港南区

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こうなんく
港南区
Kohnandai 03.jpg
港南台2丁目付近
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
横浜市
団体コード 14111-9
面積 19.90km²
総人口 214,875
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 10,800人/km²
隣接自治体
隣接行政区
横浜市南区磯子区戸塚区栄区
区の木 クロガネモチ
区の花 ヒマワリキキョウアジサイ
区の鳥 シジュウカラ
港南区役所
所在地 233-0004
神奈川県横浜市港南区港南中央通10番1号
北緯35度24分2.6秒東経139度35分28.4秒座標: 北緯35度24分2.6秒 東経139度35分28.4秒
Yokohama City Konan Ward Office.JPG
外部リンク 港南区ホームページ
横浜市港南区位置図

港南区位置図

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港南区(こうなんく)は、横浜市を構成する18行政区のうちの一つである。

概要[ソースを編集]

昭和44年(1969年10月1日、行政区再編成により南区より分区して発足した。かつては農村地帯が広がっていたが、1950年代から虫食い的に宅地開発が始まった。1970年代には野庭(のば)団地、港南台団地などといった巨大団地が形成され、人口は爆発的に増加した。発足時の人口は約9万5千人であったが、現在では約22万人の暮らす住宅都市となっている。戦後しばらくは、大岡川沿いに捺染工場が林立し、横浜名産のスカーフが生産されていた。

地理[ソースを編集]

区の北東を京浜急行本線が通り、また北東から中央部にかけて横浜市営地下鉄ブルーラインが通り、さらに南にはJR根岸線が通っている。区の中央部には横浜横須賀道路が縦断しており、鎌倉街道との交点に日野インターチェンジ環状3号の交点に港南台インターチェンジがそれぞれ設けられている。区の南北には鎌倉街道、東から北にかけて環状2号、南には環状3号が通っている。

商業地は主に上大岡駅周辺と港南台駅周辺で、区役所や警察署など官公庁港南中央駅周辺に集中している。特に上大岡駅周辺地区は、横浜市における主要な生活拠点(旧:副都心)位置付けられており[1][2]、市街地再開発事業が進行中である。

横浜市内の行政区の中で唯一、区が旧武蔵国と旧相模国に二分されている。

歴史[ソースを編集]

中世には、永野小学校一帯に宅間上杉家の砦があり、そのまま後北条氏が受け継いでいる。また、笹下一帯は、佐々木氏一族間宮氏笹下城を構え、これも後北条氏が受け継いでいる。

地域[ソースを編集]

現行行政町名[ソースを編集]

港南区内では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

町名 町名の読み 設置年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施直前の町名 備考
最戸一・二丁目 さいど 1975年7月28日 1975年7月28日 最戸町、大久保町の各一部
大久保一〜三丁目 おおくぼ 1975年7月28日 1975年7月28日 大久保町、上大岡町、最戸町の各一部
港南一〜六丁目 こうなん 1972年6月5日 1972年6月5日 笹下町、上大岡町、日野町の各一部
港南中央通 こうなんちゅうおうどおり 1972年6月5日 1972年6月5日 笹下町、上大岡町、日野町の各一部
日野一〜九丁目 ひの 1985年7月22日 1985年7月22日 日野町、野庭町の各一部
野庭町 のばちょう 1936年10月1日 未実施
上永谷町 かみながやちょう 1936年10月1日 未実施
下永谷一〜六丁目 しもながや 1990年7月9日(一〜四) 1990年7月9日 下永谷町、上永谷6の各一部
1997年10月27日(五・六) 1997年10月27日 下永谷町の全部及び戸塚区上柏尾町の一部
上大岡東一〜三丁目 かみおおおかひがし 1975年7月28日 1975年7月28日 上大岡町、笹下町の各一部
上大岡西一〜三丁目 かみおおおかにし 1975年7月28日 1975年7月28日 上大岡町、笹下町、大久保町の各一部
笹下一〜七丁目 ささげ 1977年8月1日 1977年8月1日 笹下町、磯子区森が丘2、磯子区田中町、磯子区森町の各一部
芹が谷一〜五丁目 せりがや 1978年7月31日 1978年7月31日 下永谷町の一部
1990年7月9日(五に編入) 下永谷町の一部
東永谷一〜三丁目 ひがしながや 1978年7月31日(一・二) 1978年7月31日 下永谷町、上永谷町の各一部
1983年8月8日(三) 1983年8月8日 下永谷町の一部
上永谷一〜六丁目 かみながや 1979年7月23日 1979年7月23日 上永谷町、下永谷町、野庭町の各一部
丸山台一〜四丁目 まるやまだい 1979年7月23日 1979年7月23日 上永谷町、野庭町の各一部
港南台一〜九丁目 こうなんだい 1981年7月27日 1981年7月27日 日野町、磯子区峰町、戸塚区上郷町、戸塚区中野町の各一部
日限山一〜四丁目 ひぎりやま 1980年11月10日 1980年11月10日 上永谷町、下永谷町、野庭町、戸塚区舞岡町の各一部
1990年7月9日(一に編入) 下永谷町の一部
東芹が谷 ひがしせりがや 1983年8月8日 1983年8月8日 下永谷町の一部
日野南一〜七丁目 ひのみなみ 1983年8月8日(一〜三) 1983年8月8日 日野町の一部
1987年7月20日(四〜七) 1987年7月20日 日野町、野庭町の各一部
日野中央一〜三丁目 ひのちゅうおう 1993年10月18日 1993年10月18日 日野町の全部

健康[ソースを編集]

  • 平均年齢 44.28歳(2010年1月1日)※横浜市の平均は43.12歳

行政[ソースを編集]

教育[ソースを編集]

大学[ソースを編集]

高等学校[ソースを編集]

公立
私立

中学校[ソースを編集]

  • 横浜市立丸山台中学校
  • 横浜市立芹が谷中学校
  • 横浜市立港南台第一中学校
  • 横浜市立港南中学校
  • 横浜市立笹下中学校
  • 横浜市立上永谷中学校
  • 横浜市立東永谷中学校
  • 横浜市立日限山中学校
  • 横浜市立南高等学校付属中学校
  • 横浜市立日野南中学校
  • 横浜市立野庭中学校
  • 横浜市立藤の木中学校(南区)

小学校[ソースを編集]

  • 横浜市立永谷小学校
  • 横浜市立永野小学校
  • 横浜市立下永谷小学校
  • 横浜市立下野庭小学校
  • 横浜市立丸山台小学校
  • 横浜市立吉原小学校
  • 横浜市立芹が谷小学校
  • 横浜市立芹が谷南小学校
  • 横浜市立港南台第一小学校
  • 横浜市立港南台第二小学校
  • 横浜市立港南台第三小学校
  • 横浜市立桜岡小学校
  • 横浜市立小坪小学校
  • 横浜市立上大岡小学校
  • 横浜市立相武山小学校
  • 横浜市立南台小学校
  • 横浜市立日下小学校
  • 横浜市立日限山小学校
  • 横浜市立日野小学校
  • 横浜市立日野南小学校
  • 横浜市立野庭すずかげ小学校

特別支援学校[ソースを編集]

  • 横浜市立日野中央高等特別支援学校
  • 横浜市立港南台ひの特別支援学校

交通[ソースを編集]

鉄道[ソースを編集]

路線バス[ソースを編集]

道路[ソースを編集]

商業施設[ソースを編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[ソースを編集]

  • 久良岐公園
  • 神奈川県戦没者慰霊堂
  • 横浜市営日野公園墓地(美空ひばりの墓がある)
  • ひまわりフェスタ(区民まつり 11月)

港南区に関する作品[ソースを編集]

港南区出身の有名人[ソースを編集]

[ソースを編集]

  1. ^ 横浜市都市計画マスタープラン(全体構想) (PDF) 平成25年3月発行。編集・発行、横浜市都市整備局企画部企画課。
  2. ^ 上大岡が副都心に選ばれた理由、そして副都心の定義とは?(はまれぽ.com 2012年8月19日)
  3. ^ なお、笹下村は更に雑色村、松本村、関村に、日野村は吉原村、宮ヶ谷村、金井村、宮下村に、永谷村は永谷上村、永谷中村、永谷下村に分立していた時期もある。
  4. ^ 久保村、最戸村、上大岡村(以上、現在の港南区域)と下大岡村、別所村、中里村、引越村、弘明寺村、蒔田村、井土ヶ谷村、永田村、堀之内村(以上現在の南区域)の12か村が合併して成立。旧村を承継した12大字を形成。1911年大字井土ヶ谷、堀之内、蒔田、弘明寺が横浜市に編入される。
  5. ^ 日野村、笹下村(以上、現在の港南区域)と、矢部野村、田中村、栗木村、上中里村、峯村、氷取沢村(以上、現在の磯子区域)の8か村が合併して成立。旧村を承継した8大字を形成。区制施行の際磯子区と地域を分割する。
  6. ^ 永谷村、上野庭村、下野庭村の3か村と平戸村の飛び地が合併して成立。旧村名を承継した4大字を形成。横浜市合併時に大字上野庭、下野庭が野庭町へまとめられる一方、大字永谷は逆に上永谷町、下永谷町に分割された。大字平戸は下永谷町に編入される。
  7. ^ 下永谷町字山谷を除く。同地は現在の南区六ツ川四丁目

外部リンク[ソースを編集]