週刊少年ジャンプ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
週刊少年ジャンプ
WEEKLY JUMP
愛称・略称 ジャンプ・WJ
ジャンル 少年向けコミック誌
読者対象 少年
刊行頻度 月2回刊 → 週刊(毎週月曜日、ただし月曜日が祝日の際は土曜日発売)
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 230円〜280円
出版社 集英社
編集部名 第3編集部 週刊少年ジャンプ編集部
編集長 瓶子吉久
雑誌名コード 993
刊行期間 1968年7月11日(1968年8月1日号) -
発行部数 279万部(2007年10月 - 2008年12月日本雑誌協会調べ)
レーベル ジャンプ・コミックス
ウェブサイト 週刊少年ジャンプ 公式サイト (日本語)

週刊少年ジャンプ』(しゅうかんしょうねんジャンプ、WEEKLY JUMP) は、集英社が発行する日本週刊少年漫画雑誌。略称は『ジャンプ』、『WJ』 など。1968年に『少年ジャンプ』として月2回刊誌として創刊、翌1969年より週刊となり『週刊少年ジャンプ』に改名。

概要[編集]

1968年7月11日に『少年ジャンプ』の名称で同年の8月1日号として創刊。創刊時は月2回(第2・第4木曜日)発売、1969年10月から週刊化された。2003年5月までは毎週火曜日発売、2013年現在は毎週月曜日発売[1]。シンボルマークは海賊マーク(ジャンプパイレーツ)。1995年に653万部という漫画雑誌の最高発行部数を記録した。

雑誌キーワードは「友情」「努力」「勝利」。すべての掲載作品のテーマにこの要素または繋がるものを最低1つ、必ず入れることが編集方針になっている[2][3]。これは同誌の前身とも言える月刊漫画雑誌『少年ブック』の編集方針から受け継いだものであり、元は小学校4年生・5年生を対象にしたアンケート(「一番心あたたまる言葉」「一番大切に思う言葉」「一番嬉しい言葉」)によって決められたものである[4]

2014年9月以降は電子書籍版でも紙媒体と同日配信しており、「少年ジャンプ+」のアプリケーションをインストールすれば有料で購入することができる[5]

紙面を超えた活動にも積極的で、『週刊少年ジャンプ』関連のオリジナルグッズを販売する店舗(ジャンプショップ)やウェブコミック配信サイト(ジャンプデジタルマンガ・少年ジャンプ+)、テーマパーク(J-WORLD TOKYO)、テレビ番組(サキよみ ジャンBANG!特捜警察ジャンポリス)などを擁している。

歴史[編集]

1968年創刊 - 1970年代[編集]

創刊
1968年創刊。創刊号の公称発行部数は10万5000部。当初は男気がある劇画調の作品が盛んに登場していた。
ハレンチ学園」・「男一匹ガキ大将」(1968年 -)などがヒット。
1970年代前半
1971年、公称発行部数が100万部を突破。 1973年8月に『週刊少年マガジン』を抜いて雑誌発行部数で首位。
ど根性ガエル」・「トイレット博士」(1970年 -)、「侍ジャイアンツ」・「荒野の少年イサム」(1971年 -)、「アストロ球団」・「マジンガーZ」(1972年 -)、「包丁人味平」・「プレイボール」(1973年 -)などがヒット。
1970年代後半
ギャグ漫画分野の強化に乗り出し、その結果「1・2のアッホ!!」(1975年 -)、「東大一直線」(1976年 -)、「すすめ!!パイレーツ」(1977年 -)、「キン肉マン」(1979年 -)などがヒット。それ以外にも「サーキットの狼」・「ドーベルマン刑事」(1975年 -)、「リングにかけろ」(1977年 -)、「コブラ」(1978年 -)などがヒット。
こちら葛飾区亀有公園前派出所」(1976年 -)は少年漫画雑誌中、最長の連載記録を更新中。1978年、公称発行部数が200万部を突破。

1980年代[編集]

1980年代前半
1980年、公称発行部数が300万部を突破。少女、女性キャラクターに重きを置いた作品が多く登場する。「Dr.スランプ」・「3年奇面組(のちの「ハイスクール!奇面組」)」(1980年 -)、「ストップ!! ひばりくん!」・「キャッツ♥アイ」(1981年 -)、「キックオフ」(1982年 -)、 「ウイングマン」(1983年 -)、「きまぐれオレンジ☆ロード」(1984年 -)など。他にも「キャプテン翼」・「ブラック・エンジェルズ」(1981年 -)、「風魔の小次郎」・「よろしくメカドック」(1982年 -)、「北斗の拳」・「銀牙 -流れ星 銀-」(1983年 -)などがヒット。「北斗の拳」によるバトル路線が発行部数を急激に伸ばす。
1980年代中期
この時期から漫画雑誌としての側面が強くなり、アイドル・スポーツ選手などのグラビアは掲載されなくなった。1984年1・2号より、創刊以来使用されていた誌名ロゴを角ばった形に一新する。1984年12月の年末最終号(1989年3・4合併号)で公称発行部数が400万部を突破。80年代中盤から90年代中盤までの、いわゆる「ジャンプ黄金期」を迎える。
ドラゴンボール」(1984年 -)、「魁!!男塾」・「ついでにとんちんかん」・「シティーハンター」(1985年 -)、「聖闘士星矢」・「県立海空高校野球部員山下たろーくん」(1986年 -)などがヒット。
1980年代後半
1988年13号で創刊号から1000号を達成し、この年に創刊20周年を迎える。さらには1988年12月の年末最終号(1989年3・4合併号)で公称発行部数が500万部を突破。: この頃に発売したファミコンのゲーム紹介コーナーが登場。ゲーム紹介コーナーはゲーム機の主役が変わった現在でも続いている。
ジョジョの奇妙な冒険」・「燃える!お兄さん」(1987年 -)、「BASTARD!! -暗黒の破壊神-」・「ろくでなしBLUES」・「ジャングルの王者ターちゃん」・「まじかる☆タルるートくん」(1988年 -)、「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」・「電影少女」(1989年 -)などがヒット。

1990年代[編集]

1991年のマクラーレンのF1カー。フロントノーズに「ジャンプ」のロゴが貼ってある。
1990年代前半
花の慶次」・「SLAM DUNK」・「珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-」・「幽☆遊☆白書」(1990年 -)、「BØY」(1992年 -)、「地獄先生ぬ〜べ〜」・「NINKU -忍空-」・「とっても!ラッキーマン」(1993年 -)などがヒット。
1990年から1992年までF1チーム『マクラーレン』のスポンサーになり、巻頭のカラーページに特集記事が組まれる。同時に掲載漫画にもF1を題材とした作品が数点発表される。
1993年31号で創刊25周年を迎え、記念イベントとしてこの年の夏休みに「ジャンプマルチワールド」が東京後楽園で開催された。公称発行部数は1991年3・4号で602万部を突破。週刊誌が全国紙の発行部数を抜いたとして一般メディアも報道する。
1994年12月の1995年3-4号で653万部の歴代最高部数を達成する。
1990年代中期
るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」・「みどりのマキバオー」(1994年 -)、「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」(1995年 -)、「封神演義」・「遊☆戯☆王」(1996年 -)などがヒット。
1995年25号で「ドラゴンボール」、1996年27号で「SLAM DUNK」が連載終了がきっかけで、公称発行部数が減少に転ずる。1996年52号で「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載1000回を達成。この時期は長年行われていなかったアイドルグラビアの掲載と『愛読者賞』の復活があった。また、14年間使用した誌名ロゴの変更、経済面を考慮し表紙のギミックを廃止するなどの試行錯誤が続いた。
1990年代後半
発行部数がこれまでの公称から印刷証明付部数(実際に発行した証明のある部数)に切り替わる。その結果、1997年48号で『週刊少年マガジン』に発行部数を抜かれる。その一方で、「ONE PIECE」(1997年 -)・「HUNTER×HUNTER」(1998年 -)・「NARUTO -ナルト-」(1999年 -)が新たな看板作品として登場し、2000年代のジャンプの牽引役となった。その他に「花さか天使テンテンくん」・「I"s」・「世紀末リーダー伝たけし!」(1997年 -)、「ROOKIES」・「ホイッスル!」・「シャーマンキング」(1998年 -)、「ヒカルの碁」・「テニスの王子様」(1999年 -)などもヒットし、部数の降下傾向は続くものの、『週刊少年マガジン』についで2位は維持。

2000年代[編集]

2000年代前半
BLACK CAT」・「ピューと吹く!ジャガー」(2000年 -)、「ボボボーボ・ボーボボ」・「BLEACH」・「Mr.FULLSWING」(2001年 -)、「いちご100%」・「アイシールド21」(2002年 -)、「DEATH NOTE」・「銀魂」(2003年 -)、「家庭教師ヒットマンREBORN!」・「D.Gray-man」(2004年 -)などがヒット。
漫画業界全体の発行部数が落ち込む中、2002年(平成14年)8月に『週刊少年マガジン』を抜いて再び漫画誌の発行部数1位となる。この時期から誌面を越えた活動が多く見られるようになる。1998年(平成10年)から開設した公式サイト「POP WEB JUMP」が拡張を続け「デジタルマンガ部門」が新設、サイト上で漫画を連載させるなど新しい試みが行われた。
2000年からはジャンプフェスタが毎年開催され、イベント限定グッズの販売や連載作家を招待するなどして盛況を続けている。
2000年代後半
To LOVEる -とらぶる-」(2006年 -)、「ぬらりひょんの孫」・「トリコ」・「バクマン。」(2008年 -)、「黒子のバスケ」(2009年 -)などがヒット。
2008年の34号で創刊40周年を迎え、同年48号にて創刊号から通算2000号を達成。連載作品の単行本売り上げは好調に推移している一方、グロテスクな表現、生命倫理違反等で日本PTA全国協議会メディアランキング雑誌部門少女コミックを抜き、1位にランキングされた。
誌面を越えた活動の一環として2009年4月3日から、テレビ東京系列毎週金曜日18:00〜18:30に週刊少年ジャンプ・ジャンプスクエア・Vジャンプ共同のジャンプ専門情報番組「サキよみ ジャンBANG!」を放送している。

2010年代[編集]

2010年代前半
ニセコイ」(2011年 -)、「ハイキュー!!」・「斉木楠雄のΨ難」・「暗殺教室」・「食戟のソーマ」(2012年 -)、「ワールドトリガー」(2013年 -)、 「僕のヒーローアカデミア」(2014年 -)などがヒット。
2010年の2号で印刷証明付発行部数が300万部に復帰。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)は発行と連載作品の発表方法に大きな影響を与えたと同時に、週刊少年ジャンプの根強い人気を世に見せた。詳細は東日本大震災と週刊少年ジャンプを参照のこと。
2013年、創刊45周年を記念してテーマパーク「J-WORLD TOKYO」(東京サンシャインシティ)を開園。2013年33号(創刊45周年記念号)では史上初めてデジタル版が発売同日に電子書籍で有料配信された[6]
2014年9月22日、マンガ雑誌アプリ「少年ジャンプ+」を創刊[5]。これ以降、週刊少年ジャンプ発売当日に電子版が有料配信されるようになる。

特徴[編集]

読者層[編集]

週刊少年ジャンプの読者層(2012年)
9歳以下
  
5.1%
10〜15歳
  
63.0%
16歳以上
  
31.9%

編集部は小中学生男子を主な読者対象として想定している[7]。現在、読者構成は中学生を中心として小学校高学年から高校生が主であり、『週刊少年マガジン』(講談社)・『週刊少年サンデー』(小学館)・『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)よりも低年齢寄りである[8]。2012年9月時点では男女比が約8対2、年齢層は9歳以下が5.1%、10〜15歳が約63.0%、16歳以上が31.9%となっている[9]。また、集英社広報によると2009年時点で読者アンケートのうち7割を10代が占めているという[10]

掲載作品[編集]

創刊時の小学館との関係から、連載作品は建前上はない(全部読み切りで、第○話・終わり、という形式になっている)。

基本的に掲載作品はバトル漫画スポーツ漫画ギャグ漫画などの少年漫画が主流である。SF・ファンタジーや冒険物、ラブコメディ、社会派・ドキュメンタリー作品なども数多く掲載されている。

人気の低下した連載作品はすぐに打ち切りの対象にされるため、10~20週前後(単行本1-3巻分の分量)で終了となる作品が多く、作品・作家の間で連載枠を巡る激しい生存競争が毎週誌上で起きている。連載一周年を超えた作品などは、本誌連載が打ち切られても他誌に完結編を掲載する場合がある[注 1]

掲載順はアンケート結果を元に副編集長がその週ごとの雑誌構成を考慮して決めている[11]。上位人気であるほど誌面の前面に掲載される傾向にある。例外的にほぼ毎回巻末に固定的に掲載される作品[注 2]や、原稿の入稿が遅れたために後面に掲載される場合[12]もある。また、タイアップ商品の広告や関連の企画記事がある場合など[13]、編集の方針などによっても左右される。

大半の作品は最終回を掲載順最後尾に掲載される。稀に長期連載を果たした人気作の最終回が、巻頭カラー[注 3]や巻中カラーで掲載されることがある。

週刊漫画誌の場合は、何号かおきに作品を休載させ、作家に休養を与えるケースが多い。また、「作者が大学在学中」「作者が病気療養中」などの特殊な事情がある場合は、通常の週刊連載ではなく、不定期掲載という形で対応することも多い[注 4]が、ジャンプはごく少数の例外を除いて、作品を休載させることはほとんどない[注 5]ため、連載作家の完全な休日は年4回(合併号がある時期)の数日のみという、過酷なペースで執筆しなければならないとされている(このような過酷さは「幕張」などで描かれている)。現在では、作者の体調不良で年に数回ほど休載するケース(「ONE PIECE」「ワールドトリガー」など)や、幾度の長期休載を続けている「HUNTER×HUNTER」(2014年37、38合併号から休載中)などがある。 なお、事前に予告のない形で休載される(ほとんどが作者の急病などにより当該号分の原稿執筆ができなかったものである)場合、本来その漫画が掲載されるページにおいて、「その漫画が休載したこと」「再開予定」をお知らせするページが挟まれる[注 6]。 その次のページに新人紹介ページが挟まれ、さらにその次のページから17~19ページ程度の代理原稿である読み切りが掲載される。この読み切りは本来載る予定がないためアンケートハガキにも番号指定が無いことがほとんどであり、代原の最終ページのアオリ文などに、この漫画にアンケート投票する場合の番号が指定される。

装丁[編集]

表紙は基本的に連載漫画作品が担当している。表紙に選ばれる作品は新連載や周年を迎えた作品が多い。背表紙も基本的に表表紙の作品が飾っている。連載10周年などを迎えた作品が1年を通じて背表紙イラストを独占することもある。

かつては他の週刊少年漫画誌と同じくスポーツ選手やアイドルのグラビアが表紙・巻頭を飾っていた(1970年代後半から1980年代前半までと1990年代の一時期)が1996年以降はほぼない[注 7]。現代では2色の情報ページなどでスポーツ選手の特集やインタビュー記事が行われている。

編集方針[編集]

以下に挙げられている新人契約制度やアンケートシステムに関する詳細は、『少年ジャンプ』草創期に編集長を務めた西村繁男の著した書籍「さらばわが青春の『少年ジャンプ』」内に詳しい記述がある。

新人の登用と専属契約制度[編集]

創刊以来、新人作家を積極的に登用し続けている。これは創刊時に後発の少年漫画誌として、当時の人気漫画家を確保出来なかったためで、連載作家のほぼ全員を新人で揃えることになった。この方針は、週刊少年漫画雑誌で最大部数を誇るようになってからも継承されており、現在でも編集部は新人育成に力を入れている[14]

本誌でデビューした作家は必ず集英社専属契約を結ぶ。この契約が結ばれている間、作家は原稿料と別に契約料を貰える代わりに、他の出版社での仕事や専属契約終了後を見越した交渉をすることすらできない[注 8]。各作品の欄外における「○○先生の漫画が読めるのはジャンプだけ!」などの煽りはこの契約によるものである。「ハレンチ学園」の作者・永井豪が他誌でも連載を開始し、危機感を持った編集長(当時)長野規が発案した。「男一匹ガキ大将」を連載していた本宮ひろ志と最初に契約が結ばれた。

本誌3代目編集長西村繁男は集英社退社後に自著で「漫画家に対する執筆保証の項目がない他、契約期間中は他誌との執筆交渉すらできないという点で、極めて編集部に有利な契約である」と指摘している[15]甲斐谷忍木多康昭、キユ(現・松井勝法)など、本誌ではヒット作を出せなかった作家が他誌・他社へと活動の場を移して成功した例がある。

アンケート至上主義[編集]

週刊少年ジャンプは他誌と比較しても、読者アンケートを参考にして編集の方針を定める傾向が強い。アンケートによる評価は作家の実績・経歴に関係なく平等に適用され、「アンケート至上主義」と呼ばれる。このため、一世を風靡した作家・作家でもアンケートが悪いと打ち切られることがある。ただし、アンケート結果が厳格に運用されて全誌面の構成が決定するわけではなく、編集部の販売戦略やデータマイニングも加味して誌面・作品の構成が左右されることがある[注 9]

アンケート至上主義は「アストロ球団」を連載していた中島徳博の「大御所というだけで人気もない漫画が載っているのはおかしい。アンケートの結果を1週で出すようにして、サバイバルにせよ」という提案が発端だが、提唱者の中島も何度か打ち切りにあっている。真倉翔岡野剛は「アンケートの結果に基づき作品の内容を変えたり、あらゆる創意工夫が求められ、いつ連載を打ち切られるか、常に心配していた」と言及(「地獄先生ぬ〜べ〜」文庫版)。西村繁男は「アンケートが2位以下の作品はすべて終了候補である」と言い切っている[16]

前述のように、掲載順も基本的にアンケート上位の作品であるほど誌面の前面に掲載される傾向にある。

作品のメディアミックス[編集]

集英社は自らメディア化をすることは少なく、特に映像化に関しては良い条件でオファーが来て初めて映像化する方針を採っている[17]。一方で小説化・VOMIC化などは自社媒体で行われている。

テレビアニメ化[編集]

人気作品の大半はテレビアニメ化されている。劇場映画OVAで展開される作品もあり、「ONE PIECE」のように日本国外でも高い人気を誇る作品もある。最もアニメ化作品が多かった2011年10月では、週に11本[注 10]の新作アニメが放送された。

最初期を除く1970年代までのジャンプ編集部は、作品をテレビアニメで無料放送すると、読者が満足して雑誌・単行本が売れなくなると懸念していた[18]。しかし、「Dr.スランプ アラレちゃん」(1981年放映開始)のテレビアニメ化によって、集英社は販売促進や版権など予想を超える収益を得た。この作品は複数の在京テレビ局からオファーがあり、フジテレビ編成局長[注 11](当時)・日枝久は何度も集英社を訪ね、その熱烈な要望に集英社が折れる形でアニメ化を許諾したものであった。これ以後、集英社は自社作品のアニメ化に積極的になる。

他誌のアニメ・ドラマ化作品に比べて全日帯アニメが多い。深夜枠で放送された作品は描写が全日帯向けではない作品[注 12]、放送時には既に本誌連載が終了していた作品[注 13]が多い。しかし近年は少子化の影響で全日帯アニメ枠が減り、4大キー局でのゴールデンタイム帯放送作品は2006年10月に枠移動となった「ONE PIECE」が最後となった(テレビ東京系列(TXN)では「NARUTO -ナルト- 疾風伝」がゴールデンタイムに放送中)。そのため、2010年代以降は、内容を問わず深夜枠で放送されることが多くなっている[注 14]

全てのキー局で作品をアニメ化した実績がある。TBS2000年代テレビ朝日では他の民放と比べ本数が少ない[注 15]NHKでは2010年に初めてジャンプの新作アニメ作品が放送された[注 16]

放送中の新作テレビアニメ[編集]

ここでは「アニ基地」コーナーで放送エピソードが紹介される作品について記載する。
作品 放送開始日 放送局 アニメーション制作 備考
ONE PIECE 1999年10月20日 FNS 東映アニメーション
NARUTO -ナルト- 疾風伝 2007年2月15日 TXN studioぴえろ アニメ版 『NARUTO -ナルト-』の続編
原作本編は既に連載終了
遊☆戯☆王ARC-V 2014年4月6日 TXN ぎゃろっぷ 遊☆戯☆王』の派生作品
原作本編は既に連載終了
ワールドトリガー 2014年10月5日 ANN 東映アニメーション
バトルスピリッツ 烈火魂 2015年4月1日 TXN BN Pictures 最強ジャンプ』作品
食戟のソーマ 2015年4月3日 JNN J.C.STAFF
銀魂° 2015年4月8日 TXN BN Pictures 3期
ドラゴンボール超 2015年7月5日 FNN 東映アニメーション アニメ版 『ドラゴンボール』の新アニメシリーズ
VJ』作品
原作本編は既に連載終了
ToLOVEる ダークネス 2nd 2015年7月6日 MXSUN XEBEC 連載はジャンプスクエア

過去にアニメ化された作品[編集]

アニメ放送開始が早い順に記載する。なお、週刊少年ジャンプ公式で初のTVアニメ化作品と称されている『紅三四郎』は実質的にはコミカライズ作品である為、除いている。
作品 放送年 放送局 アニメーション制作 備考
男一匹ガキ大将 1969年 - 1970年 NNN 東京テレビ動画
ど根性ガエル 第1期(1972年-1974年) ABC[19] 東京ムービー
第2期(1981年 - 1982年) NNN 東京ムービー新社
マジンガーZ 1972年 - 1974年 FNN 東映動画
荒野の少年イサム 1973年 - 1974年 FNN 東京ムービー
侍ジャイアンツ 1973年 - 1974年 NNN 東京アニメーションフィルム
Dr.スランプ 1期(1981年 - 1986年) FNN 東映動画
2期(1997年 - 1999年) 東映動画
→ 東映アニメーション
コブラ 1期(1982年 - 1983年) FNN 東京ムービー
2期(2010年) BS11 マジックバス
ストップ!! ひばりくん! 1983年 - 1984年 FNN 東映動画
キン肉マン 無印(1983年 - 1986年) NNN 東映動画
キン肉星王位争奪編(1991年 - 1992年)
キャプテン翼 昭和版(1983年 - 1986年) TXN 土田プロダクション
J(1994年 - 1995年) FNN スタジオコメット
平成版(2001年 - 2002年) TXN グループ・タック
CAT'S EYE キャッツ・アイ 1期(1983年 - 1984年)
NNN 東京ムービー新社
2期(1984年 - 1985年)
北斗の拳 1期(1984年 - 1987年)
FNN 東映動画
2期(1987年 - 1988年)
ウイングマン 1984年 - 1985年 ANN 東映動画
よろしくメカドック 1984年 - 1985年 FNN タツノコプロ
ハイスクール!奇面組 1985年 - 1987年 FNN 土田プロダクション
スタジオコメット
ドラゴンボール 無印(1986年 - 1989年) FNN 東映動画
Z(1989年 - 1996年)
GT(1996年 - 1997年)
1期(2009年 - 2011年)
2期(2014年 - 2015年)
東映アニメーション 過去作のデジタルリマスター
銀牙 -流れ星 銀- 1986年 ANN 東映動画
聖闘士星矢 1986年 - 1989年 ANN 東映動画
ついでにとんちんかん 1987年 - 1988年 FNN スタジオコメット
シティーハンター 1期(1987年-1988年)
NNN サンライズ
2期(1988年-1989年)
3期(1989年-1990年)
4期(1991年)
きまぐれオレンジ☆ロード 1987年 - 1988年 NNN studioぴえろ
燃える!お兄さん 1988年 NNN studioぴえろ
魁!!男塾 1988年 FNN 東映動画
まじかる☆タルるートくん 1990年 - 1992年 ANN 東映動画
DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 1991年 - 1992年 JNN 東映動画
幽☆遊☆白書 1992年 - 1995年 FNN studioぴえろ
SLAM DUNK 1993年 - 1996年 ANN 東映動画
ジャングルの王者ターちゃん 1993年 - 1994年 TXN グループ・タック
D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜 1994年 NNN スタジオディーン
マッドハウス
とっても!ラッキーマン 1994年 - 1995年 TXN studioぴえろ
NINKU -忍空- 1995年 - 1996年 FNN studioぴえろ
るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 1996年 - 1998年 FNN スタジオぎゃろっぷ[注 17]
スタジオディーン[注 18]
みどりのマキバオー 1996年 - 1997年 FNN studioぴえろ
地獄先生ぬ〜べ〜 1996年 - 1997年 ANN 東映動画
こちら葛飾区亀有公園前派出所 1996年 - 2004年 FNN ぎゃろっぷ
HARELUYA II BØY 1997年 TXN トライアングルスタッフ
セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん 1998年 JNN マジックバス
花さか天使テンテンくん 1998年 - 1999年 FNN 日本アニメーション
遊☆戯☆王 無印(1998年) ANN 東映アニメーション
DM(2000年 - 2004年) TXN ぎゃろっぷ
DMGX(2004年 - 2008年)
ALEX(2006年) 4キッズTV 海外作品
5D's(2008年 - 2011年) TXN
ZEXAL1期(2011年 - 2012年)
ZEXAL2期(2012年 - 2014年)
封神演義 1999年 TXN スタジオディーン
人形草紙あやつり左近 1999年 - 2000年 WOWOW 東京ムービー
HUNTER×HUNTER 第1作(1999年 - 2001年) FNN 日本アニメーション
第2作(2011年 - 2014年) NNN マッドハウス
シャーマンキング 2001年 - 2002年 TXN XEBEC
テニスの王子様 2001年 - 2005年 TXN トランス・アーツ
ヒカルの碁 2001年 - 2003年 TXN studioぴえろ
NARUTO -ナルト- 2002年 - 2007年 TXN studioぴえろ
ホイッスル! 2002年 - 2003年 ANIMAX スタジオコメット
ボボボーボ・ボーボボ 2003年 - 2005年 ANN 東映アニメーション
リングにかけろ 1期(2004年 - 2006年) ANN 東映アニメーション
2期(2010年) スカパー!
3期(2011年) ANIMAX
BLEACH 2004年 - 2012年 TXN studioぴえろ
いちご100% 2005年 ANN マッドハウス
プレイボール 1期(2005年)
UHF マジックバス
2期(2006年) UHF マジックバス
アイシールド21 2005年 - 2008年 TXN ぎゃろっぷ
BLACK CAT 2005年 - 2006年 JNN GONZO
銀魂 銀魂 (2006年 - 2010年) TXN サンライズ
銀魂'(2011年 - 2012年)
銀魂'延長戦(2012年 - 2013年)
D.Gray-man 2006年 - 2008年 TXN トムス・エンタテイメント
武装錬金 2006年 - 2007年 TXN XEBEC
DEATH NOTE 2006年 - 2007年 NNN マッドハウス
家庭教師ヒットマンREBORN! 2006年 - 2010年 TXN ARTLAND
魔人探偵脳噛ネウロ 2007年 - 2008年 NNN マッドハウス
To LOVEる -とらぶる- 1期(2008年) JNN XEBEC
2期(2010年) MXSUN
初恋限定。 2009年 BS11 J.C.STAFF
ぬらりひょんの孫 1期(2010年)
UHF スタジオディーン
2期(2011年)
バクマン。 1期(2010年 - 2011年)
NHK J.C.STAFF
2期(2011年 - 2012年)
3期(2012年 - 2013年)
レベルE 2011年 TXN david production
studioぴえろ
べるぜバブ 2011年 - 2012年 NNN studioぴえろ+
トリコ 2011年 - 2014年 FNN 東映アニメーション
SKET DANCE 2011年 - 2012年 TXN タツノコプロ
めだかボックス 2012年 TXN GAINAX
黒子のバスケ 1期(2012年)
UHF Production I.G
2期(2013年 - 2014年)
3期(2015年)
ジョジョの奇妙な冒険 1st(2012年 - 2013年)
UHF David Production
2nd(2014年 - 2015年)
ハイキュー!! 1期(2014年) JNN Production I.G
ニセコイ 1期(2014年)
UHF シャフト
2期(2015年) UHF シャフト
暗殺教室 1期(2015年) FNN Lerche

アニメ映画化[編集]

主にテレビアニメの劇場版として放映。『ONE PIECE』『NARUTO -ナルト-』『ドラゴンボール』などシリーズ化したものもある。

VOMIC化[編集]

近年、人気作品の多くは集英社のヴォイスコミック「VOMIC」で展開された。『サキよみ ジャンBANG!』でテレビ放送された作品も多い。

FLAShアニメ[編集]

FLAShアニメを製作して、インターネット上に配信することがある。

小説化[編集]

近年、人気作品の大半はライトノベル新書レーベルジャンプ ジェイ ブックス』でノベライズされている。

テレビドラマ化[編集]

テレビドラマ化された作品は、昭和期には「ハレンチ学園」 (1970年・東京12チャンネル)、「キャッツ♥アイ」(1988年・日本テレビ 土曜スーパースペシャル内)が放送された程度であるが、2000年代後半から2010年代にかけては多くの作品がドラマ化されており、「ろくでなしBLUES」(日本テレビ水曜24時59分)、「地獄先生ぬ〜べ〜」・「ど根性ガエル」(土曜ドラマ)、「DEATH NOTE」(日曜ドラマ)、「アストロ球団」(テレビ朝日水曜27時10分)、「ROOKIES」・「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(TBSの土曜8時枠)、「風魔の小次郎」(独立放送局ほか)などが放送された。海外でも同様で、「テニスの王子様」(中国)や「シティーハンター」(韓国)といった作品がドラマ化されている。

実写映画化[編集]

前述のテレビドラマ「ROOKIES」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の劇場版のほか、「テニスの王子様」、「DEATH NOTE」、「ピューと吹く!ジャガー」、「るろうに剣心」、「究極!!変態仮面」、「DRAGON BALL」「暗殺教室」などが実写映画化されている。

舞台化[編集]

WILD HALF」「NARUTO-ナルト-」など。「テニスの王子様」、「BLEACH」はミュージカル化されている。

リアル脱出ゲーム化[編集]

DEATH NOTE」(東京原宿・大阪心斎橋にある常設スタジオヒミツキチオブスクラップ限定)や「ONE PIECE」(2014年は全国のZeppを巡回するライブハウスツアー形式。2015年は全国を巡回する野外ツアー形式)がリアル脱出ゲーム化されていて、「暗殺教室」がリアル脱出ゲーム(東京・大阪での常設スタジオ(東京道玄坂ヒミツキチラボ・大阪心斎橋ヒミツキチオブスクラップ)同時開催を皮切りに全国を巡回するツアー形式)化される予定である。

編集者[編集]

『少年ジャンプ』の編集者は、創刊当初こそ嘱託・アルバイトなどの非正規雇用も存在したものの、現在は基本的に正規雇用(正社員)のみで構成されている。そのため集英社発行の他雑誌はもちろん、総務部や人事部など全く畑違いの部署へと異動することもある。一方で『ジャンプ』系列誌から全く異動がない者もおり、第4代以降の編集長は全て、入社以来一貫して『ジャンプ』系列誌の編集者だった者が就任している。

部署内異動や『ジャンプ』系列誌相互間での異動は頻繁にあり、打ち切り・新連載がなくとも、担当が変更になることも多く、結果として漫画家が困惑することもある。実際に、尾田栄一郎は本誌の巻末コメントで、「また担当交代。最低3年はやって欲しいです」と書いたこともある[20]

編集者は漫画家または作品の担当を割り当てられ、その漫画家と一緒になって作品づくりを行ってゆく。編集者によっては連載作品2作品以上担当することもある。持ち込み、未デビュー、次作品制作中の漫画家も担当するため、実際はそれ以上の数を担当する。こういったことから漫画の方向性・内容にも影響を与える大きな力を持つ。『週刊少年ジャンプ』には担当編集者にすべて任せるという伝統があり、編集の方法にマニュアルは存在しない。ある漫画家を引継ぐときも、前任の編集者から今までの編集方法を指導することはなく、引継ぎも一日で終わる[21]

他方で、週刊連載の漫画家の労働環境は過酷と言われるが、編集者・編集部の勤務も多忙を極め、プレッシャーやストレスも多い激務であると言われている。中でも入社以来ジャンプ編集部一筋の叩き上げである『週刊少年ジャンプ』編集長(当時)・高橋俊昌は、2003年東京湾内の船上で行われていた同誌『ONE PIECE』のアニメ映画『ONE PIECE THE MOVIE デッドエンドの冒険』の製作発表会見の席においてクモ膜下出血を発症して倒れ突然死した。

作品づくりの際に漫画家と非常に緊密な関係を築くことから、『少年ジャンプ』の担当編集者をモデルにしたキャラクターが作中に登場することも少なくない。実例としては、「トイレット博士」のスナミ先生(角南攻)や、「キン肉マン」のアデランスの中野さん(中野和雄)や、「Dr.スランプ」のDr.マシリト(鳥嶋和彦)や、「シェイプアップ乱」のマッチ茨木および「ついでにとんちんかん」の茨木氏(茨木政彦)などが挙げられる。前述の2003年に急逝した高橋俊昌をモデルにしたキャラクターを登場させていた(下ネタギャグ要員的なキャラクターにしていた)「ついでにとんちんかん」、「幕張」においては、故人の名誉を尊重するため、該当キャラクターの登場回を文庫版や、ペーパーバック版ではカットしている。

歴代の編集長[編集]

氏名 期間
1 長野規 1968年 - 1974年
2 中野祐介 1974年 - 1978年
3 西村繁男 1978年 - 1986年
4 後藤広喜 1986年 - 1993年
5 堀江信彦 1993年 - 1996年
6 鳥嶋和彦 1996年 - 2001年
7 高橋俊昌 2001年 - 2003年10号
- 鳥嶋和彦 2003年11号[注 19]
8 茨木政彦 2003年12号 - 2008年
9 佐々木尚 2008年 - 2011年29号[22]
10 瓶子吉久 2011年30号[23] - 在職中[注 20]

連載作品[編集]

以下、2015年7月13日(2015年33号)現在連載中の作品。不定期掲載作品や、短期集中連載も含む。

作品名 作者(作画) 原作など 開始号 備考
こちらかつしかくかめありこうえんまえはしゆつしよこちら葛飾区亀有公園前派出所 あきもと おさむ秋本治 1976年42号
わんひいすONE PIECE おた えいいちろう尾田栄一郎 1997年34号
はんたあはんたあHUNTER×HUNTER とかし よしひろ冨樫義博 1998年14号 2006年以降、不定期連載
ふりいちBLEACH くほ たいと久保帯人 2001年36・37合併号
きんたま銀魂 そらち ひてあき空知英秋 2004年02号
とりこトリコ しまふくろ みつとし島袋光年 2008年25号
にせこいニセコイ こみ なおし古味直志 2011年48号
はいきゆうハイキュー!! ふるたて はるいち古舘春一 2012年12号
さいきくすおのさいなん斉木楠雄のΨ難 あそう しゆういち麻生周一 2012年24号
あんさつきようしつ暗殺教室 まつい ゆうせい松井優征 2012年31号
しよくけきのそおま食戟のソーマ さえき しゆん佐伯俊(作画) つくた ゆうと附田祐斗(原作)
もりさき ゆき森崎友紀(協力)
2012年52号
わあるととりかあワールドトリガー あしはら たいすけ葦原大介 2013年11号
いそへいそへえものかたりうきよはつらいよ磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜 なかま りよう仲間りょう 2013年47号
ひのまるすもう火ノ丸相撲 かわた川田 2014年26号
ほくのひいろおあかてみあ僕のヒーローアカデミア ほりこし こうへい堀越耕平 2014年32号
かかみかみカガミガミ いわしろ としあき岩代俊明 2015年11号
ふらつくくろおはあブラッククローバー たはた ゆうき田畠裕基 2015年12号
せすしをひんとしかこうきようきたんすふへようこそ背すじをピン!と〜鹿高競技ダンス部へようこそ〜 よこた たくま横田卓馬 2015年24号
れていしやすていすレディ・ジャスティス おきの けん荻野ケン 2015年25号
てひりいまんデビリーマン ふくた けんたろう福田健太郎 2015年26号
へすとふるうベストブルー ひらかた まさひろ平方昌宏 2015年33号

増刊号[編集]

隔週の間を埋めるという目的から創刊の翌年から発行されている。

派生誌[編集]

発行部数[編集]

1990年代半ばまでの発行部数は印刷証明付発行部数ではなく、集英社による自社発表である。

  • 1968年創刊号 10万5000部
  • 1969年 最高24万部
  • 1971年新年号 115万8000部
  • 1974年 最高165万部
  • 1977年新年号 188万部
  • 1978年新年号 210万部
  • 1979年新年号 280万部
  • 1980年新年号 304万5000部
  • 1981年新年号 308万部
  • 1982年 342万部(年間平均)
  • 1983年 371万部(年間平均)
  • 1984年 390万部(年間平均)
  • 1985年4-5号 403万部 37号 405万部 年間平均 450万部
  • 1986年5号 435万5000部
  • 1987年5号 450万部
  • 1988年5号 485万部
  • 1989年3-4号 500万部
  • 1990年5号 530万部 21-22号 503万部 37号 520万部
  • 1991年3-4号 602万部 21-22号 585万部 36-37号 615万部
  • 1992年3-4号 618万部
  • 1993年3-4号 638万部 36-37号 643万部
  • 1994年3-4号 648万部 36-37号 650万部
  • 1995年3-4号 653万部 歴代最高部数を記録ギネスブックに登録)。
  • 1996年新年号 588万部
  • 1997年 405万部(年間平均)
    • この年より発行部数が集英社の公称から印刷証明付発行部数に変更
    • 1997年11月『週刊少年マガジン』に発行部数で抜かれる。
  • 1998年 360万部(年間平均)
  • 1999年 363万部(年間平均)
  • 2000年 363万部(年間平均)
  • 2001年 340万部(年間平均)
  • 2002年 320万部(年間平均)
    • 2002年8月再び『週刊少年マガジン』の急降下で首位奪還。
  • 2003年 300万部(年間平均)
  • 2004年 300万部(年間平均)
  • 2005年 295万部(年間平均)
  • 2006年 2,953,750部(一月下記サイトにて確認)
  • 2007年3月 2,839,792部
  • 2008年1月 2,778,750部(社団法人日本雑誌協会
  • 2010年2号 3,000,000部(05年8月以来の300万部復帰)[24]


発行部数(2008年平成20年)4月以降)社団法人日本雑誌協会
1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月
2008年(平成20年) 2,785,833 部 2,790,834 部 2,793,334 部
2009年(平成21年) 2,800,000 部 2,806,667 部 2,840,000 部 2,879,167 部
2010年(平成22年) 2,872,500 部 2,878,334 部 2,875,834 部 2,935,000 部
2011年(平成23年) 2,964,546 部 2,825,000 部 2,841,667 部 2,845,000 部
2012年(平成24年) 2,837,500 部 2,831,167 部 2,838,334 部 2,827,693 部
2013年(平成25年) 2,835,455 部 2,809,167 部 2,779,231 部 2,745,000 部
2014年(平成26年) 2,715,834 部 2,677,500 部 2,665,834 部 2,605,000 部
2015年(平成27年) 2,422,500 部 2,395,000 部

価格の変遷[編集]

()は特別定価、あるいはサービス定価。消費税導入以降は税込み価格。

  • 創刊時 - 1970年6月 90円(100円?)
  • 1970年7月 - 1970年11月 80円(不明)
  • 1970年12月 - 1973年3月 90円(100円)
  • 1973年4月 - 1973年11月 100円(不明)
    • (1973年11月16日 第一次オイルショックに伴う「石油緊急対策要綱」を閣議決定)
  • 1973年12月 - 1976年6月 130円(150円)
  • 1976年7月 - 1980年6月 150円(170円)
  • 1980年7月 - 1989年3月 170円(180円、または190円)
  • 1989年4月 - 1990年8月 180円(190円、または200円)
    • (1989年4月1日に消費税3%が導入された)
  • 1990年9月 - 1996年1月 190円(200円、または210円)
  • 1996年2月 - 1997年8月 200円(210円、または220円)
  • 1997年9月 - 1998年4月 210円(220円、または230円)
    • (1997年4月1日に消費税税率が5%に変更)
  • 1998年5月 - 2004年4月 220円(230円)
  • 2004年5月 - 2008年8月 230円(240円、または250円)
  • 2008年9月 - 2014年3月 240円(250円、または260円[注 21]、さらに230円[注 22]
  • 2014年4月 - 255円(260円)
    • (2014年4月1日に消費税税率が8%に変更)

ロゴマークの変遷[編集]

  • 初代:1968年創刊号 - 1969年15号
  • 2代目:1969年16号 - 1971年53号
  • 3代目:1972年1号 - 1974年38号
  • 4代目:1974年39号 - 1983年52号
  • 5代目:1984年1・2合併号 - 1997年52号
  • 6代目:1998年1号 - 現在

サブコーナー[編集]

読者コーナー[編集]

名称 期間 備考
1 読者コーナー 1968年
2 ハレハレ笑学校 1969年 - 1978年
3 ホップ・ステップ・ジャンプ 1969年 「ハレハレ笑学校」と並行連載。6回で終了
4 びっくりプレイタウン 1979年 - 1980年
5 ジャンプ海賊ワールド 1980年 - 1982年
6 ジャンプ放送局
(JBS)
1982年 - 1995年 1レース(半年)ごとにポイント集計し優勝者を決める方式。読者コーナーとしては珍しく、単行本化(全24巻)された
レギュラーはさくまあきら土居孝幸榎本一夫横山智佐
7 ジャンポスト 1996年 地方別のリーグ戦形式。人気低迷で1レースのみ(半年)で打ち切り
- - 1996年 - 1997年 (数か月間、読者コーナーのない状態が続いた)
8 ハガキ戦士ジャンプ団 1997年 - 2001年 ハガキ紹介に漫画の要素をプラス。シーズンごとに設定されたノルマをクリアできればシーズン終了
出演は井沢ひろし(JBSに投稿経験あり)、石塚祐子など
9 じゃんぷる 2001年 - 2005年 「ジャンプ団」終了の数週間後、スタッフの一部を変更してリニューアルスタート。「JBS」に近い形式で、単行本化もされた
井沢・石塚は引き続き出演
10 ジャンプ魂 2006年10号 - 2009年24号 「じゃんぷる」をリニューアルさせてスタート
正規メンバーは井沢(前作から継続)・山下慎一郎(「じゃんぷる」ではアルバイトを務めた)
アシスタントは中川翔子 [注 23]( - 2008年)→林未紀(2008年 - 2009年)→佐藤栞里(2009年 - )
11 ジャン魂G! 2009年25号 - 2014年29号 「ジャンプ魂」をリニューアルスタート。「ジャン魂」をほぼそのまま引き継いでいる
- - 2014年 - 2015年 (数か月間、読者コーナーのない状態が続いた)
12 バトよん!!!! 2015年19号 - 4コマ漫画の投稿コーナー

ゲーム紹介コーナー[編集]

  • ファミコン神拳110番1985年 - 1988年?)
  • ファミコン怪盗芸魔団(ファミコンかいとうげ〜まだん)(1988年? - 1992年
  • V-NET(1992年 - 1998年
  • ジャンG堂(ジャンゲどう)(1998年 - 1999年
  • ジャンG塾(ジャンゲじゅく)(1999年 - 2003年?)
  • チームG59上!!(チームゲコクジョー)(2003年? - 2011年
  • G人道!!(ゲーにんどう)(2011年 - )
  • 英雄ゲー+(ひーろげーぷらす)(2005年 - )

新人漫画家の募集企画[編集]

年に1回行われる企画

年に2回行われる企画

  • 手塚賞 - 『ジャンプスクエア』(旧『月刊少年ジャンプ』)と共同募集
  • 赤塚賞 - 『ジャンプスクエア』(旧『月刊少年ジャンプ』)と共同募集
  • ストーリーキング(1998年 - 2005年、2001年までは年1回開催)
  • ストキン炎(2006年 - )
  • Gカップ(2011年 - )

毎月行われる企画

  1. 新人漫画賞(1968年 - 1972年?)
  2. ヤングジャンプ賞(1973年? - 1979年)
  3. フレッシュジャンプ賞(1979年 - 1982年)
  4. ホップ☆ステップ賞(1982年 - 1996年)
  5. 天下一漫画賞(1996年 - 2002年)
  6. ジャンプ十二傑新人漫画賞(2003年 - 2007年)
  7. JUMPトレジャー新人漫画賞(2007年 - )

その他の企画

  • ジャンプ次世代マンガ賞(2013年) - 『ジャンプLIVE』と『となりのヤングジャンプ』の共同募集

愛読者賞[編集]

1973年 - 1983年1997年に行われた。読者アンケートで選ばれた10人の作家が45ページの読切作品を執筆する。掲載する順番はクジで決める。1位に選ばれた作家は海外旅行のプレゼントがあった。また、1位に選ばれた作品の感想文を募集し、優秀な感想文を書いた読者には、作家と一緒に海外旅行に行けるというイベントも行われていた。

全ての漫画家にエントリー資格があるが、基本的にはジャンプ内での人気投票的な色合いが強いため、本誌に執筆している作家が選ばれている。ただし、読者アンケートの性質上、ジャンプとはほとんど接点のない作家が選ばれる場合もあり、過去には松本零士あだち充などの作家がノミネートされている[25]。なお、2度選ばれたあだち充は「スケジュールの都合がつかない」という理由からいずれも辞退しているものの、そのためのお詫びのコメントとイラストを寄稿している。

イベント[編集]

日本国外の少年ジャンプ[編集]

2015年現在、『少年ジャンプ』は日本国外でも発行され、「ONE PIECE」・「BLEACH」・「ハイキュー!!」・「暗殺教室」などの人気作が翻訳されている。

BANZAI!
カールセン出版社よりドイツで発行(2001年10月 - 2005年12月)。公式サイト(ドイツ語)
SHONEN JUMP Magazine
VIZ Media(旧VIZ Comminucation Inc.)よりアメリカで発行。
2002年11月26日創刊、2012年3月書籍出版終了公式サイト(英語)。電子書籍『WEEKLY SHONEN JUMP ALPHA』を2012年1月30日より創刊[26]
宝島少年
東立出版社より台湾で発行。1992年9月19日創刊。2014年2月現在、台湾で最も人気のある漫画雑誌である[27]
もう一つの『少年ジャンプ』台湾バージョンとして『熱鬥少年TOP』(大然出版社)があったが、2003年5月、集英社は大然出版社との出版契約を解約し、『宝島少年』に一本化した。
漫画行
翻訳漫画より中国で発行。2014年2月創刊。隔週刊[26]

週刊少年ジャンプ事件史[編集]

打ち切り・回収[編集]

漫画表現の過激さや作者の不祥事により連載作品が打ち切りに至ったり、本誌が回収されたケースがある。それらの原因となった作品とそれぞれの詳細について以下に示す。

『ハレンチ学園』性的いたずらブーム事件[編集]

「ハレンチ学園」(永井豪)が問題となった現象。

1968年の創刊号から連載したこの作品の影響で、全国の学校でスカートめくりなどのハレンチな行為が流行したことにより、PTAや教育委員会から猛抗議が来た。しかし『ジャンプ』は漫画表現の多様性という名の下に連載を続行。編集長(当時)長野規は教育評論家の阿部進と連携し、自ら積極的にテレビ番組やPTAの会合などに出向き『ハレンチ学園』を擁護した。

この件に関する限りは、編集部はむしろ権力に負けずに連載を続けたことを誇りにしている節があり、『ジャンプ』30周年の時の特集でそのようなコメントが見られた。

『私立極道高校』実在学校無断掲載事件[編集]

私立極道高校(しりつきわめみちこうこう)」(宮下あきら)が問題となった事件。

滋賀県近江八幡市とその近隣市町にある実在の5つの中学校名と校章、4名の卒業生の名前や校章を無断で作品内に掲載して滋賀県教育委員会から抗議を受けた。この中学校は被差別部落民が多く通う学校であった[28][29]1980年1月29日発行の第9号が回収され、翌週の第10号は滋賀京都岐阜では修正したものを販売することとなった[注 24][30]

この騒動を受けて、「私立極道高校」は第11号で打ち切りとなった。ストーリーは41話まで連載され、単行本は読み切り版の1話と連載最初の6話を収録した1巻が発売されていたが、事件がきっかけで絶版となる。なお、回収に協力した人には、アドレス帳が送られた。

宮下はしばらくの謹慎期間を経て「激!!極虎一家」で連載復帰。「激!!極虎一家」には「私立極道高校」のキャラクターが多数登場している。また、連載から32年後の2012年には、問題となった箇所を修正した単行本が「復活版」として刊行されている。

『燃える!お兄さん』職業差別事件[編集]

1990年第45号の「燃える!お兄さん」(佐藤正)が問題となった事件。

主人公の担任教諭が仕事上の失敗から担任を外され同校の用務員をすることになり[注 25]、それに対して主人公が「先生ではなく用務員になったのだから何をしても構わない」という理屈の元に、その用務員にやりたい放題し、さらにその用務員が過激な方法で反撃する(結局、主人公が用務員にこき使われる立場となる)という内容だった。

この号が発売された直後から「用務員をバカにしている」などの抗議が用務員が加入する労働組合(主に自治労)や読者から殺到。自治労大阪府本部が「学校用務員に対し、本コミックは全編において用務員の仕事と存在を否定しており、全国の用務員及びその家族に侮辱を与えている」と抗議し、

  1. この作品に対する社の見解の提示
  2. 当該号の回収
  3. 誌上での謝罪及び全国紙五紙への謝罪広告の掲載
  4. 連載の中止
  5. 社の人権・差別問題への認識、取り組みについて明らかにする

の五項目を要求。自治労本部、大阪府本部の現場指導者8名、出版社側5名で確認会の場が設けられ比較的冷静に会は進行するも、途中、日教組が抗議に加わり、さらに東京法務局人権擁護部からの事情聴取、マスコミの取材攻勢が続いたため、事態を重く見た本誌編集部側は幾度かの協議の結果、

  1. 正式文書による謝罪
  2. 謝罪文の本誌掲載と回収の呼びかけ
  3. 連載は続行するが当該作品は単行本に収めない
  4. 全国紙一紙の自社広告の一部を使って「お詫び」の掲載
  5. 社内研修会の開催
  6. 関西での懇親会開催

の6点を出版社側が提示して合意に至る。

掲載号を集英社に郵送すると、”記念品”として本誌のマークが入ったシャープペンシルが貰えた。回収を行った処置費用は約1億円、回収した部数は約8万部で、本社ビルの地下二階、三階が当該号で埋め尽くされた。なお、その後作中ではこの教諭はしばらく登場しなくなり、後に他の学校の教諭として再登場し、用務員への職種変更はなかったものとされた。その事情は「謎の転勤」と作中の登場人物によって説明がなされた。

『世紀末リーダー伝 たけし!』作者逮捕事件[編集]

2002年8月7日、「世紀末リーダー伝たけし!」の作者の島袋光年児童買春禁止法違反で逮捕された事件。

この事件を受け「世紀末リーダー伝たけし!」は打ち切られ、単行本は発売中止となる。また、本誌では1ページを使い編集部からの謝罪文が掲載された。その後、島袋は謹慎期間を経て漫画家として『ジャンプ』に復帰する。

脅迫被害[編集]

『黒子のバスケ』脅迫事件[編集]

黒子のバスケ」(藤巻忠俊)の関係者らが脅迫された事件。

2012年10月以降、「怪人801面相」などを名乗る人物から、藤巻や「黒子のバスケ」の関係者・関係団体などに殺害を予告する脅迫状などが届き、一部ではイベントや販売の自粛も見られた。2013年12月15日、犯人が逮捕されたため終息した。

東日本大震災と週刊少年ジャンプ[編集]

週刊少年ジャンプ』の臨時休刊を案内する貼り紙(2011年3月、兵庫県尼崎市

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で印刷工場が被災し、3月14日発売の15号が被災地を中心に大幅な遅れや未配送となったため、緊急措置として3月23日から4月27日までYahoo! JAPAN特設サイトで本誌漫画部分が無料配信された[31]3月28日発売の17号も地震による資材と輸送燃料の不足の影響を受けて、発売延期となり4月4日に発売された[32]

物流が混乱している最中、被災地で新刊が入荷未定ながら3月14日に再開した宮城県仙台市青葉区五橋の書店に、山形県まで買出しに行った男性客から3月21日に16号が寄付された[33][34]。その後、募金箱と共に「少年ジャンプ3/19発売16号 読めます!! 一冊だけあります」との貼り紙を出したところ、停電や未配送により最新刊を読むことが出来ない多数の少年たちが募金して回し読みをした[33][34]。この出来事が報道されると全国から漫画雑誌約30冊が届き、4月10日の配本再開まで募金と回し読みがされた[33]。この事を知った集英社は、5月に回し読みされた16号を引き取り、額装して編集部に保管した[33]。少年たちの募金約4万円は仙台市教育委員会に贈られ[33]、回し読みされた16号は「あの少年ジャンプ」として、2012年4月22日、第16回手塚治虫文化賞で特別賞を受賞した[35][36]

関連ゲーム[編集]

以下に挙げるのは、週刊少年ジャンプをテーマに扱ったゲームソフトである。

ゲーム 登場ジャンプ・コミックス作品
ファミコンジャンプ 英雄列伝
(対応機種: ファミコン
(ジャンル: アクションRPG
(発売日: 1989年2月15日
(発売元: バンダイ
ファミコンジャンプII 最強の7人
(対応機種: ファミコン)
(ジャンル: アクションRPG
(発売日: 1991年12月2日
(発売元: バンダイ
カルトジャンプ
(対応機種: ゲームボーイ
(ジャンル: クイズゲーム
(発売日: 1993年9月10日
(発売元: バンダイ
ジャンプスーパースターズ
(対応機種: ニンテンドーDS
(ジャンル: 格闘アクション
(発売日: 2005年8月8日
(発売元: 任天堂
バトルスタジアム D.O.N
(対応機種: ニンテンドーゲームキューブPlayStation 2
(ジャンル: アクションゲーム
(発売日: 2006年7月20日
(発売元: バンダイナムコゲームス
ジャンプアルティメットスターズ
(対応機種: ニンテンドーDS
(ジャンル:格闘アクション
(発売日: 2006年11月23日
(発売元: 任天堂
(ジャンプスーパースターズの続編)
ジェイスターズ ビクトリーバーサス
(対応機種: PlayStation 3PlayStation VitaPlayStation 4
(ジャンル:アクションゲーム
(発売日: 2014年3月19日(PS3、PSV)、2015年6月26日(PS4))
(発売元: バンダイナムコゲームス

脚注[編集]

脚注
  1. ^ 武装錬金」・「ぬらりひょんの孫」など。
  2. ^ 王様はロバ〜はったり帝国の逆襲〜」「ピューと吹く!ジャガー」「磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜」など。
  3. ^ リングにかけろ」・「SLAM DUNK」・「ドラゴンボール」・「NARUTO」など。
  4. ^ 例えば、週刊少年サンデーの場合は「うる星やつら」を連載する際に、作者の高橋留美子が大学を卒業するまで、同作を不定期掲載にしたケースがある。
  5. ^ ハイスクール!奇面組」を連載していた新沢基栄が、自立歩行も困難なほどの重度な腰痛に苛まれても当時の編集部は休載を認めなかった。
  6. ^ また、「アンケートハガキに休載した作品が掲載されているが、印刷工程上修正が間に合わなかった事」とそれに対するお詫びが掲載されることもある。
  7. ^ 例外として2009年こちら葛飾区亀有公園前派出所両津勘吉香取慎吾が表紙になった。2014年39号では18年ぶりにニセコイのグラビアページが登場した[1]
  8. ^ 1960 - 1970年代にジャンプに連載を持っていた小室孝太郎はこの契約のためにしばらく作品発表の場が持てなかったことをインタビューにて語っている(洋泉社、1997年) 。ただし、他誌でデビューしたジョージ秋山は作品(浮浪雲)を集英社以外の出版社で執筆しながら、並行して別作品をジャンプへ連載した。
  9. ^ 連載開始直後の「キン肉マン」が、アンケート順位の低迷にもかかわらず、低年齢層からの人気が高い傾向が見られたため打ち切りを猶予して推移を見守った結果、後の大ヒットにつながった。
  10. ^ べるぜバブ』・『トリコ』・『ONE PIECE』・『HUNTER×HUNTER』・『ぬらりひょんの孫 〜千年魔京〜』・『銀魂'』・『遊☆戯☆王ZEXAL』・『BLEACH』・『SKET DANCE』・『NARUTO -ナルト- 疾風伝』・『バクマン。第2シリーズ』。
  11. ^ テレビ局の「局長」は、一般的な企業では部長級と取締役の中間に位置する上級管理職
  12. ^ いちご100%』・『To LOVEる -とらぶる-』・『魔人探偵脳噛ネウロ』・『めだかボックス』・『ニセコイ』・『暗殺教室』・『食戟のソーマ』など。
  13. ^ リングにかけろ』・『ジョジョの奇妙な冒険』・『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』・『BLACK CAT』・『DEATH NOTE』など。
  14. ^ 『ぬらりひょんの孫』・『黒子のバスケ』・『HUNTER×HUNTER』(日テレ版、2013年秋以降)など
  15. ^ 2000年代では前者が『BLACK CAT』・『To LOVEる -とらぶる-』、後者が『ボボボーボ・ボーボボ』・『いちご100%』を放送。
  16. ^ 10月開始の「バクマン。」。それ以前に「キャッツ♥アイラジオドラマや「テニスの王子様」OVA(BS2で実施)が放送されたこともある。
  17. ^ 1話~66話
  18. ^ 67話〜
  19. ^ 高橋が在職のまま急死した際には、後任の茨木への引継ぎが遅れ1号(2003年11号)だけ鳥嶋が編集長兼発行人として仕切った。
  20. ^ 2013年10月現在
  21. ^ 2014年4・5合併号より
  22. ^ 2011年の上半期(3月11日)に東日本大震災が発生して、しばらくしてから、1号分だけ価格が10円減少した。
  23. ^ イラストが描けることと「アイシールド21」で声優を務めていることから登用された
  24. ^ ただし、流通の問題から修正版への差し替えは不徹底に終わり、さらにまた別の学校名が掲載されるなど、これも物議を醸した。
  25. ^ 教員と職員は別の職種であり、指導力不足教員が事務に配置換となる例はあるが、同じ学校でこのような人事はあり得ない。
出典
[ヘルプ]
  1. ^ 2003年5月19日発売の2003年25号より。
  2. ^ 西村(1994年)pp.31 - 32
  3. ^ ただし、サクライタケシ「ジャンプの正しい作り方!」(少年ジャンプ+連載)の21話(2015年2月配信)において、編集が「少なくとも今はそんなテーマはないと思う」「少年マンガを作っていればそんなテーマは自然発生的に出てくる」という発言がある[2]
  4. ^ 斎藤(1996年)pp.11 - 12
  5. ^ a b ジャンプをスマホやPCで!少年ジャンプ+創刊” (2014年9月22日). 2014年9月22日閲覧。
  6. ^ 「週刊少年ジャンプ」にデジタル版 7月13日発売33号で紙雑誌と同時リリースアニメ!アニメ! 2013年7月13日
  7. ^ 読売新聞 ジュニアプレス2003年6月16日。
  8. ^ 社団法人日本雑誌協会 JMPA読者構成データ
  9. ^ 週刊少年ジャンプ”. 2014年11月9日閲覧。
  10. ^ 「少年ジャンプ」卒業する年齢 「男・35歳説」は信じられる?” (2009年8月16日). 2014年11月9日閲覧。
  11. ^ 「ONE PIECE 47巻」(集英社、2007年 ISBN 978-4088744117)の質問コーナーで尾田栄一郎が読者の質問に回答した内容より
  12. ^ 「ONE PIECE」の掲載位置が通常よりも後ろとなった『WJ』2008年46号の巻末において、尾田は「原稿が遅れたため」と説明している。
  13. ^ ジャンプスクエア・松井優征先生インタビュー完全版より
  14. ^ 「ジャンプLIVE」が踏み出す、電子コミック界への新しい一歩(前編)” (2013年10月17日). 2014年5月23日閲覧。
  15. ^ 西村(1994年)pp.158 - 159
  16. ^ 「少年ジャンプというジャンル!」『STUDIO VOICE』2008年2月号 22、24ページ
  17. ^ 編集者は作品をずっと出し続けることを請け負わないといけないと思います。-『ジャンプSQ.』矢作康介編集長”. HONZ (2014年10月13日). 2014年11月8日閲覧。
  18. ^ 株式会社ワールドフォトプレス『フィギュア王No.119』 嶋田隆司インタビューより。
  19. ^ 当時はANNとJNNのクロスネット
  20. ^ 週刊少年ジャンプ・2007年49号の尾田栄一郎による巻末コメント
  21. ^ 夏目房之介の「で?」
  22. ^ 週刊少年ジャンプ2011年29号裏表紙
  23. ^ 週刊少年ジャンプ2011年30号裏表紙
  24. ^ 週刊少年ジャンプ:300万部に復帰 朝日新聞を「ワンピース」キャラクターがジャック(2010年3月10日閲覧)
  25. ^ ただし、松本零士に関しては、過去に『光速エスパー』が掲載されているので、全く接点がなかった訳ではない。
  26. ^ a b 北米で電子版週刊少年ジャンプ来年発売 紙出版は終了へアニメ!アニメ!ビズ 2011年10月15日
  27. ^ 『ジャンプLIVE』「世界「ジャンプ」編集長座談会」
  28. ^ 仲尾俊博『「人間に光」人を求めて: 部落解放と念仏者』p.133
  29. ^ 部落差別について | 雁屋哲の今日もまた
  30. ^ 京都新聞 1980 2.1 夕刊 p.15 暴力マンガに実名で登場 湖東の5中学校、京都新聞 1980.2.2 朝刊 p.12 教育の場になぜ"暴力" マンガの実名掲載、京都新聞 1980.2.3 朝刊 p.19 連載中止を約束 "暴力マンガ"問題、京都新聞 1980.2.6 朝刊 p.19 学校名 削除もれ 暴力マンガ最新号
  31. ^ 少年ジャンプ15号無料配信「1人でも多くの人に届けたい」ニコニコニュース 2011年3月23日
  32. ^ 震災で少年ジャンプが発売延期 輸送燃料や資材不足に 47NEWS 2011年3月18日
  33. ^ a b c d e 伝説の「ジャンプ」 仙台の書店主が集英社に譲渡河北新報 2011年12月30日)
  34. ^ a b ジャンプ1冊、笑み100人 仙台の書店「読んでいい」朝日新聞 2011年3月26日)
  35. ^ 異文化の交わり鮮やかに マンガ大賞「ヒストリエ」 朝日新聞デジタル 2012年4月22日 2012年4月24日閲覧
  36. ^ 第16回手塚治虫文化賞 特別賞 朝日新聞インフォメーション 2012年4月24日閲覧

参考文献[編集]

  • 西村繁男 『さらばわが青春の『少年ジャンプ』』
  • 西村繁男 『漫画王国の崩壊』 ぶんか社、1998年3月。ISBN 482110606X
    • 『さらばわが青春の『少年ジャンプ』』の続編的物語。前作より生々しい内容なので、登場人物は全員仮名になっている。
  • 本宮ひろ志 『天然まんが家』 集英社、2001年10月。ISBN 408780335X
    • 『週刊少年ジャンプ』黎明期の看板作家の自伝。漫画家側から見た『少年ジャンプ』史としても読める。
  • 「少年ジャンプというジャンル!」『STUDIO VOICE』2008年2月号、INFASパブリケーションズ
  • 斎藤次郎『「少年ジャンプ」の時代』岩波書店〈子どもと教育〉、1996年10月。 ISBN 9784000039536
  • 洋泉社『まんが秘宝Vol.2 つっぱりアナーキー王』 洋泉社、1997年 ISBN 978-4896912777

関連項目[編集]

外部リンク[編集]