差別

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

差別さべつ)とは、特定の集団や属性に属する個人に対して特別な扱いをする行為である。それが優遇か冷遇かは立場によって異なるが、通常は冷遇、つまり正当な理由なく不利益を生じさせる行為に注目する。国際連合は、「差別には複数の形態が存在するが、その全ては何らかの除外行為や拒否行為である。」としている。[1]

ある事柄を差別と判定する場合、告発する者の伝達能力・表現力と受け手の感性に因るところが大きく、客観的事実として差別の存在を証明するのは実際にはそれほど簡単ではない[2]。差別に伴う不条理な事例は第三者には比較的共感を呼びやすいが、差別をする側にいる人々にそれが差別であると認めさせるには困難が伴い、差別問題が差別か正当な区別かで争われる事例も珍しくない。差別を理論的に説明するにはまず差別の定義を行う必要があるが、平等・不平等といった価値命題は科学的に論定することができない。差別は普遍的な実体とし存在するものの、その定義付けは困難であり、定義不能とする研究者も少なくない[2]

差別に関する研究[編集]

20世紀以来、差別に関する研究は社会学心理学の分野で行われている。社会学で行われた差別の研究には、コックスのマルクス主義的社会構造論や、パークJ.H.ヴァン・デン・ベルクが行った人種差別を優位集団と劣位集団の競争・葛藤関係として分析した研究がある。心理学では差別は偏見の表現行動とされ、偏見が発生する仕組みを解明することで差別を説明する[2]。偏見説の例としてオールポートの研究がある。これらの古典的な差別に関する研究は、差別の一側面を他の分野の理論を応用する形で行われており、差別そのものを包括的に分析したものではなく、説明しきれない現象や予測と異なる現象も多い[2]

マートン準拠集団モデルでは、差別は集団間の敵対関係ではなく、同一集団内の特殊なカテゴリー化に内在する問題であるという[2]。また、ミュルダールの『アメリカのジレンマ』仮説と、仮説に対する追研究によって、差別は規範のずれとその対応の問題であること、被差別者は差別を行う人々との一定の関係性によってのみ同定可能であることが示唆されている[2]

差別の種類[編集]

身分に関する差別[編集]

前近代社会においては身分制を敷いた社会がある。近代化の過程で社会契約論などによって身分制は再編成され、階級制へと移行した。法学者ヘンリー・サムナー・メインは「身分から契約へ」という言葉を残している。

階級と職業に関する差別[編集]

人種・民族・文化に関する差別[編集]

言語・地域に関する差別[編集]

性に関する差別[編集]

能力に関する差別[編集]

ほか、低所得層への差別や学歴差別・学力差別、老人差別、病人差別なども能力による差別と重なる面がある。

病人に関する差別[編集]

その他[編集]

逆差別[編集]

差別を受けているとする人々や団体に対して雇用教育に関する優遇政策(ポジティブ・アクションなど)がとられることがあるが、これが逆差別であると批判されることがある。

日本における差別[編集]

日本では、たとえば江戸時代の身分制社会にも実質的には身分差別があった[3]。1868年の明治維新を経て、翌年、徳川時代の身分制が再編成され、新たに華族士族平民の差別が定められる。1871年には穢多・非人の呼称が廃止される。だが後に新平民として新たに差別される。これに対しては全国水平社の運動が興ったものの、名称を特殊部落から被差別部落へと変えても差別意識は残存した。また、西欧の平等思想などを日本へ導入した福澤諭吉は「天の下の平等」を訴え近代化をすすめたが、他方、貧民切り捨て論や東アジア諸国を「亜細亜東方の悪友を謝絶する」とした脱亜論などを展開したことで、近年批判されている(なお、脱亜論については、福澤ではなく石河幹明によるものであるという説もあり、またこれを差別的な論説ととらえるのが適切かどうかという点で議論の余地がある。詳しくは脱亜論を参照)。

他の差別については上記「差別の種類」の各項目、および穢れ賎民を参照。

日本近・現代史の研究で著名なアメリカの歴史学者のジョン・ダワーは、日本における差別の特徴として、日本社会の古くからある身内を清浄、ヨソ者を不浄に結びつける心理的態度を紹介している[4]

精神科医土居健郎は、著書「甘えの構造」の中で、日本人の人間関係の種類として、内と外、を挙げ、“身内にべたべた甘える者に限って、他人に対しては傍若無人・冷酷無比の態度に出ることが多い”[5]点や、日本人が身内と、身内以外の人に対して、“自分の行動の規範が異ることは、なんら内的葛藤の材料とはならない”[6]点を、日本人の特徴として挙げている。

国連人権委員会の特別報告者は調査のため2005年に来日し、日本は差別が「根深く深刻な」国であり、「精神も思考も閉鎖的」な社会だと報告している[7]

日本は言語による他者の名誉と尊厳に関する差別が激しい社会であり、それを以て礼儀として通用させている。詳細は待遇表現を参照。

法律による差別の対応[編集]

現代においては、各国で憲法などにより人権の保障と法の下の平等が謳われ、また市民的及び政治的権利に関する国際規約が差別扇動の禁止を定めている。これにより、直接的に差別をした者を処罰する法令がドイツアメリカ合衆国などでは整備されつつある。

日本では、日本国憲法第14条第1項において、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定している。この規定を受けて太平洋戦争前には認められていなかった女性の参政権が認められ、また男女雇用機会均等法などの法令が制定されている。2002年3月には人権擁護法案が国会に提出されたが、表現の自由言論の自由などを制限するものだとして反対の声が強く上がり、2010年7月現在、成立のめどは立っていない。男女平等の観点から選択的夫婦別姓制度や強姦罪売春防止法の位置づけなどについても現在議論がなされている。

脚註[編集]

  1. ^ United Nations CyberSchoolBus: What is discrimination? (PDF)
  2. ^ a b c d e f 坂本佳鶴恵『アイデンティティの権力』 新曜社 2007年 第2刷、ISBN 4788509377 pp.2-19.
  3. ^ 現代、士農工商の序列の下にエタ・非人などの被差別階級が置かれていた、という説が広く知られているが、歴史学的にはこれに異議が唱えられている。詳しくは士農工商を参照
  4. ^ ジョン・W・ダワー、「容赦なき戦争」、猿谷要監修、2001年、平凡社ライブラリー、394ページ
  5. ^ 土居健郎、「甘え」の構造、昭和46年、弘文堂、39ページ
  6. ^ 土居健郎、「甘え」の構造、昭和46年、弘文堂、40ページ
  7. ^ ガバン・マコーマック、[属国 米国の抱擁とアジアでの孤立]、2008年、凱風社、284ページ

関連項目[編集]