石垣空港

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石垣空港(廃止)
Ishigaki Airport
Ishigaki Airport01s3s3999.jpg
IATA: ISG - ICAO: ROIG
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 沖縄県石垣市字真栄里
種類 商業
運営者 沖縄県
標高 26.2 m (86 ft)
座標 北緯24度20分41秒 東経124度11分13秒 / 北緯24.34472度 東経124.18694度 / 24.34472; 124.18694座標: 北緯24度20分41秒 東経124度11分13秒 / 北緯24.34472度 東経124.18694度 / 24.34472; 124.18694
地図
石垣空港の位置
石垣空港の位置
ISG
石垣空港の位置
石垣空港の位置
ISG
石垣空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
04/22 NO 1,500×45 舗装
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空港の一覧
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滑走路
石垣空港付近の空中写真。(1977年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

石垣空港(いしがきくうこう、Ishigaki Airport)は、かつて沖縄県石垣市石垣島)にあった地方管理空港である。年間利用客数は、国内1,674,455人、海外12,046人(2012年度)[1]海上保安庁第十一管区海上保安本部石垣航空基地が併設されていた。

歴史[編集]

  • 1943年 - 地元(沖縄県八重山郡)が、旧日本軍海軍飛行場を誘致・建設。
  • 1956年 - 民間航空による運航開始。
  • 1968年 - 滑走路を1,200 mから1,500 mに延長。
  • 1972年 - 日本復帰と同時に石垣市管理から沖縄県の管理に移行。
  • 1973年 - 第三種空港に指定。
  • 1979年 - 暫定ジェット化空港(滑走路長1,500 m)として供用を開始。
  • 2013年3月7日 - 新石垣空港の開港に伴い供用廃止[2]

運航路線[編集]

いずれも運航最終日(供用廃止前日)時点のものである。

国内線[編集]

かつての就航路線

かつて就航した会社

国際線[編集]

(石垣空港発)
就航路線別旅客数及び順位[4]
行先 旅客数 国内線順位
那覇空港 約139万人 14位

旅客ターミナル[編集]

旅客ターミナルビルは、1961年に供用を開始した建屋(主にJTA・RACが使用、冒頭画像の左奥)と、1990年に エアーニッポン(現 ANA)が設置し供用を開始[5]した建屋(ANAが使用)に分かれていた。

いずれもボーディングブリッジがないため、ターミナルと搭乗機間の移動はバスまたは徒歩となっていた。

  • 主にJTA・RACが使用するターミナル : 旅客施設は1階部分を使用し、各社共通の出発・到着ロビー・搭乗待合室などが設置されていたほか、土産物店・売店・レストランが入居していた。また、屋上部分には屋外展望デッキがあった。
  • ANAが使用するターミナル : 2階建て構造で、1階に出発・到着ロビーのほか土産物店・売店などが入居、2階には展望デッキのほかレストランが入居していた。

交通[編集]

旅客便の運航最終日である2013年3月6日まで、東運輸が石垣バスターミナル発着便(西回り(ホテル日航八重山経由)、東回り(全日空ホテル&リゾート経由))を運行していた。

新空港建設[編集]

当空港は様々な問題を抱えており、新空港の建設が検討されてきた。1982年には南西航空(現 日本トランスオーシャン航空)のボーイング737-200が滑走路をオーバーランし、炎上する事故も起き[6]住宅密集地の空港への危機感が高まった。同年発表された新空港案は石垣島東部の白保集落沖合いのサンゴ礁を埋め立てるもので地元や自然保護団体から強い反対を受け、1989年に撤回された。その後建設予定地は二転三転し、2000年に島東部の海沿いの陸地が新空港予定地として選定された。

建設推進論[編集]

  • 乗降客数が増加すると予想され、現在の空港での対応は困難となる恐れがある。
  • 滑走路が1,500 mと短く「暫定ジェット化」として運用されており、小型旅客機(廃港時点で就航していたジェット旅客機は、ボーイング737-400・500・700)ですら着陸する際には常に急制動が行われている状態であり、旅客機の離着陸に十分な長さとはいえない[7]
  • 離陸時も航空機の滑走距離と最大離陸重量の制約から、(特に本土路線において)搭乗客数、搭載貨物数に重量制限が課せられており、福岡を除く本土路線では離陸時重量制限により本土直行分の燃料が搭載できないため、給油のため他の空港(那覇宮古)への経由を余儀なくされている[7]
  • 滑走路長との兼ね合いから、上記の小型旅客機しか運航できず、航空貨物のコンテナ輸送が不可能なため、八重山地域の産業振興・発展に支障をきたしている[7]
  • 石垣空港の北には国指定のフルスト原遺跡があり、南には市街地が広がっているため、現空港の拡張は不可能である[7]
  • 現空港の南側には市街地、住宅地、学校などが存在しており、航空機騒音等により住民生活に強い不安を与えている[7]。空港南側に位置する八重山商工高校、平真小学校では航空機騒音により授業を一時中断するほどの被害があるため、新空港建設は石垣市街地に住む住民から強い要請がある。

建設反対論[編集]

  • 乗降客数が増加する予想は過大。
  • 環境が自慢の観光資源の島で、環境を破壊する大きな開発を伴う。
  • 現空港の拡張は可能。

跡地利用[編集]

廃港となった石垣空港(2013.3.10撮影)。
滑走路に着陸禁止を示す×印がペイントされている。

石垣市は、新石垣空港に機能が移転された後の当空港の跡地利用基本計画を、2012年3月までにまとめた。この計画では、跡地を以下の4つのゾーンに分けて施設の整備等を定めている。

  • 歴史・文化ゾーン(北東側) - 博物館、石垣市伝統工芸館の移転、生涯学習センターの整備等。フルスト原遺跡公園と一体的に整備。
  • 産業振興ゾーン(中央部) - 情報通信産業関連企業の誘致地区、物産流通拠点、交通ターミナル、インターネット販売施設。
  • 市民サービスゾーン(南西側) - 県立八重山病院、石垣市消防本部の移転、老人福祉施設、公園の整備。
  • 居住ゾーン(南側)[8]

この基本計画では、石垣市庁舎の移転は市街地の空洞化を招くとして除外されていたが[8]2016年2月7日に行われた住民投票では、現在地での建て替えが18%(2,655票)であったのに対して、高台にある空港跡地への移転が81%(11,895票)を占め[9]、同月中に市庁舎を空港跡地に移転することが正式に決定された[10]。新庁舎建設は2017年度に開始される予定である[11]

当空港跡は新空港よりも市街地に近いため、急患の迅速な搬送のために2013年度にヘリポートが整備されている。ただし、恒久的な設備ではなく、石垣市消防本部は空港跡に移転する県立八重山病院にヘリポートの整備を求めている[12]

脚注[編集]

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  1. ^ “管内空港の利用状況概況集計表(平成24年度速報値)” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省大阪航空局, http://ocab.mlit.go.jp/about/total/report/pdf/riyou_h24d.pdf 
  2. ^ 2013年(平成25年)2月7日国土交通省告示第104号「石垣空港の供用廃止の件」
  3. ^ 台湾・石垣直行便が再開 トランスアジア航空 八重山毎日新聞、2013年5月24日
  4. ^ “平成19年度航空輸送統計速報” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省, (2008年6月26日), http://www.mlit.go.jp/k-toukei/search/pdf/11/11200700cc0000.pdf 上位50位までを記載
  5. ^ 石垣空港の沿革 - 石垣市(2013年3月8日閲覧)
  6. ^ 航空事故/航空重大インシデントの概要 国土交通省 運輸安全委員会
  7. ^ a b c d e 4. 空港建設の効果 (PDF) 沖縄県新石垣空港課
  8. ^ a b 現空港跡地計画まとまる 市役所庁舎移転せず 八重山病院、博物館の移転を計画 八重山毎日新聞、2012年5月31日
  9. ^ 石垣市役所、高台移転が多数 住民投票、投票率39% 琉球新報、2016年2月8日
  10. ^ 市新庁舎、旧空港跡地に正式決定 敷地面積は現地の1.9倍 八重山毎日新聞、2016年2月27日
  11. ^ 旧空港跡地 15年度以降60発の不発弾 いまだに32発が保管状態 八重山毎日新聞、2017年1月24日
  12. ^ 現空港跡地にヘリポート 急患搬送で市消防 八重山毎日新聞、2012年12月7日

外部リンク[編集]