うじきつよし

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うじきつよし
出生名 氏木 毅
別名 JICK
生誕 1957年9月18日(59歳)
出身地 日本の旗 日本
学歴 東京都立大学附属高等学校卒業
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン
タレント
担当楽器
ギター
活動期間 1973年 -
事務所 ハートクリーニングカンパニー、フロス
共同作業者 子供ばんど
公式サイト うじきつよし Tsuyoshi Ujiki
著名使用楽器
ヤマハ・SG

うじき つよし(本名:氏木 毅(読みは同じ)、1957年9月18日 - )は、日本タレント俳優ミュージシャン歌手ギタリストである。ハートクリーニングカンパニーフロス所属。愛称は姓をもじってJICK。血液型A型[1]

来歴[編集]

東京都世田谷区出身。世田谷区立祖師谷小学校から世田谷区立船橋中学校を経て、東京都立大学附属高等学校卒業。

音楽活動[編集]

1980年代に活動したロックユニット『子供ばんど』のヴォーカリストギタリストを務めた。珍妙なバンド名と、頭にアンプを載せて演奏するうじきのスタイルの影響で、色物ととらえられかねないものがあったが、ライブパフォーマンス、演奏力は高い評価を得ていた。1984年ヤマハより「ヤマハ・SG-1000XU」としてシグニチャー・モデルのギターが制作され、1985年5月には限定版として市販された 。

TVアニメ『北斗の拳』第4部(第83話~第109話)主題歌「SILENT SURVIVOR」では自身のバンドでプロデュースし、また後発『北斗の拳2』主題歌「TOUGH BOY」のサウンドプロデュース、編曲にも携わった。

バンドは1988年に活動を休止。2000本ライブを目標とし、それを叶えた直後であり、「もうやり尽くした」という心境だったと言う。

ギタリストとして吉川晃司のツアーに長期に渡って参加。吉川の兄貴分として吉川初期のツアーには欠かせないギタリストとして活躍。2007年12月31日、弟分吉川晃司のカウントダウンライブにギタリストとして参加。なお、このライブには、うじきの他、ホッピー神山後藤次利村上ポンタ秀一をはじめとするカリスマ的ミュージシャンが多数参加した。

2011年1月31日子供ばんどの永久凍土解凍(再結成)を発表。2011年4月19日ヤマハ銀座スタジオにて再結成ライブ。

2013年5月5日子供ばんど25年ぶりのアルバム『Can Drive 55』をリリース。

俳優・タレント活動[編集]

子供ばんどの活動停止直後、映画監督の五社英雄から呼び出しを受け、簡単なやりとり(「芝居の経験は?→ないです」「大きい声は出る?→そりゃ歌手ですから」)を経て、映画『226』に重要な役として大抜擢されるものの、同役をそつなく好演。以降数多くのテレビドラマ・映画に出演。

一方では、テレビタレント活動も開始。フジテレビ系のクイズ番組カルトQ』の司会で脚光を浴び、『たけし・逸見の平成教育委員会』では、第1期「生徒」としてセミレギュラー出席。文系・理系を問わず、さまざまな問題にまんべんなく解答する博識を見せた。また、「第1期」卒業生の中では理科の正解率No.1を誇った。気さくな対応で難問にチャレンジしたり、渡嘉敷勝男と共に「新入生」(番組初出席者)の解答に対するリアクションで、精神的にもフォローをしていた。

また、ANN系列で東日本放送製作、東北新潟地域のみで放映されていた『うじきつよしのワンデイ探検隊』→『うじきつよしのワンダーポケット』に出演(2004年3月28日をもって降板)。

2004年4月4日からは、テレビ朝日朝日放送共同制作の報道番組『サンデープロジェクト』に、小西克哉島田紳助に続く3代目のメインキャスターとなる。2006年9月24日降板。

人物[編集]

  • Jリーグ発足から間もない1993年にはテレビ朝日系『Jリーグ A GOGO!!』で司会を担当するが、同番組は1996年のシーズン半ばにシーズンの終了を伝えることなく、打ち切られている。それまでは全くサッカーに興味がなかったらしいが、「プロリーグ発足で新たなスタートを切る日本サッカー界に伴って、番組の司会もサッカーをあまりよく知らないタレントが良い」という制作サイドの意向で出演となった。サッカーの魅力を知ってからは、日本はもちろんヨーロッパにも仕事の合間を縫って自費で試合観戦に行くなど、仕事とは関係なく精力的にスタジアム観戦に行っている。最近では、2005年9月からスカイパーフェクTV!の『ヨーロピアンキングス』でUEFAチャンピオンズリーグ番組の司会を担当している。サッカーに出逢ったきっかけについて、「生まれて初めて観戦したサッカーの試合が、1993年4月8日神戸総合運動公園ユニバー記念競技場で行われたワールドカップアメリカ大会アジア1次予選の日本タイ戦で、ゴールを決めた三浦知良のプレーからだ」と、スカイパーフェクTV!の番組内で語っている。
  • 仏W杯アジア最終予選B組第6節ウズベキスタン日本戦では、ホームのウズベキスタンサポーターが試合が白熱してくると、日本のサポーターに果物の種や空き缶、飲みかけのペットボトル等を投げつけるようになった。うじきつよしは、空き缶をぶつけられたが、その後も、ウルトラス・ニッポン代表植田朝日の横で黙々と応援を続けたという[2]
  • 90年代、バラエティ番組に出演するとき、必ずといっていいほど、キャップ、Tシャツ、パーカー、スウェット、シューズに至るまで全身「アディダス」ブランドを身に纏って出演していた。
  • 父の武は山口県出身。陸軍士官学校卒業の職業軍人で、元陸軍大尉帝国陸軍の捜索第2連隊中隊長[3]として東南アジア各地の戦線を転戦。終戦はカンボジアで迎えた。敗戦後は「略奪」「捕虜虐待」の容疑を掛けられ、いわゆる「BC級戦犯」としてベトナムで5年、巣鴨プリズンで3年ほど収監された経歴をもつ。
  • 子供ばんど初期の頃に使用していた野球のヘルメットにミニアンプを乗せた通称「ヘルメットアンプ」は、当時利用していた千葉の小規模なライブハウスでの演奏中に下の階の中華料理屋のオヤジが包丁を持って怒鳴り込んでくる事が多かったため、メンバーが対抗策で「包丁オヤジが来たらコレ(ミニアンプ)を向けたらどうだろう?」と冗談で語っていたところ、当時の所属事務所の社長から「(アンプを)頭に付けたらいいんじゃないの?」と言われ、当初は「そんなのロックじゃねえよ!」と反発していたものの、客ウケが良く、ファンからリクエストが多かったため、数年程使用していた。また、それを見た大友康平は「東京のロックはコミックバンドなのか!?」と驚いたとのこと。[4]
  • 2015年10月19日、一般女性と2014年2月4日に結婚をしていたことが明らかになった。うじきは初婚である[5]
  • デビュー以来、長らく短髪黒髪・黒縁メガネトレードマークとしていたが、2010年代に入って以降は白髪染めをせずに白髪セミロングコンタクトレンズとしている。

出演歴[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • 右向け左! 自衛隊へ行こう(1994年、主演)
  • フルメタル極道(1997年、主演)

バラエティ番組[編集]

クイズ番組[編集]

音楽番組[編集]

情報番組[編集]

ドキュメンタリー番組[編集]

ラジオ[編集]

コマーシャル[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ うじきつよし ORICON STYLE 2016年1月20日閲覧。
  2. ^ 植田朝日著『熱狂ロード ROAD TO FRANCE』P190
  3. ^ http://www.purunus.com/index.php/%E6%B0%8F%E6%9C%A8%E6%AD%A6[リンク切れ]
  4. ^ YOUNG GUITAR ARCHIVES Vol.4 ジャパニーズ・メタル(2005年 シンコーミュージック・エンタテイメント)31〜32p
  5. ^ “うじきつよし アラ還婚していた! 昨年2月に50代一般女性と”. スポニチアネックス. (2015年10月20日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/10/20/kiji/K20151020011352960.html 2015年10月20日閲覧。 
  6. ^ 番組の放送開始は1989年12月2日。うじきの出演開始は1990年1月27日放送分から。
  7. ^ 2006年9月より「UEFA Champions League Highlight European Kings」、現在は「UEFA Champions League Highlight」として放送。

外部リンク[編集]