御供所 (福岡市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

御供所(ごくしょ)は日本地名の1つであり、福岡県福岡市博多区の一地域で、福岡市博多区御供所町、福岡市博多区上呉服町を合せた地域を指す。

地理[ソースを編集]

福岡市博多区の北西部に位置。明治通り大博通り御笠川に囲まれた地区。現在の住所では、福岡市博多区御供所町、福岡市博多区上呉服町を合せた地域を指す。

歴史[ソースを編集]

貝原益軒の「筑前国続風土記」に記されている内容によると、昔、筥崎八幡宮御供え物を調えた(必要な物を取り揃えた)ので、「御供所」という名が付いたとされる。

日本においては、神々に感謝・祈願し霊を鎮めるため神社などに供物を捧げる習慣が、古来から神道儀礼として定着しており、とりわけ稲作中心の農耕文化であったため、気象条件により年によっては凶作となった。そこで、新米など新しい五穀を供えてその年の収穫に感謝し、豊作を祈願する稲作儀礼がさかんに行なわれ、農耕に限らず、神社信仰においては、大漁、安産、地鎮祭、七五三詣などはもとより私的な細事に至るまで、日頃から供物を捧げて祈願する。神社などの儀礼施設に限らず、個人の居宅にも神棚を設けて、榊や灯明とともに神饌と呼ばれる供物を捧げることにより家内安全や招福を祈願し、今日でもその伝統は残されている。その一端として皇室で行なわれる新嘗祭大嘗祭にもその儀礼が伝わっている。

神社の御供物として主に「落雁」などがある。

寺町[ソースを編集]

御供所は「寺町」と呼ばれるように、寺院が集中している。

宋から帰朝した栄西禅師によって開かれた「聖福寺」(日本最初の禅寺)は禅寺のなかでも、日本における大陸側窓口としての意味合いが特に強く、寺には国際交流を行う上でのノウハウが次第に蓄積され現在の外交の基礎を構築したと言える。また日本に中国からお茶を持ち帰ったことでも有名であり、日本のお茶文化の伝播に大いに貢献した。

博多祇園山笠・発祥の地として有名な「承天寺」は聖一國師が開山した、またうどん蕎麦羊羹饅頭の製法を初めて日本に伝え粉物食文化を広めたと云われており承天寺境内には「饂飩蕎麦発祥之地」と記された石碑が建っている。

空海から帰朝後初めて建立された「東長寺」には国の重要文化財の木造千手観音が収められているほか、木造座像としては日本最大の大きさを誇る「福岡大仏」がある。

ういろうの起源と云われている「妙楽寺」もともとは、鎌倉後期に薬として伝えたのが始まり。対外交渉の拠点の時期もあり、神屋宗湛伊藤小左衛門など博多豪商の墓があることでも有名。博多湾岸の沖の浜にあり現在の場所へは藩主黒田長政入城の際に移された。

このように、大小あわせて多くの寺院があり外交の窓口として大使館や貿易基地として存在し博多の僧たちは外交や貿易の仕事を任されていた。都市化が進む博多駅周辺や大博通り周辺地域に対し、昔のたたずまいが残っており歴史・文化が生きる貴重で閑静な地域として親しまれている。

博多祇園山笠・博多松囃子[ソースを編集]

国の重要無形民俗文化財である博多祇園山笠のでは東流に属する。この地区には博多祇園山笠の起源とされる承天寺、博多総鎮守櫛田神社と縁が深い東長寺があり、それぞれの寺の前には清道旗が立てられるため、行事の大事な場所とされている。

また、博多どんたくの起源となった国の選択無形民俗文化財である博多松囃子では稚児流を担当。2年ごとに西流と交代で当番を務め、市内各所で舞やお囃子、地謡いを披露する。

行事[ソースを編集]

名所・旧跡[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

2010年にイギリスの情報誌「MONOCLE(モノクル)」は「世界で最も暮らしやすい都市」として上位25都市を発表。日本からは東京都が3位、福岡市が17位、京都府が20位に入っている。

同誌は住宅や教育事情のほか、映画館の数、ビジネス参入のしやすさなど独自の基準で25都市を選定。1位はコペンハーゲン(デンマーク)、2位はミュンヘン(ドイツ)だった。欧州から計14都市が選ばれ、日本から選ばれた計3都市は、アメリカと並んで国別では最多だった。また、「グローバルな都市」「ビジネスのしやすい都市」などテーマ別でのランキングも発表。「ショッピング」では「顧客のセンスのレベルが高く、食文化の質も高い。山や海に近く自然が豊か」などとして福岡市博多区が1位に選ばれており御供所町も含まれている。

外部リンク[ソースを編集]