稲村ジェーン

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稲村ジェーン
Inamura Jane
監督 桑田佳祐
脚本 康珍化
製作 山本久
出口孝臣
横山元一
岩田廣之
製作総指揮 大里洋吉
高山登
出演者 加勢大周
金山一彦
的場浩司
清水美砂
草刈正雄
尾美としのり
音楽 桑田佳祐
主題歌 サザンオールスターズ
真夏の果実
撮影 猪瀬雅久
編集 鈴木歓
配給 東宝
公開 日本の旗 1990年9月8日
上映時間 120分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 18.3億円[1]
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稲村ジェーン』(いなむらジェーン、Inamura Jane)は、1990年公開の日本映画サザンオールスターズのリードオフマンとして活動している桑田佳祐の初監督作品。映画主演は加勢大周

映画は1965年鎌倉市稲村ヶ崎を舞台としている。

あらすじ[編集]

昭和40年、湘南鎌倉市稲村ヶ崎を舞台に、20年に一度の台風によってもたらされるという伝説のビッグウェーブ、〈ジェーン〉を待つサーファーたちそれぞれのドラマを描く青春物語。

評価[編集]

音楽界で成功した桑田の映画、ということもあって前評判は高く1990年度の日本映画配給収入年間ランキング4位、累計配収額は18億3000万円(社団法人日本映画製作者連盟の調べによる)、観客動員数350万人を記録し、東京・有楽町マリオン映画館、日劇東宝(現・TOHOシネマズ日劇)の観客動員数を更新するなど、興行的には成功した作品であるが、期待が高かっただけに映画としての内容については批評家からは酷評されてしまった。DVD未発売(2015年現在)。後に桑田本人は「映画としての出来はいまいちだったと思う部分はある」としながらも、サウンドトラックとして使用された楽曲を制作できたことや、多くのスタッフやサポートミュージシャンに出会えたことに感謝する発言をしている[2]

この映画を観たビートたけしは自身の映画批評本『仁義なき映画論』にて最初の文章では「半分もみないうちに逃げ出したくなっちゃって、こんなに長く感じた映画は初めてだね」「この映画は音楽だけ」とボロクソに述べているが、「オレは非難しているんじゃない。誤解しないように。」と述べていたり「音楽映画なのに邪魔なセリフがありすぎて音楽を殺している。」「音楽と絵でやったほうがインパクトの強いものになる。」「テレビのスポットの『稲村ジェーン』は見事なもの」などとも評価もしている。しかし、最初の酷評の文章だけしか読んでいなかった当時の桑田は「つまらないというのは感性が足りないから。武さんは若者の気持ちが分かっていない」と述べている。ただし、桑田自身は芸人としてのたけしを認めており[3]、たけしもミュージシャンとしての桑田を認めている[4]。また、2004年に桑田の父・久司が死去した際には、たけしから生花が送られている[5]

後述の通り桑田と対談した村上龍はこの映画の実音がないラフ編集版を見たうえで、「荒い編集だけど、頑張ったね」と感想を述べている[6]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

  • 監督:桑田佳祐
  • 製作:山本久 / 出口孝臣 / 横山元一 / 岩田廣之
  • 製作総指揮:大里洋吉 / 高山登
  • プロデューサー:森重晃 
  • 脚本:康珍化
  • 撮影:猪瀬雅久
  • 音楽:桑田佳祐
  • 主題曲:サザンオールスターズ「真夏の果実」(タイシタレーベル
  • 振付:南流石
  • 美術:細石照美
  • 編集:鈴木歓(J・K・S)
  • 録音:山田均
  • スチル:原田大三郎
  • 助監督:伊藤聡
  • 照明:丸山文雄
  • 製作プロダクション:アミューズ・シネマ・シティ

音楽[編集]

主題歌「真夏の果実
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:サザンオールスターズ / 小林武史
歌:サザンオールスターズ
挿入歌「忘れられたBig Wave
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:サザンオールスターズ / 小林武史
歌:サザンオールスターズ
挿入歌「希望の轍
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:桑田佳祐 / 小林武史
歌:稲村オーケストラ
他、数曲。

その他[編集]

  • 同映画のサントラ盤CD稲村ジェーン』(サザンオールスターズ&オールスターズ)が1990年9月1日にビクター音楽産業(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)から発売され、映画のサントラ作品としては異例の日本国内のみでのミリオンセラーを記録した。
  • 同アルバムには、主題歌の「真夏の果実」、全スペイン語詞の「稲村ジェーン」「愛は花のように(Ole!)」、サザンのコンサートでの定番曲「希望の轍」、サザンの公式発表曲では唯一のア・カペラ曲「忘れられたBIG WAVE」などが収録され、「愛して愛して愛しちゃったのよ」は後に「原由子&稲村オーケストラ」名義でシングルカットされた。
  • また、1990年9月1日には撮影・レコーディング・ライブの舞台裏や当時の桑田の心境、当時の桑田のスケジュール(1989年9月1日[7]から1990年6月30日[8]まで)やコンテ・レシートなどの細かな記録で綴る桑田の一年間と、村上龍との対談[9]が収録された書籍『桑田佳祐「平成NG日記」』が講談社から発売された。構成とインタビュアーは佐伯明が担当している。タイトルの由来はインタビュー時期(平成元年から平成2年まで)とこの本の内容をそのまま表したものだった[10]
  • 桑田がスペイン語で歌唱する楽曲や劇中のワンシーンにハングル文字が書かれた看板[注 1]ラマが登場するなど、随所に異国情緒を感じさせるシーンがあるが、桑田は「ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白いし、どこまでズレられるか」といった事を考えていたといい、「(時代設定が)昭和40年でしょう、(中略)24~25年前というのは全く今(制作当時)と一緒なんだもん、ファッションとか。昭和40年ていえばこれでいいじゃない」「(歴史的検証はともかく、スペイン語やハングルが桑田のイメージの中にあるのは何故かと佐伯に質問され)今の時代なんじゃないかな。あと日本人のルーツ探しというのが一番行われている時代なんじゃないかと思うんだけどな」とも述べている[12]
  • 静岡県松崎町にてロケが行われた(骨董屋など)。その他、由比ガ浜などでも撮影された。
  • この映画は本来、上映時間は2時間40分だったが、それでは公開出来ないという事で40分をカットして2時間作品になったという。もし、このカットがなければ現在とは違った評価になっていたとも言われている。また、これにより本来なら使用されるはずだった野沢秀行寺脇康文の出演シーンも大幅にカットされており、エンドロールで流れた程度となった。また、桑田自身も寺脇に土下座して謝っていたという逸話がある[13]
  • とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)では、「稲村巨ジェーン」というパロディコーナーが放送された。
  • 上映から1年後の1991年にTBSで唯一のテレビ放送が行われた。その後はWOWOWがサザン特番をやった時に放送している。

受賞歴[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 桑田はそれ以前にも1984年の著書『ケースケランド』(ISBN 4087800792)の表紙にウェンチョ(왼쪽、「左側」の意)と書き込んだり、後の1995年に韓国料理店の雰囲気に触発されて「LOVE KOREA」を製作したりしており[11]、それが原因で出自や思想に関するデマが流れた事もある。なお、こういったハングル絡みの演出をしていたエピソードは全て日本において韓流ブームが起こる以前の出来事であり、韓国でも日本大衆文化の流入制限により、日本文化が厳しく制限されていた時代であった。

出典[編集]

  1. ^ 1990年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  2. ^ TOKYO FM桑田佳祐のやさしい夜遊び」2014年6月28日放送分より
  3. ^ 太田光が桑田佳祐からのメールに驚き「偽ベッキーを連れて行きます」,ライブドアニュース , 2016年2月17日
  4. ^ ビートたけし 桑田佳祐は「大した天才だと思う」と発言 livedoor NEWS 2015年10月27日閲覧
  5. ^ 桑田が目を真っ赤にはらし…2004年3月10日 テレビ朝日
  6. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P181、講談社、1990年。
  7. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P10、講談社、1990年。
  8. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P162、講談社、1990年。
  9. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P181 - 187、講談社、1990年。
  10. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P189、講談社、1990年。
  11. ^ WHAT's IN?1995.8月号より。
  12. ^ 『桑田佳祐「平成NG日記」』P14 - 17、講談社、1990年。
  13. ^ TOKYO FM桑田佳祐のやさしい夜遊び」2015年7月4日放送分より

外部リンク[編集]