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若菜正

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
わかな ただし
若菜 正
生誕 1925年12月12日
福島県喜多方市
死没 (2002-05-10) 2002年5月10日(76歳没)
死因 肺塞栓
住居 東京都世田谷区
国籍 日本の旗 日本
出身校 慶應義塾大学文学部
職業 経営者、雑誌編集者
肩書き 集英社社長
任期 1988年 - 1996年
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若菜 正(わかな ただし、1925年12月12日 - 2002年5月10日[1])は、株式会社集英社第3代社長雑誌マーガレット』および『セブンティーン』の創刊編集長。福島県喜多方市出身。

来歴

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慶應義塾大学文学部[2]。『明星』編集部を経て、『マーガレット』『セブンティーン』を創刊する。1964年に役員に昇格後、『non-no』『MORE』『月刊プレイボーイ』などを創刊。1988年に集英社代表取締役に就任し1996年まで務める。退任後は集英社特別顧問。日本雑誌協会副理事長も歴任した[1]2002年5月10日肺塞栓で死去[1][3][4][5]

西村繁男による人物評

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週刊少年ジャンプ』第3代編集長・西村繁男の著書「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」(1994年版)では、若菜の社内人事により西村が退社を決意する経緯が書かれているが、出版に際しては若菜自身の許可もあったことが明記されており、その「度量」に謝意を述べている。しかし西村はその後の文庫版(1997年)の加筆箇所で人事への批判を強めている。

脚注

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  1. 1 2 3 “若菜正氏死去”. 47NEWS. 共同通信. 2002年5月13日. 2016年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年5月8日閲覧.
  2. 江坂輝弥「三田の考古学(第二回座談会、三田史学の百年を語る)」『史学』第60巻2・3、慶應義塾大学、1991年、251頁、NAID 110007410639
  3. 読売新聞』2002年5月13日付夕刊、19頁。
  4. 毎日新聞』2002年5月13日付夕刊、9頁。
  5. 朝日新聞』2002年5月13日付夕刊、19頁。