鎌倉市

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かまくらし
鎌倉市
鎌倉市のランドマーク『鶴岡八幡宮』
鎌倉市のランドマーク『鶴岡八幡宮
Flag of Kamakura, Kanagawa.svg
鎌倉市旗
神奈川県鎌倉市市章.svg
鎌倉市章
市章:昭和27年11月3日 鎌倉市告示第56号「鎌倉市市章」による
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
団体コード 14204-2
法人番号 3000020142042
面積 39.67km2
総人口 172,306[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 4,343人/km2
隣接自治体 横浜市逗子市藤沢市
市の木 ヤマザクラ
市の花 リンドウ
他のシンボル -
鎌倉市役所
市長 松尾崇
所在地 248-8686
神奈川県鎌倉市御成町18番10号
北緯35度19分9.3秒東経139度32分48.1秒座標: 北緯35度19分9.3秒 東経139度32分48.1秒
鎌倉市役所本庁舎
外部リンク 鎌倉市

鎌倉市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項 市外局番:0467(市内全域)
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鎌倉大仏(高徳院)
鎌倉宮(大塔宮)

鎌倉市(かまくらし)は、神奈川県三浦半島西側の付け根に位置し、鎌倉を中心部とするである。

目次

地理[編集]

鎌倉市は横浜市の南西、藤沢市の東、逗子市の北西に位置し、南は相模湾に面している。三方が低い山で囲まれ海に面する地であり、かつては幕府が置かれ政権の要の地であった。今日では旧腰越町や旧大船町など、いわゆる「三方を山に囲まれた鎌倉」の外側に位置する地域も市内に含まれる。鎌倉は地域内に多くの歴史遺跡を持つ「古都」であるが、後述の通り室町時代中期以降に衰退したため「都市・鎌倉」としての歴史は連続していない。

江戸時代後期になると、地域内の寺社が多くの参詣客を集めるようになるが、明治初期の段階でも鎌倉大仏(高徳院)や長谷寺を擁する長谷(はせ)地区に都市的な集落が分布するのみで、現在の鎌倉市の中心市街地は形成されていなかった。

明治初期、現鎌倉市域を含む鎌倉郡を管轄する郡役所は戸塚(現横浜市戸塚区)に置かれた。明治中期以降、保養・別荘地として、昭和以降に観光地として改めて「都市・鎌倉」の発展を見たのである。ゆえに中世以来の建造物はほとんど存在せず、文化遺産として価値の高い中世都市の遺構の多い地域といえる。

河川[編集]

市内を流れる河川は主な物で三本。全て二級河川である。これに支流や準用河川が加わる。

二級河川
準用河川

歴史[編集]

地形が天然の要害でもあり、古代、鎌倉郡郡衙が設置された場所であり、また豪族の鎌倉氏の本拠でもあった。

平忠常の乱の際、平直方による鎮圧が失敗、実際に乱を征圧した源頼信の功により、その子源頼義の頃に畿内河内国石川郡壷井(現・大阪府羽曳野市壷井)を本拠地とした河内源氏の所領となる。頼義の子で河内源氏三代目棟梁の八幡太郎義家の4代後の源頼朝鎌倉幕府を置いて武家政権を成立させ、鎌倉街道も整備される。幕府の要職に就いた有力御家人は鎌倉に居を構え、また海に面した特徴を生かした海上交易も隆盛し、鎌倉五山なども置かれ関東における文化的中心地となる。

貞応3年6月28日1224年7月16日)には北条泰時執権に就き、連署評定衆を置いて幕府の合議制を確立するとともに、政権を頼朝以来幕府が置かれた大倉から宇都宮辻子に移し、貞永元年(1232年)には御成敗式目を制定して幕府の体制を磐石なものとした。元弘3年/正慶2年(1333年)に後醍醐天皇の討幕に呼応した上野国群馬県)の河内源氏義家流新田義貞は、分倍河原などで鎌倉幕府を専横した桓武平氏北条氏の兵を撃破し、鎌倉へ進撃して泰時以来の菩提寺である東勝寺で北条氏一族を滅亡させた(東勝寺合戦)。1953年(昭和28年)に鈴木尚の調査では大量の刀創などのある人骨が発掘されている。

京都で後醍醐天皇の建武の新政が始まると義貞は召還され、京都の六波羅探題を滅亡させるなど討幕に効のあった一族の足利尊氏の弟である足利直義や一門の細川氏などが親王を奉じて下り、鎌倉将軍府が成立。北条氏一族の残党が中先代の乱を起こし鎌倉が陥落すると尊氏は討伐に向かい、そのまま新政から離反して鎌倉で恩賞の授与などを行うが、尊氏は追討に派遣された義貞らを撃破し、京での戦いに負け九州落ちした後に北朝を樹立して武家政権を設立し、鎌倉へは子の足利義詮を派遣する。足利家の内紛が観応の擾乱と呼ばれる内乱に発展すると義詮は京へ呼び戻され、代わりに尊氏の次子の足利基氏が鎌倉へ派遣されて鎌倉府を設置し、以後鎌倉公方として関東統治を行う。

室町時代には鎌倉公方は幕府と対立し、鎌倉公方を補佐する関東管領とも対立したことなどにより上杉禅秀の乱永享の乱結城合戦などの騒乱が起こる。享徳4年(1455年)には享徳の乱足利成氏が下総国古河へ移り古河公方を成立させたことにより鎌倉は衰退する。

戦国時代には小田原の北条早雲が進出、玉縄城を築いて東相模の拠点とした。北条氏綱の治世時代に安房の里見氏との合戦で焼失した鶴岡八幡宮を再建。上杉謙信武田信玄・里見氏らにより度々侵攻を受けたが、そのたびに撃退している。北条氏滅亡後は徳川家康の支配下に入った。

近世には江戸が東国の中心となり、江戸時代には寺社の復興が始まる。江戸の庶民によって、大山阿夫利神社江の島江島神社などへの参拝を目的としたが結成されるようになると、代参者の立ち寄り先として観光ルートに含まれるようになった。

1889年(明治22年)に東京と軍港のある横須賀を結ぶ目的で横須賀線が開通したが、その経由地となったことによって、観光地としての性格が急激に濃くなっていった。また、東京から至近の別荘地として、皇族・華族や政財界の有力者などの一部が別荘を構えるようになり、これらを相手とした観光産業が発展していった。なお、この横須賀線建設工事のため段葛は寸断された。

明治中期に観光地化される少し前の1883年(明治16年)に「衛生(えいせい)」という言葉を日本で初めて医学に使用した長与専斎が、神奈川県の鎌倉の地域の海を地形的な特徴から「海水浴場として最適」と紹介した。当時は海水浴が医療効果を持つと信じられていたため、長与の紹介も行楽的な観点からではなく医療的な観点によるものであったが、今日では海水浴と医療効果との因果関係は科学的根拠に欠けるとされ、由比ヶ浜、材木座海岸といった海水浴場は行楽客を対象に設営され、湘南の一部として一般に認識されている。

1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災では鎌倉も大きな被害がもたらされた。

昭和に入ると、久米正雄など、作家や文人の一部が鎌倉へ移り住むようになり「鎌倉文士」という言葉が生みだされた。1936年(昭和11年)、松竹が撮影所を蒲田から大船に移し大船撮影所が開設されるようになると、映画関係者で鎌倉に移り住む者が増えていった。

1928年(昭和3年)の鎌倉山の分譲を嚆矢に、1930年(昭和5年)の横須賀線列車の電車化以降、戦前・戦後を通じて大規模な住宅開発が行われるようになり、東京近郊のベッドタウンとしての性格が強くなっていった。とりわけ、高度経済成長期の大規模開発の波は「昭和の鎌倉攻め」とも形容される。この時期に起こった鶴岡八幡宮裏の「御谷」開発中止を求める、作家大佛次郎を中心とした市民運動は、古都保存法制定の契機となり、異論はあるが日本におけるナショナル・トラスト運動の嚆矢ともいわれている。

芥川龍之介と鎌倉[編集]

夏目漱石門下の若手天才小説家芥川龍之介(24歳)は、1916年大正5年)7月に東京帝国大学(現・東京大学英吉利文学を卒業した後、恩師の紹介で横須賀にある海軍機関学校英語教授嘱託として12月付けで赴任することになり、東京から鎌倉町和田塚(現・由比ガ浜4-8付近)へ転居して、江之島電気鉄道(現・江ノ島電鉄)沿線で下宿生活を始める。芥川は、この後、1917年(大正8年)9月にいったん横須賀市汐入町へ転居したが、1918年(大正7年)3月になって大町辻の小山別邸内に借家として新居を構え、1919年(大正8年)3月末に海軍機関学校を退職して田端の自宅(東京府北豊島郡滝野川町田端〈現在の東京都北区田端1-19-18〉。cf. 田端文士村)に戻るまで暮らした。

おおよそ1917年から1919年までの間、芥川が生活と文筆活動の本拠を鎌倉に置いたことは、1923年(大正12年)の関東大震災発生以降に本格化する文化人の鎌倉暮らし、いわゆる鎌倉文士の時代の先駆けとも見なされている。

年表[編集]

江戸時代以前[編集]

明治時代[編集]

明治改元後[編集]
日清戦争後[編集]
  • 6月20日 - 江之島電氣鐵道路線(現・江ノ島電鉄線。直近までは藤沢駅-片瀬駅〈現・江ノ島駅〉間)が鎌倉方面へ延伸し、片瀬駅-田辺駅(現・七里ヶ浜駅)間が開通する。
  • 7月17日 - 江之島電氣鐵道路線の鎌倉方面への延伸に追揚駅(現在は廃駅)の1駅が追加される。
  • 1904年(明治37年)4月1日 - 江之島電氣鐵道路線の鎌倉方面へ延伸し、追揚駅-極楽寺駅間が開通する。
日露戦争後[編集]
  • 2月某日 - 極楽洞(極楽トンネル)の竣工。
  • 8月16日 - 江之島電氣鐵道路線の鎌倉方面へ延伸し、極楽寺駅-大町駅(現在は廃駅)間が開通する。

大正時代[編集]

第一次世界大戦後[編集]

昭和時代[編集]

太平洋戦争前[編集]
太平洋戦争中[編集]
  • 建設の際、「泣塔」と呼ばれる宝篋印塔を破却いようとしたところ、地元住民が反対するなか、様々な凶事と変事が立て続けに起こって祟りが噂されるうちに、当局は計画の微調整を余儀なくされ、塔に手を着けないまま敷地脇に残す形で工事を続けることとなった。
  • 1943年(昭和18年)10月 - 横須賀海軍工廠深沢分工場の竣工と操業開始。
  • 1945年(昭和20年)
太平洋戦争後[編集]

平成時代[編集]

行政区域の変遷[編集]

  • 1月1日 - 鎌倉市が深沢村を編入し、改めて鎌倉市(第2次鎌倉市)を発足[5]
  • 6月1日 - 鎌倉市が大船町を編入し、改めて鎌倉市(第3次鎌倉市)を発足[6]。これをもって鎌倉郡が消滅する。

地域[編集]

鎌倉地域
扇ガ谷大町御成町極楽寺小町材木座坂ノ下笹目町佐助十二所浄明寺二階堂西御門長谷由比ガ浜雪ノ下稲村ガ崎
腰越地域
腰越七里ヶ浜、七里ガ浜東、津西西鎌倉
深沢地域
梶原鎌倉山上町屋手広寺分常盤笛田山崎
大船地域
今泉今泉台岩瀬大船小袋谷(一丁目を除く)、高野山ノ内
玉縄地域
植木岡本城廻、台一丁目、玉縄関谷

人口[編集]

Demography14204.svg
鎌倉市と全国の年齢別人口分布(2005年) 鎌倉市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 鎌倉市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
鎌倉市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

通勤率と就業者について[編集]

東京都特別区部への通勤率は23.5%・横浜市への通勤率は18.5%である(いずれも平成22年国勢調査)。

当地に常住する15歳以上就業者は72,820人。うち他市区町村で従業している者は44,730人と、全体の61.4%である。他市区町村への従業先1位は東京都特別区部の17,093人、2位は横浜市の13,459人、3位は藤沢市の4,418人、4位は川崎市の1,675人、5位は横須賀市の974人である(平成22年国勢調査による)。

隣接している自治体・行政区[編集]

行政[編集]

鎌倉市でも、風致地区の保存など観光資源の維持管理には努力しているが、関東大震災での被害などもあって建築文化財は少ない(国宝建造物は円覚寺舎利殿1棟のみ)。周辺地域に比べて自然が保存されており、例えば個人の土地の大きな樹を保存するのに市から助成金が出る。オムニバスタウンの一つでもある。

市章は、源氏の家紋だったといわれる「りんどう」。

現職市長[編集]

2009年(平成21年)10月25日初当選(36歳、無所属[16]、11月1日就任[17]2013年(平成25年)10月31日退任。同年10月27日再選(40歳、無所属)[16]、11月1日再任[17]2017年(平成29年)10月31日退任。同年10月22日再選(44歳、無所属)[16]、11月1日再任。現在は3期目で、任期満了日は2021年(平成33年)10月31日。
  • 副市長 - 小礒 一彦(こいそ かずひこ):2016年(平成28年)6月14日初就任[18]。任期満了日は2020年(平成32年)6月13日。

歴代市長[編集]

  • 出典1 - 選挙管理委員会事務局 (2015年10月15日). “過去の選挙記録 - 鎌倉市の選挙”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月22日閲覧。 ※第21代まで。
  • 出典2 - 経営企画部秘書広報課 (2015年1月23日). “歴代市長”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月22日閲覧。 ※第22代まで。

首長の代数(歴代)の数え方は何種類もあるが、本節では (a)(b) を添える形で書き分けながら解説する。表示欄では「代(a)」「代(b)」という名で2種類を記載した。「代(a)」は、就任のあるたびにカウントする方式に基づく代数であり、「代(b)」は、同一人物による連続就任をカウントしない方式に基づく代数である。鎌倉市は「代(a)」の方式を採っているが(他の例:八王子市歴代市長弘前市歴代市長[2]浜松市歴代市長[3])、「代(b)」の方式を採る自治体も多く(例:京都市歴代市長[4]大垣市歴代市長[5])、(a) と (b) の違いを認識しないまま単純に比較すると誤解が生まれる。なお、返り咲きがあろうとも同一人物を1カウントとする方式もあるが、鎌倉市にこれを当てはめると (b) の代数から 1 が引かれる。

代(a) 代(b) 氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1
1
清川 來吉(きよかわ らいきち)
1940年昭和15年)4月9日 1940年(昭和15年)11月16日 1939年(昭和14年)11月3日、鎌倉市が発足。市長が選出されて就任するまでの間は、市長職務代行者が置かれるが、旧合併特例法に基づく特例事項で都道府県知事等もしくは施行前の首長がこれを務める。鎌倉市の係る資料は確認できないが、おそらく旧鎌倉町長・清川來吉が務めた。その後、清川が選出され、初代市長に就任した。
2
2
鈴木 富士彌(すずき ふじや)
1940年(昭和15年)12月24日 1944年(昭和19年)12月23日 1期目4年を満了。
3
1944年(昭和19年)12月24日 1945年(昭和20年)12月10日 2期目の1周年を目前に体調を崩して辞任か。辞任のおよそ1か月後に死亡している。
4
3
磯部 利右衛門(いそべ りえもん)
1946年(昭和21年)1月25日 1947年(昭和22年)3月25日 無所属。1期4年を満了せず。
5
1947年(昭和22年)4月5日 1951年(昭和26年)4月4日 無所属。1期分4年を満了。
6
4
草間 時光(くさま ときみつ)
1951年(昭和26年)4月24日 1955年(昭和30年)4月23日 無所属。1期4年を満了。
7
5
磯部 利右衛門
1955年(昭和30年)5月1日 1958年(昭和33年)7月17日 無所属。在任中に死亡[19]
8
6
山本 正一(やまもと しょういち)
1958年(昭和33年)9月3日 1962年(昭和37年)8月29日 自由民主党。1期目4年を満了。
9
1962年(昭和37年)8月30日 1966年(昭和41年)9月2日 自由民主党。2期目4年を満了。
10
1966年(昭和41年)9月3日 1970年(昭和45年)9月2日 自由民主党。3期目4年を満了。
11
7
正木 千冬(まさき ちふゆ)
1970年(昭和45年)9月3日 1974年(昭和49年)9月2日 鎌倉市民連合。1期目4年を満了。
12
1974年(昭和49年)9月3日 1978年(昭和53年)9月2日 鎌倉市民連合。2期目4年を満了。3選を目指すも落選。
13
8
渡辺 隆(わたなべ たかし)
1978年(昭和53年)9月3日 1981年(昭和56年)9月10日 無所属。在任中に病死[19]
14
9
小島 寅雄(こじま とらお)
1981年(昭和56年)11月1日 1985年(昭和60年)10月31日 無所属。1期4年を満了。
15
10
中西 功(なかにし いさお)
1985年(昭和60年)11月1日 1989年(平成元年)10月31日 無所属。1期目4年を満了。
16
1989年(平成元年)11月1日 1993年(平成5年)10月31日 無所属。2期目4年を満了。3選を目指すも落選。
17
11
竹内 謙(たけうち けん)
1993年(平成5年)11月1日 1997年(平成9年)10月31日 鎌倉を愛する市民の会。1期目4年を満了。
18
1997年(平成9年)11月1日 2001年(平成13年)10月31日 無所属。2期目4年を満了。3選は目指さず。
19
12
石渡 德一(いしわた とくかず)
2001年(平成13年)11月1日 2005年(平成17年)10月31日 2001年(平成13年)10月21日、48歳で初当選[16]。無所属。1期目4年を満了。
20
2005年(平成17年)11月1日 2009年(平成21年)10月31日 無所属。2期目4年を満了。3選は目指さず。
21
13
松尾 崇(まつお たかし)
2009年(平成21年)11月1日 2013年(平成25年)10月31日 2009年(平成21年)10月25日、36歳で初当選[16]。無所属。1期目4年を満了。
22
2013年(平成25年)11月1日 2017年(平成29年)10月31日 無所属。2期目4年を満了。
23
2017年(平成29年)11月1日
( 現 職 )
無所属。現在は3期目で、任期満了日は2021年(平成33年)10月31日。

不祥事等[編集]

  • 1970年(昭和45年)に革新市長・正木千冬が誕生すると、勧奨退職金の最高額を90ヶ月分から130ヶ月分にまで大幅にアップした[20]。これを受けて、1980年代には市職員が各省事務次官をしのぐ5千万円以上の高額退職金をもらう事例が続出し、「退職金日本一のお役所天国」と揶揄された。
  • 2012年(平成24年)4月頃から2年間にわたり、市役所の生活福祉課の生活保護相談窓口の前に棚や衝立などを設置し、窓口を利用できない状態にしていたことが発覚した[21][22]。隣の窓口で生活保護相談を受け付ける旨の表示はあったが、同課を訪れた市民が窓口で引き返した例もあり、支援団体からの指摘を受けて窓口を再開した。松尾崇市長はツイッター上で本件について謝罪した[23]

市役所等[編集]

市役所[編集]

  • 深沢支所 - 常盤111-3に所在。
  • 腰越支所 - 腰越864に所在。
  • 大船支所 - 大船2-1-26に所在。

税務署[編集]

他の市民サービス施設[編集]

  • 鎌倉市中央図書館 - 御成町20-35に所在。
  • 鎌倉市大船図書館 - 大船2-1-26に所在。
  • 鎌倉市玉縄図書館 - 岡本2-16-3に所在。
  • 鎌倉市深沢図書館 - 常盤111-3に所在。
  • 鎌倉市腰越図書館 - 腰越864に所在。

警察[編集]

  • 大船警察署 - 大船1709-2に所在。神奈川県警察第六方面警察署の一つ。管轄区域は、鎌倉市北部。
  • 交番 - 大船駅前交番など、4ヶ所。
  • 駐在所 - 今泉駐在所のみ。

消防・防災・救急救命[編集]

  • 腰越出張所 - 腰越4-9-12に所在。
  • 深沢出張所 - 手広1-16-12に所在。
  • 浄明寺出張所 - 浄明寺6-2-7に所在。
  • 七里ガ浜出張所 - 七里ガ浜東1-2-5に所在。
  • 大船消防署 - 大船3-5-10に所在。
  • 玉縄出張所 - 玉縄2-5-2に所在。
  • 今泉出張所 - 今泉2-4-25に所在。
  • 鎌倉市消防団 - 事務所は鎌倉市消防本部消防総務課に所在[24]。全28分団、鎌倉地区11分団、深沢地区6分団、大船地区10分団(2016年時点)[24]。女性団員数は2人と少ない(2016年時点)[24]

水道事業[編集]

上水道
下水道

清掃事業[編集]

清掃
  • 名越クリーンセンター - 大町5-11-16に所在。[26][12]
  • 今泉クリーンセンター - 今泉4-1-1に所在。
  • 深沢クリーンセンター - 笛田3-24-1に所在。
  • 笛田リサイクルセンター - 笛田1-11-34に所在。
最終処分

名越クリーンセンターと今泉クリーンセンターから発生する焼却残渣は、2000年(平成12年)4月以降は全量を溶融固化処理を行っており、最終処分場での埋め立ては行われなくなった[12]

姉妹都市等[編集]

立法[編集]

市議会[編集]

  • 定数:26名
  • 任期:2013年(平成25年)5月15日 - 2017年(平成29年)5月14日
  • 議長:中沢克之(公正と法、2期)
  • 副議長:久坂くにえ(みんなの鎌倉、3期)
  • 2期での議長が誕生した。
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
鎌倉夢プロジェクトの会 4 ◎髙橋浩司、日向慎吾、永田磨梨奈、小野田康成
みんなの鎌倉 4 ◎渡辺隆[注釈 2]、河村琢磨、久坂くにえ、中村聡一郎
公明党鎌倉市議会議員団 3 ◎大石和久、西岡幸子、納所輝次
鎌倉みらい 3 ◎池田実、前川綾子、山田直人
公正と法 3 ◎上畠寛弘(自由民主党)、長嶋竜弘、中澤克之(自由民主党)
日本共産党鎌倉市議会議員団 2 ◎赤松正博、吉岡和江
神奈川ネットワーク運動・鎌倉 2 ◎三宅真里、保坂令子
無所属 8 千一、竹田ゆかり、渡邊昌一郎 (自由民主党)、松中健治

※ :2016年(平成28年)5月26日現在。

※ 政党名を冠する会派以外の議員のうち、市議会議員選挙時に政党公認であった議員はカッコつきで政党名を付した。

神奈川県議会(鎌倉市選挙区)[編集]

  • 定数:2名(欠員1)
  • 任期:2015年(平成23年)4月30日 - 2019年(平成31年)4月29日
氏名 会派名
中村省司 自由民主党神奈川県議会議員団 → 神奈川絆の会

※2017年(平成29年)10月25日現在[27]

衆議院[編集]

  • 選挙区:神奈川県第4区
  • 任期:2017年(平成29年)10月22日 - 2021年(平成33年)10月21日
議員名 党派名 当選回数 備考
早稲田夕季 立憲民主党 1 選挙区
山本朋広 自由民主党 4 比例復活

司法[編集]

裁判所[編集]

検察庁[編集]

医療[編集]

医療提供施設は特筆性の高いもののみを記載する。急患診療所以外の医療提供施設の記載順は「#地域」節の記載順を基準としている。

一次医療圏
  • 鎌倉市医師会休日夜間急患診療所 - 材木座3-5-35に所在。
  • 額田記念病院 - 総合病院大町4-6-6に所在。
  • 清川病院 - 総合病院。救急指定病院輪番制)。小町2-13-7に所在。
  • 鎌倉ヒロ病院 - 救急指定病院(輪番制)。材木座1-7-22に所在。
  • 鎌倉病院 - 救急指定病院(輪番制)。長谷3-1-8に所在。
  • 医療法人社団 南浜会 鈴木病院 - 総合病院。救急指定病院(輪番制)。腰越1-1-1に所在。
  • 湘南記念病院 - 総合病院。救急指定病院(輪番制)。笛田2-2-60に所在。
  • 大船中央病院 - 総合病院。救急指定病院(輪番制)。大船6-2-24に所在。
  • 湘南鎌倉総合病院 - 総合病院。救急指定病院(鎌倉市唯一の救命救急センター)。岡本1370-1に所在。
広域医療圏

鎌倉市が属する広域医療圏は、二次医療圏(二次保健医療圏)としては「横須賀・三浦医療圏(横須賀・三浦保健医療圏)」(管轄区域:横須賀市、鎌倉市、逗子市三浦市葉山町[28][29][30]である。三次医療圏は「神奈川県医療圏」(管轄区域:神奈川県全域)。

郵便事業[編集]

  • 鎌倉郵便局 - 小町1-10-3に所在。
  • 鎌倉材木座郵便局 - 材木座3-17-30に所在。
  • 鎌倉浄明寺郵便局 - 浄明寺3-2-20に所在。
  • 鎌倉長谷郵便局 - 長谷1-15-11に所在。
  • 鎌倉由比ヶ浜郵便局 - 由比ガ浜3-9-45に所在。
  • 鎌倉雪ノ下郵便局 - 雪ノ下1-10-6に所在。
  • 鎌倉稲村ガ崎郵便局 - 稲村ガ崎1-15-18に所在。
  • 腰越郵便局 - 腰越3-1-23に所在。
  • 鎌倉津西郵便局 - 津西1-1-14に所在。
  • 西鎌倉郵便局 - 西鎌倉1-3-4に所在。
  • 鎌倉梶原郵便局 - 梶原2-34-8に所在。
  • 深沢郵便局 - 常盤60-3に所在。
  • 鎌倉手広郵便局 - 笛田1-8-4に所在。
  • 鎌倉今泉台郵便局 - 今泉台4-19-17に所在。
  • 大船ルミネウィング内郵便局 - 大船1−4−1 大船ルミネウィング内に所在。
  • 大船郵便局 - 大船2-20-23に所在。
  • 鎌倉大船三郵便局 - 大船3-15-29に所在。
  • 鎌倉台郵便局 - 3-11-21に所在。
  • 鎌倉小坂郵便局 - 山ノ内739に所在。
  • 鎌倉植木郵便局 - 植木580に所在。
  • 鎌倉岡本郵便局 - 岡本2-12-4に所在。

教育[編集]

小学校[編集]

公立

国立
私立

中学校[編集]

公立

国立
私立

高等学校[編集]

公立
私立

特別支援学校[編集]

大学・短期大学[編集]

鎌倉市では、「鎌倉市奨学金制度」という奨学金制度がある。

情報・通信[編集]

鎌倉市は三方を山に囲まれているため市外からの電波が入りにくく、古都保存法によって新たな中継局設置も困難なことから、地上デジタル放送の難視聴世帯が多く発生すると見られている。これに対し、市ではケーブルテレビによる解決を図っている[31]

放送事業者[編集]

ラジオ放送

交通[編集]

鎌倉市の交通については、鉄道は市の規模に対して充実している反面、道路については地形の特性上行き止まりが多く、交通は限られた路線に集中する上、幅員も狭く歩行者・自動車の分離も不十分でかつ計画道路整備率が県内平均に劣っていることなど、交通安全上・渋滞面で課題を抱えており、特に休日や海水浴シーズンには市内各所で激しく渋滞する。バス路線は地域内を網羅しサービス水準は高いものの、前述の道路面の課題に影響され定時性の確保が課題となっている[32]

この道路渋滞を少しでも緩和するため駐車上の整備とともにパークアンドライドが2001年度から本格実施されている。

また、参拝客が集中する年末年始にかけては市内中心部(いわゆる鎌倉)を中心に大規模な交通規制が実施される。

鉄道[編集]

江ノ電

バス[編集]

オムニバスタウン政策をとっていることもあり、コミュニティバスの普及も見られる。

道路[編集]

国道134号

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

以下に主要な名所などを掲げる。なお、鎌倉の歴史的建造物群には「武家の古都・鎌倉」として、日本の世界遺産暫定リストに登録されているものがある。

釈迦堂切通し/浄明寺側より望む。通行禁止前
円覚寺舎利殿/国宝

レジャー[編集]

祭り・イベント[編集]

鶴岡八幡宮 流鏑馬

鶴岡八幡宮で催される祭事については、当該項目も参照のこと。

  • 東日本大震災復興祈願祭(3月)
  • 鎌倉祭り(4月)
  • 夏越(なごし)祭り(8月)
  • ぼんぼり祭り(8月)
  • 海上花火大会(8月)
  • 鶴岡八幡宮秋期例大祭(9月)
  • 面掛行列(9月)
  • 御鎮座記念祭(12月)

鎌倉祭りと鶴岡八幡宮秋期例大祭では、流鏑馬が奉納される。 ■右列に画像あり

2007年(平成19年)7月21日 - 8月19日週刊少年ジャンプで連載中の「ONE PIECE」連載10周年記念イベントの一環として、鎌倉駅、由比ヶ浜、小町通り等がジャックされた。市内でスタンプラリー等色々なイベントが行われた。

[編集]

鎌倉ハムは旧鎌倉郡に由来するため鎌倉市とは直接関係ない。

鎌倉市出身の有名人[編集]

ゆかりのある有名人[編集]

居住者[編集]

その他[編集]

鎌倉市を舞台とした作品[編集]

基本的に五十音順で表記。

映画[編集]

小説[編集]

漫画[編集]

注記のないものは連載終了した作品

ドラマ[編集]

アニメ[編集]

  • 青い花(2009年、監督 - カサヰケンイチ、制作 - J.C.STAFF)- 上述の漫画のアニメ版。2009年7月よりフジテレビ『NOISE』にて放送された。
  • 亜人ちゃんは語りたい(2017年、監督 - 安藤良、制作 - A-1 Pictures) - 北鎌倉駅周辺や鎌倉駅付近、極楽寺駅、稲村ケ崎が登場するほか、江ノ電バスをモチーフとしたバスも登場する。
  • うた∽かた(2004年、監督 - 後藤圭二、制作 - ハルフィルムメーカー)(UHFアニメ、地元局tvkでも放送された) - 主人公は雪ノ下に居を構え、鎌倉女子学園(架空)に通う女子高生。由比ヶ浜(鎌倉花火大会、鎌倉プリンスホテル)や鎌倉駅(江ノ電。喫茶店「銀の鈴」、作中では「金の鈴」)、大町(「八雲神社」、作中では「九雲神社」)や鶴岡八幡宮をはじめ、登場する舞台は殆ど鎌倉市内である。
  • エルフェンリート(2002年、監督 -神戸守、製作 - アームス)(CS(AT-Xで放送及びUHFアニメ)- 上述の漫画のアニメ版。
  • GO!GO!575(2014年、監督 - 安斎剛文、制作 - レイ・デュース / C2C、2014年1月に、TOKYO-MXやtvkなどで放送された) - オープニングでは、若宮大路、鎌倉中央公園、#1では山ノ内の女子学園前の信号機、#2で池に落ちるシーンは鎌倉中央公園の上池と下池の間、お風呂は材木座の銭湯(清水湯)、帰路は水道路付近、#3では北鎌倉駅構内、小町のコーヒーショップ(イワタコーヒー)、下馬近くの大町踏切、#4では極楽寺駅前、ダンスシーンは鎌倉中央公園の生垣見本(庭園植物園内)、ラストは同公園の芝生広場の前が登場。個々の場所はそれぞれ離れているものの、鎌倉市内に実在する場所が随所に登場する。
  • Cosmic Baton Girl コメットさん☆(2001年、監督 - 神戸守、制作 - 日本アニメーションテレビ大阪
  • Just Because!(2017年、監督 - 小林敦、制作 - PINE JAM) - 2017年10月よりTOKYO MX他で放送。#1では、深沢地域の常盤から手広にかけての実在する場所が随所に登場する。舞台の県立柏尾川高等学校は、深沢高校がモデルになっている。
  • 侵略!イカ娘(2010年、監督 - 水島努、制作 - ディオメディア) - 上述の漫画のアニメ版。2010年10月よりテレビ東京系で放送された。イカ娘が初めて上陸した海岸、海の家「れもん」周辺の風景描写に、由比ヶ浜近辺の風景が登場する。
  • 侵略!?イカ娘(2011年、総監督 - 水島努、監督 - 山本靖貴、制作 - ディオメディア) - 上記の第2期シリーズ。高徳院の鎌倉大仏が描かれている。

ゲーム[編集]

音楽[編集]

作者の大和田建樹の歴史・景勝好みが影響している為4番に渡って歌ったと見られている。
  • 「鎌倉天気雨」 (emiko)
アニメ『うた∽かた』のイメージアルバム。「ずっとこの街で」「Only your friend」「Yell 〜あなたの隣で〜 '04 AUTUMN」「どんなにつらい事があったとしても '04 AUTUMN」「横顔」を収録。

ミュージックビデオ[編集]

鎌倉市のキャラクター[編集]

ナンバープレート[編集]

鎌倉市は、横浜ナンバー(神奈川運輸支局)を割り当てられている。

横浜ナンバー割り当て地域
  • 横浜市・鎌倉市・逗子市・横須賀市・三浦市・三浦郡(葉山町)

バイクの場合は、江ノ電が描かれたご当地ナンバープレートが存在する。

その他[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 大正時代(1912-1926年)の中期ということで、記載位置は1919年とする。
  2. ^ 13代目市長と同姓同名であるが別人である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 鎌倉市教育委員会『かまくら34』第2版、1995年3月31日、98頁
  2. ^ a b c d e f g h 文化財部文化財課 (2018年3月9日). “鎌倉市指定文化財一覧表”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月26日閲覧。
  3. ^ a b c 沿革”. 公式ウェブサイト. 大船観音寺. 2018年3月24日閲覧。
  4. ^ 同日、内務省告示第515号
  5. ^ a b 昭和22年12月26日、神奈川県告示第458号
  6. ^ a b 昭和22年5月29日、神奈川県告示第233号
  7. ^ a b 同日、自治省告示第322号
  8. ^ a b c d 浄化センター - 上下水道”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市 (2017年4月18日). 2018年3月22日閲覧。
  9. ^ a b 同年4月20日、自治省告示第111号
  10. ^ 鎌倉彫について”. 公式ウェブサイト. 鎌倉彫工芸館. 2018年3月26日閲覧。
  11. ^ 鎌倉市市民活動部観光商工課商工担当 (2017年2月27日). “鎌倉彫”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月26日閲覧。
  12. ^ a b c d 環境部 (2018年2月28日). “処理施設 - ごみ・リサイクル”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月22日閲覧。
  13. ^ a b c d 土木学会選奨土木遺産”. 公式ウェブサイト. 社団法人土木学会. 2018年3月23日閲覧。
  14. ^ 丸山 智朗(東京大学大学院農学生命科学研究科水域保全学研究室) (2012年9月22日). “鎌倉市滑川におけるヒメヌマエビ(節足動物門;十脚目;ヌマエビ科)の記録 (PDF)”. 神奈川県立生命の星・地球博物館. 2018年3月23日閲覧。
  15. ^ 同日、内務省告示第515号
  16. ^ a b c d e 選挙ドットコム
  17. ^ a b 経営企画部秘書広報課 (2015年1月23日). “歴代市長”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市. 2018年3月22日閲覧。
  18. ^ “3役と副市長が決定”. タウンニュース (株式会社タウンニュース社). (2016年6月24日). https://www.townnews.co.jp/0602/2016/06/24/337617.html 2018年3月22日閲覧。 
  19. ^ a b 歴代市長について知りたい。”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市 (2013年5月7日). 2018年3月22日閲覧。
  20. ^ “役所天国・鎌倉市”お手盛り給与「わたり」 市議会から「即時廃止」迫られ「組合」熾烈防戦 産経新聞 2014年10月27日
  21. ^ 鎌倉市の生活保護申請窓口についたて 2年以上 外部指摘で撤去 - カナロコ、2014年7月1日
  22. ^ ふさがれた生活保護窓口 鎌倉市「棚置く場所なく」 - 朝日新聞、2014年7月2日
  23. ^ 2014年7月3日のツイート
  24. ^ a b c 鎌倉市消防団 - 消防団の組織概要 (PDF)”. 公式ウェブサイト. 総務省消防庁 (2016年(平成28年)4月1日). 2018年3月22日閲覧。
  25. ^ 企業局水道部水道施設課 (2018年3月14日). “鎌倉水道営業所”. 公式ウェブサイト. 神奈川県. 2018年3月22日閲覧。
  26. ^ a b 環境部”. 公式ウェブサイト. 鎌倉市 (2018年2月23日). 2018年3月22日閲覧。
  27. ^ 中村氏離団一人会派に 2015/12/03 神奈川新聞
  28. ^ 横須賀・三浦医療圏”. JMAP(公式ウェブサイト). 日本医師会 (2015年). 2018年3月25日閲覧。
  29. ^ 神奈川県保健福祉局保健医療部医療課 (2015年8月17日). “平成26年度 二次保健医療圏別(横須賀・三浦圏域)の医療機能ごとの病床の状況”. 公式ウェブサイト. 神奈川県. 2018年3月25日閲覧。
  30. ^ 神奈川県保健福祉局保健医療部医療課 (2017年6月26日). “II 各二次保健医療圏・政令市の課題と施策の方向性 - 神奈川県保健医療計画 (PDF)”. 公式ウェブサイト. 神奈川県. 2018年3月25日閲覧。
  31. ^ 2011年7月24日 地デジ移行・7,000世帯が受信困難か”. タウンニュース. 2010年3月10日閲覧。[リンク切れ]
  32. ^ 鎌倉市都市マスタープラン「III部門別方針 5 交通システム整備の方針 1現況と課題」[1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]