福岡空港

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福岡空港
Fukuoka Airport
国内線ターミナルビル
国内線ターミナルビル
国際線ターミナルビル
国際線ターミナルビル
IATA: FUK - ICAO: RJFF
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 福岡県福岡市博多区
種類 商業
運営者 国土交通大臣
運用時間 24時間(但し定期便の運用は通常7:00 - 22:00迄に制限)
開港 1945年
敷地面積 353 ha
標高 9.1 m (30 ft)
座標 北緯33度35分04秒 東経130度27分06秒 / 北緯33.58444度 東経130.45167度 / 33.58444; 130.45167座標: 北緯33度35分04秒 東経130度27分06秒 / 北緯33.58444度 東経130.45167度 / 33.58444; 130.45167
公式サイト 福岡空港
地図
空港の位置
空港の位置
FUK/RJFF
空港の位置
空港の位置
FUK/RJFF
空港の位置
空港の位置
FUK/RJFF
空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
16/34 I 2,800×60 舗装
統計 (2014年度)
旅客数 20,004,320人
貨物取扱量 248,641 t
発着回数 17.1万回
リスト
空港の一覧
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2006年現在の空港レイアウト

福岡空港(ふくおかくうこう、: Fukuoka Airport)は、福岡県福岡市博多区にある空港空港法では第4条1項5号に該当する空港として政令で定める空港に区分されている。板付空港(いたづけくうこう)とも称される。

概要[編集]

旅客ターミナルビルは国内線ターミナルと国際線ターミナルに分かれている。国内線ターミナルビルは福岡県福岡市博多区大字下臼井778番地1、国際線ターミナルビルは福岡県福岡市博多区大字青木739番地に位置する。空港の敷地の町名は北から順に大字下臼井・大字堅粕・大字上臼井・大字青木・大字東平尾・大字雀居・大字下月隈。

福岡市街地から5km以内という至近距離に位置しており、アクセスの良い空港として知られる。福岡市地下鉄空港線が国内線ターミナル直下に乗り入れ、市街中心地のひとつである博多駅まで約5分、西鉄福岡(天神)駅天神駅まで約11分で結んでいるほか、福岡都市高速ランプも至近に所在し、九州自動車道太宰府インターチェンジへの所要時間は15分から20分程度となっている。

滑走路は、方位16/34、長さ2,800m×幅60mの1本で、両側とも計器着陸装置 (ILS) 装備となっている。滑走路16の使用(玄界灘側からの着陸、太宰府側への離陸)を基本とする「航空機騒音軽減運航(優先滑走路方式)」を採用しているため、多少の追い風が吹いても、基本的にはこちらを使用する。滑走路34を使用する場合は、福岡市中心部の上空を低空で飛行する「視認進入(ビジュアル・アプローチ)」が行われることが多く、ILS進入は天候が悪い場合などに行われる。なお、滑走路34へのILSが整備される以前は、滑走路16へのILSからの「旋回進入(サークリング・アプローチ)」が行われていた。 旋回地点は、春日市大野城市上空。

年間発着回数は17.1万回(2014年度)[1]で、羽田成田に次いで国内で3番目に多い[3]。滑走路1本による運用のため、滑走路1本あたりの離着陸回数が日本で最も多い[4][5]。この為、2016年3月27日より国内5例目、滑走路1本の空港としては唯一の航空法107条3項に基づく混雑空港IATAのWSGで最も混雑レベルが激しい「レベル3」[6])に指定されており、新規航空路線の開設が制限されている[7]

大都市圏拠点空港に次ぐ主要地域拠点空港と位置づけられている。特に福岡 - 東京(羽田)線は新千歳 - 東京線に次いで乗降客数が多いドル箱路線であり、4つの航空会社(日本航空全日空スカイマークスターフライヤー)が1時間に最大で計5便を運航するという、新千歳 - 東京と並ぶ高頻度運航路線である。大阪や名古屋(中部)への便数も多く、これら地域へは東海道山陽新幹線と競合している[8]ほか高速バス[9]新門司港発着のフェリー[10]も存在する。また、鹿児島線は2004年に一部開通した九州新幹線と、宮崎線は高速バスとの競合で、それぞれ便数を減らしている[8]

国際線は、2015年8月現在21路線である[4]。年間旅客数は、2004年度と比べると6割増加し、日本人の出国人数はほとんど変わっておらず、韓国、台湾、中国からの入国が多い[11]。九州・山口地域の空港輸送のシェアでは、国内旅客47%、国際旅客93%、国内貨物63%、国際貨物97%を占める(2000年)。

年間利用客数は、国内16,332,309人、国際3,672,011人(2014年度)[2]。国内空港では羽田・成田に次いで第3位となっている[4]航空自衛隊春日基地板付地区(かすがきちいたづけちく)、海上保安庁第七管区海上保安本部福岡航空基地(ふくおかこうくうきち)を併設する。

飛行場内に航空保安無線施設はILSのみで、VORのような無線航行陸上局は無い。なお、滑走路延長線上にある福岡航空交通管制部に設置された福岡VORTAC(ボルタック)を代替として利用する。VORTACは超短波全方向式無線標識(VOR)と、戦術航法装置(TACAN)が併設された無線航行陸上局である。福岡VORTACについては、福岡航空交通管制部の項を参照。

歴史[編集]

前史[編集]

年表[編集]

板付基地を離陸するアメリカ軍のF-82戦闘機を見送る家族
  • 1944年(昭和19年)2月 - 旧大日本帝国陸軍の席田飛行場(むしろだひこうじょう)として建設を開始。
  • 1945年(昭和20年)
    • 5月 - 2,215,000㎡ の飛行場用地に600mの滑走路完成[13]。8月に米軍機が到着した際に、強度不足で機体が滑走路に沈み込む事態が発生した[14]
    • 10月 - 第二次世界大戦の敗戦により連合国軍の1国であるアメリカ軍により板付基地として接収。
  • 1947年(昭和22年)5月 - 逓信省航空保安部の地方機関として板付支所が開設される[15]
  • 1949年(昭和24年)6月 - 電気通信省の外局として、航空保安庁が設置され、福岡航空保安事務所となる[15]
  • 1950年(昭和25年)- 1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争により、日本国内の最前線の基地のひとつとしてアメリカ軍航空戦力の増強が行われる[16]。滑走路34 (当時は33) 南側末端西側誘導路から南方向に延びた舗装路の先には舗装された空地が存在するが、ここには当時アラートハンガーが存在した[17]
  • 1950年(昭和25年)12月 - 運輸省の外局として航空庁となり、福岡航空保安事務所となる[15]
  • 1951年(昭和26年)4月 - 滑走路延長部分の拡充整備により米軍ジェット機の使用が可能となり、在日米空軍のF86が配備される[18]。ジェット軍用機の騒音問題のはじまり。
  • 1951年(昭和26年)10月 - 日本航空、民間航空の航空路線(福岡 - 大阪 - 東京)が営業開始。
  • 1951年(昭和26年)11月 - 日本航空、福岡 - 大阪 - 東京線を1日1往復の正規ダイヤで運航開始[19]
  • 1952年(昭和27年)8月 - 運輸省の内局として航空局となり、福岡航空保安事務所となる[15]
  • 1953年(昭和28年)日本人管制官が、タワー、GCA、ラプコンで勤務開始[20]
  • 1954年(昭和29年)4月 - 極東航空(後の全日本空輸)、福岡 - 岩国線を運航開始[21]
  • 1956年(昭和31年)3月 - 日米合同委員会施設委員会により、航空ターミナルとしての用地の譲渡、及び板付空軍基地の一部分の使用について許可がおりる[18]
  • 1956年(昭和31年)9月 - 日本航空、福岡 - 那覇線を運航開始[19]
  • 1956年(昭和31年)11月 - 在日米空軍がF100を配備[18]
  • 1958年(昭和33年)6月 - 全日本空輸、福岡 - 大阪間の夜間郵便飛行開始[21]
  • 1963年(昭和38年)5月 - 在日米空軍がF105を配備[18]。この頃、常駐米軍機数が最大となる[18]
  • 1963年(昭和38年)- 福岡地区管制所の開始を機に全管制官が現場から撤退[20]
  • 1963年(昭和38年)12月31日 - 米第五空軍司令官により空軍の再編成が発表される。板付基地は予備基地となり、常駐機の多くが横田に移駐する計画を発表する。F105D 3個中隊 50機、F100戦闘機 20機、合計70機の引き揚げを翌昭和39年春から実施し、夏までに終わる予定[18]
  • 1964年(昭和39年)1月30日 - 在日米空軍はF105の撤退を発表。10月以降は米軍機の常駐しない基地となることが確認された (記事による。実際には以後の史実によるとその後も常駐機は一部存在)[18]。常駐機はいなくなるものの日米合同演習その他不定期に米軍機の飛来は続いた[18]
  • 1965年(昭和40年)- 東京線にジェット旅客機就航[22]
  • 1965年(昭和40年)9月 - キャセイパシフィック航空、大韓航空の共同使用許可がおりる[18]
  • 1966年(昭和41年)3月 - 西日本空輸共同使用許可がおりる[18]
  • 1966年(昭和41年)3月 - 日本航空、全日空、日本国内航空、東亜航空、長崎航空、西日本空輸、キャセイパシフィック航空、大韓航空で概ね36便/日程度が運行された[18]
  • 1967年(昭和42年)10月 - 運輸省の地方支分部局として大阪航空局が設置され、その下部機関として福岡空港事務所となる[15]
  • 1968年(昭和43年)1月 - プエブロ号事件が発生し朝鮮半島情勢の緊張が高まり、沖縄の嘉手納基地からファントム十数機が移駐する[23]
  • 1969年(昭和44年)4月 - 第1旅客ターミナルビル供用開始。日本航空、国際線の福岡 - 釜山線を運航開始[24]
  • 1969年(昭和44年)4月22日 - 板付基地常駐の第165迎撃偵察中隊RF101が米本国に向けて撤退[20]。離陸中の1機が炎上する事故が発生[25]
  • 1969年(昭和44年)5月10日 - 板付基地常駐の第165迎撃偵察中隊EB66が沖縄に移動。米軍の常駐機がなくなる[20]
  • 1970年(昭和45年)12月21日 - 日米安全保障協議委員会おいて米軍管理の飛行場の整理統合計画が承認され、板付飛行場の返還、運輸省への移管が決まる[20]
  • 1971年(昭和46年)2月 - 福岡航空交通管制部(ACC)の2名の管制官が、管制業務引継の先遣隊として福岡空港事務所に勤務開始[20]
  • 1971年(昭和46年)5月1日 - 福岡空港事務所総務課に管制業務移管等準備室を設置。米軍管制官と共に慣熟訓練を行う。[20]
  • 1971年(昭和46年)6月15日 - 「玄海アライバル」が発効。ノン・レーダー管制方式を用いた日本人管制官のみでの管制が始まる。
  • 1971年(昭和46年)7月1日 - 午前零時、米軍からの管制業務の移管完了。空港西側にあった米軍の施設をそのまま用いて管制業務を行った[20]。米軍は、管制塔外部に掲示されていた ITAZUKE TOWER のプレートを持ち帰り、National Museum of the US Air Force で保管、展示[26]
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - アメリカ空軍より大部分が返還され、「第二種空港」として供用を開始。レディオ・コールサインが「イタヅケ」 (例: イタヅケ・タワー、イタヅケ・アプローチ)から「フクオカ」に変更。第二種空港としては初の航空機騒音防止対策法上の特定飛行場に指定され、22:00-07:00 を避けた定期便のダイヤ設定が行政指導の形で行われた。[20]
  • 1972年(昭和47年)8月 - 米軍の残したレンジ40NMのCPN18-C型レーダーを使用した(ターミナル)レーダー管制業務の正式運用を日中の12.5時間に限定して開始。管制官総数は36名[20]
  • 1972年(昭和47年)- 1972年における1日平均の取り扱い機数は171機。内軍用機は6%。内ジェット機49%、プロペラ機46%、ヘリコプター4%[20]
  • 1973年(昭和48年)3月 - 東京線に全日本空輸が参入[27]
  • 1973年(昭和48年)7月 - 空港東側に新設された管制塔で管制業務を開始。ASR/SSRのレンジは50NM。管制官総数44名[20]
  • 1974年(昭和49年)4月 - 第2旅客ターミナルビル供用開始。
  • 1975年(昭和50年) - エア・サイアム(バンコク - ロサンゼルス、当空港初の長距離国際線)とエールフランス(パリ - 東京、地方空港初の欧州便)が寄港するが、両社とも2年ほどで撤退。
  • 1978年(昭和53年)10月 - ターミナル・レーダー管制業務が24時間体勢となる。タワー、アプローチとあわせてすべて24時間運用となる[20]
  • 1978年(昭和53年)- 1978年における1日平均の取り扱い機数は204機[20]
  • 1979年(昭和54年)1月 - 全日本空輸の東京線にボーイング747が就航[27]
  • 1981年(昭和56年)4月 - 国際線旅客ターミナルビル(のちの第3ターミナルビル)供用開始。
  • 1981年(昭和56年)4月17日 - 午前3時40分頃、空港西側にあるレーダー・サイト内の空港監視レーダー (ASR: Airport Surveillance Radar) 室のレーダー送受信機付近から出火し約1時間後に消し止められた。室内は半焼し予備機あわせて二組とも使用不能になった。17日からノン・レーダー管制方式による管制を実施。復旧までに数ヶ月を要する見込み (記事による)[28]。鉄筋コンクリート平屋建て240㎡のうちASRの機器が入っている一室50㎡を焼いた。この火事でASRが使えなくなったほか、隣の部屋のトランスミッターサイトもススを被り送信機も使用できなくなった。送信機だけは同空港に予備施設があったため、無線通話対空通信は使用でき、離着陸の誘導に支障はなかった[29]
  • 1982年(昭和57年)3月 - 福岡管区気象台福岡空港気象レーダーが完成。6月11日から正式運用開始。100kmの擾乱度(乱気流)を含む降水エコーデータを監視[30]
  • 1982年(昭和57年)8月 - ARTS-J 試験運用開始。レンジは60NM[20]
  • 1983年(昭和58年)1月 - ARTS-J 正式運用開始。管制官総数は60名[20]
  • 1984年(昭和59年)1月 - 1984年における1日平均の取り扱い機数は205機。軍用機の割合は7.9%[20]
  • 1989年(平成元年)- 1989年における1日平均の取り扱い機数は261機。管制官総数は昭和63年の56名から59名に増加[20]
  • 1989年(平成元年)12月16日 - 中国国際航空(CCA)981便 (北京発上海経由ニューヨーク行き) が上海に向けて飛行中にハイジャックされ、壱岐上空経由で福岡空港滑走路34に着陸。福岡空港への着陸要求は残存燃料を考慮した機長の判断による。乗務員によりハイジャック犯は機内から放り出された[20]
  • 1993年(平成5年)3月 - 福岡市営地下鉄が乗り入れ。
  • 1995年(平成7年)9月 - 国内貨物ビル供用開始。
  • 1997年(平成9年)- 1997年における1日平均の取り扱い機数は362機[20]。2月、新管制塔へ管制業務の運用が移行される[15]
  • 1999年(平成11年)5月 - 新国際線旅客ターミナルビル、国際貨物ビル供用開始。旧国際線旅客ターミナルビルを第3ターミナルビルに改称。
  • 2004年(平成16年)1月 - 滑走路34のILS運用開始。
  • 2005年(平成17年)4月 - 誘導路(E-10)の直線化、バイパス誘導路(E-11)の供用開始[13]
  • 2008年(平成20年)6月18日 - 空港法改正により、4条1項5号に該当する空港として政令で定める空港に区分される。
  • 2015年(平成27年)4月 - 2019年(平成31年)3月 - 国内線第1ターミナルビル全体および第2ターミナルビルの一部を撤去、第2ターミナルの残る一部および第3ターミナル全体を全面改修し、地上5階、地下2階の新国内線旅客ターミナルビルを建設する全面改修工事が行われる予定[31]
  • 2016年(平成28年)3月27日 - 航空法の混雑空港に指定される。
  • 2016年(平成28年)10月4日 - 国内線第1ターミナルビルが閉館。翌日より、第2ターミナルビルおよび第3ターミナルビルを国内線旅客ターミナルビルに改称。
福岡空港ビルディング株式会社
Fukuoka Airport Building Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
812-0003
福岡県福岡市博多区大字下臼井778番地の1
設立 1967年4月1日
業種 サービス業
事業内容 福岡空港ターミナルの運営・管理
代表者 津上 賢治(代表取締役社長)
資本金 41億74万4,000円(2015年現在)
売上高 248億円(2015年度)
従業員数 164名
主要株主 日本航空株式会社
九州電力株式会社
ANAホールディングス株式会社
西日本鉄道株式会社
福岡県
福岡市
主要子会社 福岡空港商事(株) 100%
福岡空港エンジニアリング(株) 100%
福岡エアーカーゴターミナル(株) 40%
福岡給油施設(株) 25%
(株)JALカーゴサービス九州 20%
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施設[編集]

旅客ターミナルビル[編集]

旅客ターミナルビルは、第三セクター福岡空港ビルディングが運営しており、2016年10月4日までは国内線第1、第2、第3および国際線の4棟で運用されていた。複数のターミナルビルを持つ空港では航空会社ごとに入居するビルが異なるのが一般的だが、福岡空港の第1ターミナルは、前面スポットに駐機できる機材の大きさに制限があるため、中小型機専用ターミナルビルとして使用されており、中小型機を使用する地方路線は第1ターミナルから、羽田・伊丹・中部など大型機を使用する主要幹線は第2ターミナルからと、基本的に行き先ごとに利用するターミナルビルが異なっていた。

3つの国内線ターミナルビルは横に繋がる形で建設されている。第2、第3ターミナルは接続されているため同一の建物として利用可能だが、第1ターミナルは接続されていないため、移動するには一旦ターミナル外に出る必要があった。ただし、ボーディングブリッジ部分のみは第1、第2ターミナル間で接続されており、第2ターミナルを発着する便の一部は第1ターミナルに位置する10番スポットを使用していた[32]。そのため、スターフライヤーの一部の便などは到着のみ第1ターミナルを利用していた[33]

国内線の搭乗手続きは第1と第2ターミナルビルで行われ、到着客の出口は第1、第2、第3ターミナルビルにある。ただし、国内線第1ターミナルビルから出発する日本航空グループと全日空のマイレージ上級会員は第2ターミナルビル制限区域内のラウンジに入室し、出発時刻に間に合うように10番搭乗口付近に行って航空会社職員の誘導で第1ターミナルビルに移動することができる。

国内線旅客ターミナルは滑走路の東側、国際線ターミナルは滑走路の西側に位置し、両地区間には約10分間隔で無料のシャトルバスが運行される。なお、地下鉄駅は第2ターミナル地下にある。

国内線第1ターミナル閉鎖により、2016年10月5日からは暫定的に従来の第2・第3ターミナルを一つの建物とみなす形で国内線ターミナルとし、2019年まで実施予定の再開発完了後は、第1ターミナル跡地などに増築される新ターミナルを含めた1つの国内線ターミナルとして運用される予定である。

第1ターミナルビル[編集]

  • 供用開始 : 1969年4月
  • 供用終了 : 2016年10月4日
  • 構造 : 地下1階、地上3階(一部4階)
  • 面積 : 19,000平方メートル

2016年10月4日の運用終了時点では、主に地方空港および格安航空会社(LCC)の路線用として供用された。中小型機のみ利用可能である。航空会社ラウンジはない。また、ボーディング・ブリッジ (PBB) を日本で最初に設置した。当時のPBBはすでに取り替えられており現存しないが、操作盤は第2ターミナルの展望デッキ付近に展示されている。

かつては、フジドリームエアラインズ(FDA)搭乗手続きカウンター(FDA就航前は日本航空のカウンター。FDA就航時に日本航空カウンターを縮小する形で運用終了時点の配置に至る)と喫茶店の間に地下に下りる階段があり、地階にトイレが設けられていたが、2000年のターミナル改装時に、到着ロビー端にトイレが新設されたため、封鎖された。 もともと保安検査がまだ一般的でない1960年代にできた建物であるため、保安検査場への入口が2ヶ所(左右に計2つ入口があるが、閑散期などは右側のみしか開放しないこともあった )しかなく、時期によって混雑することがある。また、各搭乗口が搭乗待合室から少し離れているため、搭乗するときにはまず改札口を通過し、搭乗便の搭乗口が書かれた札(改札口上部の案内表示でも搭乗口番号を表示)を受け取り、搭乗口で係員が札を回収するシステムを取っていた。

前述のとおり、他のターミナルとは接続されていないため、第2ターミナル発着便と乗り継ぎを行う場合はターミナルを出て歩道を経由して移動する必要があった。

2016年10月4日をもって完全閉鎖された[34]。今後はターミナルビルを解体の上、旧第1駐車場と跡地の一部に従来の第2ターミナルと繋げる形で新たな建物が建築され、完成後は新国内線ターミナルの一部となる。また、跡地の大部分には駐機スポットと誘導路が増設される。

第2ターミナルビル[編集]

  • 供用開始 : 1974年4月(1993年9月より第2ターミナルビルとして供用、2016年10月5日より隣接の第3ターミナルと一括で国内線ターミナルとして運用)
  • 構造 : 地下1階、地上5階
  • 面積 : 60,000平方メートル

第1ターミナル閉鎖までは、主に東京・大阪・名古屋・那覇・札幌の主要都市へ向かう路線用として供用。ボーイング777などの大型機が駐機可能である。第1ターミナル閉鎖後は、従来第1ターミナルから発着していた便も集約され、第1ターミナルのみで運用していたFDA・AMXなどの航空会社カウンターも移転された。なお、第1ターミナル閉鎖に合わせ、第2ターミナルの一部も新ターミナルエリアとなるため解体され、新ターミナル完成後は新旧のターミナルビルが混在したエリアとなる。

第3ターミナルビル[編集]

  • 供用開始 : 1981年4月(旧 国際線ターミナルビル。2000年7月より第3ターミナルビルとして供用。2016年10月5日より第2ターミナルと一括で国内線ターミナルとして運用)
  • 構造 : 地上3階(一部4階)
  • 面積 : 30,000平方メートル

国内線到着専用ターミナルビルとして使用されていたが、2016年10月5日より2階に出発保安検査場が開設された。2階に日本航空と全日空のラウンジが設置されている。また、出入り口の前に駐車場を隔てて巨大な広告看板が並んでいる(この広告看板の多くは発光でき、看板裏に巨大な蓄電池装置が設置されている)。

国際線ターミナルビル[編集]

  • 供用開始 : 1999年5月
  • 構造 : 地上4階
  • 面積 : 69,000平方メートル

滑走路の西側に位置する。国内線ターミナルとはシャトルバスで結ばれている。

ターミナルビル内施設[編集]

  • 福岡銀行福岡空港支店(国内線ターミナル地下1階)、国際線ターミナル出張所 外貨両替/ATMコーナー(国際線1階・3階)
  • 西日本シティ銀行福岡空港支店(国内線ターミナル地下1階)
  • セブン銀行ATM(国際線ターミナル1階・国内線ターミナル1階に各1台ずつ)
  • コンビニエンスストアセブン-イレブンが国内線ターミナル北と国際線ターミナル1階に各1店、福岡空港商事直営のものが3店舗。
  • 国土交通省大阪航空局福岡空港事務所
  • 国土交通省九州地方整備局博多港湾・空港整備事務所福岡空港出張所が国際線地区にある。
  • 福岡入国管理局福岡空港出張所(国際線地区)、警備部門(国内線地区)
  • 気象庁福岡航空測候所
  • 福岡県警察福岡空港警察署(国内線ターミナル北・横)
  • 航空会社ラウンジ、クレジットカード会員向け空港ラウンジ
  • 宝くじ売り場
  • 医療機関 - 内科・胃腸科、歯科および薬局がある。
  • ビアガーデン(夏季のみ) - 旧第2ターミナルの展望デッキを利用し、夏季の夜にはビアガーデンが開催されていたが、国内線ターミナルビル改修工事に伴い2016年9月16日の営業終了後、国内線ターミナルビル改修工事完了する迄の間休業

なお、福岡空港内にあった郵便局は、約500m離れた博多大井郵便局(福岡空港内郵便局留め郵便物の引き渡しのみ博多北郵便局)が業務を承継した事により、2016年3月4日で廃止された。

貨物[編集]

貨物ビルは国内線と国際線の2棟がある。いずれも滑走路の西側に位置する。

就航路線[編集]

航空連合は右記のとおり。SA : スターアライアンス、OW : ワンワールド、ST : スカイチーム

※ 語末の★は、格安航空会社(LCC)

国内線[編集]

航空会社 就航地
日本航空(JAL)(OW)[35] 札幌/新千歳花巻仙台東京/成田東京/羽田大阪/伊丹徳島松山高知宮崎奄美
日本トランスオーシャン航空(JTA)(OW) 沖縄/那覇
日本エアコミューター(JAC〉 出雲鹿児島屋久島
全日本空輸(ANA)(SA)[36] 札幌/新千歳、仙台、東京/成田、東京/羽田、新潟小松名古屋/中部、大阪/伊丹、大阪/関西対馬福江、宮崎、沖縄/那覇、石垣(夏季運航)
スカイマーク(SKY) 札幌/新千歳、茨城、東京/羽田、沖縄/那覇
スターフライヤー(SFJ)[37] 東京/羽田、名古屋/中部
フジドリームエアラインズ(FDA)[38] 新潟、松本静岡名古屋/小牧
IBEXエアラインズ(IBX)[37] 仙台、小松、名古屋/中部、大阪/伊丹
オリエンタルエアブリッジ(ORC)[37] 福江、宮崎
天草エアライン(AHX)[38] 天草
ピーチ(APJ)★ 札幌/新千歳、東京/成田、大阪/関西、沖縄/那覇
ジェットスター・ジャパン(JJP)★[38] 東京/成田、名古屋/中部、大阪/関西

国内線統計[編集]

(福岡空港発)就航路線別旅客数/順位[39]
行き先 旅客数 国内線順位
東京国際空港 約822万人 2位
那覇空港 約158万人 10位
成田国際空港 約 83万人 30位
中部国際空港 約 79万人 36位
大阪国際空港 約 67万人 41位
関西国際空港 約 55万人 45位

国際線[編集]

国内線旅客ターミナルビルとは、滑走路を挟んで反対側に位置する国際線旅客ターミナルビルから発着する。地下鉄は乗入れてはいないが、国内線旅客ターミナルビルとの間に無料シャトルバスが運行されているほか、博多駅天神地区、太宰府市とも路線バスで結ばれている。

下記の他、国内外航空会社による国際チャーター便やチャーター貨物便も多数飛来する。

航空会社 就航地
日本の旗スターフライヤー(7G) 台北/桃園(2018年冬スケジュールより就航予定)[40]
大韓民国の旗大韓航空(KE)(ST) ソウル/仁川釜山
大韓民国の旗アシアナ航空(OZ)(SA) ソウル/仁川
大韓民国の旗チェジュ航空(7C)★ ソウル/仁川、釜山
大韓民国の旗エアプサン(BX)★ 釜山、大邸
大韓民国の旗ティーウェイ航空(TW)★ ソウル/仁川、大邸
大韓民国の旗ジンエアー(LJ)★ ソウル/仁川
大韓民国の旗イースター航空(ZE)★ ソウル/仁川
中華民国の旗チャイナエアライン(CI)(ST) 台北/桃園
中華民国の旗エバー航空(BR)(SA) 台北/桃園、高雄
中華民国の旗タイガーエア台湾(IT)★ 台北/桃園、高雄(2017年12月18日より就航予定)[41]
中華人民共和国の旗中国国際航空(CA)(SA) 北京/首都(大連経由)、上海/浦東大連
中華人民共和国の旗中国東方航空(MU)(ST) 北京/首都(青島経由)、上海/浦東、青島武漢(上海/浦東経由)
香港の旗キャセイドラゴン航空(KA)(OW) 香港
香港の旗香港エクスプレス航空(UO)★ 香港
マカオの旗マカオ航空(NX) マカオ
フィリピンの旗フィリピン航空(PR) マニラ
フィリピンの旗セブ・パシフィック航空(5J)★ マニラ
ベトナムの旗ベトナム航空(VN)(ST) ハノイホーチミンシティ
タイ王国の旗タイ国際航空(TG)(SA) バンコク/スワンナプーム
シンガポールの旗シンガポール航空(SQ)(SA) シンガポール
アメリカ合衆国の旗デルタ航空(DL)(ST) ホノルル
アメリカ合衆国の旗ユナイテッド航空(UA)(SA) グアム
フィンランドの旗フィンランド航空(AY)(OW) ヘルシンキ(季節運航)

就航都市[編集]

国内線[編集]

  • 北海道 : 札幌/新千歳
  • 東北 : いわて花巻、仙台
  • 関東 : 東京/羽田、東京/成田、茨城
  • 甲信越北陸 : 新潟、信州まつもと、小松
  • 東海 : 名古屋/中部、名古屋/小牧、静岡
  • 関西 : 大阪/伊丹、大阪/関西
  • 中国四国 : 出雲、徳島、高知、松山
  • 九州沖縄 : 対馬、福江、天草、宮崎、鹿児島、屋久島、奄美、沖縄/那覇、石垣(夏季運航便)

国際線[編集]

この他、秋になるとオーストラリア方面へのチャーター便が毎年運航される。さらに東南アジア方面へのチャーター便も運航されている。

今後の運航計画[編集]

就航開始・運航再開予定
増減便・運休予定
  • 香港の旗 キャセイドラゴン航空:2017年12月18日より、香港線を週7便から週8便に増便予定[44]
  • 香港の旗 キャセイドラゴン航空:2018年1月14日より、香港線を週8便から週11便に増便予定[44]
  • フィンランドの旗 フィンエアー:2018年10月3日より、ヘルシンキ線を週3便から週2便に減便予定[42]
  • フィンランドの旗 フィンエアー:2018年10月27日より、ヘルシンキ線を運休予定[42]

過去の乗り入れ航空会社・路線[編集]

空港内に配置される官公庁・自治体の部隊・施設[編集]

シャトルバス[編集]

シャトルバス

空港内各施設(国内線ターミナル、貨物ターミナル、国際線ターミナル)を結ぶシャトルバスが、西日本鉄道により運行されている。担当営業所は宇美自動車営業所で、5 - 8分間隔で運行[51]されており、混雑するシーズンには臨時便の増発も行われる。

乗車運賃は無料だが、特定輸送免許による運行のため、航空便利用者、空港施設勤務者および見学者のみ乗車可能となっている。乗車時に航空券などを提示する必要はなく、見送り・出迎えなど、飛行機を利用しない空港利用者でも利用できる。早朝の時間帯の乗客の大部分は、国際線ターミナル内にある会社の部署に向かう空港施設勤務者である。

このバスは、周辺の一般道をほぼ使わない特別なルートを使用している。まず国内線ターミナルの少し北に行ったあたりで一時停止し、車内リモコンを使って門を開けて制限区域に入り、制限区域内の専用道路を通る。貨物ターミナル前で再び一般道に出て、国際線ターミナルに到着する。このため、一般道の渋滞に殆ど巻き込まれず、定時運行が可能となっている。

現在使用されている車両は2012年から導入された三菱ふそう・エアロスターノンステップで、西鉄グループとして初のふそう純正大型ノンステップ車。2013年には従来の西工製ふそうノンステップ車全車の置き換えを完了している。この車両には大型の荷物棚を装備、中扉後方にも液晶ディスプレイが設置されているほか、バリアフリーの一環として磁気誘導ループが搭載されている。

シャトルバスの停留所

運行方向によって国内線ターミナル付近での経路が若干異なるため、停留所や所要時間に差がある。地下鉄福岡空港駅に向かう場合は国内線ターミナル南・バス停が最寄りになる。

国内線ターミナル→国際線ターミナル方面(所要時間10分[51]
国内線ターミナル南 - 国内線ターミナル北 - (専用道路) - 貨物ターミナル前 - 国際線ターミナル(1階)
国際線ターミナル→国内線ターミナル方面(所要時間15分[51]
国際線ターミナル(1階) - 貨物ターミナル前 - (専用道路) - 国内線ターミナル南

空港へのアクセス[編集]

福岡空港駅入口(写真の福岡空港駅入口は2016年10月4日を持って閉鎖)

博多駅から国際線ターミナルまで約2.7km、国内線ターミナルまで約3.4kmに位置している。なお、博多駅の隣にある竹下駅の方が、国際線ターミナルまで約2.5kmと若干近い。
空港内に駐輪場は整備されていないが、福岡空港駅に隣接して福岡市営駐輪場が設置されている。

鉄道[編集]

バス路線[編集]

福岡空港からの路線バス、高速バスの行き先、のりば等の詳細情報は運行会社に関係なく交通アクセス(バス)に記載されている。

一般路線バス[編集]

1路線を除いて西鉄バスが担当しており、下記のバスが発着している。なお、福岡空港発着の一般路線バスで福岡市内(博多駅、天神、大濠公園、ヤフオクドーム、ヒルトン福岡シーホーク、福岡タワー)方面、東平尾公園・イオンモール福岡方面、志免・須恵方面のバスは国内線旅客ビル南側にある「福岡空港国内線ターミナル南」のみの発着となっており、国内線旅客ビル北側にある高速バスのりばには発着はしない。「福岡空港前」バス停は国内線ターミナル前の空港敷地外の県道沿いにある。

高速・特急・急行バス[編集]

福岡空港へは、下記へ向けたバスが発着している。それぞれ末尾の括弧内は運行会社。

乗合タクシー[編集]

道路[編集]

問題点と計画[編集]

空港が抱える問題点[編集]

福岡空港と博多駅(画像左側)付近の空中写真。空港と中心市街地が至近距離である事が分かる。(1987年撮影の8枚より合成作成)。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

空港の南から進入あるいは南へ離陸する際に、市街地(中央区博多区大野城市春日市など)低空を航空機が頻繁に飛行する。また、北からの進入・北へ離陸する際にも、東区九州大学箱崎地区周辺の市街地上空を低空で飛行する。航空機の技術的進歩で1機あたりの騒音は減少しているが、便数増大に伴い騒音レベルは1980年代からほぼ横ばいのままである[8]。24時間運用の空港であるが、空港周辺が市街地化しており騒音問題・周辺環境への配慮等から、緊急時の海上保安庁、自衛隊機等の使用やダイバートを除き、滑走路の利用時間帯は7時から22時(ただし、定期便の遅延便が多数発生した場合は、利用時間を延長する)[55][56]。定期便は22時までに着陸しなければならないため、深夜の航空貨物便等の就航ができず、一番需要の多い東京 - 福岡便の羽田発最終便の出発時刻が20時となっている(福岡空港発羽田行き最終便は21時30分発である)。

発着回数の面では、2012年に遅延がなく運用できる目安である滑走路処理容量を超えた[57]。混雑時は2分17秒程度毎に離着陸が行われており、滑走路1本あたりの年間離着陸回数は、日本一である。2016年には航空法に基づく混雑空港に指定された。なお、1968年の九州大学電算センターファントム墜落事故や、1996年、離陸時にオーバーランし滑走路を飛び出した後炎上したガルーダ航空機離陸事故など2010年までに3回の航空事故が発生している。

福岡市やその周辺には航空法に定める制限表面による高さ制限があり、都心部での超高層ビルの建設が不可能となっている。JR博多駅周辺やキャナルシティ博多辺りでは60m、天神で70m程度[58]、西部副都心シーサイドももちで150m程度[59]など、空港から半径16.5kmに至るまで徐々に高さ制限が緩和され、24kmより外側で制限がなくなる。高層ビルが福岡都心部にはなく副都心のシーサイドももち福岡タワー〈234m。但し展望室部分は123mで、それより上はアンテナ〉・ヒルトン福岡シーホーク〈143m〉等)や香椎千早アイランドシティにはある。さらに、かつてのBSアナログ放送などの放送電波と干渉をきたし電波障害を発生させるなど、福岡空港の立地は利便性が高い反面、市民生活への悪影響も与えている。

なお、移転補償費・住宅防音対策工事・テレビ受信障害対策などの環境対策のために空港周辺整備機構が設置され[60]、対策費として年間約74億円(平成18年度実績)を支出している[8]。また、空港用地にはほぼ1/3を占める民有地が存在(後述)し、その土地を空港に供するために年間約80億円の賃借料が発生し大幅な赤字をまねく原因ともなっている。

問題点の原点[編集]

空港告示面積353haのうち、108haが民有、7haが福岡市の所有となっており[8]、これら116haは空港を管理する国が借り受けている。借地料は年間約84億円(2007年度(平成19年度))[8][61]で、歳出の約1/3を占めている。この負担が大きく、国の一般会計からの繰り入れを考慮しない経常損益は、2012年度で36億円の赤字となっている[62]

空港内に民有地が存在する経緯としては、1944年(昭和19年)より大日本帝国陸軍が本土防衛用の飛行場として建設したことによる。陸軍は予定地集落の住民を集め、短期間で住宅、田畑、林について強制的な買い上げを行うことを一方的に通告し、着の身着のままの状態で住民は立ち退きを余儀なくされた。その際、陸軍より土地の代金は住民に支払われたが交渉もなく軍が一方的に決めた買収額であった。本来は土地の売買とともに土地登記の移転が行われるが、終戦間際で法務局職員が手が回らない中での登記簿の所有権移転作業中であり、土地所有者自身も出征兵士となっていることも多く不在であることもままあり、土地登記は進まなかった。そして1945年(昭和20年)8月に終戦をむかえるが、連合国捕虜の使役や中学生の動員などでやっと完成したばかりだがまだ基地の機能も整っていなかった飛行場は、陸軍が組織的に管理しておらず、終戦後もとの所有者の手で畑作が再開された。土地買収代として所有者に支払われたお金は見舞金、補償金と位置づけされた。

アメリカ軍管理下の板付基地(1950年

しかし、連合国の1国であるアメリカ軍は1945年(昭和20年)9月には飛行場へ進駐し、終戦後のソ連など共産圏の台頭や朝鮮半島との位置的重要性から、この飛行場を基地として拡張することとした。元飛行場に舞い戻った住民を追い出した上、基地として拡張するためにさらに周辺の住民に48時間以内にアメリカ軍に土地を明け渡すように宣告した。そしてブルドーザーで飛行場を拡張して中国、朝鮮半島をにらんだ一大航空基地を建設した(朝鮮戦争時は、この基地から戦闘機や爆撃機が朝鮮半島へ出撃した)。なお、連合国軍による占領下ということもあり、アメリカ軍による飛行場の収容、拡張には土地買収や所有権の移転などの日本の法律に基づいた法的行為は行われなかった。サンフランシスコ講和条約締結後に日本政府とアメリカ軍板付基地内の土地所有者の間で土地の賃貸契約が開始された。

加えて、松本治一郎も空港周辺の土地を買い占め、後の空港拡張時に国に貸し付けた。これは自身の衆議院議員という立場を利用して、空港拡張計画の情報を事前に入手していたこと(インサイダー取引)が理由と指摘されている。松本一族は現在に至るまで地権者の筆頭である。

こうした経緯により所有者が約700人に及ぶ民有地が空港敷地内に存在している。また強制的に軍用地になった経緯から戦後の田畑の農地解放が完全実施されていないため地主組合は元不在地主、自作農、小作農等いくつの組合に分かれている。1972年(昭和47年)にアメリカ軍基地が日本に返還された際に国管理の第二種空港となったが、軍用地時代の土地契約形態をそのまま運輸省が引き継いだ。

また、アメリカ軍管理下時代に民間利用のためのターミナルが認められたのは、空港の北東角の極めて形状が悪い場所であったため、それを引き継いでいる国内線ターミナルの立地上の不利は存在したままである。

需要増への対応方策[編集]

上記のような安全性の問題や慢性的な混雑状況、ターミナル容量の逼迫の中で、新空港建設ないし現空港の滑走路増設が検討された。行政側も、国、福岡県、福岡市で構成する福岡空港調査連絡調整会議を設置し、2005年度から2008年度までパブリック・インボルブメント (PI) の手法を用いて今後の福岡空港のあり方を検討した。その中で、現状で滑走路1本の場合の福岡空港の滑走路処理容量は離着陸回数で年間14万5千回と算出した[8]

PIでは、2007年度までの調査で、「現空港では今後の需要増に対応は不可能である」とし、新空港建設・滑走路増設・近隣空港(佐賀空港北九州空港)との連携の三方策を提示した。2008年度は新空港建設・滑走路増設の詳細な検討と、これらの比較検討を行った。

2009年4月、PIの終了をうけて福岡県と福岡市は共同記者会見を行い、新空港の建設を行わず、「現在の滑走路に平行する滑走路を新設する案を、地元としては支持する」と発表した。新設する滑走路は2,500mで、現存の滑走路の西側210mにクロースパラレル福岡高速2号線との干渉をさけるため1.5m盛り土して設置され、運用開始は早くても2024年の予定[3]。これにより発着可能回数は3割程度増加する。事業規模は約2,000億円[63]。国は2012年度から滑走路増設のための環境影響評価の手続きを行っている。

ただし、PIでは、「十数年後には再び空港容量を突破することが予測される」「市街地に近い現空港が有する様々な課題の解決には新空港が優位性を持っており、パブリックインボルブメントにおいても新空港の必要性を訴える多くの意見や更なる調査検討を求める意見が出された。新空港は地域の未来のための課題である。」として、将来の新空港建設を目的とした調査研究を行う必要性と、調査研究における国と地域の協力の重要性に言及しており、将来の新空港建設に含みを持たせている[64]

国内線ターミナル地区の再編[編集]

再編計画の完成予想模型(福岡空港第3ターミナルにおける展示)

国内線第1ターミナルビルは築40年以上を経過しており、一番新しい国内線第3ターミナルビルでも築30年が経過しているなど、国内線ターミナルビルの老朽化が激しい。また、便数の多い国内線側エプロンは平行誘導路が1本しかなく、着陸した航空機を速やかに滑走路から離脱させられなかったり、出発機のプッシュバックに待機が生じるなどの輻輳を起こしている。

このため、2019年度完成で、第1ターミナルと第2ターミナルを後ろに下げて国内線側平行誘導路を複線化する[3]ほか、3つのビルに分かれている国内線ターミナルを1つに集約する[65]。ただしこうした対応をとっても、空港周辺で北風が吹く時、滑走路34側(南側)からの進入・着陸は、16側(北側)に比べて機材1機あたりの滑走路占有時間が長くなり、その分34側使用時には滑走路処理能力が低下するという問題は残る[66]

事件・事故[編集]

航空事故やハイジャック事件
その他
  • 1959年1月18日、板付基地所属の戦闘機が在韓米軍烏山空軍基地で核爆弾を搭載した状態で火災事故を起こし、核爆弾の一部が溶け、起爆部も焦げてむき出しになった。但し、この爆弾は核物質を含む部分を本体に詰め込む形状で、事故時はこの部分が取り外されていたとみられ、放射能汚染などはなかった[68]
  • 1962年(昭和37年)3月25日、板付基地包囲事件発生。
  • 1999年(平成11年)6月25日、同空港内で中国出身で福岡市に住んでいた女性の変死体が発見された。この事件で福岡県警は、女性の交際相手だった中国人男性の逮捕令状を取り、指名手配して行方を追っていたが、その後被疑者の男性は中国に帰国。帰国後にこの男性は、中国の警察当局に身柄を拘束された。日中間では犯罪人引渡し条約が締結されていないため、福岡県警は中国の捜査当局に対し捜査協力を依頼したものの、中国側は明確な返答をせず、その後2005年に福岡県警の依頼で国際刑事警察機構(ICPO)が調査したところ、2002年にこの男性に対し中国の裁判所が執行猶予付きの死刑判決を言い渡していたことが判明した。福岡県警は中国側に対し死刑の執行状況を照会しているが、2012年現在返答はないという[69][70]
  • 2005年(平成17年)8月12日ホノルル国際空港行きJALウェイズ58便(DC-10)が離陸直後に第1エンジンが異常燃焼し火を噴いてタービンブレードの金属片が暴発、飛散した。エンジン本体および機体は概ね無事であった。その後同機は福岡空港に引き返し緊急着陸した。乗客ら229名は無事であった。なお、本件は統計上は事故ではなく、イレギュラー運航扱いである[71]。(JALウェイズ58便エンジン爆発事故
  • 2007年(平成19年)9月8日、アメリカ本土からアメリカ合衆国空軍ホノルル・ヒッカム空軍基地を経由し在韓米軍烏山空軍基地へ向かっていたF-16がエンジントラブルにより福岡空港に緊急着陸した。第2種空港化した福岡空港への戦闘機着陸は今回が初である。
  • 2008年(平成20年)2月22日、韓国・仁川行きアシアナ航空131便が、管制官の許可を得ずに無断離陸した。このとき、管制官の離陸許可を得たヘリコプターが西側エプロンから離陸を始めていたが、航空機の滑走に気づいた管制官が当初許可した滑走路を横断するルートから滑走路に並行するルートに変更するよう指示したため、事故を避けられた。国土交通省では重大インシデント(事故が発生する恐れ)にはあたらないとみている。

脚注[編集]

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  3. ^ a b c “福岡“独り勝ち”→進む役割分担 北部九州3空港”. MSN産経ニュース. (2014年1月23日). http://sankei.jp.msn.com/region/news/140123/fkk14012303080000-n1.htm [リンク切れ]
  4. ^ a b c 福岡を「混雑空港」指定へ 滑走路1本… 国交省、発着回数に制限”. 産経WEST. p. 2 (2015年9月3日). 2015年9月4日閲覧。
  5. ^ 日本以外では、ロンドン・ガトウィック空港が、3,300m滑走路1本で年間発着回数26万回を処理している。ただし、福岡空港では運用時間が午前7時から午後10時までに制限されているので、一概に比較できない。
  6. ^ 国際線発着調整事務局の業務概要 (PDF)”. 国際線発着調整事務局(JSC). 2017年2月1日閲覧。
  7. ^ 福岡を「混雑空港」指定へ 滑走路1本… 国交省、発着回数に制限”. 産経WEST. p. 1 (2015年9月3日). 2015年9月4日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g 福岡空港調査連絡調整会議 (2008-9) (PDF). 福岡空港の総合的な調査 PIレポート(ステップ4)詳細版 (Report). 福岡県企画・地域振興部. http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/35/35505_misc4.pdf. 
  9. ^ はかた号」(西鉄天神バスセンター - 新宿高速バスターミナル)、ムーンライト号(天神バスセンター - 梅田・阪急三番街高速バスターミナル)、どんたく号(天神バスセンター - 名鉄バスセンター)など。
  10. ^ 東京行きのオーシャン東九フェリー、大阪・神戸行きの名門大洋フェリーおよび阪九フェリー
  11. ^ 福岡を「混雑空港」指定へ 滑走路1本… 国交省、発着回数に制限”. 産経WEST. p. 3 (2015年9月3日). 2015年9月4日閲覧。
  12. ^ 『九州の空港』 イカロス出版〈日本のエアポート05〉、2012年5月、137頁。ISBN 978-4863205949
  13. ^ a b 「福岡空港の変遷」, 国土交通省 九州地方整備局 博多港湾・空港整備事務所 [1]
  14. ^ 「水野高明先生と語る」, ニュース担当グループ委員会[他], 土質工学会, 1980-06-25, 水野先生は九州大学名誉教授。 「福岡の板付飛行場は,初め席田飛行場と呼ばれ,戦争の終り頃に陸軍の手によって急造されたもので,市民,学生等も多数勤労動員されて,作業に従事しました。その頃はセメントに不自由していましたので,火山灰を混入して,厚さ10cm程度の滑走路を造りましたが,以前の田面で排水も悪く,できばえはお粗末なものでした。もっとも陸軍にはすでに赤トンボと称された小型の複葉機しか残っていなかったので,その発着には不自由しなかったようですがね。ところが終戦後1週間ほど経った昭和20年8月20目過ぎに米軍の大型飛行機が着陸して,滑走路にめり込んでしまいました。大学の私の研究室にピストルと自動小銃に身を固めた米軍の少佐と軍曹とが突然やってきて,その原因を調査せよといっていきなリジープに乗せられて現揚に連れて行かれました。先方も初めての進駐で相当緊張していた様子でしたが,話しているうちにすぐ親しくなりました。原因は,私としては米軍の飛行機が重すぎると答えるより仕方がなかったのですが,それから毎目教室の助手,工員等数名とジープで迎えられて,地盤の貫入試験をやらされました。そのうちに山土を敷いて転圧する工事が始まると,確か30インチ位の大型平板載荷試験を行い,厳重な管理を実行するのに感嘆しました。」
  15. ^ a b c d e f 「福岡空港の概要」, 国土交通省大阪航空局福岡空港事務所発行, 2004年4月, P4. 「沿革」
  16. ^ 51st Fighter Wing (http://www.osan.af.mil/About-Us/Fact-Sheets/Display/Article/404669/51st-fighter-wing/), "Moved from Naha AB to Itazuke AB, Japan, on Sept. 22 1950 with two F-80C combat squadrons and support element for combat operations over Korea", "51st FIW redeployed to Itazuke AB in December 1950"
  17. ^ 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス (http://mapps.gsi.go.jp/) で確認可能。1981年11月までは存在を確認。1983年10月時点では撤去済みであることを確認。
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  50. ^ “ハワイアン航空、福岡/ホノルル線を6月に運休”. FlyTeam. (2014年2月27日). http://flyteam.jp/news/article/32503 2014年2月27日閲覧。 
  51. ^ a b c 交通アクセス 連絡バス案内- 福岡空港公式サイト
  52. ^ 空港アクセス鉄道との相互乗り入れであれば都営地下鉄浅草線を走行する列車が東京国際空港(羽田空港)および成田国際空港へ乗り入れているが、地下鉄として空港へ乗り入れているのは福岡が日本で唯一である。
  53. ^ 八城年伸「地方中核都市におけるICカード乗車券について (PDF) 」 、『安田女子大学紀要』第37号、安田女子大学2009年、 113頁。 ※2001年に発表されたデータの引用部に、57.9パーセントとの数値が記されている。(元データ : (財)アジア太平洋観光交流センター「航空機を利用する観光旅客等の実態調査〈福岡空港編)」 2001年3月)
  54. ^ http://response.jp/article/2017/03/10/291884.html
  55. ^ “福岡空港供用規程” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省大阪航空局, (2011年8月1日), http://ocab.mlit.go.jp/news/kanri/pdf/fukuoka.pdf 
  56. ^ 24時間空港にもかかわらず滑走路の利用時間帯を制限しているのは、国内では他に成田空港がある。
  57. ^ “福岡空港“容量オーバー”発着15万回超 24年過去最高、滑走路増設課題に”. イザ!. 産経新聞 (産経デジタル). (2013年1月31日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/631168/ 2013年9月1日閲覧。 
  58. ^ 福岡市では天神地区のビルの建て替えなどに合わせて、「天神ビックバン」と称した都市計画を策定しており、国家戦略特区制度を活用して高さ制限の緩和が行われている。
  59. ^ 福岡空港事務所からのお知らせ (PDF)”. 空港周辺における建物等設置の制限. 国土交通省大阪航空局. 2012年10月27日閲覧。
  60. ^ 設立時は「福岡空港周辺整備機構」。1985年に現名称へと改称され、大阪国際空港の周辺対策も担当するようになったが、2012年には同空港に関する業務を新関西国際空港に移管し、福岡空港専門の組織となっている。
  61. ^ 正論』2011年9月号「折節の記」
  62. ^ “国管理の27空港、9割が赤字 12年度”. 日本経済新聞. (2014年7月18日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF18H1A_Y4A710C1EE8000/ 2014年7月27日閲覧。 
  63. ^ 福岡空港プロジェクト”. 国土交通省 九州地方整備局. 2012年10月27日閲覧。
  64. ^ 福岡空港の過密化対策”. 福岡市役所 経済観光文化局 空港対策部 課長(空港整備推進担当). 2015年10月15日閲覧。
  65. ^ 国内最悪から「アジアの玄関口」へ…福岡空港・国内線新ターミナルビルが起工式”. 産経WEST. p. 1 (2015年7月22日). 2015年9月4日閲覧。
  66. ^ “国内線旅客ターミナル地域再編事業について” (PDF). 第1回福岡空港滑走路増設関係者連絡調整会. 国土交通省九州地方整備局. (2012-8-6). http://www.pa.qsr.mlit.go.jp/fap/cgi-data/news/uploads/053_06.pdf 
  67. ^ 運輸安全委員会 事故調査報告書 55-1, 1980年01月30日, [3]
  68. ^ 朝日新聞2016年2月1日朝刊1面
  69. ^ “99年福岡空港変死体:中国が独自に「死刑」判決”. スポーツニッポン. (2012年2月4日). http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/02/04/kiji/K20120204002568900.html 2012年10月27日閲覧。 [リンク切れ]
  70. ^ 福岡県警手配の男に中国が死刑判決…証拠は? 読売新聞 2012年2月4日[リンク切れ]
  71. ^ イレギュラー運航の発生状況(平成17年8月) (Report). 国土交通省. http://www.mlit.go.jp/koku/15_bf_000139.html. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]