西安市
| 中華人民共和国 陝西省 西安市 | |
|---|---|
| 左上から時計回り:兵馬俑、大雁塔、鼓楼、西安城の城壁、夜の大唐芙蓉園、鐘楼 | |
| 略称:鎬 | |
| 旧称:長安 | |
| 陝西省中の西安市の位置 | |
| 中心座標 北緯34度16分 東経108度57分 / 北緯34.267度 東経108.950度 | |
| 簡体字 | 西安 |
| 繁体字 | 西安 |
| 拼音 | Xī'ān |
| カタカナ転写 | シーアン |
| 国家 | |
| 省 | 陝西 |
| 行政級別 | 副省級市 |
| 成立 | 紀元前16世紀 |
| 市委書記 | 王永康 |
| 市長 | 上官吉慶 |
| 面積 | |
| 総面積 | 10,990 km² |
| 市区 | 1,166 km² |
| 海抜 | 405 m |
| 人口 | |
| 戸籍人口(2016) | 824.93 万人 |
| 市区人口(2016) | 648.54 万人 |
| 経済 | |
| GDP(2016) | 6,257.18 億元 |
| 一人あたりGDP | 71,357元 |
| 電話番号 | 029 |
| 郵便番号 | 710000 |
| ナンバープレート | 陝A |
| 行政区画代碼 | 6101 |
| 市樹 | 中国槐 |
| 市花 | 石榴 |
| 公式ウェブサイト: http://www.xa.gov.cn/ | |
| 中国地名の変遷 | |
| 建置 | 殷代 |
| 使用状況 | 陝西省西安市 |
| 殷 | 豊邑 |
|---|---|
| 周 | 鎬京 |
| 春秋 | 鎬京 |
| 戦国 | 鎬京 |
| 秦 | 咸陽 |
| 前漢 | 長安 |
| 新 | 常安 |
| 後漢 | 長安 |
| 三国 | 長安 |
| 西晋 | 長安 |
| 東晋十六国 | 長安 |
| 南北朝 | 長安 |
| 隋 | 大興 |
| 唐 | 長安 |
| 五代 | 大安 京兆 |
| 北宋/遼 | 陝西 永興 |
| 南宋/金 | 京兆 |
| 元 | 京兆 安西 奉元 |
| 明 | 西安 |
| 清 | 西安 |
| 中華民国 | 西安 |
| 現代 | 西安 |
西安市(せいあんし/シーアンし、簡体字: 西安市、拼音: 、英語: Xi'an)は中華人民共和国陝西省の省都であり、古くは中国古代の諸王朝の都となった長安である。国家歴史文化名城に指定され、世界各国からの観光客も多い。経済的重要性から大幅な自主権をもつ副省級市にも指定されている。
目次
地名の由来[編集]
西安(西京)とは「西の首都」の意味であるが、一般的に東アジアの伝統では、首都の名前をこのようにつけることが多かった。例えば、日本の東京やベトナムのトンキン(東京)は、「東の首都」を意味する。日本の東京は、首都を意味する京都からの方角をもとにしており、「北京」、「南京」、「西京(長安、西安)」は、中国の内陸部にある洛陽からの方角をもとにしている。
地理[編集]
西安市は、渭河流域中部の関所盆地にあり、東経107.40度~ 109.49度、北緯33.42度~ 34.45度、北朝鮮は渭河と黄土高原、南隣の秦嶺にある東は、ゼロ河とハシ山地を境に、華県、渭南、商州、洛南県と接触している。西は太白山地と青化黄土台を境に、眉県、太白県と境を接し、南から北秦嶺(ナムブク)の稜線には、仏坪県、寧陝県、寧水県との境界がある北朝鲜は渭河に至るまで、東北の渭河は、咸阳市街地、楊凌区、三原、ハゲ、興平、武術、扶風、富平等県(市)と隣接している。管轄東西の長さは約204キロ、南北は約116キロである。2016年には、西安面積は9983平方キロメートルであり、このうち、市街地は1066平方キロメートル。地形 西安市の地質的な構造は、秦嶺にある一帯と華北の2大ユニットを兼ねている。今から約1億3000年前の燕山運動の時期に国を連れてきた秦岭の北の麓には、今から約300万年前の第3期の後では、大断されているのは、南の秦嶺の溝が新しい構造で活躍していて、山を見ていると、南の方が高く昇進し、秦嶺山脈を作ることになる。これと同時に、北にある中国の渭河では北華地にある渭河が落ち、風により黄土に覆われ、さらに渭河のたい積の作用で、渭河平野が形成された。西安市の海抜高度差は全国の各都市の冠を占めている高く険しい、群山の競演にある秦嶺の山地は、地との揺れが伸びやか、平坦な地の沃野の渭河平野の境目が明らかになり、西安市の地形の主体を構成している。秦嶺山脈は海抜2000メートル~ 2800メートル、西南端太白山峰は標高3867メートルで、大陸部の最高峰となった渭河平原は海抜400メートル~ 700メートルで、東北端の渭河の川底では標高345メートルが最も低い西安市は渭河平原の二段階に建てられた河川。西安では川の網が密集しており、合計54個の川がある。このうち、渭河、ケイ川、石川河系の国境川があり、その他の河川は、秦嶺の山地や驪東南の丘陵に由来しており、ほとんどの河川は南から北へ渡って渭河の平野を経て、渭河を注入してきた黄河流域面積は全市の延べ面積の98.46%を占めている。西安のどの川の流域面積の面積は差が大きい。黒河の流域面積1000平方キロメートル以上あると灞河灃河。上記3つの河川の流域面積面積は82.37%だった 秦嶺山地の渭河の南側の支流では、秦嶺北坡の傾斜が急で、溝谷が深く、谷峰の相間には、川の流れのように、川には次のような構造的な特徴がある1つは南と西北に向かって行きます。川は秦嶺山地の溝に沿って溝に沿って南に向かっていた。しかし、この地形の斜面は南東から西北に流れており、地質構造の断裂帯もおおむね東南の西北に向かって行っており、水の流れの流れに沿って移動している 2は川の幅が縦に高くなっている各河川の上流の段が秦嶺の山地を流れている時,谷が深く、坂が急で,急に流れているまた、このようなことができるようになると、水の流れが緩やかになり、水の流れが緩やかになります 3は下流河川の横に揺れているのが,蛇行した川の特徴を持っている渭河が北朝鮮に移転灞河、東、西に振る灃河西から東へと変身し、潏、滈交代が氾濫し、生地展布の古水路の形成している。4は上流の川が曲がりくねっており,多くの峡谷が危険である秦嶺の北側には約70ヵ所のところがある5は川底の堆積物である河の源から河口へと、勾配が下がり、川が砂の力を低下させ、その上に位置したものが下流に形成されており、規則正しい分布がある」と述べた 光流の時空分布が非均一であることは、西安内の河川の共通の特徴である豊水年と枯れた水の数を4 ~ 7倍にして、一部の山間地帯の支流の数年は10倍の差がある。川の下流は枯れても、基本的な流れを遮断している川の中では年内の流量も大きく変化しており、毎年2月には枯水期に発生しており、径の量は年间量の2%にすぎず、断流現象で、7 ~ 10月の増水期には前年の総総量の45% ~ 56%を占めています
歴史[編集]
西安の古称は長安であり、かつては西都、西京、大興、京兆、奉元等とも称された。古代より政治の中心地として西周から秦、漢から隋、唐の都城と十数の王朝の都として二千数百年の歴史を有す古都である。
1369年(洪武2年)、明朝は元朝の奉元路を廃止し西安府を設置、これが西安の名称の初見である・明末の李自成の反乱に際しては、西安に入城した李自成は一時長安と改称したが、清朝により再び西安と改称され中華民国まで沿襲された。1928年、西安に初めて市制が施行され省轄市としての西安市が成立した。1948年には国民政府行政院轄市に改編、中華人民共和国成立後は延安に代わって陝甘寧辺区の首府となり、西北行政区轄市、中央直轄市、計画単列市と改編が続き、1954年に陝西省の省都、副省級市となって現在に至っている。
1900年の義和団の乱では西太后ら皇族が戦火の北京を逃れ西安に避難している。また1936年には国共合作による日本政府への対抗を目指す張学良が蒋介石を軟禁した西安事件の舞台となった都市でもある。
2004年、西北大学が日本人遣唐留学生井真成の墓誌を市内から発見して話題となったこともある。
行政区画[編集]
下部に11市轄区・2県を管轄する。
| 西安市の地図 |
|---|
年表[編集]
陝西省西安市(第1次)[編集]
西安市[編集]
- 1954年6月19日 - 陝西省に編入され、陝西省西安市となる。
陝西省西安市(第2次)[編集]
- 1954年6月19日 - 西安市が陝西省に編入され、陝西省西安市となる。(9区)
- 1955年7月 - 渭南専区藍田県・臨潼県の各一部が灞橋区に編入。(9区)
- 1956年7月2日 - 渭南専区藍田県の一部が灞橋区に編入。(9区)
- 1957年4月22日 (7区)
- 未央区が新城区・蓮湖区に分割編入。
- 長楽区が灞橋区に編入。
- 草灘区が未央区に改称。
- 1957年7月 - 臨潼県の一部が灞橋区に編入。(7区)
- 1958年9月 - 長安県の一部が灞橋区に編入。(7区)
- 1958年11月4日 - 長安県・鄠県・臨潼県・藍田県を編入。(7区4県)
- 1958年11月 - 咸陽県の一部が未央区に編入。(7区4県)
- 1958年11月21日 - 長安県、高陵県の各一部が灞橋区に編入。(7区4県)
- 1959年3月 - 長安県の一部が阿房区に編入。(7区4県)
- 1960年5月20日 (4区4県)
- 新城区が未央区・灞橋区に分割編入。
- 蓮湖区が阿房区・雁塔区に分割編入。
- 碑林区が雁塔区に編入。
- 1961年8月22日 (4区1県)
- 鄠県が咸陽専区に編入。
- 臨潼県・藍田県が渭南専区に編入。
- 1961年9月 - 咸陽専区咸陽市の一部が未央区に編入。(4区1県)
- 1962年4月7日 (7区1県)
- 1963年6月 - 灞橋区の一部が咸陽専区高陵県に編入。(7区1県)
- 1965年9月20日 - 未央区・雁塔区・阿房区・灞橋区が合併し、郊区が発足。(4区1県)
- 1966年6月24日 (5区1市1県)
- 1966年11月26日 (5区1市1県)
- 1971年10月5日 - 咸陽市が咸陽地区に編入。(5区1県)
- 1972年4月14日 (5区1県)
- 1979年11月16日 - 渭南地区臨潼県を編入。(5区2県)
- 1980年2月2日 - 郊区が分割され、未央区・雁塔区・灞橋区が発足。(7区2県)
- 1980年5月12日 - 臨潼県が渭南地区に編入。(7区1県)
- 1983年9月9日 - 渭南地区臨潼県・藍田県、咸陽地区戸県・周至県・高陵県を編入。(7区6県)
- 1997年6月25日 - 臨潼県が区制施行し、臨潼区となる。(8区5県)
- 2002年6月2日 - 長安県が区制施行し、長安区となる。(9区4県)
- 2014年12月13日 - 高陵県が区制施行し、高陵区となる。(10区3県)
- 2016年11月24日 - 戸県が区制施行し、鄠邑区となる。(11区2県)
経済[編集]
西安市は1992年7月に開放都市に指定されて以来、ユーラシア大陸の連絡路として中国西部最大の都市となっている。
改革開放以前も西安は中国経済で重要な地位を占めてきたが、近年はその経済発展に翳りが見える。その原因としては西安の工業に占める重工業の割合が非常に高く、国防産業などの特殊工業に依拠しており、軽工業や技術開発力を軽視した工業政策の結果であり、近年は高新技術産業開発区、経済技術開発区、曲江新区、滻灞生態区、閻良国家航空高技術産業基地の「四区一基地」を設置し、先端技術の開発と産業転化を推進する経済政策が採用されている。
交通[編集]
西安は中国西部と中部経済圏の接点にあたり、北西部から沿岸地域に向かう玄関口となっている。この為西安は各種交通機関の中国西部地区おける要衝となっている。
航空[編集]
市街地から北西へ40kmの距離の咸陽市域に民航総局が規定した七大ハブ空港の一つである西安咸陽国際空港が位置し、70の都市へ129路線(国際線は18都市25路線)が運行され中国国内において北京、広州、上海と共に四大空港に数えられている。現在第二期工事完成、95億9200万人民元を投資し、長さ3,800m、幅60mの第二滑走路と17万平米の新ターミナルビルが建設され完成,は年間利用者数2,600万人、ピーク時は1時間あたり9,616人、年間発着便数は24万9千便、ピーク時は1時間あたり72便、航空貨物は年間36万tの処理能力を計画している。
道路[編集]
西安市街を中心に「米」字形に放射状に整備されているが、環状方向への建設が計画され利便性を向上させている。その内三環路は総延長89.7km、本線区間は74.8kmである。なかでも新設の東西三環路は本線32.5kmが内廻り、外廻りあわせて8車線(一部6車線)、最高速度80km/hで、2008年末に完成している。
鉄道[編集]
2005年に西安駅が初めて年間乗降客数上位5位以内に入った。西安駅は最大で約200本の列車が発着するようになり、その中には「和諧号」高速列車も含まれていた。その後34億人民元を投資した西安北駅の改修工事が完成し、西安駅の3倍以上の規模の高速列車中心の駅となり「和諧号」高速列車は西安北駅に移された。西安北駅は中国の高速鉄道網の中心駅の一つとなっている。
また2020年までに地下鉄6路線の建設が計画されており、総延長は251.8kにおよぶ。北の西安北駅から南の韋曲に至る2号線が2007年8月10日に建設を開始、2011年9月28日に1期区間が開業した。北西地区では初の地下鉄路線である。
- 鉄道路線
在来線
高速線
- 1号線
- 1号線西延線(工事中)
- 临潼市域高速鉄1期工事 1号線東延線(工事中)
- 2号線
- 3号線
- 4号線(工事中)
- 5号線(工事中)
- 6号線(工事中)
バス[編集]
現在250路線余りが開設され、終夜運転路線4路線が含まれている。大部分の路線で非接触型ICカードが導入され、ICカード利用客は割引料金での乗車となっている。
1路 6:30─20:00 西鉄小区──起重機廠 西鉄小区─大明宮街辦─南康新村─南康新村西門─城北客運站(城北ターミナル)─文景立交西 ─中聯家居─朱宏路─福迪汽貿─朱宏路機電市場─大白楊村─未央宮街辦─李下壕村─灃恵路─安美居─任家口─西開公司─絲綢群雕(シルクロード群雕)─麺粉廠─城西客運站(城西ターミナル) ─漢城路─西鈔広場─制薬廠─鍋爐廠─起重機廠
2路 6:00─20:30 辛家廟公交枢紐站──特警支隊 辛家廟公交枢紐站─辛家廟西村 ─井上村 ─太元路 ─大明宮含元殿─大明宮国家遺址公園─大華・1935─太華路─大明宮─丹鳳門 ─生産路 ─西閘口 ─北関─西鉄職院 ─自強小区 ─紙坊村─小北門(尚武門)─習武園─洒金橋─玉祥門─潘家村─労働路─家世界─団結東路─豊鎬東路─錦園小区─桃園路─西桃園─新桃園─特警支隊
4路 6:00─24:00 西安美科専修学院──幸福中路 西安美科専修学院─豊慶路西段─錦園小区─灃鎬東路─西稍門(安定門外)─南小巷─西門(安定門)─橋梓口─広済街─鐘楼(鍾楼)─北大街─北新街─革命公園─五路口─朝陽門─安仁坊─康復路─聖栄広場─軽工市場─万年路─公園北路─康楽路北口─万寿路─韓森寨─幸福中路
5路 6:00─24:00 南三環電子正街枢紐站──火車站(西安駅) 南三環電子正街枢紐站─双橋頭─紫薇城市花園─北山門─電子二路─省博愛医院─東儀路─含光路南口─朱雀大街青松路口─西八里村─医学院─子午路─小寨─翠華路─雁塔西路東口─大雁塔南広場─雁引路─大雁塔─賽格電脳城─東新科貿電脳城─李家村─建東街─和平門─大差市─民楽園─五路口─火車站(西安駅)
6路 6:00─20:30 怡園路北口──火車站西(西安駅西) 怡園路北口─悦園路北口─錦業二路─中興通訊─南三環─錦業路─省游泳中心─西万路口─木塔寨─市建四公司─電子二路西口─電子商城─沙井村─西斜七路─公交五公司─西斜六路─太白路立交─辺家村─黄雁村─張家村─含光門(含光門)─朱雀門─南門(永寧門)─鐘楼南(鍾楼南)─北大街─北門(安遠門)─西閘口南口─火車站西(西安駅西)
7路 6:00─24:00 王家坟──西門(安定門) 王家坟─公交二公司─万寿路─韓森寨─緯什街─経二路─火炬路─金花南路─交大商場─交大電脳城─興慶公園─南郭門─建国門─省委招待所─大差市─端履門─鐘楼(鍾楼)─広済街─橋梓口─西門(安定門)
気候[編集]
西安市のうち平野部は温暖な温帯性・半湿性の季節風気候であり、四季が明瞭である。1月の平均気温は0.3℃であり、1955年1月6日には最低気温-20.6℃を記録した。7月の平均気温は27.0℃であり、1998年6月21日および2017年7月24日には最高気温41.8℃を記録した。年平均気温は14.1℃、年平均降水量は561mm、年平均湿度は69.6%、年平均降雪日は13.8日である。
| 西安 (1971-2000)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 4.8 (40.6) |
8.3 (46.9) |
13.9 (57) |
21.0 (69.8) |
26.1 (79) |
31.2 (88.2) |
32.1 (89.8) |
30.8 (87.4) |
25.3 (77.5) |
19.5 (67.1) |
12.2 (54) |
6.4 (43.5) |
19.3 (66.7) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −3.8 (25.2) |
−1.1 (30) |
3.6 (38.5) |
9.5 (49.1) |
14.2 (57.6) |
19.2 (66.6) |
21.9 (71.4) |
20.9 (69.6) |
15.9 (60.6) |
9.9 (49.8) |
2.9 (37.2) |
−2.5 (27.5) |
9.2 (48.6) |
| 降水量 mm (inch) | 6.9 (0.272) |
9.6 (0.378) |
18.6 (0.732) |
23.0 (0.906) |
60.2 (2.37) |
54.4 (2.142) |
98.6 (3.882) |
70.8 (2.787) |
61.6 (2.425) |
59.9 (2.358) |
9.9 (0.39) |
5.8 (0.228) |
479.3 (18.87) |
| 平均降水日数 | 4 | 5 | 7 | 9 | 9 | 9 | 11 | 9 | 12 | 11 | 7 | 3 | 96 |
| % 湿度 | 66 | 63 | 66 | 68 | 68 | 62 | 71 | 75 | 79 | 77 | 74 | 69 | 70 |
| 平均月間日照時間 | 100.8 | 103.2 | 120.8 | 147.9 | 171.4 | 185.3 | 191.9 | 195.4 | 127.0 | 111.1 | 98.4 | 92.8 | 1,646.1 |
| 出典: 中国气象局 国家气象信息中心 2009-03-17 | |||||||||||||
歴史遺跡[編集]
市中心部[編集]
- 西安碑林博物館(碑林区)
- 大慈恩寺 (雁塔区)- 境内の大雁塔は世界遺産[1]
- 西安博物館と旧大薦福寺(碑林区)- 旧境内の小雁塔は世界遺産[1]
- 回民街(イスラム街)(蓮湖区 )- イスラム教徒である回族やウイグル族などが居住しており、清真料理のレストラン・食堂が並び、複数のモスクがある。
- 広仁寺(蓮湖区)- 西安唯一のチベット仏教寺院。
- 大明宮遺跡 - 世界遺産[1](新城区)
- 鐘楼
- 鼓楼(蓮湖区)
- 明代城壁(蓮湖区・碑林区・新城区)
- 環城公園(蓮湖区・碑林区・新城区)
- 興慶宮公園(興慶宮遺跡)(碑林区)
- 青龍寺(雁塔区) - 空海が恵果から真言密教を受け継いだ寺院。
- 大興善寺(雁塔区)
- 八路軍西安弁事所紀念館 - 西安事件を受けた国共合作成立後の中国共産党側の事務所跡。
- 陝西省歴史博物館(雁塔区)
- 阿房宮遺跡(蓮湖区)
東郊[編集]
咸陽市[編集]
(これらは行政上は咸陽市に属するが、一般的な西安観光のコースにも含まれているためここにも記す)
西郊[編集]
南郊[編集]
北郊[編集]
教育施設[編集]
- 西安交通大学
- 西安電子科学技術大学
- 西安工科大学
- 西安科学技術大学
- 西安工業大学
- 西安建築科学大学
- 西安外国語大学
- 西安郵便大学
- 西安石油大学
- 西安放送大学
- 西安医科学院
- 西安財務学院
- 西安文理学院
- 西安航空学院
- 西安音楽学院
- 西安体育学院
- 西安美術学院
- 西安職業技術学院
- 西北大学
- 長安大学
- 陝西師範大学
- 陝西科学技術大学
- 陝西学前師範学院
- 中国人民解放軍第4軍医大学
- 中国人民解放軍エアフォース大学
- 中国人民解放軍ロケット軍工学大学
- 中国人民解放軍空軍西安飛行学院
- 中国人民解放軍西安政治学院
- 中国人民解放軍西安通讯学院
- 中国人民解放軍西安陸軍学院
- 中国人民武装警察部隊工学大学
- 中国人民武装警察部隊西安指揮学院
スポーツ[編集]
- 中国サッカー・スーパーリーグのプロチーム「西安国際(Inter Xian)」の本拠地。西安国際のホームスタジアムは、陕西省コカコーラ体育場。
媒体[編集]
姉妹都市・友好都市[編集]
- 姉妹都市
エディンバラ(イギリス)(1985年)
ポー(フランス)(1986年)
カンザスシティ(アメリカ合衆国)(1989年)
エスファハーン(イラン)(1989年)
ドルトムント(ドイツ)(1991年)
ラホール(パキスタン)(1992年)
慶州市(大韓民国)(1994年)
ヤシ(ルーマニア)(1994年)
ドニプロ(ウクライナ)(1995年)
コンヤ(トルコ)(1996年)
カトマンズ(ネパール)(1996年)
ブラジリア(ブラジル)(1997年)
クスコ(ペルー)(1997年)
ケベック・シティー(カナダ)(2001年)
晋州市(大韓民国)(2004年)
コルドバ(アルゼンチン)(2006年)
ポンペイ(イタリア)(2007年)
カラマタ(ギリシャ)(2009年)
クエンカ(エクアドル)(2010年)
サマルカンド(ウズベキスタン)(2013年)
オルデンブルク(ドイツ)(2013年)
マル(トルクメニスタン)(2014年)
モンゴメリー(アメリカ合衆国)(2014年)
ホバート(オーストラリア)(2015年)
ギュムリ(アルメニア)(2015年)
クラグイェヴァツ(セルビア)(2016年)
- 友好都市
脚注[編集]
外部リンク[編集]
- 市政府公式サイト
- 西安写真集
- 西安の化覚巷 清真大寺 (日本語)
- 西安天気予報 (日本語)
- 西安観光案内(日本語)
ウィキボヤージュには、西安市(簡体字中国語)に関する旅行情報があります。
ウィキボヤージュには、西安市(英語)に関する旅行情報があります。
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