スポーツシャワー〜ヒーローに花束を〜

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スポーツシャワー
〜ヒーローに花束を〜
ジャンル スポーツ番組
演出 土屋務(チーフD)
出演者 松尾雄治
ビートたけし
ナレーター バッキー木場
オープニング 「Blueberry hill」
エンディング 「ラブ・ミー・テンダー」
製作
製作総指揮 清水正昭(制作)
プロデューサー 久保田晃
山本三四郎
角井英之
制作 朝日放送
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1991年4月7日 - 1992年3月29日
放送時間 日曜 9:30 - 10:00
放送分 30分
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スポーツシャワー〜ヒーローに花束を〜』(スポーツシャワー ヒーローにはなたばを)は、1991年4月7日から1992年3月29日まで、朝日放送イーストの共同制作により、テレビ朝日系列局で放送されていたスポーツ番組である。放送時間は毎週日曜 9:30 - 10:00 (日本標準時)。

概要[編集]

新日鉄釜石ラグビー部を7連覇に導いた松尾雄治がメインキャスターを、松尾が先輩と仰ぐビートたけしが「アシスタント」名義のコメンテーターを務めていた番組。オープニングテーマにはルイ・アームストロングの「Blueberry hill」を、エンディングテーマにはGOROの「ラブ・ミー・テンダー」を使用していた。

番組は、松尾がスポーツ界の第一線で活躍する選手や関係者を取材し、彼らをスタジオに招いてインタビューをする模様を放送していた。しかし、新聞のテレビ番組欄においては毎回「ビートたけし他」と、アシスタントであるはずのたけしが優先的に書かれていて、自分が「他」扱いになっていたことに困惑していたという。番組宣伝CMで名乗る際にも、たけしがギャグで言った「山瀬まみです」の映像が使われていた。

この番組のエピソードとして、同時期に放送していたフジテレビの『北野ファンクラブ』内でたけしが「視聴率がだるま落としみたいな番組で、これ以上数字が落ちると番組自体が無くなる程低い。とんかちが地面にめり込まないと(視聴率が)上がらない」と自虐的に話していた。

スタッフ[編集]

  • タイトル画:佐々木悟郎
  • ナレーター:バッキー木場
  • 構成:原すすむ/飯塚実(ダンカン)、高瀬真尚、伊藤滋之
  • 技術:岡本隆嗣
  • カメラ:白田龍夫
  • 音声:渡辺利実
  • 照明:佐藤浩栄
  • 音響効果:橅木正志(東京サウンド企画)
  • 美術制作:横山勇
  • 美術デザイン:廣田徳弘
  • 美術進行:渡辺勝
  • タイムキーパー:伊藤裕子
  • 技術協力:ビデオスタッフ、クロステレビ、FIXX
  • 美術協力:ウッドオフィス
  • 収録スタジオ:渋谷ビデオスタジオ
  • 番組宣伝:増田弘(朝日放送)、上原伸一(朝日放送)
  • 制作(チーフプロデューサー):清水正昭(朝日放送)
  • プロデューサー:久保田晃(朝日放送)、山本三四郎(電通)、角井英之(イースト)
  • ディレクター:加藤宗弘、吉田宏、安藤正俊/合田伊津子、富沢正義 ほか
  • チーフディレクター:土屋務(Ariena)
  • 制作協力:Ariena
  • 制作:朝日放送、イースト

ネット局[編集]

放送対象地域 放送局 系列 備考
近畿広域圏 朝日放送 テレビ朝日系列 製作局
関東広域圏 テレビ朝日
北海道 北海道テレビ
青森県 青森朝日放送 1991年10月の開局時から[1]
宮城県 東日本放送
福島県 福島放送
新潟県 新潟テレビ21
長野県 長野朝日放送
静岡県 静岡けんみんテレビ 現・静岡朝日テレビ
石川県 北陸朝日放送 1991年10月の開局時から[2]
中京広域圏 名古屋テレビ
広島県 広島ホームテレビ
香川県・岡山県 瀬戸内海放送
福岡県 九州朝日放送
長崎県 長崎文化放送
熊本県 熊本朝日放送
鹿児島県 鹿児島放送

脚注[編集]

  1. ^ 実際にはサービス放送期間中の9月29日にもネットしていた。
  2. ^ 青森朝日放送と同様に、実際にはサービス放送期間中の9月29日にもネットしていた。


朝日放送制作・テレビ朝日系列 日曜9:30 - 10:00枠
前番組 番組名 次番組
住めば地球
(1989年4月2日 - 1991年3月31日)
スポーツシャワー〜ヒーローに花束を〜
(1991年4月7日 - 1992年3月29日)
旅に夢中
(1992年4月5日 - 1993年3月28日)