勝俣州和

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勝俣 州和
本名 勝俣 州和
ニックネーム かっちゃん
生年月日 (1965-03-12) 1965年3月12日(53歳)
出身地 日本の旗 日本 宮城県仙台市
静岡県御殿場市育ち)
血液型 O型
身長 171cm
言語 日本語
方言 共通語伊豆方言
最終学歴 日本大学文理学部国文学科中退
師匠 萩本欽一
出身 劇男一世風靡
コンビ名 K2(1992年 - 2001年)
グループ名 CHA-CHA(1988年 - 1992年)
相方 中村亘利、松原桃太郎、西尾拓美(CHA-CHA)
堀部圭亮(K2)
事務所 融合事務所
活動時期 1987年 -
同期 太田光
現在の代表番組 ダウンタウンDX
東西芸人いきなり!2人旅
過去の代表番組 虎の門
とんねるずの生でダラダラいかせて!!
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!
他の活動 タレント俳優
配偶者 既婚

勝俣 州和(かつまた くにかず、1965年3月12日 - )は、日本お笑いタレント、元アイドルでCHACHAのメンバーでもある。愛称はかっちゃん。

宮城県仙台市生まれ[1]静岡県御殿場市育ち。融合事務所所属。日本大学三島高等学校日本大学文理学部国文学科中退。血液型O型。7人兄弟の長男。2児(1男1女)の父。

来歴[編集]

劇男一世風靡一世風靡セピアの母体)を経て、日本テレビの『欽きらリン530!!』のオーディションで萩本欽一に見出され同番組にレギュラー出演、欽ちゃんファミリーの一員として活動する。同番組にてアイドルグループ『CHA-CHA』が結成され、その後冠番組CHA-CHAワールド』への出演や、音楽番組に出演するなどアイドルとしても活動。1990年頃までは俳優として活動する機会も多かった。『CHA-CHA』解散後の1992年には堀部圭亮と共にお笑いユニット『K2』を結成し、以降は『笑っていいとも!』、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』などのバラエティ番組を中心に活動している。

また、クイズ系番組へのゲスト出演も多く、2000年12月から2005年3月までBS-iで放送した『TIME OVER』では芸能人ナンバーワンを獲得している。

私生活では独身時代が長かったこともあり、テレビ番組『ウリナリ!!』の企画ユニット『もてないブラザーズ』として、内村光良と共に「もてないキャラ」として取り上げられた時期もあり、本上まなみとのデート企画が行われ正式交際寸前までいったが成功しなかった。その後2002年10月4日結婚2004年10月25日には長女が誕生した。

欽ちゃんファミリーであることから誤解されがちだが、浅井企画及び関連事務所には所属していない。CHA-CHAのマネージメントは浅井企画が行っていたが、当時浅井企画に所属していたメンバーは西尾拓美と松原桃太郎の2人だけであった。

人物[編集]

テレビ番組には年中、七分丈ズボンを履いて出演することで知られる。

芸能界における人脈[編集]

ゲストとしても多数のバラエティー番組に出演。MCや冠番組は持たないものの、出川哲朗月亭方正ふかわりょうなどと同様、共演者を選ばない名バイプレイヤーとして活躍している。

あぶない刑事』(第27話・「魔性」)で共演した、柴田恭兵は高校、大学の先輩である。10代の頃から柴田に憧れており、『俺も柴田恭兵になりたい!』という理由で柴田が卒業した高校を受験した。

趣味など[編集]

嫌いな食べ物はドリアンバナナヤギチーズ、ユッケジャンスープ。バナナは嘔吐するほど嫌いであり、理由は子供の頃に夏に弟妹たちに大好物のバナナを取られないように引き出しに隠して、夜中にこっそり食べようとしたらがビッシリついており、暗闇で気付かず食べてしまったため。

他にも丼物ハンバーガーおにぎりなど、何かを融合させた食べ物はあまり好きではない。食べる時はバラバラにして食べる。幼少期にお腹が空いてご飯では足りずになめ茸の空き瓶に米を入れたり、らっきょ梅干しの残り汁をご飯にかけて食べていた経験から「素材の味を楽しみたい」と感じるようになったという。しかし、寿司だけは別であり「寿司はネタとシャリの絶妙なコラボレーション。」と語っている。

兄弟が多く、両親が共働きだったため、料理は子供の頃からやっており、こだわった料理は作らないものの、目分量で手早く美味しい料理を作ることが出来る。『ブラックバラエティ』にて料理の際には1人でスープ作りを担当したが、周りが悪戦苦闘する中でさっさと作り、他の共演者の手伝いをしていた。スープは3回作ったが全て「家庭料理の上をいく味」と言われたが、手伝う際に他の共演者が切った白菜をまな板から適当に避けて「ひどいじゃないですか」と言われたが、本人は「綺麗だから大丈夫だよ」と笑顔で返しており、最低限の衛生面はしっかりしていたが、細かい部分までは気にしていなかった。

中日ドラゴンズファンで高木守道に毎年年賀状を出して、毎年年賀状の返事が来たと明かしたことがある。

その他[編集]

  • 1996年4月から2002年3月までの6年間は日曜日は過酷なロケと台本把握の必要なコントコーナー、ランキングキャラクターライブ(→スーパーフライデーナイトライブ→ウリナリライブ2001・2002」の2つ・同曜日に生番組のアッコにおまかせ1本と、とてつもないハードスケジュールで行っていた。そのため、時期によっては両番組のどちらかが参加できない状態の時期も存在した。
  • 2010年4月1日から翌年の4月1日まで栃木県足利市観光大使に任命された[2]
  • 2012年・2013年のごきげんよう大賞を受賞しており、このうち2013年は審査員として出演したため、司会の小堺一機からその場で贈呈された。

著書[編集]

単行本[編集]

  • 「ごちゃごちゃ言ってないで誰が一番馬鹿か決めればいいんだ!」(衆芸社
  • 笑いの神様の子どもたち(小学館文庫)

連載[編集]

  • 勝俣州和とプロレス(ジグノシステムジャパン「ぼくらのプロレス」)2016年6月7日[3] -

主な出演[編集]

テレビ番組[編集]

バラエティ[編集]

レギュラー
準レギュラー
特番
終了した番組

ドラマ[編集]

ウェブテレビ[編集]

映画[編集]

吹き替え[編集]

PV[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]