港南区

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こうなんく
港南区
永谷天満宮 区庁舎位置
永谷天満宮
区庁舎位置
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
横浜市
市町村コード 14111-9
面積 19.90km2
総人口 213,751[編集]
推計人口、2020年1月1日)
人口密度 10,741人/km2
隣接自治体
隣接行政区
横浜市南区磯子区戸塚区栄区
区の木 クロガネモチ
区の花 ヒマワリキキョウアジサイ
区の鳥 シジュウカラ
港南区役所
所在地 233-0003
神奈川県横浜市港南区港南四丁目2番10号
北緯35度24分2秒 東経139度35分29秒 / 北緯35.40056度 東経139.59139度 / 35.40056; 139.59139座標: 北緯35度24分2秒 東経139度35分29秒 / 北緯35.40056度 東経139.59139度 / 35.40056; 139.59139
Yokohama City Konan Ward Office 202002.jpg
外部リンク 港南区ホームページ
横浜市港南区位置図

港南区位置図

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港南区(こうなんく)は、横浜市を構成する18行政区のうちの一つである。

概要[編集]

昭和44年(1969年10月1日、行政区再編成により南区より分区して発足した。かつては農村地帯が広がっていたが、1950年代から虫食い的に宅地開発が始まった。1970年代には野庭(のば)団地、港南台団地などといった巨大団地が形成され、人口は爆発的に増加した。発足時の人口は約9万5千人であったが、現在では約22万人の暮らす住宅都市となっている。戦後しばらくは、大岡川沿いに捺染工場が林立し、横浜名産のスカーフが生産されていた。

地理[編集]

区の北東を京浜急行本線が通り、また北東から中央部にかけて横浜市営地下鉄ブルーラインが通り、さらに南にはJR根岸線が通っている。区の中央部には横浜横須賀道路が縦断しており、鎌倉街道との交点に日野インターチェンジ環状3号の交点に港南台インターチェンジがそれぞれ設けられている。区の南北には鎌倉街道、東から北にかけて環状2号、南には環状3号が通っている。

商業地は主に上大岡駅周辺と港南台駅周辺で、区役所や警察署など官公庁港南中央駅周辺に集中している。特に上大岡駅周辺地区は、横浜市における主要な生活拠点(旧:副都心)位置付けられており[1][2]、市街地再開発事業が進行中である。

横浜市内の行政区の中で唯一、区が旧武蔵国と旧相模国に二分されている。

歴史[編集]

中世には、永野小学校一帯に宅間上杉家の砦があり、そのまま後北条氏が受け継いでいる。また、笹下一帯は、佐々木氏一族間宮氏笹下城を構え、これも後北条氏が受け継いでいる。

地域[編集]

現行行政町名[編集]

港南区内では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

健康[編集]

  • 平均年齢 47.55歳(2018年1月1日)※横浜市の平均は45.54歳

行政[編集]

教育[編集]

大学[編集]

高等学校[編集]

公立
私立

中学校[編集]

小学校[編集]

特別支援学校[編集]

  • 横浜市立日野中央高等特別支援学校
  • 横浜市立港南台ひの特別支援学校

交通[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

道路[編集]

商業施設[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

  • 久良岐公園
  • 神奈川県戦没者慰霊堂
  • 横浜市営日野公園墓地(美空ひばりの墓がある)
  • ひまわりフェスタ(区民まつり 11月)

港南区に関する作品[編集]

出身有名人[編集]

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  1. ^ 横浜市都市計画マスタープラン(全体構想) (PDF) 平成25年3月発行。編集・発行、横浜市都市整備局企画部企画課。
  2. ^ 上大岡が副都心に選ばれた理由、そして副都心の定義とは?(はまれぽ.com 2012年8月19日)
  3. ^ なお、笹下村は更に雑色村、松本村、関村に、日野村は吉原村、宮ヶ谷村、金井村、宮下村に、永谷村は永谷上村、永谷中村、永谷下村に分立していた時期もある。
  4. ^ 久保村、最戸村、上大岡村(以上、現在の港南区域)と下大岡村、別所村、中里村、引越村、弘明寺村、蒔田村、井土ヶ谷村、永田村、堀之内村(以上現在の南区域)の12か村が合併して成立。旧村を承継した12大字を形成。1911年大字井土ヶ谷、堀之内、蒔田、弘明寺が横浜市に編入される。
  5. ^ 日野村、笹下村(以上、現在の港南区域)と、矢部野村、田中村、栗木村、上中里村、峯村、氷取沢村(以上、現在の磯子区域)の8か村が合併して成立。旧村を承継した8大字を形成。区制施行の際磯子区と地域を分割する。
  6. ^ 永谷村、上野庭村、下野庭村の3か村と平戸村の飛び地が合併して成立。旧村名を承継した4大字を形成。横浜市合併時に大字上野庭、下野庭が野庭町へまとめられる一方、大字永谷は逆に上永谷町、下永谷町に分割された。大字平戸は下永谷町に編入される。
  7. ^ 下永谷町字山谷を除く。同地は現在の南区六ツ川四丁目

外部リンク[編集]