三浦りさ子
| プロフィール | |
|---|---|
| 別名義 | 設楽りさ子 |
| 生年月日 | 1968年1月13日 |
| 現年齢 | 51歳 |
| 出身地 |
|
| 血液型 | A型 |
| 公称サイズ(2008時点) | |
| 身長 / 体重 | 168 cm / ― kg |
| 活動 | |
| デビュー | 1986年 |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
三浦 りさ子(みうら りさこ、戸籍名:三浦 理佐子/旧姓:設楽(したら)、旧芸名:設楽 りさ子、1968年1月13日 - )は日本で活動する1980年代後半以降のタレント、ファッションモデル。アメリカニューヨーク州生まれで神奈川県藤沢市育ち。
人物
実家だった場所のすぐ近くにある湘南学園(高校時代はバレーボール部で活躍)から、玉川大学教育学部体育専攻卒業。
夫は三浦知良(プロサッカー選手)で、二児(良太・孝太)の母でもある。
父は三菱商事の鉄鋼部門担当常務取締役、財務担当専務取締役を経て三菱マテリアル系米国法人の社長を務めた、経済同友会会員の財界人。母は学習院女子短期大学出。叔父はセレクトショップ、ビームスの設楽洋社長。
略歴
大学進学直後の1986年JALの沖縄キャンペーンガールでデビュー。ファッション雑誌『JJ』の専属モデルとして大学在学中より活動、現在は『JJ』で育った若ママ向け雑誌『VERY』で活躍中。
夫である三浦知良は、彼女の水着写真のグラビアが掲載された週刊現代を見て一目惚れし、ブラジル時代の自室にポスターを貼っていた。この週刊現代の記事中に記載されていたプロフィールから、玉川大在籍である事を知り、三浦の友人の姉が設楽の同級生だった縁で、電話番号を入手する。幾たびも国際電話をかけて猛アタックをしたという。そして一時帰国の際に会う約束を取り付け、一緒に写真を撮ったのが馴れ初めである(ブラジルの友人に、一緒に写真を撮るまで絶対にブラジルには戻らないと宣言していた)。
1993年8月1日、目黒区内のサレジオ教会にて結婚。挙式で司会を務めた人物は、日本テレビの歌番組『夜も一生けんめい。』で共演した逸見政孝で、媒酌人は当時・夫がキャプテン在任中のヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)を運営する読売グループのドン、渡邉恒雄夫妻。
夫の遠征留守中の1995年、男友達らとの食事、連夜の夜遊びの様子を雑誌フライデーに掲載されたこともあった[1]。
一方で、モデルの仕事と子育ても含めた主婦業を両立させ、尚且つ、女性としての身だしなみやオシャレも怠らない。出産後も早々に体型を戻しており、40代半ばになった現在も独身時代と殆ど変わらないスタイルをキープしていることなどから、同性からの支持も高く、しばしば「カリスマ主婦」とキャプションをつけられることもある。
出演
テレビ
ほか多数
テレビドラマ
- この胸のときめきを(1989年、フジテレビ)
- 真夜中のテニス(1990年、NHK)
- 不思議な幻燈館(1991年、テレビ朝日系)
- 逢いたい時にあなたはいない…(1991年、フジテレビ) - 古川梢 役
- いつか、サレジオ教会で(1991年、日本テレビ)
- 逃亡者(1992年、フジテレビ)
- 土曜ワイド劇場「探偵・神津恭介の殺人推理11」(1992年9月5日、テレビ朝日)
- リツ子 その愛・その死(1992年、テレビ東京)
- 新春どきどき温泉旅館物語(1993年1月1日、フジテレビ)
オリジナルビデオ
- 東方見聞録(1993年)
CM
- グリコ協同乳業「カリフォルニアファームヨーグルト」(1987年)
- キーコーヒー - ちなみに、夫の三浦知良は「ジョージア」のCMに出演していた。
- 三和銀行 - CMソングも歌っていた(「素敵なニュース」作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:井上鑑)
- アイワ「カセットボーイPL55」(1990年)
- 花王(1992年 - 1993年)
- 「エッセンシャルコンディショニング」(1992年)
- 「エッセンシャルダメージケア」(1993年)
- 「セグレタ」(2018年) など
他
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