福島空港

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福島空港
Fukushima Airport
Fukushimaairport.jpg
IATA:FKS-ICAO:RJSF
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 福島県石川郡玉川村
種類 商業
運営者 福島県
運用時間 8:30 - 20:00
標高 372 m (1,221 ft)
座標 北緯37度13分39秒 東経140度25分41秒 / 北緯37.22750度 東経140.42806度 / 37.22750; 140.42806座標: 北緯37度13分39秒 東経140度25分41秒 / 北緯37.22750度 東経140.42806度 / 37.22750; 140.42806
ウェブサイト 福島空港
地図
福島空港の位置
福島空港の位置
FKS
福島空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
01/19 I 2,500×60 ターマック舗装
リスト
空港の一覧
福島空港の位置
福島空港の位置
FKS/RJSF
福島空港の位置
福島空港および周辺の空撮(2007年1月)
ロビー(2009年9月)

福島空港(ふくしまくうこう、: Fukushima Airport)は、福島県石川郡玉川村須賀川市にまたがって位置する地方管理空港である。

歴史[編集]

12月:「福島県長期総合計画」を策定し、この中で「航空運輸の需要増大に対処し関係施設の設置を検討する」こととされた。
3月3日松平勇雄知事が県議会で空港建設に積極姿勢を示す。
10月:空港適地選定に着手
4月25日:県が空港対策本部を設置。同時に、専門家による「県空港整備計画専門委員会」を設置し、候補地の詳細比較調査に着手。
候補地は、安達北、安達中、安達南、田村西、須賀川東、東和町都路村及び大信村の8箇所。
9月7日:候補地として3箇所を選定[1]候補地は、安達南、田村西及び須賀川東
2月1日:福島空港の候補地区を「須賀川東地区」に決定[1]
4月1日:県企画調整部に空港建設対策室を設置
5月28日:基本計画決定
4月1日:県空港調査事務所を須賀川市に開設。
2月15日:第5次空港整備5箇年計画に福島空港の開港整備が盛り込まれる[1]
4月1日:県土木部に「空港建設課」を開設
6月13日:福島空港の飛行場設置許可を申請
9月20日航空法第38条に基づく福島空港の設置許可
9月25日空港法第40条に基づく福島空港の公示
10月11日:福島空港の政令指定
11月28日:福島空港整備を盛り込んだ第5次空港整備五箇年計画が閣議決定
6月:県が福島空港公園計画を発表
2月20日須賀川市及び玉川村の地権者が建設に同意。
4月1日:「福島県空港建設事務所」開設
9月14日:福島空港起工式
4月26日:福島空港ビル株式会社設立[1]
11月29日:「福島空港の滑走路2,500mへの延長」を盛り込んだ第6次空港整備五箇年計画が閣議決定[1]
10月1日:「東京航空局福島空港出張所」「福島地方気象台福島空港出張所」「福島空港管理事務所」を開設
2月1日:福島空港管理事務所を福島空港ターミナルビル内に移転
2月4日:供用開始公示
3月20日:福島空港開港2,000mの滑走路1本にて供用[1]。建設費は562億円。
札幌名古屋(平成15年3月路線休止)、大阪路線開設
5月1日福岡路線開設(平成18年3月路線休止)
6月1日函館路線開設(平成14年11月路線休止)
9月4日沖縄路線開設
3月16日:飛行場施設変更許可(滑走路2,500m)を申請
6月22日:飛行場施設変更の許可
6月29日:航空法40条に基づく福島空港の公示
7月22日帯広便開設(平成13年3月路線休止)
11月13日:滑走路2,500m延長工事の起工式[1]
8月15日:日中航空当局間協議において福島空港を中国の新規乗り入れ地点とする事を合意
6月17日:国際線旅客ターミナル着工
1月21日:日韓航空当局間協議において新規路線として福島〜ソウル路線を追加する事を合意
5月31日:国際線旅客ターミナル開館
6月17日上海との国際定期路線開設
6月22日ソウルとの国際定期路線開設
4月1日:「福島県福島空港管理事務所」と「福島県空港建設事務所」を統合し「福島県福島空港事務所」となる。
7月13日:2,500m滑走路全面供用開始[1]
4月1日広島路線開設(平成14年3月路線休止)
8月4日:空港利用者が500万人達成
3月20日:開港10周年
2月17日:名古屋路線再開(平成19年11月路線休止)
1月:福島〜上海路線が搭乗者10万人を達成。
3月13日:取付誘導路(訓練用)供用開始
6月5日:滑走路警戒灯供用開始
1月:沖縄路線休止
2月1日日本航空撤退(大阪・沖縄路線)
6月22日:国際線就航10周年
3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。管制塔の窓ガラスが破損したが、運用は継続された。
3月13日:臨時便の運航開始。東京国際空港中部国際空港大阪国際空港新千歳空港との間に1日最大22便の臨時便が運航された。当空港は1982年(昭和57年)の東北新幹線開業から約10年後に開港したため、東京国際空港(羽田)へ就航するのはこの時が初めてである。
4月10日:臨時便の運航終了。
11月24日:福島空港ビルが東京電力に対し、福島第一原子力発電所事故による国際線の運休に伴って発生した減収4800万円を賠償請求。
2月19日:利用者数1,000万人突破[2]
3月20日:開港20周年
4月1日:福島空港で実施していた管制技術業務が、仙台空港(大子TACANのみ羽田空港)へ移管。

施設概要[編集]

  • 標点の位置
福島県石川郡玉川村大字北須釜字懸金沢16番地(北緯:37度13分39秒、東経:140度25分41秒)
  • 標点の標高
372.0m
  • 飛行場の種類
陸上飛行場
  • 着陸帯の等級
B級
  • 就航可能な航空機の種類
ボーイング式747、777、767型、エアバス・インダストリー式A320、ダグラス式DC-10
  • ILSアプローチのカテゴリー
CAT-Ⅰ
  • 運用時間
11時間30分(8時30分~20時00分)
  • 制限表面
進入区域の長さ:3,000m
進入表面の勾配:50分の1
水平表面の半径:3,500m
転移表面の勾配:7分の1
  • 飛行場の施設
敷地面積:1,807,306㎡
着陸帯の長さ:2,620m
着陸帯の幅:300m
滑走路の長さ:2,500m
滑走路の幅:60m
滑走路舗装:アスファルト舗装
滑走路の方位:北緯 2度11分57秒東(真方位)
誘導路の長さ:3,637m(防災ヘリ用89m、訓練用49mを含む)
平行誘導路の幅:30m
中間取付誘導路の幅:34m
末端取付誘導路の幅:32m
誘導路舗装:アスファルト舗装
エプロン面積:47,250㎡
エプロン舗装:コンクリート舗装
バース数:6バース(大型ジェット機2、中型ジェット機2、小型ジェット機2)
小型機スポット数:8スポット(うち夜間駐機用4スポット)

就航路線[編集]

国内線カウンター(2007年4月)
国際線カウンター(2007年4月)

航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便

国内線[編集]

航空会社 就航地
全日本空輸 (ANA) 新千歳空港大阪国際空港
IBEXエアラインズ (IBX)
・全日本空輸 (ANA)
大阪国際空港

かつての定期就航路線

国際線[編集]

かつての定期就航路線

利用状況[編集]

年度別乗降客数[4]
年度 乗降客数(人)
国内線 国際線 合計
1992年度 7,245 3,035 10,280
1993年度 285,338 13,014 298,352
1994年度 445,470 11,161 456,631
1995年度 579,619 12,039 591,658
1996年度 643,725 8,390 652,115
1997年度 677,299 8,736 686,035
1998年度 689,168 8,521 697,689
1999年度 706,718 50,907 757,625
2000年度 611,754 88,361 700,115
2001年度 573,120 87,632 660,752
2002年度 516,576 70,319 586,895
2003年度 519,293 42,119 561,412
2004年度 502,032 63,087 565,119
2005年度 473,000 72,865 545,865
2006年度 439,683 89,947 529,630
2007年度 417,287 99,016 516,303
2008年度 353,439 74,330 427,769
2009年度 226,842 56,172 283,014
2010年度 224,125 62,250 286,375
2011年度 207,971 1,724 209,695
2012年度 227,882 5,810 233,692
2013年度 239,722 4,046 243,768
2014年度 248,101 6,098 254,199
100,000
200,000
300,000
400,000
500,000
600,000
700,000
800,000
1995年度
2000年度
2005年度
2010年度
2015年度
  •   国内線
  •   国際線

開港当初の1993年度、30万人弱であった利用者は順調に伸び、過去最高となる1999年度には75万人を超えた。しかし、これ以降減少に転じ、2009年の日本航空撤退、2011年の国際線運休に伴って乗降客は大幅に減り、現在に至る。

国内線[編集]

国内線においては、日本航空グループが2009年1月限りで撤退[1]するなど、厳しい状況が続く。

日本航空グループ[編集]

福島空港に初めて飛来したジャンボ機(2000年7月)

最大で7路線を運航していた日本航空グループは、他社競合やローカル空港間輸送の低迷による利用率減少により廃止が相次ぎ、2009年1月31日をもって全面撤退した[1]

  • 帯広空港便 - 日本航空が1995年7月より夏期季節運航で開設。2000年9月をもって運休。
  • 新千歳空港便 - 日本航空が1998年5月より夏期季節運航で開設。2001年4月よりジェイエアに移管、通年運航に変更されたが、機材導入初期で機材数に余裕が無かったため、運航乗員訓練のため冬期運休となるなど機材不足の際は運休対象となることが多かった。2002年9月をもって運休。
  • 広島西飛行場便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 福岡空港便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 開港と同時に3往復就航。後に2往復に減便されるも、2002年4月よりジェイエア便が開設されグループとして再度3往復となった。2005年4月より日本航空便の1往復が関西国際空港便に変更され2往復となる。ジェイエア便は2007年3月をもって運休となったが、同年5月より日本エアコミューター便が開設され再々度2往復となった、2008年3月をもって日本エアコミューター便の運休により1往復となった。2007年度の利用率は57.4%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 関西国際空港便 - 2005年に大阪国際空港発着枠関連により1往復を振り替える形にて開設。2007年度の利用率は46.2%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 那覇空港便 - 2008年度の搭乗率は71.7%で、修学旅行期には臨時便も運航された。搭乗率60%以上であれば採算が取れると言われる航空路線では悪くない数字であるが、燃料費高騰に加え、観光ツアー客の単価が低く、採算を取るには厳しい状況だったと同社は説明している。2008年7月31日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。2013年10月11日、同社は、同路線を再開する方向で検討に入った。

全日本空輸グループ[編集]

福島空港に初めて飛来したボーイング787(2011年11月)
ANAジャンボ機、福島空港への最終フライト(2014年3月)
駐機中のAIRDO機(2015年2月、現在は撤退。)

全日本空輸グループは、グループに入る前の中日本エアラインサービス(現エアーセントラル)、コードシェア運航をするアイベックスエアラインズを含めて最大で5路線運航していた。現在は2路線を運航する。

  • 函館空港便 - 中日本エアラインサービスが1995年より夏期季節運航で開設。2001年をもって運休。
  • 中部国際空港便 - 全日本空輸が2005年2月より開設。2007年11月をもって運休。愛・地球博終了を境に利用率が低下。2006年度で休止予定であったが、自治体等の要望を受け、2006年11月から2007年10月までの搭乗率が60%に達しない場合、2008年度以降は休止するという条件付き継続となった。2006年度の搭乗率は32.7%。2006年11月から半年間の搭乗率はさらに30.4%となり、条件達成が不可能となった2007年5月に、同年11月限りでの廃止を届け出た。
  • 福岡空港便 - エアーニッポンが1994年10月より開設。2004年4月に全日本空輸便化。2006年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 2004年10月1日にフェアリンク(現アイベックスエアラインズ)が2往復で開設。2006年10月より全日本空輸とコードシェアを開始し3往復に増便された。2009年1月に2往復の増便が発表され、同年4月より5往復、2012年6月1日より4往復、2014年3月30日より2往復の運航となった。2013年度の搭乗率は70.5%。2012年6月1日から、全日本空輸も1往復で開設、2014年3月30日より2往復に増便された[5]。同便は到着した機材がそのまま折り返す単純往復となっていたが、2015年3月29日から1往復がナイトステイとなった。
  • 新千歳空港便 - 全日本空輸が開港時に開設、2009年11月1日以降は北海道国際航空(現 AIRDO)との共同運航で1日2往復を運航していたが、2015年3月29日から、全日本空輸の単独運航に変更、1日1往復に減便された。これ以降、同便はナイトステイを行っている。2013年度の利用率は54.1%。

福島県内を出発地として航空機を利用した移動において、福島空港が出発空港として選択された割合は3割程度に過ぎず、潜在的な需要はあると言われている。また、撤退した路線の搭乗率低下については、使い勝手の悪いダイヤを指摘する声もある[6]

国際線[編集]

アシアナ航空便(2007年4月)

2011年3月11日の東日本大震災発生以降、定期便は全て運休している。2011年11月現在、国際線の利用者は、昨年同期と比較して99%減と、大幅に落ち込んでいる。

  • 仁川国際空港便 - 1999年6月開設。
    仁川国際空港便は、週3便で開設されて以来好調に推移し、2005年9月には週5便に増便された。利用率70%程度と好調なものの、1旅客あたりの単価が低く収益が悪いことから、2006年9月に再び週3便に減便した。
    減便されたものの、特にウォン高の影響による韓国側からの需要が旺盛で、搭乗率は更に上がり約80%となった。アシアナ航空は2008年5月22日より再び週5便に増便したが、韓国からのゴルフ客の利用が好調なため、同年7月1日より8月29日の最需要期の2ヶ月間、1999年の就航以来初めて毎日運航された[7]。その間で83.5%と高い搭乗率を確保していた。
    しかしながら、世界金融危機に端を発した韓国通貨危機の影響で大幅なウォン安になり、韓国からの観光客が激減した影響で2008年12月から急激に搭乗率が悪化、2009年11月の搭乗率は62.4%と低調になり、利用率次第では運休も示唆された。しかし、2010年の搭乗率は前年を上回っていることから、2011年4、5月の2ヶ月間は週5便に増便されることとなっていたが、東日本大震災の影響により、2011年3月19日から運休となっている。2010年12月末の搭乗率は66.0%。
  • 上海浦東国際空港便 - 1999年6月、福島空港初の国際定期便として開設。
    2011年3月17日からの運休を経て、2012年10月27日をもって廃止。
    2003年5〜6月にSARS、2008年5〜6月には四川大地震の影響で数便が運休、2003年には搭乗率が40%台にまで落ち込んだりもしたが、その後は60%台を維持していた。ソウル便の利用者は8割が韓国人であるのに対し、上海便は9割が日本人であり、利用者層は大きく異なっていた。ソウル便同様、2011年3月17日から運休となった。その後も、中国東方航空内で再開に向けて再三にわたり検討が繰り返されていたが断念。2012年10月27日をもって福島支店が閉鎖、路線が廃止された。「福島第一原子力発電所事故の影響に加え、日本政府による尖閣諸島国有化により、日本中国の関係が悪化、集客が期待できない」と、同社は説明している。2010年11月末の搭乗率は60.5%。

周囲の空港[編集]

  • 福島市、郡山市、白河市の各都市からは東京・仙台へ東北新幹線を利用すれば1時間〜1時間半程度であり、近隣空港との競争が激しくなっている。福島県の南側では、茨城県小美玉市の航空自衛隊百里飛行場が2010年に「茨城空港」として軍民共用化されたことで競争が激化している。
  • 福島県北部(福島市周辺・浜通り北部)では仙台空港を利用する人が比較的多い[6]

利用増への取り組み[編集]

  • 福島県内主要都市、栃木県北の那須塩原地区、日光・鬼怒川地区、茨城県北地区からは1名から利用可能な事前予約制の低価格の乗り合いタクシーが準備され、立地の悪さをカバーする努力がなされている。
  • 栃木県には空港が無く、福島空港は福島県南部に位置するので栃木県民に利用促進を働きかけている[注 1]。栃木県のFM放送レディオベリー等でも広告が流れる。
  • 2,300台の駐車場が無料であり、自家用自動車客でも駐車料金を気にすることなく長期の旅行・出張等ができることをアピールしている。
  • 空港に隣接する形で福島空港公園があり、公園緑地スペース・日本庭園展望台運動場・イベントスペース等が整備されている。積雪時以外は通年で様々な祭事や体験学習・展示・サッカー大会等を行っており、空港の認知度を上げる働きかけを行っている。
  • 近年のパイロット不足に伴い、2008年度から2009年度まで、法政大学が首都圏から近い当空港を活用したパイロット育成教育を行っていた[8]
  • 2008年2月7日、関西国際空港と航空貨物に関する共同ビジョンを発表。福島空港を「東北・北関東圏での国際貨物ハブ空港」と位置付け、東北や北関東からの荷物を福島空港へ集約し、関西国際空港と連携して利用促進を促す(しかし、2009年1月における日本航空の撤退に伴い関西国際空港の定期便が廃止となる)。
  • 福島県は、定期便の増加やチャーター便の誘致を推進するため、2009年4月より、航空機の着陸料を国内線が1/4、国際線が1/15と減額した。
  • 日本航空グループの撤退を受け、全日本空輸に那覇空港便の開設を働きかけるなど、路線再構築に向けて動き出している。
  • 小型ジェット機用のボーディング・ブリッジが新たに整備され、2010年4月6日から利用されている。小型機用のボーディング・ブリッジが整備されたのは、国内の空港で初めて。
  • 韓国の格安航空会社イースター航空によるソウルへのチャーター便運航が2010年6月から実施され、同年10月末まで運航された。2010年中間期における国際線全体の利用率は前年度比142.7%と好調であり、福島県は利用促進のため、格安航空会社による定期便の誘致を進めている。

アクセス[編集]

福島交通バス(2007年4月)
福島空港タクシー(2007年4月)
空港駐車場(2014年3月)
  • 自動車利用
    あぶくま高原道路福島空港ICそば
    • 東北自動車道利用の場合は、宇都宮・那須方面からは矢吹ICからあぶくま高原道路経由、福島・二本松方面からは須賀川ICから国道118号空港アクセス道路にてアクセス可能である。
    • 磐越自動車道利用の場合は、いわき方面からは小野ICからあぶくま高原道路経由にてアクセスが可能である。
    • 会津方面からは、郡山JCTから東北自動車道(東京方面)に入り、須賀川ICで下りて、以下、上述の福島・二本松方面からのルートと同様となる。
    • 国道4号からのアクセスは、上下線とも須賀川市南の一里坦交差点で下り(立体交差になっている)上述の国道118号と空港アクセス道路を経て、同交差点から約13kmで到着する。
    福島県内各所に、本空港の案内標識が立てられている。

その他[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1997年秋に、福島県などからの要請を受けて関東自動車がJR宇都宮駅から当空港までノンストップのリムジンバスをテスト運行した事がある他、後年には日光・鬼怒川地区及び塩原地区から当空港へのリムジンバスの運行を関東自動車・東野交通JRバス関東と共に、期間限定で運行した経緯がある。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 福島空港整備の経緯”. 福島県 (2009年). 2013年4月10日閲覧。
  2. ^ 福島空港利用者1000万人”. 福島中央テレビ (2012年2月19日). 2013年4月10日閲覧。
  3. ^ アナリーゼふくしま2006福島空港-その環境と利用者による経済波及効果- 第1表 福島空港国内線定期便搭乗者数と搭乗率(p.3)”. 福島県 (2006年). 2013年4月10日閲覧。
  4. ^ 福島空港データ”. 福島県. 2015年10月18日閲覧。
  5. ^ 企業情報
  6. ^ a b 福島県ホームページ-組織別-アナリーゼふくしま№16
  7. ^ 増便で賑わう福島空港周辺ゴルフ場 来場者の8割が韓国人のサプライズ”. 週刊ゴルフダイジェスト (2008年7月31日). 2013年4月10日閲覧。
  8. ^ 「日本の空でパイロットを育てる」新しい理工系プログラムを開始 (PDF) 2007年8月2日 法政大学
  9. ^ 『福島空港情報マガジンFAP』Apr.20132013年、 4頁。
  10. ^ 福島民報. (2004年12月15日) 
  11. ^ 福島空港をウルトラマン空港に 県が検討 | ホッとニュース | 福島民報

外部リンク[編集]