恐竜・怪鳥の伝説
| 恐竜・怪鳥の伝説 | |
|---|---|
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The Legend Of Dinosaurs And Monster Birds | |
| 監督 | 倉田準二 |
| 脚本 |
伊上勝 松本功 大津一郎 |
| 製作 | 橋本慶一 |
| 出演者 |
渡瀬恒彦 林彰太郎 沢野火子 牧冬吉 |
| 音楽 | 八木正生 |
| 主題歌 | 宮永英一 |
| 撮影 | 塩見作治 |
| 配給 | 東映 |
| 公開 |
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| 上映時間 | 92分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 日本語 |
『恐竜・怪鳥の伝説』(きょうりゅう・かいちょうのでんせつ 英題:The Legend Of Dinosaurs And Monster Birds)は、1977年4月29日に公開された東映京都撮影所製作の特撮映画。併映は、実写映画版『ドカベン』と『池沢さとしと世界のスーパーカー』。
目次
概要[編集]
富士山麓西湖に現れた恐竜(プレシオサウルス)と怪鳥(ランフォリンクス)の死闘を軸にしたパニック映画。当時、人食い鮫による大混乱と恐怖を描いた映画『ジョーズ』の大ヒットにより、猛獣が人を襲う「動物パニック映画」が量産されていた[1]。本作はこの流れに乗る形で製作されたため、従来のいわゆる「怪獣映画」とは趣を異にする“スリラー仕立て”となっている。「水中から引き上げた人体の下半身が無い」などのショックシーンには『ジョーズ』の影響を見て取れる[2]。
1975年12月に日本国内でも公開され大ヒットを記録した『ジョーズ』や、ネス湖におけるネッシーの発見報告など、当時の動物パニック映画や未確認動物ブームなどを背景に企画がスタート。日本だけではなく世界市場も視野に入れた企画内容で、日本の象徴である富士山を舞台に、ネス湖を富士五湖、恐竜を竜神伝説に置き換えることで東洋の神秘をアピールし、公開1年前の1976年春には『大怪鳥対大竜神』の題名を発表。撮影前に海外からも多数の引き合いがあり、20ヶ国の輸出先や30万ドルの契約が成立。そのため、当時の邦画では異例の長期撮影期間(通常は3ヶ月以内だが、本作の撮影日数は1976年10月12日のクランクインから、翌年の1977年3月21日のクランクアップまで6ヶ月間を要している。)と7億5千万円の製作費を投じており、『新幹線大爆破』や『宇宙からのメッセージ』とともに、海外輸出で外貨を稼ぐ作品になった。特撮用の経費は1億5千万円で、製作前にはアメリカ合衆国のシネマ・プロダクツ社から、最新の合成機材であるFPC-101(フロントプロジェクション)を4千500万円で購入。プレシオサウルスやランフォリンクスなどの造形物にも2千万円を要しており、東映京都撮影所では最大の広さのスタジオ内に24メートル四方のプールを建設。プール内における水中撮影の多用や、ビデオカメラを使った撮影確認作業の初導入などで、長期の撮影期間を要した[3]。
製作にあたっては、東映京都撮影所でプロデューサーの補佐を手掛けていた大津一瑯も企画に参加。東京で怪獣物を多く手掛けていた伊上勝に脚本を依頼して、プロデューサーの橋本慶一も交えながら打ち合わせを行うが、シノプシスが上がってこないまま、1976年夏に予定した撮影開始への期日も切迫。当時の製作部長だった翁長孝雄が急遽、大津に本作のストーリー執筆を命じた。その時点では、岡田茂社長の「恐竜と始祖鳥が闘う」という案しか決まっておらず、大津は一晩一睡もせずに企画製作意図やストーリーを執筆。それらは即座に企画書へと印刷され、「全世界配給という企画のもと、神秘の国日本に抱く外国人の夢と憧れを満足させる作品」という製作意図に基づきながら、竜神伝説や神話など竜にまつわる日本各地の語り伝えも下敷きにした、新たな企画をスタート。大津と松本功が、本作の脚本へと参加することになった。その後、海外市場を意識した岡田の意見で、映画の舞台を薩南諸島の鬼界ヶ島から富士五湖や、恐竜と始祖鳥をプレシオサウルスとランフォリンクスに変更。当時の大ヒット作だった『ジョーズ』や『悪魔の追跡』『恐竜の島』などの映画、更には当時の話題だったネス湖のネッシー[4]や魔のバミューダ海域なども意識しながら、大津と松本が共同で構成を作り、撮影開始への期日も切迫する中、脚本の前半は松本、後半は大津という形で分担しながら突貫作業で脚本を執筆する。撮影用の台本は1976年9月3日に完成したが、1976年夏の予定だったクランクインも10月12日へと遅延することで、本作の撮影は真夏のシーンを真冬に強行するという厳しい環境に変化。橋本慶一プロデューサーの手伝いという立場で脚本も執筆した大津は、撮影現場の出演者やスタッフから冷たい目で見られることになった[5]。
1976年夏に開始予定だった撮影の遅れや長期化で、翌年のゴールデンウィーク公開が決まった本作は、1977年2月16日にクランクインした鈴木則文監督の『ドカベン』[6]や『池沢さとしと世界のスーパーカー』との3本立ても決定するが、当時は小林旭主演の日活映画など旧作のリバイバルが人気を呼んでおり、東映では1977年5月14日から赤木圭一郎主演の日活映画『霧笛が俺を呼んでいる』と『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』のリバイバル公開を、本作の公開前に決定。本作も含めた3本立ては公開前の時点で、最初から2週間限定の興行だった[7]。
これまで天才的な閃きで幾多のヒット作を生み出し、東映の危機を救ってきた同社社長・岡田茂(当時)の、アイデアが枯渇したその一本が本作である[8]。「洋画のあれ、面白かったから焼き直せ」それがこの当時の岡田の口癖だった[8]。『スター・ウォーズ』が1978年夏の日本公開までには一年のブランクがあることを知り『宇宙からのメッセージ』を製作[8]。『エクソシスト』や『オーメン』といったオカルト映画がブームになれば「ええ企画思いついた。『地獄』やれ」。『ジョーズ』の大ヒットで動物パニック映画が流行れば「『恐竜・怪鳥の伝説』なんて題名。おもろいやろ。やれ」と思い立ち、本作の製作に至った[8]。『地獄』『恐竜・怪鳥の伝説』両作品の製作責任者だった翁長孝雄は「ヒモで恐竜を引っ張っているのが見え見えで、恥ずかしかったですよ。どちらも、おそろしいほどコケました。『なんやこの企画』と思っても、社長企画だから断れないんですよ。かなり勇気がないと」と述べている[8]。海外配給を大々的に宣伝したが、成績は不明である[9]。
2011年8月から2014年7月まで、「東映特撮YouTubeOfficial」にて本作の配信が行われた。
あらすじ[編集]
1977年夏、樹海での自殺未遂から生還した女性が、巨大な卵を目撃した旨を述べて息絶える。世界を股にかけて石材を調達している石材会社の嘱託社員で、学生時代は地質学を専攻していた石のスペシャリスト、芦沢節は、富士樹海での「巨大な卵発見」のニュースを聞きつけ、自らが企画して旅立つ予定のメキシコ出張を即座に取りやめてしまう。芦沢は社長の苦言も聞かず、ある目的の為、その日のうちに富士山麓へ旅立った。
現地には、恋人の女性カメラマン・小佐野亜希子と、その助手の園田淳子がいた。馬の首なし死体が発見されるなど、富士五湖の近くでは怪現象が相次ぎ、ついに水中撮影中の亜希子を待っていた淳子が、何者かに下半身を食いちぎられるという事件が発生する。
実は、芦沢の父は富士樹海での恐竜生存説を訴えていた古生物学者だったが、恐竜生存実証が出来ず、失意の中この世を去った。そしてその主張は現在も認められてはいなかった。しかし、生前に芦沢の父もまた同じ場所で、例の石の卵と同じモノを発見していたのだ。
芦沢は、どうしても自分の目で確かめたかった。父の言葉通り、恐竜が富士の麓に眠っているのかを……。
登場キャラクター[編集]
恐竜プレシオサウルス[編集]
- 全長24m、体重23t
- 予告篇ではプレシオザウルスとなっている。
- 造形物は4分の1の縮尺を想定しながら、操演用の人形や着ぐるみなどを含めて4種類を制作。他にも実物大の頭部やヒレを制作するなど、大橋史典が主宰する大橋工芸社では、5人で4ヶ月を要する造形物だった[10]。
- 本物同様ヒレ足だがポスターのイラストでは水かきのついた前足になっている。
- 前世紀(中生代)の首長竜が現在まで生き残っていたもの。自然環境の変化でこの地域だけ太古が再現され眠りから覚める。もう一匹の怪鳥ランフォリンクスも蘇り、宿命の対決を演じる。
- 性格は人々を襲うなど非常に凶暴である。
怪鳥ランフォリンクス[編集]
- 全長13m、体重2t
- 予告篇ではランホリンクスとなっている。
- 造形物は4分の1の縮尺を想定しながら、操演用の人形を製作。他にも、実物大の頭部や足など複数を造形している[11]。
- 劇中では一体しかでないがポスターのイラストでは三匹描かれている。
- 富士樹海付近の自然環境の変化で、化石化していた卵が孵化して蘇った前世紀(中生代)の翼竜。同様に現れたプレシオサウルスと壮絶な対決を演じる。
- 性格は凶暴で人々・家畜を上空から襲う。
登場兵器[編集]
スタッフ[編集]
- 企画:橋本慶一
- 脚本:伊上勝、松本功、大津一郎
- 撮影:塩見作治
- 照明:井上孝二
- 録音:荒川輝彦
- 美術:雨森義充
- 音楽:八木正生
- 編集:市田勇
- 造形・操演:大橋史典
- 主題歌 「遠い血の伝説」「終章」 唄:宮永英一 (紫)、作詞:山川啓介、作編曲:八木正生
- 監督:倉田準二
キャスト[編集]
- 渡瀬恒彦:芦沢節(あしざわたかし)。ユニバーサルストーン社員
- 林彰太郎:谷木明。新聞記者
- 沢野火子:小佐野亜希子。水中カメラマン
- 津島智子:園田淳子。亜希子の助手
- 牧冬吉:椋正平。中学校教師
- 諸口あきら:諸口あきら。カントリー歌手
- ザ・ラスト・ロングホーン・バンド:ボウ矢谷・末松よしみつ・ピーター藤井・柵木たけとし・岡本秀雄。カントリーバンド
- 中村錦司:坂井秀行
- 滝沢聡:島本二郎
- 司裕介:平野進
- 奈辺悟:杉山安
- 丸平峰子:瀬川由紀
- 宮前ゆかり:高見弘子
- 有川正治:新宅清太郎
- 名和宏:宮脇昌彦
- 唐沢民賢:上村
- 宮城幸生:小林
- 山下義明:井上
- 岩尾正隆:島田
- 野口貴史:湯浅
- 細川ひろし:長井。スキンダイバー。
- その他;大木晤郎、大辻愼吾、大城泰、鳥巣哲生、ディビッド・フリードマン、モーリン・ピーコック、キャサリン・ラブ、藤沢徹夫、岡島艶子、白井孝史、福本清三、友金敏雄、西田治子、志茂山高也、高谷舜二、鰐石鈴子、漆原規美子、山口有紀子、平山孝広、横道奈那美
その他[編集]
- 本作における造形担当は『怪獣王子』などで知られる大橋史典であり、操演用ミニチュアや着ぐるみ以外に、実物大のプレシオサウルス頭部や馬の死骸などの造形物も、劇中に提供していた。大橋が映像作品の造形を担当したのは『怪獣王子』以来であり、本作品が最後となった[12]。
- 本作に登場する首長竜と翼竜は、実際はそれぞれ恐竜・鳥類ではない(もっとも怪鳥という言葉は単なる形容でしかない)。また両者とも劇中では実在のものより遥かに大きく、容姿や行動も(怪獣風に)アレンジされている。[独自研究?]
- 『巨獣特捜ジャスピオン』の巨獣軍団のシーンにプレシオサウルスとランフォリンクスの映像が使用されている。[要出典]
- 本作の公開時に、『月刊少年チャンピオン』(秋田書店)昭和52年5月号に、居村眞二によって読み切り漫画として掲載されていた。
- 杉作J太郎は映画『ジュラシック・ワールド』は本作とプロットが酷似していると指摘している[13]。
映像ソフト[編集]
2005年4月21日に東映ビデオよりDVDが発売された[14]。
この節の加筆が望まれています。 (2014年10月) |
脚注[編集]
- ^ 大ダコが海水浴場で暴れる『テンタクルズ』、大熊が森林公園で暴れる『グリズリー』など。
- ^ 石井博士ほか 『日本特撮・幻想映画全集』 勁文社、1997年、246頁。ISBN 4766927060。
- ^ 東映ビデオDVDソフト『恐竜・怪鳥の伝説』(DSTD002415)解説書より
- ^ 同時期の東宝も、イギリスのハマー・フィルム・プロダクションとの合作映画『ネッシー』を製作予定だった。
- ^ 東映ビデオDVDソフト『恐竜・怪鳥の伝説』(DSTD002415)解説書・大津一瑯インタビューより
- ^ 日刊スポーツ 1977年2月7日13面
- ^ 日刊スポーツ 1977年4月16日13面
- ^ a b c d e 春日太一 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 文藝春秋、2013年、371-373頁。ISBN 4-1637-68-10-6。
- ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』 ぴあ、1998年、229頁。ISBN 4-89215-904-2。
- ^ 東映ビデオDVDソフト『恐竜・怪鳥の伝説』(DSTD002415)解説書より
- ^ 東映ビデオDVDソフト『恐竜・怪鳥の伝説』(DSTD002415)解説書より
- ^ 友井健人 「特撮界の怪人 大橋史典」『別冊映画秘宝 『電人ザボーガー』&ピー・プロ特撮大図鑑』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年11月14日、pp.86-87。ISBN 978-4-86248-805-3。
- ^ 映画秘宝 2017年7月号 52 - 53項
- ^ 「Visual Radar」、『宇宙船』Vol.118(2005年5月号)、朝日ソノラマ、2005年5月1日、 105頁、 雑誌コード:01843-05。