史朗、作画:中島徳博)においていっそう過激化し[55]、作品終盤では超人選手によって次々に生み出された「必殺技」により多数の死傷者を生み出す、デスマッチの場と化した[56]。評論家の竹熊健太郎は「『巨人の星』が貧困の克服(高度経済成長)を背景にした1960年代の神話とすれば、この作品は社会が安定し『貧困』という動機づけを喪失した1970年代の神話である」としている[57]。一方、『ドカベン』の作者である水島は野球漫画『野球狂の詩』の中で魔球を存在ではなく情報として扱い[58]、魔球という言葉により相手に精神的重圧を与える、試合における「駆け引き」の道具として描くことによって「魔球」を否定した[58]。これらの作品によってスポ根の特徴だった荒唐無稽な要素は退潮し[59]、スポーツ漫画は現実的な作風へと転換していった[58]

テレビドラマ[編集]

テレビドラマとして「スポ根」が扱われた背景には東京オリンピックでのバレーボール全日本女子の活躍が影響を与えている。写真は1964年10月23日に行われたソビエト連邦戦。

スポ根漫画の誕生と前後して日本テレビ系列では東宝とテアトル・プロの共同制作による、ラグビーやサッカーといった集団スポーツを通じた教師と生徒たちの交流を描いた『青春とはなんだ』『これが青春だ』『でっかい青春』などの青春ドラマシリーズが放送された[1][60]。この背景には、1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を優勝に導いた大松博文の影響があるとされている[1]

1960年代後半から1970年代初頭にかけてスポ根漫画を原作としたテレビドラマが登場し、TBS系列で放送された柔道を題材とした『柔道一直線』やバレーボールを題材とした『サインはV』や水泳を題材とした『金メダルへのターン!』などが人気作品となった[47]。その中で、『サインはV』は「稲妻落とし」「X攻撃」などの必殺技も話題となり高視聴率を記録、当時のバレーボールブームやスポ根ブームを牽引したが[61][62][63]、原作と同様の特訓による根性的要素を表現するために出演者に対して長時間に渡る練習を課し[62][64]、リハーサルを経て消耗し切った所で撮影に挑んだという[64]。同作の終了から3年後の1973年には、主演を岡田可愛から坂口良子に交代した続編が放送されたが、前作ほどの人気を得ることは出来ずに終了した[65]

1970年代中盤以降、中村雅俊主演の『俺たちの旅』などの青春ドラマが人気を獲得し、スポ根番組ブームは終息したが[66]、1979年にはテレビ朝日系列でバレーボールを題材とした『燃えろアタック』(原作:石ノ森章太郎)が放送された。この作品は必殺技「ヒグマおとし」やチームメイトの死など『サインはV』の影響を受けたもので[67]モスクワオリンピック出場を目指し奮闘する内容だったが[68]、1980年代に中華人民共和国で『排球女将』のタイトルで放送され人気を獲得した[69]

1985年から1986年にTBS系列でラグビーを題材とした『スクール☆ウォーズ』が放送された。この作品は、元ラグビー日本代表山口良治が高校の弱小ラグビー部を監督就任から7年で全国優勝に導いた実話を脚色したもので[70]、放送当時すでにスポ根的手法は「時代遅れ」という評価もあったが[71]、いわゆる大映ドラマの特徴でもある過剰な演出やセリフ回しにより、当時の学生たちの人気を獲得した[71]。主人公・滝沢賢治を演じた山下真司は「セリフは劇画調で、自分の演技もまだまだ。でも、向上心や悔しさ、苦悩や希望のつまった内容が届いたのだろう」と評している[72]1990年には滝沢らの6年後の姿を描いた続編『スクール☆ウォーズ2』が放送されたが、少年院を舞台にした非現実的な要素に加え、それをかき消すほどの前作のような熱量も足りず[73]、全16話で終了した[74]

テレビアニメ[編集]

スポ根作品のアニメ化に際しては、さまざまな表現手法や演出法が開発され、後の作品群に影響を与えた。図はアニメ版『あしたのジョー』の一コマ。

ピッチングモーションが始まると、選手を取り巻く背景も普段の球場から一転し、非現実的なおどろおどろしいモノとなる。瞳の中に燃え盛る炎、キャラクターたちの燃え上がる感情表現のため、いきなりライオン、そしてなどが登場するシーンなどもそうだ。実際には絶対あり得ないオーバーな表現がドラマチックな内容とマッチし、緊迫したストーリーをどんどん盛り上げていった。

—オーバーリアリズムについて[75]

漫画やドラマにおけるスポ根人気と東京オリンピック開催の影響もありアニメの世界でもスポ根が扱われることになった[76]。その最初の作品として既に原作の漫画が人気を獲得していた『巨人の星』のアニメ版が企画されたが、当時のアニメ作品で描かれていた登場人物のキャラクターデザインの多くはデフォルメされたものであり劇画調の登場人物を取り扱った経験が不足していたことから「『巨人の星』のアニメ化は不可能」「アニメ化には相応しくない」と評されていた[77]

『巨人の星』では原作と同様に過剰な表現が多用されたが、これは監督を務めた長浜忠夫が「演劇において役者が演じる大仰な演技」そのものをアニメの世界にも求めたためであり[78]、長浜自身は「オーバーリアリズム」と称していた[79]。また『タイガーマスク』では劇画の荒々しい描線を表現するためにトレスマシンという手法が導入され[80]、『あしたのジョー』では監督の出崎統によって当時としては実験的な「止め絵」などの表現手法や演出法の研究が行われた[81]。こうした手法はスポ根アニメ全体でも用いられた[76]だけでなくスポーツ以外の分野でも用いられるなど[78][82]、日本アニメの技術の進歩に貢献した[76][80]

アニメ作品は漫画作品に比べて進行が速く漫画の連載状況に容易に追いついてしまうことからオリジナルの登場人物やエピソードが新たに追加された[83]。こうした事情について『あしたのジョー』の作画を担当した漫画家のちばてつやは「自分の手元から離れた世界。親元から離れた子供のように向うの世界で良い人生を送れたらいいと割りきっていた」と証言しているが[83]、反対にアニメの演出が自身の連載作品に影響を与えることもあったという[83]

1968年から1971年にかけて放送された『巨人の星』では原作に倣った展開だけでなく主人公・星飛雄馬の姉・明子に焦点を当てたエピソードや[84]沢村栄治などの実在選手のエピソードが挿入され[84][85]、最終話のラストシーンでは原作の「飛雄馬が教会の屋根に掲げられた十字架の影を背負いながら一人で去る」といった悲愴な描写から「星親子が和解して息子が父親に背負われながら球場を去る」といった温かみのある描写へと刷新されている[86][87]

1969年から1971年にかけて放送された『タイガーマスク』でも原作を追い越した際のオリジナルストーリーが追加されたほか原作とは異なる結末が描かれている[88]。また、主人公・伊達直人を支える人物として吉川英治の小説『宮本武蔵』における沢庵和尚をイメージした師匠の嵐虎之介や[88]虎の穴時代からの親友である大門大吾、弟分の高岡拳太郎といった登場人物が新たに創作され準レギュラーとなった[88]

1970年から1971年にかけて放送された『あしたのジョー』は好評を得ながらも漫画の連載状況に追いついたため途中のエピソードで終了したが[81]1980年から1981年にかけて放送された続編の『あしたのジョー2』ではライバル・力石徹の死後から最終話までのエピソードが描かれた[89]。この作品を始め国内のアニメ界では、1970年代後半から1980年代初頭にかけて旧作アニメのリメイクブームが起こったが[90]、劇画調の描線の荒々しさは減少し、背景も野性味を表すものから入射光や投射光を活かした端正なものに変化したという[90]

ギャグ化による衰退[編集]

「スポ根」漫画の全盛期である1960年代には多くの読者の支持を得たが[91]、その一方で精神主義や芝居がかった演出には当時から批判的な意見があった[91][92]。1975年から1978年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)や、1977年から1980年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『すすめ!!パイレーツ』(江口寿史)では、そうした批判的視点を背景に従来のスポーツ漫画にギャグ漫画の要素を取り入れ、スポ根的な価値観を風刺した[91][92]1980年代に入ると、「直向きさ」「努力」「根性」といった価値観は格好の悪いもの、ダサいものとして見做されるようになっていたが[93]1984年に少女誌の『花とゆめ』で連載された野球漫画『甲子園の空に笑え!』(川原泉)では、かつてのスポ根漫画における「感動のあまり涙を流す」「仲間同士による抱擁」といった友情や絆を表す表現を「交感神経の異常」と冷めた視点でとらえ[94]、努力や根性とは無縁の脱力的で寓話的な雰囲気のまま大会を勝ち上がる姿が描かれた[95]

また1980年代初頭のお笑いブームの際、コント赤信号ヒップアップなどのお笑いグループは学園ものやスポ根ものをコントに取り入れ、「不良生徒が教師に殴られて改心し、皆で夕日に向かって走っていく」や「瞳の中に燃え盛る炎」などのシーンを再現し笑いの対象としていたが[96]、放送作家の高平哲郎は「こうしたコントで沸く若者も知らず知らず学園ものやスポ根ものに反発を感じていたのだ。いわば彼らにとって息抜きの場だった漫画なのに、父と子、根性、努力などを教育されてしまった反発がスポ根コントを笑える原動力となっているのだろう」と評した[96]

かつて一般大衆の価値観を反映したといわれたスポ根は、1970年代末から勃興したギャグ化の流れの中で嘲笑の対象となり衰退した[2][96]

スポーツ漫画の変容[編集]

1980年代以降、それまでの過酷な特訓や努力の描写に代わり、爽やかさや友情を謳いあげる作品が台頭した。写真は『キャプテン翼』の銅像。

1981年から『週刊少年サンデー』で連載された野球漫画『タッチ』(あだち充)は、スポーツ漫画および少年漫画の世界に少女漫画的な手法を導入した作品と評される[97][98]。この作品は、登場人物間の三角関係や野球についての深刻な局面において、明るさや軽妙さを挟むことで敬遠させる「間を外す」手法が特徴的であるが[99]、最終話では、主人公・上杉達也に対してライバル・新田明男が新しいステージでの再戦を示唆したのに対して、上杉に「もういいよ、疲れるから」と拒否する言葉を語らせている[100]。漫画コラムニストの夏目房之介1991年に出版した『消えた魔球-熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の中でこの場面を採り上げ「この一言で熱血スポーツものはコケた」と評し[100]、一連の流れの終焉を見ている[101]。さらに夏目は1984年から連載された水泳漫画『バタアシ金魚』(望月峯太郎)において、「(熱血、努力、根性、必殺技などの)かつての少年スポーツヒーローの条件の全てが壊れてしまった」としている[102]

夏目と同様に評論家の呉智英は1970年代後半から続くギャグ化[6]、数々のスポ根作品を生み出した梶原一騎の傷害事件とスキャンダルによる漫画界からの撤退[6]安定成長期に生まれ育った読者層との価値観の断絶[6]京都精華大学教授で京都国際マンガミュージアム研究員の吉村和真は、根性の要素を打ち消した爽やかな作品群の登場[6]、スポーツ界での伝統的な指導法に代わる科学的理論に基づいた指導法の研究開発[6]、などといった社会情勢の変化により「スポ根」というジャンルの終焉を見ている[6]

この時代は国内のスポーツに対する価値観が、それまでの「苦しさ」から「楽しさ」へと転換しようとした時期でもあるが[103]、1981年から『週刊少年ジャンプ』で連載されたサッカー漫画『キャプテン翼』(高橋陽一)では従来の「スポ根」の構造を逆転させ、天才型の主人公が根性や努力に支えられた精神主義を基盤とするライバル達と対峙し打ち破っていく作品となった[104]。この作品では努力や特訓の成果ではなく「サッカーの楽しさ」「自由な発想」が勝敗を決定する価値基準となり[104]、天才型主人公の大空翼の壁を越えられずに葛藤する努力型ライバルの日向小次郎に特訓の成果ではなく「自由な発想」という作品内の価値基準に気付かせることで、追いつかせる描写がなされた[104]。ただし、横浜国立大学教授の海老原修は「努力より才能を重んじる作品が人気を獲得したからといって日本人の思考が変わってきたとは言えない。コミックの読者欄には努力を尊ぶ声も少なくなく、この呪縛から離脱することは生半ではない」と指摘している[105]

爽やかな作品やコミカルな作品が台頭する影で、野球漫画『県立海空高校野球部員山下たろーくん』(こせきこうじ)や『名門!第三野球部』(むつ利之)などの根性を前面に出した作品が連載され、一部読者の支持を集めたが[106]、評論家の米澤嘉博は両作品を「時代の華やかさに取り残された地味なもの」とした上で「『タッチ』の明るいさわやかなカッコよさの後に、泥臭い青春が描かれ支持されたことは記憶すべきかもしれない」と評している[106]。一方、漫画家の島本和彦や編集者の斎藤宣彦は「スポ根冬の時代」を経て、1989年から連載されているボクシング漫画『はじめの一歩』(森川ジョージ)によってスポ根が復活したとの見解を示しているが[107]、この作品は前時代的なスポ根をそのまま踏襲したものではなく、格闘漫画『1・2の三四郎』や柔道漫画『柔道部物語』などを連載した小林まことのコミカルな作風を上手く活かしたものだと指摘している[107]

2000年代以降の状況[編集]

その後も、競技そのものの魅力を伝える作品、競技をとりまく登場人物の日常や個々の内面を描く作品などといったスポーツ漫画の傾向は続いている[108]。より日常生活に立脚した作品が主流となり、貧富の格差による対立軸に基づく上昇志向や、それを実現させるための過度の根性や努力といった要素が描かれることは少ない[108][109]

2003年から『月刊アフタヌーン』で連載されている野球漫画『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ)はスポーツ漫画の世界にはじめて関係主義を全面的に導入した作品と評されているが[110]、才能や努力よりも先に他者との関係性が第一にありチームメイト同士や周囲を取り巻く人々の細やかな日常や心理描写が描かれた[110]精神科医斎藤環は『おおきく振りかぶって』以降に登場した作品のひとつで、2006年から『イブニング』で連載されているバレーボール漫画『少女ファイト』(日本橋ヨヲコ)の傾向について「『スポ根』とは別の意味での、きわめて勁い精神性が存在する。それはまず何より『他者への配慮』という形で現れる」と評し、かつてのスポ根における精神性と明確に区別している[110]。また、多くの野球漫画を発表している三田紀房は「今の読者にかつてのスポ根の情念は通じない」と明言し、自身の作品『砂の栄冠』では「多くの人々の支えで主人公が才能を開花させる。他者とのコミュニケーションと関係性を描いた上で感動をもたらしたい」と語っている[109]

一方、1990年代後半から少年漫画の世界では機転や才能を伴った作品が主流となっているが、スポーツ漫画においても努力自体が勝敗を決するのではなく、機転や才能を伴ってはじめて効果を発揮するものとして描かれる傾向があるという[111]。精神科医の熊代亨はその代表例として、2007年から『週刊少年マガジン』で連載されているテニス漫画『ベイビーステップ』(勝木光)を挙げているが、この作品では主人公が「努力を効率化させる才能」を持つ人物として描かれるなど、努力の位置づけが従来のスポ根とは異なっている[111]。そのため、熊代は機転や才能に裏付けられたものでない愚直な努力のみでは、成長なき格差社会の下で育った読者には説得力を持ち得なくなっていると指摘している[111]。こうした傾向について精神科医の斎藤環は「これまでの反動なのか、努力の新しい捉え方が広がりつつある。努力に代わる言葉として宿命論や精神論とほど遠い言葉にすれば受け入れやすいのか」としている[111]

特徴[編集]

必殺技の開発[編集]

スポ根作品において血のにじむ様な特訓や、その結果として編み出される必殺技や魔球の存在は欠かすことが出来ないが完成に至るまでの過程は様々である。スポ根成立以前のスポーツ漫画では必殺技や魔球は主に忍者を出自に持つ競技者が取扱う忍術として描かれ、競技者はそれらの能力を当然のように身に付けているため開発の経緯も定かではなかったが[112]、後のスポ根作品群では特訓の成果として編み出されることが一般化した[112]。漫画コラムニストの夏目房之介1991年に出版した『消えた魔球 熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の中で、スポ根作品と必殺技や魔球の関係性をカレーライス福神漬に準え、本格的なスポーツ漫画を標榜すれば必殺技や魔球の存在は作品を台無しにすると指摘したが[112]1999年に出版した『マンガの力 成熟する戦後マンガ』では、「格闘技音痴だった私には理解できなかったが、要するにアレは格闘技の基本的な感覚を置き換えたものなのだ。マウンドから打者までの距離でやるから荒唐無稽になるが、体を接した距離ならリアリティのある発想なんじゃないか」と訂正している[113]

偶然型
無意識のうちに必殺技を編み出すスタイル。本人に自覚がなく理論的裏付けがない[112]
特訓型
ある理論に基づきそれを具現化するために特訓を行うスタイル。必殺技を編み出すために山などに籠り極限状態に至るまで特訓を試みる[112]。特に梶原一騎の作品では競技の勝敗以上に必殺技の開発と自己の修練に重点が置かれ[9][114]、必殺技を生み出すための理論、対戦相手の必殺技に対抗するための理論を事細かく構築する傾向が強い[114]。ただし、その理論が現実の競技の特性に沿わない場合や[114]、限度を超えて身体を酷使し精神を抑圧するなど狂信的な手段に訴える場合がある[115]
導師つき型
指導者の教示の下で必殺技を編み出すスタイル。即時の習得が可能なものから特訓を必要とするものまで難易度は様々であり、選手の本能に任せて実戦の中で編み出す場合もある[112]
特訓中の偶然型
山籠りなどの特訓の最中に発生した突発的な事象により必殺技を編み出すスタイル[112]

なお、1970年代後期にはボクシング漫画『リングにかけろ』(車田正美)のように理論構築、必殺技の開発、自己の修練などの過程を省略し勝利という結果のみを誇張して伝える作品が登場した[116]

過度のトレーニング[編集]

スポーツには日常における身体活動よりも大きな負荷のかかる運動を行うことによって効果が得られるという原則があるが[117]、スポ根作品では選手が技術の向上や弱点克服のために特殊アイテムを使い筋力トレーニングに取り組む姿や長時間におよんで練習に取り組む姿が描かれている。

  • バレーボール漫画『サインはV』では朝丘ユミが跳躍力不足という弱点を克服するために練習中に入りの「ブラックシューズ」を装着する場面や[118]、朝丘のライバル・椿麻里が筋力増強と反応速度の向上のために「ブラックシューズ」に加え目隠しをした状態で両手両足と腰にバネを装着し秘密練習に挑む場面が描かれている[119]
  • 野球漫画『巨人の星』では主人公・星飛雄馬が筋力増強のために「大リーグ養成ギプス」を日常生活においても装着する場面や[120][121]、少年時代に毎晩のように父の星一徹から「千本ノック」を受ける場面が描かれている[122]
  • 野球漫画『キャプテン』では谷口、丸井、イガラシといった歴代のキャプテンの下で強豪校との試合や大会前には学業を挟んで早朝から深夜まで長時間におよんで練習に取り組む姿が[123]、丸井キャプテンの代には1日に3試合の日程で12日間に全国大会出場の9校を含む36校と練習試合を行う姿が描かれている[123]

こうしたトレーニングを現実に行った場合には様々な問題が発生する可能性がある[注 1][注 2]アスレティックトレーナー立花龍司はスポ根作品内で描かれている過度の筋力トレーニング、1日間に複数の試合への出場、試合後の居残り練習などといった指導法は少年期の選手を指導する上では不必要であり[126]、例えば野球投手であれば投球数を制限するなどの配慮がなされるべきであると指摘している[126]

鬼コーチの存在[編集]

スポ根作品では登場人物を育成するために過酷なトレーニングを課す指導者の姿が描かれている。代表例としては『巨人の星』の星一徹[127]、『柔道一直線』の車周作[128]、『サインはV』の牧圭介[129]、『エースをねらえ!』の宗方仁[130]などが挙げられるが、しばしば「[128][129]」「鬼コーチ[130]」と形容される。彼らの一部は現役選手としての夢は破れた存在であり、例えば星は「幻の名三塁手」と称されたが「魔送球」を否定されたため球界を去り[131]、車は必殺技「地獄車」により死亡事故を起こしたため柔道界を去り[132]、宗方は世界的選手になる素質を持ちながら死期を宣告されたため指導者に転身しているが[133]、自らの果たせなかった夢や理想を選手に託す役割を担っている[131][133]

鬼コーチの指導について2013年3月13日付けの『朝日新聞』は指導者への絶対服従というスポーツ観が社会全体に行き渡っていたことを反映したものとした上で、「スポ根ものでは、しごき、カリスマ的指導者、鉄拳制裁がいわば三種の神器であり、読者にカタルシスを与える道具だった」と評しているが[109]、漫画評論家の紙屋高雪は「肉体の酷使はあっても体罰をスポ根の必要条件と見做すのは無理がある」と指摘している[17]。中でも『巨人の星』の星一徹については「激高しちゃぶ台をひっくり返す」「竹刀で叩く」といった狂信的な指導者としてのイメージが定着しているが[134]、こうした「ちゃぶ台返し」「竹刀での制裁」といった行為は原作漫画においては全く描かれておらず[135]、テレビアニメでの過剰な演出によって視聴者に狂信的なイメージが固定化したのではないかと指摘されている[135][注 3]

影響[編集]

社会的影響[編集]

日本国内のスポーツ競技の集団主義精神主義といった事情とスポ根を結びつける指摘があり[1][138]、スポ根作品がそうした価値観を推奨した影響により学生スポーツにおいて過度の練習や体罰を後押しする結果となった、と見る風潮が生まれた[6]

例えば1960年代から1970年代当時、部活動などの現場ではウサギ跳びやアヒル歩きのような半月板膝関節に負担が掛かる[139]ばかりで実質的な効果の少ない運動法が推奨されていたが[140]、これらは運動生理学英語版を知らない指導者達が漫画やドラマの影響を受けて部員に対して課したものだとする指摘がある[141]。また、スポ根ブームの渦中にあった1970年に学校の部活動において練習中の事故や、退部を申し出た生徒が部員から暴行を受けるなどの事件が多発したが[142]、そのうちの東京都内の中学校に通いバスケットボール部に所属する1年生の女子生徒が、部員から暴行を受けて重傷を負った事件について、スポ根の影響とする報道がなされた[143]。また、日本人のスポーツに対する「きつい」「つらい」などといった否定的なイメージ構築にスポ根作品が影響している、とする指摘もある[144]

一方、日本国内のスポーツ競技における集団主義や精神主義は明治時代に政府がスポーツを奨励したことを契機に各学校内に体育会が組織された当時からの伝統であり[138]、スポ根作品が支持を得た1960年から1970年代当時の日本のスポーツ界では集団主義や精神主義を基盤とした厳しい指導が常態化していた[6]。こうした経緯から、当時の漫画編集者の一人は「是非はともかく、スポ根の全盛期はどこの部活動やプロ競技でもしごきや体罰が蔓延していた。そうした世相が描写に反映された」と評している[6]。また東京女子体育大学教授の阿江美恵子は「しごきや体罰によって結果を出した選手は現実には一定数いる。そうした選手が指導者側となって自ら経験した指導法を再生産した側面はある。しかし、それは漫画の影響というより、成果を意識したプレッシャーや指導者の能力不足に起因する」と指摘している[6]

1980年代以降、科学的な分析に基づく効率的なトレーニング方法の導入によりスポーツ界の内情も変化を遂げているが[6]、一部の現場では「しごき」の強要といった古典的な指導法が残されている[145]。2013年5月、文部科学省の有識者会議は大阪市立桜宮高等学校のバスケットボール部員が指導者から体罰を受けたことを苦に自殺した事件を受けて、部活動中において指導者が部員に対して過度な肉体的、精神的負荷を与える行為を禁止するガイドラインを示した[146][147]。このガイドラインについて『スポーツニッポン』紙は「往年の『巨人の星』のような限度を超えたスポ根ヒーローの出現は難しくなった」と報じた[146]

文化的影響[編集]

手塚治虫
漫画家の手塚治虫は生涯に渡って様々な題材の漫画作品を発表したが、スポーツや格闘技の世界を描くことはなかった[148][149]。その背景には熱血スポーツものの源流となった福井英一への対抗心や[150]、庶民的で大衆娯楽的な価値観への忌避感があったと言われる[148]
手塚は1960年代後半のスポ根ブームの際、室町時代を舞台とした作品『どろろ』の中で父親の権威欲のために生まれながらに身体的なハンデを背負う百鬼丸という主人公を描いたが、社会学者の桜井哲夫は百鬼丸の設定はスポ根の代表的作品である『巨人の星』に対する作品に仮託した批判であると指摘している[149]。また、この時期を境に父権的な価値観に反する登場人物を描く傾向が強まったともいう[149]
料理・グルメ漫画
料理・グルメ漫画における「公開の場での料理対決やその模様を実況中継という形で解説する」といった手法は従来の野球漫画から伝播したもので[151]、1970年代に『週刊少年ジャンプ』で連載された『包丁人味平』(原作:牛次郎、作画:ビッグ錠)などで導入された後、1990年代に料理人同士の対決を扱ったバラエティテレビ番組『料理の鉄人』に受け継がれた[151]
また、スポ根における「問題を解消するために特訓を繰り返し、その成果として必殺技を生み出す」といった手法も実況中継の手法に続いて伝播した[152]。「魔球」や「必殺技」の要素は「アイデア料理」「アイデア料理法」へと形を変え1980年代に『月刊少年マガジン』で連載された『スーパーくいしん坊』(原作:牛次郎、作画:ビッグ錠)や、『週刊少年マガジン』で連載された『ミスター味っ子』(寺沢大介)などの作品に受け継がれた[152]
特撮
東映制作の特撮番組ではスポ根の影響を受け『タイガーマスク』のような子供の変身願望を満たす仮面ヒーロー作品を企画し[153]1971年から1973年にかけて毎日放送NET系列で『仮面ライダー』が放送された。この作品では優れた身体能力を有する主人公・本郷猛が国際的秘密組織・ショッカーに改造手術を受けたことにより人間離れした能力を手にし、未知の能力を引き出す手段として特訓に挑む姿が描かれた[154]。作品自体はスポ根ものだけでなく既存の怪獣ものや妖怪ものの要素を取り入れたもので、以降の仮面ライダーシリーズにおいても視聴者層の少年達が好む様々な要素が取り入れられた[155]
円谷プロダクション制作の特撮番組でも1970年代当時の「スポ根ブーム」の影響を受けて、1971年から1972年にTBS系列で放送された『帰ってきたウルトラマン』の第4話では主人公・郷秀樹が特訓の末に新必殺技を生み出し敵怪獣の弱点を突いて勝利する場面が描かれた[156]。また、1974年から1975年に放送された『ウルトラマンレオ』ではスポ根的な手法が定番となり、主人公・おゝとりゲンが特訓を重ねて必殺技を身に付けると共に精神的に成長する姿が描かれたが[156]、鬼コーチ役のモロボシ・ダンから課せられる「ブレーキの利きが甘いジープに追いかけられる」などの過酷な特訓シーンは語り草となっている[157]
音楽・芸能もの
スポーツと芸能界という舞台は一見すると接点はないが、大舞台での熾烈な主導権争いや、ライバルとの競争に勝ち抜くために努力という代価が支払われる、といった競争原理において相通ずるといわれる[158]。アニメでは、スポ根における「困難な環境にあっても屈することなく這い上がる」要素を全面に取り入れ薄幸の少女が歌手として成功するまでを描いた「音楽根性もの」が企画され1971年に『さすらいの太陽』が放送された[159]。この作品は音楽アニメの先駆けとなった作品とされており[160]、日本では全26話で打ち切りとなったがフランスイタリアで人気を獲得した[159]。その後、音楽や芸能界を扱ったアニメ作品は様々な変遷をたどるが、同作品が打ち出した様々な試練や悲劇性を前面に出したストーリー展開は、サクセスストーリーを描く上で欠かせないものとして定型化した[161]
少女漫画では1976年から演劇を題材とした『ガラスの仮面』(美内すずえ)が連載されているが、少女の夢と魅力を中心に描きながらも、スポ根作品の物語構造や人物設定を取り入れ換骨奪胎した作品と評されている[162]
戦闘美少女
フィクション作品には戦闘美少女というキャラクター類型があるが[163]、『アタックNo.1』をはじめとした女子競技を扱ったスポ根作品もその類型に含まれるとされている[163]。戦闘美少女を扱った作品で1988年ガイナックスにより『トップをねらえ!』というSFロボットアニメが制作され、美少女巨大ロボット・スポ根という3つの要素を組み合わせた作品となったが[164]、この作品において登場人物が健気や可愛らしさといった「少女らしさ」を犠牲にすることなく戦う姿を描いたことで戦闘美少女という表現の可能性を広げることになったと評されている[163]
ギャグ漫画
1970年代後半に入りスポ根におけるシリアスな展開、芝居がかった演出、精神主義は野球漫画『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)や『すすめ!!パイレーツ』(江口寿史)などの作品により笑いの対象となったが[91]、漫画家の島本和彦はデビュー作となった学園漫画『炎の転校生』において、根性を冷笑的にとらえるのではなくリスペクトを踏まえつつ過剰に描き込んだ[165][166]。その後、島本は『逆境ナイン』や『燃えよペン』などの作品で読者に笑いと熱気の双方を提供する「熱血ギャグ」の作風を確立している[165]
2010年代の状況
2010年代に入り、オタク系コンテンツでは従来の空気系に代わり、学園を舞台にスポ根的な要素を取り入れた『ラブライブ!』や『ガールズ&パンツァー』などの作品が支持を集めている[167][168]。評論家のさやわかは『ラブライブ!』について「これまでの萌え要素に加え、登場人物達が努力する姿を応援するものとして発展したことで、従来とは異なるファン層を獲得することに成功した」と評している[167]

主な作品[編集]

作品名 種目 連載期間 ドラマ化 アニメ化 出典
赤き血のイレブン サッカー 1970-1971 - 1970-1971 [1][6]
あしたのジョー ボクシング 1968-1973 - 1970-1971 他 [1][6]
アストロ球団 野球 1972-1976 2005 - [6]
アタックNo.1 バレーボール 1968-1970 2005 1969-1971 [1][4][6]
アニマル1 レスリング 1967-1968 - 1968 [169]
美しきチャレンジャー ボウリング 1971 1971 - [156]
エースをねらえ! テニス 1973-1980 2004 1973-1974 他 [1][6]
男どアホウ甲子園 野球 1970-1975 - 1970-1971 [169]
空手バカ一代 空手 1971-1977 - 1973-1974 [6][138]
キックの鬼 キックボクシング 1969-1971 - 1970-1971 [1]
巨人の星 野球 1966-1971 - 1968-1971 他 [1][2][6]
金メダルへのターン! 水泳 1969-1970 1970-1971 - [1][4]
くたばれ!!涙くん サッカー 1969-1970 - - [4]
コートにかける青春
スマッシュをきめろ!
テニス 1969 1971-1972 - [4]
サインはV バレーボール 1968-1970 1969-1970 他 - [1][4][6]
侍ジャイアンツ 野球 1971-1974 - 1973-1974 [6]
柔道一直線 柔道 1967-1971 1969-1971 - [1][4]
柔道讃歌 柔道 1972-1975 - 1974 [170]
タイガーマスク プロレス 1968-1971 - 1969-1971 [1][6]
ビバ!バレーボール バレーボール 1968-1971 - - [171]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「ブラックシューズ」「ブラックシューズ、両手両足と腰にバネ」「大リーグ養成ギプス」のような筋力トレーニングによって、ボディビルのような強固な筋肉を身につけたとしても技術向上には結びつかないことが指摘されている[121][124]。また「千本ノック」のような反復練習に関しては初心者が技術を習得する上では有効であり[125]、繰り返し行うことで基礎技術の習得が可能となるが[122][125]、目的意識もなく漠然と反復練習を繰り返せばフォームが固定化されてしまい想定外の事態に対応できなくなる恐れがある[122]
  2. ^ 大きな負荷のかかる運動が続き疲労状態にあるのにも関わらずトレーニングを継続し、なおかつ栄養補給や休養が不十分な場合には「集中力記憶力の低下」「不眠症」「食欲低下」「心拍数血圧の上昇」などといった症状の「オーバートレーニング症候群英語版」を発症する恐れがある[117]。「オーバートレーニング症候群」を発症した場合には競技成績や練習効果は低下し、重症の場合には休養が長期間に延び競技への復帰が困難となる恐れもある[117]
  3. ^ 現実に鬼コーチの管理下で規則正しい生活を行いつつ高度な肉体的・精神的トレーニングを受けた場合、軍隊における新兵教育と同様にストレスに対する恐怖心を払拭し、平常心を保つことが可能となる[136]。一方でこうした鬼コーチによる指導には負の側面も存在し本来、個々の選手が持ち合わせるスポーツに対する興味や愛着や意欲といった肯定的な感情が確実に蝕まれて行き、完全に侵され傷つけられた場合には生涯に渡って肯定的な感情を取り戻すことは出来ない[137]。鬼コーチと直面した場合には自身の耐久力を高める好機と捉え愛着や意欲が蝕まれないように努めることが必要であり[137]、厳しい指導を理由に否定的な感情を抱いたりストレスを間違った方向へと向け発散するべきではない[137]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 石川弘義 『大衆文化事典』 弘文堂1991年、416-417頁。ISBN 4-335-55046-4
  2. ^ a b c d 佐々木毅鶴見俊輔富永健一 『戦後史大事典 1945-2004』 三省堂2005年、490-491頁。ISBN 4-385-15433-3
  3. ^ 南信長 『現代マンガの冒険者たち』 エヌティティ出版2008年、134頁。ISBN 978-4757141773
  4. ^ a b c d e f g h 世相風俗観察会編 『現代風俗史年表』 河出書房新社1999年、211頁。ISBN 4-309-22308-7
  5. ^ a b 小田伸午 編、田口貞善 監修 『スポーツの百科事典』 丸善2007年、451頁。ISBN 978-4621078310
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 「絶滅危惧ものがたり 5 スポ根漫画」『東京新聞』2013年5月6日 11版 20面。
  7. ^ a b c 海老原 2001、165頁
  8. ^ a b c d 井上、菊 2012、130頁
  9. ^ a b c 斎藤次 1996、56頁
  10. ^ ガルパン:3分で分かる人気の理由”. MANTANWEB(まんたんウェブ) (2013年6月9日). 2013年8月31日閲覧。
  11. ^ 高井 2005、131頁
  12. ^ 米川明彦 『日本俗語大辞典』 東京堂出版2003年、314頁。ISBN 978-4490106381
  13. ^ スポ根【スポコン】”. コトバンク. 2013年10月13日閲覧。
  14. ^ 唐沢俊一 「唐沢流マンガ用語辞典 アナーキーな魅力の原点を探る」『コミック学のみかた。』 朝日新聞社1997年、157頁。ISBN 978-4022740755
  15. ^ (みんなのマンガ学)ちはやふる スポ根かるた部、熱血も恋愛も”. BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト (2010年11月8日). 2013年10月13日閲覧。
  16. ^ a b 「女人禁制」解禁!? 男子マンガのテリトリーを女子高生たちが侵食中!”. ダ・ヴィンチ電子ナビ (2013年2月6日). 2013年10月13日閲覧。
  17. ^ a b 紙屋高雪 「マンガばかり読んでちゃいけません 4 「スポ根」マンガは死んだのか」『季刊 人間と教育』Vol.78、旬報社、2013年6月10日、125頁。ISBN 978-4845112869
  18. ^ 音楽と文学の対位法 著・青柳いづみこ”. BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト (2006年11月19日). 2013年6月8日閲覧。
  19. ^ 貴乃花親方が佐々木希と“土俵”で共演”. nikkansports.com (2010年6月11日). 2013年6月8日閲覧。
  20. ^ 森田 2011、130頁
  21. ^ 森田 2011、129頁
  22. ^ a b 猪俣公宏 「トレーニング最前線1 メンタルトレーニング」『スポーツ学のみかた』 朝日新聞社1997年、94-96頁。ISBN 978-4022740731
  23. ^ a b 中村敏雄 「スポーツワンダーランド1 日本人のスポーツ観」『スポーツ学のみかた』 朝日新聞社、1997年、130-131頁。ISBN 978-4022740731
  24. ^ a b c 1968年に「スポ根漫画」が続々と生まれた背景とは?”. web R25 (2008年9月18日). 2013年8月25日閲覧。
  25. ^ 日本レスリング界に息づく、「八田イズム」とは何か。”. Number Web : ナンバー (2008年9月18日). 2013年8月25日閲覧。
  26. ^ a b c 日本体育学会 『最新スポーツ科学事典』 平凡社2006年、199-200頁。ISBN 978-4582135015
  27. ^ a b c 呉智英 『現代マンガの全体像』 双葉社1997年、136-137頁。ISBN 978-4575710908
  28. ^ イガグリくん - マンガ図書館Z(外部リンク)
  29. ^ a b 夏目 1991、152-157頁
  30. ^ a b 池田 2003、45頁
  31. ^ 池田 2003、46頁
  32. ^ a b 池田 2003、47頁
  33. ^ バット君 - マンガ図書館Z(外部リンク)
  34. ^ a b c 「スポーツマンガの軌跡 (1) 60年代、「観る野球」が浸透」『日本経済新聞』2013年10月3日夕刊 4版16面。
  35. ^ 劇画 【げきが】”. コトバンク. 2013年10月19日閲覧。
  36. ^ 「スポーツマンガの軌跡 (2) スポ根ものが一世風靡」『日本経済新聞』2013年10月10日夕刊 4版16面。
  37. ^ 夏目 1991、214-215頁
  38. ^ 斉藤宣 2011、40頁
  39. ^ 夏目 1991、6頁
  40. ^ a b 宮原 2005、219頁
  41. ^ a b 宮原 2005、220-221頁
  42. ^ a b 米澤 2002、106-107頁
  43. ^ a b c d 梶原一騎 『劇画一代 梶原一騎自伝』 小学館クリエイティブ2011年、73-78頁。ISBN 978-4778031602
  44. ^ 夏目 1991、96頁
  45. ^ a b c 米澤 2007、186-188頁
  46. ^ 二上洋一 『少女漫画の系譜』 ぺんぎん書房2005年、154-158頁。ISBN 978-4901978576
  47. ^ a b 夏目 1991、94-95頁
  48. ^ 第3章 NSIからみた国民生活の現状と課題”. 生活領域別にみた国民生活の現状. 消費者庁. 2015年12月25日閲覧。
  49. ^ 斉藤宣 2011、42頁
  50. ^ 夏目 1991、70-71頁
  51. ^ 米澤 2002、144-145頁
  52. ^ a b 斎藤次 1996、60頁
  53. ^ 斎藤次 1996、70頁
  54. ^ 米澤 2007、235-237頁
  55. ^ 斉藤宣 2011、41頁
  56. ^ 夏目 1991、34-37頁
  57. ^ 竹熊健太郎 「解説 モチベーションなき時代の「神話」」『アストロ球団』第3巻 ビクトリー球団〈死の特訓〉編、太田出版1999年、721頁。ISBN 4-87233-460-4
  58. ^ a b c 夏目 1991、38-39頁
  59. ^ 米澤 2002、130-134頁
  60. ^ 第1部 テレビから生まれた大ヒット!学園青春熱血ドラマ”. キネマ写真館 日本映画写真データベース. p. 3. 2016年2月4日閲覧。
  61. ^ 第3部 スポ根ブームとラブコメ旋風”. キネマ写真館 日本映画写真データベース. p. 1. 2016年2月4日閲覧。
  62. ^ a b 「昭和のテレビ 第21回 スポ根編 柔道一直線&サインはV(TBS) 主演俳優インタビュー サインはV・岡田可愛 ウサギ跳びに回転レシーブ。ヘトヘトなのに5キロも太ってしまって...」『サンデー毎日』2016年2月14日号、毎日新聞出版、214-216頁。
  63. ^ 感涙の”名セリフ&名シーン”50年秘史!「サインはV・中山仁」”. アサ芸プラス (2015年11月4日). 2016年2月4日閲覧。
  64. ^ a b 『テレビドラマ全史 1953-1994』 東京ニュース通信社1994年、184-185頁。ASIN B008ORMEFK
  65. ^ サインはV (1973)”. allcinema. 2016年2月4日閲覧。
  66. ^ 第21回 スポ根編 特別寄稿・松尾羊一 川上哲治と大松監督が作ったスポ根神話”. 毎日新聞 (2016年2月4日). 2016年2月4日閲覧。
  67. ^ 燃えろアタック (1979)”. allcinema. 2016年2月4日閲覧。
  68. ^ 燃えろアタック(燃えろ!アタック)”. テレビドラマデータベース. 2016年2月4日閲覧。
  69. ^ 「燃えろアタック」(1)「70後」、感動再び”. チャイナネット (2008年6月27日). 2016年2月4日閲覧。
  70. ^ スクール・ウォーズ”. TBSチャンネル. 2013年6月8日閲覧。
  71. ^ a b 山口純一 『傷だらけのヒーロー・滝沢賢治 ドラマ「スクール・ウォーズ」の「通」な楽しみ方』 朱鳥社、2006年、3頁。ISBN 978-4434084904
  72. ^ 「京ものがたり 山下真司と伏見工ラグビー部」『朝日新聞』 2016年1月12日夕刊 3版4面。
  73. ^ 少年院が舞台! あまりに知られていない『スクールウォーズ2』”. エキサイトニュース. 2016年2月4日閲覧。
  74. ^ スクール・ウォーズ2”. TBSチャンネル. 2013年6月8日閲覧。
  75. ^ 御園 1999、251-252頁
  76. ^ a b c 山口康男 『日本のアニメ全史 世界を制した日本アニメの奇跡』 テン・ブックス、2004年、105-106頁。ISBN 4-88696-011-1
  77. ^ 山崎 2005、60頁
  78. ^ a b 山崎 2005、74頁
  79. ^ 山崎 2005、75頁
  80. ^ a b タイガーマスク”. 東映アニメーション. 2013年10月19日閲覧。
  81. ^ a b あしたのジョー”. 虫プロダクション株式会社. 2013年10月19日閲覧。
  82. ^ 山崎 2005、178-180頁
  83. ^ a b c ちばてつや、豊福きこう 『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』 講談社2004年、190-193頁。ISBN 978-4063647938
  84. ^ a b 山崎 2005、15頁
  85. ^ 斎藤孝 2003、24頁
  86. ^ 斎藤孝 2003、41-44頁
  87. ^ 山崎 2005、28-30頁
  88. ^ a b c 『タイガーマスク 虎だ!お前は虎になるのだ!!』 河出書房新社2003年、96-104頁。ISBN 978-4309266770
  89. ^ あしたのジョー2”. トムス・エンタテインメント. 2013年10月19日閲覧。
  90. ^ a b 御園 1999、206-207頁
  91. ^ a b c d 米澤 2002、154-156頁
  92. ^ a b 斎藤次 1996、147-150頁
  93. ^ 米澤 2002、157頁
  94. ^ 高井 2005、128-130頁
  95. ^ 米澤 2002、172-173頁
  96. ^ a b c 高平哲郎 「あえて言っちゃおう「スポ根マンガよ、さようなら」」『Sports Graphic Number』1982年12月5日号、文藝春秋、33-35頁。
  97. ^ 大塚英志 『戦後まんがの表現空間-記号的身体の呪縛』 法藏館1994年、62頁。ISBN 978-4831872050
  98. ^ 小学館漫画賞事務局 2006、400頁
  99. ^ 夏目 1991、80-81頁
  100. ^ a b 夏目 1991、83-84頁
  101. ^ 斉藤宣 2011、43頁
  102. ^ 夏目 1991、86頁
  103. ^ 松田恵示 『交叉する身体と遊び あいまいさの文化社会学』 世界思想社2001年、173頁。ISBN 978-4790708728
  104. ^ a b c 海老原 2003、166-167頁
  105. ^ 海老原 2003、169頁
  106. ^ a b 米澤 2002、180-181頁
  107. ^ a b 「特集 少年サンデーの時代」『ユリイカ青土社、2014年3月号、93-94頁。
  108. ^ a b 井上、菊 2012、131頁
  109. ^ a b c ど根性なき「スポ根」まんが 名言で導き、冷めた現実描写も”. BOOK.asahi.com 朝日新聞社の書評サイト (2013年3月13日). 2013年8月31日閲覧。
  110. ^ a b c 斎藤環 (2008年12月25日). “あらゆる関係はS-Mである”. PHPビジネスオンライン 衆知. 2013年9月3日閲覧。
  111. ^ a b c d 熊代亨 「『巨人の星』から『ベイビーステップ』に見る変化 求められるのは努力抜きの達成感」『週刊金曜日』2015年1月16日号、20-21頁。ASIN B00R4X7OTG
  112. ^ a b c d e f g 夏目 1991、172-173頁
  113. ^ 夏目房之介 『マンガの力 成熟する戦後マンガ』 晶文社1999年、26-27頁。ISBN 978-4794964038
  114. ^ a b c 池田 2003、208-209頁
  115. ^ 夏目 1991、6-7頁
  116. ^ 夏目 1991、144-145頁
  117. ^ a b c オーバートレーニング症候群”. 厚生労働省e-ヘルスネット. 2013年10月13日閲覧。
  118. ^ メディアファクトリー 1992、125頁
  119. ^ 夏目 1991、96-97頁
  120. ^ 小川 1997、24頁
  121. ^ a b 斎藤孝 2003、18-20頁
  122. ^ a b c 千本ノック 根性か理論か〈白球文化を科学する・東京〉”. 朝日新聞デジタル (2012年7月5日). 2013年10月13日閲覧。
  123. ^ a b 豊福きこう 『水原勇気1勝3敗12S 「超」完全版』 講談社2000年、248-252頁。ISBN 978-4062648479
  124. ^ 立花龍司 『運動の「できる子」にする!12歳までに取り組みたい89のトレーニング』 東邦出版2012年、6頁。ISBN 978-4809410673
  125. ^ a b 斎藤孝 2003、84-89頁
  126. ^ a b 立花龍司 『少年スポーツ体のつくり方!』 西東社、2008年、19頁。ISBN 978-4791615186
  127. ^ 小川 1997、1-2頁
  128. ^ a b メディアファクトリー 1992、119頁
  129. ^ a b メディアファクトリー 1992、124頁
  130. ^ a b エースをねらえ!”. トムス・エンタテインメント. 2013年10月13日閲覧。
  131. ^ a b 巨人の星”. トムス・エンタテインメント. 2016年3月18日閲覧。
  132. ^ 梶原一騎 原作、永島慎二 作画、高森篤子 監修 『柔道一直線』完全復刻版 第壱巻、ネコ・パブリッシング2004年、62頁。ISBN 978-4777050406
  133. ^ a b 夏目 1991、102頁
  134. ^ 小川 1997、32頁
  135. ^ a b 小川 1997、33頁
  136. ^ レーヤー 1997、210-213頁
  137. ^ a b c レーヤー 1997、214-215頁
  138. ^ a b c 井上、菊 2012、142頁
  139. ^ 伊能良紀 『図解入門 よくわかる膝関節の動きとしくみ』 秀和システム2014年、94頁。ISBN 978-4798040684
  140. ^ 加藤英明、山崎尚志 『野球人の錯覚』 東洋経済新報社2008年、25頁。ISBN 978-4492043042
  141. ^ t-baby 『奇跡が起きる筋肉トレーニング』 PHP研究所2008年、116-117頁。ISBN 978-4569699325
  142. ^ 「女生徒リンチを調査 墨田区教委」『読売新聞』1970年7月21日 夕刊 4版 8面。
  143. ^ 「シツケ怠った大人 ゆがめられた根性 女子中リンチ」『読売新聞』1970年7月22日 14版 4面。
  144. ^ 森本貴義 『カラダ×ココロ改善計画』 PHP研究所、2009年、17頁。ISBN 978-4569773131
  145. ^ 井上、菊 2012、143頁
  146. ^ a b 消える星飛雄馬 炎天下の“スポ根”ランニングは禁止”. スポニチ Sponichi Annex (2013年5月11日). 2013年8月31日閲覧。
  147. ^ 運動部活動での指導のガイドラインについて”. 文部科学省. 2013年10月19日閲覧。
  148. ^ a b 米澤嘉博 『手塚治虫マンガ論』 河出書房新社2007年、185頁。ISBN 978-4309269597
  149. ^ a b c 桜井哲夫 『手塚治虫 時代と切り結ぶ表現者』 講談社、1990年、155-158頁。ISBN 978-4061490048
  150. ^ 米澤 2002、205頁
  151. ^ a b 斉藤宣 2011、188-189頁
  152. ^ a b 斉藤宣 2011、172-173頁
  153. ^ 池田、高橋 1993、22-23頁
  154. ^ 池田、高橋 1993、40-43頁
  155. ^ 池田、高橋 1993、202-203頁
  156. ^ a b c ブレインナビ 『ウルトラマンは時代を映す鏡だ!』 PHP研究所2012年、65-66頁、110-111頁。ISBN 978-4569677248
  157. ^ 人気作「ウルトラマンレオ」をハイビジョンで放送!おおとりゲン役の真夏竜が撮影当時を振り返る!”. PR TIMES (2014年12月24日). 2015年12月25日閲覧。
  158. ^ 吉田 2004、179頁
  159. ^ a b 藤川桂介 『アニメ・特撮ヒーロー誕生のとき―ウルトラマン、宇宙戦艦ヤマトから六神合体ゴッドマーズまで』 ネスコ、1998年、61-66頁。ISBN 978-4890369799
  160. ^ さすらいの太陽”. 虫プロダクション株式会社. 2013年9月22日閲覧。
  161. ^ 吉田 2004、182頁
  162. ^ 米澤 2007、318-319頁
  163. ^ a b c 斎藤環 『戦闘美少女の精神分析』 太田出版2000年、153-154頁。ISBN 978-4872335132
  164. ^ 氷川竜介. “ここがみどころ”. トップをねらえ!. バンダイチャンネル. 2013年6月8日閲覧。
  165. ^ a b 夏目房之介 『マンガの居場所』 NTT出版2003年、140-141頁。ISBN 978-4757150393
  166. ^ 「特集 少年サンデーの時代」『ユリイカ』 青土社、213頁。
  167. ^ a b 『ラブライブ!』映画はなぜロングヒットした? さやわかが作品の構造から分析”. リアルサウンド (2015年8月7日). 2015年8月10日閲覧。
  168. ^ 芸能界にファン多数、“聖地”神田明神は初詣客殺到 今さら聞けない『ラブライブ!』入門”. オリコン (2015年1月16日). 2015年8月10日閲覧。
  169. ^ a b 井上宏 『テレビ文化の社会学』 世界思想社1987年、162頁。ISBN 4-7907-0312-6
  170. ^ 柔道讃歌”. アニメの殿堂ムービースクエア. 2010年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月30日閲覧。
  171. ^ 小学館漫画賞事務局 2006、117頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]