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北野井子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
北野 井子
別名 松田 井子
生誕 (1982-10-05) 1982年10月5日(44歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都
ジャンル J-POP
職業 歌手、女優
担当楽器 ボーカル
活動期間 1997年 - 2005年
レーベル avex trax
著名な家族 ビートたけし(父)
北野幹子(母)
北野篤(兄)
松田秀士(叔父)
北野重一(伯父)
北野大(伯父)
事務所 ライジングプロダクション[1]
(1997年 - 1999年)

北野 井子(きたの しょうこ、1982年10月5日 - )は、日本の元歌手、元女優。東京都出身。

父はタレントのビートたけし、母は元漫才師の北野幹子、兄はCMプランナーの北野篤、父方の伯父に元会社役員の北野重一とその弟で明治大学名誉教授・秋草学園短期大学学長でタレントの北野大の2人、母方の叔父にレーシングドライバーの松田秀士。

略歴

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1982年に誕生。名前の「井子」はたけしの知人の美人ホステスにちなんだとしている[2]。3歳からピアノを習う[3]。高校入学と同時にアメリカ合衆国に留学し、同国の高校を卒業。

帰国後、1997年に父・たけしの映画『HANA-BI』に出演して芸能界デビュー[4]。当時は、母・幹子の旧姓を冠した松田 井子を芸名としていた。父・たけしが同映画の製作発表記者会見で語ったところによると、井子が誕生した当時のたけし夫婦の仲は冷えており、離婚を前提とした話し合いをしていたことに加え、父親がフライデー襲撃事件で前科が付いたため、娘の成長に芳しくない環境になりうるであろうと判断し、母親の姓を名乗らせることにしたという[5]。

1998年6月、本名の北野井子名義でX JAPANのYOSHIKIプロデュース・楽曲提供により「Begin」で歌手デビュー[6]。同曲は13万枚のスマッシュヒットとなり、大物タレントのビートたけしの娘のデビューということでも注目された。また、既に「世界のKITANO」と言われるようになった、父・たけしがプロモーションビデオを監督したことでも話題になった。しかし音楽番組などのメディアに積極的に出演することはなく、同年10月に2ndシングルをリリースしたものの、前作に比べ売り上げは大幅に落ち込んだ。

その後は目立った動きはなく、1999年1月に芸能活動の一時休業を宣言。同年中にアメリカ合衆国に再度留学した。

再帰国後、2004年に調理師の男性と結婚。妊娠6か月であることも明らかになった。2005年3月9日、女児を出産[7]したが、後に離婚。長女は井子が引きとり、ビートたけしと養子縁組をしている[8]。

2005年、映画『有限会社ひきもどし』(9月10日公開)で自身初となる主役を演じた。

ディスコグラフィ

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シングル

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  • Begin(1998年6月3日、AVDD-20251)
  • 薔薇と緑(1998年10月28日、AVDD-20263)

出演

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テレビ

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CM

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映画

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  • HANA-BI(1997年)
  • 有限会社ひきもどし(2005年)[9]

脚注

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  1. ↑ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1998年6月号より[要ページ番号]。
  2. ↑ 北野武編『新潮45別冊 コマネチ! ビートたけし全記録』新潮社、1998年、p306
  3. ↑ 『ARENA37℃』7月号、音楽専科社、1998年6月、22頁。
  4. ↑ たけしの愛娘デビュー - ウェイバックマシン(1998年2月11日アーカイブ分)
  5. ↑ “ビートたけしの娘『北野井子』の現在は?離婚した父とは絶縁!?”. ミドルエッジ (2019年9月6日). 2025年11月25日閲覧。
  6. ↑ たけしの長女が歌手デビュー - ウェイバックマシン(1998年7月3日アーカイブ分)
  7. ↑ ZAKZAK (2004年10月21日). “たけしに初孫…長女・井子さんが来春出産”. 2009年7月30日閲覧。
  8. ↑ “ビートたけしの節税対策「孫を養子」のカラクリ”. PRESIDENT ONLINE (2019年11月27日). 2022年8月1日閲覧。
  9. ↑ “エンタゲット!”. Yahoo! JAPAN. 2022年8月2日閲覧。