玉袋筋太郎

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玉袋筋太郎
本名 赤江 祐一(あかえ ゆういち)
ニックネーム 玉ちゃん、玉さん
生年月日 (1967-06-22) 1967年6月22日(50歳)
出身地 日本の旗 日本東京都新宿区
血液型 AB型
身長 180cm
方言 江戸弁
最終学歴 実践商業高等学校
師匠 ビートたけし
出身 浅草フランス座
コンビ名 浅草キッド
相方 水道橋博士
立ち位置
事務所 オフィス北野
活動時期 1987年 -
同期 東野幸治勝俣州和
現在の代表番組 たまむすび
バラいろダンディ
過去の代表番組 ゲームレコードGP
平成教育委員会
他の活動 一般社団法人 全日本スナック連盟 会長
配偶者  既婚
公式サイト タマブクロドットコム

玉袋 筋太郎(たまぶくろ すじたろう、1967年6月22日 - )は、日本お笑い芸人であり、一般社団法人会長(全日本スナック連盟)。お笑いコンビ浅草キッド」のメンバー(ボケ担当)である。本名、赤江 祐一(あかえ ゆういち)。

東京都新宿区出身。オフィス北野所属。実践商業高等学校卒。

来歴・人物[編集]

来歴[編集]

少年ファイターズに加盟しており、日本ハムファイターズ球団本社で大沢啓二監督からサインをもらっている[いつ?]。中学生時代、『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)の観客負傷事故に巻き込まれたことがある[1]。高校時代にニッポン放送ビートたけしのオールナイトニッポン』に『高校生3人組』(他のメンバーは浅草キッドブラザース参照)の1人としてレギュラー出演していたことがあり、ビートたけしの追っかけ界ではエリートとして有名であった[誰によって?]。当時住んでいた新宿からニッポン放送本社のある有楽町まで自転車で通っていた。

1986年ビートたけしに弟子入りし、「鬼怒川マッサージ」の芸名を受けた。一方、3人組の中で玉袋だけが残る形となり、弟子になった後は「実家から通います」とたけしに言った途端、たけしから「それじゃ駄目だ、これで部屋を借りろ」と現金20万円を手渡されたが、それを持ってすぐ遊びに走った。それ以前に高校卒業後アサヒビールへの就職が内定しており、それを蹴っての軍団入りになった。。1987年水道橋博士浅草キッドを結成。

過去にはたけしの旧知の仲である島田洋七の下で付き人として働いていた時期もあり[いつ?]、「島田玉七」を名乗っていたが表舞台に顔を出していたわけではなく、活動していたのも短期間であったため認知されているのはほんのごく一部である。

2012年3月、東京都檜原村の観光親善大使に就任する[2]。きっかけは番組の取材で村唯一のスナックへ訪れた時、店に偶然客として来ていた人物から村長へと話が進み就任となった。就任あいさつでは「新宿生まれで田舎が無かった自分にとって、帰る田舎ができて本当にうれしい」と語っている。

家族・親族[編集]

実家の新宿の土地は、祖父が株屋をやっていた時代に荒稼ぎして購入したものだが、昭和35年セ・リーグ優勝チーム(大洋ホエールズ)を唯一的中させたおかげで購入できたと誤魔化していた。相続税支払いのために売却している。

亡父は過去に雀荘を経営していたが、業績不振により祐一少年の中学校2年生時にオカマバーへと鞍替え。当時、そうとは知らず両親の職場を訪れた玉袋に、オカマ姿の父が「男の職場に子供が来るな!」と一喝したという話がある。また、学生時代に帰宅したとき、妹の学校の制服(セーラー服)をめぐって父と妹が「貸せ」「貸さない」の取り合いをしていたと語っている。思春期の息子にとって男性同性愛者が集う飲食店は恥と嫌悪の対象でしかなく、以降父親とは不仲に陥る。結局はその事業利益から高校通学費用を捻出されることになるも、実家の生業はひた隠しにしていた。芸人の身分となり思い切って打ち明けたところ思わぬ笑いをとったので、度々ネタとして披露。あるオカマバーにて店員から同店の常連客で当時を懐かしむ回想を聞く事になるも父親は鬼籍に入った後だった。

男児1児の父親である[3]恋のかま騒ぎでは、息子の息子が自分の息子をこえたと話していた。

趣味等[編集]

子供の頃から新作映画は徹夜して一番乗りした、という程の映画愛好家・映画館愛好家。2007年8月、東京・池袋新文芸坐で開催された「オールナイト夏合宿」で、初の単独トークライブを行なった。ジャッキー・チェンマッドマックス、劇場版機動戦士ガンダム、スター・ウォーズ・シリーズ大林宣彦監督の尾道三部作など、雑食な映画愛を披露[4]

一時期はかなりの肥満体であったが、趣味サイクリングや地道なダイエットによって大幅減量に成功した。なおその最中、みるみる痩せていく玉袋の姿に、共演が多く親交の深い江頭2:50は、玉袋が薬物依存によって痩せているものと思い込み、玉袋の楽屋を訪ね「俺にだけは本当の事を話してくれ。玉さんが痩せるために、どんな方法を使ってても俺、玉さんを受け入れるから。…なあ玉さん、薬やってんだろ?」と、号泣しながら問いただしたという。誤解とはいえ、自分の事を涙を流して心配する江頭の姿に玉袋もまた感涙し、「エガちゃんは本当に優しい奴、いい奴だね」と、泣きながら語り合って誤解を解いたという[5]

仕事の休み日は自宅近くの健康ランドで風呂に入り、風呂から上がった頃に近くの店で買ったおつまみをそこの店員に届けさせ、座敷でビールを飲んでいる。平日のために人がおらず、ほぼ貸し切り状態で、本人曰く「このために仕事しているようなもの」。

スナック愛好家として[編集]

飲食店のスナック愛好家として、一般社団法人全日本スナック連盟を設立して、スナックを題材にした番組に出演したり、同じオフィス北野所属の桐畑トールほたるゲンジ)や近藤夢(アッチャンズ)らと共に月1回のイベントで「スナック玉ちゃん」を開催して、スナック文化の啓蒙活動を行っており、2017年には東京赤坂に自らがオーナーを務めるスナック「玉ちゃん」を開店している[6]。昔、漫才コンビとして食うや食わずの駆け出しで酒を飲むにも事欠いて居た所、収入の少なさに業を煮やした玉袋は、所持金無しでスナックやバーに一見さんで飛び込み、常連客と思しき羽振りの良さそうな入店客に近づいては持ち前の喋りを駆使して機嫌を取り、上機嫌にさせて飲食代の支払いを肩代わりしてもらい鯨飲していたこともあった。

芸名について[編集]

芸名を決める宴席で最後の方になった際、「シロマティ」、「蟻の門渡哲也」、そして「玉袋筋太郎」のうち一つを選ぶことになり、悩んだあげくに今の芸名に決めた[7]陰嚢を由来とする芸名のため、NHK出演の際は本名やニックネームである「玉ちゃん」などの名前に変っている場合がある。なお、2009年10月12日NHK-FMで放送された『今日は一日“プロレス・格闘技テーマ曲”三昧』などでは「玉袋筋太郎」で出演した。番組サイトでも「玉袋筋太郎」と表記されている。

NHKで一時期使用された「知恵袋賢太郎」(ちえぶくろ けんたろう)[8]は『フライデーナイトはお願い!モーニング』の2001年6月15日での「新しい芸名を考えてほしい」との要望に加護亜依が回答した芸名と同じもの。 民放でも『熱血!平成教育学院』、『PRIDE-GP』のゲスト解説などゴールデンタイムの放送においては「玉ちゃん」名義で出演しており、現在ではその「玉ちゃん」名義での出演が圧倒的に多くなっている(平日正午枠の『おもいッきりイイ!!テレビ』を含む)。

檜原村の観光親善大使に就任したとき、それを報じる村報は「玉袋筋太郎さん(通称玉ちゃん)」と表記している[2]

「玉ちゃん」は2002年タマちゃんブームに乗っかったため、いいイメージがあるということらしい。また、レギュラー番組で共演するアナウンサー陣[9]からは「玉さん」と呼ばれている[要出典]

2012年2月5日に放送されたNHK佐賀放送局のローカルニュースにて、嬉野温泉で開催された「全国スナックサミット」のニュースを読み上げるアナウンサーが「玉袋筋太郎さん」と画面上のテロップとともに、この名前を読み上げた。後日このことは本人も「スナック玉ちゃん」の中で取り上げ「悲願でもあったNHKでとうとう名前を読み上げられた」と語っている。また2015年2月放送の『全力離婚相談』ではエンドロールのテロップで初めて「玉袋筋太郎」と表示された[10]。2016年2月25日放送の『総合診療医ドクターG』で宮川大助・花子の言った精巣筋太郎を否定する形で×精巣筋太郎 ○玉袋筋太郎とテロップ表示をする(紹介時は「玉ちゃん」)。

刊行物[編集]

著書[編集]

書籍[編集]

漫画[編集]

シングルCD[編集]

出演[編集]

★は現在、継続中の番組

テレビドラマ[編集]

ラジオ[編集]

※金曜は赤江珠緒(月曜 - 木曜担当)ではなく安東弘樹TBSアナウンサー)がメインパーソナリティのため、レギュラー放送での「W赤江」「Wタマちゃん」の共演はならず(スペシャルウィークなどで共演したことはある)。また「赤江」「タマちゃん」つながりで、『アカェデミー賞2015』と題したスペシャルウィーク(2015年2月16日 - 20日)では、最優秀投稿作品に贈られる「タマオスカー像」の金曜分モデル[11]に、当時共演していた小林悠を差し置く形で起用された。

バラエティなど[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2011年7月3日放送の『冒険JAPAN! 関ジャニ∞MAP』にて発言。[要高次出典]
  2. ^ a b 檜原村の観光大使に「玉袋筋太郎さん(通称玉ちゃん)」が 任命されました! (PDF)”. 広報ひのはら No.397. 5月号. 檜原村. 2016年12月6日閲覧。
  3. ^ 本人のブログで、一緒に出かけたりゲームに熱中したりする様が書かれている。
  4. ^ 日刊スポーツ、2007年8月10日
  5. ^ 2008年7月『メレンゲの気持ち』ゲストトークより。
  6. ^ “玉袋筋太郎のスナック開店…脊山もママ候補”. 日テレNEWS24. (2017年3月6日). http://www.news24.jp/articles/2017/03/06/08355785.html 2017年4月4日閲覧。 
  7. ^ 浅草キッド 『キッドのもと』 学習研究社、2010年、128頁。ISBN 978-4054046603
  8. ^ 漫画家まんしゅうきつこ、玉袋筋太郎に改名相談。テレビ初出演で初顔出し!”. 日刊SPA!. 2017年12月6日閲覧。
  9. ^ テレビ朝日草野☆キッド』で共演した堂真理子東海テレビの情報番組で共演した高井一TBSラジオたまむすび』で共演の小林悠(2016年2月まで共演)・安東弘樹(2016年4月1日から共演)など。
  10. ^ “「玉袋筋太郎」ついにNHK「解禁」! 苦節28年にファンも祝福”. Yahoo!ニュース. (2015年2月11日). オリジナル2015年4月5日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20150405103958/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150211-00000003-withnews-ent 2016年12月6日閲覧。 
  11. ^ タマオスカー像とは3Dプリンタで作成されたトロフィーで、月曜 - 木曜分のモデルは赤江珠緒。ポーズは珠緒版・玉袋版ともオスカー像を真似ている。

外部リンク[編集]