T・レックス

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T・レックス
別名 ティラノザウルス・レックス
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル サイケ・フォーク
グラムロック
ハードロック
フォークロック
活動期間 1967年1977年
レーベル ワーナー・ブラザーズ
Relativity
Chronicles
ポリグラム
メンバー マーク・ボラン
ディノ・ダインズ
ミラー・アンダースン
ハービー・フラワーズ
トニー・ニューマン
旧メンバー スティーヴ・トゥック
ミッキー・フィン
スティーヴ・カーリー
ビル・レジェンド
ポール・フェントン
ジャック・グリーン
デイヴィー・ラットン
グロリア・ジョーンズ

T・レックス (T. Rex) は、イギリスグラムロックバンド

メンバー[編集]

ギター、ヴォーカル (1967-1977)
パーカッション、ヴォーカル (1967-1969)
パーカッション (1969-1974)
ベース (1970-1976)
ドラムス (1971-1973)
  • ポール・フェントン
ドラムス (1973-1975)
ギター (1973)
キーボード (1973-1977)
  • デイヴィー・ラットン
ドラムス (1973-1976)
キーボード、ヴォーカル (1973-1976)
ギター、ヴォーカル (1976-1977)
ベース (1976-1977)
ドラムス (1976-1977)

略歴[編集]

1947年に生まれたマーク・ボランがリーダー。1970年代前半にグラムロックと呼ばれるムーブメントを巻き起こす。デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージック、モット・ザ・フープルなどとともに、グラムロックを代表するアーティストである。その官能的な音楽は、T・レクスタシーと言われた。

1968年にデビューした頃はアコースティック・ギターとヴォーカルのマーク・ボラン、パーカッションのスティーヴ・トゥックの二人組で、ティラノザウルス・レックスTyrannosaurus Rex)と名乗り、フォークロック・グループとして一部でカルト的な人気を誇った。デビューアルバム『ティラノザウルス・レックス登場!!』をリリースし全英15位を記録。その後、新しいパートナーにミッキー・フィンを迎え、エレクトリック・ギターを導入したのは1970年だった。

1970年12月に「T.Rex」とバンド名を短縮、「ライド・ア・ホワイト・スワン」の大ヒットでスターダムに。71年にベースのスティーヴ・カーリーとドラムのビル・レジェンドが加わり、4人組のバンドになって初めてのアルバム『電気の武者』がUKチャート1位の大ヒット。「ゲット・イット・オン」「ジープスター」といった人気シングルも生まれ、グラムロック・グループとして一斉を風靡。第2のビートルズと言われた。また、デビュー当初からのプロデューサーであり、ストリングスを大胆に用いた独特のサウンドを構築したトニー・ヴィスコンティも、彼らの成功に伴って名声を得る。

1972年に『ザ・スライダー』、1973年には『タンクス』と次々にヒットアルバムを出す。さらにシングル「メタル・グゥルー」「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」など、数多くの大ヒットを連発していった。日本でも武道館公演を行なうほどの人気で[1]、1973年にリリースされたシングル、「20センチュリー・ボーイ」は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされた[2]。しかし、アメリカでヒットしたのは「ゲット・イット・オン」1曲だけで、大きな成功をおさめることができなかった。

1974年に入るとグラムロックブームが終わり、急速に人気はしぼんでいった。人気急落後のマーク・ボランは、もともと利己的だった性格が、手が付けられない程になり、全盛期を支えた仲間が次々と去り、自身の麻薬中毒ともあいまって、危機的な状況を迎える。この時期の楽曲はブラック・ミュージック色を取り入れたもので、現在ではそれなりに評価されているが、不摂生の祟ったマークは太ってしまい、ビジュアル面で精彩を欠いたことも致命的であった。やがて、息子の誕生などを機に、再起をかけて生活を改め、バンド・メンバーも一新。当時勃興しつつあったパンク・ロックにも興味を示し、人気・評価は徐々に持ち直しつつあった。

黒人女性シンガーのグロリア・ジョーンズとは、1969年に最初に出会い、1972年に再会し、恋愛関係になっていた。マークが恋人だったジューン・チャイルドと1970年に既に結婚していたために、グロリアとは婚姻届なしの事実婚となった。1975年に二人の間には男の子も誕生した(ロラン・ボラン:Rolan Bolan)。しかし、1977年にグロリア・ジョーンズが運転する車が街路樹に激突し、同乗していた彼は29歳の若さで世を去ってしまった。

バンド名がT.Rexとなってからは、殆どマークのソロプロジェクト状態だったが、後年はそれがより鮮明になっていた(アルバム『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』などはマーク・ボラン&T.Rex名義でリリースされている)。そのため、彼の死でT.Rexは活動を休止した。

Mickey Finn's T. Rex[編集]

マークの死後20年経った1997年、T.Rex に最も長く在籍したメンバーであったミッキー・フィンと、末期のT.Rexに関わったセッション・ドラマーのポール・フェントンが中心となって、「Mickey Finn's T. Rex」名義で活動を始めた。その後、2003年にフィンがアルコール性の肝臓病で死去すると、残されたメンバーは、名前をT.Rexに変更して活動を続けた。しかし、2008年にT.Rexファンから抗議を受けて、名義を「Mickey Finn's T. Rex」に戻した。現在の名義はフィン家と、T.Rexの法的権利を管理する団体TAGの承認を受けている。

ディスコグラフィー[編集]

ティラノザウルス・レックス[編集]

T・レックス[編集]

日本公演[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ただし、この公演を実際に観ていた近田春夫によれば、あまりの下手さに「今なんの曲を演奏してるのかわからない」くらいだったという
  2. ^ こういった日本での成功の為か、2006年頃からテレビ番組や映画のテーマソングやCMソングで頻繁に使われるようになった。テレビ番組では「メッセ弾(番宣・エンディング)」(テレビ大阪)」、「オリキュン(オープニング)」、「めちゃ×2イケてるッ!(BGM挿入曲)」(以上フジテレビ)、「カープ応援中継“勝ちグセ。”(オープニング・ハイライト)」(広島ホームテレビ)CMでは「トヨタ・ヴォクシー」、映画では『20世紀少年(実写版)』(原作・浦沢直樹、そもそも同曲が名の由来)といった数多くの作品のテーマソングやBGMとして使用されている。

外部リンク[編集]