尼崎市
| あまがさきし 尼崎市 |
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| 国 | |||
| 地方 | 近畿地方 | ||
| 都道府県 | 兵庫県 | ||
| 団体コード | 28202-2 | ||
| 面積 | 50.72km² |
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| 総人口 | 445,603人 (推計人口、2015年12月1日) |
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| 人口密度 | 8,790人/km² | ||
| 隣接自治体 | 伊丹市、西宮市 大阪府:大阪市、豊中市 |
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| 市の木 | ハナミズキ | ||
| 市の花 | キョウチクトウ | ||
| 市の草花 | ベゴニア | ||
| 尼崎市役所 | |||
| 所在地 | 〒660-8501 兵庫県尼崎市東七松町一丁目23番1号 北緯34度44分1.8秒東経135度24分22.8秒座標: 北緯34度44分1.8秒 東経135度24分22.8秒 |
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| 外部リンク | 尼崎市 | ||
| ウィキプロジェクト | |||
尼崎市(あまがさきし)は、兵庫県南東部の県境に面する市。国から中核市に指定されている。
目次
概要[編集]
兵庫県の南東端に位置する。兵庫県下第4位の規模の人口を有しており、中核市の指定を受けている。公害問題を抱えていた歴史から中核市指定以前から保健所政令市に指定されている。
現在、一部の市民によりヘリコプターや大阪国際空港から飛び立つ飛行機などの騒音が問題視されている。 主に市南部に工業地域、中南部には商業地域、そして市中部から北部にかけて住宅地が広がる形で発展している。鉄道を利用することにより、20分以内に大阪市や神戸市の都心へ到達することが出来るが、旧尼崎藩領や旧旗本領の元農村地域を中心に構成された工業都市であるため、拠点性があり、中部以南は大阪のベッドタウンとしての要素は薄い。なお、大阪市への通勤率は20.9%(平成22年国勢調査)である。また、南部の海岸部はかつて阪神工業地帯の中心部であったが、埋立地の部分が多く、海抜ゼロメートル以下の地域が少なくない。
近年は、JR西日本や阪神沿線を中心とした市中南部の再開発事業にも力を入れており、これらの地域でも高層マンション群や巨大商業施設が多くみられるようになった。JR尼崎駅北側では大規模な再開発地域(アミング潮江、あまがさき緑遊新都心)が整備されている。
政策[編集]
都市美化と景観への取組み
かつては阪神工業地帯の中核を担う工業都市として「工都」と号し、立ち並ぶ煙突が町の誇りとされる一方、公害の都市として有名であった。近年では、工業用排水・生活排水による汚染が著しかった市の中心部を流れる庄下川が、魚の住める状態にまで改善されたとして、2000年度の建設大臣賞「蘇る水100選」を受賞するなど、美化事業に力を入れている。
2010年まで行われた、NGO主催の「持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテスト」には2001年開催の第1回より毎年参加しており、特に2004年開催の第4回においては総合で4位、人口規模別で1位、地球温暖化防止部門の人口規模別で1位[1]となるなど、総合ランキングでトップ10の常連として名を連ねた。 2013年には国により環境モデル都市に選定されている。
また、尼崎市では1986年(昭和61年)から、景観に対する優れた取り組みを表彰する「まちかどチャーミング賞」を実施している。歴史的建造物の保存のみならず、新規建造物も対象としており、2011年(平成23年)まで計8回行われた[2]。
尼崎21世紀の森構想
尼崎市内の国道43号以南の約1,000ha を対象区域とし、21世紀を時間軸とした長期的な取り組みで行なう一大プロジェクトとして、兵庫県は、水と緑豊かな自然環境の創出による環境共生型のまちづくりをめざして、平成14年3月に「尼崎21世紀の森」構想を策定した。市民をはじめあらゆる主体の参画と協働により尼崎21世紀の森づくりを進めるために、平成14年8月に「尼崎21世紀の森づくり協議会」が設置されている[3]ほか、パイロットプロジェクトとして尼崎の森中央緑地(わんがんの森)の整備が進められている。また、構想区域内にある尼崎運河は、国土交通省が支援する「運河の魅力再発見プロジェクト」の第1次認定を受けている。
インターネット監視
尼崎市は、在日韓国・朝鮮人や被差別部落にかかわる人権啓発と差別防止の為、2010年よりインターネットのモニタリング制度を始めた。これは、尼崎市に関連する差別的な書き込みを、市人権課の職員がパソコン5台を使って監視するシステムで、万一該当発言を確認した場合には、プロバイダーに連絡して削除の要請を行う、というものである。運用開始後一か月強で25件の差別的な書き込みを発見したが、個人名特定には繋がっておらず削除が必要と判断されるケースはなかったとされる。[4]
中核市移行
尼崎市は2007年(平成19年)5月21日、正式に中核市への移行を表明し、同5月23日に白井市長を本部長とする第1回中核市推進本部会議を開催した。
過去、人口要件は満たしていたものの、市域面積が約50km²と要件(人口50万人に達していない都市は面積100km²以上)に満たなかったが、第28次地方制度調査会で「面積要件については廃止することが適当」とされ、2006年(平成18年)6月7日に地方自治法の改正・施行により正式に中核市都市候補となった。のちに2008年(平成20年)10月16日付けの官報により政令の公布がなされ、2009年(平成21年)4月1日に中核市となった。
隣接する西宮市は2008年4月1日に中核市に移行しており、兵庫県下では姫路市と合わせ3市が中核市である。中核市への移行で県から多くの権限が委譲されたことに伴い、2014年(平成26年)には兵庫県の出先機関である阪神南県民局(尼崎市・西宮市・芦屋市を管轄)が規模を縮小した阪神南県民センターに改組された。
地理[編集]
南は大阪湾に面し、西は西宮市、北は伊丹市、北東は豊中市、東は大阪市(西淀川区及び淀川区)に接しており、市域は大阪平野に含まれる。
隣接する自治体・行政区[編集]
河川[編集]
歴史[編集]
尼崎は、猪名川・神崎川の河口に12世紀頃形成された砂州が陸地化した土地である(地名にも「長洲(ながす)」や「杭瀬(くいせ)」という地名があることからもそれは伺える)。中世には、神崎が淀川と大阪湾を結ぶ港町・一大遊興地として栄えていた。
年表[編集]
- 紀元前100年頃、弥生時代、上ノ島で稲作がはじまり、この頃から田能で人々の生活が始まる
- 400年頃、古墳時代、池田山古墳(4世紀後半)、御園古墳(5世紀後半)、伊居太古墳(5世紀末)など塚口古墳群が築かれる
- 500年頃 猪名県主などの豪族が支配した
- 756年 東大寺の荘園として猪名荘が成立する
- 785年 長岡京遷都に際して、平安時代後期には、現尼崎市域の神崎・浜崎・今福・杭瀬といった港が栄える
- 11世紀頃 大物浦(大物町付近、淀川河口の要港)が繁栄する
- 1185年 大物浦から源義経率いる源氏軍が四国に撤退した平氏を追撃するため出航
- 1350年 長遠寺が日恩により創建される
- 1409年 性曇上人により塚口城が築かれる
- 1420年 本興寺が日隆により創建される
- 1467年 大内政弘によって市街地が焼き討ちにあう
- 1487年 薬師寺氏により富松城が築かれる
- 1531年 大物崩れ。敗れた細川高国が広徳寺で自害。
- 1569年 織田信長によって市街地が焼き討ちにあう
- 1617年 尼崎藩が設置され、戸田氏鉄により尼崎城が築かれて城下町となる
- 1871年 廃藩置県により尼崎県となる
- 1872年 兵庫県に編入
- 1873年 尼崎最初の小学校、常松小学校が開校
- 1874年 大阪と神戸を結ぶ官設鉄道(後の東海道本線、JR神戸線)が開通し、神崎ステーション(現・JR尼崎駅)が設置される
- 1889年 尼崎紡績(現・ユニチカ)が発足。この頃から工業が発展しはじめる
- 1891年 尼崎市と伊丹市を結ぶ川辺馬車鉄道(のち摂津鉄道・阪鶴鉄道を経て、現・JR福知山線(JR宝塚線))が開通する
- 1905年4月12日 大阪と神戸間を結ぶ日本初の本格的都市間電気鉄道、阪神電気鉄道本線が営業開始。市内に杭瀬駅、大物駅、尼崎駅、出屋敷駅が設置される
- 1917年4月26日 - 初代の市章を制定する。[5]
- 1920年 阪神急行電鉄(後、京阪神急行電鉄を経て、現・阪急電鉄)神戸線・伊丹線が開通。当初、市内には塚口駅のみを設置(園田駅と武庫之荘駅は昭和10年代の設置)
- 1927年 阪神国道(現・国道2号)が開通。国道上の交通機関として阪神国道電軌(後・阪神国道線)開業
- 1936年8月4日 - 2代目の市章を制定する[6]
- 1945年6月1日・6月15日 米軍のB29による大空襲によって大きな被害をうける
- 1955年 尼崎の海岸部全域を覆う大防潮堤建設が完了する
- 1962年 市庁舎竣工。設計は村野藤吾
- 1963年7月16日 日本初の都市間高速道路として名神高速道路、尼崎-栗東間(71.1km)が開通
- 1975年 阪神国道線を廃止
- 1995年1月17日 阪神・淡路大震災発生。市内での死者49人、負傷者7145人
- 2001年4月1日 県下で初となる特例市の指定を受けて移行
- 2005年4月25日 JR福知山線脱線事故が発生
- 2009年4月1日 県下で3番目となる中核市へ移行
行政区画の変遷[編集]
- 1916年(大正5年)4月1日 - 川辺郡尼崎町および立花村の一部(大字東難波・西難波)が合併して尼崎市が発足。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 尼崎市・川辺郡小田村が合併し、改めて尼崎市が発足。
- 1942年(昭和17年)2月11日 - 武庫郡大庄村・武庫村・川辺郡立花村を編入。
- 1947年(昭和22年)3月1日 - 園田村を編入。
- 1969年(昭和44年)4月1日 - 武庫川西岸の田近野町を西宮市に編入。同東岸の西宮市平左衛門町を編入。
地域[編集]
人口[編集]
かつては県下2位であったが、人口減により姫路市および西宮市に抜かれた。ただ、人口密度は兵庫県内の市町村で最も高く、日本国内においても30位以内に入る。
1971年度の554,155人から減少を続けていたが、徐々に減少傾向は緩やかになり、2008年は37年ぶりに人口増加に転じた。
平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、1.95%減の453,608人であり、増減率は県下41市町中18位、49行政区域中24位
| 尼崎市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 尼崎市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 尼崎市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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尼崎市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||
地区・町名一覧[編集]
市内は旧町村域をもとにした6地区に分けられている。
中央地区[編集]
概ね旧尼崎町域、かつては市役所があり本庁地区とも称した。阪神尼崎駅を中心とした南中部。
- 開明町
- 神田北通
- 神田中通
- 神田南通
- 北城内
- 北竹谷町
- 北大物町
- 北初島町
- 玄番北之町
- 玄番南之町
- 汐町
- 昭和通
- 昭和南通
- 竹谷町
- 大物町(1丁目の一部を除く)
- 建家町
- 築地
- 寺町
- 中在家町
- 西海岸町
- 西桜木町
- 西高洲町
- 西大物町
- 西難波町
- 西本町
- 西本町北通
- 西松島町
- 西御園町
- 西向島町
- 東海岸町
- 東桜木町
- 東高洲町
- 東大物町(1丁目の一部を除く)
- 東難波町
- 東初島町
- 東浜町
- 東本町
- 東松島町
- 東御園町
- 東向島西之町
- 東向島東之町
- 扶桑町
- 船出(東海岸町地先より分離)
- 御園町
- 南城内
- 南竹谷町
- 南初島町
- 宮内町
- 蓬川荘園
小田地区[編集]
概ね旧小田村域。JR尼崎駅を中心とした南東部。
- 今福
- 梶ケ島
- 神崎町
- 金楽寺町
- 杭瀬北新町
- 杭瀬寺島
- 杭瀬本町
- 杭瀬南新町
- 久々知
- 久々知西町
- 潮江
- 下坂部(4丁目の一部を除く)
- 常光寺
- 善法寺町
- 高田町
- 大物町(1丁目の一部)
- 次屋
- 長洲中通
- 長洲西通
- 長洲東通
- 長洲本通
- 西川
- 西長洲町
- 額田町
- 浜
- 東大物町(1丁目の一部)
- 名神町(3丁目)
- 弥生ケ丘町
大庄地区[編集]
概ね旧大庄村域。武庫川駅などを含む南西部。
立花地区[編集]
概ね旧立花村域。立花駅を中心とした北中部。現在の市役所は立花地区に所在。阪急塚口駅は北側が含まれる(南側は園田地区)。
- 大西町
- 尾浜町
- 上ノ島町
- 栗山町
- 三反田町
- 立花町
- 塚口町
- 塚口本町
- 富松町
- 七松町
- 西立花町(1丁目全域と2・3丁目の一部)
- 東七松町
- 水堂町(4丁目の一部を除く)
- 南塚口町(5・6丁目の一部と7・8丁目全域)
- 南七松町
- 南武庫之荘(2・3丁目)
- 武庫之荘東(2丁目)
- 武庫之荘本町(3丁目の一部)
- 名神町(1・2丁目)
武庫地区[編集]
概ね旧武庫村域。武庫之荘駅を中心とした北西部。
- 常松
- 常吉
- 西昆陽
- 水堂町(4丁目の一部)
- 南武庫之荘(2・3丁目を除く)
- 武庫町
- 武庫の里
- 武庫之荘
- 武庫之荘西
- 武庫之荘東(1丁目)
- 武庫之荘本町(3丁目の一部を除く)
- 武庫元町
- 武庫豊町
園田地区[編集]
概ね旧園田村域。園田駅から塚口駅にかけて広がる北東部。
姉妹都市・提携都市[編集]
市のシンボル[編集]
- 市章・市旗
- 市制施行の翌年である1917年(大正6年)4月26日の市会において、尼崎藩の槍印を基に工業都市の「工」と片仮名の「アマ」を組み合わせた初代の市章が制定された[7]。隣接する大阪市の市章(澪標)とデザイン面の類似性が指摘されることがある。1936年(昭和11年)に小田村と新設合併した際、小田村の「小」を現すため左右に2つの点が加えられて現在の形となった。
- 市旗は白地に市章をマルーンで染め抜いたものが使用されている。
- 市歌
- 1940年(昭和15年)の皇紀2600年記念事業の一環で作詞を土井晩翠、作曲を東京音楽学校に依頼して制定され、タイヘイレコードがSP盤(M1730)を製造した[8]。大時代的な歌詞だが、戦後もしばらく歌詞の一部を省略して小学校の運動会などの行事において演奏されていた。
- この他、1969年(昭和44年)に市政広報番組の主題歌として作成された「きょうちくとうの願い」、1986年(昭和61年)に市制70周年を記念して作成された「ああ尼崎市民家族」などの愛唱歌が存在する[9]。
- 木・花など
- 市の木はハナミズキ、市の花はキョウチクトウ、市の草花はベゴニアが選定されている。市の花は1952年(昭和27年)選定で、市の木と草花は1991年(平成3年)に選定された[10]。市の鳥は選定されていない。
行政[編集]
市長[編集]
- 稲村和美(2010年12月12日 - 現任(現在2期目))
- 歴代市長
※尼崎市ホームページより引用
- 官選
- 櫻井忠剛(旧・尼崎町長、1916年8月11日~1922年5月18日)
- 上村盛治(1922年6月20日~1928年1月22日)
- 櫻井忠剛(1928年2月2日~1934年10月15日)
- 有吉實(1935年6月11日~1936年3月31日)
- 有吉實(1936年6月3日~1943年3月17日)
- 八木林作(1943年7月12日~1946年11月20日)
- 公選
- 六島誠之助(1947年4月6日~1951年4月4日)
- 阪本勝(1951年4月25日~1954年11月13日)
- 薄井一哉(1954年12月14日~1966年12月11日)
- 篠田隆義(1966年12月12日~1978年12月11日)
- 野草平十郎(1978年12月12日~1990年12月11日)
- 二代目・六島誠之助[11](1990年12月12日~1994年12月11日)
- 宮田良雄(1994年12月12日~2002年12月11日)
- 白井文(2002年12月12日~2010年12月11日)
- 稲村和美(2010年12月12日~)
- 市長職代理者
- 櫻井忠剛(市長臨時代理者、1916年4月1日~1916年8月10日)
- 古城林(市長職務管掌地方事務官、1936年4月1日~1936年6月2日)
- 寺畑春雄(市長職務代行者市事務吏員、1954年11月14日~1954年12月13日)
警察[編集]
市内に兵庫県警尼崎北・尼崎東・尼崎南の3警察署が置かれている。このうち、尼崎南署は2006年4月1日に、尼崎中央署と尼崎西署が統合したもので、中心市街地に近い中央署庁舎を南署とし、旧西署は南警察署西分庁舎に格下げとなった。
消防[編集]
尼崎市消防局が管理する。中・東・西・北の4消防署と、中署に三和分署、東署に常光寺出張所、西署に武庫分署と大庄出張所、北署に園田分署と塚口出張所がある。
水道[編集]
尼崎市水道局が管理する。市役所近くに別の庁舎を設けている。
ゴミ[編集]
美化事業部の管理で、市湾岸部に2つの清掃工場(クリーンセンター)を設置し、処理を行っている。
2002年より家庭系ごみでは指定袋制を採用している。指定ゴミ袋制度の4つの根拠は次のようなものである。
- 中身の見える袋に統一して、分別の徹底を図る。
- ごみ減量・リサイクルのシンボルと位置づけ、その促進を図る。
- 家庭系ごみと事業系ごみの区分の明確化を図る。
- 収集・処理作業中の事故防止。
ゴムや皮革類・プラスチック類を含む「燃やすごみ」、主に食品系の缶を含む「びん・缶・ペットボトル」、「紙類・衣類」、小型家電・刃物類・ガラス類・スプレー缶などを含む「金属製小型ごみ」、みぞのどろ、し尿などの区分があり、地区ごとに設定された指定日に戸別収集が行われる。動物の死体や、大型家電などリサイクルシステムのないごみの収集は、別途の申し込みと処理にあたっての処理券の購入が必要である。クリーンセンターへの持ち込みも可能。
国の機関[編集]
- 厚生労働省
- 尼崎労働基準監督署
- 尼崎公共職業安定所
- 高齢・障害・求職者雇用支援機構 兵庫支部
- 日本年金機構 尼崎年金事務所
兵庫県の機関[編集]
- 阪神南県民センター
- 尼崎港管理事務所
- 兵庫県旅券事務所 尼崎出張所
- 兵庫県立尼崎総合医療センター(兵庫県立尼崎病院と兵庫県立塚口病院を統合し、尼崎市立尼崎産業高等学校跡地に開設)
- 兵庫県動物愛護センター
議会[編集]
市議会[編集]
| 会派名 | 議席数 | 議員名(◎は幹事長) |
|---|---|---|
| 新政会 | 12 | ◎波多正文、髙岡一郎、上松圭三、荒木伸子、寺本初己、北村保子、津田加寿男、丸岡鉄也、寺坂美一、上村富昭、丸山孝宏、岸田光広 |
| 公明党 | 9 | ◎安田雄策、真鍋修司、前迫直美、福島さとり、眞田泰秀、仙波幸雄、杉山公克、開康生、土岐良二 |
| 日本共産党議員団 | 7 | ◎徳田稔、松村ヤス子(団長)、辻修、川﨑敏美、田村征雄、真崎一子、松澤千鶴 |
| 緑のかけはし | 6 | ◎都築徳昭、弘中信正、酒井一、須田和、田中淳司、北村竹師 |
| 市民グリーンクラブ | 4 | ◎北村章治、宮城亜輻、明見孝一郎、綿瀬和人 |
| 維新の会 | 4 | ◎光本圭佑、長崎寛親、久保高章、楠村信二 |
※ 2015年(平成27年)10月14日現在。
兵庫県議会(尼崎市選挙区)[編集]
| 氏名 | 会派名 | 当選回数 |
|---|---|---|
| 下地光次 | 公明党・県民会議 | 3 |
| 丸尾牧 | 無所属 | 3 |
| 谷井いさお | 公明党・県民会議 | 3 |
| 庄本えつこ | 日本共産党 | 1 |
| 黒川治 | 自由民主党 | 4 |
| 徳安淳子 | 維新の会 | 3 |
| 大谷かんすけ | 自由民主党 | 3 |
衆議院[編集]
- 任期 : 2014年(平成26年)12月14日 - 2018年(平成30年)12月13日(「第47回衆議院議員総選挙」参照)
| 選挙区 | 議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 兵庫県第8区(尼崎市) | 中野洋昌 | 公明党 | 2 | 選挙区 |
交通[編集]
市内は鉄道網・道路網ともに充実しており、港湾も有するほか、近隣には空港も立地している。
鉄道[編集]
市役所など官公庁街は立花駅が近く、商工会議所などのある繁華街は阪神尼崎駅を中心に広がっている。
JR尼崎駅は神戸・明石・姫路・宝塚・篠山・福知山方面からと大阪・京都・米原・敦賀・京橋・四條畷・木津方面からの列車が交わり接続する(=ジャンクション)駅としての役割を担っており、阪神尼崎駅も2009年春の阪神なんば線開業により大阪のキタ(阪神梅田駅)とミナミ(大阪難波駅)に接続された。関西私鉄で梅田・難波の2大ターミナル両方に乗り入れる鉄道は阪神が初めてである。
この他、市の北部を山陽新幹線が通り抜けている。直通する東海道新幹線を含め新大阪駅が最寄駅となる。
道路[編集]
- 一般国道
- 主要地方道
- 兵庫県道13号尼崎池田線(玉江橋線もしくは産業道路)
- 大阪府道・兵庫県道41号大阪伊丹線(一部・園田橋線、山手幹線、近松線および田能通り)
- 兵庫県道42号尼崎宝塚線(尼宝線)
- 兵庫県道57号尼崎港線(玉江橋線の国道2号~43号間および五合橋線の国道43号以南)
- 兵庫県道74号尼崎停車場線(長洲線)
- 県道
- 兵庫県道142号米谷昆陽尼崎線(五合橋線)
- 兵庫県道192号尼崎港崇徳院線(尼宝線の国道2号以南)
- 兵庫県道336号東富松御願塚線
- 兵庫県道338号高田久々知線(山幹通りの一部)
- 兵庫県道339号昭和東本町線(大物線の一部)
- 兵庫県道341号甲子園尼崎線(出屋敷線)
- 兵庫県道・大阪府道606号西宮豊中線
- その他広域幹線道路
- 山手幹線(山幹通り)
- 主な市道(上記記載外の通り名)
- 弥生線
- 食満(けま)通り
- 田能通り
- 橘通り
- 波洲通り
- 道意線
- 七松線
- 琴浦通り(旧国道)
バス[編集]
- 尼崎市営バス:市域のほぼ全域を運行。
- 尼崎交通事業振興:阪急塚口駅、阪神尼崎駅発着の一部路線を運行。
- 阪急バス:阪神電車 - 阪急電車間の連絡路線や、尼崎市内から川西能勢口・伊丹方面を運行する主に縦断路線。西昆陽地区の国道171号上にも路線がある。
- 阪神バス:2006年6月14日阪神電鉄より分離して開業。2009年4月1日阪神電鉄直営バスを統合。阪神国道(国道2号)、尼宝線(県道42号)を中心に運行。
- 伊丹市営バス:伊丹市域より阪急塚口駅に乗り入れる路線を運行。
※尼崎市営バス・尼崎交通事業振興・伊丹市営バスは乗降方式が東京都営バスや横浜市営バスなどと同様に前乗り後降りで料金先払い。阪急バス・阪神バスは後乗り前降りで後払いである。市内の停留所は同じ箇所でも事業者で異なる場合も見られたが、2009年に一部停留所の名称統一を行うなど改善を行った。
港湾[編集]
- 尼崎西宮芦屋港(通称:尼崎港)
空港[編集]
隣接する伊丹市・豊中市は大阪国際空港を擁する。尼崎市は空港地元自治体連合の大阪国際空港周辺都市対策協議会(10市協)の一員である。
ただし、市内からの交通アクセスは、阪急伊丹線やJR宝塚線で阪急伊丹・JR伊丹まで移動して空港行の伊丹市営バスに乗車するか、阪急電車で大阪市内の十三を経て蛍池まで行き大阪モノレールで空港に入る大回りを強いられるなど、全般に不便である。一時期、JR尼崎・阪神尼崎と空港を結ぶリムジンバスもあったが廃止された。
寺社・旧跡・文化遺産[編集]
- 田能遺跡 - 国の史跡。弥生時代前期から古墳時代前期まで続いた遺跡で、弥生竪穴住居や掘立柱建物の遺構が見つかっており、埋葬施設としては木棺墓や方形周溝墓、土坑墓などが見つかっている。
- 近松公園 - 近松記念館や、近松の墓がある広済寺がある。
- 尼崎城趾公園 - 現在は、中央図書館がある公園になっている。尼崎市の名前発祥の碑がある櫻井神社がある。
- 富松城:市の史跡。
- 興禅寺 - 栄西禅師ゆかりの禅宗の古刹、興禅護国論が有名。
- 寺町
- 浄光寺 (随心院末、紙本着色浄光寺縁起図/市指定重要文化財)
- 富松神社(兵庫県指定重要文化財)
- 大物主神社
- 深正院(大物町)- 尼崎藩主の菩提寺であるが、本堂は明治になり、尼崎城の本丸御殿の一部を移築したものだが、戦災にて焼失している。
文化施設・観光スポット・スポーツ施設[編集]
博物館・史料館[編集]
- 世界の貯金箱博物館 - 1931年竣工、古塚正治設計、旧尼崎信用組合新本店
- 尼信博物館
- 尼崎市立文化財収蔵庫
- 尼崎市立地域研究史料館
- 尼崎市立田能資料館
- 近松記念館
ホール・宿泊施設[編集]
- 尼崎市総合文化センター
- あましんアルカイックホール - 日本音響家協会の優良ホール100選に選ばれている。
- 都ホテルニューアルカイック
- ピッコロシアター - ピッコロ劇団の本拠地で日本音響家協会の優良ホール100選に選ばれている。
- 尼崎リサーチ・インキュベーションセンター
- エーリックホール
図書館[編集]
公園・緑地[編集]
運河[編集]
- 尼っ子リンリン・ロード - 阪神尼崎駅を起点とし、尼崎スポーツの森を終点とする全長6kmの自転車道路。寺町、蓬川緑地、北堀運河、であい橋、尼ロックなどを結ぶ。
- 尼崎閘門(尼ロック) - 日本最大の閘門
- 北堀運河デッキプロムナード
複合スポーツ施設[編集]
公営競技場[編集]
近代建築[編集]
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ユニチカ記念館(登記上の本店)
企業[編集]
尼崎市に本社を置く企業
- 大阪チタニウムテクノロジーズ
- 東亜バルブエンジニアリング
- 神東塗料
- 住友精密工業
- メック
- グンゼスポーツ(グンゼタウンセンター つかしん内)
- 日本山村硝子
- 阪神バス
- SECカーボン
尼崎市に事業所を置く企業
縁のある企業
- 阪神電気鉄道 - 一時期尼崎に本社を設置
- ユニチカ - 尼崎紡績を前身とする。登記上の本店。
- エディオン - 前身企業のミドリ電化が本社を設置していた
- 洋菓子のヒロタ - 市内南武庫之荘に本社工場を置いていた
- コンフェクショナリーコトブキ - 市内水堂町に本社工場があった
- ヤンマーディーゼルサッカー部(現・セレッソ大阪。ヤンマー時代は尼崎市の本社工場直属のチームで工場敷地内に練習グランド[12]が、また試合は主に尼崎市記念公園陸上競技場や神戸市の神戸中央球技場(現:ノエビアスタジアム神戸)を使用していた)
- エーエム・ピーエム・関西(am/pmの近畿地方エリアフランチャイジーで2010年9月に事業本部を大阪市より移転[13])
外郭団体等
- 尼崎市土地開発公社
- 尼崎市総合文化センター
- 尼崎市社会福祉協議会
- 尼崎人権啓発協会
- 尼崎市社会福祉事業団
- 尼崎健康医療財団
- 尼崎口腔衛生センター
- 尼崎環境財団
- 尼崎市シルバー人材センター
- 尼崎中高年事業株式会社
- 尼崎地域産業活性化機構
- 近畿高エネルギー加工技術研究所
- 株式会社エーリック
- 尼崎都市開発株式会社
- アミング開発株式会社
- 尼崎緑化公園協会
- 尼崎市スポーツ振興事業団
- 尼崎交通事業振興株式会社
マスメディア[編集]
- エフエムあまがさき FMaiai(えふえむ あいあい)- コミュニティFM局
- ベイ・コミュニケーションズ - ケーブルテレビ。もとは「チャンネルウェーブあまがさき」として開局。周辺のケーブルテレビ局と合併し現在に至る。
教育[編集]
2004年に尼崎計算教育特区(そろばん特区)の認定を受けた。
大学[編集]
短期大学[編集]
高等学校[編集]
中学・高等併設学校[編集]
中学校[編集]
小学校[編集]
特別支援学校[編集]
- 尼崎市立尼崎養護学校(所在地は西宮市田近野町。田近野町はもとは尼崎市であった)
医療[編集]
- 兵庫県立尼崎総合医療センター(兵庫県立尼崎病院と兵庫県立塚口病院を統合)
- 関西労災病院
- 尼崎中央病院
- 昭和病院
- 兵庫県赤十字血液センター 塚口さんさんタウン献血ルーム
文化[編集]
- 近松門左衛門(人形浄瑠璃)の町として様々な活動を行っている(近松が摂津国、現在の尼崎市にあった広済寺の再興に際し寄進したゆかりをもつ)
- 近松賞:近松門左衛門を記念して尼崎市が主催している公募脚本賞
- 尼いも(尼崎市で栽培される農作物)
- ゆるキャラは”ちっちゃいおっさん”酒田しんいち(市は未公認だが、大阪弁をしゃべるゆるキャラとして人気上昇。いろんなメディアに出演中)
人物[編集]
難波七姓
室町時代、川辺郡南部の尼崎を拠点として西摂津を支配した赤松氏が配下とした武士団を「難波七姓」と称した。7家の数え方は文献により若干相違があるが、概ね小寺氏、広岡氏、奥島氏、高岡氏、加島氏、木島氏、大江氏、上村氏、行本氏等のことをいう。江戸時代を通して同地域に勢力を保つ尼崎市の旧家である。
出身人物(芸能・文化人等)
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出身人物(スポーツ関係)
ゆかりの人物
- 井上文太(画家、大阪府生まれ)
- 近松門左衛門(江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎作者、市内に墓所あり)
- 桂米朝 (3代目)(落語家、生前武庫之荘在住)
- 塩塚博(作曲家、山陽電車などの発車メロディで知られる。横浜市生まれ当市育ち)
市外局番[編集]
兵庫県に属するが、市全域が大阪市周辺と同じ「06」になっていて通話料金も大阪府扱いである。ただし、西日本電信電話の事業区域では兵庫県扱いになっている。
この理由は、大阪市との経済的な結びつきが強い尼崎市が、1954年に市外局番が適用された際に、尼崎市も大阪市内と同じ通話料金で利用できるようにとの配慮で、尼崎市が工事費の一部として約2億円の電信電話債券を引き受け、大阪市と同じ市外局番になったという経緯がある。当時は市外局番が同じ場所へ通話をする際、料金が市外局番が違う場所の半分で済んでいたことから、尼崎市は大きな恩恵を受けた[14]。
かつて、当時大阪までしか通っていなかった電話をどうしても尼崎まで通してほしいということで、有限責任尼崎紡績会社(現在のユニチカ)が1890年に自費で尼崎市まで電話線をひいたという逸話もある[15]。
ナンバープレート[編集]
- 尼崎市は、神戸ナンバー(兵庫運輸支局)を割り当てられている。。
神戸ナンバー割り当て地域
- 神戸市・尼崎市・明石市・西宮市・洲本市・芦屋市・伊丹市・西脇市・宝塚市・三木市・川西市・小野市・三田市・篠山市・丹波市・南あわじ市・淡路市・加東市・川辺郡・多可郡
関連項目[編集]
脚注・出典[編集]
- ^ 第4回の結果概要 - 環境首都コンテスト全国ネットワーク
- ^ まちかどチャーミング賞 - 尼崎市
- ^ 尼崎21世紀の森づくりの記録
- ^ モニタリング制度:インターネット上の差別的な書き込み監視 尼崎市、県内初 /兵庫毎日新聞、2010年6月26日
- ^ apedia 尼崎市章
- ^ 図典 日本の市町村章 p158
- ^ 尼崎市章
- ^ 特集 尼崎の歌ザ・ベストテン(南部再生)
- ^ 「きょうちくとうの願い」という曲の楽譜を探している。(国立国会図書館・レファレンス協同データベース)
- ^ 市の木、市の花、市の草花
- ^ 先代市長の六島誠之助の子息
- ^ 現在もセレッソの下部組織が練習に使っている
- ^ 元は近鉄系のエーエム・ピーエム・近鉄→カッパ・クリエイト系。2011年4月にファミリーマートと経営統合し、法人格解消。以後am/pmの店舗は順次ファミリーマートへ転換。
- ^ “大阪じゃないのに…尼崎の市外局番「06」の理由 巨額費用で編入”. 朝日新聞社. withnews. (2015年10月12日) 2015年10月12日閲覧。
- ^ “序章 わが国綿業の近代化と尼崎紡績の創立(~明治45年) (PDF)”. ユニチカ百年史. ユニチカ (1991年6月1日). 2012年12月11日閲覧。
外部リンク[編集]
- 航空騒音
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