トラック野郎

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主人公・星桃次郎のトラック「一番星号」(第10作「故郷特急便」バージョン、ジャパントラックショー2016にて展示)

トラック野郎』(トラックやろう)は、1975年から1979年にかけて東映の製作・配給で公開された、日本映画のシリーズ。全10作。

本シリーズの大ヒットにより、車体を電飾で飾り、ペイントを施して走るアートトラック(デコトラ)が増加した。また、菅原文太演ずる本シリーズの主人公・星桃次郎が乗るトラック「一番星号」を模したプラモデルが子供たちの間にも大ヒットする等、映画の枠を超えた社会現象となった(プラモデル、玩具についてを参照)。

概要[編集]

主演は菅原文太愛川欽也。煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある鈴木則文

仁義なき戦い』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『まむしの兄弟』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。

作品誕生の経緯とシリーズ化[編集]

『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役の愛川欽也吹き替えを担当していたアメリカCBSテレビテレビドラマルート66』の様なロードムービーを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり[1][2][3]。『ルート66』は、「若者二人がスポーツカーを駆ってアメリカ大陸を旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、NHKドキュメンタリー番組内で、東名高速イルミネーションを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『リブ・ヤング!』にゲスト出演して知り合った菅原文太に「何とか映画にならないものか」と相談[2][3][4][5]を持ち掛け、二人で「東映の岡田茂社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している[3][5][6]。「トラック野郎」という題名はプロデューサーの天尾完次による命名[7]

シリーズ全10作の監督を務めた鈴木則文は、東映入社後、助監督時代から専属だった東映京都撮影所から東映東京撮影所に移って2年程経ち、この間、『聖獣学園』など3作品を演出、『女必殺拳シリーズ』など2作品の脚本を手掛けていた。当時の東映の看板路線だった実録やくざ映画の人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ!」と一蹴され、一旦ボツになったが[8]、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している[8]。宣伝部の福永邦昭は電飾トラックを紹介する雑誌記事を集め、横浜の電飾取り付け工場を取材。さらには電飾トラックを扱ったNHKのドキュメンタリー番組を見つけ出すと「持ち出し禁止のフィルムを奥の手で借り受けて」、5月中旬には社内試写を行い、岡田から承認を得ていた[9]。鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している[10]

企画から下準備、撮影を含めた製作期間は2か月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった[11]。こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『トラック野郎・御意見無用』は1975年8月30日に公開された。ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作新幹線大爆破』(同年7月公開)の配給収入の2倍以上の約8億円を上げた[要検証 ]ことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「トラ(寅さん)喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や!」と即座にシリーズ化を決定した[3][8][12][13][14]

東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして1979年末まで盆と正月の年2回公開されていた。愛川曰くライバル映画の松竹男はつらいよ』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「トラック野郎」と「さん」の対決の意)と呼ばれていた[15]

内容[編集]

内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『男はつらいよ』のスタイルを踏襲している。毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている[注 1]。物語の中核を担うのは寅さんではありえない「下ネタ」「殴り合いの喧嘩」「派手なカーアクション」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での排泄行為やソープランド走行しながらの性行為など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、ソープランドの場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放送される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。

青森ねぶた祭り唐津くんちなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である(シリーズ一覧参照)。また、由利徹をはじめ、せんだみつお笑福亭鶴光湯原昌幸桂歌丸松鶴家千とせばってん荒川ラビット関根など、当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。

アクション、車両[編集]

喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。また、カーアクションは、毎回クライマックスで一番星号が暴走する一方、多くの回(クライマックスの爆走参照)で追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。

劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(三菱ふそうT951型)とジョナサン号(同・T650前期型)は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号が三菱ふそう・FU型で、ジョナサン号は同・T652型)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。三番星号は三菱ふそう・キャンターT200型が使用された。

また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力[注 2]。実在のトラックも多数登場している。

ストーリーの骨子(プロット)[編集]

日本全国津々浦々を走る長距離トラック(白ナンバー)運転手、一番星こと星桃次郎(菅原文太)が主人公。やもめのジョナサンこと松下金造(愛川欽也)は子沢山の相棒。この二人が各地で起こす珍道中を描く。

シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。そして、「母ちゃん」こと松下君江(春川ますみ)を始めとするジョナサン一家、女トラッカー※1、ドライブインに集う多くのトラック野郎達等を絡ませ、人情味あふれるキャラクター・桃次郎を中心に、様々な人間模様が綴られてゆく。

結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。

  • ※1 純然たる女トラッカーの出番は、第1、3、5作に留まる(第2作にはバキュームカーの、第4作にはミキサー車の女性運転手が登場する)。後半の第6作以降には登場しない(ただし、第9-10作では母ちゃんがジョナサン号のハンドルを握るシーンがある)。

クライマックスの爆走[編集]

No. サブタイトル 荷物と目的 移動区間
(所要時間等 / 桃次郎の答え)
警察との激突 ライバルのサポート
1 御意見無用 マドンナ(中島ゆたか)を恋人の元へ 盛岡から下北の港へ12時までに
(8時間 / 3時間※1
×
2 爆走一番星 父親(織本順吉)を子供の元へ 岡山から長崎まで、1月1日0時までに
(不明 / なし)
3 望郷一番星 生魚40トン 釧路から札幌の18時の競りに
(あと5時間 / なし)
※2※3
4 天下御免 20トンの荷物と母(松原智恵子)子 倉敷から境港経由で京都へ、17時までに
(9時間 / あと6時間か)
× ×
5 度胸一番星 逮捕されたジョナサンの荷物(ブリ 金沢から新潟の市場へ18時までに
(8時間(残り5時間) / なし)
6 男一匹桃次郎 マドンナ(夏目雅子)を恋人の元へ 熊本から鹿児島空港へ16時までに
(6時間 / 4時間)
7 突撃一番星 マドンナ(原田美枝子)と恋人を病院へ 1時間以内に病院へ※4 × ×
8 一番星北へ帰る 医療機器 花巻から大野村まで2時間以内
(200km以上 / )
9 熱風5000キロ 子供を母親(二宮さよ子)の元へ 木曽上松から魚津港まで
(汽車で6時間かかる。残り4時間 / 4時間で十分)
※5 ×
10 故郷(ふるさと)特急便 マドンナ(石川さゆり 高知から高松港に12時までに
特急で3時間半。残り2時間半 / )
  • ※1 2時間半で到着。
  • ※2 電話・無線によるアシスト。
  • ※3 バーストの危険性がクローズアップされている。
  • ※4 時間オーバーだが助かった。
  • ※5 警察と絡むのは、囮の三番星号のみ。

出演者[編集]

全10作に登場するキャラクターは、星桃次郎(一番星)、松下金造(やもめのジョナサン)のみである。次点は松下君江(母ちゃん)の8作。松下家の子供たちも同じであるが、途中で俳優が入れ替わっているため、子役の最多出演数は5作となってる。

なお、本業の俳優ではないが、デコトラグループ哥麿会の初代会長の宮崎靖男が、哥麿(うたまろ)役(運転手役)で第3作以降全作に登場している(第1作には「運転手」役で、第2作では「宮崎」役で出演)。

一番星桃次郎[編集]

星 桃次郎(ほし ももじろう、演:菅原文太)、主人公。独身。

オープニングでのクレジットは「一番星桃次郎」。ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。初期は、仲間のトラック野郎からは「一番星」、女性(ドライブインのウエイトレスなど)からは「桃さん」と呼ばれていた。徐々に男性からも「桃さん」と呼ばれるようになる(マドンナ基本的に「桃次郎さん」と呼んでいる)。

性格は短気で血の気も多いが、情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う。普段は粗野だが根は純情。酒好き、女好きで大食漢。トラック仲間からの人望が厚い。相棒のジョナサンとは、時には大喧嘩するものの、その時も心の中では親友と思っている。

普段着や腹巻、ライターには必ず「☆」マークが入っている(プロポーズ時の正装等は例外)。このほか、右肩には「☆一番星」の刺青がある。夏の衣装はダボシャツに腹巻、雪駄もしくはブーツ。冬は上はタートルネックやコート、足元はブーツになるが、腹巻は服の上からしている(夏冬とも)。第1作や第2作ではツナギ姿も見られた。腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。

住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のソープランド「ふるさと」宛に届けられる。自ら「心の故郷」と言うほどのソープランド好きで、千人以上抱いていると称している。無類の女好きで、ジャリパン(路上売春婦)とセックスしながら運転する事もあった(第8作のオープニングのラスト)。

マドンナに自己紹介する時は「学者」(第6作)、「運輸省関係」(第3作)など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。一人称も「僕」に変わる(普段は「俺」)。マドンナの前でトイレ、ソープなどのネタが振られた場合、「下品な!」と一蹴しており、普段の性格とまるっきり反対の行動となっている。

マドンナにはほぼ毎回一目惚れしている(第9作のみ例外)が、ほぼ毎回振られている(第5作のみ例外)。振られる原因は、桃次郎自身の言動や行動が、マドンナの想いを後押ししている場合がある。振られることがハッキリした時は、マドンナと恋人の仲を取り持つ方に回ることもある。

  • 直接取り持った例 - 第1・6・7・9作
  • 間接的に取り持った例 - 第2-4作

この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)をジョナサンと共に取り持っている。また、ライバルとの喧嘩の結果、第3作では浜村涼子(演:土田早苗)と大熊田太郎次郎左衛門(演:梅宮辰夫)の、第5作では江波マヤ(演:夏樹陽子)新村譲治(演:千葉真一)の橋渡し役ともなっている。

東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼って青森県下北半島へ移る。にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。妹は生死不明で、劇中でも殆ど語られる事はなかった。

上記は第8作で語られたものだが、第2作では「母親がいない」という父子家庭だったと語っている(兄弟については説明なし)。自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。

性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に土佐犬)や馬も苦手である。

やもめのジョナサン[編集]

松下 金造(まつした きんぞう、演:愛川欽也)。桃次郎の相棒。妻帯者で子沢山。

行灯は「やもめのジョナサン」(当時ヒットした映画「かもめのジョナサン」のパロディ[4])。クレジットの定位置はトメ(最後)となっているが、ライバル俳優がトメに回る場合(第5作の千葉真一と第6作の若山富三郎)は2番目にクレジットされている。クレジットは「ヤモメのジョナサン」とカタカナの場合がある(第2・6-8作)。

性格は温厚で明るく人情家。津軽出身。元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「花巻の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。パトカーの酔っ払い運転で懲戒免職になり、トラック野郎になる。

  • 鬼台貫とは台貫(=重量測定器)を用いて容赦のない過積載取締りをする鬼代官(=警察官)であることを表した掛詞である。

運転手仲間やウエイトレスなど、ある程度親しい男女からは「ジョナサン」と呼ばれることがほとんどで、「ジョナサンさん」とは呼ばれない。玉三郎を除き、本名(苗字)で呼ぶことは稀である(第4作の序盤での運賃の支払い場面や、第8作の金融会社、第9作の上松運送のシーンなど、改まった場面のみ)。家族からは「父ちゃん」と呼ばれている。

苗字の「松下」は、愛川が出演した松下電器産業(現:パナソニック)ラジカセのCM内でのセリフ「あんた、松下さん?」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちである松下幸之助にあやかっている。第3作以降、松下電器のツナギを着用している場面もあるが、「電器」の文字にそれぞれ「×」で消し「運送」と書き込んでいる。また、第7作では松下運送の社歌を歌ったが、松下電器の社歌の替え歌である(車体にも書き込んでいた)。普段の衣装は虎縞の腹巻が定番(帽子は第2作から)。

男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。仲を取り持った例は、以下の通り。

この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)を、桃次郎と共に取り持っている。また、第3作では浜村涼子(演:土田早苗)と大熊田太郎次郎左衛門(演:梅宮辰夫)の仲を取り持つきっかけも作った。

行灯は「やもめ~」(寡夫)だが、家族からは文句がついたことがない(川崎の自宅前に駐車する他、何度も家族旅行で使用している)。のみならず「花嫁募集中」の行灯まで存在する。マドンナや意中の女性の前では「妻とは死別」、「妻は出て行った。原因は子供が出来なかったこと」などと寡夫と称して口説こうとする場面がある。

トラック「やもめのジョナサン号」は公称4トン半の積載量である。デコトラとしての特徴としては、車体側面に大きく一万円札が描かれていることが挙げられる。運転席の背面にも一万円札ならぬ一億円札を何枚も印刷したデザインのカーテンが引かれている(第2作まではヌードパネルだった。回転式であり、自宅に留める際は背面の家族写真にひっくり返している)。行灯にも「聖徳」、「太子」(当時の一万円札に使用されていた)があるほか、「現金輸送車」、「日本銀行御用達」なども設置されていた(無論、荷は魚か野菜、果物ばかりで、現金を輸送するシーンはない。日本銀行とも無縁だった)。

松下君江と子供たち[編集]

松下 君江(まつした きみえ、演:春川ますみ
ジョナサンの妻。第5作と第7作を除く8作品に登場。夫や子供たちからは「母ちゃん」と呼ばれる。
子沢山で、実子は7人(第1作序盤)から9人(第3作)に増加。さらに養女がいる。父は元警察署長。第2作で結婚14年目と語られている(長子の幸之助は学生服姿であり、この時点で中学生と見られる)。
ジョナサンが航海(長距離輸送)から帰ると、生卵など栄養のある物を食卓に並べ「久しぶり」とセックスを促している(ジョナサンが及び腰なのも含めて、シリーズの「お約束」となっている)。
ジョナサンが病気や怪我の時(第9作、第10作)は代わってジョナサン号に乗る、パワフルな肝っ玉母ちゃんである。
松下 由美(まつした ゆみ、演:角所由美)
松下家の養女。旧姓は寺山(てらやま)。第1作で一番星号の運転席に手紙と共に置き去りにされており、困惑する桃次郎に対し、ジョナサンが引き取りを申し出た。その後、ねぶた祭りのテレビ放送を見て踊りだしたことから青森出身と推測され、桃次郎・ジョナサンに連れられねぶた祭りに参加。この時、知り合いの土田(演:井上昭文)に偶然遭遇し、父親が判明した。
父・寺山正吉は11トン車の運転手だったが、積載オーバーとスピード違反により免停6箇月になり、月賦が払えないうえに病気になり、妻に逃げられる。その後、由美を一番星号に置き去りにしたが、これは運転手仲間を信頼してのことと思われる(土田の推測による)。(ねぶた祭りの)3日前に、トンネル工事の爆破に巻き込まれ死亡した。
寺山を目の敵にしていたのが「花巻の鬼台貫」であると聞かされ、ジョナサンは責任を痛感する(その後、台貫場に突入する)。
第8作以降は未登場(第9作の点呼に登場せず)。『映画「トラック野郎」大全集』[16]、『トラック野郎 浪漫アルバム』[17]ともにクレジットされていない。
松下家の実子たち
君江と同じく、第5作と第7作を除く8作品に登場するが、前期のキャストは第6作まで(ただし、年少者などは何度か替わっている)。第8作以降は総入れ替えとなっている。
これは、「(浮気がバレたりして)ジョナサンに子供たちが詰め寄る」というシーンが考慮されている。子供たちが成長しすぎたため、「子供たちの体格が良すぎると、笑えるシーンじゃなくなる」と、監督の鈴木が判断したためだった。しかし、「(20作ぐらい続くと思っていたが)、10作で終わるのであれば、変えない方が良かった」と鈴木は回想している[18]
幸五郎(5男)は第1作終盤で、幸六郎(6男)は第3作『望郷一番星』で誕生(第2作で受胎が説明されている)。
名前については、次男以降の男児は「幸○郎」、女児は「~子」で統一されている(由美は養女のため例外)。
登場作では、横一列に整列しての点呼(年齢順に自分の名前をいう)が恒例になっているが、後期のキャストでは第9作のみに留まっている。乳飲み子等、まだ喋れない子達は、君江やジョナサンが代わって紹介する。その際、長男のみ苗字込み、以後は苗字を省略して名乗る。
ほぼ全員一緒に行動する。個人で見せ場があるのは例外である(第4作『天下御免』において3女・サヤ子が養女に貰われたり、第6作『男一匹桃次郎』で君江と幸之助がジョナサンを尾行するシーンなど)。
幸之助(長男)
前期 - 梅地徳彦(第1-4・6作)
後期 - 酒井克也(第8-10作)
幸次郎(次男)
前期 - 梅津昭典(第1-4・6作)
後期 - 桜庭一成(第8-10作)
美智子(長女)
前期 - 白取雅子(第1-4・6作)
後期 - 大久保和美(第8-10作)
華子(次女)
前期 - 菊地優子(第1-4・6作)
後期 - 文蔵あかね(第8-10作)
幸三郎(3男)
前期 - 大久保純(第1-4・6作)
後期 - 木村雄(第8-10作)
サヤ子(3女[19]
前期 - 鈴本照江(第1作)、高橋直美(第2・3作)、吉田利香(第4・6作)
後期 - 石井ひとみ(第8-10作)
由美(4女)
前期 - 角所由美(第1-4・6作)
後期 - (なし)
幸四郎(4男)
前期 - 一条寛之(第1・2[20]作)、斉藤宙(第3作)、東剛(第4・6作)
後期 - 中村太郎(第8-10作)
幸五郎(5男)
前期 - 不明(第1作[21])、吉崎勝一(第2[22]・4・6[23]作)、東力也(第6作[24]
後期 - 小椋基弘(第8-10作)
幸六郎(6男)
前期 - 不明(第3作[25])、吉田絵里(第4[26][27]・6[28][29]作)
後期 - 石井旬(第8-10作)
資料によって相違する部分は、出典を明記した上で併記した。

レギュラー、準レギュラー[編集]

桶川玉三郎 / せんだみつお
第7作から第9作に登場。オープニングでのクレジットは「三番星玉三郎」。オープニングで役名がクレジットされるのは、一番星、ジョナサン以外では玉三郎のみである(クレジットの順番もマドンナより前)。
元トラック野郎だったが、初登場(第7作『突撃一番星』)の職業はインチキ洋服屋。同作のラストでトラック野郎に復帰した。桃次郎やジョナサンに弟子入りしたものの、無責任かつお調子者のため、失敗の連続であり、愛想をつかされる場面もある。
第8作『一番星北へ帰る』では、友人に金を持ち逃げされ、トラックも人手に渡ったためにサラ金社員に転職。その後、ライバルのBig99に拾われアシスタントとなった。最終的にはトラックを取り戻すに至る。
第9作ではドライブインの従業員となり、娘の婿になる計画を立てていたが、友人から使い物にならないインベーダーゲームを押し付けられたため、クビになる。その後、トラック野郎に復帰、クライマックスで囮となり警察を引き付けた。
10作目も出演予定であったが、せんだの急病により取りやめとなった。
テル美
桃次郎いきつけのソープランド「ふるさと」のソープ嬢。他に3人ほど馴染みの嬢がいるが、絡んでいるシーンがあるのはテル美のみである。たらいで洗濯するなど、かなり面倒見がいい。
初代は叶優子(第1-3、5-6作)、2代目は亜湖(第8-9作)。
哥麿(うたまろ) / 宮崎靖男
トラック運転手の一人で口ひげを生やしている。第3作以降全作登場。哥麿の羽織を着ていることが多い。ドライブインのシーンなど、運転手が集まる場所で登場し、桃次郎やジョナサンの側(もしくは奥、あるいは手前)に映っていることが多い。
一番目立っている(一番セリフの多い)シーンは第5作のクライマックスで、「桃次郎に無線封鎖の件を伝え、(自分の)妻の手製弁当を差し入れる」シーンである。
宮崎は俳優ではなく、トラック運転手が本業である。本作の企画のきっかけとなった、NHKのドキュメンタリー番組内にも登場しており、本作製作にあたり哥麿会を立ち上げ、トラックの手配などで貢献している(初代会長であり、後に終身名誉会長となった)。2010年の『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』(別冊映画秘宝 洋泉社MOOK)では、監督の鈴木則文と共に全作を視聴し、当時のことについて言及している。
宮崎の出演としては、第1作の台貫場のシーンが初。この時は「運転手」役であり、終始拝み倒すような姿勢であり顔が判らない。その上、声は高月忠が吹き替えている。そしてノンクレジットである。
続く第2作では「宮崎」役となっているが、初登場は同じように台貫場のシーンであった。ただし、こちらはなべおさみ演じる警官から「宮崎」と呼ばれるなど、前作よりは目立っている(オープニングにもクレジットあり)。以後、ドライブインのシーンなどにも登場している。

主なスタッフ[編集]

企画は1作目のみ単独、以後は連名。脚本は全作共同脚本(連名)である。

  • 監督:鈴木則文
  • 企画:高村賢治、天尾完次(第2-10作)
  • 脚本:鈴木則文(第1・2・4・6・8・9作)、澤井信一郎(第1-3・5作)、野上龍雄(第3・5作)、中島信昭(第4・7-9作)、掛札昌裕(第6-9作)、中島丈博(第10作)、松島利昭(第10作)
  • 音楽:木下忠司(第1・2・4・5・7-10作)、菊池俊輔(第3作[30])、津島利章(第6作[31]
  • 撮影:仲沢半次郎(第1・4作)、飯村雅彦(第2・3・5-7作)、中島徹(第8作)、中島芳男(第9作)、出先哲也(第10作)
  • 特撮成田亨(クレジットなし。第4[32]・3・6・7[33]作)
  • 協力会社、組織(複数回登場したもののみ)
    • 株式会社カントリー(全作):愛川欽也が、当時所属していた事務所。
    • 哥麿会(全作):宮崎靖男を中心としたトラック運転手のグループ。本シリーズのために立ち上げた組織で、トラック等の手配に尽力した。
    • ニットータイヤ(第1-3・5作)
    • 関西浪花会(第8・9作)

主題歌・主な挿入歌[編集]

一番星ブルース
唄:菅原文太・愛川欽也
作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
  • 主題歌。全10作中、第8作『一番星北へ帰る』を除いた9作品でオープニングとエンディングに使用された。
トラックドライビングブギ
唄:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
作詞:阿木燿子 / 作曲:宇崎竜童 / 編曲:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
  • 挿入歌。第1作と第2作で使用。毎回のように挿入歌が作られたが、複数作品で使用されているのは本曲のみ(使用シーンは、共に一番星号で桃次郎とマドンナがドライブする場面)。
  • 第1作では、ドライブの途中でガソリンスタンドに寄って給油しているが、スタンドの店員をダウン・タウン・ブギウギ・バンドのメンバーが演じている。

監督のキャッチコピー[編集]

予告編でのキャッチコピーは以下の通り。

  1. (なし)
  2. (なし)
  3. 大ヒットメーカー
  4. 喜劇の大将
  5. 満足度100%娯楽の名人
  6. 喜劇のエース
  7. ヒットメーカー
  8. ヒットメーカー
  9. (監督のクレジットなし)
  10. 絶好調

シリーズ一覧[編集]

桃次郎・ジョナサンの地元である川崎市は、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。また、第10作のみダブルマドンナである。

No. サブタイトル マドンナ役
(公開時の年齢)
ライバル役
(ニックネーム)
主なロケ地
(イベント等)
公開日 同時上映
(主演)
1 御意見無用 中島ゆたか(22) 佐藤允
(関門のドラゴン)
盛岡青森下関仙台
青森ねぶた仙台七夕
1975年8月30日 帰って来た女必殺拳
志穂美悦子
2 爆走一番星 あべ静江(24) 田中邦衛
(ボルサリーノ2)
姫路長崎福岡天草
長崎くんち
1975年12月27日 けんか空手 極真無頼拳
(千葉真一)
3 望郷一番星 島田陽子(23) 梅宮辰夫
(カムチャッカ)
広島釧路静内新ひだか)、札幌
ハイセイコー
1976年8月7日 武闘拳 猛虎激殺!
倉田保昭
4 天下御免 由美かおる(26) 杉浦直樹
(コリーダ)
倉敷宇和島松山境港京都
闘牛
1976年12月25日 河内のオッサンの唄 よう来たのワレ
(川谷拓三)
5 度胸一番星 片平なぎさ(18) 千葉真一
(ジョーズ)
新潟佐渡金沢山形
白根大凧合戦新潟まつり
1977年8月6日 サーキットの狼
(風吹真矢)
6 男一匹桃次郎 夏目雅子(20) 若山富三郎
(子連れ狼)
唐津鹿児島東京熊本
唐津くんち、餅すすり大会)
1977年12月24日 こちら葛飾区亀有公園派出所
せんだみつお
7 突撃一番星 原田美枝子(19) 川谷拓三
(なし※1
鳥羽下呂温泉東京
高山祭り
1978年8月12日 多羅尾伴内 鬼面村の惨劇
小林旭
8 一番星北へ帰る 大谷直子(28) 黒沢年男
(Big99)
花巻会津若松いわき福島
常磐ハワイアンセンター、輓馬大会)
1978年12月23日 水戸黄門
東野英治郎
9 熱風5000キロ 小野みゆき(19) 地井武男
(ノサップ)
木曽上松松本安曇野長野魚津 1979年8月4日 ドランクモンキー 酔拳
ジャッキー・チェン
10 故郷(ふるさと)特急便 石川さゆり(21)
森下愛子(21)
原田大二郎
(なし※2
高知大阪高松銚子東京
闘犬よさこい祭り
1979年12月22日 夢一族 ザ・らいばる
森繁久彌郷ひろみ
  • ※1 川谷拓三演ずる矢野駿介は、トラック運転手ではなく真珠養殖の研究員であるためニックネームはない[注 3]。「昭和の御木本幸吉」は、石部スミ(樹木希林)が一度「~を気取っている」と語ったのみである。
  • ※2 桃次郎は独自のあだ名で呼ぶことがある(例:千葉真一の演じた新村譲治(ジョーズ)には「サメ野郎[35]」、若山富三郎演ずる袴田太一にはマヒア、原田大二郎の垣内竜次の場合「土佐犬(とさいぬ)」)。なお、「龍馬號」はあくまで垣内竜次の乗るトレーラーの名前である[注 4]
  • 大谷直子が演じた北見静代は子持ちの未亡人であり、従来のマドンナと一線を画している。
  • 6作目(澤井信一郎・田中陽造脚本)と8作目(澤井信一郎脚本)の、準備稿の存在が確認されている。どちらも設定が変更されて公開に至った[37]

備考[編集]

シリーズそのものに関わる事柄[編集]

造語
「トラック野郎」という言葉は、東映が作った造語であるが、映画のヒットで大型・長距離トラックの運転手の俗称として一般的に使用されるようになった。また本作は満艦飾のデコレーショントラック(デコトラ)が巷に溢れるきっかけの一つとなった。
車両のデザイン、ペイント
一番星号・ジョナサン号・ライバル車といった、劇中に登場するトラックのデザイン及びトラックの箱(荷台)に描かれた絵は、本シリーズ全10作の美術監督を務めた桑名忠之がデザインを担当した。ペイントを担当したのは、塗装業務会社日展企画である[38]
シナハンと装飾
第1作の撮影前、鈴木則文と澤井信一郎とで、長距離トラックに同乗する5日間の取材旅行を敢行し、シナリオの執筆にあたった。一番星号の正面下部にある「雪の下北」、「はぐれ鳥」の装飾は、取材旅行で最初に同乗したトラックにあった装飾を、そのまま引き継いだものである[39]
キラ星の演出
本シリーズのお約束でもある、桃次郎とマドンナが初めて遭遇する場面で、アップで映るマドンナの周囲に無数の星が輝くカットがあるが、これを考案したのは第1作『御意見無用』、第4作『天下御免』の撮影を担当した東映東京撮影所のベテラン撮影技師・仲沢半次郎である[40]
警察との対立
トラックの「違法改造」の問題、また菅原文太が当初大型免許を所持していなかったことから、撮影時は警察との対立が絶えなかった。
方向性の転換
1978年8月公開の第7作『突撃一番星』までは全体的にコメディ色の強い作風であったが、同年12月公開の第8作『一番星北へ帰る』からはシリアスな面もかなり描かれている。[要出典]
シリーズの終了
本シリーズは、第3作『望郷一番星』から第8作『一番星北へ帰る』まで4週間(28日間)の興行を打っていたが、1979年12月公開の第10作『故郷特急便』はテレビ映画もどきの併映作『夢一族 ザ・らいばる』に足を引っ張られ[41]、極端の不振で予定より4日早めて24日間で打ち切りになり、『動乱』の繰り上げ公開となった[41][42]
第10作は2人のマドンナを迎え、これまでの大ヒットには及ばないとはいえ、多くの観客を集めた。シリーズはすべてヒットし、盆と正月に公開される東映の興行の柱であった。第11作が予定されていた経緯(沖縄が舞台)もあるが、主演の菅原がNHK大河ドラマ獅子の時代』主演のためスケジュールが1年間拘束されていることもあり、1980年の春頃に東映がシリーズの打ち切りを発表、トラックも売却された。

車両のその後[編集]

1980年(昭和55年)に放送された特撮テレビドラマ『電子戦隊デンジマン』第8話「白骨都市の大魔王」は、東映大泉撮影所そのものをロケ場所にしており、第10作「故郷特急便」(1979年12月公開)仕様の一番星号が資材置き場に放置されているシーンが視聴できる。

一番星号はレストア(復旧のための修理)が行われ現存している[注 5]。2007年には、第9作『熱風5000キロ』仕様の一番星号のレプリカ車が製作された[45]

一方、ジョナサン号は所在を転々とした後、何者かによる解体(盗難とも)で車両は現存しない(1994年頃までは荷台箱のみ現存していたが、2000年代に入る前に処分されている[46])。2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「トラックパーツ歌麿」の手によって一から製作したジョナサン号(第9作仕様)が復活し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌に掲載した紙面とともに掲載された。[47]

ゲスト車両では、第10作で垣内竜次の運転したトラックのコンテナが、後年フジテレビの『西村雅彦のさよなら20世紀』の企画で爆破された。

派生作品と続編の企画[編集]

東映は、1981年に新しいトラック野郎に黒沢年男を起用して『ダンプ渡り鳥』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。

1990年代に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当した掛札昌裕が脚本を書いた。「主役は桃次郎ではないが二人組。トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという[48]。後に掛札はジョニー大倉が主演のオリジナルビデオ爆走トラッカー軍団』シリーズ(ケイエスエス)の全作で脚本を手がけている。

テレビ放送[編集]

1978年12月に、シリーズ初のテレビ放送が行われた。第1作『御意見無用』が「土曜ワイド劇場」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。

当時は、東映がテレビ朝日の筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、1980年代の中期ぐらいまでは、よく放送され[注 6]ており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。

また、1990年代初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『土曜映画招待席』)の常連でもあった。2014年9月以降よりBS-TBSにて定期的に放送されている。

近年の地上波ではほとんど放送されていない。ただし、2010年代に入って本作の主人公である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也が鬼籍に入った後は、その追悼として放送された(シリーズ終了後の話題(2000年代以降)参照)。

シリーズ終了後の話題(2000年代以降)[編集]

2008年
テレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマ『炎神戦隊ゴーオンジャー』第37話「炎神バンキ!?」にて、デコトラをモチーフとした怪人「エンジンバンキ」が登場。怪人の攻撃技で当シリーズのタイトルが多数使用された。怪人の断末魔(最後の台詞)は「最終作は故郷特急便〜」だった。
2010年
7月、シリーズ完結30周年記念として、研究本『映画『トラック野郎』大全集』が出版された。
2013年
9月、スズキ・キャリイのフルモデルチェンジの際、テレビCMに菅原文太とはるな愛が出演した(のちに北斗晶もこのCMのレギュラーに加わる)。本作の世界観を踏襲しつつパロディ化した「軽トラ野郎」、「農家☆一番星」というキャッチコピーが使用された[49]
2014年
1月にニューギンよりパチンコ『CRトラック野郎』がリリースされる。
12月、主演の菅原文太が死去。追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、12月4日に『天下御免』が放送された。
菅原の訃報が報道されている時期に、菅原文太とヴァン・ヘイレンが一緒に写った写真がネット上で話題となった[50](1978年に、デビュー間もない頃のヴァン・ヘイレンが初来日時に東映の撮影所に訪れており、菅原と共に写真を撮影していた)。
2015年
主演の愛川欽也死去。追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、4月20日に『一番星北へ帰る[51]が放送された。
2016年
2月に開催された大阪オートメッセにて一番星号が展示される。デコトラ以外の自動車イベントでは9月のジャパントラックショーでも展示された。

関連グッズ[編集]

  • DVD(全10作):東映ビデオ
  • ビデオ(全10作):東映ビデオ
  • ブルーレイ(全10作):東映ビデオ
  • サウンドトラック(全3枚):AMJ
  • ポピニカポピー(現:バンダイ
  • 1/48スケールプラモデル(8種類、2・3・4・5・7・9・10作目の一番星号及び2作目のジョナサン号):バンダイ
  • 1/20スケールプラモデル(5種類、4・5・7・9・10作目の一番星号):バンダイ
  • 1/32光るRC(7種類):青島文化教材社
  • 1/32スケールプラモデル(4・5・6・7・8・9・10作目の一番星号の7種類):青島文化教材社
  • チョロQ(10種・12台):タカラ(現:タカラトミー
  • モーター駆動で走って光る(4種類):スカイネット
  • CRトラック野郎(パチンコ):ニューギン

プラモデル、玩具について[編集]

玩具メーカーのバンダイ(現:バンダイ・ホビー事業部)が版権を獲得し、発売した模型(1/48スケール)も月に10万台も売れる大ヒットとなった[要出典]。モーターライズで、プラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。『天下御免』のオープニングでは、これで遊ぶ子供たちが登場している。

またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるポピーのミニカー玩具「ポピニカ」から、『爆走一番星』・『天下御免』・『度胸一番星』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。いずれも乾電池によりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「超合金」と同じ素材で作られたダイキャスト製バッジ「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された[52]。また、1978年には、ポピーがスポンサーとなったテレビアニメ『闘将ダイモス』(トレーラーが巨大ロボットに変形する)が放送され、玩具も販売された。

1980年代に全長約55センチという1/20スケールの超大型モデルも登場し、映画が終了して30年近く経つ現在2000年代でも販売されているロングセラー商品となっているが、後述のアオシマから1/32スケールのモデルで発売された2009年以降店頭に並ぶことは皆無に等しい。

トラック野郎の版権を持つことが出来なかった青島文化教材社(以下アオシマ)は、「デコトラ」(商標を持つ)のシリーズ名でコンスタントにアートトラックの模型を発売しており、2009年には一番星号(『故郷特急便』版)が1/32スケールのキットとして初モデル化された。その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版、5作目の『度胸一番星』版がモデル化されている(2015年現在)。他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。さらに、その他、チョロQや光るRCカー(1/32スケール)が新たに発売されており、2010年代もなお根強い人気を保っている。

注釈[編集]

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  1. ^ 鈴木則文は後年のコラムで『男はつらいよ』=古典落語、『トラック野郎』=漫才と述べている。
  2. ^ 「一番星」の名は、哥麿会副会長のトラックの愛称が由来となっている。
  3. ^ キャスト一覧にてニックネームの記載なし[34]。『トラック野郎 浪漫アルバム』 94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。
  4. ^ キャスト一覧にてニックネームの記載なし[36]。『トラック野郎 浪漫アルバム』94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。
  5. ^ 2014年現在、デコトラ団体「全国哥麿会」会長が前のオーナーから譲り受けて整備してイベントに「出演」している[43][44]
  6. ^ 特に1981年10月開始の『ゴールデンワイド劇場』(月曜 20:02 - 21:48)では、1982年4月まで常連だった。

出典[編集]

  1. ^ 「アナーキー日本映画史1959-1979」
  2. ^ a b 爆笑問題の日曜サンデー』、TBSラジオ、2012年4月15日放送での愛川の言及。
  3. ^ a b c d 「愛川欽也インタビュー」『CIRCUS MAX』2014年4月号、KKベストセラーズ、96-98頁
  4. ^ a b #浪漫、198-205頁
  5. ^ a b “やもめのジョナサン”愛川欽也「トラック野郎」新作に意欲
  6. ^ 宮崎靖男が暴露 鈴木則文監督と菅原文太の「大ゲンカ」 - 日刊ゲンダイ愛川欽也 社会現象の「トラック野郎」暴動寸前初日とは?菅原文太と幻の11作目へ夢
  7. ^ #新風雲録、225、229頁
  8. ^ a b c 新潟日報夕刊<連載 ひと賛歌 幸田清 活動屋半世紀(10)>2011年11月24日
  9. ^ 福永邦昭 (2016年4月8日). “【今だから明かす あの映画のウラ舞台】2人は絶対意気投合する!! 「トラック野郎」コンビの文太さん&キンキン (2/2ページ)”. ZAKZAK. 夕刊フジ. 2016年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月27日閲覧。
  10. ^ #新風雲録、203頁
  11. ^ 日本経済新聞2009年2月21日掲載分・鈴木則文コラムより
  12. ^ #風雲録、14頁
  13. ^ #浪漫、117頁
  14. ^ 愛川欽也、最近のCG映画を嘆く 「トラック野郎」40周年 | 静岡新聞
  15. ^ 愛川欽也、トラック野郎「11作目を考えている」 : スポーツ報知
  16. ^ #大全集、105、115頁
  17. ^ #浪漫、83頁
  18. ^ #大全集、91頁
  19. ^ #大全集、66頁
  20. ^ #大全集、45頁
  21. ^ #大全集、33頁
  22. ^ #浪漫、723頁
  23. ^ #大全集、85頁
  24. ^ #浪漫、75頁
  25. ^ #大全集、55頁
  26. ^ #大全集、65頁
  27. ^ #浪漫、31頁
  28. ^ #大全集、85頁
  29. ^ #浪漫、75頁
  30. ^ #大全集、55頁、61頁
  31. ^ #大全集、85頁
  32. ^ #浪漫、172頁。
  33. ^ #大全集、63頁
  34. ^ #大全集、95頁
  35. ^ #大全集、77頁
  36. ^ #大全集、115頁
  37. ^ 文太さん、映画「トラック野郎」幻の台本は「最高傑作」だった - スポーツ報知、2014年12月4日
  38. ^ #大全集、156頁
  39. ^ 非売品小冊子「東映ビデオコレクション劇映画総解説」p.18より
  40. ^ #大全集、137頁
  41. ^ a b 『シネアルバム 日本映画1980 1979年公開日本映画全集』佐藤忠男山根貞男責任編集、芳賀書店、1980年、p.192
  42. ^ 『シネアルバム 日本映画1981 1980年公開日本映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1980年、ISBN 4-8261-0082-5 p.190
  43. ^ 「映画の旅人」朝日新聞2014年9月27日
  44. ^ 文太さんの「一番星」復活 「トラック野郎」で使用、滋賀で整備京都新聞、2014年12月18日22時50分)
  45. ^ http://minkara.carview.co.jp/userid/135402/blog/4822536/
  46. ^ http://homepage2.nifty.com/470421/shinn/jyonasan-12.htmカミオン』誌の読者投稿コーナーにもこの写真が掲載された。
  47. ^ トラックアート歌麿公式HP
  48. ^ #浪漫、233頁
  49. ^ スズキ、軽トラック「キャリイ」を14年ぶりにフルモデルチェンジ - Car Watch
  50. ^ 菅原文太とヴァン・ヘイレンが一緒に写った写真がツイッターで話題に amass 2014年12月2日
  51. ^ “愛川欽也さん緊急追悼企画で20日に『トラック野郎』放送”. シネマトゥデイ. (2015年4月17日). http://www.cinematoday.jp/page/N0072526 2015年4月17日閲覧。 
  52. ^ 「超合金Walker」(KADOKAWA)84 - 85頁 2015年

参考文献[編集]