湯布院町

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ゆふいんちょう
湯布院町
廃止日 2005年10月1日
廃止理由 新設合併
庄内町挾間町湯布院町由布市
現在の自治体 由布市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 大分県
大分郡
団体コード 44364-6
面積 127.77km²
(境界未定部分あり)
総人口 11,667
(2005年6月1日)
隣接自治体 別府市宇佐市、大分郡庄内町、玖珠郡玖珠町九重町
町の木 サザンカ
町の花 サザンカ
湯布院町役場
所在地 879-5192
大分県大分郡湯布院町大字川上3738-1
外部リンク 湯布院町
座標 東経131度21分
北緯33度15分
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湯布院町(ゆふいんちょう)は、大分県のほぼ中央に位置し、大分郡に属していたである。町内に3ヶ所の温泉地がある町として町名は有名であった。

2005年10月1日に郡内の挾間町庄内町と合併し、由布市(ゆふし)となり自治体としては消滅した。現在「湯布院町」という地名は、旧町域にある大字の頭に付く形で残っている。

地理[編集]

歴史[編集]

  • 1936年4月1日 - 北由布村南由布村が対等合併。速見郡由布院村となる。
  • 1948年1月1日 - 由布院村が町制施行。由布院町となる。
  • 1950年1月1日 - 速見郡から大分郡所属に変更。
  • 1955年2月1日 - 由布院町と湯平村が対等合併し、湯布院町が発足。両者の文字を取り入れた町名となった。
  • 2005年10月1日 - 挾間町・庄内町と合併し、由布市となり消滅。

町名について[編集]

町名とインターチェンジは「湯布院」であるが、駅名と温泉名は「由布院」である。しばしば「湯布院温泉」と表記されるが、実際には「湯布院温泉」なる温泉地は存在しない。

1955年に由布院町と湯平村が合併した際、新しい行政区域が湯布院町として誕生した。湯布院というのは本来、自治体名・町名である。ところが、1959年5月4日に、湯平温泉由布院温泉塚原温泉国民保養温泉地に指定された際、指定名称が湯布院町内の温泉を対象とする意味から「湯布院温泉」の名となった。この国民保養温泉地の新名称が「湯布院温泉」という架空の温泉名が流布するきっかけとなったという説もあるが、それは単なる「説」であるとしか言えない。なぜなら「湯布院」が地名、観光地名でなく、旧湯布院町という行政単位名であることは自明の事実だからである。「由布院温泉」と記すべきところを「湯布院温泉」と、旅行パンフレットなどに載せていることは、事実確認をせずに誤った表記を意図的にしていると受け止められても不思議ではない。

行政[編集]

  • 町長 : 佐藤哲紹(2003年から)

合併についての問題[編集]

旧湯布院町・挾間町・庄内町の合併が決定した後、合併後の市名を「由布市」と定めたことをきっかけとして、湯布院町内の由布院および由布院温泉観光協会を中心として合併反対の機運が高まった。これは、旧挾間町・庄内町の領域を含む(由布院温泉に含まれない)地域への「由布院ブランド」の拡散、およびそれに伴うブランドの失墜を危惧したものであると言われる。由布院の観光地としての知名度を高め町づくりに取り組んできたと自負し、また以前から合併に懐疑的であった由布院の観光協会にとって、「由布」を冠する地名の拡散化は座視できないものであった。

一方、湯布院町の中でも由布院温泉に含まれない区域、例えば湯平においては、合併に対する受け止め方は由布院とは、かなり異なったものであった。もともと「湯布院」町は、1955年の昭和の大合併の際に、旧由布院町と湯平村が合併してできたものである。その際、湯平村では由布院との合併により、湯平および湯平温泉の独自性が失われることを危惧して、反対の声も多かったが、ともかく合併は強行された。合併の結果できた新しい町名が「湯布院町」で、「ゆふいん」の読みを音で聞いただけでは、「湯布院」と「由布院」とは区別がつかないと「紛らわしさ」を、由布院の観光業者に利用されていることになる。

そのうえ、上記の「由布院ブランド」は実際には、誤って全国的に「湯布院ブランド」として広められ、本来は由布院と湯平を合わせた「湯布院町」という自治体名・町名であったはずの「湯布院」という名称が、由布院と由布院温泉のみを表す名称として使われている。つまり、「湯布院」がこの自治体内の一地区である、由布院を表す地名であるかのような誤解が全国に広まってしまった。さらには、湯平温泉や塚原温泉がその一部分であるかのような紹介が、観光業者などによってなされてきた。

由布院とそれ以外の地域の今回の合併に対する受け止め方の違いを考えるとき、このような地名の呼称にまつわる歴史的な事情も見逃すことができないだろう。全国的な「湯布院(由布院)ブランド」の陰にあって疲弊し、存続の危機にあった湯平温泉などにとっては、「湯布院ブランド」からの独立の好機ととらえる人々も多かった。合併反対派の住民らは、合併推進派の町長のリコールを呼びかけた結果、リコールに必要な町内有権者の3分の1を超える署名数が集まったことを受け、合併推進派の佐藤哲紹町長が辞表を提出、出直し町長選挙になった。しかし、結果的に反対派は町内の過半数の支持を集めることができず、佐藤町長が再選したため、「由布市」は当初の予定通りに誕生することになった。一方で「湯布院」という呼称は残ってしまい、湯平は由布市湯平ではなく、由布市湯布院町湯平と、相変わらず「湯布院」という存在しない地名が残存することになってしまった。

「由布市」誕生後は、湯布院地区の住民に残ったしこりをどうするか、また由布院観光と由布市全体の観光・産業振興をどう調和させていくのかが、課題として残されている。そして、この「しこり」には平成の大合併だけでなく、昭和の大合併、およびその後の湯布院町の歴史に遡った検討が課題として残されている。いずれの時も、観光地としての独自性をどう維持するかという課題にかかわる課題であった。由布院温泉、湯平温泉、塚原温泉という歴史も泉質も異なる温泉地が、互いに近くに存在するという利点を生かし、互いに独自に対等な立場で共存できていないという現状を認め、また歴史的に行われてきた改ざんやごまかしにを以下に直視できるかということが今後の課題であろう。

地域[編集]

教育[編集]

小中学校[編集]

  • 湯布院町立湯布院中学校
  • 湯布院町立由布院小学校
  • 湯布院町立塚原小学校
  • 湯布院町立湯平小学校
  • 湯布院町立川西小学校

交通[編集]

空港は大分空港が最寄り。

鉄道[編集]

※中心駅は由布院駅。

道路[編集]

高速道路
一般国道
主要地方道

高速バス[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

観光[編集]

温泉地[編集]

歓楽街を廃した町並みは「東の軽井沢、西の湯布院」といわれ、女性に人気がある。同じ温泉の町でも、歓楽街が多く、夜に賑わいをみせる別府市とは対照的な印象である。他の温泉地に見受けられる、規模の大きい旅館が存在しないのもこの町の特徴である。

その他の観光スポット[編集]

町内に数多くある小規模美術館

催事[編集]

電気[編集]

湯平村には電燈会社があった。1911年(明治44年)5月事業許可を受け[1]、10月に湯平水力電気を設立[2]。湯平川に水力発電所を建設し、1912年(大正元年)12月に事業開始した。送電区域は湯平村、北湯布村、南湯布村[1]。1913年(大正2年)9月に大分水力電気に合併される[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『電気事業要覧. 第〔6〕回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第20回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『電気事業要覧. 第7回』(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]