西公園 (福岡市)

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座標: 北緯33度35分53.1秒 東経130度22分31.5秒

西公園(にしこうえん)は福岡県福岡市中央区にある公園および地名。

地名の概要[編集]

福岡市中央区の町名の1つ。荒戸・荒津・港・伊崎と接する。光雲神社を含めた公園施設や、福岡教育大学附属福岡小学校福岡教育大学附属福岡中学校、立帰天満宮、福岡市中央市民プール、福岡船員厚生会館などがある。

町域の変遷[編集]

住居表示実施後 実施年月日 住居表示実施前(各町名ともにその一部)
西公園 1966年昭和41年) 谷町・北湊町・荒戸村・西港町・荒戸町・伊崎浦

公園の概要[編集]

県営西公園
Fukuoka Nishi park air 1987.jpg
西公園(1987年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
分類 風致公園
所在地
面積 17.0ha
前身 荒津山公園
開園 1881年
運営者 福岡県
設備・遊具 集会場、展望台、展望広場、
自然樹林、芝生広場など
駐車場 あり
事務所 大濠・西公園管理事務所
事務所所在地 福岡市中央区大濠公園1-2
公式サイト 西公園(大濠・西公園管理事務所)

全体が丘陵地で展望広場からは博多湾が一望できる。園内は自生のマツシイカシが茂り、またサクラツツジが植栽された風致公園である。サクラは約3000本あり、日本さくら名所100選に選定される[1]

古くから荒津山ないし荒戸山と呼ばれていた。江戸時代になり、福岡藩によって東照宮が建立されたが、明治になって廃祀されしばらくは荒れるに任されていた。1873年明治6年)の太政官布告に基づいて1881年(明治14年)に公園地「荒津山公園」とされた。1885年(明治18年)には園地を広げてサクラやカエデを植栽。1900年(明治33年)に西公園と改めるとともに県の管理となった。

太平洋戦争前までは平野国臣加藤司書吉岡友愛の3体のブロンズ像があったものの福岡大空襲で破壊され、平野国臣像のみが戦後に再建された。

かつては海岸であった公園北側は、荒津地区として1970年昭和45年)に埋め立て竣工し、128基の貯油施設を有する石油中継基地として博多港の重要な役割の1つを担う。北側にはまた福岡都市高速が走っている。

展望広場からの眺め

公園内施設[編集]

平野国臣像
母里太兵衛像

周辺施設[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 王貞治は、東京の桜の名所の近くで育ったため、花見のシーズンが近づくとそちらのものを思い出すことが多かったが、福岡での生活が長くなったため、大濠公園等の桜を思い出すことが増えている旨述べている(スポーツ・グラフィック ナンバー編 『日本野球25人 私のベストゲームISBN 9784167713263、2008年。)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]