貴陽市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
中華人民共和国 貴州省 貴陽市
甲秀楼と市街地
甲秀楼と市街地
略称:
別称:林城


貴州省中の貴陽市の位置
貴州省中の貴陽市の位置
中心座標 北緯26度35分 東経106度43分 / 北緯26.583度 東経106.717度 / 26.583; 106.717
簡体字 贵阳
繁体字 貴陽
拼音 Guìyáng
カタカナ転写 クイヤン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
貴州
行政級別 地級市
面積
総面積 8,046 km²
海抜 1,070 m
人口
総人口(2003) 345 万人
人口密度 429.4 人/km²
経済
GDP(2006) 602.88 億元
一人あたりGDP 17,025元
電話番号 851
郵便番号 550001
ナンバープレート 貴A
行政区画代碼 520100
公式ウェブサイト http://www.guiyang.gov.cn/
貴陽市の衛生画像
人民広場

貴陽市(きようし、簡体字: 贵阳市拼音: Guìyáng英語: Guiyang)は、中華人民共和国貴州省の省都。市内に森林が多いことから林城の別名がある。市名は貴山の南にあることに由来する。

地理[編集]

省中央部に位置し、東及び南は黔南プイ族ミャオ族自治州、西は安順市、北は畢節市遵義市に接する。

歴史[編集]

古来より少数民族が割拠し、戦国時代には夜郎国の地であった。唐代になると烏江以南の地域に羈縻州を設置、市域は矩州に属した。宋代になると貴州と改称、1279年至元16年)には八番羅甸宣慰司、1282年(至元19年)、順元等路軍民宣慰司を設置、1292年(至元29年)には順元、八番の両宣慰司を統合、八番順元宣慰司都元帥府を貴陽に設置し貴州と称された。

明代になると1413年永楽11年)、貴州等処承宣布政使司を設置され、省級行政単位が成立した。1568年隆慶2年)、省会は程番府が貴州城に編入、1569年(隆慶3年)に程番府が貴陽府と改称され、貴陽の行政区画名称が使用されるようになった。1601年万暦29年)、貴陽府は貴陽軍民府と改称され、明末には新貴県貴定県開州広順州定番州を管轄した。

1659年順治16年)、清朝は貴州巡撫駐貴陽軍民府 を設置、1666年康熙5年)には雲貴総督が貴陽に駐留している。1687年(康熙26年)、貴陽軍民府を貴陽府と改称、清末には貴築県貴定県竜里県修文県、開州、広順州、定番州、羅斛庁の4県3州1庁を管轄した。

中華民国が成立すると1914年民国3年)、貴陽府が廃止され貴陽市が成立、当初は黔中道の管轄に於かれた。1920年(民国9年)、道制が廃止されると貴州省長公署の直轄とされ、1936年(民国25年)の行政督察区制度の施行に伴い第一行政督察区の所管とされた。1941年(民国30年)7月1日、行政院により貴陽市設置が正式に認可され、1949年(民国33年)には市内に9区を設置している。

1949年11月5日、共産党軍が貴陽市に入城、11月23日に貴陽市人民政府が成立している。翌日貴陽行政督察専員公署が修文県に成立、下部に修文、竜里、貴定、息烽、開陽、貴築、清鎮、恵水、甕安、長順、羅甸の11県を管轄した。1952年、貴陽区行政督察専員公署が廃止となり貴定専区に改編、1954年3月には貴築県の大部分が、同年12月には安順専区管轄の清鎮、修文、開陽の3県及び黔南州管轄の恵水県が貴陽市に移管されている。1963年10月、開陽県は遵義専署、修文、清鎮県は安順専署、恵水県は黔南州に移管された。1972年、市内に白雲区を新設、1996年には安順地区管轄の清鎮市、修文県、息烽県、開陽県が貴陽市に移管されている。2001年1月、市内に小河区が新設された。

行政区画[編集]

6市轄区・1県級市・3県を管轄する。

貴陽市の地図

年表[編集]

貴陽市[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国貴州省貴陽市が発足。一区から九区までの区が成立。(9区)
  • 1950年5月23日 - 市内行政区域の再編により、一区から七区までの区が成立。(7区)
  • 1952年9月5日 - 五区・六区・七区が合併し、郊区が発足。(5区)
  • 1952年11月8日 - 貴陽専区貴築県を編入。(5区1県)
  • 1953年6月21日 - 四区が三区に編入。(4区1県)
  • 1955年3月 (8区1県)
  • 1955年7月16日 - 貴築県が貴定専区に編入。(8区)
  • 1955年8月19日 - 一区が雲岩区に、二区が富水区に、三区が南明区にそれぞれ改称。(8区)
  • 1956年12月21日 - 花渓区・中曹区・金華区・烏当区・黔霊区が合併し、郊区が発足。(4区)
  • 1957年11月29日 - 安順専区貴築県・修文県の各一部が郊区に編入。(4区)
  • 1958年2月12日 - 富水区が雲岩区に編入。(3区)
  • 1958年2月24日 - 郊区が分割され、花渓区烏当区が発足。(4区)
  • 1958年4月 (4区)
    • 花渓区の一部が南明区に編入。
    • 烏当区の一部が雲岩区に編入。
  • 1958年6月 - 黔南プイ族ミャオ族自治州長順県の一部が花渓区に編入。(4区)
  • 1958年12月29日 - 安順専区清鎮県修文県開陽県、黔南プイ族ミャオ族自治州恵水県を編入。(4区4県)
  • 1959年12月 - 烏当区の一部が分立し、白雲鎮が発足。(4区4県1鎮)
  • 1962年2月 - 恵水県の一部が花渓区に編入。(4区4県1鎮)
  • 1962年7月 - 白雲鎮が烏当区に編入。(4区4県)
  • 1963年5月20日 - 恵水県が自治県に移行し、恵水プイ族ミャオ族自治県となる。(4区3県1自治県)
  • 1963年10月23日 (4区)
    • 恵水プイ族ミャオ族自治県が黔南プイ族ミャオ族自治州に編入。
    • 開陽県が遵義専区に編入。
    • 清鎮県・修文県が安順専区に編入。
  • 1966年2月22日 - 安順専区開陽県の一部が分立し、開陽特区が発足。(4区1特区)
  • 1968年3月14日 - 開陽特区が安順専区開陽県に編入。(4区)
  • 1973年6月7日 - 烏当区の一部が分立し、白雲区が発足。(5区)
  • 1995年7月21日 - 安順地区修文県息烽県開陽県を編入。(5区3県)
  • 1995年12月23日 - 清鎮市を編入。(5区1市3県)
  • 2000年1月21日 - 花渓区の一部が分立し、小河区が発足。(6区1市3県)
  • 2007年8月30日 - 烏当区・南明区の各一部が雲岩区に編入。(6区1市3県)
  • 2012年11月15日 (6区1市3県)
    • 花渓区・小河区が合併し、花渓区が発足。
    • 烏当区・清鎮市の各一部が合併し、観山湖区が発足。

貴陽専区[編集]

気候[編集]

標高1,100mに位置する高原都市で、年間を通して、極端な寒さや暑さも無い過ごしやすい気候である。1月の平均気温は5.5度、7月の平均気温は24.4度、年平均気温は15.7度、年間降水量は1117.7mmである。

貴陽(1971-2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 8.8
(47.8)
10.8
(51.4)
16.1
(61)
21.2
(70.2)
24.1
(75.4)
26.4
(79.5)
28.3
(82.9)
28.5
(83.3)
25.1
(77.2)
20.5
(68.9)
15.9
(60.6)
11.6
(52.9)
19.8
(67.6)
平均最低気温 °C (°F) 2.7
(36.9)
4.0
(39.2)
7.8
(46)
12.7
(54.9)
16.3
(61.3)
19.1
(66.4)
20.7
(69.3)
20.2
(68.4)
17.4
(63.3)
13.3
(55.9)
9.0
(48.2)
4.7
(40.5)
12.3
(54.1)
降水量 mm (inch) 20.5
(0.807)
20.1
(0.791)
32.8
(1.291)
87.6
(3.449)
164.6
(6.48)
225.2
(8.866)
177.0
(6.969)
126.8
(4.992)
100.1
(3.941)
97.5
(3.839)
47.4
(1.866)
18.1
(0.713)
1,117.7
(44.004)
湿度 80 78 76 75 76 78 77 76 76 77 77 76 77
平均月間日照時間 41.2 47.1 81.8 103.5 108.4 104.2 154.4 167.1 119.4 91.4 69.0 62.4 1,149.9
出典: 中国气象局 国家气象信息中心 2009-09-10

経済[編集]

1992年貴州省内唯一の貴陽ハイテク産業開発区が成立し、2000年に再編が行われて、新天ハイテク産業パークと金陽科学技術産業パークが新設された。2004年の全市生産総額(GDP)は対前年比13.8%増の438.5億人民元であった。

交通[編集]

貴陽龍洞堡国際空港

航空[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

外部サイト[編集]

座標: 北緯26度35分 東経106度43分 / 北緯26.583度 東経106.717度 / 26.583; 106.717 (貴陽市)