神奈川区

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かながわく ウィキデータを編集
神奈川区
ポートサイド地区 区庁舎位置
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
横浜市
市町村コード 14102-0
面積 23.73km2
総人口 247,844[編集]
推計人口、2021年7月1日)
人口密度 10,444人/km2
隣接自治体
隣接行政区
横浜市鶴見区西区保土ケ谷区
港北区緑区
区の木 こぶし
区の花 チューリップ
区のマスコット
区のイメージソング
かめ太郎(浦島太郎伝説から)
早春花
神奈川区役所
所在地 221-0824
神奈川県横浜市神奈川区広台太田町3番地の8
北緯35度28分37.4秒 東経139度37分45.4秒 / 北緯35.477056度 東経139.629278度 / 35.477056; 139.629278座標: 北緯35度28分37.4秒 東経139度37分45.4秒 / 北緯35.477056度 東経139.629278度 / 35.477056; 139.629278
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神奈川区役所庁舎
外部リンク 神奈川区役所ホームページ
横浜市神奈川区位置図

神奈川区位置図

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神奈川区(かながわく)は、横浜市を構成する18区のうちのひとつ。

東海道宿場町、「神奈川宿」から区名が取られた。県名も同源である。

地理[編集]

横浜市の北東に位置する神奈川区は、東西方向に長く(約8.0km)、東は横浜港、西は緑区鴨居町に接している。区役所は区の東側にあり、最寄り駅はJR東神奈川駅京急京急東神奈川駅東急反町駅である。

  • 湖沼・河川・運河 白幡池、入江川、新田間川(あらたまがわ)、帷子川(かたびらがわ)、砂田川、滝の川、恵比須運河、宝運河

平成18年10月23日に羽沢町の一部が羽沢南1〜4丁目に分割されたため、現在の最大面積は菅田町である。

JR東神奈川駅・京急東神奈川駅周辺はかなっくシティと呼ばれ、再開発が行われている。2009年10月には、JR東神奈川駅東口にフィットネスクラブなどの入った大型ショッピングモール(駅ビル)が完成した。

臨海部[編集]

神奈川新町駅付近の入江川。運河となっている
概ね第二京浜より海側

旧東海道沿いには寺社や旧跡が多く点在し、往時をしのばせる。海岸線の殆どは埋立地で、京浜工業地帯の一部であり、多数の工業施設や、横浜市中央卸売市場本場、横浜郵便集中局等の横浜市を支える施設が集中している。そのため、入江川は国道15号をくぐると枝分かれして運河になり、工場を縫う様に貨物線も通っている。AV機器で有名なJVCケンウッド(旧・日本ビクター)の本社もこの地域にある。

大野町・金港町・栄町はヨコハマポートサイド地区として再開発が行われ、オフィスビルや高層マンションが多く建ち並ぶ地区となった。2000年代前半には屋上の塔屋が特徴的なツインマンション「ザ・ヨコハマ・タワーズ」(約140m)が完成、2006年には金港町に大型商業施設「横浜ベイクォーター」が完成した。また、その他の高層マンションとして2007年には「ナビューレ横浜 タワーレジデンス」(約150m・ベイクォーターに隣接)、「パークタワー横浜ステーションプレミア」(約140m)、2008年には「パークタワー横浜ポートサイド」(約119m)が完成、続いてベイクォーターに隣接するオフィスビルとして2009年に「横浜ダイヤビルディング」(約157m・神奈川区で最高層)が完成している。

さらに中央卸売市場本場を隔てた山内町・橋本町にも開発の波が広がり、コットンハーバー地区として再開発が行われている。この山内埠頭から東神奈川駅へ至る地域は「東神奈川まち・海軸」として、横浜市の重点整備地域に指定されており、2015年に策定された横浜市都心臨海部再生マスタープランにおいては五地区のうちの一つ「東神奈川臨海部周辺地区」にも含まれている[1]。また、京急神奈川新町駅から新浦島町へ至る地域は「神奈川新町・新浦島町軸」として、道路・歩道の整備が行われる予定である。

第一京浜第二京浜沿いにはオフィスビル・雑居ビル・商店・住宅等が立ち並んでいる。第一京浜よりさらに海側には、臨港幹線道路が整備中である。

この地域は、中区山下町みなとみらい地区〜新町と続く、横浜港を取り囲む臨海部の再開発地帯の一部分となっている。地域の発展に備え、東海道貨物支線を旅客化する構想も上がっている。

横浜市は、横浜港の正面に位置する瑞穂埠頭(横浜ノースドック)の返還を米軍に求めている。

内陸部[編集]

概ね第二京浜から新横浜通りまで

古くからの住宅密集地帯が多く、細く狭い道や急な山坂が多いのが特徴。東急東横線JR横浜線横浜市営地下鉄ブルーライン(3号線)沿線、幹線道路沿いに商業施設・住宅が広がる。

横浜線大口駅から京急子安駅まで続く大口通商店街は、市内で一番長い商店街である。東横線白楽駅目の前の六角橋商店街は、戦前から続く市内有数の商店街の一つで、かつては横浜市電の終点があり、買い物客で溢れた時代もあった。現在は学生街として、昭和の面影を残す商店街として、ドラマの舞台になったりと有名である。学生が多い為かラーメン屋が比較的多い。

1930年には横浜専門学校(現:神奈川大学)が、東横線の開通によって発展が見込まれた当地域に移転した。また、六角橋には杉山大神があり、この神社の秋の祭礼は盛大で有名である。

市営地下鉄三ツ沢下町駅から三ツ沢上町駅へ続く三ツ沢商店街は、市営地下鉄が開通する前から賑っており、現在でも近所の住民の買い物の場として現役である。

南端部の鶴屋町は横浜駅と隣接し、駅周辺のオフィス街・繁華街の一部となっている。2020年には駅ビルであるJR横浜タワーの別館としてJR横浜鶴屋町ビルが開業した。

丘陵部[編集]

概ね新横浜通りより山側

第三京浜が縦断しているこの地域は、主に住宅が広がっている。元々広い耕地や里山だった所は、大きな団地社宅となっており、今後もさらに宅地化が見込まれる地域である。旧城郷村域の神大寺・片倉・三枚町・菅田町・羽沢町には市街化調整区域を中心に農地や農家が多く残っており、のどかな雰囲気がある。菅田町、羽沢町には、「農業専用地区」が設定されている。農業参照

昭和30年代までは現在の片倉町駅や神奈川大学下など水田が広がっており、夏にはホタルが飛び交うのどかな情景が見られたほどであった。この地域には駅がないので、最も近い横浜市営地下鉄の片倉町駅にはバスターミナルが設けられており、また、横浜駅まで直接出られるバスも多い。

羽沢町にはJR東海道本線の貨物線が通っており、1979年10月1日に横浜羽沢駅が、2019年11月30日には羽沢横浜国大駅が、それぞれ開業した。

住宅団地[編集]

  • UR 青木通団地(幸ケ谷 市街地住宅 賃貸58 1959年)
  • UR 高島台団地(高島台、賃貸136 1958年)
  • UR 西寺尾団地(西寺尾、賃貸216 1960年)
  • UR 東神奈川団地(東神奈川 市街地住宅 賃貸24 1959年)
  • UR 立町団地(立町、分譲40 1958年)
  • UR 北原団地(六角橋、賃貸350 1958年)
  • UR ガーデン山団地(三ツ沢下町)
  • UR 西菅田団地(菅田)
  • UR 宮向団地(羽沢町)
  • UR 片倉台団地(片倉)
  • UR 南神大寺団地(神大寺)
  • UR 西神大寺住宅(神大寺)
  • UR アルテ横浜(大野町、旧住宅・都市整備公団, マイケル・グレイブス)、超高層群、1992年)
  • 市営住宅 テラスハウス西大口
  • 市営住宅 菅田ハイツ
  • 市営住宅 西台町
  • 市営住宅 ルグラン21
  • 市営住宅 グリーンヒル三ツ沢
  • 市営住宅 三ツ沢中町ハイツ
  • 市営住宅 栗田谷ヒルズ
  • 市営住宅 フローラ神大寺
  • 市営住宅 神大寺ハイツ
  • 県営浦島ヶ丘団地(浦島丘4-14外)
  • 菅田スカイヴィレッジ(菅田町1600番地 県営借上公共賃貸住宅)
  • 県営グリーンヒル片倉(片倉町4-11外)
  • 県営羽沢グリーンハイツ(羽沢町917外)
  • 県営アーバンヒルズ浦島(浦島丘)
  • 県営山王森ハイツ(三枚町)
  • 県公社栗田谷共同住宅(栗田谷)
  • 高島台団地(横浜市・神奈川区)

歴史[編集]

中世以前[編集]

江戸時代[編集]

明治・大正[編集]

昭和[編集]

  • 1927年(昭和2年)10月1日、区制施行により神奈川区となる。
  • 1928年(昭和3年)3月、横浜市電の終電六角橋停留所設置。
    • 10月15日、横浜駅の移転により東海道本線神奈川駅が廃止。
  • 1929年(昭和4年)、上無川が埋立てられる。
  • 1930年(昭和5年)、横浜専門学校(現:神奈川大学)が六角橋町字宮面の丘陵に移転してくる。
  • 1931年(昭和6年)、横浜市中央卸売市場(現・横浜市中央卸売市場本場)が山内町に開設。
  • 1932年(昭和7年)、東京横浜電鉄が桜木町まで延伸。渋谷・桜木町間の全線が開通する。
  • 1939年(昭和4年)、神奈川県護國神社の創建を開始(戦前から招魂社が建っていた)。
  • 1941年(昭和16年)12月8日太平洋戦争開戦。
  • 1942年(昭和17年)、米陸軍B29による神奈川区初空襲。
  • 1944年(昭和19年)、幸ヶ谷国民学校内に区役所が疎開
  • 1945年(昭和20年)5月29日横浜大空襲。空襲により神奈川県護國神社、東神奈川駅焼失。
    • 5月27日、神橋国民学校児童、片倉長遠寺で疎開授業開始。
    • 6月1日、東横線新太田町駅が休止される。
    • 9月2日、終戦。区役所庁舎が米国に接収される。
  • 1946年(昭和21年)2月19日昭和天皇が戦後初の巡幸で、市内で最も復興が早かった大口通商店街を視察。
  • 1947年(昭和22年)、横浜線大口駅開業。
  • 1948年(昭和23年)、三ツ沢公園コート開場。
  • 1949年(昭和24年)、横浜貿易博覧会、反町で開催。
    • 10月、神奈川県護國神社跡地に三ツ沢公園が開園。
  • 1950年(昭和25年)4月8日、東横線神奈川駅が廃止される。
  • 1951年(昭和26年)、日米陸上競技大会、三ツ沢グランドで開催。
  • 1953年(昭和28年)、三ツ沢公園内に横浜市戦没者慰霊塔が建てられる。
  • 1955年(昭和30年)、第8回国民体育大会、三ツ沢グランドで開催。
  • 1964年(昭和39年)、区総合庁舎が広台太田町に完成。
  • 1965年(昭和40年)、第三京浜開通。
  • 1968年(昭和43年)、横浜市電の六角橋線・浅間線廃止。
  • 1972年(昭和47年)、米軍、岸根キャンプを市に返還(現:岸根公園(港北区))。
  • 1976年(昭和51年)、横浜新貨物線開通。
  • 1977年(昭和52年)、住宅化が進み、滝野川源流(片倉・六角橋間)暗渠化。
  • 1981年(昭和56年)、神大寺地区センター開館。
  • 1983年(昭和58年)、神奈川会館解体。
    • 豊顕寺市民の森、滝野川プロムナード設置。
  • 1985年(昭和60年)、大野町・金港町・栄町を「ポートサイド地区[2]として再開発が始まる。
  • 1986年(昭和61年)、神奈川地区センターが開館。
  • 1987年(昭和62年)、神奈川図書館が開館。

平成[編集]

令和[編集]

神奈川宿[編集]

  • 1601年に設置された東海道五十三次宿場の一つ。宿場の中央を流れる滝の川を境に神奈川町・青木町の両地域に分かれる。
また、隣接する程ヶ谷宿との中間にある芝生村(現・西区浅間町)が立場として栄えた。
隣の宿場

川崎宿 - 神奈川宿 - 程ヶ谷宿

区域の変遷[編集]

  • 1927年(昭和2年)10月1日、横浜市の区制施行により成立。旧横浜区平沼町、旧橘樹郡神奈川町城郷村大綱村の全域、および旭村大字師岡・西寺尾と保土ケ谷町大字岡野新田、久良岐郡戸太町大字平沼新田の地域が区域となる。
  • 1937年(昭和12年)4月1日、橘樹郡日吉村大字駒林・駒ケ橋・箕輪の全域および矢上・南加瀬の各一部を編入。
  • 1939年(昭和14年)4月1日、大綱・日吉・師岡ならびに城郷地区の内小机町・鳥山町の各地区を港北区へ分区。
  • 1943年(昭和18年)12月1日戸部警察署管内の地域を中区に編入(現在の西区北部)。

地名の由来[編集]

「神奈川」の由来には諸説あるが、過去によく知られているものは、いずれも民間語源説であるという。

  • 昔、神奈川宿の西の町と仲の町の間に小川があった。その川は水源が解らないので、上(かみ)がない川、上無川(かみなしがわ)と呼ばれていた。いつからか、文字が脱落して「かな川」と呼ぶようになった。これは江戸期の文人が、江戸の品川を下無川、神奈川を上無川とペア地名と見たものという。
  • 日本武尊が東方へ赴く際、上無川で船出の用意をしていた。乗船の時、倭姫命に貰った宝剣が水面に映り、金色に輝いたので、この地を金川(かながわ)と名付けた。その後、源頼朝がこの地を訪れた時、金川の風光を賞し、「金は西の方角を司ると言う。西は上にあたり、皇城の方角でもある。ここは神が大いに示す地である。」と言い、いにすを「」の字とし、金川から「神奈川」となった。これも地名伝説のひとつである。
  • 古文書には、「神奈河・神名川・上無川・狩野川・かの川・かな川」等と記されており、これらが変化して「神奈川」になったと言われている。「かの」川のと表記もあるところから、伊豆の狩野川、群馬の神流川などと同義で、「曲がった」川などの可能性もある。(櫻井澄夫の説)。吉田東伍などは、神奈川とは滝野川のことで、上無川とは考えていない。地域を代表する川の名が地名、集落名になったであろうとの考えが地名研究家の間では強い。
その他の地名
区内の町名は、古くからの地名に因むものや、東海道と神奈川宿に因む歴史的な町名が多い。
  • 「出田町」・「大野町」・「鈴繁町」・「橋本町」・「星野町」・「守屋町」・「山内町」という臨海部の町名は、海岸沿いを埋め立てた開発者の名に因む。
  • 「ガーデン山」という三ツ沢にある地名は、大正期から第二次世界大戦まで、東京で証券会社を経営していた大澤幸次郎の屋敷に、息子の大澤幸雄が植物園や小動物園を建て、市民にも開放していた「横濱ガーデン」という5万坪もの広大な庭園があったことからきている。
  • 神大寺羽沢町には、戦国武将太田道灌が小机城攻めの折に軍を率いて立ち寄ったとの伝説を持つ「道灌森」・「赤田谷戸」・「磔原」・「九養塚」・「硯松」・「十三塚」などの地名が残されているが、これらもいわゆる民間語源説と言われている。例えば「十三塚」には民俗学の方面からの研究があり、戦国期の戦闘とは関係がない。
  • 区西部の旧農村部には、「日枝橋」・「谷戸田」・「下耕地」・「道慶谷戸」・「熊野堂」・「猿渡」・「狐谷戸」・「深田」など、かつての農村時代をしのばせる名や伝説などに因んだ区画の名前があった。これらは町名からは消えてしまったが、交差点名やバス停名として、今でも残っているものもある。
  • 「青木町」という京急神奈川駅の海側にある地名は、源頼朝が創建した洲崎神社の境内にあった御神木のアオキから来ていると言われている。
  • 高島台」という京急神奈川駅の山側にある地名は、江戸時代に横浜に大きく貢献した、高島嘉右衛門の屋敷があったことに因む。当時、この台地は高島山と呼ばれていた。
高島嘉右衛門とは、開港後の横浜で近代化に欠かせないインフラガス下水道電気)の敷設に寄与し、新橋横浜間の鉄道用地捻出のために、神奈川(青木町)から横浜(野毛浦)までの、約1.4kmの埋め立てを行った人物。西区の高島町(現:高島)も同源である。

人口[編集]

  • 1930年 133,777
  • 1935年 155,908
  • 1940年 169,408
  • 1945年 62,573
  • 1947年 85,456
  • 1950年 107,068
  • 1955年 142,797
  • 1960年 172,068
  • 1965年 196,258
  • 1970年 207,362
  • 1975年 213,645
  • 1980年 201,794
  • 1985年 201,062
  • 1990年 205,510
  • 1995年 206,158
  • 2000年 210,724
  • 2005年 221,845
  • 2010年 233,429
  • 2015年 238,966


町名[編集]

神奈川区内では、一部の地域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

神奈川区役所管内(103町丁)
町名 よみ 設置年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施直前の町名 備考
西寺尾一丁目 にしてらお 1981年7月27日 1981年7月27日
西寺尾二丁目
西寺尾三丁目
西寺尾四丁目
松見町 まつみちょう 1963年10月16日 未実施 字丁目あり
新子安一丁目 しんこやす 1966年5月1日 1966年5月1日
新子安二丁目
子安台一丁目 こやすだい 1967年5月1日 1967年5月1日
子安台二丁目
神之木町 かみのきちょう 1966年5月1日 1966年5月1日
神之木台 かみのきだい 1967年5月1日 1967年5月1日
子安通 こやすどおり 1936年11月1日 未実施 字丁目あり
入江一丁目 いりえ 1966年5月1日 1966年5月1日
入江二丁目
守屋町 もりやちょう 1918年10月15日 未実施 字丁目あり
恵比須町 えびすちょう 1933年3月22日 未実施
宝町 たからちょう 1937年3月12日 未実施
西大口 にしおおぐち 1936年11月1日 未実施
大口仲町 おおぐちなかちょう 未実施
大口通 おおぐちどおり 未実施
七島町 ななしまちょう 未実施
白幡町 しらはたちょう 1927年4月1日 1991年11月11日
白幡東町 しらはたひがしちょう 1943年2月1日
白幡西町 しらはたにしちょう
白幡南町 しらはたみなみちょう
白幡上町 しらはたかみちょう
白幡仲町 しらはたなかちょう
白幡向町 しらはたむかいちょう
浦島丘 うらしまおか 1932年1月1日 未実施
鳥越 とりごえ 未実施
立町 たてまち 未実施
富家町 とみやちょう 未実施
西神奈川一丁目 にしかながわ 1978年9月10日 未実施
西神奈川二丁目 未実施
西神奈川三丁目 未実施
二ツ谷町 ふたつやちょう 1932年1月1日 未実施
台町 だいまち 未実施
鶴屋町 つるやちょう 未実施 字丁目あり
金港町 きんこうちょう 1944年2月1日 未実施
幸ケ谷 こうがや 1932年1月1日 未実施
亀住町 かめずみちょう 未実施
栄町 さかえちょう 未実施
山内町 やまのうちちょう 1906年4月10日 未実施
星野町 ほしのちょう 1906年10月16日 未実施
新浦島町 しんうらしまちょう 1910年2月15日 未実施 字丁目あり
出田町 いずだちょう 1927年8月30日 未実施
橋本町 はしもとちょう 1909年4月13日 未実施 字丁目あり
千若町 ちわかちょう 1912年3月12日 未実施 字丁目あり
大野町 おおのちょう 1905年1月17日 未実施
桐畑 きりばたけ 1932年1月1日 未実施
高島台 たかしまだい 未実施
上反町 かみたんまち 未実施 字丁目あり
沢渡 さわたり 未実施
泉町 いずみちょう 未実施
松ケ丘 まつがおか 未実施
反町 たんまち 未実施 字丁目あり
松本町 まつもとちょう 未実施
栗田谷 くりたや 2000年10月23日
旭ケ丘 あさひがおか 1999年10月25日
広台太田町 ひろだいおおたまち 未実施
三ツ沢東町 みつざわひがしまち 1970年6月1日
三ツ沢西町 みつざわにしまち
三ツ沢南町 みつざわみなみまち
三ツ沢上町 みつざわかみまち
三ツ沢中町 みつざわなかまち
三ツ沢下町 みつざわしもまち
二本榎 にほんえのき 1999年10月25日 未実施
中丸 なかまる 未実施
斎藤分町 さいとうぶんちょう 2000年10月23日 未実施
平川町 ひらかわちょう 未実施
白楽 はくらく 未実施
六角橋一丁目 ろっかくばし 1965年7月1日 1965年7月1日
六角橋二丁目
六角橋三丁目
六角橋四丁目
六角橋五丁目
六角橋六丁目
神大寺一丁目 かんだいじ 1984年7月23日 1984年7月23日
神大寺二丁目
神大寺三丁目
神大寺四丁目
片倉一丁目 かたくら
片倉二丁目 2002年10月28日 2002年10月28日
片倉三丁目 2003年10月27日 2003年10月27日
片倉四丁目
片倉五丁目
三枚町 さんまいちょう 1927年4月1日 未実施
菅田町 すげたちょう 未実施
羽沢町 はざわちょう 未実施
羽沢南一丁目 はざわみなみ 2006年10月23日 2006年10月23日
羽沢南二丁目
羽沢南三丁目
羽沢南四丁目
神奈川一丁目 かながわ 1978年2月5日 未実施
神奈川二丁目 1976年1月18日 未実施
神奈川本町 かながわほんちょう 未実施
東神奈川一丁目 ひがしかながわ 未実施
東神奈川二丁目 未実施
新町 しんまち 未実施
浦島町 うらしまちょう 未実施
青木町 あおきちょう 1978年2月5日 未実施
瑞穂町 みずほちょう 1936年5月10日 未実施
鈴繁町 すずしげちょう 1958年4月1日 未実施

経済[編集]

工業等[編集]

臨海部は京浜工業地帯の一角を成しており、多数の重化学工場や市の施設等が存在する。

農業[編集]

キャベツ畑とランドマークタワー(上部)

区の内陸に位置する旧城郷村地域(現:六角橋神大寺・片倉・三枚・菅田・羽沢)は、農村であり、田園地帯が広がっていた。「谷戸田」と呼ばれる谷あいの湿田での栽培を行っていたが、条件は極めて悪く、収量もそれほど多くなかった。そのため、明治・大正期には、丘陵に広がる畑で大根(特に、片倉・神大寺の黒葉大根)や植木(菅田)の生産など蔬菜園芸中心の近郊農業が定着した。

戦後、第三京浜横浜市営地下鉄等の開通によって進んだ住宅化で、現在は都市農業となったが、「菅田・羽沢農業専用地区」を中心に、横浜ブランド農産物の生産が行われており、横浜キャベツは市内一の生産量を誇る。また、地神講、稲荷講、念仏講など各種農村文化も健在である。

農業専用地区は、農産物の供給、自然や田園環境の保全だけでなく、災害時の防災空間としての役目も負っている。現在、横浜市には菅田・羽沢地区を含め、26地区、約1011haの農業専用地区がある。

  • JA横浜神奈川支店・菅田支店・神奈川地区営農センター

商業[編集]

金融[編集]

区内には指定機関である横浜銀行を始め、三菱UFJ銀行三井住友銀行神奈川銀行静岡銀行東日本銀行北陸銀行横浜信用金庫かながわ信用金庫、農協(JAバンク)がある。なお、信用組合は1997年以降立地していない。

スーパーマーケット[編集]

このほかに、区内には大小26の商店街が点在している。

また横浜駅西口の繁華街は、首都高速三ツ沢線より北側が神奈川区鶴屋町である。

  • 昭和45年度から平成14年度までの約32年間に、町内会の約120世帯から、私道の固定資産税と都市計画税を過大に徴収していた。台帳が残る1997-02度年分の約960万円を返還する意向だが、それ以前の分は「算定不能」だと不祥事を起こしている。

行政[編集]

  • 区長
宮崎 景 (2006年4月1日 - 2009年3月31日)
岡田優子(2009年4月1日 - 2012年3月31日)
川名 薫 (2012年4月1日 - )
  • 神奈川土木事務所
  • 横浜地方法務局神奈川出張所
  • 神奈川簡易裁判所
  • 横浜税関瑞穂分庁舎
  • 国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所
  • 国土交通省関東地方整備局京浜港湾事務所
  • 横浜港湾空港技術調査事務所
  • 横浜市環境創造局北部公園緑地事務所
  • 横浜市環境創造局神奈川水再生センター
  • 横浜市資源循環局神奈川事務所

警察[編集]

消防[編集]

  • 横浜市神奈川消防署(区総合庁舎内)
    • 浦島消防出張所
    • 菅田消防出張所
    • 片倉消防出張所
    • 松見消防出張所

郵便[編集]

神奈川区の郵便番号 221-0***(神奈川郵便局管轄)

地域[編集]

教育[編集]

大学[編集]

神奈川区内の総合大学は神奈川大学一校のみ。区と提携し、「神奈川区民大学」という、区民に向けた講座を開講している。

専門学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

特別支援学校[編集]

  • 横浜市立盲特別支援学校

外国人学校[編集]

公共施設[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

(京急東神奈川駅はJR東神奈川駅に隣接し、京急新子安駅はJR新子安駅に隣接している)

路線バス[編集]

横浜市営バスが中心。かつては東急バスも乗り入れていた。京浜急行バスと川崎鶴見臨港バスはわずかに縁辺を走る。

横浜市営バス[編集]

区内全域で運行。担当営業所は緑営業所浅間町営業所鶴見営業所港北営業所保土ケ谷営業所である。なお、文中の横浜駅前とは横浜駅東口バスターミナルのことを指す。

  • 44系統:八反橋循環(横浜駅西口〜片倉町入口〜三枚町〜東泉寺前〜八反橋〜天屋〜三枚町〜片倉町入口〜横浜駅西口)
  • 48系統:(東神奈川駅前〜コットンハーバー〜横浜駅前)
  • 50系統:栗田谷循環(横浜駅西口〜東横反町駅前〜栗田谷〜神大寺入口〜三ツ沢総合グランド入口〜横浜駅西口)
  • 59系統:(横浜駅西口〜東神奈川駅西口〜港北小学校前〜菊名駅前〜綱島駅前)
  • 82系統:(横浜駅西口〜六角橋〜神大寺〜神大寺入口/八反橋)
  • 83系統:(横浜駅西口〜三ツ沢総合グラウンド入口〜片倉町入口〜羽沢団地前〜羽沢相原〜旭硝子前)
  • 83系統 : (横浜駅西口〜洪福寺〜和田町〜上星川〜梅の木〜旭硝子前)
  • 86系統 :(横浜駅前〜新町〜子安〜新子安〜生麦)
  • 87系統:(横浜駅西口 → 三ツ沢総合グランド入口 → 市民病院 → 松本 → 横浜駅西口)
  • 88系統 :(東神奈川駅西口〜東横反町駅前〜三ツ沢上町駅前〜市民病院)
  • 129系統:(新横浜駅〜八反橋〜三枚町〜旭硝子入口〜西谷駅前〜鶴ヶ峰駅
  • 129系統 : (新横浜駅〜八反橋〜三枚町〜旭硝子前)
  • 201系統:循環内回り(横浜駅西口〜松本〜三ツ沢西町〜和田町〜洪福寺〜横浜駅西口)
  • 202系統:循環外回り(横浜駅西口〜洪福寺〜和田町〜三ツ沢西町〜松本〜横浜駅西口)
  • 213系統:(新子安駅西口〜大口駅東口〜西寺尾4丁目〜大口駅東口〜新子安駅西口)
  • 291系統:(大口駅前〜六角橋北町〜片倉町駅〜三ツ沢総合グランド入口〜横浜駅西口)
  • 326系統:【急行】(横浜駅西口〜東神奈川駅西口〜六角橋〜片倉町駅前〜西菅田団地〜菅田町〜緑車庫前)
  • 329系統:【急行】(横浜駅西口〜松本〜三ツ沢上町〜横浜国大正門前〜国大西〜常盤台住宅〜横浜新道〜岡沢町〜三ツ沢下町〜松本〜横浜駅西口)

相鉄バス[編集]

主に区内西部を運行している。

  • 浜1系統:(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜羽沢団地前〜西菅田団地〜菅田ハイツ入口〜小机駅新横浜駅
  • 浜5系統:交通裁判所循環(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜交通裁判所〜宮田中学校前〜横浜駅西口)
  • 浜7系統:(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜片倉町入口〜横浜車庫)
  • 浜10系統:(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜岡沢下〜横浜新道横浜国大
  • 浜11系統:(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜三ツ沢西町〜峰沢町〜西釜台〜釜台住宅第3〜上星川駅
  • 浜11系統 : (横浜車庫〜峰沢町〜西釜台〜釜台住宅第3〜上星川駅)
  • 浜13系統 :(横浜駅西口〜三ツ沢総合グランド入口〜片倉町入口〜峰沢団地前〜羽沢〜池の谷戸〜上星川駅)
  • 浜13系統 : (横浜車庫〜峰沢団地前〜羽沢〜池の谷戸〜上星川駅)

神奈川中央交通グループ[編集]

横浜市営バスからの民間委管をうけた2路線と民間移管後に開設された1路線の計3路線を運行しているほか、鶴屋町三丁目停留所が区内に位置する。

  • 1系統:(横浜駅西口〜三ツ沢下町駅前〜梅の木〜中山駅前)
  • 121系統:(新横浜駅〜八反橋〜羽沢団地前〜羽沢貨物駅〜川島住宅〜和田町〜洪福寺〜保土ヶ谷駅西口)
  • 131系統:(新横浜駅~八反橋~三枚町~川島住宅)
  • 5系統:(横浜駅西口~梅の木~鶴ヶ峰駅~若葉台中央)
  • 横04系統:(横浜駅西口~鶴屋町三丁目~亀甲山~鶴間駅東口)
  • 横17系統:(横浜駅西口~国道平戸~東戸塚駅東口)
  • 横46系統:(横浜駅西口~戸塚駅)
  • 横51系統:(横浜駅西口~鶴屋町三丁目~笹山~上山町~中山駅前)
  • 横52系統:(横浜駅西口~鶴屋町三丁目~浅岡橋~西谷~横丁~中山駅前)

川崎鶴見臨港バス[編集]

港北小学校前バス停から内路バス停にかけてわずかに神奈川区を走行する。

  • 鶴01系統:(鶴見駅西口〜港北小学校前〜富士塚〜菊名駅〜法隆寺前〜港北小学校前〜鶴見駅西口)

京浜急行バス[編集]

ポートサイド停留所のみ神奈川区に位置する。

  • 141系統 ポートサイド~横浜駅~パシフィコ横浜

道路[編集]

高速道路[編集]

2018年現在、首都高横浜環状北線首都高横羽線生麦JCTから、第三京浜港北ICに開業したが、法隆寺交差点付近に馬場インターチェンジ(仮)ができるため、綱島街道の一部と大田神奈川線の一部(鶴見区上の宮〜法隆寺交差点〜内路交差点〜西寺尾一丁目・二丁目)が拡幅工事中である。

国道[編集]

県道[編集]

市道[編集]

航路[編集]

ヘリポート[編集]

名所・観光スポット・催事[編集]

白幡池公園

出身有名人[編集]

浦島太郎伝説[編集]

浦島太郎の両親の墓が白幡にあったことから、浦島町、亀住町などの地名が残っており、かつては足洗川という川もあった。子安通には浦島太郎が足を洗ったとされる井戸がある。話の詳細については、浦島太郎を参照。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2017年7月7日にイオン 東神奈川店より改称。
  2. ^ 2007年4月に大原簿記専門学校横浜校から改称。
  3. ^ 2014年4月に大原医療秘書福祉専門学校横浜校から改称。
  4. ^ 2021年4月に東京IT会計法律専門学校横浜校から改称。
  5. ^ 2018年に現役引退。現役時は読売ジャイアンツ所属の投手だった。

出典[編集]

外部リンク[編集]