笹下城

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笹下城
神奈川県
別名 笹下本城、佐々木城
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 間宮信元
築城年 15世紀か
主な改修者 不明
主な城主 間宮康俊
廃城年 不明
遺構 土塁
指定文化財 なし
埋蔵文化財
包蔵地番号
不明
再建造物 なし
位置
地図
笹下城の位置(神奈川県内)
笹下城
笹下城

笹下城(ささげじょう、佐々木城とも)は、小田原北条家の家臣だった間宮氏の居城[1]横浜市港南区に所在した[2]玉縄城青木城をつなぐ「伝えの城」としての役割を有していた[3]

歴史・沿革[編集]

間宮信元が築城したといわれる[1]

その後、息子である間宮康俊の居城となっていた。康俊は『小田原衆所領役帳』において玉縄衆として記録される人物である[2]

遺構[編集]

笹下の成就坊に門が移築されたと伝わるが、太平洋戦争の戦火を被った[1]。横浜市に見られる谷戸地形を利用した「谷津構え」と呼ばれる築城方法で築かれており、梅花院成就院裏の丘頂上部一帯が本丸とされ、その周囲には空堀水堀犬走りの跡らしいものがある[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 大類伸監修『日本城郭全集』人物往来社1967年、133頁-139頁。
  2. ^ a b 山本光正『東海道神奈川宿の都市的展開』文献出版1996年、115頁。
  3. ^ 鳥羽正雄『城郭 その総てを解体・復元』日本城郭資料館1969年、214頁。
  4. ^ ふるさと港南民話幻の笹下城横浜市港南区、2016年2月9日閲覧。