立花龍司

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立花 龍司
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1964-07-03) 1964年7月3日(52歳)
身長
体重
186 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

立花 龍司(たちばな りゅうじ、1964年7月3日 - )は、大阪府出身のアスレティックトレーナープロ野球コーチ。愛称はタッチ

来歴・人物[編集]

子供の頃から投手として野球を始め、高校野球で全国優勝の経験を持つ強豪の浪商高校野球部に入部したが、在籍中に過重な練習による酷使から右肩を痛め、活躍はできなかった。その後は大阪商業大学経済学部に進学したが、肩の痛みが抜けず、大学3年の時に現役続行を断念した。

年齢の早いうちに選手生命が絶たれた自らの苦い経験から、野球でも合理的なトレーニングの実践が重要だと理解し、大阪商業大学に在籍しながら天理大学体育学部でスポーツ医学の単位を取得した。

1987年、大学卒業後にダイナミックスポーツ医学研究所大阪市中央区)へ就職。スポーツ医学の専門機関で、トレーニングやリハビリテーションの実践を経験した。

1989年近鉄バファローズのコンディショニングコーチとして初めてプロ野球チームと契約。専門知識を習得し、アメリカなどで広まっていた最新のトレーニング理論を導入した立花の指導は、走り込み・投げ込みを徹底させる従来の長時間練習とは大きく異なり、コーチからは反発も受けたが、負傷者の減少などの効果が出たことから監督の仰木彬や近鉄の選手の間で高く評価された。特に1990年に近鉄へ入団した野茂英雄からの信頼は厚く、両者の近鉄退団後も指導を続けることになった。

1993年、仰木退団後の新監督に就任した鈴木啓示は立花を嫌い、疎んじた。「草魂」という座右の銘を持ち、強い精神力で肉体の酷使に極限まで耐えるのがプロ野球選手のあるべき姿という信念を持ち、同一球団での通算317勝(日本プロ野球では最後の300勝投手)を記録した鈴木は、適度な休息を含めた合理性を重視する立花のトレーニング方法を支持せず、選手経験のない立花が選手を惑わせて自らのチーム管理権限を侵害していると捉えた。鈴木と対立し冷遇された立花は近鉄を退団し、1994年からは千葉ロッテマリーンズへ移った。

しかし、野茂や吉井理人などの近鉄投手陣の多くはキャンプイン前の自主トレーニングで立花の指導を受け、鈴木への反発が明確になった。1994年のシーズン終了後に野茂が近鉄を退団してアメリカメジャーリーグベースボールチームのロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、吉井もトレードによりヤクルトスワローズへ移籍した後、1995年シーズン途中に鈴木も成績不振の責任を取って辞任した。

一方、立花はロッテで活躍し、特に1995年にはアメリカ人監督のボビー・バレンタインからの信頼も寄せられてチームの2位躍進に貢献した。この時には伊良部秀輝小宮山悟エリック・ヒルマンなど、当時リーグ屈指といわれた投手陣を指導した。なお、ヒルマンは1995年からの2年間で410イニングに登板し26勝を挙げたが、1997年に移籍した読売ジャイアンツでは左肩痛を訴え、2年間でわずか6イニング、未勝利に終わった。

1997年にはメジャーリーグのニューヨーク・メッツへ移籍。これはバレンタインの推薦によるもので、日本人初のメジャーリーグコーチとなった。1998年にはロッテにコンディショニング・ディレクターとして復帰し、2000年までの3シーズン務めた。その後はニュースステーションにてコンディショニング関係のコーナーを持つほか、地元大阪の病院でのコンディショニング指導や執筆活動などを続ける。

2004年筑波大学大学院入学。研究活動の傍ら、2006年東北楽天ゴールデンイーグルスのコンディショニングディレクターとして6シーズンぶりにプロ野球界に復帰。同年秋に退団後はロッテへ再度復帰しヘッドコンディショニングコーチなどを歴任し、大嶺祐太などを指導していた。2009年限りでロッテを退団した。

2009年に野球用品を中心としたスポーツ用品メーカー・サクライ貿易東京都台東区)とコラボレーションし、同社から発売されたトレーニンググッズとその商品を使ったトレーニングマニュアルを監修。

2010年より、株式会社スポーツカンパニーとマネジメント契約。

2011年には千葉県習志野市に治療院併設型の「タチリュウコンディショニングジム習志野本店」を主宰。

2012年に大阪府熊取町に治療院、デイサービス併設型の「タチリュウコンディショニングジム熊取店」を主宰。

千葉ロッテ退団後は高校、大学、社会人野球の指導へ積極的に関わっている。

執筆活動など[編集]

近鉄での成功や野茂への指導などにより、立花は日本プロ野球における合理的トレーニングの先駆者として広く知られるようになった。2001年には大阪府堺市の阪堺病院でコンディショニングの指導を開始し、プロ野球選手以外への指導や啓蒙活動を進めた。

また、スポーツ用品メーカーのナイキの公式サイト内に立花個人の公式サイトを設け、アマチュア野球の指導者や小学生・中学生に対してのアドバイスを送っている。

詳細情報[編集]

背番号[編集]

  • 89 (1990年 - 1993年、1995年 - 1996年、1998年 - 2000年、2006年 - 2009年)

関連情報[編集]

著書[編集]

単著
  • 『ピッチャーズコンディション』(日刊スポーツ出版社、1994年9月、ISBN 4817201355
  • 『ベースボールプレーヤーズTCA理論:肩編(野球選手のための肩の強化法)』(日刊スポーツ出版社、1995年1月、ISBN 4817201444
  • 『野球選手のための腹・背筋の強化法:腰痛防止とパフォーマンスの向上に』(日刊スポーツ出版社、1997年3月、ISBN 481720172X
  • 『野球のパワーアップトレーニング練習法』(西東社、1998年2月、ISBN 4791602730
  • 『今、コーチに求められるもの』(日刊スポーツ出版社、1998年4月、ISBN 4817201886
  • 『ジュニアのためのベースボールコンディショニング』(日刊スポーツ出版社、1999年2月、ISBN 4817201738
  • 『メジャー初コーチの「ポジティブ・コーチング」』(講談社(講談社ニューハードカバー)、2002年1月、ISBN 4062641798
  • 『個性を引き出すスポーツトレーニング』(岩波書店(岩波アクティブ新書)、2002年3月、ISBN 4007000174
  • 『投手のための筋力トレーニング』(日刊スポーツ出版社、2003年7月、ISBN 4817202181
  • 『野手のための筋力と眼のトレーニング』(日刊スポーツ出版社、2004年4月、ISBN 481720219X
  • 『運動神経は10歳で決まる!:立花龍司が教える「ゴールデンエイジ・トレーニング」』(大木毅監修、マキノ出版、2006年4月、ISBN 4837670563
  • 『立花龍司のメジャー流少年野球コーチング:小学生編』(高橋書店、2006年5月、ISBN 4471142305
  • 『DVDでわかる!野球パワーアップ・トレーニング』(西東社、2007年8月、ISBN 9784791614622
  • 『立花龍司のメジャー流少年野球コーチング:中学生編』(高橋書店、2007年10月、ISBN 9784471142315
  • 『少年スポーツ体のつくり方!』(西東社、2008年7月、ISBN 9784791615186
  • 『ひざのスポーツ障害を自分で治す本:ランナーズニー、ジャンパーズニーから半月板・靭帯の損傷まで』(寺田壮治監修、マキノ出版、2011年5月、ISBN 9784837671565
  • 『一流の指導力:日米プロ野球で実践した「潜在力」の引き出し方』(ソフトバンククリエイティブ(ソフトバンク新書)、2012年3月、ISBN 9784797366808
  • 『スコアが伸びる!ゴルファーのためのボディメイク』(マキノ出版、2012年5月、ISBN 9784837671787
  • 『運動の「できる子」にする!:12歳までに取り組みたい89のトレーニング』(東邦出版、2012年10月、ISBN 9784809410673
監修

出演番組[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]