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名門大洋フェリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
株式会社名門大洋フェリー
Meimon Taiyo Ferry Co., Ltd.
ファンネルマーク
種類 株式会社
略称 MTF
本社所在地 日本の旗 日本
〒550-0002
大阪府大阪市西区江戸堀一丁目9番6号
肥後橋ユニオンビル2階
設立 1984年11月14日
業種 海運業
法人番号 6120001047907 ウィキデータを編集
事業内容 一般旅客定期航路事業
代表者 代表取締役社長 野口恭広
資本金 88千万円
従業員数 279名
主要株主 ケイハン・商船三井
主要子会社 フェリックス物流株式会社
株式会社シティライントラベル
株式会社シティラインサービス
外部リンク https://www.cityline.co.jp/
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株式会社名門大洋フェリー(めいもんたいようフェリー、MEIMON TAIYO FERRY CO., LTD.)は、大阪府大阪市西区に本社を置く日本の海運会社[1]。

商船三井と株式会社ケイハン(京都府京都市中京区、法人番号:8130001020662)が共同で出資しており、大阪と北九州を結ぶフェリーを運航している。

社名の一部である「名門」は、かつて名古屋と門司を結んでいた「名門カーフェリー」に由来する[2]。

沿革

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※【名】名門カーフェリー 【大】大洋フェリー(両社合併まで)

  • 1970年
    • 3月 - 【大】大阪~苅田間のフェリー運航を目的に「大洋フェリー」を設立。後に商船三井が出資し傘下におさめる。
    • 11月 - 【名】京都市に本社を置く京阪練炭工業(現・ケイハン)が母体となり、「名門カーフェリー」を設立。北九州市新門司の社有地の有効活用を目的に、長距離フェリー航路の開設ブームに乗り東海と北九州を結ぶ航路を計画[2]。
  • 1972年
    • 5月1日 - 【名】四日市~新門司航路を開設、第1船「フェリーかしい」就航[3]。
    • 7月 - 【名】四日市~新門司航路に第2船「フェリーあつた」就航、同航路は毎日運航となる[4]。
    • 10月 - 【名】四日市~新門司航路を名古屋まで延長する。四日市港は新門司発の上り便のみ寄港[5]。
  • 1973年
    • 4月
      • 【名】大阪~新門司航路を開設、第1船「フェリーすみよし」就航[4]。
      • 【大】大阪~苅田航路を開設。第1船「おりおん」就航。
    • 6月 - 【名】大阪~新門司航路に第2船「フェリーはこざき」就航[4]。同航路は毎日運航となる。
    • 7月 - 【大】大阪~苅田航路に第2船「ぺがさす」就航。同航路は毎日運航となる。
  • 1976年
    • 4月1日 - 【名】名古屋~新門司航路の運航を休止[6](「フェリーあつた」は係船後、大阪~新門司航路に就航)。
    • 11月 - 【大】日本高速フェリーの「さんふらわあ」「さんふらわあ2」を64億円で購入(親会社の商船三井が債務保証)。
  • 1977年3月 - 【大】「さんふらわあ」「さんふわわあ2」が、大阪~苅田航路に就航。
  • 1979年6月 - 【大】「さんふらわあ」「さんふらわあ2」に、旅客設備のグレードアップを主体とする改装工事を実施。
  • 1982年2月 - 【名・大】名門カーフェリーと大洋フェリーの両社が合併協議を開始する。
  • 1983年3月 - 中国自動車道が全線開通し、大阪と北九州が高速道路で直結される。
フェリーから陸路への移行が進んだため、フェリーの利用率は前年比7%の減少となった。
  • 1984年
    • 11月 - 【名・大】両社が合併を前提に新会社「名門大洋フェリー」を設立。苅田航路を廃止して航路を大阪~新門司航路に集約し、新会社が両社のフェリーをチャーターする方式で1日2往復の運航を行うことが決定される。
    • 12月 - 【名・大】名門大洋フェリーとして、大阪~新門司航路(1日2往復)運航を開始。「ぺがさす」(2代目)就航。「おりおん」復帰。ファンネルマークを、現在使用している「MTマーク」に変更する。
  • 1986年3月 - 【名・大】名門カーフェリーと大洋フェリーが対等合併し、両社が設立した新会社「名門大洋フェリー」を吸収し発足。
  • 1989年
    • 1月 - 大阪~新門司航路に新造船「ニューぺがさす」就航。
    • 3月 - 大阪~新門司航路に新造船「ニューおりおん」就航。
  • 1992年
    • 1月 - 大阪~新門司航路に新造船「フェリーおおさか」就航。
    • 4月
      • 大阪~新門司航路の愛称をシティライン(CITY LINE)と命名。各船の青色塗装部分に“CITY LINE”の文字が入れられる。
        • 「ニューぺがさす」は「フェリーきょうと」(初代)に、「ニューおりおん」は「フェリーふくおか」(初代)にそれぞれ改名され、大洋フェリー時代からの船名が姿を消した。
      • 大阪~新門司航路に新造船「フェリーきたきゅうしゅう」就航。
  • 2001年 - ケイハン所有の新門司港ターミナル敷地を取得[7]。
  • 2002年
    • 8月 - 大阪~新門司航路に新造船「フェリーきょうと2」就航。
    • 10月 - 大阪~新門司航路に新造船「フェリーふくおか2」就航。
2002年新造の両船には、船首付近の両舷にかもめのイラストが描かれた(このイラストは、その後「フェリーおおさか」「フェリーきたきゅうしゅう」にも描かれた)。
  • 2005年10月 - 燃料油価格変動調整金を設定。
  • 2007年
    • 4月 - シーズン別運賃を設定し、通常期運賃と繁忙期運賃の2本立てとなる。
    • 10月 - 第1便の出航時間を変更(所要時間を20分増加)するダイヤ改定を実施。
  • 2008年7月 - 第2便の出航時間を変更(所要時間を30分増加)するダイヤ改定を実施。
  • 2015年
    • 8月24日 - 新門司港ターミナル改築工事が完成。
    • 9月16日 - 「フェリーおおさかII」就航、「フェリーおおさか」最終航海。
    • 11月28日 - 「フェリーきたきゅうしゅう」最終航海。
    • 11月29日 - 「フェリーきたきゅうしゅうII」就航。
  • 2018年9月4日 - 台風21号により、大阪南港フェリーターミナルとF-1バース間の人道橋の一部が倒壊。「フェリーおおさかII」「フェリーきたきゅうしゅうII」へ徒歩で乗船する乗客の乗下船について、フェリーターミナル-仮設人道橋(階段昇降式)間のバスを利用した乗船誘導を実施。
  • 2019年
    • 1月15日 - 日本のフェリーでは初となるBooking.comからの宿泊予約受付を開始、ツーリスト客室一泊・タオル一式・夕朝食をセットで提供する[8]。
    • 3月 - 1日より「フェリーおおさかII」、4日より「フェリーきたきゅうしゅうII」の船内Wi-Fiサービスにてmusic.jp提供による無料漫画配信を開始[9]。
    • 3月15日 - 台風21号で損壊した人道橋が復旧し再供用を開始。
  • 2020年
    • 3月4日〜7月14日 - 新型コロナウイルス感染症拡大に伴い船内レストランでのバイキング提供を中止、夕食弁当とモーニングセットの販売とした。
  • 2021年
    • 12月16日 - 「フェリーきょうと」(3代目)就航[10]。
  • 2022年
    • 1月13日 - 「フェリーきょうとII」最終航海。
    • 3月27日 - 「フェリーふくおかII」最終航海。
    • 3月28日 - 「フェリーふくおか」(3代目)就航[11]。

航路

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上下ともに夕方に出港し翌日早朝に到着する第1便と、夜に出港し翌日朝に到着する第2便がある。

  • 2022年3月の「フェリーふくおか(3代目)」就航以降は第1便に「フェリーおおさかⅡ」「フェリーきたきゅうしゅうⅡ」が就航。第2便に「フェリーきょうと(3代目)」「フェリーふくおか(3代目)」が就航している。
  • 2022年3月の「フェリーふくおか(3代目)」の就航までは、第1便に「フェリーきょうとⅡ[注 1]」「フェリーふくおかⅡ[注 2]」が就航。第2便には「フェリーおおさかⅡ」「フェリーきたきゅうしゅうⅡ」が就航していた。
  • 2015年11月の「フェリーきたきゅうしゅうⅡ」の就航までは、第1便に「フェリーおおさか」「フェリーきたきゅうしゅう」が就航。第2便には「フェリーきょうと2」「フェリーふくおか2」が就航していた。

瀬戸内海を通るため、明石海峡大橋、瀬戸大橋および来島海峡大橋の真下を通る[12]。

就航以来、航路が競合する阪九フェリーと激しい競争を続けている。

船舶

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ファンネルマークは赤地に白い円の中にアルファベットの「M」と「T」をあしらった青色のマークが入っている[13]。1984年12月の名門大洋フェリーとしての運航開始時より使用されている。

船体の塗装は上半分が白色で、下半分が青色、そして下半分の青色の部分に白帯と白文字で「CITY LINE」の愛称が入っている[14]。

運航中の船舶

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フェリーふくおか2
フェリーおおさか2
 
フェリーふくおか2(特別室)

いずれも鉄道建設・運輸施設整備支援機構と共有、三菱重工業下関造船所建造。

2021年12月就航。15,025総トン、全長195m、幅27.8m。
旅客定員675名。車両積載数:12mトラック162台、乗用車140台。
客室は、スイート(和洋室)、スイート(洋室)、デラックス、スーペリア、ファーストB、ファーストJ、ファーストS、コンフォート、ツーリスト、プライベートS(トラックドライバー向け、一般販売は繁忙期と一部期間のみ)の10タイプ。詳細は、フェリーきょうと#船内を参照。
2022年3月就航。15,025総トン、全長195m、幅27.8m。
旅客定員675名。車両積載数:12mトラック162台、乗用車140台。
客室構成は、フェリーきょうとと同様。詳細は、フェリーふくおか#船内を参照。
2015年3月竣工、2015年9月16日就航。14,920総トン、全長183m、幅27m。
旅客定員713人。車両積載数:12mトラック146台・乗用車105台。
客室は、スイート(和洋室)、スイート(洋室)、デラックス、ファーストA、ファーストB、ファーストJ、ファーストS、ツーリスト、エコノミー、プライベートS(トラックドライバー向け、一般販売は繁忙期と一部期間のみ)の10タイプ。詳細は、フェリーおおさかII#船内を参照。
2015年7月竣工、2015年11月29日就航。14,920総トン、全長183m、幅27m。
旅客定員713人。車両積載数:12mトラック146台・乗用車105台。
客室構成は、フェリーおおさかIIと同様。詳細は、フェリーきたきゅうしゅうII#船内を参照。

過去に就航していた船舶

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名門カーフェリー
フェリーはこざき
6,496総トン、全長140.9m。林兼造船下関造船所建造。
航路休止により日本カーフェリーに売却、「さいとばる」に改名。
1978年9月6日1時45分頃、来島海峡にて韓国のタンカー「CHAN WON(チャン ウォン)」と衝突、浸水。曳航中に沈没。
6,490総トン、全長140.9m。林兼造船下関造船所建造。
1979年、ギリシャへ売却。「EL GRECO」→「EL GRECO」→「CAPTAIN ZAMAN」→「CAPTAIN ZAMAN」と会社、船名を変えながら地中海航路に就航していた。2008年2月、解体のためインドへ。
7,270総トン、全長138.6m。林兼造船下関造船所建造。
旅客定員900名。車両積載数:トラック100台・乗用車90台。
1992年、フィリピンへ売却。現在は、SuperFerry「SuperFerry 2」→2GO「St. Thomas Aquinas」。
2013年8月、セブ島沖で貨物船と衝突し沈没した[16]。

フェリーはこざき

7,267総トン、全長138.6m。尾道造船建造。
旅客定員900名。車両積載数:トラック100台・乗用車90台。
1992年、「フェリーコスモ」に改名しドック代船用として尾道造船の所有となる。関西汽船などでも運航された。1996年、フィリピンへ売却。現在は、SuperFerry「SuperFerr 5」→2GO「St. Joan of Arc」。
大洋フェリー
7,174総トン、全長140.9m。林兼造船下関造船所建造。
旅客定員700名。車両積載数:トラック90台・乗用車100台。
柳原良平のデザインにより「さんふらわあ」の太陽のデザインに対抗する形で白色の船体に流れ星が描かれ[17]、煙突(ファンネル)の色は、商船三井が打ち出した「オレンジファンネル構想」に基づいてオレンジ1色となった。
「さんふらわあ」「さんふらわあ2」就航後、常石造船に係船された後、フジフェリー(商船三井系)が「おりおん」を用船して1978年11月より東京~松阪航路に就航。1979年11月の営業譲渡後、関西汽船に売却。「フェリーにしき丸」に改名され、1980年12月より阪神~今治~松山~別府航路に就航したが、1984年に「さんふらわあ」「さんふらわあ2」と等価交換され、船名を戻して復帰。1989年、ギリシャへ売却。Minoan Lines「DAEDALUS」を経て、現在は、アルバニアAdria Ferries「RIVIERA ADRIATICA[18]」(2006年のみ、Algerie Ferriesに貸与)。
7,167総トン、全長140.9m。林兼造船下関造船所建造。
白色の船体に流れ星が描かれ、煙突(ファンネル)の色は、商船三井が打ち出した「オレンジファンネル構想」に基づいてオレンジ1色となった。
竣工直後の1973年4月から7月に日本沿海フェリー(商船三井系)に傭船。「さんふらわあ」「さんふらわあ2」就航後、常石造船に係船された後、貨物専用フェリー会社として設立された九州急行フェリー(商船三井系)に売却され、1977年5月より東京~苅田航路に就航。フジフェリーが同社へ営業譲渡後は松坂にも寄港し1981年まで旅客営業を行った。
1984年、ギリシャに売却。ANEK Lines「APTERA」として地中海航路に就航していた。
さんふらわあ
12,130トン(改装後)、全長185.0m。川崎重工業神戸工場建造。
船首部に「おりおん」「ぺがさす」に描かれていた流れ星のバウマークが描かれた。また、コンパスデッキにはイメージキャラクターとして、2つの頭を持った空を飛ぶ架空の鳥“どんぐるくん”が描かれた。1979年の改装工事では、船尾両舷にあったランプウェイの撤去のほか、屋外プールの屋内温水プール化、上部に展望台を兼ねたレストラン・シアターを増設などが行われた(改装工事は常石造船で実施)。1984年に関西汽船「フェリーこがね丸」「フェリーにしき丸」と等価交換された後に、来島どっくに売却されチャーターバックの上就航。2000年、韓国に売却。さらに2005年、北朝鮮に売却。
12,105トン(改装後)、全長185.0m。川崎重工業神戸工場建造。
「さんふらわあ」「さんふらわあ2」は、船首部に「おりおん」「ぺがさす」に描かれていた流れ星のバウマークが描かれた。また、コンパスデッキにはイメージキャラクターとして、2つの頭を持った空を飛ぶ架空の鳥“どんぐるくん”が描かれた。1979年の改装工事では、船尾両舷にあったランプウェイの撤去のほか、屋外プールの屋内温水プール化、上部に展望台を兼ねたレストラン・シアターを増設などが行われた(改装工事は来島どっくで実施)。1984年に関西汽船「フェリーこがね丸」「フェリーにしき丸」と等価交換された後に、来島どっくに売却されチャーターバックの上就航。1998年4月、日本国外へ売却。
名門大洋フェリー
7,189総トン、全長132.0m。日本海重工業建造。
旅客定員686名。車両積載数:トラック90台・乗用車100台。
太平洋沿海フェリー「あるごう」→関西汽船「フェリーこがね丸」として就航したのち、「さんふらわあ」「さんふらわあ2」と等価交換され1984年就航。
1989年、ギリシャへ売却。Dane Sea LinesやBlue Star Ferriesで「RODOS」として就航していた。
2006年、退役&解体を前提に売却。「ROD」に改称され係船ののちインドへ。
9,320総トン、全長160m。尾道造船建造。出力26,400馬力、航海速力22.9ノット。
旅客定員780名。車両積載数:トラック155台・乗用車100台。佐伯重工業建造。
1989年就航、1992年「フェリーきょうと」に改名。船舶整備公団との共有船。2002年、フィリピンへ売却。
9,320総トン、全長160m。尾道造船建造。出力26,400馬力、航海速力22.9ノット。
旅客定員780名。車両積載数:トラック155台・乗用車100台。佐伯重工業建造。
1989年就航、1992年「フェリーふくおか」に改名。船舶整備公団との共有船。2002年、フィリピンへ売却。
フェリーきたきゅうしゅう
9,479総トン、全長160.0m、幅25.0m、出力27,000馬力、航海速力22.9ノット(最大25.9ノット)。
旅客定員814名。車両積載数:トラック160台・乗用車100台。佐伯重工業建造。
1991年5月竣工、1992年1月22日就航、2002年改造。2015年9月16日引退。
9,476総トン、全長160.0m、幅25.0m、出力27,000馬力、航海速力22.9ノット(最大26.2ノット)。
旅客定員814名。車両積載数:トラック160台・乗用車100台。佐伯重工業建造。
1991年9月竣工、1992年4月17日就航、2002年改造。2015年11月27日引退。
2001年10月竣工、2002年9月3日就航、2005年改造。9,731総トン、全長167.0m、幅25.6m、出力19,860kW(27,000馬力)、航海速力23.2ノット(最大25.7ノット)。
旅客定員697名(最大841名)。車両積載数:トラック180台・乗用車100台。2015年に船名の数字表記をアラビア数字からローマ数字に変更。2022年1月13日引退。
2001年11月竣工、2002年10月18日就航、2005年改造。9,731総トン、全長167.0m、幅25.6m、出力19,860kW(27,000馬力)、航海速力23.2ノット(最大25.7ノット)。
旅客定員697名(最大841名)。車両積載数:トラック180台・乗用車100台。2015年に船名の数字表記をアラビア数字からローマ数字に変更。2022年3月27日引退。

乗り場までのアクセス

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大阪南港(大阪南港フェリーターミナル)
Osaka Metro南港ポートタウン線(ニュートラム) フェリーターミナル駅から徒歩5分。屋根付ペデストリアンデッキで直結。
新門司港(新門司フェリーターミナル)
JR小倉駅北口(新幹線口)およびJR門司駅北口より無料送迎バスが運行されている。
新門司港発着の所要時間は、門司駅まで約20分、小倉駅まで約40分。新門司港を下船した客向けの送迎バスの出発時刻はフェリー着岸後15分から20分程度(下船客の乗車が完了次第出発)。新門司港で乗船する客向けの送迎バスは、1便に接続するバスが小倉駅を15:40、門司駅を16:00に出発し、2便に接続するバスが小倉駅を18:40、門司駅を19:00に出発する。いずれもフェリーが休航、欠航の場合は運行されない[19]。

阪九フェリーやオーシャン東九フェリーのターミナルとは2キロほど離れている。

予約・シティラインカード

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電話・インターネット予約
電話やインターネットで乗船の予約ができ、インターネット予約では「WEB割引」が適用され、A期間(通常期)で1便が25%割引、2便が20%割引、B期間(繁忙期)は20%割引、C期間(最繁忙期)は5%割引となる[20]。
シティラインカード
ポイントカードである「シティラインカード」を利用する場合、A、B期間は20%割引となる(C期間は割引なし)。入会金2,000円が必要で、年会費は無料。乗船券購入と同時に入会し、割引の適用を受けることもできる。ためたポイントは1,000ポイントごとに、運賃、料金、船内での飲食等に使用できる「シティラインカード利用券(5,000円分)」と交換できる。有効期限は最終利用日から13か月後の末日である[21]。
代理店経由での予約
Booking.comや[8]、WILLER TRAVEL[22]などの代理店でもチケットを購入・決済することもできる。

脚注

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注釈
  1. ↑ 「フェリーきょうと2」から改名。
  2. ↑ 「フェリーふくおか2」から改名。
出典
  1. ↑ 「船内にキッズルームも 「フェリーきょうと」が就航」『産経ニュース』2021年12月15日。2021年12月15日閲覧。
  2. 1 2 “《連載》次代への戦訓 関西/九州航路のフェリー会社合併 名門大洋フェリー前会長・阿部哲夫氏2”. 海事プレス. 2026年1月10日閲覧。
  3. ↑ 『交通日誌5月 - 交通年鑑 昭和48年版』交通協力会、16頁。
  4. 1 2 3 荒木英雄『長距離フェリー二十二航路乗り継ぎ私記14- 旅客船No.172』日本旅客船協会、1990年。
  5. ↑ 『中・長距離フェリー事業者 - 物流要覧1974』カーゴ・ジャパン、820頁。
  6. ↑ 「来月一日から一年間運休」『交通新聞』交通協力会、1976年3月13日、1面。
  7. ↑ “《連載》次代への戦訓 議論を重ね活気ある業界へ 名門大洋フェリー前会長・阿部哲夫氏5”. 海事プレス. 2026年1月10日閲覧。
  8. 1 2 “ブッキング・ドットコム、日本国内のフェリーの客室販売開始”. Traicy. 2019年1月15日閲覧。
  9. ↑ 【名門大洋フェリー×music.jp】 (2019年8月9日). “無料マンガコーナー配信開始のお知らせ”. 2019年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年1月10日閲覧。
  10. ↑ “2021年12月分運航スケジュール” (PDF). 名門大洋フェリー. 2026年1月10日閲覧。
  11. ↑ “2022年03月分運航スケジュール” (PDF). 名門大洋フェリー. 2026年1月10日閲覧。
  12. ↑ “航路・ダイヤ・運航スケジュール”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  13. 1 2 3 “フェリーきょうと・フェリーふくおか”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  14. ↑ “船舶紹介”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  15. 1 2 “フェリーおおさかⅡ・フェリーきたきゅうしゅうⅡ”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  16. ↑ “フィリピン・セブ島でフェリー沈没 死者多数”. CNN.co.jp (2013年8月17日). 2026年9月7日閲覧。
  17. ↑ 『長距離フェリー誕生 - 「客船史」を散歩する』出版協同社、235-236頁。
  18. ↑ “7302342k.jpg”. ferry-site.dk. 2026年9月7日閲覧。
  19. ↑ “のりば案内 (新門司港)”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  20. ↑ “各種割引制度”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  21. ↑ “シティラインカード”. 名門大洋フェリー. 2026年9月7日閲覧。
  22. ↑ “名門大洋フェリー簡単予約”. WILLLER TRAVEL. 2026年9月7日閲覧。

参考文献

[編集]
  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

関連項目

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外部リンク

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