ネクラ

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ネクラとは、性格の「根」が暗い「根暗」をカタカナにしたもの。対義語はネアカ

語源[編集]

ネクラの「根」とは、性根(しょうね)や根性(こんじょう)など、その人の精神性(個性など)の根底を指す。つまり根が暗い性質をさしたもので、対義語のネアカと共に人の性格を表現する形容詞として日本1980年代流行語であった。だが後述する理由で1990年代よりこの言葉はあまり使われなくなっている。

流行のきっかけ[編集]

タレントのタモリが番組で「こう見えて私、根が暗いんです」と語ったことが、流行のきっかけとなったと言われるが、元々はそれ以前にTBSラジオの『パックインミュージック』金曜日(通称:金パ、ナチチャコパック)で投稿された内容に基づいて交わされた、パーソナリティーの野沢那智白石冬美との会話が発端だとされる。この場合のネクラは「明るく見えるが、実は暗い」という意味で、外観と内実のギャップを示す用語だったが、広まる過程で「根っから暗い」という意味でも使われるようになった。

実際、「ネ」という言葉を使って人間類型を特徴的に表現しようとすることは1980年代には広く行われており、1985年にはエッセイストの諸井薫が考案した「ネバカ」という言葉が『現代用語の基礎知識』選出の新語・流行語大賞の新語部門・表現賞に選ばれている(大人におだてられて舞い上がっている若者たちを揶揄したもの)。しかし、そうした新語のうち広く使われ続けた言葉は少なく、ネクラ・ネアカの2つはレッテル用語としての賛否は別として、最も市民権を得たものと言える。渡辺和博が『金魂巻』で展開した「○金(マルキン)・○ビ(マルビ)」や、浅田彰の「スキゾ・パラノ」の二元論と同じく、現代人の精神傾向を簡潔に特徴づけるわかりやすい言葉とみなされたからだとされる。

この言葉そのものではないが、これに由来すると思われるものに「ネ暗トピア」(いがらしみきおの単行本)や「暗い根っこの会」(吾妻ひでお作品に時々出てくるサークル)などがある。

意味合いの変化[編集]

ネクラ・ネアカという言葉も広まるにつれて「内向的か・社交的か」という意味が強調されるようになった。内向的であればネクラ、外交的であればネアカと表現する。例えば趣味読書ソリティアなどと一人でできるものが多いと「ネクラ」とみなされ、戸外で多人数で行うスポーツコンサートやスポーツ観戦など場の一体感を楽しむイベントを好めばネアカとみなされた。

レッテル貼りによる人間類型[編集]

こういった人間類型は、大衆向けの娯楽がより発達し、バブル景気に向かって浮足立っていた1980年代に盛んに用いられていた。そして人や物の価値を「明暗」で判断する風潮が生まれ、この頃から学校でも「葬式ごっこ」などのいじめの問題がよりエスカレートした。練馬区教育委員会による1983年の公立中学校生徒向け刊行物には、「ネクラなやつは嫌われる」と書かれていたほどだった[要出典]。劇作家の山崎哲は1988年、朝日新聞に連載していたコラムで、「少なくとも、わずか十数年前までは」「おとなしくて、無口で、恥ずかしがりや」というような「『ネクラ』な性質は、むしろ美質とみなされ、」「好意をもって迎えられていたはずなの」にもかかわらず、「子どもに限らず、私たち大人もまた、」「『ネクラ』と言われることにおびえている」と書いていた[1]

その後あまり使われなくなった理由の一つはおたくという言葉の登場がある。ネクラ的趣味傾向の多くは「おたく的」とされるものの範疇に収まっていたからだ。しかしこの語の衰退を決定的にしたのは、ほとんどの場合否定的なレッテル貼りでしかなかったことが関係している。当初は否定的に用いられることの多かった「おたく」という言い方が、その後多彩な意味を獲得し、積極的に用いられることも増えていったのとは対照的であった。

脚注[編集]

  1. ^ 山崎哲「えかき歌 ネクラ」『朝日新聞』1988年10月5日付け朝刊、18面。