世田谷区

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せたがやく
世田谷区
Komazawa Gymnasium & Control Tower 2009.jpg
Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区区章.svg
世田谷区旗 世田谷区章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
団体コード 13112-1
面積 58.05km²
総人口 910,868
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 15,690人/km²
隣接自治体 杉並区渋谷区目黒区大田区
調布市三鷹市狛江市
神奈川県川崎市
区の木 ケヤキ
区の花 サギソウ
区の鳥 オナガ
世田谷区役所
区長 保坂展人
所在地 154-8504
東京都世田谷区世田谷四丁目21番27号
北緯35度38分47.6秒東経139度39分11.6秒座標: 北緯35度38分47.6秒 東経139度39分11.6秒
外部リンク 世田谷区公式ページ

世田谷区位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村

特記事項 市外局番:3(日本国内から掛ける時は03)
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世田谷区(せたがやく)は、東京都特別区の1つで、東京23区の南西部に位置する。

地理[編集]

谷沢川(等々力渓谷)

元来この地域は武蔵国にあり、江戸時代明治大正時代も同地域の地方郡に属していた。地理的に東京区部の扱いになったのは、昭和時代の世界恐慌後に荏原郡や北多摩郡から旧東京市に編入されてからである。

東京23区の南西部に位置し、東京特別区の中では都心からは遠い場所にあり、多摩地域では吉祥寺埼玉県では川口千葉県松戸市川と同じ都心15km圏である。神奈川県と接する南側には多摩川が流れ、多摩川が概ね都県境を構成する。都心から放射状に鉄道が通り、鉄道間の連絡や各と住宅地を結ぶようにバス路線が走る。杉並区などと接する区北部は道路網が狭隘で非常に入り組み、交通網の発達が十分とはいえない地域となっている。貧弱な道路網の一因には、農地から宅地を造る際、農道を基礎としていることも理由にあげられる。

1990年代までは東京特別区で最大の面積であった。羽田空港用地の拡大(埋め立て)などにより、現在の最大面積は大田区である。

地形的には大部分が武蔵野台地の内、南部(多摩川の段丘上)に位置し、地形の起伏が多い。南部は多摩川に沿い、区内他地域と比べて全体的に土地が低い。多摩川の段丘の斜面の連なりを「国分寺崖線」と言い、区ではその一帯を「みどりの生命線」と呼ぶ。

区は世田谷、北沢玉川(きぬた)、烏山(からすやま)の5つの地域に分けられている。各地域に行政機構の一部として総合支所が置かれる。

23区としては珍しく内陸性気候の特徴を持つ。特に冬は都心と比べて最低気温が低くなることが多く、冬日は珍しくない。冬場は練馬区に近い気候である。しかし夏場は内陸側にしては涼しく、最高気温も大手町と同じかそれを下回ることが多い。

人口[編集]

世田谷区(に相当する地域)の国勢調査人口の変遷を以下に示す[1]

100,000
200,000
300,000
400,000
500,000
600,000
700,000
800,000
900,000

現・世田谷区の範囲(旧・東京府荏原郡世田ヶ谷町駒沢町松沢村玉川村北多摩郡砧村千歳村の範囲)における国調人口は、1920年大正9年)には39,952人と、現・東京23区に当てはめると16位相当に過ぎなかったが人口増加とともに順位も上がり、戦後は1955年(昭和30年)から1965年(昭和40年)の期間(23区中2位)以外は23区中1位となり、特に高度経済成長期に人口が著増した[1]。しかし、高度経済成長末期になると人口増加が鈍化し始め、1970年昭和45年)以降は80万人前後で横這いになった[1]。特に、地価が高騰したバブル景気期には人口減少に見舞われた[1]1995年(平成7年)を底にして2000年代は再び増加傾向を見せており、2010年(平成22年)のそれは87万7138人、世帯数は44万8961世帯、人口密度は1万5102人/km2となった[1]

世田谷区の推計人口は、1932年(昭和7年)5月7日の発足時には133,249人(北多摩郡の砧・千歳両村未編入)であり、東京35区中で最少であった。2015年(平成27年)4月1日に初めて90万人を突破[2]。2016年10月1日現在、東京23区中で最多の910,868人である。なお、平成の大合併の際の市町村合併支援プランに基く期間限定の人口要件緩和措置により政令指定都市に移行した7市は総て当区の人口より少ないが、これら以外の13政令指定都市は総て移行時も現在も当区より人口が多い(日本の市の人口順位参照)。

2005年(平成17年)の夜間人口は820,320人、昼間人口は736,040人であり、昼夜比は0.897倍と昼間に約1割減少するベッドタウン型の日内変動がある[注釈 1][3]

全国と比べた年齢別の人口比率では、大学生辺りの年齢から40歳代半ばまでの比率が大きいが、未成年、および、40歳代半ばから80歳くらいまでの比率が小さい。

Demography13112.svg
世田谷区と全国の年齢別人口分布(2005年) 世田谷区の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 世田谷区
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
世田谷区(に相当する地域)の人口の推移
1970年 787,338人
1975年 805,787人
1980年 797,292人
1985年 811,304人
1990年 789,051人
1995年 781,104人
2000年 814,901人
2005年 841,165人
2010年 878,056人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

近世以前
  • 縄文時代当時の貝塚が多数存在する。
  • 古墳時代以降、何らかの旧王朝・豪族の存在を疑われつつも、宅地開発が優先され歴史研究はほとんど行われていない。野毛大塚古墳、稲荷塚古墳、第六天塚古墳、玉川台古墳群、浅間神社古墳、亀山古墳、等々力三号横穴、砧大塚古墳などが公園となっている。他に世田谷区役所・国士舘大学の地下や砧中学校周辺、公園、宅地、商業地の地下など、数多の遺跡がある。

古来より 武蔵国にあり、当区区域は武蔵国多磨郡荏原郡に属していた。

近世

江戸時代末期に両郡内に42の村々が存在し、御府内(江戸の市域・城下町)には含まれていない。

近・現代

明治・大正時代も旧東京市15区に含まれない地域であった。昭和時代の世界恐慌後に多摩地域から旧東京市に編入された。

区の沿革
  • 1871年 廃藩置県により現世田谷区の範囲の内、中部・東部の村々は東京府荏原郡に、西部の村々は神奈川県北多摩郡に属す。
    (北多摩郡については三多摩旧多摩郡についてを参照)
  • 1889年 市町村制施行に伴い現世田谷区の範囲の内、荏原郡の村々は合併して世田ヶ谷村(後の世田ヶ谷町)・駒沢村(後の駒沢町)・松沢村・玉川村に、北多摩郡の村々は合併して砧村・千歳村になる。
  • 1893年 三多摩(北多摩郡砧村・千歳村を含む)が神奈川県より東京府に編入される。
  • 1932年 現世田谷区の範囲の内、荏原郡の町村は東京市に編入されて「東京市世田谷区」になる。発足当時の人口は、松澤村世田谷町駒澤町玉川村133,249人を基準とす。
  • 1936年 北多摩郡砧村・千歳村が東京市世田谷区に編入される。
  • 1943年 東京都制により7月1日より東京都世田谷区。
  • 1947年 特別区としての世田谷区が従前と同一の区域をもって誕生。新制中学校ができる。

地域[編集]

概況[編集]

渋谷区から神奈川県にかけて国道246号(通称玉川通り)が東西を横断、都道の環八通りが南北に縦断。これら主要道路の内側を網の目のようにバス路線が設定されている。段差の少ないノンステップバスを多く導入するなど、公共交通の確保と高齢化対策を図っている。郵便番号(上3桁)は154・155・156・157・158。

主な祭事、催事[編集]

5地域[編集]

区内の町丁数は277で、これは東京23区の中でもっとも多い-典拠、東京都総務局統計部人口統計課 編集・発行「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」平成22年1月分、平成22年3月発行、P.22より

世田谷地域
三軒茶屋や国道246号·世田谷通り、東急世田谷線沿線、区役所周辺を中心にした商業的な色合いが強い地域。住宅地道路は都道427号はじめ比較的狭隘である。1932年の世田谷区成立前には、おおむね荏原郡世田ヶ谷町および駒沢町であった地域である。
池尻(一〜三丁目・四丁目1番〜32番) - 上馬 - 経堂 - 駒沢(一丁目・二丁目に限る) - - 桜丘 - 三軒茶屋 - 下馬 - 世田谷 - 太子堂 - 弦巻 - 野沢 - 三宿 - 宮坂 - 若林
北沢地域
下北沢駅周辺を除き、静かな住宅地の色合いが濃いものの、道路網が脆弱な地域。おおむね旧・荏原郡下北沢村、代田村および松沢村にあたる。
池尻(四丁目33番〜39番のみ) - 赤堤 - 梅丘 - 大原 - 北沢 - 豪徳寺 - 桜上水 - 代沢 - 代田 - 羽根木 - 松原
玉川地域
深沢、玉川田園調布、尾山台、等々力、上野毛、玉川等がある。幹線道路から街区ひとつ入ると閑静な住宅地が広がる。深沢、上野毛、等々力など住宅街の色合いが濃い。国分寺崖線には等々力渓谷がある。おおむね、世田谷区成立前の旧・荏原郡玉川村にあたる。
奥沢 - 尾山台 - 上野毛 - 上用賀 - 駒沢(三丁目〜五丁目に限る) - 駒沢公園 - 桜新町 - 新町 - 瀬田 - 玉川 - 玉川台 - 玉川田園調布 - 玉堤 - 等々力 - 中町 - 野毛 - 東玉川 - 深沢 - 用賀
砧地域
地形の起伏が多く、国分寺崖線には多くの緑が残る。砧公園や多摩川河川敷をはじめとする多くの公園が存在する。野菜などの生産農地が残る。1932年の世田谷区成立時点では北多摩郡砧村であり、1936年に千歳村とともに世田谷区に編入された。
宇奈根 - 大蔵 - 岡本 - 鎌田 - 喜多見 - - 砧公園 - 成城 - 祖師谷 - 千歳台 - 船橋
烏山地域
区の北部に位置し、商業地·住宅地が半々の地域。烏山等に武蔵野の面影を残す緑の多い地域があるほか、祖師谷付近では狭隘な道が入り組んだ住宅地となっている。烏山には寺町が形成されている。概ね旧·北多摩郡千歳村にあたり、砧地域と同じく1936年に世田谷区に編入された地域である。
粕谷 - 上北沢 - 上祖師谷 - 北烏山 - 給田 - 八幡山 - 南烏山

商業地[編集]

国道246号(通称玉川通り)・世田谷通り茶沢通りが合流する三軒茶屋駅周辺、小田急線井の頭線の乗換駅の下北沢駅周辺、京王線千歳烏山駅周辺、大井町線東横線の乗換駅の自由が丘駅南口側周辺、大井町線と田園都市線の乗換駅の二子玉川駅周辺がそれぞれ区内の商業地として求心力を持つ。

住宅地[編集]

当区区域は武蔵国多磨郡荏原郡に属し、農村地域であった。しかし農地や空き地が多かったこの地域に、上京者等がよく移り住み、現在では都内有数の住宅密集地域となっている。

江戸時代は御府内(江戸の市域・城下町)には含まれず、明治・大正時代の旧東京市15区にも含まれない地域であった。そのため、東京市街の中間富裕層若者等に取って世田谷南部の玉川や等々力渓谷は景勝地、行楽地であった。松方別邸のように、別邸を設ける地域などとしても人気があった。

関東大震災による神社仏閣被災者難民の疎開地として下町から多くの人が流入して住み着き、一部では当時の雑踏と下町の風体を引き継いだ町並みがおこり[要出典]、現在にあっても区画整理再開発をより困難なものとしている。

東京郊外という立地から当時多くの私立学校・大学などが移設・開設され、現在に於いても絶え間なく上京する学生や若者たちを多く受け入れている。

区内には、カーナビゲーション開発の実験地に選ばれたほど、区画整理されずに細かく細い道が続く住宅街がある。一方、東京急行電鉄や東京信託会社などによる早期の沿線開発により一区画100m2内外を一軒とした大規模な住宅街区も点在する。

公園・緑地[編集]

大規模な都市公園以外に、区域内を流れる主要河川を暗渠化した後に緑道や親水公園にした、一般にビオトープと呼ばれるものを合わせると、区内に455箇所の公園施設がある。

在外公館[編集]

大使館[編集]

名誉総領事館[編集]

ナンバープレート[編集]

世田谷区は東京運輸支局本庁舎の管轄エリアで、ご当地ナンバーである世田谷ナンバーを交付される。

CATVエリア[編集]

世田谷区のケーブルテレビエリアは、鉄道沿線により3局に分かれている。

区政[編集]

区長[編集]

  • 区長 : 保坂展人 (2期目)
  • 任期 : 2015年(平成27年)4月27日から2019年(平成31年)4月26日まで

区長選挙[編集]

2015年4月26日 最終投票率:42.83%

候補者名 政党 推薦 得票
保坂展人 当選 無所属 196,068
久保田英文 無所属 自民、公明 96,416

2011年4月24日 最終投票率:41.76%

候補者名 政党 推薦 得票
保坂展人 当選 無所属 社民、国民新、新党日本 83,983
花輪智史 無所属 自民 78,444
川上和彦 無所属 60,340
菅谷康子 無所属 民主、減税日本 40,831
慶野靖幸 無所属 共産 9,963

歴代区長[編集]

  • 桜井 敏雄 (1932年10月 - )
  • 岡野 民徳 (1933年11月 - )
  • 加藤 清七 (1936年10月 - )
  • 高田 賢次郎(1937年2月 - )
  • 入江 操 (1937年9月 - )
  • 大倉 勝馬 (1938年7月 - )
  • 河野 光星 (1942年9月 - )

総合支所[編集]

区内は行政上5つの地域に分けられ、各地域には総合支所が設置されている。総合支所は、特別地方公共団体である「区」の行政機能の一部を分担し、「地域の区役所」的な機能を果たす。

世田谷地域
世田谷総合支所 所在地:世田谷四丁目22番33号 区役所第3庁舎内
北沢地域
北沢総合支所 所在地:北沢二丁目8番18号 北沢タウンホール内 (北沢出張所を併設)
玉川地域
玉川総合支所 所在地:等々力三丁目4番1号 (等々力出張所を併設)
砧地域
砧総合支所 所在地:成城六丁目2番1号 (成城出張所を併設)
烏山地域
烏山総合支所 所在地:南烏山六丁目22番14号

教育[編集]

かつては教職員の異動区域は区内が2分割されていたが、現在は異動区域は統一されている。2007年度、従来からの「国語 (教科)」に加え「日本語」という新教科を区内小中学校に導入した。日本初、世田谷区独自の制度である。

緑化[編集]

23区の中で緑の多い区として知られるが、集合住宅の開発増加により、緑被率は1986年の59.1%に比べ、2002年には38.4%に減少している。2004年から資金調達の対策として地方債の「せたがや区民債」を発行している。

犯罪対策[編集]

世田谷区は、平成26年に犯罪認知件数8508件を記録し、東京都内で最も犯罪認知件数が多い自治体となった[4]。 区内で発生した大きな事件は#大きな事件を参照。

区内の犯罪発生件数は概ね減少傾向にあるが、とくに車上荒らしひったくり振り込め詐欺などの発生件数が多くなっている[5]

外郭団体・関連団体[編集]

  • (福)世田谷区社会福祉事業団
  • (福)世田谷区社会福祉協議会
  • (財)世田谷保健センター
  • (財)せたがや文化財団
  • (財)世田谷区スポーツ振興財団
  • (財)世田谷トラストまちづくり
  • (財)世田谷区産業振興公社
  • (社)世田谷区シルバー人材センター
  • (株)世田谷サービス公社
  • (福)世田谷ボランティア協会
  • (株)エフエム世田谷
  • 世田谷川場ふるさと公社(世田谷区民健康村)

立法[編集]

区議会[編集]

  • 定数 : 50名
  • 任期 : 2015年(平成27年)5月1日 - 2019年(平成31年)4月30日
  • 議長 : 上島よしもり(自由民主党世田谷区議団)
  • 副議長 : 諸星養一(公明党世田谷区議団)
会派名 議席数 議員名
自由民主党世田谷区議団 16 安部ひろゆき、石川ナオミ、石川征男、おぎのけんじ、加藤たいき上島よしもり、上山なおのり、河野俊弘、菅沼つとむ、畠山晋一、真鍋よしゆき、三井みほこ、山口ひろひさ、山内彰、ゆさ吉宏、和田ひでとし
公明党世田谷区議団 10 板井斎、岡本のぶ子、河村みどり、佐藤弘人、高久則男、高橋昭彦、津上仁志、平塚敬二、福田妙美、諸星養一
世田谷民進党社民党区議団 5 風間ゆたか、中塚さちよ、中村公太朗、羽田圭二、藤井まな
日本共産党世田谷区議団 5 江口じゅん子、桜井稔、たかじょう訓子、中里光夫、村田義則
無所属・世田谷行革・維新 4 大庭正明、そのべせいや、田中優子、桃野よしふみ
せたがや希望の会 3 阿久津皇、小泉たま子、佐藤美樹
生活者ネットワーク世田谷区議団 2 高岡じゅん子,田中みち子
無所属・減税せたがや無所属連合 2 青空こうじ、あべ力也
諸派 3 上川あや、すがややすこ、ひうち優子
50

※「諸派」3名の内訳は、レインボー世田谷 (1)、せたがやすこやかプロジェクト (1)、世田谷無所属 (1)

都議会[編集]

  • 定数 : 8名
  • 選挙区 : 世田谷区選挙区
  • 任期 : 2013年(平成25年)7月23日 - 2017年(平成29年)7月22日(「2013年東京都議会議員選挙」参照)
議員名 会派名 当選回数
三宅茂樹 東京都議会自由民主党 5
小松大祐 東京都議会自由民主党 1
大場やすのぶ 東京都議会自由民主党 2
栗林のり子 都議会公明党 2
中嶋義雄 都議会公明党 5
塩村あやか みんなの党 Tokyo 1
里吉ゆみ 日本共産党東京都議会議員団 1
西崎光子 都議会生活者ネットワーク 3

衆議院[編集]

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
東京都第5区目黒区、世田谷区の一部) 若宮健嗣 自由民主党 3 選挙区
東京都第6区(世田谷区の一部) 越智隆雄 自由民主党 3 選挙区
落合貴之 維新の党 1 比例復活

※2013年の区割変更に伴い、世田谷区の池尻三宿は6区から5区に移行した。

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

川場村群馬県
群馬県の北部、沼田市の隣に位置しており、人口は4,051人(2003年現在)、面積は約85km2、スキー場と温泉で有名な観光地である。世田谷区とは1980年代はじめから交流を続けており、1986年には村内に「世田谷区民健康村」が開村、すでに100万人を越える世田谷区民が宿泊するなど着実に成果を挙げている。また、小学5年生の宿泊学習の場としても活用されている。2002年には同村役場の研究会が世田谷区との合併について検討していることが新聞で報道され、大きな話題となった。

国外[編集]

文化施設[編集]

図書館[編集]

世田谷区立中央図書館が入る世田谷区立教育センター(世田谷区・弦巻)

生涯教育の一環として1970年代から徒歩圏内に図書館を設置する方針を立てた。その後の時代変化と行政コスト改革の一環で計画の統廃合が行われた。中央図書館と地域図書館を合わせて16館、他に補完施設として「地域図書室」が5室、「図書館カウンター」が2か所ある。2006年7月26日、小田急線経堂駅前の高架下に経堂図書館が開館し、世田谷区立図書館では初の長時間開館(平日9:00-21:30・東日本大震災による節電配慮により平日21:00まで短縮)。また、これにより至近にあった「経堂まちかど図書室」は閉鎖された。 中央図書館の地下には保存庫があり、蔵書検索では中央図書館蔵書と保存庫蔵書は区別して表示される。 2011年1月より経堂・烏山図書館の通年開館がスタート、翌2012年6月より砧・尾山台図書館の通年開館がスタートした。月曜日も開いている図書館を区内各地域ごとに1館設ける、という施策の下で中央図書館(昭和62年の開館当初より月曜開館)のほか、世田谷図書館・代田図書館・尾山台図書館・砧図書館・烏山図書館の計6館が開いている。 2012年12月3日、喜多見まちかど図書室が開館。「世田谷区立図書館ビジョン第2期行動計画」に基づき、まちかど図書室初のコンピュータネットワークを導入。そのため他のまちかど図書室と開館時間や利用点数が異なっている。 2015年4月22日、二子玉川ライズ・ショッピングセンターテラスマーケット2階に、窓口機能に特化した「図書館カウンター二子玉川」を開設。区立図書館ホームページなどから予約した資料の貸出・返却、利用登録、簡易なレファレンスサービスを行っている。また、区内障害者施設で作った「はっぴいハンドメイド」製品の販売や、デシタルサイネージを使って世田谷区の様々な情報を発信している。同年10月16日には、キャロットタワー隣にも「図書館カウンター三軒茶屋」を開設している。 2016年4月1日、「まちかど図書室」(池尻、松沢、希望丘、喜多見)が「図書室」と名称変更された。

2016年9月1日、世田谷図書館が移転(世田谷合同庁舎1階)に移転開館した。

  • 中央図書館 - 桜丘図書館 - 下馬図書館 - 世田谷図書館 - 梅丘図書館 - 代田図書館 - 奥沢図書館 - 尾山台図書館 - 玉川台図書館 - 深沢図書館 - 鎌田図書館 - 砧図書館 - 粕谷図書館 - 上北沢図書館 - 烏山図書館 - 経堂図書館
  • 池尻図書室 - 松沢図書室 - 希望丘図書室 - 野毛図書室 - 喜多見図書室
  • 図書館カウンター二子玉川 - 図書館カウンター三軒茶屋

スポーツ施設[編集]

主な公園[編集]

  • 砧公園: 旧・砧ゴルフ場で、園内に世田谷美術館を備える東京都立の自然公園。運動施設区域と、家族向けの芝生や樹林で構成されたファミリーパーク区域がある。
  • 羽根木公園: 竣工当時、区最大の蔵書数であった区立梅丘図書館に隣接する小高い丘全体を公園にしている。図書館設立時に地名にちなんで植樹された700本の梅の木から梅の公園として知られている。また、可能な限り子どもたちが自由に遊べる場を目指したプレーパーク発祥の地である。
  • 世田谷公園: スポーツ施設として屋外プール・テニスコート・野球場・洋弓場などを備え、低学年児童を対象とした野外教育用の焚き火ゾーンを備えたプレーパークがある。交通遊園には実大のD51蒸気機関車が設置してあり、1周300mを周回するミニSLがある。
  • 馬事公苑: 現在の日本中央競馬会(JRA)の前身である帝国競馬協会が5万坪の用地を取得して開いた60年以上の歴史をもつ馬事普及の拠点。東京オリンピックで馬場馬術競技の会場となった。5月3日から5日にホースショー、秋分の日に愛馬の日を行う他、週末には馬術競技会が開催される。
  • 駒沢オリンピック公園: 建設当時、世界一横幅のある階段として話題になった。五重塔をイメージしたオリンピック記念塔(通称:管制塔)と都営の陸上競技場野球場・体育館など、各種運動施設がある。

学校[編集]

大学・短期大学[編集]

箱根駅伝

  • 箱根駅伝の常連校、駒澤大学のほか、日本体育大学、東京農業大学、日本大学、国士舘大学が区内にある。駅伝当日は、世田谷区の出資するFM世田谷で実況中継が行われる。

備考

高等学校[編集]

中学校[編集]

区立

国立

私立

小学校[編集]

区立

国立

私立

その他の学校[編集]

国の機関[編集]

警察[編集]

世田谷区には4つの警察署が存在し、いずれも警視庁第三方面本部管内に属する。

消防(東京消防庁)[編集]

  • 第三方面本部(三軒茶屋二丁目33-21) ※世田谷消防署併設
    • 世田谷消防署(三軒茶屋二丁目33-21)特別救助隊救急隊1
      • 北沢出張所(北沢二丁目3-1)救急隊無
      • 宮の坂出張所(宮坂二丁目15-3)救急隊1
      • 松原出張所(松原六丁目26-21)特別消火中隊・救急隊1
      • 三宿出張所(三宿一丁目14-5)消防活動二輪部隊・救急隊1
      • 上北沢出張所(上北沢一丁目14-2)救急隊1
    • 玉川消防署(中町三丁目1-19)救急隊1
      • 奥沢出張所(奥沢三丁目29-3)救急隊1
      • 用賀出張所(玉川台一丁目13-10)救急隊1
      • 新町出張所(新町一丁目22-11)特別消火中隊・救急隊1
    • 成城消防署(成城一丁目21-14)救急隊1
      • 千歳出張所(千歳台四丁目29-9)救急隊1
      • 烏山出張所(南烏山六丁目14-12)特別消火中隊・救急隊1

主な医療機関[編集]

郵便[編集]

区内の郵便物の集配は区内にある4つの郵便局で行っている。

集配郵便局

無集配郵便局

  • 世田谷淡島郵便局
  • 世田谷池尻郵便局
  • 学芸大学前郵便局
  • 世田谷下馬郵便局
  • 世田谷下馬二郵便局
  • 世田谷野沢郵便局
  • 三軒茶屋駅前郵便局
  • 世田谷太子堂郵便局
  • 世田谷上馬郵便局
  • 世田谷上馬一郵便局
  • 世田谷駒沢郵便局
  • 世田谷駒沢二郵便局
  • 世田谷桜新町郵便局
  • 世田谷弦巻郵便局
  • 世田谷一郵便局
  • 世田谷四郵便局
  • 豪徳寺駅前郵便局
  • 世田谷梅丘郵便局
  • 世田谷若林三郵便局
  • 世田谷若林四郵便局
  • 世田谷北沢郵便局
  • 世田谷北沢三郵便局
  • 池ノ上駅前郵便局
  • 世田谷代沢郵便局
  • 新代田駅前郵便局
  • 世田谷大原郵便局
  • 梅ヶ丘駅前郵便局
  • 世田谷明大前郵便局
  • 東松原駅前郵便局
  • 世田谷赤堤郵便局
  • 世田谷赤堤二郵便局
  • 世田谷桜上水一郵便局
  • 世田谷桜上水五郵便局
  • 経堂駅前郵便局
  • 世田谷桜郵便局
  • 世田谷桜丘五郵便局
  • 世田谷桜丘三郵便局
  • 世田谷桜丘二郵便局
  • 世田谷船橋郵便局
  • 千歳船橋駅前郵便局
  • 世田谷八幡山郵便局
  • 八幡山駅前郵便局
  • 世田谷北烏山郵便局
  • 世田谷北烏山八郵便局
  • 千歳烏山郵便局
  • 芦花公園駅前郵便局
  • 世田谷粕谷郵便局
  • 世田谷給田郵便局
  • 世田谷上祖師谷郵便局
  • 世田谷上祖師谷二郵便局
  • 成城学園前郵便局
  • 世田谷成城二郵便局
  • 喜多見駅前郵便局
  • 世田谷喜多見三郵便局
  • 世田谷千歳台郵便局
  • 世田谷祖師谷四郵便局
  • 祖師谷大蔵駅前郵便局
  • 世田谷砧郵便局
  • 世田谷岡本郵便局
  • 世田谷鎌田郵便局
  • 世田谷深沢郵便局
  • 世田谷深沢一郵便局
  • 尾山台駅前郵便局
  • 世田谷等々力郵便局
  • 世田谷奥沢郵便局
  • 世田谷奥沢一郵便局
  • 世田谷九品仏郵便局
  • 東玉川郵便局
  • 世田谷中町郵便局
  • 世田谷野毛郵便局
  • 世田谷上野毛郵便局
  • 二子玉川郵便局
  • 世田谷瀬田郵便局
  • 世田谷用賀郵便局
  • 用賀駅前郵便局


廃止された郵便局 世田谷羽根木郵便局は、2016年3月18日(金)にもって廃止され、東松原駅前郵便局に引き継がれるようになった。

電話[編集]

市外局番は全域が「03」であり、これは東京23区の他の全区や、狛江市の大部分、調布市と三鷹市の各一部とも共通である。

世田谷区内には世田谷局、弦巻局、松沢ビル2局、上北沢局、東京烏山局、成城局、砧局、東京瀬田局、東京玉川局のNTT交換局があり、区内をカバーするほか、世田谷区内の一部地域では区外にある交換局である代々木局、目黒本館局、自由ケ丘局、田園調布局、狛江局、雪ケ谷局がカバーしている。

世田谷区内の多くの交換局に窓口が設けられていたが、窓口が三軒茶屋に集約された後廃止された。

観光商業スポット[編集]

  • 二子玉川: 区南部の多摩川沿いに位置し、国内最初の郊外ショッピングセンターである玉川高島屋SCを中心に大小さまざまな店舗が集中している。
  • 三軒茶屋: 商店街地区。戦後ヤミ市の名残のままの路地が残っている一方で、近年ではキャロットタワーを中心に地域再開発が進んでいる。
  • 下北沢: 周辺住宅地域から下北沢駅に至る道筋の日用品を扱う商店街から発生し、現在はファッション・雑貨・サブカルチャーを中心に発展している。小劇場が集中している地域がある。通称シモキタ。

産業・経済[編集]

渋谷区目黒区に近い世田谷地域の東部や、川崎市に近い玉川地域の二子玉川駅周辺では、商業が盛んである。西部の砧地域・烏山地域では、農業が行われ、小松菜などを出荷している。区内には世田谷目黒・東京中央の二つの農業協同組合が存在する。

主な事業所[編集]

平均所得[編集]

世田谷区の平均世帯所得は2014年時点で649万円となっている。埼玉県さいたま市浦和区(693万円)や文京区(673万円)に次ぐ水準となっている。

交通[編集]

道路[編集]

幹線道路として、東西に国道246号国道20号が、南北に環七通り環八通りが走っている。上記4路線の幹線道路が通っているものの、それを補完する幅員15mクラスの都市計画道路や各種生活道路の整備が近隣の他区に比べて遅れており、細く入り組んだ狭隘な区道が多い。それゆえ、道路整備が区政の重要な課題の一つである。交通事故発生件数は都内でも突出してワースト1となっている。

高速道路は、首都高速3号渋谷線、4号新宿線及び東名高速道路中央自動車道第三京浜道路が通る。また、東京外環自動車道も都市計画決定されているが、現在は実際の事業化へ向けて調整中の段階である。

主要な道路[編集]

鉄道[編集]

鉄道はほぼ東西方向にしか走っておらず、南北方向の鉄道は東急世田谷線しかない。そのため、葛飾区江戸川区と同じく南北方向の交通路線バスに頼ることとなっている。放射状に広がる各線を環状方向に結ぶ路線は地理的に偏っており、場所によっては区内であっても一旦渋谷駅等、区外に出ての移動を強いられるなど、鉄道で1時間以上要する場所が多い。そのため、区では環八通りに沿ってエイトライナーの構想を持っており、環八通りの沿線区とともに計画を推進しているが、着工の目処は立っていない。なお、区内を走行している路線は全て「私鉄」である。

また、葛飾区と世田谷区のみ東京23区で地下鉄が通っていない(乗り入れ先を含まない)が、地下を走行する鉄道路線はある(東急田園都市線[注釈 3]・小田急線の一部区間)。

なお、JRの線路が通っていないのは練馬区と世田谷区のみであるが、世田谷区は小田急線にJR東日本の車両が乗り入れている [注釈 4]。 。

[編集]

KeioRailway logo.svg

京王電鉄

KO
京王線
IN
井の頭線
TokyuLogotype.svg

東京急行電鉄

SG
世田谷線
DT
田園都市線
OM
大井町線
MG
目黒線
TY
東横線
OdakyuGroup logo2.svg

小田急電鉄

OH
小田原線
  • (世田谷区にはJR東日本の路線はないが、2016年3月26日(土)小田急線ダイヤ改正により、常磐緩行線と相互直通運転が開始された為、世田谷区内に初めてJR東日本の車両が走行するようになった。)

バス[編集]

区内では東急バス京王バス小田急バス関東バス東京都交通局の各事業者により運行されている。通勤時間帯には2分〜5分間隔でバスが運行される地区がある。しかしながら、世田谷区内の各地域は、都市計画道路の多くが未整備であり、現況道路が非常に狭いために、バスの通行が困難、あるいは路線バスの通行によりかえって渋滞を招くケースが少なくない。そこで、玉堤、宇奈根、祖師谷、成城、八幡山地区では、小型車両によるコミュニティバス路線の運行が実現して改善が模索されている。東急バスは一部地域で「東急コーチ」と呼ばれる中型のデマンドバスも運行していたが、現在は一般路線に組み込まれている。

区内にある営業所[編集]

区内路線を担当している営業所[編集]

名所・旧跡[編集]

  • 世田谷城址公園:世田谷吉良氏世田谷城跡を公園として利用しており、土塁・空堀の跡が見られる。
  • 奥沢城:区指定史跡
  • 世田谷代官屋敷:彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲した大場家の役宅。ボロ市通りにある。
  • 等々力渓谷:約1kmほどの長さの渓谷斜面に武蔵野の面影を今なお残す鬱そうとした木々や四季折々の自然が楽しめる地域で、古墳もある。
  • 岡本民家園:江戸時代中期に建てられた萱葺きの農家があり、江戸時代当時の農家を再現しており、季節によりホタル鑑賞ができる。
  • 豪徳寺桜田門外の変暗殺された大老井伊直弼の墓があり、井伊家の菩提寺として知られる。招き猫発祥の地との説あり。
  • 九品仏浄真寺:九体の阿弥陀如来像の安置される寺。無形文化財の「お面かぶり」が有名。
  • NHK放送技術研究所、財団法人NHK放送研修センター:1階エントランスには、技術展示コーナーや技研ギャラリーがある。
  • 蘆花恒春園(芦花公園):徳富蘆花の旧宅や記念館などがある。
  • 祖師谷大仏
  • おおくら大仏:妙法寺。
  • 松陰神社吉田松陰を祭る神社。松陰の墓所がある。
  • 駒沢配水塔:1924(大正13)年竣工。近代水道百選、日本の近代土木遺産に選ばれている。

おもな団地[編集]

居住者(元居住者・地方出身者含む)・出身有名人[編集]

(順不同)

ゆかりのある人物[編集]

居住者[編集]

世田谷区内で発生した主な事件[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人いる。昼夜間人口では年齢不詳の人物が数値に含まれないため、誤差を含んだ数値となる。
  2. ^ 最寄駅は自由が丘駅だが所在地は世田谷区等々力
  3. ^ 東急田園都市線の渋谷 - 二子玉川間(旧新玉川線)は、都市交通審議会により地下鉄東京11号線の一部として整備されたため、定義によっては「地下鉄」とする場合がある。東京の地下鉄を参照。
  4. ^ 目黒区と文京区は私鉄の駅のみであるが、JRは山手線山手貨物線が僅かに区内を通っている(なお、目黒駅の所在地は品川区上大崎)。
  5. ^ 長嶋茂雄旧邸を借りて入居していた
  6. ^ 東京裁判被告として逮捕される直前まで用賀に居住
  7. ^ 同じ成城には所の個人事務所「ティービークラブ」兼遊び場のガレージ・通称「世田谷ベース」もある。また、『所さんの世田谷ベース』なる番組は主に同所を撮影場所として進行されている。
  8. ^ 上北沢の旧邸を中曽根康弘に貸していた。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 国勢調査における世田谷区の人口の推移(世田谷区)
  2. ^ 「 東京都の人口(推計)」の概要(平成27年4月1日現在) (PDF) (東京都)
  3. ^ 平成17年国勢調査による東京都の昼間人口:2005. 東京都総務局統計部人口統計課. (平成20). p. 128,129ページ. OCLC 404318859. 
  4. ^ 区市町村別の刑法犯認知件数 (PDF) (警視庁)
  5. ^ 警察署別窃盗犯罪認知状況 世田谷警察署(警視庁)
  6. ^ "Facilities and Location." ブリティシュ・スクール・イン東京. Retrieved on 8 March 2015. "BST Showa Campus – (Year 4 to Year 13) Address: Showa Women’s University 5th Bldg. 1-7-57 Taishido Setagaya-ku Tokyo 154-8533"

関連項目[編集]

外部リンク[編集]