庵野秀明
| あんの ひであき 庵野 秀明 |
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| 本名 | 庵野 秀明(あんの ひであき) | ||||||||||||||
| 別名義 | あんの ひであき アンノ ヒデアキ 空母そ・そ・そ・そ |
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| 生年月日 | 1960年5月22日(57歳) | ||||||||||||||
| 出生地 | |||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||
| 血液型 | A | ||||||||||||||
| 職業 | 映画監督 プロデューサー アニメーター |
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| ジャンル | アニメーション映画 実写映画 テレビアニメ |
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| 配偶者 | 安野モヨコ(妻) | ||||||||||||||
| 著名な家族 | 小島功(義叔父) | ||||||||||||||
| 公式サイト | 庵野秀明公式web | ||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||
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テレビアニメ
アニメーション映画
実写映画
OVA
OV
PV |
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庵野 秀明(あんの ひであき、1960年5月22日 - )は、日本のアニメーター、映画監督、実業家。カラー代表取締役社長。株式会社プロジェクトスタジオQ創作管理統括。山口県宇部市出身。山口県立宇部高等学校卒業、大阪芸術大学芸術学部映像計画学科(現・映像学科)退学。血液型はA型。妻は漫画家の安野モヨコ。
別名義として、アニメーションを手がける際のあんの ひであきやアンノ ヒデアキ、作詞家としての空母そ・そ・そ・そ、樋口真嗣との作詞コンビHIDE&シンディー♡などがある。
代表作に『トップをねらえ!』、『ふしぎの海のナディア』、第18回日本SF大賞受賞作の『新世紀エヴァンゲリオン』などがある。
目次
来歴[編集]
幼年 - 高校生時代[編集]
幼い頃よりアニメや特撮、そして大規模建造物等に夢中でよく絵を描いていたという。また、漫画少年でもあり、中学生の頃は特に少女漫画を大量に読んでいた[1]。山口県立宇部高等学校での高校生時代には、美術部で部長を務めるほどの画力を有していた。アマチュア映像制作グループ「グループSHADO」にも所属し、自主制作の映像作品『ナカムライダー』が、文化祭で上映された。
大学生時代[編集]
高校卒業後は就職せず、遊んでばかりいたために親に心配され、一浪を経て、当時、入試が実技のみであった大阪芸術大学映像計画学科に進学する。受験対策は宮崎駿らの絵コンテ等を見て勉強したという[2]。
同じ学科の同級生には南雅彦・西森明良などの同業者、広告デザイナーの碇義彦や漫画家の島本和彦および士郎正宗等も在籍していた。士郎とは学生時代の面識・交流の有無は不明だが、後に『アップルシード』『蒼きウル(未発表)』にて互いにスタッフとして参加している。
サークルはSF研究会に所属。入学当初、同級生の山賀博之、赤井孝美らと班を作る。なお、この頃の庵野について、画力は「特にメカの描写は圧倒的であった」と後に山賀が語っており、学生生活の様子は島本作『アオイホノオ』に詳しく描かれている。
その頃、2回生に誘われた自主制作アニメに熱中し、山賀達との自主製作映画グループである「DAICON FILM」の主要メンバーとして参加した、大阪で開催のSF大会では異例であったオープニングアニメーションや、特撮作品等を製作し、プロをも驚かせ高い評価を受けた。この時、スタジオぬえのメンバーに誘われ山賀達と『超時空要塞マクロス』の制作に参加し、アマチュアのアルバイトであるが、数話分の動画から原画までを担当した。この時に描いた爆発シーンが各所で評価され、仕事が来るようになったという[3]。また、『アニメージュ』に掲載された、劇場アニメ『風の谷のナウシカ』の人手不足のための作画スタッフの募集告知を見て上京し、原画担当として採用される[3]。
学校生活では、共同実習にしか出席せず、学費も未納状態であったため、3回生時に除籍処分を受けるが、通学しなくなったのは、単位さえ取れればそれでいいという、周囲のやる気のない学生に付き合って在籍し続けるよりも、自分の作品を作り続ける方が意義があるとの考えからとのことである。なお、この時にはすでに『風の谷のナウシカ』への参加に伴う上京が決まっていた。また、漫画家を目指そうとした時期もあったが、漫画の才能は無いとの考えから断念している[4]。
アニメーター時代[編集]
上京し、劇場アニメ『風の谷のナウシカ』、『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』やOVA『メガゾーン23』等の商業作品に参加し、メカや爆発シーン等のエフェクトアニメーションを手がける。『風の谷のナウシカ』では、採用時に持参した大量の原画が宮崎駿に評価され、難しいとされるクライマックスの巨神兵登場のシーン担当に抜擢された。この時、人物も描くよう監督から指示されるも、出来が悪かったため監督本人に頼んだというエピソードがある[5]。この頃から原画・動画一筋でやっていくのは無理だと考え、監督・演出の仕事をメインに切り替える。ちなみに、パンフレットに記載されている「巨神兵の呪いを受けて腹を壊したA氏」は庵野の事である。なお、師匠として、宮崎及び『超時空要塞マクロス』の板野一郎[3]の名前を挙げており、特に宮崎からは監督としての仕事の進め方等を学んだという[6]。また、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季らも含め、アニメーション界を代表する作家の仕事に参加できたことをとてもラッキーだったと語っている。
その後、DAICON FILMを母体とするガイナックスの初作品『王立宇宙軍 オネアミスの翼』には「スペシャルエフェクトアーティスト」という肩書きで参加[7]。クライマックスシーンでは、戦闘・ロケット発射シーンは絵コンテから作画までほとんどを1人でこなした。セルを1コマに9枚重ね、3秒間でセル枚数が250枚にも上るカットもあるという。当時、戦車やミサイルなどに極限のリアリティを追求しており、手当たり次第に軍事関係の資料に目を通し、自衛隊にも体験入隊している。
『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』[編集]
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監督作品である『トップをねらえ!』及び『ふしぎの海のナディア』は、前者はOVAで発売され、後者はNHK総合テレビジョンで放送された。
- 『トップ〜』第5話戦闘シーンの収録の際、主演の日高のり子に「自ら必殺技名を絶叫してみせる」という体当たりの演技指導を行ったという逸話がある。
- ナディアのグランディス一味が「タイムボカンシリーズ」における三悪の変形版になったのは自身のアイディアだという。また、ハンソンの口癖「そ、そ、そ、そ」は庵野の口癖である[8]。
- 主人公ナディアの性格は当時の性格の反映で、ナディアが冷たかったりわがままに描かれているのは、恋して振られた時の、自身の女性観を元にしたためとのことである。他にも「南の島編」での暴走ぶりも「周りから見た庵野監督」をモチーフにしていた。
- キングについては当初は「実は宇宙人」との設定が構想にあり、最終回ではキングの着ぐるみを脱いで正体を現す予定だったが、周囲の反対でこの構想はなくなった[9]。
『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ[編集]
1995年(平成7年)にテレビ東京の18時のアニメ枠で放送開始され、1997年(平成9年)以降は劇場版として制作されている。「庵野監督の代表作」として真っ先に名前が挙がる作品であり、数々の受賞歴がある。
TVシリーズ後半、特に最終回2話とその前の展開について、パソコン通信上で激しい議論が繰り広げられ、批判意見も多くあった。この現象については、議論内容よりも「パソコン通信にハマる人たちは『現実世界に帰れ』」と苦言を呈している[10]。また、TV放映後から劇場版公開頃の『エヴァブーム』当時、インターネット上のチャットや電子掲示板上での作品論争を「便所の落書き」と言い放っている[11]。
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実写映画への進出[編集]
『新世紀エヴァンゲリオン』制作終了後、実写方面への進出(『ラブ&ポップ』『式日』『キューティーハニー』)を経て、それ以降のアニメ作品では、いわゆる「実写畑の声優・つまり俳優」を起用することが多くなる。これは「職業声優の限界」を感じ、新しい可能性を模索するためだという。幾原邦彦の紹介で舞台にも非常に惹かれているが、まだ取り組めないので映画を作ることにした、とインタビューに答えている[12]。
結婚[編集]
2002年(平成14年)3月26日に、共通の知人である貞本義行による紹介が縁で知り合った漫画家の安野モヨコと結婚。4月28日に「ダブルアンノの結婚を祝う会」と称した結婚披露パーティーが行われ、新夫側の主賓に宮崎駿、新婦側の主賓に桜沢エリカがそれぞれスピーチを行った。庵野自身は安野の『ハッピーマニア』等を読んでおり、高く評価していた。偶然にも姓の読みは双方とも「あんの」であるため、「Wアンノ」と話題になり、安野モヨコ自身も奇しくも本名が「アンノ」と非常に珍しい名字となった。安野の漫画作品『監督不行届』で結婚生活が描写されている。作中での呼び名は「カントク(庵野)」「ロンパース、モヨ(安野)」。また、結婚を機に安野によりダイエットをし、体脂肪率40%越えから180cm73kg体脂肪率22%まで減量に成功。身の回りにも無頓着で充分な収入がありながら風呂の壊れたアパートに住んでいたため、結婚前は1年間風呂に入らなかったり、洗濯もせずに服はボロくなるまで着用し、汚れたら捨てていたが、安野により4、5日おきに着替え、1日おきに入浴するようになった。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズへ[編集]
2006年(平成18年)に、アニメ制作会社「株式会社カラー」を設立し、それまで名を連ねていたガイナックスの取締役から退いている。新スタジオでの第一作目は、2007年(平成19年)9月1日に全国主要映画館にて封切りされた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』四部作の1つ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』であった。2009年(平成21年)6月27日には『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年(平成24年)11月17日に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を全国主要映画館にて封切りした。完結編として『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が予定されている。
2011年(平成23年)に平野勝之監督の『監督失格』を実写初プロデュース作品として手掛けた。2013年(平成25年)には、宮崎駿の長編アニメーション映画『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎役で声優デビューした。
2014年(平成26年)に第27回東京国際映画祭の企画で「庵野秀明の世界」が開催。学生時代からの映像作品がTOHOシネマズ日本橋で上映、トークセッションも開催された[13]。
2015年(平成27年)4月1日、2016年に公開予定の「ゴジラシリーズ」新作で、脚本と総監督を務めることが発表された[14]。2015年秋から撮影開始し、2016年7月29日に『シン・ゴジラ』のタイトルで公開された。
作風[編集]
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- 人間のエゴや醜さをえぐり出す心理描写、細部にこだわったメカ造型、大胆な映像演出を得意とする。意外な所から撮るエキセントリックなアングル(カメラアングル=構図)や逆光などを多用した描写が多い。また、作品中に電柱・電線、信号機、遮断機、道路標識、非常口マークなどの短いカットを挿入することが多い。電柱・電線は、自らの会社カラーのホームページにも使用している。
- 好きな映画・アニメ・漫画からのパロディ・オマージュが多く盛り込まれている。特に永井豪、石川賢や岡本喜八、実相寺昭雄などからの影響が大きい。同時にオリジナリティについては『新世紀エヴァンゲリオン』のコミック第1巻の所信表明文や『スキゾ・エヴァンゲリオン』上で、「僕のようなアニメや漫画をばかり見てきた世代は、パッと浮かんだことにだいたいいつも元ネタがあり、時に嫌になる。」という趣旨の発言をしている。
- 作画面では建築物や機械、爆発シーンの描写を得意とする。人物は、アニメ的なキャラクターが苦手と本人も認めており、描くことは少ないが、ゼネラルプロダクツのアニメック誌の連載やパンフレットの挿絵、まんがアニメックや同人誌に掲載された短編マンガなどがあり、『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』ではリン・ミンメイの原画を手掛けている。
- 作中の楽曲には、「Fly me to the Moon」・「あの素晴しい愛をもう一度」・「夢の中へ」等のカバーが用いられている。
作風については#来歴の項目も参照のこと。
アニメ・特撮マニア[編集]
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- 観る側でもアニメや特撮物のマニアであり、特に、幼少時に出会った『宇宙戦艦ヤマト』には非常に影響を受け、「ヤマトが無ければ、今の自分は無かった」と語っている。
- 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の『逆襲のシャア友の会』なる同人誌を出版。ゆうきまさみ、出渕裕、美樹本晴彦、北爪宏幸、幾原邦彦、鈴木敏夫等のメンバーが参加しており、自身と押井守、富野由悠季らとの対談が収録されている[15]。
- 『機動戦士Vガンダム』のDVDボックスでのコメントでは、当時、自身はハマっていたが、周囲では評判が芳しくなかったため、アニメ誌での特集を働きかけたり、ガイナックスで原画を手伝ったこと、同時に「自分にとって本作が最後の富野作品」と話している。また、OVA『機動戦士ガンダム MS IGLOO』もお気に入りの作品で、しばらくは会う人たちに布教活動(宣伝)を行っていたといい、同作品公式HPにもファンの1人として登場し、『機動戦士ガンダム』に対する愛情を語っている。
- 『美少女戦士セーラームーン』についても熱心なファンで、当時、同作のテレビシリーズのエフェクトの原画を手伝い程度ながら手がけたり、同人誌を収集していた。『新世紀エヴァンゲリオン』では碇シンジ役に緒方恵美(『セーラームーンS』の天王はるか役)、葛城ミサト役に三石琴乃(主人公の月野うさぎ役)、渚カヲル役に石田彰(『セーラームーンSuperS』のフィッシュ・アイ役)を起用している。また親交のあった監督の幾原邦彦を、カヲルのモデルとしている。
- 特撮作品では「ウルトラシリーズ」の大ファンで、特に『帰ってきたウルトラマン』に熱中したといい、大学時代には『ウルトラマン』の8ミリ映画を自主制作している。DAICON FILMで1983年(昭和58年)に製作した『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』では、総監督と顔出しのウルトラマン役で自ら出演(主演)した。なお、この作品は後年、円谷プロの許諾を得て、ガイナックスから期間および通販限定のDVDソフトとして発売された。また、ゼネラルプロダクツから販売された「帰ってきたウルトラマンTシャツ」用の素材イラストも手掛けている。また、自身の作品への影響として、"首都"東京に定期的に怪獣が出没し、それを迎撃するための組織があり、巨大ヒーローは数分間しかフル活動できないというウルトラシリーズの特徴的だった設定と展開が、そのまま『新世紀エヴァンゲリオン』に受け継がれている。
- コロタン文庫『ゴジラ怪獣全百科』の巻末に自ら描いたメーサー殺獣光線車などのイラストつきエッセイを掲載している。
- 東京都現代美術館で2012年7月10日より開催された展覧会「館長 庵野秀明特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」のプロデュースを担当し、会場で上映された短編特撮映画『巨神兵東京に現わる』の脚本などを手がけた。
- 2013年5月発売の、初代ガンダムのキャラクターデザイン及び作画監督を務めた安彦良和著『安彦良和アニメーション原画集「機動戦士ガンダム」』の責任編集を手掛けた。なお、本著では安彦、同作で原画を担当した板野一郎と、庵野の面々による、師弟、孫弟子関係の3名の座談会が実現し、収録されている。
- 他にも時代劇『大江戸捜査網』のファンでもあり、『新世紀エヴァンゲリオン』が同じテレビ東京系列で放送されていたことから、知り合いの関係者に『大江戸捜査網』のソフト化を働きかけることも多かったという[16]。
略歴[編集]
- 1960年(昭和35年) - 5月22日、山口県宇部市生まれ。
- 1980年(昭和55年) - 大阪芸術大学芸術学部映像計画学科入学。
- 1983年(昭和58年) - 大阪芸術大学を退学。『風の谷のナウシカ』の原画に採用され上京。
- 1984年(昭和59年) - 株式会社ガイナックスの設立に参加。
- 1988年(昭和63年) - 『トップをねらえ!』でアニメ初監督。
- 1997年(平成9年) - 『新世紀エヴァンゲリオン』で第18回日本SF大賞を受賞。
- 1998年(平成10年) - 映画『ラブ&ポップ』で実写初監督。
- 1999年(平成11年) - 小惑星『庵野秀明』が命名される。
- 2002年(平成14年) - 漫画家安野モヨコと結婚。明治神宮で挙式を執り行う。
- 2006年(平成18年) - 庵野個人のアニメ制作会社・株式会社カラー、制作スタジオ・スタジオカラーを設立。
- 2007年(平成19年) - ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズの第1作として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を発表。同年、株式会社ガイナックスを退社。
- 2009年(平成21年) - ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を全国主要映画館にて公開。
- 2011年(平成23年) - 映画『監督失格』のプロデュースに関わる。
- 2012年(平成24年) - ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を全国主要映画館にて公開。
- 2013年(平成25年) - 『風立ちぬ』で初声優[17]・初主演。
- 2015年(平成27年) - 背景美術会社株式会社でほぎゃらりー設立、取締役就任。
- 2016年(平成28年) - 映画『シン・ゴジラ』を全国主要映画館にて公開。総監督を務める。
- 2017年(平成29年) - 『シン・ゴジラ』が第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。同作で監督を務めた樋口真嗣とともに最優秀監督賞を受賞。また、「平成28年度(第67回)芸術選奨映画部門 文部科学大臣賞」も受賞している[19]。
- 2017年(平成29年)- スタジオカラー・ドワンゴ・麻生塾の三社で福岡に設立したアニメ制作会社株式会社プロジェクトスタジオQの取締役創作管理統括に就任
監督作品[編集]
TVアニメ[編集]
- ふしぎの海のナディア(1990年 - 1991年) 総監督、脚本(ノンクレジット)、絵コンテ(1話、9話)、作画監督(34話、37話)
- 新世紀エヴァンゲリオン(1995年 - 1996年) 監督、メカニックデザイン、脚本(1話 - 3話、5話 - 26話)、絵コンテ(1話、2話、7話、10話、14話、20話、23話 - 26話)、原画(2話、20話、26話)
- 彼氏彼女の事情(1998年 - 1999年) 監督、音響監督、脚本(1話 - 18話、20話 - 23話、26話)、絵コンテ(26話)、構成(14話)
長編アニメ映画[編集]
- 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生(1997年) 原作、総監督、脚本、メカニックデザイン、作画監督(「DEATH」編)、原画
- 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に(1997年) 企画、原作、総監督、監督(26話)、脚本、メカニックデザイン、絵コンテ(26話)、演出(26話)、作画監督(26話)、設定デザイン、原画(25話、26話)
- ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序(2007年) 原作、総監督、脚本、音響監督、画コンテ、デザインワークス、原画
- ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破(2009年) 企画、原作、エグゼクティブ・プロデューサー、総監督、脚本、画コンテ、デザインワークス、原画
- ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(2012年) 企画、原作、エグゼクティブ・プロデューサー、総監督、脚本、画コンテ、イメージボード、デザインワークス、原画
OVA[編集]
- トップをねらえ!(1988年 - 1989年) 監督、脚本(5話、6話)、画コンテ(1話 - 6話)、設定(5話、6話)、原画(5話、6話)
- Re:キューティーハニー(2004年)総監督、演出(3話)、原画(オープニング、3話)
実写映画[編集]
- ラブ&ポップ(1998年) 監督
- 式日(2000年) 監督、脚本
- キューティーハニー(2004年) 監督、脚本
- シン・ゴジラ(2016年) 総監督、脚本、編集、音響設計、画像設計、ゴジラコンセプトデザイン、プリヴィズ企画・監督、予告篇演出、D班監督・撮影・録音[20]
その他監督作品[編集]
- 夢幻戦士ヴァリス(1987年) 監督・絵コンテ
- GAMERA1999(OV、1999年) 総監督、撮影
- GAMERA1999+(OV、1999年) 総監督、撮影
- 松たか子プロモーションビデオ&15秒スポットコイシイヒト(PV、2001年) 監督
- 24人の加藤あい(テレビ番組、2001年) 監督(全24編の中の1本を監督)
- 流星課長 ショートフィルムマガジン『Grasshoppa! VOL.3』収録(OV、2002年) 監督・脚本
- 空想の機械達の中の破壊の発明(短編アニメ映像、2002年) 原作、監督、脚本
- 日本アニメ(ーター)見本市(Webアニメ、2014年 - )
- PV監督
- 「オープニング(スタジオカラーver.)」(2014年)監督・絵コンテ・作画
その他参加作品[編集]
劇場アニメ[編集]
- 風の谷のナウシカ(1984年) 原画
- 超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか(1984年) 原画
- うる星やつら3 リメンバー・マイ・ラブ(1985年) 原画
- 王立宇宙軍 オネアミスの翼(1987年) 作画監督、スペシャルエフェクトアーティスト、原画
- ウルトラマンUSA(1987年) 作画監督補佐、原画
- 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(1988年) メカニカルデザイン
- 火垂るの墓(1988年) 原画
- 劇場版美少女戦士セーラームーンR(1993年) 原画
- MACROSS PLUS MOVIE EDITION(1995年) 原画
- スカイ・クロラ The Sky Crawlers(2008年) スペシャルサンクス、PV演出
- 宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟(2014年) 原画
テレビアニメ[編集]
- 超時空要塞マクロス(1982年 - 1983年) 原画(2話、9話、18話、24話、27話、28話) 動画(18話)
- うる星やつら(1981年 - 1986年) 原画(133話、156話)
- 魔法のスターマジカルエミ(1995年 - 1996年) 原画(1話)
- ついでにとんちんかん(1987年 - 1988年) OP3原画
- 美少女戦士セーラームーンS(1994年 - 1995年) 原画(103話)、ウラヌス&ネプチューン変身バンク演出
- 機動武闘伝Gガンダム(1994年 - 1995年) OP1絵コンテ
- おるちゅばんエビちゅ(1999年) 企画
- まほろまてぃっく(2001年) OP絵コンテ
- まほろまてぃっく〜もっと美しいもの〜(2002年 - 2003年) OP絵コンテ
- アベノ橋魔法☆商店街(2002年) 絵コンテ(13話)、メカニカル作画監督(13話)、原画(12話)、声
- シュガシュガルーン(2005年 - 2006年) 絵コンテ・演出(オープニング1、エンディング1、エンディング2)
- 宇宙戦艦ヤマト2199(2012年 - 2013年) オープニング絵コンテ
- 龍の歯医者(2017年) 音響監督、制作統括
OVA[編集]
- BIRTH(1984年) 原画
- くりいむレモン PART.2 エスカレーション 今夜はハードコア(1984年) 原画(あんのひであき名義)
- くりいむレモン PART.4 POPCHASER(1984年) 原画(あんのひであき名義)
- 天使のたまご(1985年) 原画
- メガゾーン23(1985年) 原画
- 禁断の黙示録 クリスタル・トライアングル(1987年) 原画
- 真魔神伝 バトルロイヤルハイスクール(1987年) 作画監督補佐、原画
- メタルスキンパニック MADOX-01(1988年) 原画
- アップルシード(1988年) メカニックスーパーバイザー
- バオー来訪者(1989年) 原画
- 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年) 原画
- 炎の転校生(1991年) 熱烈友情演出(特報)
- 装甲巨神Zナイト(1991年) 原画
- ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日(1992年 - 1998年) スペシャル・ゲストキー・アニメーター(1話 - 6話)、アバンタイトル原画
- 帝都物語 菩薩篇(1992年) 原画
- 紅狼(1993年) 原画
- MACROSS PLUS(1994年 - 1995年) 原画(1話)
- フリクリ(2001年 - 2002年) 監修、原画(2話、5話)、友情メカニック作画監督(4話)、声優
- サブマリン707R(2003年 - 2004年) オープニング演出、原画
- トップをねらえ2!(2004年 - 2006年) 監修、絵コンテ(4話、6話)、原画(2話)、第二原画(6話)
- 機動警察パトレイバーREBOOT(2016年)企画、エグゼクティブプロデューサー
自主制作作品(DAICON FILM作品)[編集]
- DAICON III OPENING ANIMATION(1981年) 原画
- 愛國戦隊大日本(1982年) メカニックデザイン、モンスターデザイン、ナレーション、光学
- 帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令(1983年) 総監督、光学、主演
- DAICON IV OPENING ANIMATION(1983年) 作画監督、原画
実写映画[編集]
- ローレライ(2005年) 画コンテ(CGパート)
- 亡国のイージス(2005年) 絵コンテ(特撮パート)
- 日本沈没(2006年) メカデザイン
- ストリングス〜愛と絆の旅路(2007年) 監督(日本語版)
- 監督失格(2011年) プロデューサー
- 巨神兵東京に現わる(2012年) 企画、製作、脚本、光学作画
書籍[編集]
- 庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン(1997年3月、太田出版)大泉実成と共著
- 庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン(1997年3月、太田出版)竹熊健太郎と共著
- THE END OF EVANGELION 僕という記号(1997年8月5日、幻冬舎)本編の台詞で構成された詩集
- シナリオ ラブ&ポップ (1998年2月、幻冬舎文庫)薩川昭夫と共著
- マジック・ランチャー(1998年6月、デジタルハリウッド出版局)岩井俊二と共著
- 庵野秀明のフタリシバイ―孤掌鳴難(2001年7月 徳間書店)
- ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ(2016年12月 グラウンドワークス) 編集
その他[編集]
- 王立宇宙軍 パイロットフィルム(1985年) 作画監督
- ビクターハイパーロボットコンポ(CM、1987年) 絵コンテ、原画
- ドラゴンクエスト ファンタジア・ビデオ(OV、1988年) エフェクトアニメーション演出
- 龍騎兵団ダンザルブ(ゲーム、1993年) キャラクター・メカニック・モンスターデザイン
- 新・トップをねらえ!科学講座(特典映像、1994年) プロデューサー、脚本、音響
- シズラープロジェクト(特典映像、2001年) 原画
- アニメ店長(PV、2002年) 友情監督
- SH-06A NERV(スマートフォン、2009年)デザイン
- 矢野顕子プロモーションビデオ「しあわせなバカタレ」(PV、2011年) プロデューサー
- コンテンツビジネス最前線 ジャパコンTV(PV、2012年) OP原画
- 安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜(実写テレビドラマ、2013年) コンセプト・設定協力
- Peaceful Times(F02)petit film(PV、2013年) 監修
- 日本アニメ(ーター)見本市(Webアニメ、2014年 - )
- 企画立案・エグゼクティブプロデューサー・「(ーター)くん」キャラクターデザイン
- 安彦良和・板野一郎 原撮集(2015年)構成・編集
- until You come to me.(2015年)原作・レイアウト(共同)
- おばけちゃん(2015年)原画協力・特技監修
- ザ・ウルトラマン(2015年)エグゼクティブプロデューサー
- シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽(オーケストラコンサート、2017年)エグゼクティブ・プロデューサー
- 準天頂衛星システム「みちびき」2~4号機ミッションロゴ(2017年)監修
その他の自主制作作品[編集]
- 閉じた部屋の中で(1977年)
- ナカムライダー(1978年)
- UBEKOSEI(1978年)
- 宇部高美術部作品集(1978年)
- 反戦(1978年)
- ことわざ辞典 へたな鉄砲も数うちゃあたる!(1979年)
- みず(1980年)
- バス停にて…(1980年)
- じょうぶなタイヤ!SHADOタイヤ(1980年)
- 空中換装(1980年)
- ザク(1980年)
- レーゾー庫を開けたら戦車がとび出した!!(1980年)
- ウルトラマン(1980年)
- ウルトラマンDX(1981年)
- TEA TINE(1981年)
- パワードスーツ!装甲強化服(1981年)
出演[編集]
映画・OVA[編集]
- ドラゴンクエスト ファンタジア・ビデオ(竜王役 1988年、制作スタッフとしてエフェクトアニメ演出も担当)
- あぶない刑事フォーエヴァーTHE MOVIE(怪しい男役 1998年、成田裕介監督)
- 茶の味(監督役 2003年、石井克人監督作品)
- 恋の門(旅館経営者夫婦役カメオ・妻役は安野モヨコ 2004年、松尾スズキ監督作品)劇中アニメ『不可思議実験体ギバレンガー』メカニックデザイン・演出も担当)
- ナイスの森〜The First Contact〜(原画マン ハスダ役 2006年、石井克人、三木俊一郎、ANIKI監督作品)
- 日本沈没(山城教授の娘婿役 2006年、制作スタッフとしてメカデザインも担当)
- キャッチボール屋(先代キャッチボール屋役 2006年、大崎章 第1回監督作品)
- さくらん(玉菊屋の客役 2007年、原作・安野モヨコ 蜷川実花監督作品)
- クワイエットルームにようこそ(松原医師役 2007年、松尾スズキ監督作品)
- デスカッパ(2010年)
- ホームカミング(2011年、飯島敏宏監督作品)友情出演
- 風立ちぬ(主演・堀越二郎役 2013年、宮崎駿監督作品)
- 夢と狂気の王国(2013年、砂田麻美監督作品)
TV[編集]
- 課外授業 ようこそ先輩(1999年10月24日放送、NHK)
- トップランナー(2004年5月9日放送、NHK)
- トゥルーラブ(西村圭介役 2006年、フジテレビP&Gパンテーンドラマスペシャル)
- MM9(第6話、通行人役 2010年8月11日放送)
- 岩井俊二のMOVIEラボ(2015年1月8日・同15日放送、NHK-E)
- 庵野さんと僕らの向こう見ずな挑戦 日本アニメ(ーター)見本市(2015年11月8日放送、NHK BSプレミアム)
CM[編集]
その他[編集]
- ナディアおまけ劇場(1991年) 監督、脚本、出演
- NEON GENESIS EVANGELION ADDITION『終局の続き(仮題)』(脚本、演出、出演)
- JMSDF FLEET POWERS(出演、映像監修)
モデルとしたキャラクター[編集]
受賞歴[編集]
- 第18回(『新世紀エヴァンゲリオン』)
- 第37回特別賞(『シン・ゴジラ』)
- 96’(第1回アニメーション神戸)個人賞(『新世紀エヴァンゲリオン』)
- 第7回個人賞部門・監督賞(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』)
- 第13回個人賞部門・声優賞(『風立ちぬ』)
- 第20回新人監督賞(『ラブ&ポップ』)
- 第38回特別大賞(『シン・ゴジラ』)
- 第40回日本アカデミー賞最優秀監督賞(『シン・ゴジラ』)
- 第40回日本アカデミー賞最優秀編集賞(『シン・ゴジラ』)
- 第13回東京国際映画祭 最優秀芸術貢献賞(『式日』)
- 第21回作品賞(『監督失格』)
- 第22回アニメーション監督賞(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』)
- 第26回監督賞(『シン・ゴジラ』)
- 第90回脚本賞(『シン・ゴジラ』)
- 第67回映画部門文部科学大臣賞(『シン・ゴジラ』)
- 第20回エンターテインメント部門大賞(『シン・ゴジラ』)
その他・逸話[編集]
- 宮崎駿とは対立した時期もあり、庵野が宮崎監督作品を「つまらない映画」と評し、宮崎も『新世紀エヴァンゲリオン』を「いらないアニメ」と酷評することもあった。しかし宮崎は『新世紀エヴァンゲリオン』放送終了後、心配して庵野に電話をかけ、「とりあえず休め。半年休んでもなんてことはないから」と庵野を気遣った。庵野本人も、この言葉にかなり助けられたという。
- 1984年(昭和59年)に、原画として参加した『風の谷のナウシカ』で、後に作中の登場人物クシャナを主人公にした外伝を作りたいと申し出るが、宮崎駿は庵野の企画を戦争ごっこをやりたいだけなのだとし、くだらない最低のものになるのが決まっているからと却下している[22]。『ナウシカ』の漫画作品の連載がクライマックスを迎えた頃には、映画会社内で続編の企画が存在したが、宮崎の意向により、制作は行われず企画は立ち消えとなった[23]。しかし、2013年に「僕は続編をやる気はない。でも庵野がやりたいやりたいと言うから、やるならやっても良いと思うようになって行ってます。」と発言[24]。鈴木敏夫によると、2016年時点では既に宮崎本人から続編を手がける許可を得ているものの、庵野自身がなかなか動かずにいるという[25]。
- 1988年(昭和63年)に公開された『火垂るの墓』で原画を担当し、神戸港での観艦式(清太の回想)の場面での軍艦(高雄型重巡洋艦「摩耶」)を、出来るだけ史実に則って描写することを求められ、舷窓の数やラッタルの段数まで正確に描いた。もっとも完成した映画ではすべて影として塗り潰され、庵野の努力は徒労に終わった。
- 「アニメージュ」1997年1月号で最も多く観た映画として『激動の昭和史/沖縄決戦』(岡本喜八監督)を挙げており、「一番好きな監督はどなたか」と言われたら、考える間もなく「岡本喜八」と言ってしまうんですけど。と監督自ら述べている。[26]
- 1999年(平成11年)、海上自衛隊のドキュメントビデオである『JMSDF FLEET POWERS』に出演し、同作品の映像監修も務めた。
- 大地丙太郎と交流があり、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』を公開すると同時に、大地監督の短編映画を同時上映した。以降の庵野作品で大地の作品、演出方法へのオマージュが随所に見られるようになる(『彼氏彼女の事情』、『キューティーハニー』等)。
- 偏食家であり、肉と魚は一切食べられない。自ら動く生物は食べられないという(ジブリ汗まみれ、Vol.119)。ただし、岡田斗司夫の話によれば、餃子の王将の餃子は好きであり、これは好き嫌いではなく、ポリシーだとのこと。
- 安野モヨコの著作『監督不行届』によると、伊藤理佐の漫画『おるちゅばんエビちゅ』のエビちゅの真似をして「〜でちゅう」言葉を日常会話で使っていた時期があったらしい。また、『日本沈没』で丹波哲郎が演じた山本総理のマネは得意。
- 1970年前後生まれのアニメ監督に、庵野を尊敬している人物が多く、水島精二、山本寛、高村和宏、京田知己などは各所のインタビューで度々その旨を語っている。
- 庵野は大の風呂嫌いであり、長い時は1年間風呂に入らない。
理由は、庵野曰く「風呂に入らなくても死なない。死なないことを毎日、習慣でする奴は時間が余ってるからだ。オレにはやることがあるので、余ってる時間などない。ゆえに風呂になど入らない」 とのこと。 岡田斗司夫が2週間ほどで髪が痒くなり我慢出来ず風呂に入るのに対して、庵野は「1ヶ月で痒くなくなる」と語っている。 庵野が数ヶ月に1度、風呂に入ったときは「身体を洗ったお湯が灰色になった」とのこと。 [27]。
脚注[編集]
- ^ わかつきめぐみ 「解説」『月は東に日は西に』 白泉社〈白泉社文庫〉、2000年、[要ページ番号]。ISBN 4592882857。
- ^ 庵野秀明 『パラノ・エヴァンゲリオン』 太田出版、1997年、34頁。ISBN 4872333160。
- ^ 『ヤングサンデー』本誌(『アオイホノオ』発売記念対談)、『アオイホノオ』(ヤングサンデーコミック版1巻の巻末)
- ^ 庵野秀明 1997, p. 63.
- ^ 庵野秀明 1997, p. 66.
- ^ 両作品に出演していた日高のり子が担当していたラジオ番組『はいぱぁナイト』金曜日にたびたび庵野はゲスト出演し、この口癖や「空母好き」から日高やリスナーから「空母そ・そ・そ・そ」のあだ名が付いた(本人は空母よりは戦艦マニアと主張)。
- ^ 『ふしぎの海のナディア』 アニメージュ編集部 編、徳間書店〈ロマンアルバム〉、1991年、53頁。ISBN 4197210701。
- ^ 『月刊ニュータイプ』1996年6月、 [要ページ番号]。
- ^ 1996年 - 1997年頃の発言。『スキゾ・エヴァンゲリオン』、『パラノ・エヴァンゲリオン』などを参照。
- ^ 庵野秀明 『庵野秀明のフタリシバイ』 徳間書店スタジオジブリ事業本部、2001年、[要ページ番号]。ISBN 4198613753。
- ^ “第27回東京国際映画祭 上映作品”. 第27回東京国際映画祭公式ホームページ. 2015年10月24日閲覧。
- ^ “ゴジラ:12年ぶり日本版新作の総監督に「エヴァ」庵野秀明 監督に「進撃の巨人」樋口真嗣”. まんたんウェブ. (2015年4月1日) 2015年4月1日閲覧。
- ^ 小黒祐一郎. “アニメ様365日 第458回 「逆襲のシャア友の会」(完結編)”. WEBアニメスタイル. スタジオ雄. 2015年10月24日閲覧。
- ^ 金子明雄 『東京12チャンネルの挑戦 300チャンネル時代への視点』 三一書房、1998年、141頁。ISBN 4380982785。
- ^ 正式には2000年のOVA『フリクリ』で猫のキャラクター・ミユミユ役を演じているが、クレジット表記では声優名が「?」表記で伏せられており、北米版OVAの出演者インタビューでしか明らかにされていない。
- ^ “平成28年度(第67回)芸術選奨文部科学大臣賞及び同新人賞の決定について”. 文化庁 (2017年3月8日). 2017年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月20日閲覧。
- ^ “平成28年度(第67回)芸術選奨受賞者一覧 (PDF)”. 文化庁 (2017年3月8日). 2017月4年26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月20日閲覧。[18]
- ^ https://twitter.com/back_asato/status/754742907869855744
- ^ ドラマ版での名前は「庵野ヒデアキ」。
- ^ 「少し前よりもナウシカの事が少しわかるようになった。 ロング・インタビュー宮崎駿」、『コミックボックス』VOL.98、ふゅーじょんぷろだくと、1995年1月、 21頁。
- ^ 鈴木貴博. “ビジネスを考える目 第143回 映画『風の谷のナウシカ2』は実現するのか”. ITマネジメント. 2008年10月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年9月11日閲覧。
- ^ 王様のブランチ「宮崎駿×本仮屋ユイカスペシャルインタビュー」
- ^ 伊東弘剛. “鈴木敏夫、庵野秀明を語る。”. 映画ナタリー. 2016年8月3日閲覧。
- ^ 「庵野秀明×岡本喜八」、『アニメージュ』、徳間書店、1997年1月、 5-8頁。
- ^ “ドラマ24「アオイホノオ」”. テレビ東京. 2017年4月18日閲覧。
関連項目[編集]
- ゼネラルプロダクツ
- ガイナックス
- カラー (アニメ制作会社)
- ハッピー興行新社(庵野秀明が主宰する同人サークル)
- アオイホノオ(島本和彦の漫画。作中に庵野が実名で登場する。島本と庵野は大阪芸大の同じ学科の同級生である)
- 宮崎駿
- 西村知美(中学校の後輩)
- 庵野秀明 (小惑星)
- 轟木一騎(助手)
- 金田伊功
- 岩井俊二(共著「マジック・ランチャー」で対談後、映画「式日」にて庵野監督の役を演じる等親交がある)
- 岡本喜八(一番好きな監督との問いに同監督を挙げている)
外部リンク[編集]
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