筑紫郡

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福岡県筑紫郡の位置(緑:那珂川町)

筑紫郡(ちくしぐん)は、福岡県にある

人口50,180人、面積74.95km²、人口密度670人/km²。(2016年6月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域

1896年明治29年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる[1]

歴史

1.大野村 2.水城村 3.山口村 4.筑紫村 5.二日市町 6.御笠村 7.太宰府町 8.山家村 11.警固村 12.豊平村 13.南畑村 14.春日村 15.岩戸村 16.安徳村 17.三宅村 18.曰佐村 19.那珂村 20.八幡村 21.住吉村 22.堅粕村 23.千代村 31.席田村(紫:福岡市 桃:筑紫野市 赤:太宰府市 橙:那珂川町 青:合併なし *:発足時の福岡市)
  • 明治29年(1896年
  • 明治44年(1911年5月31日 - 住吉村が町制施行して住吉町となる。(3町19村)
  • 大正元年(1912年10月1日(4町17村)
  • 大正2年(1913年)10月1日 - 堅粕村が町制施行して堅粕町となる。(5町16村)
  • 大正4年(1915年)4月1日 - 豊平村が分割し、一部(豊富・堅粕)が福岡市に、残部(金平)が堅粕町にそれぞれ編入。(5町15村)
  • 大正11年(1922年6月1日 - 住吉町が福岡市に編入。(4町15村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年
    • 4月1日 - 八幡村が福岡市に編入。(4町14村)
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和3年(1928年
    • 4月1日 - 堅粕町が福岡市に編入。(3町14村)
    • 5月1日 - 千代町が福岡市に編入。(2町14村)
  • 昭和8年(1933年
    • 4月1日 - 席田村が福岡市に編入。(2町13村)
    • 4月5日 - 三宅村が福岡市に編入。(2町12村)
  • 昭和15年(1940年4月17日 - 那珂村が町制施行して那珂町となる。(3町11村)
  • 昭和25年(1950年10月1日 - 大野村が町制施行して大野町となる。(4町10村)
  • 昭和28年(1953年1月1日 - 春日村が町制施行して春日町となる。(5町9村)
  • 昭和29年(1954年)10月1日 - 曰佐村が福岡市に編入。(5町8村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月1日(5町3村)
      • 太宰府町・水城村が合併し、改めて太宰府町が発足。
      • 二日市町・御笠村・筑紫村・山口村・山家村が合併して筑紫野町が発足。
    • 4月5日 - 那珂町が福岡市に編入。(4町3村)
  • 昭和31年(1956年)4月1日 - 南畑村・安徳村・岩戸村が合併して那珂川町が発足。(5町)
  • 昭和47年(1972年)4月1日(2町)
    • 筑紫野町が市制施行して筑紫野市となり、郡より離脱。
    • 春日町が市制施行して春日市となり、郡より離脱。
    • 大野町が市制施行・改称して大野城市となり、郡より離脱。
  • 昭和57年(1982年)4月1日 - 太宰府町が市制施行して太宰府市となり、郡より離脱。(1町)

なお、那珂川町は2015年国勢調査速報値での人口が5万人を突破し、2018年10月1日単独市制施行を目指す方針である。那珂川町が市制施行すれば筑紫郡は消滅することとなる[2]

変遷表

脚注

参考文献

関連項目

先代:
御笠郡那珂郡席田郡
行政区の変遷
1896年 -
次代:
(現存)