山本朋広

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山本 朋広
やまもと ともひろ
生年月日 (1975-06-20) 1975年6月20日(42歳)
出生地 日本の旗 京都府京都市左京区
出身校 関西大学商学部
京都大学大学院法学研究科
所属政党 自由民主党二階派
称号 学士(商学)
修士(法学)
公式サイト 衆議院議員(神奈川4区 横浜市栄区、鎌倉市、逗子市、葉山町) 山本ともひろ

選挙区 比例近畿ブロック京都2区)→)
比例南関東ブロック神奈川4区
当選回数 3回
在任期間 2005年9月11日 - 2009年7月21日
2012年12月19日 - 現職
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山本 朋広(やまもと ともひろ、1975年6月20日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、防衛副大臣内閣府副大臣第3次安倍第3次改造内閣)。

文部科学大臣政務官復興大臣政務官第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)、内閣府大臣政務官(第3次安倍内閣)等を務めた。

来歴[編集]

京都府京都市左京区生まれ[1]京都府立北稜高等学校卒業。お笑い芸人のチュートリアル徳井義実福田充徳は高校の同級生。関西大学商学部商学科を卒業後、京都大学大学院法学研究科に入学し、村松岐夫に師事した[1]2000年、京都大学で修士号を取得した後、松下政経塾に入塾[1][2]2001年7月よりアメリカ合衆国ジョージタウン大学で客員研究員を務めた[1]2003年、松下政経塾を卒塾。

2005年自由民主党の候補者公募に合格し、自民党では全国最年少で京都2区支部長に就任する[1]。同年の第44回衆議院議員総選挙に自民党公認で京都2区から出馬。松下政経塾の先輩にあたる民主党前原誠司に僅差で敗れたが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、初当選した。当選後、志帥会に入会。2009年第45回衆議院議員総選挙に自民党公認で再び京都2区から出馬したが、前原に5万票超の大差をつけられ惨敗し、比例復活もならず落選した。

2011年1月、自民党神奈川4区支部長に就任し、事実上京都2区から神奈川4区に国替えした。2012年第46回衆議院議員総選挙に自民党公認で神奈川4区から出馬し[3]みんなの党前職の浅尾慶一郎に敗れたが、比例南関東ブロックで復活し、3年3ヶ月ぶりに国政に復帰した。

2014年第2次安倍改造内閣文部科学大臣政務官復興大臣政務官に任命された[1]2015年6月25日、「平成三十二年東京オリンピック競技大会東京パラリンピック競技大会特別措置法」の施行により、内閣府大臣政務官を兼務する[4]

2017年防衛副大臣内閣府副大臣に任命された[5]

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
若宮健嗣
日本の旗 防衛副大臣
2017年 -
次代:
(現職)
先代:
石原宏高福田峰之松本洋平赤間二郎盛山正仁水落敏栄高木陽介末松信介伊藤忠彦若宮健嗣
日本の旗 内閣府副大臣
越智隆雄福田峰之松本文明坂井学葉梨康弘水落敏栄武藤容治秋元司伊藤忠彦と共同

2017年 -
次代:
(現職)
先代:
冨岡勉上野通子
日本の旗 文部科学大臣政務官
赤池誠章と共同

2014年 - 2015年
次代:
堂故茂豊田真由子
先代:
島尻安伊子長島忠美亀岡偉民
日本の旗 復興大臣政務官
坂井学福岡資麿小泉進次郎岩井茂樹と共同
小泉進次郎岩井茂樹と共同

2013年 - 2015年
次代:
高木宏壽星野剛士豊田真由子
先代:
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹鈴木馨祐福山守石川博崇
日本の旗 内閣府大臣政務官
越智隆雄松本洋平小泉進次郎大塚拓岩井茂樹鈴木馨祐福山守石川博崇と共同

2015年
次代:
牧島かれん酒井庸行高木宏壽古賀篤田所嘉徳星野剛士豊田真由子津島淳白石徹藤丸敏