お笑い第三世代

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お笑い第三世代(おわらいだいさんせだい)は、漫才ブーム以降から1980年代後半に台頭した若手お笑いタレントを総称した俗称。

概要[編集]

とんねるずダウンタウン[1]ウッチャンナンチャンB21スペシャルらの台頭でお笑いブームとなり、フジテレビなどのマスコミが彼らを主とする年代のお笑いタレントを「お笑い第三世代」と呼んだ。 他にもダチョウ倶楽部出川哲朗などのリアクション芸人や清水ミチコ野沢直子などもあてはまる。 この年代の俗称が「第三世代」となったことで、ビートたけし明石家さんま島田紳助山田邦子、タモリ、所ジョージ笑福亭鶴瓶片岡鶴太郎関根勤など1970年代にデビューした、当時「ニューウェーブ」や「新人類」と呼ばれた世代が「お笑い第二世代」とされ、さらにそれ以前の林家三平、桂三枝(現・六代桂文枝)、コント55号ザ・ドリフターズ演芸ブームの世代が「第一世代」とされた。お笑い第三世代とお笑い第四世代の狭間の世代がホンジャマカさまぁ〜ず爆笑問題月亭方正松村邦洋森脇健児などがいる。

年号が現在の平成となった1989年以降に結成された芸人は第四世代となるが、厳密な定義はない。

ライブシーンを見ると、4時ですよーだの影響で大阪では吉本興業の心斎橋筋2丁目劇場がNSC出身者で連日にぎわい、東京ではとんねるずらが開拓したショーパブでの活況、渡辺正行が1986年から「ラ・ママ新人コント大会」主催、1988年からはブッチャーブラザーズのぶっちゃあ主催の「東京バーボン寄席」などの事務所の垣根を越えた若手芸人のライブが始まり、ブームへの環境は整っていった。 芸人が歌手デビューしてCDをリリースすると爆発的にヒットするという時代でもあった(とんねるず(石橋貴明木梨憲武)、野猿矢島美容室、ANDY'S、Little Kiss、関東裸会SEIKO with Crazy.T、憲三郎&ジョージ山本、木梨憲武と忌野清志郎あじさいフミヤ&憲武とヒロミ浜田雅功H Jungle with t浜田雅功と槇原敬之)、エキセントリック少年ボウイオールスターズ日影の忍者勝彦オールスターズRe:Japan内村光良ポケットビスケッツウルトラキャッツNO PLAN)、南原清隆ブラックビスケッツメモリーキャッツはっぱ隊)など)。


第三世代タレントが活躍した代表的な番組と現在の番組[編集]

フジテレビ

日本テレビ

TBS

テレビ朝日

NHK

テレビ東京

ローカル番組

ネット番組

ラジオ番組

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『昭和55年 写真生活』(2017年、ダイアプレス)p53