ジープ

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フォード・GPW。第二次世界大戦中に大量生産された標準的なジープ。製造メーカーの異なるウィリス・MBとは細部に異なる部分はあるが、部品に互換性があり形態・構造ともにほぼ同一であった

ジープ英語Jeep)は、クライスラー社の四輪駆動車のブランドである。

概要[編集]

第二次世界大戦中の1940年アメリカ陸軍の要請により開発着手され、翌1941年から実戦投入開始された小型四輪駆動車がその元祖である。第二次大戦において連合国軍の軍用車両として広く運用され、高い耐久性と悪路における優れた走行性能で軍事戦略上でも多大な成果を挙げた。

その高性能は小型四輪駆動車の有用性を世界各国で広く認知させ、第二次大戦後に軍用・民生用を問わず同種の四輪駆動車が世界的に普及する端緒となり、「ジープ」は単なるブランドに留まらず、その優れた設計と名声から民生のクロスカントリーカーや小型軍用車両の代名詞となった。

Jeepという名称はGeneral Purpose(万能)、もしくはGovernment-use(政府用)のGとホイールベース 80インチの車両を表す識別符号のPからきた符号GPから"ジープ"と命名されたという説や、漫画『ポパイ』に登場する「ユージン・ザ・ジープ」からとったという説がある。明確な起源は判然としないが、すでに1941年にはこの通称が用いられ始めていた記録がある。

ジープの名称は自然発生的なものであったが、第二次大戦後、製造メーカーのウィリス・オーバーランド社によって商標登録された。その後は製造メーカーの合併や買収などで商標権は転々とし、2015年時点ではクライスラー社の保有するブランドとなっている。第二次大戦型のオリジナル・ジープからデザインモチーフなどを引用したのみの現行モデルに至るまでその名称は継承されている。

歴史[編集]

1941年
アメリカン・バンタム
Mk II (BRC-60)
ギルモア自動車博物館
ミシガン州

1940年アメリカ陸軍需品科ポーランド侵攻におけるドイツ軍の(Kfz.1の制式名が付けられた、複数メーカー製の)小型軍用車輌の活躍に注目し、同年7月に135社の自動車製造会社に大まかな設計要件を伝え、四輪駆動の小型偵察開発計画に応札することを緊急要請した。しかし開発期間と要求スペックは厳しいものでゼネラルモーターズフォード・モーターも応えられず[1]アメリカでは主流から外れた小排気量の小型車に関するオーダーでもあったため、オファーに応じたのは中・小型車メーカーのウィリス・オーバーランド社と、元来小型車メーカーで経営不振に喘いでおり、延命手段を必要としていたアメリカン・バンタム社のみ、しかもウィリスは開発時間と条件の厳しさから途中で入札を取りやめるという始末であった。

要求スペックには「地雷を踏んでタイヤ4本のうち2本を失った場合でも、スペアタイヤを含めた残り3本で100 km の走行が可能であること」「車載工具ですべての修理が可能であること」という条件が入っていたという[1]。開発を委ねられたものの、十分な設計能力を欠いたバンタムでは、社外の自動車設計者カール・K・プロブストを招聘、彼を中心に突貫作業で開発を開始した。プロブストは、軍の提示した条件から部分的に逸脱することも辞さず、頑丈で悪路に強い四輪駆動小型軍用車の促成設計を目指した。問題は車両重量で、軍の提示した当初のスペックは自重1,275ポンド(≒585kg)という、要求された走行性能や荷重を配慮すると絶対実現不能な値であった(30年後に開発された民生用自動車である初代スズキ・ジムニーですら600kgである)。プロブストはこれをあっさりと無視し、自重1トン弱(2,000ポンド級)で現実的な車両開発を目論んだが、結果としては賢明であった。

シンプルなはしご型フレームに、前後とも縦置きリーフ・スプリングで吊られたリジッド・アクスルを備える単純堅牢な構造とし、社外のエンジン専業メーカーであるコンチネンタル製の小型車用サイドバルブ水冷直列4気筒を搭載、簡易なオープンボディを架装した。この基本構成は以後の第二次世界大戦型ジープに踏襲されることになる。エンジンに限らず、小型車用の汎用部品を多用して開発期間の短縮が図られた。

バンタム最初の試作車はわずか2か月足らずの期間で9月21日に完成、9月23日の納入期限最終日に自走でメリーランド州ボルチモアの陸軍補給基地へ到着、納入された。その後1か月に及ぶ過酷なトライアルによって、基本性能の高さが確認された。

これによって増加試作車の生産が計画されたが、弱小企業であるバンタム社の生産能力を危惧した陸軍は設計図をウィリス・オーバーランド社とフォード・モーター社にも公開し、改良を命じた。2次試作車はバンタム、ウィリス、フォードの競作となった。バンタム社は自社プロト車の改良型を、また、ウィリスは「クァッド」(QUAD)、フォードは「ピグミー」(Pygmy)と称するプロトタイプをそれぞれ11月中に開発、提示。各車ともバンタムの原型に近似していたが、重量超過問題はウィリスもフォードも解決しようがなく、結局は軍が自重制限を2,160ポンド(≒981kg)に大幅緩和して、強度確保を重視した設計に転換できることになった。

3社はそれぞれ1,500台の増加試作車を発注され、バンタム社は40BRC、ウィリス社はウィリスMA、フォード社もフォード・GPと呼ばれるプロトタイプを緊急生産した。なお、従前はフェンダー上に配置されていたヘッドランプボンネット内にフロントグリルと共に配置した機能的デザインはフォードGPが起源で、以後のジープの独特な容貌を形成する端緒となった。1941年上半期に3社合わせて数千台規模の四輪駆動試作車がヨーロッパ戦線やロシア戦線で実戦投入され、詳細に評価された。7月、3社の試作車中でもっとも強力で性能が優れていると評価されたウィリスMAがトライアルの勝者となり、これに改良を加えたMBが正式採用される。フロントデザインはフォードGPの案が取り入れられた。

1942年から同一仕様のウイリスMBフォード・GPWの生産が始まる。フォードは絶大な大量生産能力を買われてウィリスと完全互換・同一仕様での製造を委託されたものである。ただし、全ての部品に社名の頭文字であるFの字が見られる1942年型(スクリプトフォード)には、車体後部に大きく社名がプレスされている、シャシのクロスメンバーがMBより一本少ない、最前部クロスメンバーの作りが異なるなど、互換性を残す範囲での独自設計となっていた。バンタムは企業規模が小さいため、ジープ生産からは外され、より生産量の少ない大型の軍用車生産を割り当てられた(戦後、同社は倒産した)。

以後、第二次世界大戦終戦までに膨大な台数のMB・GPWが生産されることになる。

同年中に日本陸軍比島作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲内地に持ち帰る。日本陸軍はジープより4年ほど先行して軽四輪駆動車の九五式小型乗用車(くろがね四起)を採用しており、後2軸駆動英語版九四式六輪自動貨車などにも見られるように四輪駆動車の悪路走破性自体には深い理解を示していたが、くろがね四起は余りにも小型過ぎてサイドカー九七式側車付自動二輪車を代替できる程度の車格しかなく、悪路での走行性は高かったもののジープのような軽トラック的な貨物輸送にはやや性能が不足していた。これより大型の九三式六輪乗用車(後2軸駆動)[2]九八式四輪起動乗用車[3]は当時の市販車両で一般的であったフェートン型であり、戦闘指揮車としては十分であったがやはり貨物の輸送にはあまり向いておらず、くろがね四起と1.5トン積みの九四式や3トン積みの一式六輪自動貨車[4]などの後2軸駆動六輪トラック、あるいは四輪駆動の二式四輪起動貨車との間に、不整地輸送任務において大きなギャップが存在していた。そんな中、陸軍は鹵獲したBRC-60の性能に着目し、これをリバースエンジニアリングするようトヨタ自動車に命じた。その試作に当たっては戦地での敵味方の誤認を防ぐ為「外見がジープに似てはいけない」という要求も貸され、機能性がそのまま外見に表れるジープと同じ性能を違う外見で実現する為にトヨタの森本真佐男技師は大変に苦心した末、最終的にヘッドランプを1灯とする「単眼」のフロントフェイスにすることでこの要求をクリア[5]1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、四式小型貨物車として陸軍に直ちに制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下、日本本土空襲の混乱などから量産が間に合わず、ジープのような活躍の記録はない。また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面での直接的なつながりもなく、トヨタ自身もジープ/ランドクルーザーの直接の母体はトヨダ・KCY型四輪駆動トラック英語版や、KCY型をベースに水陸両用トラックとしたスキ型4輪駆動水陸両用車であるとしているが、トヨタの技術者たちはAK10型の試作の経験で四輪駆動車の基礎的な技術を学び、その残存部品もトヨタ・ジープの開発に当たって大いに参考にされたという[6]

軍用Jeep生産台数[編集]

モデル 生産年 生産台数
Bantam pilot 1940年 1台
Bantam Mk II / BRC-60 1940年 69台
Willys Quad 1940年 5台
Ford Pygmy 1940年 1台
Bantam BRC-40 1941年 2,605台
Willys MA 1941年 1,553台
Ford GP 1941年 4,456台
Willys MB 1942年-1945年 36万1,339台
(25,808 スラットグリル+335,531 プレスグリル)
Ford GPW 1942年-1945年 27万7,896台
第二次世界大戦中 小計 1940年-1945年 64万7,925台
その他
Ford GPA 'Seep'
水陸両用車
1942年-1943年 1万2,778台
第二次世界大戦後
Willys M38(MC) 1950年-1952年 6万1,423台
Willys M38A1(MD) 1952年-1957年 10万1,488台
Willys M606(CJ-3B) 1953年-1968年 ?(15万5,494台生産されたCJ-3Bの一部)
Willys M170 1954年-1964年 6,500台

海外生産[編集]

ブランド[編集]

第二次世界大戦後、ウィリス・オーバーランド(Willys)社が商標を所有していたが、ウィリス・オーバーランド社を1953年カイザー(Kaiser)が買収し、社名をウィリス・モーターズ・インコーポレーテッドとして子会社化。1963年にはカイザー自体が社名を「カイザー=ジープ・コーポレーション」とした。

カイザー=ジープ社は1970年にはアメリカン・モーターズ(AMC)に買収される。AMCは1980年にはルノー傘下に入り1987年にはAMCがクライスラー社に吸収され、クライスラー社も1998年にダイムラー・ベンツと合併しダイムラー・クライスラーとなった。

2007年にダイムラー・クライスラーはクライスラー部門を米投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメントに売却したが、2009年連邦倒産法第11章を申請し、フィアットが株式を取得。2014年にフィアットの完全子会社となり現在はフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の一部門・ブランドである。FCAでは、グローバルブランドの位置づけで積極的な世界展開が図られている。2017年中華人民共和国の自動車メーカーである長城汽車がジープの買収に意欲を示したと報道されるも[7]、長城汽車は「不確実」であるとして現時点の進展はないとした[8]

車種一覧[編集]

現行モデル[編集]

ラングラー X
(JK 2007モデル)

過去のモデル[編集]

ジープワゴン
ジープスター(VJ)
フォワードコントロール
(FC-150)
グラディエーター
コマンド(C104)
コマンチ
  • トラディショナル ジープ
    オリジナルのウイリス・ジープ(ホイールベース=W/B 90インチ)に近いスタイル。

その他[編集]

  • ジープのフロントグリルの縦格子デザインは著作権で保護されており、そのためフォード社がアメリカ軍のジープ後継車輌として開発・生産したM151では横格子になっている。
  • 昔は模型化された際に商品名として「ジープ」とつけられていたが、1990年代頃から商標権をもつクライスラー社へのライセンス料の支払いが求められ、それを回避するために「1/4tトラック」「軍用小型トラック」など、ジープと名乗らずにキット化、または商品名を変えて再発売されるケースが増えた。
  • 本田技研工業初の自社開発SUVであるホンダ・CR-Vが発表されるまでの間、ホンダのディーラーでジープ各車種が販売されていた。また、ビッグスリー初の日本向け右ハンドル車はチェロキー(XJ)だった。
  • ジープはタイヤ車輪に取り換えれば鉄道の線路上を走れるため、第二次世界大戦の最中から用いられた。

提供番組[編集]

参考文献[編集]

  • 石川雄一(ジープの歴史):『Jeep Truck 1/4 ton 4x4 Utility』、4x4 Magazine、1980年
  • D.Denfeld / M.Fry:『ジープ:不滅の戦闘車両』、サンケイ出版、1981年
  • 大塚康生 (太平洋戦線で戦うジープ):『ジープ:太平洋の旅』、ホビー・ジャパン、1994年、ISBN 4-89425-039-X
  • 影山夙:『図解 四輪駆動車:322点の図・写真で綴る4WDの技術と発展史』、山海堂、2000年、ISBN 4-381-07743-1
  • 山縣敏憲『クラシックカメラで遊ぼう ボクがカメラ中毒者になったわけ』、グリーンアロー出版社、ISBN 4-7663-3322-5

脚注[編集]

  1. ^ a b 『クラシックカメラで遊ぼう ボクがカメラ中毒者になったわけ』P208
  2. ^ Type 93 6/4-Wheeled Passenger Car - TAKI'S HOME PAGE。
  3. ^ Type 98 Passenger Car - TAKI'S HOME PAGE。
  4. ^ Type 1 6-Wheeled Truck - TAKI'S HOME PAGE。
  5. ^ 「日本軍の兵器1-13」(車輌~試製98式小型乗用車、岡本軽四起、ダイハツ軽四起、四式小型貨物車) - 陸奥屋。
  6. ^ 文章で読む75年の歩み 第1部 第2章 第5節 戦時下の研究と生産 第8項 各種自動車の試作 - トヨタ自動車75年史。
  7. ^ ジープ買収に意欲、中国「長城汽車」とは” (2017年8月22日). 2017年9月4日閲覧。
  8. ^ 中国の長城汽車:FCA傘下「ジープ」の買収協議は行っていない” (2017年8月23日). 2017年9月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]