坂田明
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| 基本情報 | |
| 生誕 | 1945年2月21日(81歳) |
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| 学歴 | 広島大学水畜産学部水産学科卒業 |
| ジャンル | ジャズ |
| 担当楽器 | サクソフォーン |
| 活動期間 | 1972年~現在 |
| 共同作業者 | 山下洋輔、ジム・オルーク他 |
坂田 明(さかた あきら、1945年2月21日 - )は、日本のジャズ・サクソフォーン奏者、タレント、俳優。ミジンコ研究家としても知られている[1]。
プロフィール
[編集]広島県呉市広長浜生まれ[2][3]。広島県立広高等学校を経て[1]、広島大学水畜産学部水産学科に進学し[3]、井上敬三[4]に師事[3]。ジャズ研でアルトを吹く[3]。大学卒業後、1969年4月に上京し[3]、「細胞分裂」を結成[3]。「ピットイン」「プルチネラ」等で活動[3]。1972年から1979年末まで山下洋輔トリオに在籍[2]。激しいサックス演奏で知られるようになる。同トリオを脱退後は、さまざまなグループの結成・解体を繰り返し、2000年から「坂田明mii(みい)」を中心に活動。現在は「坂田明Trio」、「坂田明&chikamorachi」でのレギュラーユニットの活動と同時に、内外のミュージシャンとのフリー・セッションを行なっている。
ミジンコとの関わり
[編集]広島大学水畜産学部水産学科(現・生物生産学部)の卒業生であり、2003年には長年にわたるミジンコの研究・普及活動が認められ、日本プランクトン学会から特別表彰された。広島大大学院客員教授の肩書を持つ[1]。2007年には東京薬科大学生命科学部客員教授に就任した[5]。
タレント活動
[編集]山下洋輔をはじめ、赤塚不二夫、タモリらとは古くからの友人であり、タモリの持ち芸として知られるハナモゲラ語の元祖でもある[6](当時は「坂田カブキ」とも呼ばれる)。
特異なキャラクターを活かして大森一樹監督『風の歌を聴け』などにも出演[3]。1982年のセイコー腕時計「ハイブリッド」のテレビCMのユニークなパフォーマンスで一気に有名になった。商品名をもじった「ハイブリッド人間」は、当時の流行語となった[6]。「TVムック・謎学の旅」ナビゲーターとしても出演。CMは1990年代にテイジン、2005年に、KINCHOのゴキブリ用殺虫剤「コックローチ」で輪島功一と共に学ラン姿で出演している。
ディスコグラフィ
[編集]- Counter Clockwise Trip
- Peking
- Tenoch Sakana
- Pochi
- 20人格
- 収録曲の「新童謡パート1」が「ひらけ!ポンキッキ」のミニコーナーで使われた。
- 死ぬときは別
- 4 O'Clock
- Live-dub
- Dance
- 下駄はいてこなくっちゃ
- Trauma
- DA-DA-DA
- Tacology
- Akira Sakata vs Spherical Sound
- MOOKO(蒙古)
- Silent Plankton
- Nano Space Odyssey
- どうでしょう?!(How's That)
- 海La Mer/Harpacticoida
- Scenic Zone/ gazelle
- Fisherman's.com
- 108 Desires
- 坂田さんとTOY-Live at PIT INN-
- A SAKATA/KAIGARABUSHI DJ KRUSH REMIX
- 赤とんぼ
- かなしい EXPLOSION
- チョット!(I'm here)
著書
[編集]- 『ジャズ西遊記』晶文社, 1979.2
- 『笑うかどで逮捕する!』(犀の本) 晶文社, 1983.10
- 『エイズ・エイジの混同夢狂走曲』(アスファルト・ブックス)河出書房新社, 1987.4
- 『クラゲの正体』晶文社, 1994.11
- 『瀬戸内の困ったガキ』晶文社, 1994.8
- 『ミジンコ道楽 その哲学と実践』(The new fifties) 講談社, 1997.11
- 『私説ミジンコ大全 人間とミジンコがつながる世界認識』晶文社, 2013.1
共著
[編集]映画
[編集]テレビ
[編集]- クイズ!タモリの音楽は世界だ
- 豊なる干潟~坂田明が見た豊前海の神秘(大分朝日放送制作・テレビ朝日系で放送)
CM
[編集]DVD
[編集]- ミジンコ 静かなる宇宙(テレコムスタッフ)2005年
- MIJINKO a Silent Microcosm (英語字幕版) 2008年
参考文献
[編集]- 季刊・analog「連載:PIT INN その歴史とミュージシャンたち」、音元出版
脚注
[編集]- 1 2 3 「【高校人国記】広高校(呉市)<上>好きなことを存分に楽しむ」『中国新聞デジタル』中国新聞社、2019年8月2日。オリジナルの2025年3月27日時点におけるアーカイブ。2025年9月22日閲覧。
- 1 2 “ジャズ・サクソフォン奏者・坂田明の瀬戸内紀行 「坂田明、故郷への旅。アルト・サックスをつれて。」01”. NAGOMI Setouchi. TOKYO FM (2017年10月7日). 2020年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月22日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 「追っかけインタビュー坂田明 『倫理観に美を見るのは愚の骨頂、私、日和見の味方です』と語る坂田氏」『シティロード』1981年12月号、エコー企画、10頁。
- ↑ 井上敬三 - コトバンク
- ↑ 坂田明氏(ジャズサックス奏者、ミジンコ研究家)が本学部客員教授に 東京薬科大学生命科学部
- 1 2 週刊サンケイ サンケイ新聞出版局 1982年2月18日号 184頁。