珠洲市

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すずし ウィキデータを編集
珠洲市
Mitsukejima (Ishikawa) 4.jpg
珠洲市旗 珠洲市章
珠洲市旗 珠洲市章
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 石川県
市町村コード 17205-7
法人番号 2000020172057 ウィキデータを編集
面積 247.20km2
総人口 12,166[編集]
推計人口、2022年11月1日)
人口密度 49.2人/km2
隣接自治体 輪島市鳳珠郡能登町
市の木 赤松
市の花 ツバキ
市の鳥 ウグイス
珠洲市役所
市長 泉谷満寿裕
所在地 927-1295
石川県珠洲市上戸町北方1字6番地2
北緯37度26分11秒 東経137度15分38秒 / 北緯37.43633度 東経137.26047度 / 37.43633; 137.26047座標: 北緯37度26分11秒 東経137度15分38秒 / 北緯37.43633度 東経137.26047度 / 37.43633; 137.26047
珠洲市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

珠洲市位置図

― 市 / ― 町・村

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珠洲市中心部周辺の空中写真。1975年撮影の2枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

珠洲市(すずし)は、石川県の北東部、能登半島の先端に位置する本州にある市の中で最も人口が少なく、65歳以上が人口比の50%以上を占める限界自治体の一つ。

地理[編集]

隣接している自治体[編集]

気候[編集]

日本海に面し、暖流の影響を受けているため緯度の割に気候は温暖である。冬は日照が少なく雪や雨が多い。降水量は梅雨よりも冬の方が多い。

珠洲(1981-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C°F 5.7
(42.3)
6.1
(43)
9.6
(49.3)
15.7
(60.3)
20.5
(68.9)
23.8
(74.8)
27.7
(81.9)
29.8
(85.6)
25.7
(78.3)
20.4
(68.7)
14.6
(58.3)
9.1
(48.4)
17.4
(63.3)
日平均気温 °C°F 2.5
(36.5)
2.4
(36.3)
5.0
(41)
10.3
(50.5)
15.2
(59.4)
19.3
(66.7)
23.5
(74.3)
25.2
(77.4)
21.1
(70)
15.3
(59.5)
9.9
(49.8)
5.3
(41.5)
12.9
(55.2)
平均最低気温 °C°F −0.8
(30.6)
−1.2
(29.8)
0.4
(32.7)
4.7
(40.5)
10.1
(50.2)
15.3
(59.5)
19.9
(67.8)
21.2
(70.2)
17.1
(62.8)
10.6
(51.1)
5.3
(41.5)
1.6
(34.9)
8.7
(47.7)
降水量 mm (inch) 229.7
(9.043)
149.6
(5.89)
130.0
(5.118)
103.9
(4.091)
112.4
(4.425)
151.7
(5.972)
186.2
(7.331)
144.9
(5.705)
203.5
(8.012)
146.4
(5.764)
213.4
(8.402)
256.9
(10.114)
2,031.1
(79.965)
降雪量 cm (inch) 110
(43.3)
92
(36.2)
25
(9.8)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
1
(0.4)
39
(15.4)
249
(98)
平均月間日照時間 57.6 78.4 130.5 186.3 207.1 156.7 157.3 202.9 138.5 144.2 99.2 65.9 1,623.4
出典:気象庁

歴史[編集]

語源[編集]

須須神社
  • 「スズ」の地名

「須須神社社伝縁起 第一」に高倉宮・金分宮の2社からなることが出ており、高倉宮主神ニニギノミコトが来臨した折、鈴を以てこの地を鎮める、とある。鈴の万葉仮名が須須・須受で、その佳名が珠洲。 スズの地名はそこからとったもの。 金分宮の主神が美穂須須見命(ミ・ホ・スス・ミ・ノ・ミコト)で、稲穂の豊かな実りを象徴している。豊かな稲穂を振って音を立てる様子がである。 大伴家持が天平21年(749年)都の妻に贈るため真珠を願う歌を詠むが、そこには「珠洲の海人の沖つ御神にい渡りて…」とあり、半島先端部の広い範囲が珠洲(真珠のような洲)と意識されていたようである。

沿革[編集]

古代[編集]

  • 第10代崇神天皇の時代(紀元前97年 - 紀元前29年):須須神社創建の伝承
  • 珠洲郡の名の初出は713年(和銅6年)の「平城京出土木簡」 表(越前国珠洲郡月次里)  裏(庸舟木部 申 六斗)
  • 718年(養老2年)5月2日:越前国の羽咋郡、能登郡、鳳至郡、珠洲郡の四郡をもって能登国成立。

珠洲郡には若倭わかやま、日置、草見、大足おおまめ余戸あまるべの5つの郷

  • 733年(天平5年)「出雲国風土記」「高志こし都都つつ(珠洲)の三崎を、国のあまりありやと見れば、国の余ありとりまいて(中略)引きえる前は、三穂みほの崎なり」国引き神話の中に、神が能登半島の先端(珠洲市)から引いてきて縫い付けたのが島根県の先端(旧美保関町)であると書かれている。
  • 741年(天平13年)12月10日:越中国に編入。
  • 748年(天平20年):大伴家持が能登巡行。珠洲も巡行。

「珠洲のうみに朝びらきして漕ぎくれば長浜のうらに月照りにけり」という和歌が万葉集に掲載

  • 757年(天平宝字元年):能登国が復活
  • 859年(貞観元年):渤海國入覲使・孝愼等104人珠洲郡来着

≪遺跡≫

  • 三崎地域を中心に製塩遺跡が分布。同地域の森脇遺跡は、製塩土器片のおびただしい堆積層
  • 永禅寺山古墳群
  • 鈴内横穴古墳
  • 岩坂横穴古墳群

≪参考≫

  • 「和名類聚抄」の珠洲郡・若倭郷が現在の飯田・蛸島・若山・正院付近と比定。
  • 「和名類聚抄」の珠洲郡・日置郷が現在の三崎・狼煙と比定。
  • 「和名類聚抄」の珠洲郡・草見郷が現在の珠洲飯田と能都町松波の間と比定。
  • 「和名類聚抄」の珠洲郡・大足郷が現在の大谷付近と比定。
  • 「和名類聚抄」の珠洲郡・余戸郷が現在の能都町松波・小木・宇出津付近と比定。

中世[編集]

珠洲大壺
東京国立博物館蔵、新潟県妙高市関山神社貝塚出土)
  • 平安時代に入ると荘園開発が進み12世紀半ばには能登最大級の荘園である摂関家九条家領の若山荘が成立し、事実上の支配権は日野家がその領主になる。荘園内にある法住寺や春日神社を庇護し支配権を確立。鎌倉時代に入ると地頭職も定められるが形骸化し、引き続き日野氏の支配が続く。
  • 珠洲焼の製造・・・12世紀後半頃から15世紀末頃に石川県珠洲市付近で生産された、中世の日本を代表する陶磁器のひとつ
  • 1185年(文治元年)、平時忠能登大谷浦配流
  • 承久年間(1219年~1221年):珠洲郡の編成8庄141町5反
  • 室町時代に入ると将軍家と姻戚関係を結ぶことでさらに日野家の権力が広大。
  • 室町時代中期になると、能登守護畠山氏の代官請負(守護請)となり、守護代遊佐氏がその管理を行うようになり支配下に。
  • 1506年(永正3年):能登の他全国各地で一向衆が蜂起する。能登の一揆軍には「鈴の三崎の鬼次郎」の名がある。
  • 1546年(天文15年):畠山氏能登一国徳政令発布
  • 1550年(天文19年):能登国内乱起きる
  • 1576年(天正4年):上杉謙信能登侵攻
  • 1577年(天正5年):上杉謙信七尾城攻略
  • 1578年(天正6年):長連龍能登侵攻
  • 1581年(天正9年):前田利家 能登一国を与えられる
  • 1582年(天正10年):能登各地で検地施行 領内の大社寺保護
  • 1585年(天正13年):能登各地に開墾奨励
  • 天正以後(1573年~1592年):1郡6郷1庄とし、その村数112ケ村中垣内127処

6郷は西海郷・木郎郷・直郷・飯田郷・正院郷・三崎郷、1庄は若山庄

  • 1596年(慶長元年):仁江、谷内浜で製塩が行なわれていた記録。

江戸[編集]

  • 藩政時代における郡の行政は金沢算用所内に、郡奉行所改作奉行所があってこれを掌り10村を合わせて十村組とし組に十村役1人を村に肝煎役山廻り役等の村役人が配される。
  • 十村役に恒方三代若山家・延武家・真頼三代家・黒丸家・宗玄家等
  • 1627年(寛永4年):能登奥郡(珠洲郡・鳳至郡)の年貢・塩の算用を担う奥両郡算用場が飯田に置かれる
  • 1665~71年(寛文5~11年):能登奥郡(珠洲郡・鳳至郡)の塩生産高の年間平均が約19万6000俵
  • 1729年(享保14年):能登半島で大地震
  • 1833年(天保4年):庄内沖地震により発生した津波により被害
  • 1858年(安政5年):松波百姓一揆
  • 北前船航路 珠洲岬付近は難所のひとつ、多くの船が海難に遭う
  • 珪藻土を切り出した七輪の製造開始

明治・大正[編集]

  • 1871年(明治4年):廃藩置県と同時に従前の十村役を郷長に改め翌年大区小区制の実施と共に1郡を3大区となし、大谷、飯田、松波に区会所を設けられ、藻寄行蔵、池田実、坂本推孝がそれぞれ区長に任ぜられた。

当時珠洲郡の村数112か村、村高総計35,398石、その戸数8,243戸を算した。

  • 1878年(明治11年):郡区町村編制法が布かれ、鳳至、珠洲2郡に1郡役所を輪島に設けられたが、のち珠洲郡役所を飯田村に分設し郡に郡長を任じ数村毎に1戸長を置き当初は民選により次いで官選に改めた。
  • 1883年(明治16年):禄剛埼灯台設置
  • 1899年(明治22年):市制及び町村制の施行とともに、珠洲郡80か村を1町19か村に統合し、旧村名を以て大字名とし町村に町村長を大字に区長を民選することになった。
  • 1907年頃(明治40年頃):1町10か村に再編

昭和[編集]

  • 1940年頃(昭和15年頃):小木村、宝立村、木郎村(改称松波町)、正院村が町に昇格
  • 1954年(昭和29年)7月15日:珠洲郡宝立町飯田町正院町と、上戸村若山村直村蛸島村三崎村西海村の3町6か村が合併し、石川県下5番目に市制施行して珠洲市誕生[1]。発足時には、面積246.94km2、人口38,157人、世帯数7,264戸であった。この合併の際には当時の珠洲郡5町6か村のうち、小木町と松波町は合併に参加しなかった。市役所を旧飯田町内の旧珠洲郡自治会館(珠洲市上戸町北方1字6番地2)に設置し、飯田町を除く旧8町村役場を支所、旧西海村日置出張所を日置出張所とした。旧町村長は新市の吏員となり、市長職務執行者に若木伸二郎旧飯田町長、市長職務執行者代理者に外蔵賀親旧若山村長、収入役職務代理者兼出納室長兼税務課長に山崎長次旧宝立町長、企画室長に岡村理一郎旧正院町長、総務課長兼企画室次長に宮野正平旧三崎村長、産業経済課長に塗谷栄作旧蛸島村長、厚生保険課長兼福祉事務所長に霜山宝蔵旧西海村長、土木課長に間谷庄太郎旧上戸村長、教育長に浜田隆平旧直村長が就任した[2]
  • 1954年(昭和29年)8月9日:市長選挙出馬のため、若木伸二郎市長職務執行者が辞任
  • 1954年(昭和29年)8月29日:第1回市長選挙が執行され、岡村理一郎(自由党、10,595票)が若木伸二郎(無所属、9,316票)を破り、初代市長に就任
  • 1954年(昭和29年)12月1日:初代助役に府玻昌円、初代収入役兼出納室長に塗谷栄作前産業経済課長(旧蛸島村長)が就任。これにより、産業経済課長に外蔵賀親前市長職務執行者代理者(旧若山村長、同年10月1日より企画室長も兼務)が異動。
  • 1955年(昭和30年)1月16日:上戸及び直支所を廃止。宝立、正院、若山、三崎、西海、蛸島支所を廃止し、同所に宝立、正院、若山、三崎、大谷、蛸島出張所を設置。
  • 1956年(昭和31年)1月31日:宝立、正院、若山、三崎、蛸島出張所を廃止
  • 1958年(昭和33年)8月11日:第2回市長選挙が執行され、岡村理一郎が無投票で再選
  • 1962年(昭和37年)8月12日:第3回市長選挙が執行され、岡村理一郎(自由民主党、9,272票)が矢鋪亮吉(無所属、8,341票)を破り、三選
  • 1964年(昭和39年)9月:国鉄能登線 松波 - 蛸島間開通 全線開通
  • 1965年(昭和40年):蛸島事件
  • 1966年(昭和41年)8月7日:第4回市長選挙が執行され、鍵主圭吾(自由民主党、7,677票)が藤野公平(自由民主党、6,494票)と新傳梅吉(無所属、3,403票)を破り、初当選
  • 1968年(昭和43年):能登半島国定公園の指定。
  • 1969年(昭和44年):能登の揚浜製塩用具が、国の重要有形民俗文化財に指定
  • 1970年(昭和49年)7月31日:第5回市長選挙が執行され、鍵主圭吾(自由民主党)が無投票で再選
  • 1971年(昭和46年):木ノ浦海岸が海中公園に指定。
  • 1974年(昭和49年)8月4日:第6回市長選挙が執行され、黒瀬七郎(無所属、6,400票)が八木秀夫(無所属、5,450票)を破り、初当選
  • 1975年(昭和50年)4月:カーフェーリ「かもめ」飯田港~佐渡(小木港)就航(78年4月、運行中止)
  • 1975年(昭和50年)10月30日 :珠洲市議会全員協議会において「原子力発電所、原子力船基地等の調査に関する要望書」を議決
  • 1978年(昭和56年)7月30日:第7回市長選挙が執行され、黒瀬七郎(自由民主党、10,204票)が藤野公平(無所属、8,415票)を破り再選
  • 1981年(昭和56年)4月29日:第8回市長選挙が執行され、谷又三郎(自由民主党、9,066票)が河岸二三(無所属、日本社会党推薦、5,246票)を破り,初当選
  • 1982年(昭和57年)7月:飯田港 - 姫川港新潟県糸魚川市)にカーフェリー「たまひめ」・飯田港 - 富山港に高速艇「スワロー」就航
  • 1983年(昭和58年)5月26日:日本海中部地震により発生した津波により被害
  • 1983年(昭和58年)12月16日 :市議会において、珠洲市長の谷又三郎が原発推進を表明
  • 1984年(昭和59年)2月29日:珠洲市内における最大積雪深141cm(昭和38年豪雪の95cm・昭和56年豪雪の71cmを超える豪雪に)
  • 1984年(昭和59年)3月5日:電力3社が原発立地調査を珠洲市に申し入れ
  • 1985年(昭和60年)1月:前年に続く大雪・珠洲市総合福祉センター屋根落下等の被害
  • 1985年(昭和60年)4月14日:第9回市長選挙が執行され、林幹人(自由民主党)が無投票で初当選
  • 1985年(昭和60年)6月 - 7月:波状的な集中豪雨により死者1人、被害総額12億6千万円余りを被る
  • 1986年(昭和61年)6月14日:市議会で原発誘致を議決
  • 1988年(昭和63年)3月:JR西日本能登線が第3セクター移管・のと鉄道開業(蛸島 - 穴水)

平成[編集]

  • 1989年(平成元年)4月16日:第10回市長選挙が執行され、林幹人(自由民主党、8,021票)が北野進(無所属、6,295票)と米村照夫(無所属、2,166票)を破り再選
  • 1989年(平成元年)5月12日 :関西電力が高屋地区での立地可能性調査に着手
  • 1989年(平成元年)5月22日 :建設反対派住民が市役所内で座り込みを始め、その後40日間続けられる
  • 1989年(平成元年)6月16日 :関西電力が立地可能性調査を一時見合わせることを表明
  • 1993年(平成5年)2月7日:能登半島沖地震(震度5、マグネチュード6.6)被害総額は約42億円。珠洲市に被害集中。
  • 1993年(平成5年)4月18日:第11回市長選挙が執行され、林幹人(無所属、自由民主党推薦、民社党支持、9,199票)が樫田準一郎(無所属、8,241票)を破り三選するも、珠洲市長不正選挙疑惑発生
  • 1996年(平成8年)9月:第16回全国豊かな海づくり大会開催
  • 1996年(平成8年)5月31日:最高裁判所の上告棄却により珠洲市長選挙の無効が確定、林幹人市長が失職
  • 1996年(平成8年)7月14日:第12回市長選挙(やり直し市長選挙)が執行され、貝蔵治(無所属、自由民主党推薦、9,356票)が樫田準一郎(無所属、7,498票)を破り、初当選
  • 1997年(平成9年):ナホトカ号重油流出事故によ珠洲市沿岸も被災。
  • 2000年(平成12年)6月18日:第13回市長選挙が執行され、貝蔵治(無所属・自由民主党推薦、9,300票)が泉谷満寿裕(無所属、6,690票)を破り再選
  • 2003年(平成15年)12月5日:市内の高屋町ならびに三崎町寺家で計画があった珠洲原子力発電所の計画凍結を申し入れ。
  • 2004年(平成16年)6月13日:第14回市長選挙が執行され、貝蔵治(無所属・自由民主党・公明党推薦、8,428票)が小谷内毅(無所属、5,497票)を破り三選
  • 2005年(平成17年)3月:のと鉄道能登線廃線
  • 2005年(平成17年)8月:ボーイスカウト環日本海大会開催
  • 2006年(平成18年)6月11日:第15回市長選挙が執行され、泉谷満寿裕(無所属、8,413票)が木之下明(無所属・自由民主党推薦、5,287票)を破り、初当選
  • 2006年(平成18年)8月: 第14回日本ジャンボリー開催
  • 2007年(平成19年)3月25日 9時42分:能登半島地震発生。この地震で市内の正院町で震度5強、大谷町で震度5弱、また同じく三崎町で震度4を観測した。内陸部を中心として被害。真浦の八世乃洞門が崩れた。
  • 2008年(平成20年):能登の揚浜式製塩の技術が、国の重要無形民俗文化財に指定。
  • 2009年(平成21年)4月6日:市が応募し総務省が行う「アナログ放送終了リハーサル」に参加することが決定。
  • 2009年(平成21年):奥能登のあえのことユネスコ無形文化遺産に登録。
  • 2010年(平成22年)5月23日:第16回市長選挙が執行され、泉谷満寿裕(無所属、9,481票)が落合誓子(無所属、2,504票)を破り再選
  • 2010年(平成22年)7月24日:全国に先駆け、地上アナログ放送が完全停波。
  • 2011年(平成23年):国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産に、「能登の里山里海」が認定
  • 2011年(平成23年)11月7日:公認ゆるキャラ「みつけたろう」の発表
  • 2014年(平成26年)4月27日:大谷道路全線開通
  • 2014年(平成26年)5月25日:第17回市長選挙が執行され、泉谷満寿裕(無所属、7,939票)が浜田隆伸(無所属、2,712票)を破り三選
  • 2014年(平成26年)7月13日:ラポルトすずにて市制60周年記念式典を開催
  • 2017年(平成29年)9月3日:奥能登国際芸術祭2017を開催
  • 2018年(平成30年)5月20日:第18回市長選挙が執行され、泉谷満寿裕(無所属、8,012票)が米村照夫(無所属、609票)を破り四選
  • 2018年(平成30年)8月4日:第17回日本スカウトジャンボリー開催
  • 2019年(平成31年)3月22日:旧来の市立図書館を野々江町内に移転新築し、「珠洲市民図書館」として開館

令和[編集]

  • 2021年(令和3年)9月4日:奥能登国際芸術祭2020+を開催
  • 2022年(令和4年)5月22日:第19回市長選挙が執行され、泉谷満寿裕(無所属、5,744票)が小谷内毅(無所属、2,652票)を破り五選
  • 2022年(令和4年)6月19日:石川県能登地方を震源とする地震で震度6弱を観測[3]。翌日、余震と見られる震度5強を観測。

人口[編集]

珠洲市は本州にある市の中で最も人口が少ない[4]

Population distribution of Suzu, Ishikawa, Japan.svg
珠洲市と全国の年齢別人口分布(2005年) 珠洲市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 珠洲市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

珠洲市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


行政[編集]

市長[編集]

歴代市長
氏名 就任 退任 居住地 備考
若木伸二郎 1954年(昭和29年)7月15日 1954年(昭和29年)8月28日 飯田町 市長職務執行者、旧飯田町長
1 1 岡村理一郎 1954年(昭和29年)8月29日 1958年(昭和33年)8月28日 正院町 旧正院町長
2 1958年(昭和33年)8月29日 1962年(昭和37年)8月28日
3 1962年(昭和37年)8月29日 1966年(昭和41年)8月28日
4 2 鍵主圭吾 1966年(昭和41年)8月29日 1970年(昭和45年)8月28日 三崎町 元市議会議長
5 1970年(昭和45年)8月29日 1974年(昭和49年)8月28日
6 3 黒瀬七郎 1974年(昭和49年)8月29日 1978年(昭和53年)8月28日 宝立町 前石川県議
7 1978年(昭和53年)8月29日 1981年(昭和56年)3月25日 自身の負債問題で辞職
8 4 谷又三郎 1981年(昭和56年)4月29日 1985年(昭和60年)4月28日 三崎町 前石川県議会議長
9 5 林幹人 1985年(昭和60年)4月29日 1989年(平成元年)4月28日 飯田町 前石川県議
10 1989年(平成元年)4月29日 1993年(平成5年)4月28日
11 1993年(平成5年)4月29日 1996年(平成8年)5月31日 最高裁での選挙無効確定により失職
田畑良幸 1996年(平成8年)5月31日 1996年(平成8年)7月13日 助役、市長職務代理者
12 6 貝蔵治 1996年(平成8年)7月14日 2000年(平成12年)7月13日 正院町 前市総務課長
13 2000年(平成12年)7月14日 2004年(平成16年)7月13日
14 2004年(平成16年)7月14日 2006年(平成18年)5月1日 健康上の問題により辞職
木之下明 2006年(平成18年)5月2日 2006年(平成18年)5月17日 若山町 助役、市長職務代理者
巽一郎 2006年(平成18年)5月17日 2006年(平成18年)6月10日 総務課長、市長職務代理者
15 7 泉谷満寿裕 2006年(平成18年)6月11日 2010年(平成22年)6月10日 飯田町
16 2010年(平成22年)6月11日 2014年(平成26年)6月10日
17 2014年(平成26年)6月11日 2018年(平成30年)6月10日
18 2018年(平成30年)6月11日 2022年(令和4年)6月10日
19 2022年(令和4年)6月11日 現職

市議会[編集]

  • 議長 - 森井 洋光
  • 副議長 - 番匠 雅典

定数:12[5]

会派名 議員数 所属党派
同志会 10 自由民主党・無所属
新生すず 2 同上
12 ※2019年7月現在
  • 任期満了日 - 2023年4月29日

経済[編集]

水田の風景
揚げ浜式塩田
珪藻土を用いた七輪(太成工業製練炭コンロ

産業[編集]

特産品[編集]

主な事業所[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

国外[編集]

地域[編集]

[編集]

警察[編集]

消防[編集]

教育[編集]

珠洲市発足時の市立学校は、小学校の本校24校、分校2校、中学校の本校10校、分校3校であった。その後、小中学校の統廃合が進み、現在は、小学校7校、中学校2校、義務教育学校2校を開設している。

  • 高等学校 - 石川県立(1校)
  • 中学校 - 珠洲市立(2校)
    • 緑丘中学校 - 野々江町、1968年4月1日創立
    • 三崎中学校 - 三崎町宇治ヨ部、1947年4月1日創立
  • 義務教育学校 - 珠洲市立(2校)
    • 大谷小中学校 - 大谷町1字、2016年4月1日大谷中学校跡地に統合・創立
    • 宝立小中学校 - 宝立町鵜飼丑部、2012年4月1日宝立中学校跡地に統合・創立
  • 小学校 - 珠洲市立(7校)
    • 上戸小学校 - 上戸町寺社5字、1876年9月10日創立
    • 飯田小学校 - 飯田町19部、1873年4月3日創立
    • 直小学校 - 野々江町ニ部、1875年4月創立
    • 若山小学校 - 若山町古蔵11の部、1981年4月1日旧若山中学校跡地に統合・創立
    • 正院小学校 - 正院町川尻1部、1876年創立
    • 蛸島小学校 - 蛸島町ワ部、1874年6月創立
    • みさき小学校 - 三崎町粟津ロ部、2004年4月1日粟津小学校跡地に統合・創立
  • 特別支援学校(1校)
    • 石川県立七尾特別支援学校珠洲分校

閉校・統合した教育機関[編集]

  • 珠洲実業高等学校
  • 大谷中学校(現・大谷小中学校、2016年4月統合) - 大谷町1字、1947年4月1日創立
  • 宝立中学校(現・宝立小中学校、2012年4月統合) - 宝立町鵜飼丑部、1947年4月1日創立
  • 日置中学校 (2005年3月廃校、緑丘中学校へ統合)- 折戸町ヌ、1947年4月1日創立
  • 上黒丸中学校 (2003年3月廃校、緑丘中学校へ統合)- 若山町上黒丸、1947年4月1日上黒丸小学校に併設、1951年8月26日若山中学校第二教場、1954年7月15日若山中学校上黒丸分校、1968年4月1日独立
  • 馬渡中学校(1996年3月廃校、宝立中学校へ統合) - 宝立町馬渡48字、1947年4月1日宝立中学校馬渡分校として馬渡小学校に併設、1961年4月1日独立
  • 春日中学校(現・緑丘中学校、1968年4月統合) - 飯田町イ字、1956年4月1日創立
  • 正院中学校(現・緑丘中学校、1968年4月統合) - 正院町川尻1字
  • 蛸島中学校(現・緑丘中学校、1968年4月統合) - 蛸島町荒井、1947年5月創立
  • 若山中学校(現・緑丘中学校、1968年4月統合) - 若山町古蔵卯ノ部、1951年8月1日創立
  • 宝立中学校小屋分校(1960年8月31日廃校) - 宝立町柏原、1947年4月1日創立
  • 大谷中学校清水分校(1958年9月廃校) - 清水町、1948年5月15日創立
  • 上戸中学校(1956年4月春日中学校として統合) - 上戸町寺社、1947年4月1日創立
  • 飯田中学校(1956年4月春日中学校として統合) - 飯田町、1947年4月1日創立
  • 直中学校(1956年4月春日中学校として統合) - 野々江町二ノ部、1947年4月1日創立
  • 西部小学校(現・大谷小中学校、2016年4月統合) - 大谷町2字、1971年4月1日創立
  • 宝立小学校(現・宝立小中学校、2012年4月統合)- 宝立町鵜島4字、1961年4月1日創立
  • 上黒丸小学校(2006年3月廃校、若山小学校へ統合) - 若山町上黒丸、1878年5月5日創立
  • 日置小学校(2005年3月廃校、直小学校へ統合) - 1981年4月1日創立
  • 栗津小学校(現・みさき小学校、2004年4月統合) - 三崎町粟津ロ部
  • 本小学校(現・みさき小学校、2004年4月統合) - 三崎町本17部
  • 小泊小学校(現・みさき小学校、2004年4月統合) ー 三崎町小泊ル部
  • 馬渡小学校(1995年3月廃校、宝立小学校へ統合) - 宝立町馬渡48字、明治9年10月柏原小学校馬渡分校として創立、1877年6月独立
  • 宝立小学校泥ノ木分校(1995年3月廃校) - 宝立町大町泥木
  • 小屋小学校(1982年3月廃校、宝立小学校へ統合) - 宝立町柏原、1892年4月柏原尋常小学校小屋分教場として創立、1947年4月1日独立
  • 飯塚小学校(1982年3月廃校、正院小学校へ統合) - 正院町飯塚ハ
  • 東若山小学校(現・若山小学校、1981年4月統合) - 若山町経念8ノ部、1894年9月1日創立
  • 大坊小学校(現・若山小学校、1981年4月統合) - 若山町大坊20部、1875年2月創立
  • 狼煙小学校(1981年4月日置小学校として統合) - 狼煙町イ部
  • 折戸小学校(1981年4月日置小学校として統合) - 折戸町ヌ
  • 東山中小学校(1981年4月日置小学校として統合) - 東山中町
  • 清水小学校(1972年3月廃校、西部小学校へ統合) - 清水町
  • 高屋小学校(1971年4月西部小学校として統合) - 高屋町21字
  • 馬緤小学校(1971年4月西部小学校として統合) - 馬緤町、1877年11月30日創立
  • 大谷小学校(1971年4月西部小学校として統合)- 大谷町
  • 清水小学校真浦分校(1970年3月廃校) - 真浦町ソ部
  • 鵜飼小学校(1961年4月宝立小学校として統合) - 宝立町鵜飼、1875年4月13日創立
  • 鵜島小学校(1961年4月宝立小学校として統合) - 宝立町南黒丸4字、1876年9月創立
  • 柏原小学校(1961年4月宝立小学校として統合) - 宝立町柏原、1876年8月創立
  • 清水小学校藤尾冬季分校
  • 上黒丸小学校北山冬季分校
  • 上黒丸小学校南山冬季分校

文化交流[編集]

珠洲市立中央図書館(旧図書館)


マスメディア[編集]

国の行政機関[編集]

司法機関[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

市内に鉄道路線はなく、JTB時刻表によると、能登飯田バス停が中心駅の扱いとなっている。最寄駅は鳳珠郡穴水町穴水駅

2005年3月31日までのと鉄道能登線が走っており、以下の駅が市内にあったが、同年4月1日に廃止された。

バス[編集]

道路[編集]

船舶[編集]

  • 地方港湾
  • 漁港
    • 真浦漁港(第1種)
    • 長橋漁港(第1種)
    • 寺家漁港(第1種)
    • 小泊漁港(第1種)
    • 鵜飼漁港(第2種)
    • 蛸島漁港(第3種)
    • 狼煙漁港(第4種)

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

鉢ヶ崎海岸
ランプの宿(葭ヶ浦温泉
金剛崎(聖域の岬)

祭事・催事[編集]

  • 飯田町燈籠山祭り
    7月20-21日 飯田町 春日神社の祭礼。
    高さ16mにおよぶ燈籠山をはじめ、総漆塗りの8基の山車を深夜まで曳きまわし、キャーラゲが響き渡る。
  • 宝立七夕キリコ祭り
    8月7日、宝立町鵜飼。
    高さ14mにおよぶキリコを宝立鵜飼地区の若連中が担ぐ。三崎町寺家のキリコは16mと日本最大と称されるが、現在「担ぐキリコ」としては同祭りで使われるキリコは日本最大と言える。祭り終盤には、花火をバックにキリコが海へ入り松明を廻る「海中乱舞」が行われる。
  • 春日野の秋祭り
    9月6-7日 宝立町春日野
    初日、キリコが各地区を練り歩く。2日目は神輿渡御が行われ、入り宮の後に獅子舞が奉納される。
  • 正院の秋祭り
    9月14日、15日 正院町正院
    14日は3間~3間半のキリコ8基が繰り出して町内を練り歩き、15日はドテラを着た若者がシャンガとよばれる毛槍を振り、神輿や太鼓山車とともに行進する「奴振り道中」が行われる。
  • 鵜島の曳山祭り
    9月15,16日。宝立町鵜島地区。
    五台の七尾型曳山が引き出される。昭和30年代までは塩田の砂浜で、でか山を曳かれていたが、砂浜の侵食とともに小型化され、現在では、国道で曳かれるようになった。
  • 上戸の曳山祭り
    9月14日。上戸町
    人形を飾った高さ約8mの曳山3台が町内を華やかに練り廻る。曳山の上では、真っ赤な着物姿の子供たちが木遣り歌「キャラゲ」を披露している。
  • 寺家の秋祭り
    毎年9月の第2土曜日。三崎町寺家
    日本最大のキリコが登場し、最大のものは、高さ16.5m、重さ4t、屋根の大きさが約12畳になる。大きさに加え、総漆塗りで金箔と彫物で装飾された豪華で美しいキリコ。夜通し町内を巡行する。
  • 奥能登のあえのこと (ユネスコ世界無形遺産
    12月4,5日頃。
  • 高倉彦神社の早船狂言
    9月11日 蛸島町
    神社境内の狂言舞台で新成人により演じられる。200年以上の歴史があると伝えられている。同日には、総勢16基のキリコが町内を巡行する。
  • 珠洲焼まつり
    10月 珠洲市陶芸センター

著名な出身者[編集]

珠洲市を舞台とした作品[編集]

その他[編集]

市の歌[編集]

  • 珠洲市民の歌 - 作詞: 梅木 勝吉、補作: 高橋掬太郎、作曲: 飯田 三郎

アナログテレビジョン放送終了リハーサル[編集]

2009年、珠洲市は、総務省2011年7月24日を最終期日とするテレビジョン放送の完全デジタル化に際し、その影響を前もって把握するために実施するアナログ放送終了リハーサルの実施地域に応募し、4月に選定された。[12]

これに伴い、隣の能登町にある市をカバーする中継局と市内にあるすべての中継局で、全国の期日よりも1年前倒ししてアナログテレビジョン放送が完全に終了することとなった。2010年7月24日、大きな混乱もなくアナログ放送は完全停波した。[13][14]

原子力発電所誘致問題[編集]

珠洲市では、1975年に市議会全員協議会から国へ『原子力発電所原子力船基地等の調査に関する要望書』が提出され、1976年関西電力北陸電力中部電力の電力会社3社が珠洲原子力発電所の構想を提起したことから、原発建設について推進派と反対派の激しい対立が起こった。自由民主党[15]との関係が深い歴代市長や市議会議員の多数は「電源開発協議会」設置や市議会での誘致決議を行い、石川県知事(当時)の中西陽一と協調して原発誘致を図ったが、反対派は総評系労働組合や日本社会党の地方支部、それに市外の反原発運動団体などの支援を受けて「珠洲原発反対連絡協議会」を結成して対抗した。1993年は市長選で推進派の現職が小差で当選したが、反対派は投票の無効を訴えて提訴し[16]1996年には最高裁判所判決で選挙無効が確定するなどの混乱が続いた。

要望書提出から28年後の2003年12月5日、各電力会社の社長(北陸:新木富士雄、中部:川口文夫、関西:藤洋作)3人は珠洲市役所を訪れ、「電力需要の低迷」「国際競争の激化」に加え「反対運動による立地確保の困難さ」を理由[17]に、珠洲市長(当時)の貝蔵治に対して原発計画の凍結を申し入れた[18][19][20][21]。2005年には市による電源開発協議会、次いで反対連絡協議会が解散し、珠洲市における原発誘致問題は沈静化した[22]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』 東京堂出版、1980年10月。ISBN 978-4490101355
  2. ^ (日本語) 珠洲市十年誌, 珠洲市, (1966), doi:10.11501/3022352, https://doi.org/10.11501/3022352 2022年8月28日閲覧。 
  3. ^ 石川・珠洲市で震度6弱、能登町5弱…津波の心配なし読売新聞オンライン.2022年6月19日閲覧。
  4. ^ 【移住のミカタ】石川県珠洲市 豊かな里山里海 力強い人々”. 産経ニュース (2020年5月15日). 2022年10月12日閲覧。
  5. ^ ○珠洲市議会議員定数条例”. 珠洲市. 2019年5月8日閲覧。
  6. ^ 上場企業イワキが珠洲市に本社機能を一部移転 2021.4.22放送(2021年4月27日、北陸朝日放送)2021年9月17日閲覧
  7. ^ アステナHD本社一部移転 珠洲で新ビジネス意欲(2021年6月3日、北陸中日新聞)2021年9月17日閲覧
  8. ^ イワキ、石川県庁で進出表明 SDGs事業に投資(2021年1月29日、日本経済新聞)2021年9月17日閲覧
  9. ^ アステナグループ各事業会社と珠洲本社のご紹介(2021年8月6日、アステナホールディングス)2021年9月17日閲覧
  10. ^ 木工芸の灰外達夫氏が死去 人間国宝
  11. ^ 灰外達夫氏死去=人間国宝の木工芸家―74歳
  12. ^ 地デジ完全移行への「リハーサル」地域、石川県珠洲市に決定 - 総務省 - マイコミジャーナル 2009年4月6日
  13. ^ 石川・珠洲市などでアナログ放送終了 地デジに移行 - ANNニュース 2010年7月24日
  14. ^ 全国に先駆け地デジ完全移行 石川・珠洲市 - 日テレNEWS24 2010年7月24日
  15. ^ 珠洲市が含まれる衆議院選挙区は、1958年から1993年までの中選挙区の石川2区(当初は定数3、1986年からは定数2)と1996年から2005年までの小選挙区の石川県第3区で全ての議席を自由民主党が独占していた。同党は2009年の第45回衆議院議員総選挙で初めて民主党に敗れた。
  16. ^ 選挙無効を主張する根拠の一つは、投票総数が投票者数より16票多かった事だった。
  17. ^ 珠洲原発計画を断念 関西、中部、北陸の3電力 - 47NEWS 2003年11月27日
  18. ^ 3電力、珠洲原発断念を表明 「凍結」市長に伝える - 47NEWS 2003年12月5日
  19. ^ 珠洲原子力発電所計画の凍結について (PDF) - 北陸電力プレスリリース 2003年12月5日
  20. ^ 珠洲原子力発電所計画の凍結について - 関西電力プレスリリース 2003年12月5日
  21. ^ 珠洲原子力発電所計画の凍結について - 中部電力プレスリリース 2003年12月5日
  22. ^ 北野進『珠洲原発阻止へのあゆみ 選挙を闘いぬいて』(2005年、七つ森書館)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]