香椎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

香椎(かしい)は、福岡県福岡市東区の北部に位置する地域。神功皇后縁の香椎宮があり古い歴史をもつ一方、戦後は海岸部の埋め立てが進み福岡市東部の副都心の一つとなっている。香椎地区にはJR鹿児島本線とJR香椎線の乗換駅であるJR香椎駅と、西鉄貝塚線西鉄香椎駅、福岡都市高速1号線北端の出入口があり、福岡市東部の交通の要所でもある。

広域的に見た場合、南北では多々良川(たたらがわ)以北の名島松崎から唐原(とうのはる)や下原(しもばる)にかけて、東西では舞松原(まいまつばら)・香椎台から香椎浜香住ヶ丘などの博多湾沿岸、さらに人工島アイランドシティにかけての地域を香椎とすることが多い。狭くは、南部を除く旧香椎町の地域を、さらにはそのうち香椎宮周辺の地域もしくは香椎駅前の地域を指す。

歴史[編集]

香椎潟と香椎周辺の史跡・名勝。 かつて香椎に存在した香椎潟は現在ほとんどが埋め立てられている。
香椎宮頓宮にある万葉集の歌碑

この地域では古墳時代より前の遺跡は少ないが、神功皇后(オキナガタラシ姫、オホタラシ姫)の伝承と縁の深い香椎宮がこの地に存在することもあって、カシヒの名はすでに『古事記』『日本書紀』を始めとする古史にみられる。これらではカシヒに訶志比(『古事記』)、橿日(『日本書紀』)、哿襲(『筑前国風土記』逸文)など様々な字が当てられている。『記紀』に基づけば香椎宮周辺は元は仲哀天皇熊襲征伐、神功皇后の三韓征伐の大本営のあったところだとされる。名の由来について18世紀初めの『筑前国続風土記』は、この地で急逝した仲哀天皇の寝棺を椎の木に掛けていたところ異香が四方に薫ったため「香椎」としたのだとの社家の伝承を伝える[1]。他に「首都」「大村」といった意味をもつという推測や[2]、丘陵が海辺へと落ちるところであるから「傾(かし)ぐ・辺(へ)」が元となったのではないかとする推測がある[3][4]

古墳時代の考古学遺跡として、現在、香住ヶ丘の住宅地となっている丘陵にあった4世紀のものと思われる「香住ヶ丘古墳」(径25m円墳と推定)からは舶載と思われる三角縁二神二獣鏡が出土しており[5][6]、また香椎宮そばの山上には「舞松原古墳」(径30mほどの帆立貝式古墳)があって4世紀後半のものと考えられている。

現在の香椎宮にあたる橿日廟(香椎廟、かしいびょう)は奈良時代の724年に創建されたとされ、『万葉集』には、728年、橿日廟からの帰路に詠まれた大伴旅人香椎潟の歌である、

いざ子供 香椎の潟に 白妙の 袖さえぬれて 朝菜摘みてむ[7]

をはじめ3首が収められている。香椎潟はかつて香椎に存在した遠浅の入江で、明治期までは南の名島と北の香住ヶ丘の丘陵に挟まれた地域では現在の西鉄貝塚線およびJR旧香椎操車場のあたりまで海岸線が湾入していた。奈良から平安前期には、橿日廟・香椎宮は朝廷から特殊な扱いを受けていたとみられ、朝廷との関わりの深さにもかかわらず『延喜式神名帳にも掲載されていない。特に当初は新羅との外交に関わる場合に使いが送られることが多かった[8]

10世紀、平安時代中期に編纂された『和名抄』では糟屋(カスヤ)郡香椎(カスヒ、加須比)郷としてその名がみえる。また香椎宮そばの御飯ノ山(老の山、おいのやま、標高90m)の麓からも同時期まで遡る遺構・遺物が発見されている[9]

香椎の北東端にあたる立花山は、鎌倉時代末の1330年に豊後大友氏大友貞載(立花貞載)によって立花城が築かれて以来16世紀までこの地の重要な軍事拠点であったことで知られる。 立花城の時代には現在の下原に城下町があった。 また御飯の山山頂からも中世の山城が発見されており、麓の遺跡からもこの時期に大規模な造成を行ったことが確認されている。

南北朝戦国時代には香椎宮の領地とも関連して、香椎はかなり広い範囲を指す名称として用いられており、新宮や三苫、宇美も香椎郷内として引かれた例が見られる[10]。この時代、立花城をめぐって香椎周辺は幾度かの戦いの舞台となった。名島南端の多々良川河口付近にはかつて遠浅の干潟があり、この地では1336年に足利軍と菊池軍が戦い(多々良浜の戦い)、1569年には大友軍と毛利軍との合戦が行われた(多々良浜の戦い)。さらに1586年には立花城で立花統虎(立花宗茂)が島津の大軍に対し激戦を繰り広げ撃退した。この戦いでは大友氏と関わりの深かった香椎宮も焼失し、一帯も荒廃して、その後、明治期まで香椎は以前ほどの賑わいを取り戻すことはなかった。

立花氏に代わり小早川隆景がこの地を治めた1588年には名島に名島城が築かれた。 その後、黒田長政の入国に伴う福岡城築城によって立花城・名島城は1601年ごろ共に廃城となった。 江戸期には現在の福岡県道504号町川原福岡線にほぼ沿って唐津街道(青柳街道)が通り、現在の香椎駅前にあたる海岸線に小宿濱男(はまお)が作られたが、この時代には香椎地区の人口は500人足らずであった[11][12]

1889年(明治22年)の町村制以降、これらの地域のうち中北部は糟屋郡香椎村となり、南部の名島や松崎、舞松原は糟屋郡多々良村に編入された。 戦前、香椎は松茸の産地としても知られるような小さな村であったが[13]、漸次香椎潟の埋め立てが進み、千早城浜香椎浜といった新たな地名が生まれるとともに、丘陵地の宅地開発がなされて人口が急増し、戦後の福岡市への編入前後より福岡市街のベッドタウン、またこの地域の大学・高校の学生街として発展した。近年は現千早駅周辺の旧香椎操車場の再開発および香椎パークポート・人工島アイランドシティの建設により、千早と海岸地域での発展が著しい。2010年の香椎地区の人口は8万6千人余りである[14][15]

香椎副都心[編集]

開発が進む千早駅周辺

香椎副都心は、香椎駅前地区と千早操車場(旧: 香椎操車場)地区の総称で、それぞれ次の事業により再開発事業(土地区画整理)が行われている。

香椎駅周辺土地区画整理事業
福岡市東区香椎駅前地区の土地区画整理事業である。福岡市が建設主体となっている[16]
西鉄貝塚線名島駅 - 西鉄香椎駅周辺まで、および鹿児島本線の香椎宮前駅 - 名島駅付近は立体交差事業(次項)により高架化されたが、香椎駅前地区(JR香椎駅周辺)は高架化事業対象からは外れており、今後高架化される予定はない。
西鉄宮地岳線香椎駅周辺連続立体交差事業
福岡市東区千早四丁目(香椎宮前駅) - 香椎駅前二丁目までの西鉄貝塚線の高架化事業である。福岡市が建設主体となっている[16]
香椎副都心土地区画整理事業
福岡市東区の名島、千早、松崎、水谷の各地区に渡る土地区画整理事業である。UR都市機構九州支社が建設主体となっている[17]
千早操車場(旧: 香椎操車場)の北東方にはJR千早駅が開業しほぼ同時期にNTTドコモ香椎ビルが完成した。また、ダイエー香椎店(2005年10月31日閉店)の駐車場の一部にはパチンコ店ワンダーランドやベスト電器香椎店が建ち、ダイエーの入っていた建物にはヤマダ電機が入っている。ダイエー香椎駅前店跡にはマンションなどが建っている。

自治体の変遷[編集]

糟屋郡旧香椎村・香椎町に関しては以下の通り[18][19]

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行により、香椎・濱男・唐原・下原各村をそれぞれ大字へと改編した糟屋郡香椎村が発足する。人口1,850人。
  • 1943年昭和18年)2月11日 - 町制施行し香椎町となる。人口4,180人。
  • 1955年(昭和30年)2月1日 - 香椎町が福岡市に編入され消滅する。編入人口10,944人。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 福岡市が政令指定都市へ移行したことに伴い、東区の一地域となる。
  • 1977年(昭和52年) - 福岡市総合計画(第4次)において、東部副都心に位置づけられる。

旧多々良村・多々良町に属する地域に関しては多々良町を参照のこと。

名所・史跡・行事[編集]

香椎地区には香椎宮をはじめ歴史ある史跡が多い一方、人工島アイランドシティや香椎操車場区画整理地区など海岸部には整備された近代的・先進的な区域がある。

史跡・旧跡[編集]

香椎宮(香椎)
仲哀天皇・神功皇后を祭神とする旧官幣大社。本社殿は香椎造(かしいづくり)と呼ばれる独特の建築様式をもつ。境内は神木綾杉を始めつつじしょうぶの花で有名である。神社奥の丘陵には仲哀天皇霊廟古宮址(ふるみやあと)、地名説話の元となった棺懸椎(棺掛椎、かんかけのしい)、大本営址がある。
香椎参道(香椎)
旧街道(県道504号線)から香椎宮へ延びる通りで、宇佐神宮と共に勅使が定期的に遣わされるため勅使道ともいう[20][21]。沿道は大正年間に植えられた常緑樹クスノキが枝を広げ、一年を通じて緑のアーチを作り出している[22]。参道入口、鹿児島本線踏切りそばの丘にある頓宮わきには三条実美の筆による万葉歌碑があって、かつてはここから香椎潟が一望できた[23][24]
不老水(香椎)
老の水(御飯の水、おいのみず)とも呼ばれ、香椎宮から北東へ500mほどのところのおいの山の山麓にある地下水である[25]。伝承では長寿伝説で知られる武内宿禰がそばに屋敷を構えこの水を飲んでいたとされる。古い歴史をもち、環境省の名水百選に選ばれているが飲用には煮沸が必要とされている[26]
報恩寺址(香椎)
栄西からの帰国後多くの禅宗の寺を建立したが、そのうち香椎宮古宮のそばの建久報恩寺は博多の聖福寺に4年先立ち、日本で最初の禅寺である[27][28][29]。また栄西が持ち帰った菩提樹も香椎宮に植えられ、そこから日本中に広められたといわれる。現在の報恩寺のそばにそれを記念した石碑が残り、隣には栄西が持ち帰ったものから分けられた菩提樹がある。
御島(香椎浜)
御島(みしま)は香椎潟の海中から顔をのぞかせるいくつかの小さな岩島で、綿津見神を祀る香椎宮末社御島神社でもある。かつては博多湾を背景に海岸より500mほどに浮かび、背の高い岩島であったが、やがて崩れて岩が取り払われ、満潮時には祠と鳥居のみが頭を覗かせるだけとなっている。香椎潟の埋め立ては御島を取り囲むようにして行われ、現在はかろうじて小さな海域に残る。神功皇后伝説では皇后が髪を洗って神託を伺い男髪を結った所とされ、また江戸時代にはここで日照りのときに雨乞いが行われていた[30]
鎧坂・兜塚(香椎駅前)
香椎小学校に近い鎧坂・冑塚には御島と同じく神功皇后の男装にまつわる伝承があり、鎧坂は鎧を着けた所、兜塚(冑塚)は皇后が兜を身に着けた所とされる[31][32]。 鎧坂はかつて碑があったが今は地名だけが残る。
馘塚(耳塚)(香椎駅東)
JR香椎駅のすぐ東にある馘塚(きりみみづか)または耳塚は元々現在のJR香椎駅付近にあったものを鉄道建設に際して現在の場所に移設したものである。[33]江戸時代から神功皇后の朝鮮征伐の際に「異国(新羅と思われる)の敵の首を埋めさせた」と言われている。昔は大きな塚であり、延宝元年(1673年)に浜男の村人が塚を掘り起こしたところ、中に三尺四方の石室があり、錆びた刀が収めてあった。これを取り出して紡錘に作り替えたところ、掘り起こした村人の家に災難が起こったために、新たに作った刀と紡錘を納めて塚を直し、上に石仏を置いて地蔵と号したという。[34]江戸時代を通じて一貫して「神功皇后が新羅人の耳(ないし首)を祀った塚」と伝えられている。[35]現在、丸山雍成九州大学名誉教授だけが豊臣秀吉による朝鮮侵略時に行われた耳切り・鼻削ぎの刑の供養塔といわれたという説を唱えているが[36]、この説を証明する文献・伝聞資料は存在しないので信頼性は低い。また元寇関連説も誤解によるものと思われる。[37]
おいの山公園(香椎台)
1995年から始まった宅地造成に伴う調査によって香椎宮奥の御飯ノ山(老ノ山、笈ノ山)から山城などが発見され、記録にある中世の御飯ノ山城であることが判明した[38][39][40][41]。立花城の支城ではないかともいわれる。現在では御飯ノ山一体は開削され住宅地となっているが、住宅地内のこの公園には城の模型や案内板がおかれている[42]。また傍らには香椎宮の神木大槇木(おおまきのき)がある。
清張桜(香椎駅前)
松本清張の小説『点と線』では1950年代の発展途上にあった香椎が舞台となった。このことを記念して、当時の名残をとどめた旧西鉄香椎駅前の桜の老木は、現在の駅前に移植され保存されている。
舞松原古墳(舞松原)
香椎宮のすぐ南の丘陵頂上にある帆立貝式古墳で、平成7年の調査による出土物から4世紀後半のものと考えられている[43]。円丘部分の直径は29.5m、全長は37m、高さは4.5 mあり、鉄製の斧・鍬・鎌などが出土した。周囲から平安期の墓も見つかっている。
名島城址(名島)
多々良川河口部の丘の上にあり小早川隆景が築いた城址である[44][45][46]。城跡の隣には名島神社がある。

自然[編集]

立花山・三日月山
立花山は香椎地区と新宮町久山町に跨る山で、主要な3つの峰の他、いくつかの小さな峰からなる。最高点でも367mであるが孤立してそびえ眺望がよいことで知られる。鎌倉時代末に大友氏により峰に跨って立花山城が築かれ、現在も一部に石垣が残る。また北西方向からは二峰に見えることから、古くは二神山とよばれ、イザナギイザナミ信仰の対象となっていたといわれる。ほぼ全体がクスノキを主体とする常緑広葉樹で覆われ、特に東斜面でクスノキの巨木が発達している。これらのクスノキは特別天然記念物に指定されている。三日月山は立花山の南の標高272mの山で、尾根づたいに立花山と結ばれる。立花城時代には平陣屋があり陣山と呼ばれた。また7世紀天智天皇時代の防人の朝鮮式山城の跡がある。長谷ダム上流からの整備された登山道の他、区とNPOにより整備されたダムと並行する長谷ルートなどがある。
御島崎海岸・片男佐海岸(御島崎・香住ヶ丘)
 香椎浜海岸と呼ばれることもある。御島、アイランドシティを眺めることができ、人工島事業とともに「エコパークゾーン」のひとつとして砂浜などが整備された[47][48]。さらに片男佐海岸からアイランドシティへの人道橋の設置が計画されている[49]。古くは現在のかしいかえん一帯、さらに丘陵にかけてを片男佐(かたおさ)と呼んでいた[50][51][52]。神功皇后伝説における地名説話ではその名を御島から戻った皇后が頭だけ男装の姿で上陸した所であるからとしている。
香椎川(香椎駅前・千早・香椎)
香椎宮周辺から商店街を抜け御島のある海岸へと注ぐ小さな川で、商店街付近には遊歩道も整備されており、香椎浜側では桜の木が川沿いに植えてある。香椎川上流にホタルを呼び戻すことを目的に、ボランティアグループによって毎年清掃が行われ、川の上にこいのぼりを吊すイベントなどが行われている。
名島の帆柱石(名島)
帆柱石(檣石、ほばしらいし)は名島城址に近い海岸にある天然記念物珪化木である。直径は約60cm、分断されたものを合わせた長さが10mほどで、約3,500万年前のカシの樹木の化石と考えられている。神功皇后伝説と結び付けられ、遠征のために用いられた船の帆柱であるとの伝承からこの名がある。

遊園地・公園[編集]

かしいかえん(香住ヶ丘)
花を中心においた、花の遊園地である。バラのトンネルなどがある。
みなと百年公園(香椎浜)
香椎パークポートにある大変広い公園である。名前は博多港の開港100年にちなむ。
アイランドシティ中央公園(香椎照葉)
全国都市緑化ふくおかフェア(アイランド花どんたく)会場の一部施設を転用した公園である。人工池や学習体験施設などがある。
長谷ダム
長谷(ながたに)ダムのダム湖は三日月湖(みかづきのうみ)と名付けられ、片側には桜並木のならぶ3kmほどの遊歩道や公園が整備されている[53][54]。その名の通り長い谷に沿って古くから集落があったが、福岡市の慢性的な水不足を受けて1990年代に多々良川の水を汲み上げ貯水する揚水式ダムが建設された。

行事・イベント[編集]

東区花火大会
御島崎・片男佐海岸では毎年、香椎商工連盟主催の花火大会が催されている。例年多くの人が押し寄せる。
香椎灯明まつり
香椎川の香椎橋(国道3号)〜御幸橋(商店街の連絡橋)と浜男公園にて手作りの灯明を灯すお祭りをしている。
香椎まちなか美術館
香椎地区の商店街のほぼ全域で美術作品などを展示しているものである。

主要施設[編集]

商業施設[編集]

戦後、JR香椎駅・西鉄香椎駅周辺の現香椎駅前を中心に商店街が発展し、一時は国道3号沿いに複数の総合商業施設も出店していた。その後、学生の減少や不況などで一進一退を繰り返し、また、一時期に電気店が相次いで開店したため、メディアに取り上げられたこともある。現在はその南部・西部に大型ショッピングセンターなどができている。香椎駅前は旧街道の拡張工事など大規模な再開発が進行中である。

JR香椎駅・西鉄香椎駅周辺エリア[編集]

香椎参道・御幸町停留所エリア[編集]

香椎浜エリア[編集]

勅使道停留所エリア[編集]

  • いしむら勅使道店(石村萬盛堂)(菓子)
    • セ・トレボン勅使道店(パン)
  • 黒木書店香椎参道店(書籍)
  • ドラッグストアモリ香椎宮前店(ドラッグストア)
  • セブンイレブン福岡香椎2丁目店

教育施設[編集]

戦後、九州産業大学が開校したのをはじめ、地区内には多くの学校が存在し、西新とともに学生の町としても知られている。また、塾も多く存在する。

大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

学習塾[編集]

セピア通り入り口付近の国道3号沿いに、英進館全教研日能研明光義塾、個別指導塾など多数の塾が密集している。英進館、全教研などは館が複数開設されている。

公共職業能力開発施設[編集]

  • 福岡県立福岡高等技術専門校(千早)

病院[編集]

  • 香椎療養所(香椎)
  • 疋田病院(香椎駅東)
  • 香椎原病院(香椎駅東)
  • 輝栄会病院(千早)
  • 東野整形外科(香椎駅前)
  • 渡辺産婦人科(千早)
  • ふくみつ病院(香椎浜)
  • 千早病院(千早)

現在の九州電力香椎競技場にはかつて九州電力の総合病院であった「香椎病院」があり、福岡大学医学部の前身となった。

娯楽施設[編集]

かつて香椎温泉旅館があり、五・一五事件の事前の会合が行なわれた[55]。また、松本清張の小説『点と線』がここで書かれたと言う。#香椎を舞台にした作品も参照。なお、近年まで「香椎温泉」として日帰り温泉施設が存在したが、温泉旅館との関連は不明。 香椎駅を中心にパチンコ店が多数ある。かつては国道3号沿いにもあったが、頻繁にパチンコ店が入れ替わり現在は塾や美容室が入っている。

その他[編集]

交通[編集]

昔から国道(3号)や鉄道(JR鹿児島本線・JR香椎線・西鉄貝塚線)、また都市高速が敷かれ、東区の交通の中心地となっている。東区のバス網もほとんどが香椎地区で集束している。現在、千早まで伸びている博多バイパスを香椎参道・香椎駅東などを横切って松香台の国道3号まで接続する延長工事が行われている。

道路[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

地区内を通る路線(赤文字は地区内停留所、「>」は右方向へ、「<」は左方向への始発終着系統有り)
番号 主な経路 備考
1 アイランドシティ照葉>─照葉小中学校前─香椎浜営業所─<千早駅前
2 土井営業所>─八田団地─千早駅前─香椎参道─<香椎浜営業所
3 天神方面─千早駅前>─博多バイパス─松崎─流通センター─<土井営業所─八田方面 天神方面からは[4-3]との連続運行
八田方面からは[4]との連続運行
香椎方面は2010年03月27日改正で廃止
4 流通センター方面─土井営業所>─八田団地─千早駅前>─西鉄名島駅─箱崎浜─昭和通─<天神─九州医療センター─<福岡タワー(TNC放送会館) 平日・土曜日に1往復のみ流通センター方面が土井営業所以降[3]として連続運行
2010年03月27日改正から千早経由から西鉄名島駅前経由へ経路変更
4-3 流通センター方面─千早駅前>─西鉄名島駅前─箱崎浜─昭和通─<天神 千早駅以降は[3]として運行
天神方面は[4]として運行
2010年03月27日改正にて新設
21 志賀島小学校前>─大岳─海の中道─雁の巣レクレーションセンター>─和白─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─石城町─昭和通─<天神
21A 志賀島小学校前>─大岳─海の中道─雁の巣レクレーションセンター>─和白─福岡女子大前都市高速─昭和通─<天神 大半は雁の巣レクレーションセンター行き
雁の巣レクレーションセンター>←和白←福岡女子大前都市高速←天神←雁の巣方面 [直行]からの連続運行・平日の朝のみ
21B 志賀島小学校前>─大岳>─海の中道─雁の巣レクレーションセンター─照葉小中学校前─留学生会館前都市高速─昭和通─<天神 平日は運行しない・大岳─志賀島小学校前は夏休み期間中のみ
22 西鉄香椎>─香椎浜営業所>─香椎浜海岸通り─城浜団地─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園─西新パレス前─<藤崎
22N 香椎浜営業所>─香椎浜海岸通り─城浜団地都市高速─<天神─<大濠公園─西新パレス─<藤崎
香椎浜営業所>─福岡運輸支局前─城浜団地都市高速─天神─<大濠公園─西新パレス─<藤崎
アイランドシティ照葉>←照葉小中学校前←香椎浜南公園前←城浜団地都市高速←天神←大濠公園←西新パレス←藤崎←原←次郎丸←四箇田団地←南金武←<金武営業所
アイランドシティ照葉>←照葉小中学校前←香椎浜南公園前←城浜団地都市高速←天神←大濠公園←西新パレス←藤崎←原←田隈新町←四箇田団地←南金武←<金武営業所
アイランドシティ照葉>照葉小中学校前─香椎浜海岸通り─城浜団地都市高速─<天神─<大濠公園─西新パレス─<藤崎→原→次郎丸→四箇田団地→南金武→<金武営業所
香椎浜営業所>←福岡運輸支局前←城浜団地都市高速←天神←香椎浜方面 [22T]からの連続運行
香椎浜営業所>←香椎浜海岸通り←城浜団地都市高速←天神←香椎浜方面
アイランドシティ照葉>照葉小中学校前←香椎浜海岸通り←城浜団地都市高速←天神←香椎浜方面
土井営業所>─香椎浜海岸通り─城浜団地都市高速─<天神─<大濠公園
土井営業所>←福岡運輸支局前←城浜団地都市高速←天神←土井方面 [24C]との連続運行
土井営業所>←香椎浜海岸通り←城浜団地都市高速←天神←土井方面
22N 直行 アイランドシティ照葉>←名島運動公園前都市高速←<天神←大濠公園←西新パレス←藤崎←原←田隈新町←<四箇田団地←南金武←<金武営業所 平日の朝3便のみ
アイランドシティ照葉>←名島運動公園前都市高速←天神←香椎浜方面 [直行]からの連続運行で平日のみ
22T アイランドシティ照葉>照葉小中学校前→香椎浜海岸通り→城浜団地都市高速→天神→香椎浜方面 天神北ランプ経由で[22N]・[22-1]との連続運行
香椎浜営業所>→香椎浜海岸通り→城浜団地都市高速→天神→香椎浜方面
香椎浜営業所>→福岡運輸支局前→城浜団地都市高速→天神→香椎浜方面
土井営業所>→香椎浜海岸通り→城浜団地都市高速→天神→土井方面 [72C]との連続運行
22-1 香椎浜営業所>─香椎浜南公園前─城浜団地─名島─箱崎埠頭─箱崎浜─昭和通─天神─<大濠公園
香椎浜営業所>─香椎浜南公園前─城浜団地─名島運動公園前─箱崎埠頭─箱崎浜─昭和通─天神─<大濠公園
香椎浜営業所>←香椎浜南公園前←城浜団地←名島運動公園前←箱崎埠頭←箱崎浜←昭和通←天神←香椎浜方面 [22T]からの連続運行
香椎浜営業所>←香椎浜南公園前←城浜団地←名島←箱崎埠頭←箱崎浜←昭和通←天神←香椎浜方面
23 下原>─西鉄香椎─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園
高美台一丁目>─和白─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園
大蔵>─和白─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園
西鉄三苫駅>─和白─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園
西鉄三苫駅>─美和台東公園─西鉄三苫駅─和白─福岡女子大前─香椎─<香椎浜営業所 平日のみ
香椎花園>─牧の鼻公園前─香椎花園>─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園 牧の鼻公園前経由は時間帯による
新宮・緑ケ浜>─和白─福岡女子大前─香椎─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園 新宮行きは[26]として運行
23B 下原>─西鉄香椎─香椎都市高速昭和通←─天神─<大濠公園
23-1 西鉄香椎>─名島─箱崎埠頭─箱崎浜─昭和通─<大濠公園
23-2 香椎パークポート>─貝塚─昭和通─<天神
26 赤間営業所>←東郷橋←福間←古賀←新宮・緑ケ浜←和白←福岡女子大前─香椎←名島←貝塚←昭和通←<天神
26A 赤間営業所>─東郷橋─福間─古賀〜新宮・緑ケ浜>─和白─福岡女子大前都市高速─昭和通─<天神
津屋崎>─古賀〜新宮・緑ケ浜>─和白─福岡女子大前都市高速─昭和通─<天神 本数は少ない
天神方面←新宮中央駅東口・IKEA前←和白←福岡女子大前都市高速←昭和通←<天神 本数は少ない・[新宮急行]へと連続運行
27 みどりが丘団地入口>─香椎台─香椎宮─香椎参道─名島─箱崎浜─昭和通─<天神─<大濠公園
27B 篠栗駅>(─狩野─)─久山─古賀橋トリアス前─みどりが丘団地入口>─香椎台─香椎宮─香椎参道都市高速─昭和通─<天神─<大濠公園 一部は狩野経由
27N みどりが丘団地入口>─香椎東小学校─香椎台─香椎宮─香椎参道─福岡運輸支局前─城浜団地都市高速─天神─<大濠公園
28B 土井団地>─青葉台─舞松原駅前─神宮駅前─香椎宮─香椎参道都市高速─<天神─<大濠公園
29 西鉄香椎>─香椎浜営業所>─香椎浜海岸通り─城浜団地─名島─箱崎浜─県庁─呉服町─<博多駅─山王一丁目─<板付七丁目
アイランドシティ照葉>照葉小中学校前─香椎浜海岸通り─城浜団地─名島─箱崎浜─県庁─呉服町─<博多駅─山王一丁目─<板付七丁目
29N アイランドシティ照葉>照葉小中学校前─香椎浜海岸通り─城浜団地都市高速─<博多駅─<山王一丁目→<板付七丁目
香椎浜営業所>←香椎浜海岸通り←城浜団地都市高速←<博多駅
香椎浜営業所>─福岡運輸支局前─城浜団地都市高速─<博多駅─<山王一丁目→<板付七丁目
29N 直行 アイランドシティ照葉>─照葉小中学校前─香椎浜南公園前─城浜団地都市高速─<博多駅 土・日祝日のみ
210 新宮・緑ケ浜>─美和台─西鉄三苫駅─雁の巣レクレーションセンター─照葉小中学校前─留学生会館前都市高速─<天神
和白方面─雁の巣レクレーションセンター─照葉小中学校前─留学生会館前都市高速─<天神 [21A]と連続運行
雁の巣レクレーションセンター>←照葉小中学校前←留学生会館前都市高速←<天神←雁の巣方面 直行からの連続運行・平日の朝のみ
220 新宮・緑ケ浜>─美和台─西鉄三苫駅─雁の巣レクレーションセンター>─照葉小中学校前─留学生会館前─名島運動公園前都市高速─<天神 平日のみ
アイランドシティ照葉>→照葉小中学校前→留学生会館前→名島運動公園前都市高速→<天神
直行 アイランドシティ照葉>─照葉小中学校前─<千早駅前 試験運行期間
新宮・緑ケ浜>→美和台→西鉄三苫駅→雁の巣→照葉小中学校前→留学生会館前都市高速→天神→雁の巣方面 天神北ランプ経由で[21A]・[210]と連続運行・平日のみ
アイランドシティ照葉>→照葉小中学校前→留学生会館前都市高速→天神→香椎浜方面 天神北ランプ経由で[22N 直行]と連続運行・平日のみ
無番 下原>─西鉄香椎>─香椎─香椎浜営業所─香椎浜海岸通り─<城浜団地 下原行き・西鉄香椎行きは朝に、城浜団地行きは平日の夕方と夜のみ
深夜 新宮・緑ケ浜>←夜臼←大蔵←高美台←香椎バイパス←下原←香椎←城浜団地都市高速←昭和通←天神 平日深夜に運行
赤間営業所>←東郷橋←福間←古賀←和白←香椎←名島←箱崎浜←昭和通←天神
地区内の主な停留所
停留所 停車路線
香椎 21、22、23、23B、23-1、26、29、深夜、無番
西鉄香椎 22、23-1、29、23、23B、深夜、無番
香椎参道 2、22N、22T、27、27B、27N、28B、直行
福岡女子大前 21、21A、23、26、26A
御幸町 1、2、21、22、23、23B、23-1、26、27、27B、27N、28B、29、直行、深夜、無番
千早駅前 1、2、3、4、4-3、直行
香椎浜営業所 1、2、22、22N、22T、22-1、23、23B、24N、27B、28B、29、29N、直行、深夜、無番
留学生会館前 21B、22、22N、22N直行、22T、22-1、23B、24N、27B、28B、29、29N、29N直行、210、220、直行、深夜、無番
名島 4(天神方面のみ)、21、22、22-1、23、23-1、26、27、29、深夜

香椎を舞台にした作品[編集]

  • 松本清張の最初の長編推理小説である『点と線』では殺人の舞台として香椎の海岸が選ばれ、1950年代の2つの香椎駅や駅前の様子が描かれている。 主人公の刑事は当時の香椎が情死をとげるにはあまりに寂しいところであることから事件に疑問を抱いていく。 『点と線』はかつて香椎駅東にあった「香椎温泉旅館」で執筆されたともいう[56][57]
  • うえやまとちの料理マンガ『クッキングパパ』では、主役・荒岩一家は香椎をモデルとした町「花椎」に住んでいる設定になっており、作品の中にしばしば香椎に似た風景が登場する。

脚注[編集]

  1. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園電子図書館. 2010年1月10日閲覧。 「香椎宮」の項 (pp.2–3)。
  2. ^ 中島利一郎の説か。『筑紫史談』第74集、(復刻)福岡県文化財資料集刊行会、1941:1978。
  3. ^ 池田善朗の説か。 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. p. 6. 2010年1月10日閲覧。
  4. ^ 地名 ARE-KORE”. 博多 ARE-KORE. マスプロ. 2010年1月10日閲覧。[リンク切れ]
  5. ^ 香住ヶ丘古墳出土の三角縁神獣鏡”. 福岡市の文化財、平成18年度指定文化財 (2007年10月8日). 2010年1月8日閲覧。
  6. ^ 香住ヶ丘古墳”. 遺跡ウォーカーβ. 2010年1月8日閲覧。
  7. ^ 『萬葉集』卷第六、957。Manyoshu (Book 6) 第六巻 雜歌”. 日本語テキストイニシアチブ. University of Virginia Library. 2010年1月10日閲覧。
  8. ^ 『角川日本地名大辞典 福岡県』 角川書店、1988年 「香椎宮」の項。
  9. ^ 香椎東校区自治連合会編: “御飯ノ山(おいのやま)城と中世屋敷群”. 私たちの町“香椎東”. 香椎タウンストーリー (2000年). 2010年1月10日閲覧。
  10. ^ 『角川日本地名大辞典 福岡県』 角川書店、1988年 「香椎(中世)」の項。
  11. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「濱男町」の項 (pp.22–23)
  12. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. p. 6. 2010年1月10日閲覧。
  13. ^ 『町制施行10周年記念 香椎町誌』 香椎町役場編、香椎町役場、1953年
  14. ^ 2010年9月30日現在の香椎・香住丘・城浜・香椎東・香椎浜・香椎下原・千早・千早西・香陵・照葉校区計86,591人。住民基本台帳による。
  15. ^ 福岡市東区 (2011年6月13日). “東区校区カルテ”. 2011年7月29日閲覧。
  16. ^ a b 香椎駅周辺土地区画整理事業(福岡市)
  17. ^ 香椎副都心土地区画整備事業(UR都市機構 九州支社)
  18. ^ 香椎村・香椎町編入までの人口に関しては、『町制施行10周年記念 香椎町誌』 香椎町役場編、香椎町役場、1953年
  19. ^ 『福岡の歴史 市制90周年記念』 福岡市総務局編、福岡市、1979年
  20. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. p. 8. 2010年1月10日閲覧。
  21. ^ 香椎参道”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  22. ^ 第14回都市景観賞一般表彰受賞作品 香椎宮参道のクス並木”. 都市景観賞. 福岡市住宅都市局. 2010年1月10日閲覧。
  23. ^ 万葉歌碑 (1)”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  24. ^ 万葉歌碑(香椎潟)”. 文化財情報. 福岡市教育委員会. 2010年1月10日閲覧。
  25. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. p. 9. 2010年1月10日閲覧。
  26. ^ 不老水(ふろうすい)”. 環境省選定 名水百選. 環境省. 2009年1月23日閲覧。
  27. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「報恩寺」の項 (p.22)。
  28. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. p. 9. 2010年1月10日閲覧。
  29. ^ 報恩寺”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  30. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「御島」の項 (pp.26–27)。
  31. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. pp. 7, 10. 2010年1月10日閲覧。
  32. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「冑塚・鎧坂・馘塚」の項 (pp.25–26)。
  33. ^ ふるさと香椎”. 香椎タウンストーリー. 2016年3月8日閲覧。
  34. ^ 筑前國續風土記 卷之十九 糟屋郡 裏 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園電子図書館. 2010年1月10日閲覧。 「馘塚」の項 (pp.26)。
  35. ^ 流じゅーざ: “【福岡県香椎耳塚】「伝神功皇后三韓征伐の耳塚(馘塚)」の本来の伝承について(下)”. 流じゅーざの『日韓・朝韓』 (2016年4月2日). 2016年4月4日閲覧。
  36. ^ 丸山雍正: “「馘塚」(耳塚)と「鼻證文」”. 県史だより 109号. 福岡県地域史研究所 (2000年5月31日). 2016年3月8日閲覧。
  37. ^ 流じゅーざ: “【福岡県香椎耳塚】「伝神功皇后三韓征伐の耳塚(馘塚)」の本来の伝承について(上)”. 流じゅーざの『日韓・朝韓』 (2016年4月2日). 2016年4月4日閲覧。
  38. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. pp. 4, 9. 2010年1月10日閲覧。
  39. ^ 香椎東校区自治連合会編: “御飯ノ山(おいのやま)城と中世屋敷群”. 私たちの町“香椎東”. 香椎タウンストーリー (2000年). 2009年1月20日閲覧。
  40. ^ 御飯(おい)の山城”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  41. ^ 筑前國續風土記 卷之二十七 古城古戰場 四 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「御飯の山古城」の項。
  42. ^ 香椎台おいの山公園”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  43. ^ 舞松原古墳”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  44. ^ 名島城跡 (1)”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  45. ^ 名島城跡 (2)”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  46. ^ 筑前國續風土記 卷之二十七 古城古戰場 四 (PDF)”. 電子図書館 貝原益軒データ. 中村学園図書館. 2010年1月10日閲覧。 「名島城址」の項。
  47. ^ 御島ゾーン―歴史的要素を活かした憩いのゾーン”. エコパークゾーン. 博多港. 2010年1月10日閲覧。
  48. ^ 香椎地区(御島)シーブルー事業効果検討委員会”. 福岡市港湾局 (2008年2月22日). 2010年1月10日閲覧。
  49. ^ 海浜プロムナード(人道橋)基本設計検討委員会”. 福岡市港湾局 (2008年3月19日). 2010年1月10日閲覧。
  50. ^ 『町制施行10周年記念 香椎町誌』 香椎町役場編、香椎町役場、1953年 片男佐は現在の香住ヶ丘一帯を指したか。『筑前国続風土記拾遺』では奈多の村民が入海を隔てた唐原村片男佐に古田をもつとし、また伊能大図では現在の牧ノ鼻を「タヲサ鼻」としている。
  51. ^ 『角川日本地名大辞典 福岡県』 角川書店、1988年 「奈多村(近世)」の項。
  52. ^ 第187図 筑後、肥前、筑前・福岡、秋月、豊前”. 伊能大図 九州山口. 九州大学総合研究博物館. 2010年1月10日閲覧。
  53. ^ 平成19年度 福岡市立東市民センター「歴史講座」香椎グループ編: “香椎地区の歴史ガイドマップ (PDF)”. pp. 14. 2010年1月10日閲覧。
  54. ^ 長谷ダム”. 歴史・名所のご案内. 福岡市東区. 2010年1月10日閲覧。
  55. ^ 事実調べ開始され劈頭・古賀中尉起つ - 神戸新聞 1933.7.25(昭和8)”. 神戸大学電子図書館システム. 2016年5月29日閲覧。
  56. ^ 「『点と線』は香椎温泉で書かれた?」、『点と線』第65号、清張の会、2010年1月。
  57. ^ 『点と線』舞台の町 香椎”. 香椎タウンストーリー. 2010年2月1日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]