百里飛行場

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百里飛行場
百里基地(Hyakuri Airbase)
茨城空港(Ibaraki Airport)
RJAH ibaraki-airport airside.JPG
旅客ターミナルビル(茨城空港)
IATA: IBRICAO: RJAH
概要
空港種別 官民共用
所有者 防衛省
運営者 航空自衛隊
供給都市 小美玉市
所在地 茨城県小美玉市百里与沢
使用期間 1937 - 1945年
1966年 -
所在部隊 中部航空方面隊第7航空団
航空総隊偵察航空隊
航空救難団百里救難隊
標高 105 ft / 32 m
座標 北緯36度11分00秒 東経140度25分14秒 / 北緯36.18333度 東経140.42056度 / 36.18333; 140.42056
ウェブサイト 百里基地
茨城空港
地図
IBR/RJAHの位置(日本内)
IBR/RJAH
IBR/RJAH
空港の位置
滑走路
方向 全長 表面
ft m
03R/21L 2,700×45 舗装
03L/21R 2,700×45 舗装
百里飛行場の位置
百里飛行場の位置
IBR/RJAH
百里飛行場の位置

百里飛行場(ひゃくりひこうじょう)は、茨城県小美玉市百里与沢にある共用飛行場である。

防衛省航空自衛隊が管理する飛行場であり、2010年に民間共用化され茨城空港(いばらきくうこう)としての営業を開始した[1][2]

滑走路と、自衛隊施設の大半は百里にあるが、茨城空港の旅客ターミナルビルは隣の与沢にある。首都圏においては、羽田と成田に次ぐ首都圏第三空港として位置づけられている。

沿革[編集]

百里飛行場(茨城空港)の空中写真。1974年撮影の13枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 1937年昭和12年):百里ヶ原海軍飛行場として設置(百里原海軍航空隊)。
  • 1945年(昭和20年):終戦後、満州などの海外引揚者の開拓地となる。
  • 1956年(昭和31年):航空自衛隊基地の建設が計画される。
  • 1966年(昭和41年):航空自衛隊百里基地(航空自衛隊百里飛行場)として設置。
  • 1990年(平成2年):日米地位協定第2条第4項(b)の適用施設・区域として在日米軍に新規提供される(施設・区域名: 百里飛行場、 Hyakuri Air Base, FAC 3187)[3]
  • 1993年平成5年)
    • 6月:小川町(現・小美玉市)が茨城県に対し、「百里基地民間共用化を軸とした小川町の活性化推進に関する要望書」を提出。
    • 10月:小川町および同議会からの要望を受け、「百里飛行場民間共用化可能性調査」を県が実施。
  • 1995年(平成7年)8月:「百里飛行場民間共用化構想」を県が発表。
  • 2000年(平成12年):民間共用化事業として事業化。
  • 2008年(平成20年)11月14日旅客ターミナルビル建設開始。
  • 2009年(平成21年):新滑走路完成供用開始、現滑走路の改修工事着手。
  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年) 
    • 3月7日:スカイマークの神戸線を1日1便から1日2便に増便。
    • 5月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を季節便として7月 - 9月に運航する予定であることを発表。
    • 6月23日:春秋航空の上海/浦東線の定期便運航(週6便)を開始[8]
    • 7月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を季節便として就航開始。
    • 10月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を神戸経由に変更。
  • 2013年(平成25年)
    • 7月1日:スカイマークの沖縄/那覇線の直行便が季節運航便として就航開始。同時に、札幌/新千歳線を1日2便から1日1便に減便(前者の就航に伴う機材運用に関わる措置)[9]
    • 10月28日:スカイマークの沖縄/那覇線を神戸経由に変更。同時に、札幌/新千歳線を1日1便から1日2便に増便[10]
    • 12月20日:スカイマークが米子線を神戸経由で就航開始[11]
  • 2014年(平成26年)
  • 2015年(平成27年)
    • 1月28日:スカイマークが経営破綻[18]。29日に米子線の運休と札幌(新千歳)線および福岡線の減便を発表[19]

民間共用空港[編集]

建設の経緯[編集]

茨城空港(百里飛行場)の位置(座標

日本国政府アジア・ゲートウェイ構想を掲げ、東京羽田空港千葉県成田空港を除いた他の空港における航空自由化によって、アジアや一部の欧米諸国の間で、路線や便数の制約をなくす政策を進めてきた。これにあわせ、日本政府は国際航空運賃を自由化し、チャーター便についての規制緩和を実施してきた。

世界の大都市圏は国際・国内線が乗り入れる基幹空港のほかに、セカンダリー空港を完備してきた。例えばイギリスロンドンロンドンシティ空港ヒースロー空港の他、80km圏内にスタンステッド空港ルートン空港ガトウィック空港があり、ドイツフランクフルトフランクフルト空港以外の80km圏外にフランクフルト・ハーン空港がある。これらは都心から少し離れているゆえに空いているという利点を活かして、通常の大規模空港ではなおざりにされてしまいがちなローコストキャリアや、チャーター便、コミューター航空、あるいはビジネスジェットなど、ニッチな航空需要に合致し、航空史上にも貴重な受け皿となってきた歴史がある。

グローバリゼーションが続く世界では国際線による旅客者数が増え続け、日本政府が予想する日本全体の国際旅客数は今後、年間7000万人を超えるとされている。この中で最も国際旅客者の需要増加が見込まれているのは茨城県を含む首都圏[20]であり、その分量は日本全体の4分の3にも達している。しかしながら、首都圏に於ける既存の空港は羽田と成田の2つのみでその処理容量は限界を超え、2010年には超過した旅客者数を捌くため空港の拡張や発着枠の拡大を余儀なくされていた。さらに、首都圏の北側は最寄り空港まで2、3時間を要するなど、空港空白地帯となっていた。茨城県は、この需要に応えることを、首都圏第3の空港としての茨城空港の整備の意義と位置づけている[21]。当建設事業では、自衛隊基地の普段使われていない部分を転用するため、同規模の空港では500億円程度かかっていた建設費が半分以下の220億円程度に抑えられた。空港基本施設の建造費のうち3分の1は茨城県が負担した[1]

なお、開港[22]前に国土交通省は以下の需要を予測していた。

開港前の需要予測(人/年)[23]
開港初年度 81万
開港5年後 100万

民間空港としての諸課題[編集]

開港前に、発着料金が成田羽田の両空港と比較して3割ほど安く抑えられていることに言及し、国際線・LCCの首都圏のターミナルとしての役割が期待されているとした報道[24]もあったが、以下のような懐疑的な論評も複数見られた。

  • 同空港は就航路線が一路線も決まっておらず、開港後のビルの採算見通しが不透明な状況で、見切り発車した格好だ[25]
  • 百里飛行場は最寄駅である石岡駅新鉾田駅からは10km以上の距離がある交通不便の地にあり、商業施設等もほとんど存在しないため、百里基地に勤務する航空自衛官からも「陸の孤島」と呼ばれていた。無料駐車場が確保されているため、自家用車利用者にはメリットがあるものの、東京都心から車でのアクセスにも1時間半程度かかることなど、都心との行き来にも時間がかかり、開港時の国内定期便はスカイマークの神戸線(1日1往復)のみに留まっていた。これらのことから、空港近隣在住者以外の利用者にとってこの空港を利用する利点は少なく赤字は必至であり、「税金の無駄遣いである」との指摘が各方面からなされた[26]
  • 年間利用者は20万人前後の見通しで、国が4路線就航の前提で見込んだ約81万人には程遠い。空港ターミナルビルの運営収支も初年度は約2000万円の赤字となる見込みだ[27]

なお、事前の需要見込みが過大であったことは、開港後の乗降客数推移から明らかになっている(利用状況参照)。

また、2015年4月には首都圏在住者にとって利便性の高い成田空港にLCC専用ターミナルが新設され[28]、6月には首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の延伸により常磐自動車道東関東自動車道が結ばれたことで、隣接する成田との競合が激しくなることが予想される[29]

開港後の状況[編集]

茨城空港
駐機中のスカイマーク機
  • 開港1年目(2010年3月 - )
    • 開港時は国内線の定期便がなく、国際線もアシアナ航空のソウル(仁川)線のみの危機的状況であったが、2010年6月にスカイマークが神戸線を定期便化(ただし9月は休便)。2010年7月に春秋航空がチャーター便ながら上海(浦東)線の定期運行を開始した。
    • 開港半年経過時点でスカイマーク神戸線の搭乗率は75 - 87%と同社線全体でも高い水準に達し[30]、春秋航空による上海(浦東)線についても平均80%という利用状況となった[31]
    • 東京駅と茨城空港を500円[32]で結ぶ関東鉄道と茨城県の共同運行による高速バスも盛況となった[33]。2011年2月には、新路線開設に合わせ水戸駅つくば駅東京駅からの既存の高速バス・連絡シャトルバスの増便[34]のほか、新たに常陸太田市ひたちなか市方面からは茨城空港ライナーの乗り入れが発表された[35]。これらのほか、石岡駅と当空港を結ぶバス専用道路の開通とその後の増便[36]などの好適な進化も生まれた。
  • 2年目(2011年3月 - )
    • 開港2年目の初日にあたる2011年3月11日東日本大震災が発生。茨城空港も天井パネルの落下などの被害が出た。しかし、滑走路は無事であり、羽田・成田両空港が閉鎖されたため急遽代替着陸先を決める必要に迫られた86機の航空機のうち2機を受け入れた[37]。震災から3日後の14日には空港ロビーは通常の営業を再開した[38]
    • 3月11日以降、空港復旧後もアシアナ航空のソウル(仁川)線は運休が続き、結局定期便としての運行はなくなった[39]
    • 2011年5月31日、スカイマークの名古屋(中部)線が運休。
    • 2012年2月1日、スカイマークが札幌(新千歳)線と名古屋(中部)線の運行を開始。
  • 3年目(2012年3月 - )
    • 2012年7月 - 9月、直行便としてスカイマークの沖縄(那覇)線が就航。10月以降は神戸経由便として存続。
  • 4年目(2013年3月 - )
    • 2013年12月20日、スカイマークの米子線が就航(神戸経由)。
    • 2013年度の乗降客数が開港後初めて減少に転じた( 利用状況参照)。乗降客数は開港前の需要予測(開港初年度)の48%に留まっている。
  • 5年目(2014年3月 - )
    • 2014年4月、スカイマークが名古屋(中部)線を再開、同時に福岡線を就航。
    • 2014年10月、再開した名古屋(中部)線を再度運休。
    • 2015年1月28日、スカイマークが経営破綻。茨城空港はスカイマーク一社のみが国内定期路線を開設していたため、その影響を懸念する報道が相次いだ[40][41][42][43]。1月29日、スカイマークは経営の抜本的再生を図るため、米子線の運休、札幌線・福岡線の減便を発表した[19]

利用状況[編集]

空港乗降客数推移(人)[44]
国際線 国内線 合計
2009年度(3/11 - 3/31) 7,840 666 8,506
2010年度 106,972 96,098 203,070
2011年度 55,068 238,135 293,203
2012年度 99,490 308,649 408,139
2013年度 100,178 286,918 387,096
2014年度 119,450 418,504 537,954

2013年度の乗降客数(国内線+国際線)は全国91空港中[45]41位、着陸回数については2,079回(国内線+国際線)で、全国116空港中[45]64位であった[44]。ターミナルビルの来場者(含 送迎客・見学者)は開港から3年目の2013年に300万人を達成した[46]

就航路線[編集]

国内線[編集]

航空会社 就航地
スカイマーク (SKY) 直行便 : 新千歳空港神戸空港福岡空港

神戸経由便 : 那覇空港

中部国際空港便は2014年10月26日から、神戸経由の米子空港便は2015年2月1日から運休中)

国際線[編集]

航空会社が2社以上の場合、太字の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便(コードシェア便)

航空会社 就航地
中華人民共和国の旗 春秋航空 (9C) 上海浦東国際空港(上海)
中華人民共和国の旗 中国南方航空 (CZ) 深圳宝安国際空港(深圳)
韓国の旗 アシアナ航空 (OZ)
全日本空輸 (NH)
仁川国際空港(ソウル)(2011年3月12日[47]から無期限で運休中[48][49]

チャーター便[編集]

航空会社 就航地
ミャンマーの旗 ミャンマー国際航空 (8M) マンダレー国際空港(マンダレー)(往路)、ヤンゴン国際空港(ヤンゴン)(復路)[50]
中華人民共和国の旗 中国南方航空 (CZ) ハルビン太平国際空港(ハルビン)[51]

上海浦東国際空港との間に春秋航空が週6便の定期チャーター便を運航していた(2012年6月23日より定期便化)。これ以外に、旅行会社が日本国内外へのツアーを催行するために用意したチャーター便は開港から2013年6月現在で、累計142便あった[52]

就航交渉[編集]

茨城県知事・橋本昌は、羽田・成田の発着枠がない航空会社に対して茨城空港への乗り入れを働きかけているとし、一方で、茨城開港前の段階で決まっていたスカイマーク社以外のLCCキャリアは羽田・成田の発着枠があるためそれら以外のところへの就航決定を発表しにくい様子が伺えるとしていた[53]。このほか、当空港は国内線の就航対策として搭乗率保証制度の導入を検討していた[54]

茨城空港開港翌月の2010年4月より、スカイマーク社が初の国内線定期便として神戸線の運航を開始した。当初スカイマーク社は航空自衛隊との共用飛行場のために自由に運航ダイヤが組めないことを理由として神戸線を2010年9月1日から9月30日まで運休していたが[4]10月1日より運航を再開し[5]、その後 新千歳空港中部国際空港神戸空港福岡空港那覇空港米子空港と定期便を開設している。

ソウル/仁川線を運航していたアシアナ航空は開港前釜山への週3便程度の運航も計画していたが[55]、実際は週1便どまりであり、東日本大震災以降定期便の運行を中止した。

アシアナ航空以外の国際線については以下のような交渉があったが、2015年3月現在すべて実現していない。

施設[編集]

空港ターミナル。
1階は出発・到着ロビー、2階は売店・展望デッキ
展望デッキ
当初、百里基地施設方向はくもりガラスとなっていた。2014年現在、透明ガラスに改修された
制限区域側から見た空港ターミナルビル。ターミナルと駐機場の間に仕切りが設置されている

旅客ターミナル[編集]

茨城空港は新滑走路の南西に旅客ターミナルビルが置かれている。

旅客ターミナルビルは航空機利用に係る諸施設のほか、売店やレストラン、カフェ等が入居している。

空港ラウンジはなく、利用者からはクレジットカード会社等のラウンジの設営が望まれている。

格安航空会社 (LCC) に十分対応できるよう整備され[65]、日本国外のLCCキャリアから好意的な評価を受けている[66]。当ターミナルは国際線の入管施設に対応するため、当初の計画より拡大され、延べ床面積が約7800平方メートルとなった[67]

出発ロビーと到着ロビーは同じ1階に設置され、ボーディング・ブリッジを介さずタラップを使って搭乗する仕組みである。また、駐機場は航空機が自走で旋回できる構造にしている。通常はプッシュバックが必要となるが、この工夫により航空機の地上移動時間が短縮され、かつ航空会社が空港に支払う空港利用料も抑える事が可能な仕様となっているが航空機が自力旋回するため航空機前方に安全間隔をとる必要があり乗客はボーディング・ブリッジ方式よりターミナルから離れた航空機まで徒歩で屋外を移動する必要がある[68]。また、繁忙期には駐機場に航空機の駐機が輻輳して安全間隔がとれないこともありその場合にはプッシュバック方式を使用することもある[69]。そのため、需要によって両方の方式を見ることの出来る日本では数少ない空港となっている。

2010年の開港当初、防衛上の観点などから百里基地の中枢部を見渡せないよう、斜めから眺めるときのみ見えなくなる特殊加工のくもりガラスが当空港の展望デッキに設置されていた。当空港は発着する航空機を十分に見たいとの訪問客からの需要に応え、2014年3月11日よりこの部分を通常仕様の透明ガラスへ改修し、同年3月17日その工事は完了した。なお当展望デッキは高い脚立を持ち込んでの見学・撮影を禁止している。

滑走路・誘導路[編集]

  • 既存滑走路 (03R/21L) - 2,700m×45m
  • 新設滑走路 (03L/21R) - 2,700m×45m
    • 着陸帯 - 2,820m×150m
    • 新設滑走路は航空自衛隊百里基地が使用していた既存滑走路の西側に平行に建設された。新滑走路完成後、既存滑走路 (2,700m×45m:03R/21L) を閉鎖して改修工事が行われた。
  • 連結誘導路 - 165m×4本(既存滑走路と新設滑走路を連結する誘導路)
  • 取付誘導路 - 155m×1本(新設滑走路と駐機場を連結する誘導路)
  • 茨城空港駐機場 - 中型ジェット機用×3、小型ジェット機用×1

航空自衛隊百里基地[編集]

第302飛行隊のF-4EJ改
F-4EJ改 第7航空団40周年記念塗装機
第501飛行隊の、RF-4
偵察航空隊のRF-4
第305飛行隊F-15運用20周年記念塗装機

百里基地(ひゃくりきち)は茨城県小美玉市にある航空自衛隊基地基地司令第7航空団司令が兼務する。

埼玉県にある入間基地は地域との協定により、アフターバーナー装備の飛行機の運用ができない(ダイバートを除く)ことから、航空自衛隊が関東地方戦闘機の運用が可能な唯一の基地(離島を除く)であり、「首都防空の要」ともいわれる。また、国家首脳を招いた各種行事も多数実施されている。飛行群は第7航空団F-4部隊第302飛行隊F-15部隊の第305飛行隊)、偵察航空隊第501飛行隊、RF-4Eを装備)、航空救難団百里救難隊、UH-60J、U-125Aを装備)がある。

基地反対派からの用地買収ができず、日本では珍しい「くの字型」の誘導路となっている。同様の例には成田空港がある。航空自衛隊は滑走路が破壊された場合には誘導路からも離陸することを想定しているが、百里基地ではそれが困難である。また、反対派が基地内に所有する飛地(平和公園、平和農園、百里稲荷神社)内に植えた木や「自衛隊は憲法違反」と記された巨大看板が、管制塔から滑走路端への視界を妨げている。なお、この飛地へは壁やフェンスで囲まれた小道が通されており、出入りが可能となっている。

民間でアクロバット飛行を行う飛行チーム、「エアロック」を主催したロック岩崎(岩崎貴弘)が、在官中最後に所属した基地でもある。

配置部隊[編集]

中部航空方面隊隷下[編集]

  • 第7航空団司令部
    • 飛行群 - 首都圏唯一の戦闘機部隊で同圏内の防空が主任務。二個飛行隊が対領空侵犯措置任務を実施。
    • 整備補給群
    • 基地業務群
      • 第7基地防空隊
  • 中部航空施設隊)第3作業隊

航空総隊直轄[編集]

航空支援集団隷下[編集]

防衛大臣直轄[編集]

航空観閲式・百里基地航空祭[編集]

  • 1996年より自衛隊大型行事が陸上自衛隊中央観閲式」、海上自衛隊観艦式」との各自衛隊持ち回り担当になり航空自衛隊が担当する「航空観閲式」は1996年より3年おきに同基地で行われる。招待者のみが参加できる。
  • 航空観閲式が行われない年は、「百里基地航空祭」という名称の航空祭が開催され、各種の航空兵器も数多く展示される。例年、9月頃に開催されるが正確な開催日は間近にならないと公表されない。
  • ほぼ毎年行うものは航空自衛隊のF-15戦闘機とF-4戦闘機によるスクランブル発進デモと機動飛行、模擬対地射爆撃、RF-4偵察機による戦術偵察飛行、ブルーインパルスによるアクロバット飛行、UH-60Jによる乗員の降下とU-125の旋回飛行による救難訓練等の飛行展示等。
  • 地上展示機は飛行展示機が地上で展示される他にUH-1CH-47SH-60JP-3CT-7T-400C-1C-130Hなどがある。

歴史[編集]

(参考文献:三野正洋 『世界の航空博物館&航空ショー』 サック出版部 1999年

関連画像[編集]

百里基地の出動事例[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

空港連絡鉄道は無く、最寄駅のJR常磐線 石岡駅、または鹿島臨海鉄道大洗鹿島線 新鉾田駅共に、空港から10km以上離れている。これらの駅と空港間の行き来には下記のバスが利用できる。

バス[編集]

鉾田ルート
東京駅からのバスが到着
茨城交通も乗り入れる

県内の主要な駅との間で空港連絡バスが運行されている。関鉄グリーンバスによる水戸駅とのバス路線は、空港を経由して小川駅まで運行される。また、路線車を用いた石岡駅との間を結ぶ空港連絡バスは一部便を除き、廃止された鹿島鉄道線の跡地を利用したかしてつバス専用道(石岡一高下 - 四箇村駅間)を経由する。

東京都心とのアクセス改善のため、東京駅との間に高速バスの運行を2010年5月27日に開始した。運賃は片道1,000円だが、搭乗客に限って500円に割引される[73]

2012年10月1日からは新鉾田駅を結ぶ「茨城空港連絡バス(鉾田ルート)」の運行も始まった。

2013年10月1日からは小美玉市内循環バスの運行も始まった。

道路[編集]

茨城空港北インターチェンジ

百里飛行場周辺は道路網が整備されておらず、民間共用を機に改善が進められている。自家用車による空港までの所要時間は水戸市から30分、つくば市から45分を見込んでいる。空港内には、約1,300台を収容する無料駐車場が設置されている。

百里基地航空祭の開催時には、臨時シャトルバスが石岡駅、羽鳥駅から出ている。自家用車の場合、駐車場が制限されているため、パークアンドライドが推奨されている。

周辺施設[編集]

  • 茨城空港公園 - 茨城県が建設を進めている都市公園。飛行機の離着陸を見られる公園の整備などが行われている。公園内に茨城県を形取った池がある。
  • 茨城空港テクノパーク - 茨城県が企業誘致のために整備した工業団地・産業団地。開港に合わせて分譲中である。

舞台となった作品および撮影が行われた作品[編集]

事件・事故[編集]

アシアナ航空機オーバーラン事故[編集]

2010年3月21日午前11時45分頃、韓国仁川国際空港発のアシアナ航空168便が、着陸時に滑走路端を約30m越え、過走帯(約60m)に進入するオーバーラン事故があった。

同機は滑走路端を越えて過走帯に進入し、航空自衛隊百里基地が過走帯内に設置していたバリアにぶつかった後に停止した。乗員乗客計93名に怪我はなく、機体の損傷も無かったが、自衛隊が設置したバリアは破損した。同機は停止後、自力でUターンし、駐機場に戻った[74]

22日昼過ぎに、百里基地から「民間機側の過走帯にタイヤ痕がある」と指摘され、国土交通省百里空港事務所はオーバーランに気づいた。同事務所がアシアナ航空からオーバーランの報告を受けたのは翌23日であった。同社広報は21日に現地事務所に口頭で報告したとしているが、同事務所は報告は受けていないと説明しており、食い違いを見せている。アシアナ航空は原因について「着陸する際に南側にずれてしまった」と説明しているが、同機パイロットは「で滑走路が濡れ、止まれなかった」と話している。

また、国土交通省百里空港事務所は発表の遅れについて「事実関係の確認に時間がかかった」としているが、実際は自衛隊側から破損の事実を伝えられて、報告に至った。本件は茨城空港で初の運航トラブルとなった[75]

東日本大震災の影響[編集]

茨城空港開港から1周年となる2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生し、空港ターミナルビルでも天井パネル落下の被害が生じた。茨城県開発公社は当空港の建設段階で天井パネルの不必要さを指摘し、設計会社である梓設計へこの旨を伝えていたにも関わらず、梓設計は見た目や防・吸音を重視し当パネルを当空港ロビーへ設置していた[76]

この落下パネルを処理するため、12日・13日はロビーを全面閉鎖、天井パネルを除去し、落下しなかった天井もすべて撤去。大震災発生から3日後に当たる14日には営業を再開、全面復旧した[77][38]

管轄[編集]

  • 百里VORの管轄は、東京航空局羽田空港事務所常駐の航空管制技術官(管技)が担当。なお空港事務所には航空管制技術官は常駐していない。
  • 百里TACANの管轄は、航空自衛隊が担当。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 事業概要”. 茨城空港利用促進等協議会. 2015年3月3日閲覧。
  2. ^ a b 「茨城空港が開港、98番目 定期は韓国1往復のみ」 - 47NEWS(2010年3月11日)
  3. ^ 平成2年防衛施設庁告示第2号
  4. ^ a b 「神戸‐茨城線」の運休について - スカイマーク(2010年6月24日付)
  5. ^ a b 「神戸‐茨城線」の運航再開について - スカイマーク(2010年7月20日付)
  6. ^ 2011年2月期間の運行ダイヤについて - スカイマーク(2010年11月25日付)
  7. ^ JAL Airline of the Year and John Borghetti CEO of the Year - CAPA Aviation Awards for Excellence”. CAPA - Centre for Aviation (2011年10月21日). 2015年2月22日閲覧。
  8. ^ 春秋航空の茨城=上海路線 定期便化!記念セレモニーを開催”. 茨城県企画部空港対策課 (2012年6月25日). 2015年2月22日閲覧。
  9. ^ 茨城空港、7月から那覇直行便 スカイマーク[リンク切れ] - 茨城新聞(2013年5月2日付)
  10. ^ 10月27日〜「茨城−札幌線」が再び1日2往復運航されます![リンク切れ] - 茨城空港HP(2013年8月27日付)
  11. ^ 茨城空港HP[リンク切れ]
  12. ^ ミャンマー国際航空、茨城発着のチャーター便の運航計画を発表 FlyTeam ニュース 2013年10月31日付
  13. ^ 2014年4月18日より就航路線が拡大 〜新路線「茨城-福岡線」、「茨城-名古屋(中部)線」を運航〜 スカイマーク 2014年1月28日付
  14. ^ スカイマーク、4月18日から茨城発着で福岡、セントレア線を開設 Flyteam 2014年1月28日付
  15. ^ スカイマーク、茨城〜福岡線に就航! 茨城〜名古屋/中部線も復活! Traicy 2014年1月28日付
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関連項目[編集]

航空自衛隊関連[編集]

民間共用空港関連[編集]

外部リンク[編集]

茨城空港関連[編集]

航空自衛隊百里基地関連[編集]