ロキシー・ミュージック

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ロキシー・ミュージック
Roxy Music
Roxy Music band.jpg
Massey Hall, Toronto,1974
Photo: Jean-Luc Ourlin
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル アート・ロック
グラムロック
ニュー・ウェイヴ
ニューロマンティック
プログレッシヴ・ロック
活動期間 1971年 - 1976年
1978年 - 1983年
2001年2003年(共にツアー限定)
レーベル EG
アイランド
ポリドール
ヴァージン
リプリーズ
ワーナー・ブラザース・レコード
アトコ
公式サイト http://www.roxymusic.co.uk/
旧メンバー メンバーと担当楽器を参照
Roxy Music on stage during concert at London's ExCel Exhibition Centre, July, 2006

ロキシー・ミュージック (Roxy Music)1971年にデビューしたイギリスロック・グループ。ブライアン・フェリーの個性的なヴォーカルを軸に、多彩な音楽をミックスしたユニークなサウンドを展開した。 バンド名の「ロキシー」は、1950年代のイギリスで事業展開していた映画館チェーン「ロキシー」に因む[1]

沿革[編集]

ここではロキシー・ミュージックの歴史をほぼ3期に分けて解説していく。まず結成から1976年の初解散まで。次に1979年の復活と"Avalon"に到るまでの時期。そして2001年に再編され、ツアーのみであるが活動再開したロキシー・ミュージックである。

~1976[編集]

"ザ・ガスボード"などのバンドでの活動を経て、女子校の美術講師をしながら、陶芸の創作活動していたブライアン・フェリーは、キング・クリムゾンのヴォーカリスト・オーディションをエルトン・ジョン等と共に受けているが落選(この時合格したのはボズ・バレル)しかしその際に、EG(当時のクリムゾンの所属事務所)に知られたことが後の活動に大きな意味を持っている。

"ロキシー・ミュージック#1"というべきバンドはこの時期既に存在していたらしく、メンバーはブライアン・フェリーとシンプソン(彼らは大学時代からの友人だった)に、ロジャー・バーン(g)、デイヴィー・オリスト(g 元ナイス)、デクスター・ロイド(d)らがいたことが知られている。その後、シンセ奏者として参加してきたアンディ・マッケイと、彼が連れてきた友人ブライアン・イーノを加え、シンセにはイーノ、マッケイは木管奏者にコンバートされる。同時期にフィル・マンザネラがイーノの助手のような形で参加(当初の肩書きはサウンドミキサーである)、ロイドの脱退によってトンプソンが参加。オリストの脱退を機にマンザネラがギタリストになって、デビュー時のラインナップが揃う。ここまでが1971年までに進行した。 いわゆるメジャーデビュー前の「ハコ回り」の類がないというのは異例。

1971年12月24日のファーストライヴで、EG関係者を打ちのめし、翌年2月14日にマネジメント契約を勝ち取る。6月には1st.アルバム"ROXY MUSIC"、7月には1st.シングル"Virginia Plain"を発表。当時グラムロックシーン全盛(彼らのメジャー・デビューはデヴィッド・ボウイの"ジギー・スターダスト"発売直後だった)のロンドンで、グラムロック一派と見なされ、後世もそう分類しているが、彼らは他のグラムロッカー達と、サウンドの特徴において全く共通点がなく、その異質ぶりはシーンで大きく注目されたことは、NMEによる各部門賞で新人賞を受賞したことからも伺える。 注:翌1973年のNME誌の"Most Promising New British Name" 部門でロキシーは1位,、"Best UK single"に"Virginia Plain"が2位、"Best UK Male singer"部門ではフェリーが17位にランク。

その後彼らはデヴィッド・ボウイの"ジギー・スターダスト"英国ツアーのサポート・アクトの傍ら精力的にレコーディングなどを行い、1973年3月には早くも2nd.アルバム"For Your Pleasure"を発表。「男装の麗人」アマンダ・レアが登場したジャケットが話題となるとともに、"Gram noir"と形容された、よりダークかつ先鋭化した内容が注目を集め、英チャート上位に食い込む成功を収める。しかしこの頃既に、フェリーとともにバンドの創設からのメンバーだったシンプソンが脱退(1st.録音の段階で脱退していたという説もある。"Virginia Plain"のベースはリック・ケントン)しており、このアルバムでは後にThe Smithsを手がけるジョン・ポーターがベースを担当している。なおこの後ロキシーは解散までレギュラーのベーシストを加入させておらず、ジョン・ガフタフスン(1973~1975年)、ジョン・ウェットン(1975年頃)、リック・ウイリス(1975年ツアー)、サル・メイダ(1975年ツアー)、ゲイリー・ティッブス(1978~1980年)、アラン・スピナー(1979~1983年)、ニール・ジェイソン(1980~1983年)が出入りしている。そして、このアルバムをリリースした後、ロキシーの音楽を考える上で転機とも言えるメンバー・チェンジが発表される。ブライアン・イーノの脱退である。

バンドは元カーヴド・エアのマルチプレイヤーである(キーボードとヴァイオリン)エディ・ジョブソンを加え、1973年11月に3rd.アルバム"Stranded"を発表。前2作の喧騒に溢れた未来派的なサウンドを薄める代わりに、ヨーロッパ浪漫主義的方向を指向しはじめる。実際「ノンプレイヤーのバンド」であったロキシーにあって確かな楽器の演奏技術を持つジョブソンの加入は大きな意味を持ち、この時期のロキシーはファンに非常に根強い人気を持っている。

1974年11月、4th.アルバム"Country Life"発表。更に耽美・叙情性を増した音楽性もさることながら、シースルーの下着を着けた女性2人というジャケットが物議を醸す。カナダでは女性2人が消され、ドイツでは1人の顔だけをアップにし、アメリカでは袋入りで発売される等、国ごとに様々な措置が取られた。 右側の黒い下着の女性は、もとは男性である[2]

1975年10月、5th.アルバム"Siren"発表。ジャケットに写っている女性モデル、ジェリー・ホールは、当時ブライアン・フェリーの恋人だったが、後年ミック・ジャガーと結婚。本作からの先行シングル「Love Is The Drug」は、全英2位・全米30位のヒットを記録し、一躍ロキシーの名を広めた。しかし、ツアー終了後にロキシーは一度解散。1976年発表のライヴ盤"Viva! Roxy Music"が、初期ロキシー最後のアルバムとなった。

1978~1983[編集]

ソロ活動をしていたフェリー、801バンドやフェリーのバンドで活動したマンザネラ、TV番組『ロック・フォリーズ』の音楽監督などを務めたマッケイ、フェリーのバンドで活動したトンプソンの4人は、1978年にロキシー・ミュージックを再結成。キーボードとベースは固定メンバーを迎えず、セッション・メンバーで補うことにした。そして、1979年に復活作"Manifesto"を発表。イーノもジョブソンも不在のため、以前よりもポップな音作りに変化したが、退廃的な美学は不変であった。しかし、1980年4月にトンプソンが指を骨折して脱退、アンディ・ニューマークが準メンバーとして加わる。

1980年にアルバム"Flesh + Blood"を発表。本作からのシングル"Same Old Scene"は、映画『タイムズ・スクエア』で使われる。そして、1980年12月8日に凶弾に倒れたジョン・レノンを追悼するため、1981年にジョンのカヴァー"Jealous Guy"をシングルで発表。全英1位となった。

1982年、復活第3弾アルバム"Avalon"発表。かつての前衛的な色合いは、すっかり影を潜めたが、楽曲の充実度は高く、先行シングル"More Than This"は全英6位のヒットとなり、アルバム自体も全英1位を獲得。その後、大規模なワールド・ツアーを行う。ヨーロッパではキング・クリムゾンを前座に従え、1983年2月には、ロキシーとしては79年以来2度目の来日も実現(フェリーは1977年、マンザネラとトンプソンをバックに従えてソロ名義で来日している)。その後、ライヴ・ミニ・アルバム"The High Road"を最後に、ロキシーは再び眠りについた(後に、"Avalon"発表後のツアーの発掘ライヴ盤"Heart Still Beating"が発表される)。

バンドの変遷[編集]

(本節は特記以外、保科好宏「ロキシー・ミュージック・ストーリー」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p26 - p29)を参考文献とする。)

メンバーと担当楽器[編集]

第1期 1970年~1971年[編集]

    

第2期 1971年[編集]

第3期 1971年~1972年[編集]

第4期 1972年[編集]

    


1st『Roxy Music』録音。

第5期 1972年~1973年[編集]

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  • リック・ケントン (Rik Kenton) - bass guitar
  • ジョン・ポーター (John Porter) - bass guitar (2nd)
  • サル・メイダ (Sal Maida) - bass guitar


2nd『For Your Pleasure』録音。

第6期 1973年~1976年[編集]

+

    


3rd『Stranded』、4th『Country Life』、5th『Siren』録音。
ライブ『Viva!』録音。

第7期 1978年~1980年[編集]

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6th『Manifesto』録音。

第8期-1 1980年~1981年[編集]

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7th『Fresh + Blood』録音。

第8期-2 1981年~1983年[編集]

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  • ガイ・フレッチャー (Guy Fletcher) - keyboard
  • ポール・キャラック (Paul Carrack) - piano (8th録音のみ)
  • ニール・ハバード (Neil Hubbard) - guitar (8th)
  • アラン・スペナー (Alan Spenner) - bass guitar (8th)
  • ニール・ジェイソン (Neil Jason) - bass guitar (8th録音のみ)
  • アンディ・ニューマーク (Andy Newmark) - drums (8th)
  • リック・マロッタ (Rick Marotta) - drums (8th録音のみ)
  • ジミー・マレン (Jimmy Maelen) - percussion (8th)


8th『Avalon』録音。
ライブ『Heart Still Beating』録音。

第9期-1 (再結成第7期) 2001年[編集]

+

  • コリン・グッド (Colin Good) - keyboard
  • ルーシー・ウィルキンズ (Lucy Wilkins) - violin/keyboard
  • クリス・スペディング (Chris Spedding) - guitar
  • ゼヴ・カッツ (Zev Katz) - bass guitar
  • ジュリア・ソーントン (Julia Thornton) - percussion

第9期-2 (再結成第7期) 2003年[編集]

+

  • コリン・グッド (Colin Good) - keyboard
  • ルーシー・ウィルキンズ (Lucy Wilkins) - violin/keyboard
  • クリス・スペディング (Chris Spedding) - guitar
  • マーク・スミス (Mark Smith) - bass guitar
  • ジュリア・ソーントン (Julia Thornton) - percussion

ディスコグラフィー[編集]

ロキシー・ミュージックの作品を参照。

スタジオ・アルバム[編集]

ライブ・アルバム[編集]

  • Viva! (1976年 第6期)
  • Heart Still Beating (1990年 第8期-2)

コンピレーション[編集]

  • Thrill Of It All 72-82 (1997年 第4期~第8期-2)

シングル[編集]

  • Virginia Plain / The Numberer (1972年 第5期 bass:リック・ケントン)
  • Pyjamarama / The Pride And The Pain (1973年 第5期 bass:ジョン・ポーター)
  • Street Life / Hula Kula (1973年 第6期)
  • All I Want Is You / Your Application's Failed (1974年 第6期)
  • Love Is The Drug / Sultanesque (1975年 第6期)
  • Both Ends Burning / For Your Pleasure (Live) (1975年 第6期)
  • Trash / Trash 2 (1979年 第7期)
  • Dance Away / Cry Cry Cry (1979年 第7期)
  • Angel Eyes / My Little Girl (1980年 第7期)
  • Over You / Manifesto (1979年 第8期-1(A面)、第7期(B面))
  • Oh Yeah (On The Radio) / South Downs (1980年 第8期-1)
  • The Same Old Scene / Lover (1980年 第8期-1)
  • Jealous Guy / To Turn You On (1981年 第8期-1 bass:ゲイリー・ティブス(A面)、第8期-2(B面))
  • More Than This / India (1982年 第8期-2)
  • Avalon / Always Unknowing (1982年 第8期-2)
  • Take A Chance With Me / The Main Thing (1982年 第8期-2)

エピソード[編集]

ロキシー・ファッション
1972年の夏にフジテレビの若者向け番組『リブ・ヤング!』においてロンドンで注目されているファッションが取り上げられ、「ロキシー・ファッション 出演者募集」という企画があった。ジョニー大倉がこの企画に応募し、同年10月8日キャロルが出演した。当時のブライアン・フェリーの衣裳や髪型は、1950年代ロックンロール・ファッションをリメイクしたデザイン、という印象を与えるものであった[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 和久井光司「新しい時代を告げたロキシーの「リ・メイク/リ・モデル」」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p35中段)より。
  2. ^ 「ロキシー・ミュージック & ブライアン・フェリー・アルバム・ガイド」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p9上段)より。
  3. ^ キング・クリムゾンEL&Pなどと契約していたレコード会社。
  4. ^ ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p27上段)より。
  5. ^ a b 池田聡子「ブライアン・フェリー(インタビュー)」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p32下段)より。
  6. ^ ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p28上段)より。
  7. ^ 鈴木祐「アンディ・マッケイのソロ活動」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p40)より。
  8. ^ ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p28下段)より。
  9. ^ 松井巧「フィル・マンザネラのソロ活動」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p38)より。
  10. ^ ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p29上段)より。
  11. ^ 鬼形智「ライヴの魅力と映像作品」『ストレンジ・デイズ』(2007年11月号、p37、4段目)より。
  12. ^ Roxy Music World Tour 2001』より。
  13. ^ フジロックフェスティバル '10【ラインナップ】」より。
  14. ^ a b ROXY MUSIC 公式サイト > TOUR DATES

参考文献[編集]

ウェブサイト

出版物

  • 「特集 ロキシー・ミュージック」、『ストレンジ・デイズ』No.98  2007年11月号、ストレンジ・デイズ、 p7 - p41。

関連文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]