吉川弘文館

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株式会社 吉川弘文館
Yoshikawa Kobunkan 20110702.jpg
本社
2011年平成23年)7月2日撮影)
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
113-0033
東京都文京区本郷 7丁目 2番 8号
設立 1857年安政4年)
株式会社発足:1949年昭和24年)
業種 出版業
法人番号 5010001008193
事業内容 歴史学を中心とする人文図書の出版
代表者 代表取締役社長:吉川道郎
資本金 4800万円
従業員数 32名
関係する人物 吉川半七(創設者)
外部リンク http://www.yoshikawa-k.co.jp/ (日本語)
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吉川弘文館(よしかわこうぶんかん)は日本史関連を主軸とした老舗出版社1857年安政4年)に、吉川半七により設立。戦後1949年昭和24年)に株式会社として現在に至る。

概要[編集]

明治時代に、『古事類苑』『故実叢書』『本居宣長全集』『和漢三才図会』『賀茂真淵全集』『大日本史』『国史大辞典(明治版)』等を出版、大正時代に『水戸藩史料』、昭和戦前期に『日本随筆大成』『新訂増補 国史大系』等、多数の史料集・辞典類を刊行し日本史学の発展に寄与している。

戦後には、古代史から近現代史までの多数の研究書に加え、文化史美術史考古学民俗学宗教史国語国文学等の書籍を出版しており、日本史関連の大半の学者が著書・編著を刊行している。

一般読者を対象とした教養書として、伝記人物叢書』、日本史研究の成果を分かりやすくまとめた『日本歴史叢書』、人類誕生から現代に至る歴史と文化を扱った一大シリーズ『歴史文化ライブラリー』、通史『日本の時代史』や教養書の名著の再刊版『歴史文化セレクション』等がある。なお世界史・美術関連書も少数だが、数十冊出版されている。

また日本史を知るための必携である『国史大辞典』『日本民俗大辞典』『日本史総合年表』等の辞典・年表や、史料集『明治天皇紀』『皇室制度史料』『平城京木簡』『飛鳥藤原京木簡』等がある。また日本史学に多くの業績を残した、久米邦武坂本太郎関晃大久保利謙西山松之助桜井徳太郎永原慶二直木孝次郎宮田登等の「著作集」を刊行している。なお月刊学術誌「日本歴史」と、月刊PR誌「本郷」を発刊している。

2010年(平成22年)7月1日よりデジタル版「国史大辞典」が、インターネット百科事典ジャパンナレッジ」の新しいコンテンツとして公開された。

歴史[編集]

創業者吉川半七は天保10年(1839年)に近江国滋賀県)で生まれ、江戸日本橋蛎殻町の書肆若林屋喜兵衛に奉公。安政4年(1857年)19歳で独立し、自営を許されて書物の仲買を始める。文久3年(1863年)には長姉の婚家で麹町の貸本屋近江屋を継ぎ、近江屋吉川半七を名乗った。元治元年(1864年)、江戸・京坂を往来して書籍の交易を行う。

明治3年(1870年東京府京橋南伝馬町(現在の中央区京橋一丁目)の表通りに新店舗(吉川書房)を開く。扱った書物は、新時代の要望に応え、和漢書のほか、福沢諭吉中村正直等の西洋文化の翻訳類も数多く取り揃え、とくに上方版の常備販売は他店の追随を許さぬものがあった。明治5年(1872年)には、吉川書房の階上に「貸本屋」の大革新を試み、有料(1時間半銭)の書物展覧所を設け、広く内外の書籍を集めて公開し「来読貸観所」と称した。大槻如電は「日本における図書館の濫觴なり」と称賛している(明治9年11月火災により閉鎖する)。明治10年(1877年)頃より出版を兼業し、はじめ「文玉圃」「近江屋」等の号も用いたが、多くは「吉川半七」の個人名をもって発行所とした。明治12年(1879年)には内閣書記官岡三橋(守節・書家)の推挙により宮内省御用書肆となり、『萬葉集古義』『幼学綱要』『婦女鑑』等、多数の宮内省蔵版の出版を引き受け、明治20年(1887年)頃より、時代の趨勢に鑑み出版に専業し、もっぱら学術書の刊行に従事する。

明治33年(1900年)「弘文館」の商号を建て、大部な叢書の発行や、予約出版を行う。明治35年(1902年)吉川半七が63歳で死去。二代目吉川半七が明治37年(1904年)資本金10万円で合資会社吉川弘文館を設立する。明治38年(1905年)、国書刊行会の編輯所を吉川弘文館倉庫の二階に置き、この年から発行した刊行会本(国書刊行会叢書)の印刷・配本を引き受け、大正11年(1922年)までに全8期、57部、260冊を刊行。大正12年(1923年関東大震災により店舗や資料を全て消失する。昭和4年(1929年)『新訂増補国史大系』の刊行を開始する。昭和18年(1943年)太平洋戦争中の「出版事業令」により、企業合同を行い一時事業を休止。この年までに国史大系58冊を刊行する。

戦時中の休業を経て、昭和24年(1949年5月7日、吉川圭三ほか3人が出資し、新生「株式会社吉川弘文館」として再発足し、現在に至る。

外部リンク[編集]