ドカベン

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ドカベン
ジャンル 野球漫画
漫画
作者 水島新司
出版社 秋田書店
掲載誌 週刊少年チャンピオン
レーベル 少年チャンピオン・コミックス
発表期間 1972年18号 - 1981年16号
巻数 単行本:全48巻
文庫本:全31巻
テンプレート - ノート

ドカベン』は、水島新司による日本野球漫画作品。及び、これを原作とするアニメ・映画・ゲーム作品。『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて1972年から1981年まで連載された。

概要[編集]

神奈川県の明訓高校野球部に所属する主人公の「ドカベン」こと山田太郎と、同級生でチームメイトの岩鬼正美殿馬一人里中智微笑三太郎などの仲間達を中心とした野球漫画。主な舞台は高校野球である。

ただ、連載初期のドカベン中学時代は、山田、岩鬼、山田の妹サチ子の三人を主軸とし、鷹丘中学を舞台とした柔道漫画だった。単行本7巻目に至り、野球漫画へ方向転換する。元々野球漫画として描く計画だったようで、野球をやることへの伏線は最初から張られている。作者は「当時ライバル誌に『男どアホウ甲子園』で同じく野球作品を連載していたため控えていた」と雑誌のインタビューで答えている[要出典]

当時魔球などの超人的・非現実的要素の多かった野球漫画にあって、配球の読みなどのリアルな野球の描写を盛り込んだことは斬新で、躍動感のある水島独特の画風も手伝って野球漫画の新境地を開拓した。また水島によれば、本作品以前は自信作やヒット作に恵まれていなかったものの、本作品では前述の岩鬼を主人公の山田に絡ませたことで物語が大きく展開してヒットに繋がり、さらに里中、殿馬の登場時にはそれまで自分の作品には恵まれなかった女性ファンが倍増したという[1]

続編に『大甲子園』、『ドカベン プロ野球編』、『ドカベン スーパースターズ編』、『ドカベン ドリームトーナメント編』がある。

時代設定[編集]

山田が明訓高校に入学した年の夏の甲子園大会は、1974年の「第56回全国高等学校野球選手権大会」だった。ただし、以降の大会では第何回かは明記されておらず、必ずしも1974年から1976年の高校野球・プロ野球界を反映したものではない。岩鬼家が倒産の危機に瀕した際、大阪ガメッツが岩鬼をスカウトに来るなど、架空の設定も多く含まれている。以下、作中の時代設定に関する描写を挙げる。

  • 山田世代が高校1年夏にいわき東高校と対戦したとき、いわき市の廃坑が背景にあったが、これは1976年頃になる。
  • 山田世代の高校2年夏に犬飼小次郎南海に入団するが、その時の監督は1978年から1980年まで務めていた広瀬叔功。作中の日本ハム対南海戦の日本ハムの出場メンバーに、1979年のみ在籍したサム・ユーイングがおり、1979年と推測される。
  • 高1秋の関東大会は会場が千葉(銚子)で、高2秋の関東大会は埼玉(大宮)で行われている。実際には1972、1973年に開催されていた。ということは山田世代の高校時代は1972から1974年までということになる。
  • 山田世代は高校3年夏に、1978年春開場の横浜スタジアムで試合を行っている。

『ドカベン プロ野球編』(1995年 - )以降は現実の時間と並行して展開しているため、小次郎のホークス入団など、作中の話が全て1990年代初めに設定し直されている。

主な登場人物[編集]

テレビアニメ[編集]

アニメ版は1976年10月6日から1979年12月26日フジテレビ系列で放送された。のちにCS放送フジテレビ739で再放送された。全163話。

原作は元々、学園漫画として始まったが、アニメ化された時点では高校野球漫画の代表作として人気があったため、アニメ版では序盤の柔道編が短縮された。野球編に移行してからも原作連載の約2倍のペースで進行し、ついに追い着いてしまったため一旦中断したが、結局再開されることはなかった。そのため、アニメ版では中学編から高2夏の弁慶高校戦までしか描かれていない。なお、アニメオリジナルシーンもいくつか存在する(山田と岩鬼の初対面シーンで夏子が出ているなど)。

各話リスト[編集]

スタッフ[編集]

主題歌・挿入歌[編集]

オープニング[編集]

「がんばれドカベン」(第1話 - 第106話)
作詞:水島新司、保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
オープニング映像では間奏で岩鬼がバットを捕ってから挿入される場面(石毛が打球を処理するなど)の有無で少なくとも2種類あり、それによって間奏の長さが異なる。
ロイヤルナイツによるカヴァー版がアポロン音楽工業から1982年に発売されたカセット絵本に収録された。
「スポ根TVヒッツ!」(TECH-25111、テイチクエンタテインメント)に収録されているのはテレビサウンズ合唱団によるカヴァー版である。
「九人のマーチ」(第107話 - 第128話)
作詞:薩摩忠 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:杉並児童合唱団
「青春フィーバー(コンバット・マーチ)」
作詞:保富康午 / 作曲:菊池俊輔、三木祐二郎牛島芳 / 編曲:菊池俊輔 / 歌:コロムビア・オールスターズ(水木一郎ささきいさお堀江美都子大杉久美子かおりくみこ、こおろぎ'73)
近年の再放送では「がんばれドカベン」のみ使用されることも多い。

エンディング[編集]

「ああ青春よいつまでも」(第1話 - 第106話)
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「きみこそみんなのアイドルだ!」(第107話 - 第128話)
作詞:薩摩忠 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73、杉並児童合唱団
「太陽の子」(第129話 - 第163話)
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:コロムビア・オールスターズ

挿入歌[編集]

「ホームランソング」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「男は岩鬼」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73 / セリフ:玄田哲章
「仲間たち」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「光る青春 今ここに」
作詞:水島新司 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「ああ甲子園」
作詞:保富康午 / 作曲:古関裕而 / 編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「小さな巨人 里中くん」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:ザ・チャープス
「野球小唄」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73
「殿馬ずら」
作詞:保富康午 / 作曲・編曲:菊池俊輔 / 歌:こおろぎ'73 / セリフ:肝付兼太

挿入歌の初出は番組放送中に発売された主題歌・挿入歌LPで、「ああ甲子園」と「小さな巨人 里中くん」はシングルカットもされた。挿入歌のメロオケもBGMとして使われた。

声優[編集]


放送局[編集]

※放送日時は1979年9月中旬 - 10月上旬時点(西日本放送については1979年2月中旬 - 3月上旬時点[4])、放送系列は放送当時のものとする[5]

放送地域 放送局 放送日時 放送系列 備考
関東広域圏 フジテレビ 水曜 19:00 - 19:30 フジテレビ系列 制作局
北海道 北海道文化放送
宮城県 仙台放送
秋田県 秋田テレビ
山形県 山形テレビ フジテレビ系列
テレビ朝日系列
長野県 長野放送 フジテレビ系列
静岡県 テレビ静岡
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
近畿広域圏 関西テレビ
島根県鳥取県 山陰中央テレビ
岡山県
岡山県・香川県
岡山放送 1979年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局。
1979年3月(第128話)までの放送エリアは岡山県のみ。
1979年4月の岡山・香川の電波相互乗り入れで香川県にもエリア拡大。
広島県 テレビ新広島
愛媛県 愛媛放送 現・テレビ愛媛
福岡県 テレビ西日本
佐賀県 サガテレビ
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列
青森県 青森放送 水曜 17:30 - 18:00 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
岩手県 テレビ岩手 土曜 18:00 - 18:30
福島県 福島テレビ 土曜 17:00 - 17:30 TBS系列
フジテレビ系列
山梨県 山梨放送 木曜 19:00 - 19:30 日本テレビ系列
新潟県 新潟総合テレビ 金曜 18:30 - 19:00 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
山口県 テレビ山口 土曜 17:30 - 18:00 TBS系列
フジテレビ系列
1978年9月まではテレビ朝日系列とのトリプルクロスネット局。
香川県 西日本放送 金曜 18:00 - 18:30 日本テレビ系列 当時の放送エリアは香川県のみ。
岡山放送の岡山・香川の電波相互乗り入れまで放映。
高知県 高知放送 金曜 17:30 - 18:00
長崎県 テレビ長崎 土曜 18:00 - 18:30 フジテレビ系列
日本テレビ系列
熊本県 テレビ熊本 水曜 17:25 - 17:55 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
大分県 テレビ大分 金曜 17:30 - 18:00
鹿児島県 南日本放送 土曜 17:30 - 18:00 TBS系列

補足[編集]

当番組終了後、関東地区では1980年7月4日から同年9月26日まで、『翔んだカップル』開始までのつなぎ番組として、毎週金曜の19:00 - 19:30に1話から13話までを再放送したことがあった。

フジテレビ系 水曜19:00 - 19:30枠
前番組 番組名 次番組
アラビアンナイト シンドバットの冒険
(1975年10月1日 - 1976年9月29日)
ドカベン
(1976年10月6日 - 1979年12月26日)

映画作品[編集]

ゲーム作品[編集]

※以下はドカベン以外の水島漫画のキャラも登場している作品。

エピソード[編集]

全般[編集]

  • 「明訓高校」は、水島新司が入学を果たせなかった新潟明訓高校が由来。同校が甲子園初出場を果たした1991年夏、『週刊少年チャンピオン』誌上に読み切りで「新潟明訓対神奈川明訓」と題した練習試合が描かれた(1992年の短編集『I Love Baseball』に収録)。
  • 山田太郎の最大のライバル・不知火守のいる白新高校の名前は、水島新司が通っていた新潟市立白新中学校からとられた。
  • プロ野球選手香川伸行は、風貌が主人公の山田太郎に似ていたこと、山田太郎と同じ捕手のポジションが主だったことから「ドカベン」の愛称で呼ばれ[6]プロ野球マスターズリーグドカベンの登録名で参加していた。
  • 山田達の1年先輩である石毛幸一は、作品内で一度もヒットを打った描写がない(ただ、計算上は吉良高校戦で出塁しているはずである)。7割打者の山田をはじめ、後にプロ入りする打者がズラリと並ぶ明訓打線においては、誰かがアウトにならなければ試合が進まなかったり、追い上げられたりする展開とならないが、完成された打者をアウトにさせることも出来ないため彼のようなアウト要員が存在した。
    他のスポーツマンガでこのような役回り(アウト要員やシュート外し役)のキャラクターが登場すると、「ドカベンの石毛的キャラ」などといわれることがある(あるいは「明訓下位打線」=凡退要員、という表現もある)。
  • テレビアニメ版が放映される前に、ナイル野球用品のテレビCMでアニメ化されている。この時はキャラクターにはセリフがなく、帽子やユニフォームのラインが原作に近い黒色だった。
  • 神奈川県大和市にある大和引地台野球場は、かながわ・ゆめ国体開催を前に実施した改築工事の際、水島をアドバイザーに迎えて設備内容の検討を行った。これが縁で、市は竣工後の1997年、施設に愛称「ドカベンスタジアム」を付与。その後メインスタンド正面には打者・山田と投手・里中が対峙する一対の銅像が建立された[7]。引地台野球場は高校野球神奈川大会の試合会場として使用されている他、不定期ながら湘南シーレックス主催のイースタン・リーグ公式戦も開催される。
  • なお、この「ドカベン」の名称を2009年夏竣工の新潟県立野球場の愛称にするよう求める動きが新潟県内の政財界・野球関係者の間で起こり、水島もこれに全面的に協力していた。しかし上述の通り、既に神奈川県に「ドカベン」を冠した野球場が存在し、且つ新潟明訓高等学校を容易に想起させるため不公平感が生じる可能性もあるなど、問題点が指摘されていた。結局、新潟県が施設命名権の導入を優先させたことから、この計画は頓挫した(詳細は同野球場の施設名称に関する問題を参照)。
  • 明訓が弁慶高校に敗れた事は衝撃が走り、スポーツ新聞夕刊の芸能面には、「明訓敗れる」と言う記事が載り、水島新司も驚いた。

ルール面[編集]

  • 山田達の2年夏の県予選、対白新高校戦で描かれた、「ルールブックの盲点の1点」のエピソード(一死満塁、スクイズプレイ失敗ダブルプレイでチェンジのはずが明訓に1点が入ってしまう)は、当時現役のプロ野球選手でも理解できず、「いい加減なことを書くな」と抗議が来たほどだった。しかし、後にルールとして正しいことが判明、野球漫画家としての水島の名を上げることになった。現在でもしばしば野球のアピールプレイの説明のために引用される。なお、「ルールブックの盲点」とは言うが、公認野球規則の不備ではなく、「意外に知られていないルール」という意味合いである。
  • 山田達の2年夏の甲子園大会、対BT学園戦では、安全進塁権に関するエピソードが描かれている。BT学園の1点リードで迎えた8回裏、BT学園の打者桜の打球は左中間の深い位置に飛ぶ大飛球だったが、センター山岡はこの打球に自分のグラブを投げつけて止めてしまう。同時にこの打球を追っていたレフト微笑をはじめ、明訓守備陣はこれをエンタイトル三塁打と勘違いしていた。既に三塁を回っていた桜も三塁打だと思い、腹いせに本塁を踏みつけて三塁に戻ろうとするが、球審はホームインを認める。即ち、グラブを当てて打球を止めた場合、安全進塁権として走者に3つの進塁が与えられ、且つボールインプレイなので、桜の本塁踏み付けは正規に本塁に触れたものと見做される。
  • 以上のように野球に関してはルールを熟知した描写が見られるが、初期の柔道編では山田と賀間との決勝戦で押さえ込み25秒の技ありを取らず(その時点で山田は合わせ技一本で勝利しているはず)、技ありによる優勢勝ちも取らず(賀間も押さえ込みで技ありを取っている可能性があるが、山田が押さえを解いている可能性があり、審判もポイントを宣告していない)に引き分け再試合にしているなど、競技への取材が不足している部分が多々見られる。
  • 山田達の2年春の甲子園大会で土佐丸高校の犬神了が殿馬の打球を捕った時、さらに夏の予選で東海高校の雪村が山田の打球を捕った時など、捕球した野手がスタンドまたはラッキーゾーンに落ちた場合、これを「ホームラン」としているのは誤りである。ルール上は当時も現在もキャッチの時点で打者はアウトで、その後のスタンド・ラッキーゾーン転落はボールデッドとなり、無死もしくは一死であれば走者は投球当時の占有塁から1つ進塁できる。続編の「スーパースターズ」編では同様のプレイに正確な判定をしている。


関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 水島新司大甲子園』26、秋田書店少年チャンピオン・コミックス〉、1987年、193-195頁。ISBN 978-4-253-04081-5
  2. ^ テレビ欄では「男岩鬼! スーパー大ホームラン」
  3. ^ テレビ欄では「勝負はラッキーセブンから」
  4. ^ アニメージュ 1979年3月号』 1979年、徳間書店、全国放映リスト 48頁。
  5. ^ 『アニメージュ 1979年10月号』 1979年、徳間書店、全国放映リスト 70-71頁。
  6. ^ ドカベン香川伸行さん、心筋梗塞で急死 浪商「甲子園のスター」まだ52歳ハフィンポスト
  7. ^ 引地台野球場の人工芝全面を張り替え 球場の名称も4月1日から「大和スタジアム」に 大和市
  8. ^ キャラクター:新潟からドカベン消える?毎日新聞、2015年4月30日観覧

外部リンク[編集]