三田紀房

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三田 紀房
生誕 (1958-01-04) 1958年1月4日(58歳)
日本の旗 日本岩手県北上市
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
ジャンル 青年漫画
代表作 ドラゴン桜
クロカン
受賞 2005年:第29回講談社漫画賞
2005年:文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞
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三田 紀房(みた のりふさ、1958年1月4日[1] - )は、日本漫画家岩手県北上市出身。

人物[編集]

岩手県立黒沢尻北高等学校明治大学政治経済学部卒業。大学の体育会に至るまでの剣道競技経験を持ち、その経験は初期の作品『空を斬る』に色濃く反映されている他、村上もとかの代表作である『六三四の剣』に影響を与えるにも至った(『六三四の剣』は三田の故郷である岩手県が舞台でもある)。

大学卒業後
大学4年の盆過ぎに初めて就職相談を行った結果、流通業界しか採用活動をしていなかった事から、大学卒業後はそのまま西武百貨店へ就職。しかし1年後、2つの衣料品店を経営していた実父が、店の業績が芳しくない中で体調を崩してしまった事から、退職して岩手の実家に戻り兄とともに家業を手伝う。しかし、経営不振に悩む中、家業を継いでから2年後に父は病死、その後多額の借金の存在も明らかになり資金繰りに苦しむ事になる。
店の経営に悩む中マンガ雑誌の新人募集の広告が目に留まり、賞金を得ようと漫画の製作・新人賞応募を即決。義姉(実兄の妻)が村上もとかの妻と親交があった事から、取材で頻繁に岩手に来ていた村上に作品を評価してもらいながら独学で投稿作を完成させ、3社に応募。30歳の時、講談社の第17回ちばてつや賞一般部門に入選する。「紙になんか書いて50万とはワリが良い」と6年続けた支店をすぐに閉店、再び上京し漫画家としては遅いスタートを切った。アシスタントとしての経験がないばかりか、学生時代に創作活動をしていたわけでもない。
デビュー後
スポーツ漫画、特に野球漫画で徐々に頭角を現していたが、仕事は細々であったため生活はギリギリの状態であった。そんな中『漫画ゴラク』の編集者の「アンケートで1位をとろう」という激励が転機となり、自らアンケート結果などを研究し「売れるマンガ」のパターンを研究するようになる。
その後2003年より『モーニング』で連載が開始された「東大受験」をモチーフにした異色作『ドラゴン桜』が大ブレイクのきっかけとなり、2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。同作品は連続テレビドラマ化されるに至った。また、2007年から2010年まで『モーニング』にて『ドラゴン桜』の続編となる『エンゼルバンク-ドラゴン桜外伝-』を連載していた。同作品もテレビドラマ化された。
これ以外にも、2005年から2009年まで『ビッグコミックスペリオール』にて起業を題材とした『マネーの拳』を、2006年より2009年まで『スーパージャンプ』にて就職活動指南漫画である『銀のアンカー』を連載していた。
2010年からは『週刊ヤングマガジン』で野球漫画『砂の栄冠』を連載開始、2015年に連載終了。
2015年からは『週刊ヤングマガジン』で戦争漫画『アルキメデスの大戦』を連載開始。
その他
2006年12月、大和書房より著書、『個性を捨てろ! 型にはまれ!』を発刊。後に続編となる『汗をかかずにトップを奪え!』も発刊。いずれも本人名義の著書であるが、後者は『ドラゴン桜』の主人公、桜木が語る体裁(演出)を取っている。前者も、「桜木の人格」を意識した内容となっており、純然たる自著とは言い難い部分がある。

作品リスト[編集]

連載中[編集]

連載終了[編集]

著書[編集]

  • 個性を捨てろ! 型にはまれ!(大和書房
  • 汗をかかずにトップを奪え!(大和書房)
  • 成功の五角形で勝利をつかめ!(大和書房)
  • 「ここ一番」に強くなれ!(大和書房)
  • 会社に左右されない仕事術(講談社)
  • 「売れ残る時代」の転職術(講談社)
  • 野球バカは野球でしかビジネスを考えられない(ベストセラーズ) 田尻賢誉との共著
  • プレゼンの極意はマンガに学べ(講談社)

評価[編集]

  • 現代社会を反映した内容と明確な方法論、自己啓発性などを高く評価する声が多く、代表作『ドラゴン桜』はテレビドラマ化され社会現象にもなった。
  • 『ドラゴン桜』のドラマ化以後、ビジネス・教育・自己啓発系の漫画を書いているが、本来の得意分野は野球漫画(「この漫画がすごい!」インタビューでの作者談)であり、最初のヒット作も高校野球の監督を描いた『クロカン』で、作者も「またいずれ野球漫画を書くだろうし、ドラマ化以前からのファンがそれを望んでいることも承知している」と語った。
  • 本人は明治大学卒だが、灘中学校・高等学校卒を経て東大卒の編集担当者の「東大など簡単に入れますよ」との言葉が『ドラゴン桜』のきっかけとなった。ドラゴン桜の前半は、東大卒の編集担当者の体験がストーリーの材料となっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 本人の公式サイト・プロフィール