与那国空港

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与那国空港
Yonaguni Airport
IATA: OGN - ICAO: ROYN
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 沖縄県八重山郡与那国町
種類 商業
運営者 沖縄県
運用時間 8:00 - 19:30
敷地面積 58.2 ha
標高 15 m (49.4 ft)
座標 北緯24度28分03秒 東経122度58分47秒 / 北緯24.46750度 東経122.97972度 / 24.46750; 122.97972座標: 北緯24度28分03秒 東経122度58分47秒 / 北緯24.46750度 東経122.97972度 / 24.46750; 122.97972
地図
与那国空港の位置
与那国空港の位置
OGN/ROYN
与那国空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
08/26 LLZ 2,000×45 舗装
統計 (2017年度)
旅客数 105,302人
貨物取扱量 495 t
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空港の一覧
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与那国空港の位置
与那国空港の位置
OGN/ROYN
与那国空港の位置
与那国空港付近の空中写真。(1977年撮影)
滑走路延長800mの頃。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

与那国空港(よなぐにくうこう、: Yonaguni Airport)は、沖縄県八重山郡与那国町与那国島)にある地方管理空港である。

概要[編集]

日本の空港で最西端に位置する空港である。年間利用客数は、国内105,302人(2017年度)[2]

那覇及び石垣への定期便が就航している。また、2016年以降、国内チャーター便が就航しており(詳細は#沿革参照)、空港ではチャーター便に対応するため、全日本空輸から売却を受けてタラップやASU(Air Start Unit)等の地上支援機材の常駐を進めている[3][4]

沿革[編集]

  • 1943年昭和18年)6月 - 旧日本軍により建設される[1]滑走路延長は800メートル)。
  • 1958年(昭和33年)8月 - 民間航空の運航を開始する[1]
  • 1968年(昭和43年) - 9月に滑走路乳剤舗装工事等が完成し、12月にYS-11が就航する[1]
  • 1973年(昭和48年)2月27日 - 政令により第三種空港に指定[1]
  • 1975年(昭和50年)3月15日 - 本土復帰に伴い日本の航空法が適用され、滑走路近くにある製糖工場の煙突が同法の規定に抵触するため、滑走路を短縮運用し延長800メートルで供用を開始[1](従来は米国法に準拠し、1,232メートルとされていた)。これにより、YS-11の就航が不可能となる。
  • 1985年(昭和60年)2月12日 - 滑走路延長をYS-11に対応する1,500メートルに延伸し供用開始[1]
  • 1999年平成11年)7月15日 - 滑走路の舗装を強化し暫定ジェット化供用を開始し[1]ボーイング737が就航する(ただし、定員がYS-11の64名から130名に増えたため、従来の1日2往復から1往復に減便となった)。日本トランスオーシャン航空 (JTA) のYS-11は、当空港と石垣空港を結ぶ968便を最後に退役した。
  • 2000年(平成12年)7月21日 - 琉球エアーコミューター (RAC) が那覇 - 与那国線、石垣 - 与那国線を開設する(いずれもDHC-8で週3日運航。これにより週3日ながら航空機による石垣島との日帰り旅行が再び可能になった[5][6]。後に週4日に増便)。
  • 2007年(平成19年)
  • 2008年(平成20年)7月4日 - 復興航空による花蓮へのチャーター便が運航される[10]
  • 2013年(平成25年)1月7日 - この日をもってJTAによる定期便の運航が終了。翌1月8日からRACが石垣線を増便するとともに、那覇線を開設[11]
  • 2016年(平成28年)3月22日 - フジドリームエアラインズによる静岡空港からのチャーター便が運航される[12](2016年中に計3便運航)。同社はその後も日本各地からのチャーター便を運航している[13]

JTA撤退の地元への影響と反応[編集]

2012年(平成24年)、JTAの構造改革に伴う路線再編として与那国空港からの同社の撤退およびRACによる代替運航が発表されて以降[14]、地元からは供給席数および積載貨物容量の減少に伴う経済への影響を懸念する声があることが報じられた。

供給席数についてはRACが使用する機材の定員が少ないことから、石垣線については1日あたり3便に増便するものの供給座席数が4割程度減少する。また、貨物の輸送力減少の一例として、特産品であるカジキについて従来は1便あたり10本程度積載可能(JTA便によるボーイング737型機の場合)であったものが2本に制限され「すべて運べない」(JTA役員)とされる[15]。また、石垣島から航空機による日帰りが可能となることについて、地元住民の利便性が増す反面、観光客が日帰りすることで宿泊客が減少するのではないかとの懸念も報じられた。与那国町長の外間守吉は、JTA便の復活を求めることをコメントしている。一方、那覇線については従来の週4便運航から毎日運航に変更となった。なお、石垣線の2012年度上半期における搭乗率は44%であった[11]

2016年(平成28年)、RACは現在使用している機材のカーゴコンビ(客貨混合型)であるQ400CCを4月15日より与那国線で運用することを発表した。この機材はこれまでの機材と比べ貨物積載量が2.5倍になっており、カジキについても5本まで積むことが可能となった。また、定員もこれまでの39人から11人多い50人となっている[16]

施設[編集]

  • 与那国VORDME/ILSが整備されているものの、管理官所は、那覇空港事務所システム運用管理センターである。

就航路線[編集]

交通[編集]

最西端観光が町の委託を受けて島内各地を結ぶ路線バス(運賃無料)を運行しており、そのうち6便が当空港を経由する(2018年12月1日時点)[17][18]

防空識別圏問題[編集]

日本最西端の島である与那国島は、なんらの領土紛争も存在せず、国際的にも明らかな日本の領土である。しかし、沖縄占領時にアメリカ空軍が設定していた防空識別圏を、防衛庁(当時)が1969年昭和44年)の訓令でそのまま継承した結果、島の上空は日本の領空だが、東経123度線を境に島の東側3分の1は日本、西側3分の2は中華民国の防空識別圏として扱われるようになった[19]。この領空と防空識別圏の不一致は、長く防衛上の懸案とされていた。

石垣島方面から飛来した旅客機は、与那国島の北を通って一度西側に出る。この段階で旅客機は中華民国の防空識別圏に進入しており、島の西側で進路を180度変え、東向きに滑走路へ降下して着陸する(離着陸は原則として全て東向きである)。防空識別圏が与那国島を分断していた場合、たとえば与那国空港へ向かう日本の民間機が、事前にフライトプラン中華民国空軍に提出しておかないと、島に近づいた途端に未確認飛行物体として同空軍機にスクランブル発進されかねない。

また、逆に台湾航空管制区域から日本へ入ってくる不審機について日本側への通報が遅れた場合、日本側が認識した時点では、既に与那国島上空に所在するということにもなりかねない。このほか、海上自衛隊の航空哨戒任務や航空自衛隊の航空機は、通常は与那国島上空より西側へ出ることは無い[要出典]ため、島の西側を目視で哨戒することができなくなる。

ところが、2005年平成17年)12月に、与那国町長の外間守吉と衆議院議員の西銘恒三郎が台湾を訪問した際に中華民国の安全保障機関である国家安全会議から入手した資料により、中華民国は与那国島から半径12海里(約22キロ)の半月状の地域を自国の防空識別圏からはずして運用しており、与那国島上空は中華民国の防空識別圏に含まれていないことが判明した[19]。これにより、民間航空における問題が発生する可能性は低いことは判明したが、どのような経緯を経て日台間の認識相違が生じたのかは不明であった。

2006年(平成18年)2月9日に開かれた国会の予算委員会で西銘がこの問題を採り上げると、防衛庁長官(当時)の額賀福志郎も「初めて聞いた。今確認を急いでいる。」と述べ、見直しについては台湾との関係も考慮しながら検討していきたいと答弁。西銘は、防空識別圏は防衛庁長官の訓令で変更が可能であると指摘し、検証と検討を求めた[20]、中華民国側からも「国防担当者と検討する」との表明がなされた[21]。2009年(平成21年)7月には、与那国島を訪問した当時の防衛大臣浜田靖一に外間が改善を要望した[22][23]

防空識別圏に端を発するような問題はこれまでに発生していないが、1995年(平成7年)の第三次台湾海峡危機の時期に、台湾と与那国島の間の海域に台湾軍の射撃訓練区域が設定されたため、与那国島の漁業者が長期間にわたって操業できず、社会問題化したことがある。また、2006年(平成18年)8月には、台湾が当初設定した射撃訓練の区域設定に、与那国島の西半分が含まれていたことが判明[24][注 1]。その境界線は、防空識別圏と同じ東経123度であった[24][25]。こうした事態を踏まえ、与那国町議会では射撃訓練の区域設定問題の解決を求める意見書と、漁協からの安全操業確保を求める陳情を全会一致で採択し、町長や漁協組合長が県や国の関係省庁に対応を要請した[26]

2010年(平成22年)5月26日、日本国政府は防空識別圏をそれまでの東経123度線から、与那国島の陸地から台湾側洋上へ14海里分西側を半月状に広げる形で設定し直す方針を明らかにし、6月25日付けの防衛省訓令改正により実施された。なお、中華民国には外交ルートを通じて説明がなされた[27]が、中華民国外交部は「事前に我々と十分な連絡をとらなかった」として遺憾の意を表明し、日本の決定を受け入れようがないとした[28]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 後に、日本の外務省が財団法人交流協会を通じて台湾側に抗議した結果、与那国島を半円状に外した設定に変更された[24]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 与那国空港”. 沖縄県の空港. 沖縄県土木建築部. 2015年9月14日閲覧。
  2. ^ a b 平成29年度(年度)空港別順位表 (EXCEL)”. 国土交通省航空局 (2018年8月29日). 2019年3月3日閲覧。
  3. ^ “機能強化で就航便増 ANA、支援機材を無償提供”. 八重山毎日新聞. (2016年12月10日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/30869/ 2017年1月29日閲覧。 
  4. ^ “ANA、地上支援機材を売却”. 八重山毎日新聞. (2017年3月1日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/31251/ 
  5. ^ “那覇から週3日運行/RACが与那国直行便”. 琉球新報. (2000年5月12日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-115305-storytopic-86.html 2013年3月6日閲覧。 
  6. ^ 企業情報・社史概要”. 琉球エアーコミューター株式会社. 2017年9月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年3月6日閲覧。 ※運航機種・ダイヤ詳細(日帰り旅行の可否)については記載なし。
  7. ^ “与那国空港2000メートル滑走路供用開始を来年3月に変更”. 八重山毎日新聞. (2006年6月21日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/5094/ 
  8. ^ “重量制限解除が課題 与那国空港”. 八重山毎日新聞. (2007年3月14日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/7488/ 
  9. ^ “花蓮訪問団チャーター便で台北入り”. 八重山毎日新聞. (2007年10月5日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/9526/ 
  10. ^ “与那国―花蓮、初のチャーター便飛ぶ”. 八重山毎日新聞. (2008年7月5日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/11430/ 
  11. ^ a b “JTA、あす与那国路線から撤退 RAC単独運航へ”. 八重山毎日新聞. (2013年1月6日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/21631/ 2013年3月6日閲覧。 
  12. ^ “FDAチャーターが与那国へ 200人余が来島の見通し”. 八重山毎日新聞. (2016年2月20日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/29388/ 
  13. ^ “与那国町 過去最大のチャーター便 26日までに18便就航”. 八重山毎日新聞. (2017年3月9日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/31295/ 
  14. ^ “JTA与那国〜石垣路線、来年1月8日に撤退”. 八重山毎日新聞. (2012年11月10日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/21261/ 2013年3月6日閲覧。 
  15. ^ “与那国線撤退、町に説明 RAC増便で対応 カジキ積載に制限 JTA”. 八重山日報. (2012年9月14日). https://www.yaeyama-nippo.com/2012/09/14/%E4%B8%8E%E9%82%A3%E5%9B%BD%E7%B7%9A%E6%92%A4%E9%80%80-%E7%94%BA%E3%81%AB%E8%AA%AC%E6%98%8E-%EF%BD%92%EF%BD%81%EF%BD%83%E5%A2%97%E4%BE%BF%E3%81%A7%E5%AF%BE%E5%BF%9C-%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%82%AD%E7%A9%8D%E8%BC%89%E3%81%AB%E5%88%B6%E9%99%90-%EF%BD%8A%EF%BD%94%EF%BD%81/ 2013年3月6日閲覧。 
  16. ^ “新機材、15日から運航 RAC”. 八重山毎日新聞. (2016年4月6日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/29609/ 2016年4月8日閲覧。 
  17. ^ 路線バス案内”. 与那国町 (2018年8月28日). 2019年3月3日閲覧。
  18. ^ 路線バス”. 最西端観光. 2019年3月3日閲覧。
  19. ^ a b “与那国島、防空識別圏から外れる 日台間で認識にズレ”. 八重山毎日新聞. (2005年12月28日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/3308/ 
  20. ^ 第164回国会 予算委員会 第8号
  21. ^ “防空識別圏は検討 台湾首脳、そうぞう視察団に説明”. 琉球新報. (2006年4月12日). オリジナルの2017年9月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170907075819/https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-12744.html 
  22. ^ “先島配備検討の意向 浜田防衛相が与那国初視察”. 八重山毎日新聞. (2009年7月9日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/13990/ 
  23. ^ “浜田防衛相「私の訪問が答え」 与那国島の陸自部隊要望に”. イザ!(産経新聞). (2009年7月8日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/275742/ [リンク切れ]
  24. ^ a b c “台湾海軍が与那国付近で射撃訓練計画”. 八重山毎日新聞. (2006年8月19日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/5607/ 
  25. ^ “訓練区域に与那国島 台湾海軍が計画”. 琉球新報. (na). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-16447-storytopic-1.html [リンク切れ]
  26. ^ “台湾軍の訓練区域設定問題全会一致で意見書採択”. 八重山毎日新聞. (2006年8月24日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/5656/ 
  27. ^ “与那国島沖に拡大 防空識別圏、台湾に説明”. MSN産経ニュース. (2010年5月26日). オリジナルの2010年5月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100529174412/http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100526/plc1005261712008-n1.htm 
  28. ^ “台湾が「遺憾」 与那国島付近の防空識別圏見直し”. 朝日新聞. (2010年5月29日). オリジナルの2010年5月31日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100531145748/http://www.asahi.com/international/update/0529/TKY201005290262.html 

外部リンク[編集]