栄光学園中学校・高等学校

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栄光学園中学校・高等学校
EikoGakuen.jpg
過去の名称 (旧制)栄光中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人上智学院
設立年月日 1947年
創立記念日 6月21日
(聖アロイジオ命日)
創立者 イエズス会
共学・別学 男子校
中高一貫教育 完全一貫制
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 14543C
所在地 247-0071
神奈川県鎌倉市玉縄4丁目1番地1
公式サイト 栄光学園
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栄光学園中学校・高等学校(えいこうがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県鎌倉市玉縄四丁目に所在し、中高一貫教育を提供する私立男子中学校高等学校

高校からの生徒募集はしていない完全中高一貫校[1]カトリック修道会の一つであるイエズス会を教育母体とするミッションスクールである。

当校の指す「栄光」は AD MAIOREM DEI GLORIAM(より大いなる神の栄光のために)というイエズス会の標語から来ている。

概要[編集]

イエズス会によって1947年(昭和22年)、横須賀市田浦に旧制栄光中学校設立。その年の内に新制となり、1949年(昭和24年)栄光学園中学校・高等学校となる。1964年(昭和39年)には鎌倉市玉縄へ移転した。

設置者である栄光学園は、2016年4月に3つの学校法人六甲学院広島学院泰星学園)とともに学校法人上智学院)へ合併した[2]。合併後各学校法人は解散するが、各校は上智大学の附属校にはならず名称もそのままに独立経営が維持される[3][4]

創立70周年を迎えた2017年春、隈研吾(21期、東大教授、建築家。新国立競技場の計画案をデザイン)の監修により新校舎が完成した。[1]キャンパスは東京ドーム約2.4個分の広さを誇る緑豊かな(11.1万m2)環境を誇る。旧校舎は3階建てであったのが低層2階建て(1階は鉄筋コンクリート造、2階は木造のハイブリッド方式。エアコンなど完備)となった。各学年の定員180人規模(1学年4クラス)は変わらない。

教育[編集]

教育理念[編集]

「Men for others」(他者のための人間)の教育理念の下で、人格教育に重きを置いた教育がなされている。世界に通用するリーダーを養成するため、心身ともに徹底的に鍛えるという教育方針を採る。

カトリックの学校であり、しつけや学習の指導は厳しい。一方で、明文化された校則はなく、自由である。

学習[編集]

卒業生1万人中3000人以上が東京大学へ進学、中学入試も神奈川県内のみならず全国屈指の難易度を誇る進学校である[5]が、学校は真理に基づく人間教育を実践、進学実績の数値や偏差値だけに左右される教育とは一線を画している。

2008~2013年卒業生(計1076人)の主な進学先は東京大学350人、国公立大学医学部98人、一橋大学63人、東京工業大学39人、その他国公立大学107人、私立大学医学部37人、慶應義塾大学134人、早稲田大学102人、その他私立大学117人、その他29人(東京大学理科三類、慶應義塾大学医学部は「医学部」の集計に含まず。浪人中・進学先不明等は「その他」に含む)である[6]

習熟度別クラス編成は採用していない。6年間を「初級」「中級」「上級」に分け、中高生としての心身の成長に重きを置いた教育を重視している。中1から高3の全ての授業において、授業の開始前と終了前に「瞑目」を行っていなければならない。これにより、精神集中を図っている。

中学1年から倫理の授業があり、中学では当校の歴史、方針を教えている。高校2年では理科など一部の科目で選択必修という形式をとっているが、本格的な受験に向けた体制は高校3年時のみで、理系クラス(通常A / B組)・文系クラス(通常C / D組)の文理分けがされる。特別な宗教授業などはない(ミサや聖書研究などはあるが、任意参加)。外国人教員も加わる英語教育は質が高く、本校が独自に開発した教科書「プログレス・イン・イングリッシュ」は、他校でも使われている。

国際科学オリンピック(数学・物理・化学・生物)といった課外活動をする者も多く、金メダルを獲得するなど出場常連校である。また、数学甲子園科学の甲子園など各種大会でも例年上位入賞している。パソコン甲子園ではグランプリを獲得。全国高校生英語ディベート大会でも2015年優勝を果たし、世界大会へ出場した。

課外活動など[編集]

2時間目と3時間目の間には「中間体操」に取り組んでいる。原則、上半身裸で体操する。

「学校は勉強をする場所である」という教育理念に基づき、部活動は週2回と定められている。中学生は全員、何らかのクラブ活動に参加が必須である。

サッカー部はかつて全国高等学校サッカー選手権大会に神奈川県代表として第35回大会と第42回大会と2回出場している。

野球部も2003年に全国高等学校軟式野球選手権大会に南関東地区代表として出場している。また、2015年春季軟式野球神奈川県大会でも準優勝し、関東大会に出場を決めた強豪である。

また、体操部は2014年、ダブルダッチの世界大会で優勝している。

文化部の取り組みも活発で、歴史部員が加藤陽子東大教授の課外授業に取り組んだ過程が、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版)にまとめられた他、各種大会優勝を成し遂げている囲碁将棋部、生徒自身が自主運営しながら高いクオリティーを維持しているブラスバンド部の演奏活動などが対外的に知られている。

有志によるボランティアも代々熱心に繰り広げられている。近隣の老人ホームを慰問したり、施設に預けられている子供たちを定期的に慰問したりするなどの活動を展開している。

2003年には、全国高等学校クイズ選手権で優勝を果たした。直近2015年にも神奈川県代表として出場した。

同校ホームページによると、各界で活躍する同校OBの進路ガイダンス「OBゼミ」も定期的に実施するなど、志望大学受験の10年後、20年後を見据えた具体的な進路指導も重視している。

学校行事[編集]

毎年10月末もしくは11月初めには、全校生徒らが湘南の海岸道路を往く「歩く大会」(30km行程)が実施される。

5月初旬には「栄光祭」(文化祭)、9月下旬には体育祭が行われる。

沿革[編集]

  • 1947年(昭和22年) - 米軍から要請を受けたイエズス会により神奈川県横須賀市田浦、現在の横須賀市船越町、内の海軍工廠跡地に創立。現在は海上自衛隊自衛艦隊司令部
    上智大学文学部歴史科科長のドイツ人神父グスタフ・フォス師を校長に、旧制の栄光中学校(5年制)として中学1年生72名でスタートし(現在では1学年180人、1クラス45人の6学年)、その年の内に新制3年制の中学校として認可された。
  • 1949年(昭和24年) - 栄光学園中学校と改称、高等学校の設立認可を得て、中高一貫校となった。
  • 1957年(昭和32年) - 財団法人上智大学より独立し、学校法人栄光学園となる。
  • 1964年(昭和39年) - 校地が海上自衛隊横須賀基地となるのを期に、広大な敷地を求め、約111000m2の現在地に移転。
    旧田浦校地は現在、自衛艦隊司令部となっている。
  • 2016年(平成28年)4月 - 学校法人上智学院と合併[2]するが、独立した学園運営は従来同様に維持される。

交通[編集]

主な著名人[編集]

出身者[編集]

その他関係者[編集]

入学・卒業年等計算方法[編集]

  • 1953年卒業生が1期生。
  • 1946+××期生=西暦○○○○年入学。
  • 1952+××期生=西暦□□□□年卒業。
  • 76〜77 -××期生=2010年度における標準的年齢。

姉妹校[編集]

上智学院設置校
イエズス会系列校

出典・脚注[編集]

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  1. ^ 栄光学園中学校の学校情報(中学受験パスナビ)の冒頭に「※系列高校での募集はない。」と記されている。
  2. ^ a b 上智大と栄光学園など合併へ=5法人、16年4月に 時事通信社 2014/10/23 14:45
  3. ^ 法人合併協議の開始について
  4. ^ 学校法人合併認可のお知らせ
  5. ^ サンデー毎日、光文社新書「東大合格高校盛衰史~60年間のランキングを分析する」小林哲夫著、光文社新書「名門高校人脈」鈴木隆祐著など参照
  6. ^ 学校案内パンフレット
  7. ^ 養老孟司×英文校正エナゴ・トップ研究者インタビュー”. エナゴ. 2011年12月23日閲覧。
  8. ^ a b 吹浦忠正 (2009年11月20日). “近衞忠煇会長と細川護煕元首相”. 吹浦忠正. 2011年12月23日閲覧。
  9. ^ 浜田卓二郎プロフィール”. 浜田卓二郎. 2011年12月23日閲覧。
  10. ^ 若杉敬明 on the Web”. 若杉敬明. 2011年12月23日閲覧。
  11. ^ 著者ご紹介”. 2011年12月23日閲覧。
  12. ^ 保坂和志長崎俊一のこと」、『ムッシュ・シネマ』第6号、鎌倉で映画と共に歩む会、鎌倉、2006年1月、2011年12月23日閲覧。
  13. ^ プロフィール”. あさお慶一郎. 2011年12月23日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]