チェイス (バンド)

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チェイスChase)はアメリカブラス・ロックのバンド。

略歴[編集]

ビル・チェイス[1]Bill Chase1934年10月20日 - 1974年8月9日)を中心に1970年に結成。

第1期メンバーはビルの他テッド・ピアースフィールド(Ted Piercefield)、アラン・ウェア(Alan Ware)、ジェリー・ヴァン・ブレア(Jerry Van Blair)(以上Tp)、フィル・ポーター(Phil Porter:Kb)、エンジェル・サウス(Angel South:Gt)、デニス・ジョンソン(Dennis Johnson:bs)、ジェイ・ベリド(Jay Burrid:perc)、テリー・リチャーズ(Terry Richards:Vo)。テッド・ピアースフィールドやヴァン・ブレアがボーカルを担当することもあった。

第2期メンバーはビルの他テッド・ピアースフィールド(Ted Piercefield)、アラン・ウェア(Alan Ware)、ジェリー・ヴァン・ブレア(Jerry Van Blair)(以上Tp)、フィル・ポーター(Phil Porter:Kb)、エンジェル・サウス(Angel South:Gt)、デニス・ジョンソン(Dennis Johnson:bs)、ジェイ・ベリド(Jay Burrid:perc)、GG・シン(GG Shin:Vo)。テッド・ピアースフィールドやヴァン・ブレアがボーカルを担当することもあった。

第3期メンバーはTpがビルの他、ジェイ・ソーレンバーガー(Jay Sollenberger)、ジョー・モーリセイ(Joe Morrissey)、ジム・オァッツ(Jim Oatts)、Kbがウォーリー・ヤーン(Wally Yohn)、Gtがジョン・エンマ(John Emma)、bsとVoがダーティニァン・ブラウン(Dartanyan Brown)、percがウォルター・クラーク(Walter Clark)。Voは第1期から引き続きテリー・リチャーズが担当することもあった。

ビルはウディ・ハーマンなどのビッグバンドトランペット奏者として活動していた経歴を持つ。1971年にデビューし、デビュー曲の「黒い炎(Get It On)」の大ヒットにより、シカゴブラッド・スウェット&ティアーズに続くブラス・ロックの旗手として名を上げた。前述の2つのグループに比べるとジャズ色が強いのが特徴。

特異なのはブラス・セクションがトランペットのみの4人編成という点。このためブラスの音は従来のバンドよりも鋭く、また相当な技術を要するトランペットの高音での演奏がその鋭さに磨きをかけた。

ファーストアルバム「CHASE」が、1971年に全米アルバム・チャート22位まで上昇し、26週間チャート・インするという成功を収めた。だが、セカンドアルバム「ENNEA」の収録中、家族との時間を大切にしたいなどの理由でメンバーが次々と離脱。セカンドアルバム発表後、結成2年を待たずしてバンドは解散する。

しかし、解散後2年を経てリーダーのビル・チェイスは1974年にメンバーを一新して再度グループを結成、ジャズ色をさらに強めた3枚目のアルバム「PURE MUSIC」を発表して精力的にライヴ活動を開始する。ところが同年8月9日、ツアー中の飛行機が墜落し、ビル及び新加入のメンバー3名(ウォーリー・ヤーン、ウォルター・クラーク、ジョン・エンマ)の計4名が死亡。バンドは消滅した。

なお、この事故の際にバスで移動し(理由は不明)難を逃れたジム・ピートリック(1枚目で楽曲を提供し、3枚目からヴォーカルとして参加)が、このアルバムでベースを担当していたデニス・ジョンソンを誘って結成したグループがサバイバー(生存者)である(ちなみに、デニスはファーストアルバム「Survivor」発表後に脱退している為、映画『ロッキー』のテーマ「アイ・オブ・ザ・タイガー」がヒットした時期には在籍していない)。

1972年4月に来日し、日本武道館愛知県体育館大阪府立体育館でライブを行っている。「黒い炎」(原題:Get It On、T-REXの同名の楽曲とは関係ない)は日本でもヒット。同曲を和田アキ子がコンサートでのレパートリーとしたほか、筒美京平作曲・編曲の欧陽菲菲「恋の追跡(ラブ・チェイス)」のサウンドや、1987年TOPSが「黒い炎」をサンプラザ中野による日本語独自詞(原詞とは全く異なる)でカヴァーするなど、多くのミュージシャンや作曲家に影響を与えた。

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]